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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


世界の終わりの影沼ヒミコを防衛するファング


 神隠し、神隠し、
 口減らしの為だと言うよ。子供を売る為だと言うよ。
 神隠し、神隠し、
 だけれどね、今ほらね、消えたのは、
 誰も居ない街か、
 それとも。

 それはある学園の、クラブ活動。最近噂の、アレについて。
 切欠は彼女だったけど、
 真実を知ったのは彼女の方が先で、余りの事に、余りの事に、彼女は、
 記憶は失っても。
 あの力は、失ってない。それすらも、
 この真実、ゆえか。

 IO2に、日本のお偉いさんと、IO2の一同が居ました。お偉いさんは、頭を下げていました。それでも彼の口調は整然と、身体は何かで重くても、声まで重くては、仕事にならない。
「私に知っている国民が、消えてしまいました」
 それは消失という意味でなく、
「消えました」
 消えたのです。
「おはようと、挨拶した瞬間に、私の知っている国民が、消えて、国民が」
 貴方の娘だと聞いてますとスノー。おどれの娘やと聞いてるとヘンゲル。
「国民です、肉親じゃない、国民です。即ち、これは全ての国民の為に」
 そう、これは、けして、敵討ちなどで無い。
 仕事だ――
「だから」
 この涙は無視してください。
「だから」
 身体の震えを無視してください。
「だから」
 どうか、
「影沼ヒミコを殺してください」
 衛星写真、東京の、一角で、瓦礫のビルがやたら目立つ、市街戦のような場所で、
 空を仰ぎ目を閉じている、影沼ヒミコ。
 ――そしてそれを防衛する二百人の衛兵
 、
 ファングも。

 かつての異界の名前は、誰も居ない街。
 今彼女が実行する異界は、
 ――誰も居ない異界
 消える、消える、少しずつ、今は一日に数人ずつ、けれどやがてそれは加速し世界からは、否、
 異界からは、
 私以外が消えて無くなる――

 影沼ヒミコは知ってしまった。
 だから、消さなければならない。世界の敵を、世界の敵は、
 この異界の中の、だから、消すのだ。人を、物を、命を、“誰”と呼べる全ての物を。だけどその過程で、その過程で、
「私が、貴方を消すかもしれない」
 なのに、
「どうして、貴方は」
 涙を流しながら、
 もう止まらなくなってしまった、自分の能力が、
 止める方法があるのに、
「私を殺さずに」
 どうして、

「守って、くれるんですか」
「衛兵に、正義は要らない」

 通りがかりの契約。
 国の暗殺者に殺されそうになってた彼女が、助けて、と声を漏らした。
 それだけの契約。
 ファングの背中は、とても大きい。そして、衛兵達の背中はとても大きくて。その背中は、守ってくれる。ミサイルからだって、霊能力だからって、人を消してしまう自分を、金をもらったからって理由で。ああ、もう、死ぬ事でしか、誰も居ない異界は終わらないのに。誰も私を止められない、
 、
 自分で、止められたとしても、引き下がれるだろうか、だって、嗚呼、消したのは、
 最初に異界から消えてしまったのは、

 最初に消えたのは。SHIZUKUという名の少女だった。
 自分の何よりの友達だった。


◇◆◇


 私は綺麗に生き残ってしまった。
 とても綺麗に。
 足掻く事無く、血にも塗れず、無様じゃなく、醜くなく、ただ、
 生き残った。
 とても綺麗に。だから、だからせめて、私は、
 、
 彩峰透華という名前は。


◇◆◇

 ――この世界は狂ってんだよ
 それが舜蘇鼓の、知識。

◇◆◇


 異界の海原みあおは、夢の中ので世界の自分と話をする。
「ヒミコをなんとかして助けたいんだ、でもおっさんは殺して欲しいの?」
 夢の中の彼女は、もう一人の自分にそう語る。
「でもあんまりみあおには関係無いかなぁ、まぁ、このまま殺されるのも嫌だし、反撃はしてみるよ」
 夢の中の彼女は、もう一人の自分にそう語る。
「みあおは、ヒミコを殺すよ。みあおを守る為に」
 それはどちらのみあおについて言ったのか、それは両方の自分について言ったのか。
「でもそれじゃ、世界のみあおは納得しないんでしょ? だからせめて事情は聞くよ」
 もしそれで、もし、それで、
 ダイヤモンドを砕く方法があるように、
「なんとか出来る方法があるなら、手伝いはする」
 もう一人のみあおは、もう一人のみあおにそう答える。
 、
 そして、
「とりあえず、ファングって邪魔者になるけど、良く考えたら又聞きした事しかないんだよね。なんかとっても強いらしいけど」
 みあお、
「そこは別の私がなんとかしてくれるよ」
 もう一人の自分の中に、たくさんの自分が存在する彼女。
 異界ではさらに。


◇◆◇

 ――バカみたいに殺しあってさぁ
 それが舜蘇鼓の、知識。

◇◆◇


 濁流に放り出されたビニール袋は、やがて海へと辿り着くか、石の底で自然に還る事も出来ず腐食するだろう。だが、濁流に突き刺さる天の槍はけしてけして動かない。それと同じで、
 騒乱たる世界の中で、渦中たる戦場の中で、三本の槍が立っている。
 その一本は酷く馴染みがあるから、隣にある一本は気軽に声をかけた、
「ディレクター」と。「ディテクター、だ」
「そうですか、ではディレクター」もうとても慣れた事だ、この呼び方も、そして彼が言い直さない事も――IO2所属の立花正義が、嫌味たらしく語る事も。
「影沼ヒミコ撃滅の件は、この私が負うよう、それでいいですね?」
 そう、淡々と決定する事迄は慣れた事――
「相手は、世界の危機を招く少女」
 、
 慣れてない事。
「貴方一人だけで、どうにかなる問題じゃないと思いますけど」
 女性がそう言う事、それにほうと唸る正義の事、それに対し、「貴方は私の事を、いや、IO2について不勉強過ぎますねぇ。まぁ世間知らずなのも仕方が無い」
 話す相手が、
「なにせ貴方は家出少女だ」
 退魔組織白神からの――水上操は沈黙する。答える義務は、無い。
 その様が少し面白くなかったのか、彼はあらかじめ用意していたようなセリフを、その言葉に続ける。
「しかし、太古から続く退魔組織白神とやらも、教育がなってない。IO2をまるで駆け込み寺と勘違いしてるようだ」
「私はここに殉ずるつもりはありません」
 今度は、反応があった。
「あの人と私は違う」
「同じ裏切り物の癖に、ですか」
「同じ?」
 問い返す。
「己に溺れ、両目を失ったあの人と、私が?」
 ――そうそれはかつて同じ仲間酒を酌み交わした相手でも有り
 今は、敵対である。だが最近、ここに身を置いた彼女、自意識過剰で手痛い失敗をしたと聞いた。
 今更組んで戦う事は無いと、思っていた相手だから、どうでもいいのだけど、そんな表情であったから、「冷たい人だ、」
 正義は、こう言った。
「鬼のように」
 こう、言われた、……操、
「……黙りなさい」
 今までとは明らかに違う、静かな音程の中に、感情がくすぶった反応は、正義にとって望んだ物らしく。そう、
 相手を一度でも、小馬鹿にすればそれで、立花正義はここから立ち去れる。
「せいぜい後方支援をお願いしますよ、さもなければ、本来狩る対象の貴方を、私達と手を繋がせなどしない」
 そう言って、背中を見せる事が出来る。「……」と、沈黙の相手に捨てゼリフを残せる。
「化物などにね」
 水上操は、人と鬼の忌み子である。
 そして父たる鬼を、鬼たる父を、角の折れた鬼なるそれを、折った角で作られた得物を握り、身肉を鬼の構成に蝕まれながら、追っているから、
 今、私とあの人が、消える訳にはいかないから、だから、
「IO2に、協力したんだろ」
 声は、ディテクターである。「契約はしている、見返りとして求めた情報は、きちんと俺が調べておく」煙草の煙と供に吐き出される彼の言葉に操は、振り返り、目を閉じて、会釈する。そして、
 仕事を開始する――

 途端、彼女の後方から吹雪が爆発する。凍てる風は全域に達す。
 それはそろそろと忍び寄ってきた二十人の衛兵を、想定外に戸惑わせ、
 瞬時なる白銀の世界に次で閃くは、紅。

 天候操作術。かつて夏の猛暑すら呼び込んだ彼女の能力は、局地にすら展開した。猛然たる吹雪の中を、猛然たる速度で駆け抜ける、二対の刀を持った鬼の身体能力。居並ぶ兵を次々と、白い大地に赤く刻み込みながら、彼女は一直線に走っていく。
 陽動と実行をか兼ねた彼女の行動を、コートに身をうずめながら見送るディテクター、彼は動かない、まだ、動かない、
 偶然を待っている。これより訪れる偶然を待っている。
 いや、それは、必然か、
「だろ、」
 、
「一条美咲」
 ――IO2に置ける第二次殺害対象人物
「……何故、ですえ」
 それは黒い着物の、それは、女性の、周囲の雪に相応しい、消え入るように小さな声に、ディテクターは微笑みながら語る。
「この世界は、人を消してしまうと成り立たなくなる。つまり、世界はそうさせない為に、俺とお前が出会う流れを作り出す」
 それはこの世界の法則、それが、
「異界の法則」
 一条美咲は、世界を把握できる。だが結果しか彼女は知れない。
 それを語る為に、経過の為にディテクターは、一条美咲と出会わなければならない。用意された偶然は、きっと、必然なのだろう。だから、
「行くか」
 そう言った後歩き始める、敵意の無いディテクターの背中を、ゆっくりと、雪を踏みしめながら辿る彼女。半径2メートルを癒す能力はあるけれど、死体は治らない。双刀で撒かれた死体は、けして治らない。
 三年前のあの日と、同じように。


◇◆◇

 ――だから、消えちゃえばいいじゃん
 それが舜蘇鼓の、知識。

◇◆◇


 大きな戦争の中の小さな戦争。
 駆ける日向龍也。
 あらすじがあるとするならば、彼は日向龍也であり、走っている、走っている、いったいそれは何時からか。狐の嫁入りから、幾度の朝と夜を越えたか、あるいは一度きりなのか、彼は追っている。肉体疲労が皆無な風だ。追っているよ復讐人、対象――ギルフォード
 かつて、大切な人を殺されたのが龍也だ。
 だがそのショックでその大切な人のその記憶を失ったのだ。だから、追っている意味も解らない、だけど殺したいから、感情は完全に理性の掌から零れ、本能の祭壇でのた打ち回っている。
 訳の無い憎悪がワインとして満たされた彼。満潮の海、感情。
 ギルフォードを追っている、黒い大剣を引きずって。戦をする為に、一対一の、戦をする為に、疑問符は遠く背後で葬られた。ならば、彼は殺戮となる。血潮で血を洗う者となる。黄金の目が疼くとなると、それが彼を急がせた。殺そう、殺そう、逃げる男を、誰だか知らぬ片腕だけの男を。追いかけている、追いかけている、から、
(邪魔だ)
 、
「邪魔だ」
 瞬間の殺戮が起動する。
 ただただ行軍していた衛兵達が、日向龍也を知らぬ衛兵達が、砂塵のように血となった。命の有る人間を、こんなにも命のある人間を――障害物として排除した。彼は、追う。彼は追い続ける。黄金の右目はそれを追う、追って、
 ――その有様を
「良く、踊っている」
 視覚だけでなく触感としても眺めた影が一つある。
 影の足元には、衛兵の躯が二つ転がっている。


◇◆◇

 ――俺もお前もその為に生まれたんだろ
 それが舜蘇鼓の、知識。

◇◆◇


 水上操が招いた響き渡る吹雪の中で、絶対零度より遥かなる下の温度を苦にしない人。ただしそれは人では無い、雪女である。彩峰みどりという名前の。だが、彼女はこう言った。寒い、と。氷が布団でも一向に構わぬ彼女が――
 実のところ、寒いの後には疑問符が付いた。「寒い?」そしてそれの後に、名前が付いた。
「萌ちゃん」
 豪雪の中で心配そうに呼びかける相手、
 茂枝萌。IO2の潜入任務担当のNINJA、まだ年端も行かない少女でありながら、その能力はヴィルトカッツェ――山猫の二つ名で知られている。その少女と、彩峰みどりは行動を供にしていた。遊びでは無い、
「ごめんね萌ちゃん。付き合ってもらって」
「私も仕事があるんだ、ついでだよ。……それに」
 自分の身は自分で守る、それはきちんと約束をしている。
「だったら、別に着いて来る事に問題は無い」
 萌はそう言った、のだけど、本当に考えれば問題は充分にある。彼女はIO2所属のNINJA、闇から闇へと駆け、孤独をもってあらゆる任務を果たす存在。大して彩峰みどりはIO2になんのゆかりも無い、少女。
 だがそれでも、二人は《友達》として繋がっていた。それは同じ年頃の少女同士では有り触れた契約だった。だから、立場は関係無かった。
 友達。
 考えれば、彩峰みどりの存在意義は、それが最大かもしれない。三年前にそれを失った時、彼女は酷く参ってしまった。だけどそれも暖かな励まし、即ち、新たな友達によって救われて、友達、
 だから、会いたいのだ。
 死線に身を投じても、会いたいのだ。
「美咲ちゃん」
 彼女の名前を呟く。
 IO2の中で一条美咲の名前は、紛う事無き危険人物である。IO2でも何度も名をあげられいて、萌とてそれゆかりの事件を度々耳にした。だが、
 彩峰みどりにとっては、友達なのだ。
 そして、みどりと萌は友達である。優しい彼女、
 ――こんな世界は嘘であればいいと願っている彼女
 世界中が友達になればと、思ってるかもしれない彼女――
 、
 萌は、仕事をしなければならない。


◇◆◇

 ――だからみんな消えちまえ、そしたら俺は
 それが、舜蘇鼓の知識。
 そして、

◇◆◇


 例えば、髪型を同じにする事。先輩と同じ髪型にする事。
 他人からは遠ざける要因となる銀髪を、素直に綺麗と言ってくれる人。とても長く美しい髪を、くすりと笑いながら梳いてくれる人。
 そして、指でくくってみる。そして、本当にくくってみる? と私に尋ねる。
 そうすれば私は笑顔でうなずく。わいわい言いながら髪を先輩に任せる。手鏡をもって私は私を見る。鏡の中の私と先輩を見る。それが、三年前の思い出。
 今はもう、懐かしくなってしまった事。
 現在じゃない。
 ……だから、もう一度、もう一度、
 ――先輩に会いたい
 綾峰透華が、吹雪の戦場をおっかなびっくり進んでいるのは、そういう事だった。瓦礫の市街が彼女に良く幸いしたのだろう、隠れる場所は沢山ある。
 だがそれは同時、先輩にも、……水上操にも言える事。かくれんぼで、お互い隠れていたら、どうしよう。
 だけど、先輩は強い人だから、隠れる必要なんて無いかもしれない。隠れる必要は無い――
 だけどそれは、透華にも言える事であった。たとえ、
「……え」
 背後から忍び寄ってきた気配を敏感に察知し、
「!」
 振り向いた瞬間には、銃口をこちらに向けた相手、
 銀の弾痕は相手が女子供だろうと容赦しないから、

 綾峰透華の結界は、彼女を絶対守りきる。

 符術、時間も要さずに作り出した盾を成立させる、透華の膨大なる霊能力。
 能力者という存在に対して、兵は余りにも油断しすぎていた。しかし吹雪が逃亡を邪魔する。背雪の陣で彼の選択は攻撃という名の防御、
 銃弾よりも高速に、彼女の弓矢。
 金属より輝きし彼女の武器は正確に奮われる、精密なる射撃、大気を貫きながら矢は、きちりと
 衛兵の、手足を撃った。
 命は取らない。
 ……例え世界が人殺しの呼吸で満たされていても、それが綾峰透華の選択だった。両手両足が奪われた衛兵、もう動かない、
 、
 口がある。口で、襟に口を突っ込む、何をする、兵はころがってきて、――襟から首をあげた。
 歯で噛んでいたのは荒紐で、その紐は、爆弾と繋がっていて、
 完璧な結界で防がれた彼女の前で、血と肉が破砕する。完全な結界で防がれた、燃える骨の臭い。
 もしもう少し爆弾が弱ければ、目の前にはとてつもなく無残な死体があったのだろうけど、火薬を大量に、少なくとも彼女の命を奪うくらいの量仕込んでいた所為か、目の前にあるのは黒い痕、だけ、
 それでも、
「……なんで」
 彼女は涙ぐむ。「なんで、死ぬの」声を震わせて、とても悲しい事に、「どうして――」そうやって、戦う事に疑問を持つ者から、
 死神が舞い降りると何かが聞こえた。
 その聞こえた何かに彼女はまた無意識に符術を発動、張るの同時に――彼女の前と後ろの20メートルに焼夷弾が落される。爆炎が舞い上がった原因、
「何ッ!? 何――」
 吹雪を突き破って訪れたのは、夥しい数の飛行機だった。既存の機体とは一線を画す、完全に、攻撃性を念頭にこしらえたフォルム、それが一戦争の数だけ、
 相手が世界の終わりを招く者なら、世界の終わりなのだから、それは、
 とても当たり前の、圧倒的だった、そう、
 綾峰透華は、続けて目撃する。あれは、
 あの人達は、
 おそらくは、結界の外、鼓膜が突き破らん限りの音と、肌が焼けるような温度が充満している場所で、四つの影。
 影沼ヒミコ、
 ファング、そして、
 誰だ、
 あのとても良く似ている二人は。その良く似ている二人の、
 髪の白い方が、人差し指をあげた。迫り来る編隊した飛行機、

 雷撃が撃つ。

 ――吹雪の中に雷が存在する
 そして彼が指をあげた瞬間から、異常気象は加速した。滝のような雨が飛行機のバランスを崩し、そこを狙うかのように暴風が通り抜け、気付けば機体達は遠い一箇所に集まり、竜巻に飲み込まれている。
 綾峰透華の回りで、吹雪は続いている。だがあの四つの影は、もう吹雪は無い。もうそれだけで不思議なのに、頭の中が混乱するのに、
 惑いを更に掻き乱す出来事、空からやってきた。
 ファングの真上から羽根が一つ、
 遠い光景なのに、それが羽根である事はとても良く解ったのだ。その羽根は、黒い羽根は、ゆっくりとファングの肩に、
 猛然と、彼はかわすと同時に、
 足元の大地に手をつっこみ、埋めていたバズーカーを引っ張り出し、天に向かって放射する。大嵐の空に向かって、何故、どうして、それは、落す為、そう、

 空から急襲する海原みあお。
 彼女の今の姿は幼さを捨て、黒翼に死を込めた存在。
 殺戮のみあお。

 バズーカーは、簡単に摺り抜けられる。だからファングは胸にあるサバイバルナイフを右手で取り出して、
 フェイントだ、振り向いた時彼の左手にはマシンガン、その突然は予想出来ず、突撃をしようとしたみあおは横に避けた。それに向かって飛び掛るファング、だが、海原みあおの黒い羽根が頬に触れそうになれば、それからはまた身を屈めた。
 やにわに始まった戦闘へ、「み、皆」
 自分に出来る事を考えた綾峰透華、争いを止める方法があるかはわからない、だけど、透華は近づいていく、距離を縮めていく。
 良く似た二人のかたわれの声が聞こえるまでには。そう、
「頼んだな、1P」
 そう言って、良く似た二人のもう片方は、ヒミコの身体を抱え上げ、「え」
 その侭遠くへと逃げた。
 ………、
 足が止まった綾峰透華。
 結界の中で、彼女はどうしようか、そればかり考えている。いや、そもそも、
 何故こんな危険な場所に来たかは、
「何故、あの子を助けるの」
 綾峰透華には思い出がある――
「あの子を殺さなければ、この世界は」
 思い出が、ある、
「……いえ、そうね、貴方には貴方の事情が、考えがあるのでしょう。譲れない思いが」
 思い出、
「だったら始めましょう」
 ――思い出の名前は
「――力ずくを」
 、

 透華は昔、彼女をこう呼んだ。
「先輩!」

 彼女がそう叫んだ瞬間には、
 吹雪を纏った水上操と、竜巻を追った1Pと呼ばれた男が、双刀とチャクラムがぶつかりあう。ぶつかりあっている、ぶつかり、嗚呼、
 殺しあっている。その光景、
 綾峰透華からは遠い。


◇◆◇


「この世界は狂ってんだよ」
 のらりくらりと、見当違いな事ばかりを、知り続けて、
「バカみたいに殺しあってさぁ」
 結論は、一度出た。読み終わった本のようだ、なら、
「だから、消えちゃえばいいじゃん」
 続きが気になる。いや知らなければならない。
「俺もお前もその為に生まれたんだろ」
 俺は本当の意味でこの世界の存在じゃない、俺は、
「だからみんな消えちまえ、そしたら俺は」
 知る為に生まれた。

「その先を知る」
 俺も、この世界の俺も。

 舜蘇鼓はそう言って、さらった相手を、人間を消す作業を無意識に続ける影沼ヒミコを、細い目で見下ろした。彼女は最初酷く戸惑っていたようだが、やがて、
「私が、何故、こんな事をするか……聞かないんですか」
 うつむきながら、そんな事を言った。少し遠くからは、戦乱が聞こえている。ここはまだ安全だ。
「そんなのどうでもいいじゃネ?」
 異界の舜蘇鼓、別称2P、
 本体が起こす嵐と、ねーちゃんが起こす吹雪の鍔迫り合いを他人事のようにみつめながら、
「本来のあるべき姿への帰結って、奴? 小難しい言い方だけどねー」


◇◆◇


 コートを着た男と、黒い着物を着た女が、吹雪く廃墟となった市街地を歩いている。衛兵の攻撃を、銃と、――世界を理解する彼女の能力を――そしてそれをパズルのように分解し、組み合わせる事が出来る能力を用いて、防ぎながら、
 実際そうやって、兵士の身体からは衣服が奪われ、彼の意識は凍りつきもしたし、投げられたグレネードは何時の間にか投げ手の背中にころがっているし、
 男と女は歩いている。それでいて、一つも傷つかない。それはとても、奇異な光景であろう。だけど、彼はその光景に瞳を使わず、ただ、興味が無いという訳で無く、
 今つぶさに見ている光景の方が。
 だが、その人物を逆に、光景が視界に入れない訳じゃなく、網膜に彼が映れば、
「お前は」
 その顔を、ディテクターは知っている。正確には、IO2は知っている。――一条美咲には遥か及ばないけれど、敵性存在なのは、
 けど、普通に会話をする。
「此処へ、何しに来た」
「此処で起こっている事を知る為に」
 そう事も無げに返す彼に対して、ディテクターは苦笑する。一条美咲はことこととみつめている。話し手の仕事を、隣に譲るように。
「だが自ら出向いたという訳ではなさそうだな、巻き込まれたのか」
「ええ、二人ばかり襲ってきたもので。あの時と一緒で正当防衛になるだろうし」
「IO2はそう思ってないようだがな」
 彼が敵性である理由は、単純だった。単に、エージェントと二回交戦して二回殺害しているのである。今回のように巻き込まれて。
 ただ恨みを持つ者の多くがそうであるよう、経過は余り重視されず、人員を失った結果が問題になる。ちょうど一条美咲と一緒だ。世界が何かを理解できても、それがどうしてどうなったかという、理由が解らない。
 ディテクターの場合は、知識を求めて推理する。道筋をたて結果を導く。きっと、彼もそうなのだろう、だから、
「見ているのか」
「ええ」
 彼が見ていた光景を、ディテクターはみつめる、
 一条美咲もそれにならえば、

 大剣を持った男が、右腕が義手の男を追い回す光景を。
 日向龍也がギルフォードを殺そうとする光景を。

 美咲は、理解する。何と、何が、どうなって、これと、これが、こうなっている事を、十二分に理解する。けれどそれは既に組み上げられている機械だ、どう組まれたかは解らない。何故こんな事になっているかは、
「あの彼も、解ってないかもしれないね」
「……何故、ですえ」
 美咲に、返事をする。ただ衝動に任せているから、と。
 理由も解らずにただ憎悪の侭に力を振るっている彼、ほら、今、ギルフォードの狂った笑みに汗が浮かぶ、それに再び声が高まる、ギルフォードが隠れ続ける瓦礫という瓦礫を、龍也は悉く切り崩していく。吹雪の中、世界中の人々が消えていく中で、彼はそれとは一切関係なく、
「まるで自分の世界に閉じこもるようだからね」
 邪魔さえしなければ、傍観者を許すのだから。
 映画ならば興奮さめやらない戦闘シーンでも、彼等にとっては日常だ。だから、ディテクターはそろそろ行くと言った。すると、後から自分も行くと、彼は言った。そして、二人が去った後でも見続ける、やがて瓦礫は消えていた。そして、
 対峙した二人、逃げ場の無いギルフォード、それでもふざけた笑みは絶やさずに、
 快楽殺人者の最後の右腕が、龍也の喉を掴もうとした時、
 日向龍也は咆哮する。
 彼はそれを知る為に見続けている。彼は、
 彼の名は、


◇◆◇


 それは萌が高台に上り、吹雪と暴風雨の境目を見出だそうとした時に、IO2の偵察機より受け取った情報。影沼ヒミコの居場所。
 その事をみどりに喋って、すぐさまに向かう、そうなるはずだったのだ。みどりがその言葉を聞いた時、
「IO2はすっかり化物と仲良しこよしだ」
 吹雪の向こうから人影が見えた。「だが、その方針は良く解る。人間と非なる存在と友好を結ぶ事、それは」
 彩峰みどりに、
「その力を利用出来る」
 立花正義は、笑った。
 突然現れた男と、突然言い放たれたセリフに、みどり、「貴方は」
「いえ、ちょっと世間話と思いましてね。そこの茂枝君と。それで協力もしてもらいたく」
「協力って、萌ちゃんに?」
 みどりは少女の方へ向く。その表情は、押し黙っている。だがやがてこう尋ねた。「今の私達の任務は、影沼ヒミコの処理。その一点だと思うけど?」
「ほう、矢張り貴方は小さな子供だ。本当に重要な事に気付いてない」
 いちいち、気に障るような言い方、正義、「我々が先に殺さなければならないのは」

 一条美咲。

 、
 え、
「美咲、ちゃん?」
「……ああそうだ、調書によれば貴方と彼女はかつて親友だったとか。ゆえ、茂枝君は彼女に協力を要請している。だが、実際は、貴方が彼女を利用している」
 ああでも君の言い方だと友達ですかと正義が言い終わるより早く、
「美咲ちゃんの、美咲ちゃんの事何か知って!」
「知ってるも何も、彼女が危険人物ゆえIO2にマークされてるのは知っているでしょう?」
「それ、は」
「そして、朗報です。今彼女はディレクターが確保している」
 その言葉に、みどりはまた声をあげる。「美咲ちゃんが」ずっと、追いかけていた友達、会いたかった友達、
 だけど、
「そういう訳ですから茂枝君」
 彼は、みどりにその事を告げない。告げる必要が無い。何故なら、
「影沼ヒミコと同時に、彼女も消さなければならない」
 立花正義にとってみどりは必要無い。必要なのは、
「よろしいですか」
 茂枝萌。
「新たな手駒」

 立花正義の能力は、相手の心を捕獲する。具現化される手錠、心象化される檻、自分より心弱き者ならば、
 正義は彼女を人形に変換する。

 はずだったが、「……なんだ」
 突然、心臓を押さえその場にうずくまった萌、それまではいい。だがそこから、
 そこから完璧に心の掌握が出来ないのは、「なんだ、この、抵抗する力は」
 目論見が違う。目の前、うずくまっていた萌を抱き起こすみどり、意志の強さ、それは、他のIO2と変らぬはずの、なのに、
「何かに守られるような力は?」
 心底不愉快に、表情を歪ませる正義、
「……あ、んた」
 萌が、フラつく萌が殺意を込めた目を正義に向けた時、「……まぁいい、今回は諦めましょう」「何処に行く気なの、萌ちゃんをこんなにしといて!」
 叫ぶみどりに目を細める。彼女を守るような力か、
(まさか、それは)
 それは、そんな馬鹿な事、だったので、正義はその考えにまつわるセリフを編まない。代わりに返答をする。
「フラつくのはすぐに直りますよ、唯、それからはどうなるかは」
 まぁ生き残るでしょうが、
「邪魔はしないでください」
 立花正義が後退る、

 切り返すように、雪煙の中から衛兵の集団が二人を襲う。

 それは立花正義が心を捕らえた無能な衛兵、瞳に光が宿らない無様な人形。彼等は少女二人に向かいながら、そしてその中で、誰彼構わず殺し始める。同士討ち、その中で、ようやく立ち直った萌、余りにも唐突な殺戮の光景に呆然とするみどりを――萌は救う。目に入る者全てを殺そうとしている衛兵に、高周波ブレードを取り出して、
 みどりもその時になって戦闘を、剣を振るう彼女に対する支援を、兵の足を凍らせて、遠くの銃口には氷のつぶてを、萌の足元に転がった手榴弾、高速で冷凍して、
 吹雪という利が、殊更に彼女達を味方しているのだろう。きっと、生き残るが、
「その時になって、ヒミコと一条美咲の元に来た時には」
 私は仕事を終えている。
「せいぜい」
 自分が作り出した、無能な衛兵達の戦場を、
「ゆっくり」
 歩き、戦場を脱していく、
「運動を」
 自分にはけして手を出さない無能の人形の中、

 腹を、刺された。

「………」
 異常の原因は、腹の刺した衛兵を見れば、明らかである。
「………」
 彼には、心が無かった。
「………」
 術はおそらく薬物の多量摂取か、人格の崩壊を自ら引き起こして、心を無くし、
 次々と正義に利用されるような人形とは、一線を画すように、「……な、る、ほど」とてつもない、
 唯一つの事しか出来ない、
「無能め」
 掠れた声、血の臭いが少し混じる息と供に出しながら、正義はその無能を、能力を使う事も無くくびり殺した。腹が、痛い。意識が、少しゆらめく。だが、
「……問題は、ありません、何一つ、変らない」
 深手を負っていながらも、ゆっくりと、ゆっくりと歩いていく。皆殺しの雪原を、ゆっくりと歩いていく。
 二人の少女を殺しに行く。


◇◆◇


 因果とは、何かが起こる前には、その要因がある事。花瓶が置かれているには、花瓶がその前に置かれていなければならない。そして因果律とは因果の調律、ひらたく言えば大いなる何かの辻褄合わせだ。
 もしそれを操作出来るのなら人は、何になろう。いや、
 そもそもそれを人と呼べる物か――
 海原みあおには幾つもの自分が居る。多重人格という概念すら超える、変身と言う方が相応しい。天使、小鳥、ハーピー、
 そしてこの異界だけの姿、
 殺戮のみあお。
 蒼の姿を端々に残しつつも、綺麗な闇を深く身の色にする彼女、翼、彼女。一言すらも発する事無く、彼女は使命を遂行する。海原みあおを、この狂った異界の中で生かし続ける事。
 ゆえにヒミコを殺さなければならないのに、世界の自分に言われようと実行せねばならぬのに、なのに、
 邪魔立ては、無視すべき存在だった。
(ファング)
 海原みあおは彼について良く知らない。又聞き程度での確認だ。だが、
 唯の衛兵で無いというのは、黙々とした行動の中でも知れた。
 殺戮のみあおは二つの霊羽を持っている。一つは無傷の霊羽。例え心臓を貫かれても、それが無かった事になる羽根。一つは殺戮の霊羽。例え一秒前は歌を高らかに響かせていても、死ぬ事になる羽根。吹雪と嵐と雷に紛れるその縦横無尽の羽根を、衛兵はかわし続けている。
 羽根の発動条件は、掠りでもすれば良いのだ、羽根が。くわえて自分は無敵なのだから、だけど、
 “霊”羽を燃やす火炎放射器は“霊”炎か。炎に生死は存在してなかった、彼はその武器を二丁肩に取り付けながら、翼にくるまれるような彼女を、正確には中身だけを執拗に攻撃して来る。この大柄が、何故にこれまでの反射能力を、
 みあおは、彼について知らな過ぎた。彼は、衛兵である。衛兵とは、兵とは違う。契約だ――彼女を防衛する為の、理由、
 それが理由だ、理由の為に戦うのでは無い、戦う為に理由が要るのだ。そして今、それが通り縋った少女と契約で満たされたなら、
 もう彼には迷いなど無い。
 無傷を保ち続ける殺戮のみあお、嵐の戦場から一歩引き、吹雪の戦場へと移行して、その雪風に殺戮の霊羽を乗せる。白と黒が彼の炎を通り抜け、彼の右足へ――
 刹那、ファングは小さなナイフで、
 丸太のような己の足を切り落とす――
 最早己じゃない別の足、骨の姿晒すまで腐った足が落ちても、問題は無い。戦が、戦争が、
 手足を失った事で終わるくらいなら、兵は命をやりとりせず。
 それは愚かな喜劇、それは醜い悲劇、それは、
 惨劇、
 片足で地面を蹴った瞬間、ついに彼は殺戮のみあおの至近距離に。彼女は、
 瞳で語る。
 私はみあおを守る為の存在、その為に私は完全に生まれた。殺戮の羽を超えたとしても、無傷の羽をどうするのか? ファングは、
 変化する。みあおの知らない、変化する。
 白銀の獅子に、
 そしてその瞬間、彼は自ら殺戮の羽根に触れる。
 みあお、は、殺戮の、みあおは、気付く。
 やばい、と。
 だが翼を本来の意味で使うには、ここから飛び去るにはもう遅い、遅かった、
 死体が倒れこんでくる――殺戮された大きな身体が、もう羽根が触れても変わらない身体が、肉腐ろうと骨が剣となる身体が、
 牙を、喉へ向かって、たてながら。

 両翼を爪で裂く姿勢で、倒れこむ。

 翼の無い鳥に、
 名前を付けようとしました。
 けれどそれは鳥じゃない。
 生き物、唯の、生き物。
 死のある物、
 余りにも大きな金属の獣の下で、重量、もう羽根も舞いやしない下で、息が出来ず、もがく、もがいて、みあおは、
 みあおを守れない。少女は、
 潰された。
 少女は、
 潰されて死んだ。


◇◆◇


 吹雪が止んだのは間も無くである。ある事に、操が気付いたから。それはみあおの死では無い、それは獅子の躯が倒れこんだその刹那に知っている、間も無く知ったのは、
 かつての後輩、
 それでは無く、
 気付いた事。
「私は貴方を殺せない」
 舜蘇鼓の、世界の、存在が止まる。嵐が止まる。
「でもきっと、貴方も私を殺せない」
 それは力の上下では無く、
「そういう、組み合わせ」

 異界の存在と、世界の存在は。
 死ぬ事が出来る存在と、死ぬ事が出来ない存在は。

 水上操、はっきりとした理解では無く、感覚としての理解である。戦って得た予測だ、そう、なんとなく、目の前の彼は殺す事も出来ないけど、少なくとも彼も私の邪魔しか出来ず、きっと、何か別の力で。
 まるでこの世界の法則で。
 だから、ファングという恐るべきが消え、くわえて目前も誰も殺せやしないのだから、水上操は向かい始める。狂乱した天気が納まった中を、歩いて、
 異界の自分の元へ行かせはしまいと、続けて邪魔立てしようと、舜蘇鼓が攻撃をする。だけど、水上操は、歩いてる。何故、彼女は抵抗しない、今ほら円の刃が、今、
 先輩、
 ――彼女に気付かれなかった後輩は、必死な思いで光の矢を放つ
 思わぬ横やりに彼は動く、だが、彼は知っている。それは充分に思い知らされている、自分は、もともとこの世界の存在じゃない自分は、
 死ぬ事が出来ない。
 そしてまるでその対価のように、殺す事が難しい。道すがらの人は殺せよう、名も知らぬ花も踏み潰せよう、実際名も無き兵隊は幾つも此処で屠った、だが、おそらくは、
(ある研究所で登録されるような者達とは)――夢の中ぐらいでしか
 実際に、世界の舜蘇鼓は唐突な横やりを受けていた。でもおそらくこの少女が居なくても、舜蘇鼓は殺せないのだ。これが、異界の宿命か、何処までも狂った異界だ、ふっざけるんじゃネェ!と彼は踊るように叫んだ。だが今は戦うしか出来ない、
 傷ついても傷ついても、死ぬ事は許されない《世界》の自分を使って。
 そして、彩峰透華は戦っている。彼を振り切りたいが為に、逃げ出す機会をうかがっているのだけど、天候を操作せずとも、彼の動きは素晴らしく。ドーナツ状の刃が、チャクラムが奮われていて、嗚呼、行ってしまう。先輩が行ってしまう。私はここから行けそうにない、先輩、
 気付いて、
 そう、願ったけど、
 彩峰透華が矢を連射しても、水上操は振り返られなかった。一切合財を無視して、彼女は私から遠くなっていく。気付いて、先輩、私はここに、
 此処に、どうして、
 どうして、行ってしまう。


◇◆◇


 さてと、と舜蘇鼓は、異界の舜蘇鼓は思う。世界に比べて浅黒い肌、白い髪で。
「ムカつく超ストーカーはイラつくけどよぉ、アラスカあたりに高飛びっすか? かまくらん中でずっとさぁ、麻雀卓持ち込んで」
 彼方に偵察衛星が浮かぶ、そろそろ夜にさしかかっている空を見上げる。直ぐに戦場から逃げ出さなかったのは、それが問題だったから。だから十分か二十分解決策を考えていたが、途中でめんどくさくなった。それに、どういう訳か雷雨がやんでいる。
 世界のあいつは死ぬ事は無いはずだけど、何かしくじったか。余裕は無いかもしれない。
「つーか、世界中の人間消すのって、どんくらいかかんだべ?」
 解らないと、ヒミコは言った。
「あーん? マジー? もしか一年くらいだったら、えれぇ長ぇハネムーンだよナァ」
 だが周囲がそうぽこぽこと消えてない状況を考えると、それ以上かもしれないし、もしかしたら何かを境に、爆発的に一瞬で消えるかもしれないし、
 知識を求める大陸の妖怪としては、それは是非知っておかなければならない事だけど、とりあえずは、
「ここから」
「お前は消えるよ舜蘇鼓」
 声が聞こえる、けれどそれは死神の声じゃない。
 紛う事なき人間の声、だけど、
 舜蘇鼓は知っている――
 、
 世界のあいつと、テレパシーみたいに共有している知識で。その声が、
 推理の上で成り立っているから、だから、
 彼は、それを知っているかのように知っているから、鼻をならして笑った。「消えて、何が悪い?」
 そう告げる相手、影沼ヒミコを背の後ろにしながら、告げる相手は、
 一條美咲を引き連れたディテクター、あちらの世界では草間武彦。どうしようもない煙草中毒、それは異界だろうと変わらないのだろう。煙突のように煙を吐き出して、
 そんな彼に、異界の蘇鼓、言葉を続ける、
「お前らも俺達も、消える為に生まれてきたんだろ? 大正解だべ探偵さん」
 それがこの世界の宿命なら、それがこの異界の運命なら、
 逃れようのない運命なら速くしたって一向に――長生きは、年寄りと、
 世界の俺の仕事、
「あ」、と。
 ……あ、と、一條美咲が言った。語り部を探偵に委ねた、黒い着物の女が言った。どうした、と蘇鼓は思う。一條美咲が《理解》してる事を、蘇鼓は《推理》しようとする。
 その二つを、呼吸するように行っている者は、ディテクターと、
 ――もう一人

「間違っている」
 そう彼は、言いました。
「この世界は、俺達が消える為に生まれてきた訳じゃないのさ」
 彼は、言いました。呆然とする蘇鼓の前で、
 彼は言いました。
「彼女はだから消そうとしたんだね」
 彼は、知ろうとしました。この場所で、こんな場所で、
 ほら今潜んでいた衛兵が、彼の頭上から襲いかかろうとする場所で、それを、
 ベレッタで、銃で、三発目の弾丸できちりと殺して、
「俺達が、皆で、」
 この世界を、
「――殺しあう前に」

 殺しあう異界と、彼は呟いた。
 瀬戸口春香は呟いた。

 彼、銀の髪、二十二の年齢、青年、三年前も今も“力無き者を狩る異能者”を狩る者。
(装備は俯けば鼻も隠れる防弾防刃耐熱仕様のロングコートにサングラス、望遠・暗視・遮光・熱源探知のできる防弾ゴーグル、消音装置付ベレッタM92F、儀礼用グルカナイフ)
 彼、三年間で依頼相手が全員死亡、異界を流浪、IO2エージェント二人殺害、
 虚無の境界からこの世界の謎を近況のように調査して。
 ……それは、虚無の境界という組織に身を置いているのか、それとも、そこを探っているかは、解らないけど、
 彼は知識を求めていた。情報を、収集していた。今もここで、おそらくは、
 ディテクターより深く、
 舜蘇鼓より遥かに貪欲に、
「何、」蘇鼓、「言ってやがんだ」
 結論が、彼の知識が、否定された、ならば、
 知らなければならないから、「何言ってやがんだ」
 彼の呼びかけに応えるまでも無く、かつて得た知識を、春香は使用する。「キミ」
 彼はそう呼びかける、それだけで充分な事は、既に知識として得ている。
 世界を理解する一条美咲は、それだけで、瀬戸口春香の頭の中身を理解して、そして、実行する。
 彼女は世界を理解していた、唯、説明は出来なかった。だから語り部が必要だった、だから、
 その為に世界を《理解》し《分解》し《再構成》して、
 瀬戸口春香の背景が変化する、映画のスクリーンのように。映る物、
 殺戮の、日常。


◇◆◇


 一条美咲は、組み合わせました。世界の中の誰も邪魔できない世界を、
 誰もかもが見えるように。
 それは異界の中に現れた異世界、それは彼の世界、
 日向龍也の心象世界。
 まるで鳥篭のように、自分と相手を二人きりにする為の世界。
 三年前迄は、この世界は、果て無き青空、架かる虹、そして空間に並ぶよう埋め尽くされる、神話に語り継がれるような剣。
 けれど、今は、
 義手だけのギルフォードが、笑う事をやめる理由として。そう、
 それは恐ろしいのだ――
 空は蒼を失った、あるのは闇が蠢く暗雲、雷鳴が鉄を潰すよう轟きて。風は肉を腐らせるように吹く、光なんて殺される大気。そして世界に居並ぶ剣、その刃全て禍々しく、意思無き刃が悪魔として、
 何よりも世界は、
 血塗られている。
 大地に血が池としてあるとか、天より血が雨として降るとか、
 そうじゃなく、全てに対して、全てに、命の色は――そしてそれが死に変わる色は夥しく溢れるように、嗚呼、
 そんな世界で、龍也は、白髪を揺らしながら、まるでこの得物の為に用意されたような世界で、剣を、黒い大剣を掲げる。暗雲立ち込める中、欠けた紅の鮮月を背に、剣がギルフォードの眼に映される。ギルフォード、
 夥しい人殺しの彼は、
「……は、ひゃは」
 ―――、
 殺されると思った。
 人殺しが、殺されると思った。
 そしてそれは、実行された。日向龍也、憎悪の塊となり、牙を剥き出しにし、そして、
 最早金色の右の瞳は、未来を知れる瞳は、
 未来等見るはずが無く、
 殺戮する。
 黒い剣で、邪魔者が居ない世界で、憎しむ相手を、憎しみを糧にして、全てを喰らう悪魔の左腕で、刃で刻み、喰らい、
 枯れ果てた草木、
 彼の傍にある。
 彼は殺戮する、
 殺している、殺している、
 殺して、


◇◆◇


「いる、事」
 日向龍也の光景を背に映しながら、瀬戸口春香、知った事、解った事、
「殺しあう運命、それは、普通じゃないと感じていた。……でも“何と比べて”普通じゃないのか」
 それを語る、蘇鼓の前で、美咲の前で、
「三年前と比べてか。……けれど、本当にそうなのか? 疑っていたんだ、だから情報収集を続けてたさ。そして今日、この場所で」
 影沼ヒミコの前で。
「……キミに良く似た人を、ここに来る途中に見つけた。それと、彼の行動」そう言って後ろを指差して、「二つを組み合わせて、仮説が出た」
 それは既に幾らかは手にしていた知識、或いは気づいていた事、
 、
 異界の彼は導き出す。
「この世界は、異なる世界なんだろうね」
 彼は、知識を語る。
「三年前という時間と比べて、じゃなく、“もともとの世界”と比べて普通じゃないんだ」
 蘇鼓の前で、知識を蓄える妖怪の前で、、まるで、
「多分さっき見たキミは、その世界の人だろう?」
 自分の存在意義を無くすように、
「殺しあうこの世界で、うまく殺せてなかったからさ、そう思うんだけど」
 三年前の自分のように。

 だから、舜蘇鼓は、異界の舜蘇鼓は、
(かつての異界の自分のように、知るべきなのに知ろうとしない自分のように)
 土塊に、融けて、しまった、らしい。
 土塊に融けてしまったらしい。


◇◆◇

 突然目の前の存在が、結界の中から矢を放つ綾峰透華の前の存在の力が、強く、
 まるで正しく二で乗算したようになって、彼女は酷く慌てたのだけど、
 それ以上に狼狽していたのは、その目の前の存在だった。
 彼は攻撃の手を止め、……冗談? マジ? ……そんな風に言って、
 舜蘇鼓は、途端、この世界から消えた。

◇◆◇


「……消したのか、な、それともこれも」
 瀬戸口春香、「僕が殺した事になるのかな、」影沼ヒミコへ。
 殺しなんて事は、昔から、随分とやってきた瀬戸口春香だけど、この場合の殺戮は、
「この異界の意思になんだろう、けど、……世界に意思があるって考え方は、それも普通じゃない。この世界を作り上げた主が居るんじゃないかな、そしてそれを」
「殺そうとしている」
 、
 問いかけのような言葉が漏れている。
 けれどそれは、問いかけでは無い。答えを零したに過ぎない。
 一条美咲は結果しかしれない、説明は出来ない、だから、「お前は、誰を殺そうと、いや、」ディテクター、
「消そうとしている?」
 彼が、聞く。「そもそも何に気づいてお前は、こんな事をしたのか」理由を、
 尋ねる、人、
「青の子」
「……青の子?」
「心当たりか? 瀬戸口春香」
「確か、虚無の境界に」
 、
 尋ねない人。

「ディレクター」

 その呼び方は、彼しかしない。
「言ったはずですよ」彼女は、「私の」
 その声は、彼女の足元から聞こえてくる。
 檻からの脱走トンネルの先のように――
 地面を、抜けた先、
 もう一つ、檻。
「獲物だ」
 手錠を組み合わせた、シャベル、それ一つで掘り進んで、現れた彼、
 硬化テクタイトの透明な檻を出現させ、自分と彼女を中に捕らえさせる。それは防御壁、日向龍也よりは劣るけど、それは誰にも邪魔出来ぬ世界、
 だから、腹から血を零していても、
「さぁ、死になさい」
 頭から被った土埃、パラパラと落としながら、川の流れのように自然な動作、
「死になさい」
 正義、
 世界を消す存在を、殺そう、
 殺す、彼の手錠が、
 彼女の首へ食い込む動作、

 停止する。
 一時停止、する。
 誰も、術は使っていない。
 誰も、彼を羽交い絞め等していない。
 止まったのは、止めたのは、
 彼の脳裏に浮かぶ言葉、

(あいつと、同じくらいか)


◇◆◇

 それは彼には解らない、異界の自分には解りやしない、世界の自分の記憶。
 世界の自分の、気になる、女性、
 同じ年頃なんて理由。

◇◆◇


 ああまるで、器に満たされたミルクに垂らされる苺のジャムだ。不意で、止まり、だから、彼は、
 一条美咲に分解される。え、「え」な、「な」あ、「あ」
 硬化テクタイトの檻は、彼の意識が霞むと同時に酷く脆くなり、音もたてずに崩れ去るのだ。そして何一つ遮りやしない彼を、いや、そもそも檻等跳び越す彼女の能力は捕らえ、
 まるでヒミコを助けるように、立花正義を、分解し、(彼の心が何かと混ざる)分解し、(心因は身体にさえ左右する)、
 組み立て、て、
「一条美咲ぃぃぃ!」
 振り返りながら、身肉が変異を犯しながら、そう叫ぶ正義、
 その結果は、目の前の影沼ヒミコを酷く仰天させたのだけど、
 その時点で、もう要らないからというばかりに、立花正義は何処かへ飛ばされた。
 ……静寂、が戻る。静寂の最もたる、理由、
 一条美咲の行動だ。何故彼女がこんな事をしたか、何故彼女が、
「人を、助けるか?」
 ディテクターは理解している。とても、良く解っている。瀬戸口春香も同意する推理、なぁ、お前は、
「美咲」 彼女、

 かわいそうな、と彼女は語った。
 自分と同じで、知らなかったら良かった事を知ってしまった事、
 自分と同じで、とても大きな力を手にした事、
 かわいそう、な。
 けれど、ああけれど、例えそれが本人の望まない能力だったとしても、その力で、
 人が消えたら――
 そう、
 消えたんだ、ここに来る途中で、だから、
 だから、

 彩峰みどりは泣きながら、ヒミコの手足を氷で縛りつける。

 正義が作り上げた穴を通って、ここまで来た彼女、
 萌ちゃんが、消えた。
 襲い掛かってくる衛兵を、なんとか全員打ち倒した、その瞬間、
 私に何か話しかけようと振り返ったその時、
 消えた。
 世界から、消えた。
(こんな世界は嘘であって欲しいと思っている)
 けれど、
 この世界には、それでも、友達が居たんだ。それが、消えたから、消えたから、
 彼女は氷の刃をヒミコに突き立てようとする。
 心臓を刺そうとする。
 気道を凍らせようとする。
 頭蓋を氷塊で潰そうとする。
 刃を突き立てようとする、
 彩峰みどり――
 ……結局、「……な、い」結局、「出来ない」
 結局、
「できない、よ」
 彼女は、
「できない!」
 泣きながら叫ぶんだ、別の会い方をすれば、
 友達になれたかもしれない存在に。
 例え、萌が消えたとしても、「出来ない」ヒミコの手足を縛るだけで、「ねぇ」こんな世界が嘘であって欲しい、「ヒミコ、さん」
 友達で、あればいい。そう、
 心から願った瞬間。


◇◆◇

 影沼ヒミコの首が、綺麗に落とされました。
 、
 首が、斬られました。

◇◆◇


 首無しの、胴体は、みどりから言葉を奪う。感情だけが、空の色が如く渦巻いている。首が、転がっている。首、
 斬ったのは、
「任務完了」
 斬る、のは。
「残党が居るか調査の後、帰還する」
 ヴィルトカッツェの二つ名、

 ステルス迷彩で姿を消していた、茂枝萌。

 彼女はようやく言葉を取り戻した。「どうしてぇ!」
 せつなげに、せつなげに、二つに分かれた方の大きい肉を抱きしめながら、「なんで! ……なんで、なんでッ!」
 萌、
 応えない、
 彼女の瞳から、瞳をそらす、瀬戸口春香はその光景を見ている、ディテクターも、そして、一条美咲も、
 美咲、
 表情が、表情が、変わる、嗚呼、なんだ、
 瞳に水が、これは、無表情のはずの彼女が、
 涙、
「ならば、何故貴方は連れて来たの?」
 唐突な声、そちらへ、震えながら向いた時には、
 水上操がとても近くに居る。微笑、している彼女が居る。
 やがて、距離は無くなって、操は、普通にここまで歩いてきた彼女は、
 みどりの襟を掴み、無理矢理立たせて、――薄い微笑みを消して巌のように厳しい目つきとなり、叫ぶ。
「ならば何故貴方は連れて来たの!? 彼女を、IO2の彼女を、影沼ヒミコを殺さねばならない彼女を!」
「あ、あ、」
「彼女には使命があった、やらなければいけない事が! 黙って死ぬにはならない理由がッ!」
 それは、操が父を、追わねばならぬように、
 命がある限りはせねばならぬ宿命として、
「だから彼女は消えて見せた、友達を、貴方を騙してまで消えて、そしてゆっくりと近寄った。感情すら消して、唯自分の職務を果たした、貴方は」
 それを何故と、どうして叫ぶ?
「わ、私は、だ、って、」
 こんな世界は、嘘であって欲しい、
「だ、って」
 嫌だ、こんな世界は嫌だ、友達が、殺されていく、友達が、
 人殺しになっていく世界――

「嫌や」
 関西弁が、聞こえた。
 それはとても、とても懐かしい声、
 みどりの友達の声。
 だから、みどりは、目の前の剣幕をも忘れて、振り返る、居るんだ、
 居た、会いたかった、会いたかった、
 ――友達
「美咲ちゃん」
 黒い着物の彼女は、大人びた彼女は、
 あの頃のように感情を、顔に出しながら、
「みどりちゃん」
 名前を、そう、

 一条美咲とディテクターの、付き合いは長く。
 なぁ、
 覚えているか?
「お前の殺し方を知っている」


◇◆◇

 だから彼女の後頭部は、銃で撃たれる。

◇◆◇


 影沼ヒミコを、かわいそうと思った。
 お前の中で眠っているのは、優しい心とかつてディテクターは推理している。
 もしその思いが甦ったのなら、それはこの世界の一条美咲では無いから、だから、
「だからお前を殺せた」
 そう言って、見下ろす、
「一条美咲」
 彼女の躯と、
 その躯に視線を落とし、最早声にすらならぬ息を吐き出す、みどり。ああ、ああ、
 ああ。
「友達が必要だった」
 再会の会話は、互いに名前を呼び合うだけで、
「優しい心に戻す友達が」
 喜びも、悲しみも、交わせる事も無くて、
「感謝は言わない、ただ、一つだけ言わせてもらう」
 思い出も、未来も、語り合えなくて、
「この世界が、本当の世界の嘘だったとしても」
 死んだ、
「俺達にとっては現実だ」
 友達は、死んだ。
 まるで一つの作品のように、固定されている躯と生き物を、
 茂枝萌は、声をかけない。ただ無表情で、見ていて、やがて、
 ヴィルトカッツェは、再び消える。ディテクターも、音も無く去る。
 瀬戸口春香もやがて動き出し、青の子について考えを巡らせる。青の子、虚無の境界で端々にあった、単語。それは人なのか? いや何かの道具か、そんな事を、自分の生き様のように考える。
 そして水上操、彼女も去り始めた。目的地はIO2、報酬を彼からもらわなくてはならない。自分の父であろう、角の無い鬼について。
 その途中で、帰り道の途中で、
 幾つかの衛兵の死体が遠くにある景色の中で、彼女は、足を止めた。
 綾峰透華が、居たから。
 結界で、自分の身を、守っていて、彼女は一つも汚れて無い。
 操は、とても血塗れで、先輩は、とても血塗れで、
 まるで住む世界が違うように。
 だからだろうか、彼女はかつての後輩を一つ見て、唯目を細めただけで、それだけで、再び歩き出す。彼女の背中を目で追っても、先輩、と呼びかけられない透華。
 もしかして、ずっと気づいていたのだろうか、
 だけど、声をかけなかったのは、
 私は、
 先輩は、
 綾峰透華――

 私は綺麗に生き残ってしまった。


◇◆◇

 戦後の話をしよう。

◇◆◇


「私は綺麗に生き残ってしまった」
 それは綾峰透華のセリフでは無い。
 アトラス編集部の編集長、碇の言葉。それは彼女の思惑では無く、読み上げての言葉だった。
 透華は、あの日の事を、レポートにして、
 ここまで持ってきた。
 見た事を全て、聞いた物を全て、
 先輩との、出会いも、全部。
「……この世界は本来の世界と異なる世界。いえ、そもそも本来の世界って言い方もおかしい、世界はそれぞれ一つずつ価値がある、か。神隠し騒ぎが、あの戦争と関係があった事でも特ダネなのに、これは凄いネタよ」
 唯、発表はまだ控えた方がいいかもしれないけどと言って、
 碇はこれを持って来た少女に聞く、
 綾峰透華に聞く。
「それで、報酬は何を求めるの」
 椅子に座って、視線を膝の上に落としながら、
 先輩に会いたいと彼女は言った。
 住む世界は違っても、先輩は先輩だから、
 会いたい、と彼女は言った。ここに居れば自然と情報は集まるから、だから、と言った。
 碇の後ろで、世界から世界を渡る桂は、
 この異界における桂は彼女を見ている。


◇◆◇

 それは、異界の出来事では無い。世界の出来事、
 海原みあおが怖い夢を見て、布団から跳ね起きた事。
 けれどそれは夢じゃない事を、心の深くから理解している事。
 けれど、もしかして忘れるのだろうか。
 夢の多くはそうやって、二度と還らない歌のような物だから。
 けれど、
 みあおは、思っている。
 あの少女の事を、ふざけた異界で供に過ごした少女の事を、そして、
 彼女は、思う。
 どちらが夢で、どちらが本当か。
 重い骨と硬直する肉に、死体に押しつぶされて死体になる感触は、確かに残っていて。

 一条美咲の場合、それを夢として見ていたかすら、不確かである。夢としてあの異界に干渉していたかは。
 とりあえず、彼女は笑っている。あの異界からしたら三年前のあの日のように。そして名前を呼んでいる、あの異界からしたら、
 最後の声のように。

 舜蘇鼓は、特殊だ。
 もともと一つの体を二つに分けて、一つを死んだ異界の自分のポストに置かせていたんだから。だから、肉が土に融けた刹那、もう力は戻ったのだし、
 チャクラムも、円刃ももう必要は無い。
 唯、
 彼は、知る妖怪である。
 父の命で、再び向かうか、それとも、
 もう暫くはここで、のんべんだらりと歌を歌うかは別の話。

◇◆◇

 水上操がディテクターから、角の無い鬼の出現場所をまとめたレポートを、手渡された時である。ようやく、彼の意識が目覚めたのは。
 いいやもうそれを《彼》と言っていいか――
 あの時、一条美咲が死ぬ前に、組み合わせたパズル、
 世界の記憶と心の混同、そして、
 身体に異常に影響して、
 瓦礫の中で彼は、物のように呟いたのだ。
「私が」
 、
「女などに?」
 腹からの血も塞がった、新しい自分の肉に、戸惑いは長く終わらない。

◇◆◇

 戦後の話が終わるのならば、
 この世界の話をしよう。
 瀬戸口春香が、まだ知り足りない世界の話。

◇◆◇

 それは、左腕が脈動する話だ。
 ギルフォードを完全に、殺し終えた男の話だ。
 未来が見れる金色の右目が、けして未来を見ない話だ。
 大事な事は、
 何一つ、思い出せない。
 憎悪の対象が消えたから、
 後に残るのは、疼き、疼き、
 嗚呼、

 空から、声が聞こえた。
「良ク、踊ル」

 龍也が空を見上げた時、
 ――心象世界じゃないこの世界の空を見上げた時

 青い空があった。
 左腕は脈動する。





◇◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ◆◇
 1415/海原・みあお/女/13/小学生
 2953/日向・龍也/男/27/何でも屋:魔術師
 3057/彩峰・みどり/女/17歳/女優兼女子高生
 3461/水上・操/女性/18歳/神社の巫女さん兼退魔師
 3464/綾峰・透華/16歳/女性/高校生
 3678/舜・蘇鼓/男性/999歳/道端の弾き語り・中国妖怪
 3786/立花・正義(たちばな・せいぎ)/男性/25歳/警察庁特殊能力特別対策情報局局長
 3968//瀬戸口春香/男性/19歳/小説家兼能力者専門暗殺者
 4258/一條・美咲/16歳/女性/女子高生

◇◆ ライター通信 ◆◇
 スギ花粉にはゆかりありまへんが、イネ花粉で毎年苦しむエイひとです。
 まずはともかく今回ご参加おおきにでしたー、一応無理矢理夢落ちにしていますが人がちゃかぽこ死ぬお話です。死亡基準ですが、本当に話のノリだとかそんな感じです。とりあえず前フリすっ飛ばして方々にトーキングナウッ。
 海原みあおのPL様、ファングと戦闘とありましたが余り相手を知らないという事でこういう結果に致しました。唯、ファングを止める人が他に誰も居なかったので、ある意味危機的状況でした。
 日向龍也のPL様、素晴らしく独尊プレイングでしたのでこんな感じでお話に絡ませてみました。大筋とは関係無くても、この手のプレイングは自分OKですのでビシバシと。ただ、黒い剣も心象世界の剣の集合体だったのでしょうか? ちょっと解らずぼかしました;
 彩峰みどりのPL様、とりあえず今後みどりがどうなるかは描写しませんでした。萌っちとの関係だとか、今の自分の心だとか。プレイングはキャラの魅力を引き出していてすんなり文に出来ました。
 水上操のPL様、角の無い鬼に関してはWRの管轄外ですので、あ、決めてくださいとかあったら別やったんですけど; とりあえずそちらの思う様に。前鬼と後鬼を会話に出すか迷ったのですが、プレにも特に無いし、今回は一人きりの方が後輩さんとの関係を出せるかなという描写に致しました。
 綾峰透華様、アトラス編集部との繋がりプレイングは予想外だったので、最初と最後に使えました。ありがとうございます。私は綺麗に生き残ってしまったという描写が、ちょっと彼女にあうか不安ですが;
 舜蘇鼓のPL様、死亡理由は単純に本当に推理の目論見違いというのが一つと、後お任せとあったのでー; 知識を求める妖怪にしてはえらい失態だと思いますが、多分異界の法則とやらに飲み込まれたというオチで(えー)
 立花正義のPL様、どっこい死なない小悪党。殺しあう異界の割りに悪人があんまり居ないので、正義さんは素敵なんでっけど今回はまさか女に! というプレに今後が気になります。女になる過程がヒミコの能力で、では不可能ぽかったので一条美咲を使いましたがご了承ください。
 瀬戸口春香のPL様、初参加おおきにでございます。というか春香のプレイング無かったら、青の子は登場する予定なかったんですが、ここまで知ろうとするプレイングは無かったので自分的に主軸と致しました。あ、あと、本文にも書きましたが、「虚無の境界から調査している」というのが、所属なのか、それとも虚無の境界の情報を通しての調査かちょっと判断しかねたので、ぼかしました、すいません。
 一条美咲のPL様、プレイングに「かわいそう……」という発言を見た瞬間、脳内でディテクターさんが殺す姿が思い浮かびましたのでこういう結果に。ある意味最強キャラというか、この異界の象徴みたいな少女が消えてますます混迷極まる異界という感じです。
 それでは今回はこのへんで、次の依頼は少人数で参ろうと思いますが、よければよろしくお願い致します。
[死者]
 海原みあお、舜蘇鼓、一条美咲、以上三名のPCは今後世界PCとしての参加しか出来ません。どうなるかは解りませんが現在の所、異界PC復活プレイング承認及び復活依頼は考えていません。
[異界更新]
 瀬戸口春香のデーター追加、一般人を狩る異能力者を狩る異能力者。三年間で取引相手が全員死亡。知的好奇心がこの異界で生きる糧。“虚無の境界から”情報を近況として調査。
 みあお、ファングと相打ち。舜蘇鼓、自分よりも知識を求める人間春香を目の当たりにし、かつての異界の自分が如く土塊に融ける。力は世界の彼に戻る。影沼ヒミコ殺害、萌成功。同時にディテクター、みどりを利用するかのように一条美咲を殺害。透華はこの時のレポをネタにアトラス編集部に協力、求む報酬は水上操の行方。正義は死ぬ前の美咲が行いで、心が身体に作用し女性に変化。補足として、彼は死んでいないので鍵屋智子の戒めは継続。操、角の無い鬼の出現場所のまとめを得る。日向龍也は憎悪を果たしても、左腕は脈動している。
 青の子情報に一言、青い空。