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<東京怪談ノベル(シングル)>


To Eve  From Adam



 ザクザクと足元で音が鳴る。
 真っ白な雪の道を、滑らぬよう注意しながら幇禍は歩いていた。
 こんな大雪を見るのは久しぶりである。
 東京に住むようになってから、雪なんて滅多に見れなくなった。
 それが、注文してあった婚約指輪を取りに行く今日という日に、観測史上稀に見る大雪に見舞われるだなんて、タイミングが良いというか悪いというか。
 まぁ、ロマンチックではあるかもしんない…と、幇禍は大渋滞になっている道路を横目にザクザク歩き続ける。
 こんな事もあろうかと、渋滞を見越して車を出さなかった己を、自分自身で褒めつつ、皮のブーツで子供のように雪をわざと蹴散らしてみる。
 キラキラと光る雪が宙を舞った。
 「綺麗だなぁ」
 真っ白な雪は、自分の婚約者兼雇い主の肌の色を思い出させる。
 自分とて、色白だと言われる方だが、雇い主の肌の白さというのは、何だかとても穢れていないような、本人のいけずな性格とは相反するような透き通った白さで、時々触れるのすら躊躇われるような心地になるのだ。
 つまり、自分はそれだけ、あの少女の事が大事だという事なのだろう。
 そんな事をつらつらと考えつつ、宝飾店で散々悩んで選んだ二つの指輪の事を想う。
 日頃は、宝石なんか…という考えの人間だが、是ばっかりは、ちゃんとしなきゃと思った婚約指輪。
 一瞬、通販で良いの無かったけ?と探しかけた自分を、何とか押し留め、きちんと宝飾店に出かけ、自分の目で選んだ。
 約束で縛る気はないし、縛られる人間でない事も分かっているから、もしかしたらいつものプレゼント程度に思われるかもしれないが、それでも、この指輪を左手の薬指に嵌め続けてくれたら、凄く嬉しいと思う。
 それ位気に入ってくれたら、本当に嬉しいと思う。
 雪のように真っ白で、細い綺麗な指に飾られる、ざくろの実のようなあの宝石。
 想像するだけで、幸せな気分になる、
 スポットライトを当てたとき、見事に浮び上がった六条の光を見て、幇禍はこの宝石を婚約者にプレゼントしたいと心から思った。
 きっと、喜んでくれる。
 それは、そう確信するに足る、美しい姿をしていた。
 これ程までに見事に星が浮び上がるスタールビーは珍しいという宝飾店の店員の言葉も、購買意欲を刺激し、自分用にと一緒に買った、ブラックオパールも遊色効果が全体に出た、魅入られるように色鮮やかな輝きの石を選んだ。
 結構高級取りであると自覚している自分にも、かなり痛手の出費となったが「今を逃すと、これ程の品物は、この先入荷出来る保証はありません」と言われてしまったのだ、しょうがないじゃないか。
 指輪の台座も宝石の美しさを際立たせる為にむしろシンプルなものを悩みまくってチョイスし、出来上がりの連絡を受けるや否や屋敷を飛び出してきた。
(うふふふ〜v どんな、風になってんだろなぁ?)
 そんな、大雪の中、脳内に春が来てるような浮かれっぷりで歩く幇禍はふと、そう、いつもならば、そんな事は思いつかないのに、ふと、(そうだ、お嬢さんが、公園の中を通ると、大通りへの近道になるとか言ってたなぁ?)なんて事を思い出した。
 これ程の大雪ならば、きっと公園内も雪化粧を施され、大層美しい姿になっているに違いない。
 そんな事を考えたのも、まぁ、いけなかった。
「じゃ、公園を突っ切って行てみようかな?」
 そう一人小さく呟き、クルリと方向を転換して、公園へと向う。 
 その、ちょっとした思い付きが、後に幇禍に大いなる災厄をもたらしてしまう事等、この時、彼はは知る由も無かったのである。


 思ったとおり、公園内は一面の銀世界と化していた。
 人のいない公園を何だか嬉しくなって、思わず駆け回ってみる。
 きっと、お嬢さんがいれば、大喜びして一緒に雪遊びなんかしてくれたに違いないなんて、少し残念に思いつつ、一度しゃがみ、雪を掬って宙に撒いた。
 キラキラと散布される雪に少し笑い、白い息を吐きながら、辺りを見回してみる。
 いつもの見知った公園とは、全然別の顔を見せる美しい姿に気分が高揚するのを押さえ切れなかった。
「ほんとに、綺麗だ…」そう呟いて、微笑み、そして、幇禍は悲しい事に、唐突に、かなりナチュラルに、違和感無く、だが、やっぱおかしくない?ってな物を目にし、硬直した。




うん。 なんだ、ありゃ。



えーと、えと? え? え? え?



かまく…ら?



思わず目をゴシゴシと擦る。



うん、間違いなくかまくらである。
かまくらが、都内の公園に作られている。


いや、それは良い。
それはヨシとしよう。
そこまでだったら、ヨシと許せる。
だって、ほら、想像して欲しい。
子供が、お父さんの腕を引っ張って「ねぇー、ねぇー、この前テレビで見た、雪のお家作ってよー。 これだけ、雪が降ってたら、きっと出来るよー」と強請っている姿を。
そして、如何にもマイホームパパといった風情の男が(ちょっと、太り気味だったりすると、尚微笑ましい)「よーし、分かった、パパに任せとけー!」と腕まくりをし、公園にまで親子で訪れ、一緒にかまくらを作る姿を。
 うん、素敵だ。
 心がホカホカしてくる。
 幇禍も、少し微笑んでしまう位のほのぼの風景だ。
 そうだ。
 この東京砂漠とて、そういう家族の物語が無数にあり、そしてその物語の内の一つが、このかまくらを作ったのだ。
 きっと、そのお父さんは「パパすごーい!」と子供に尊敬の眼差しで眺められたのだ。
 うん、そういう事にしたい、ってか、しよう!
 する努力をさせてくれ!
 そう思いながら、幇禍はぎゅっと目を瞑り、ドスドスと足音荒く、そのかまくらを見ないようにして、公園を通り抜けようとする。
だが、その瞬間、「幇・禍・君v 何か、少年みたいだったよー? 雪と戯れちゃって、かぁわぁいぃいぃーーv」と、もう、人をムカつかせる為だけに発せられていると、明らかな口調でかまくらから、半身をのそりと覗かせ、聞きなれたってか、聞き飽きた、出来る事なら一生聞きたくない声が聞こえてくる。


 見てない!
 俺は、何にも見てません!
 むしろ、見たとしても、見てないと言い張る心の強さを持っています!


 そう決断し、恵まれた反射神経でもってダッシュしようとした幇禍の足元に、タックルが仕掛けられ「冷てぇじゃねぇかよぉーー!」と明らかに酔ってる口調の怒鳴り声が聞こえてきた。
 無様に転倒し、雪の絨毯にへちゃりと倒れながら、幇禍は「お嬢さん、助けて…」と呻いてしまう。
 どうしてだろう。
 物凄く嫌な予感がするって言うか、コイツとこんな風に出会ってしまってロクな目に合った事がない。
 だって、ほら、ここら辺一帯酒臭いていうか、もう、酒そのものな匂いがする。
 昼間っから飲んだくれてるだなんて、人間失格人間の必要条件みたいなもんだ。
 とりあえず半眼になって自分の足元にがっちり組み付いている男に視線を送った。
 勿論、貧乏探偵事務所の主、草間武彦がそこにいる。
 うっかり作者的には半年振りのお目見えで、懐かしいなぁと遠い目をしてしまうのだが、腐れ縁幇禍からしてみれば、そんな事はないらしい。
「半年間大人しくしてて、これでもう、縁が切れたと安心してたのに、ノコノコ出てきやがって!というか、コラ! 放せ! 俺の幸せ街道の邪魔をするな! そして、そろそろ、俺の目の前に現れるのを止めろ! 銀世界が穢れる!」
 かなり酷い事を言いながらゲシゲシと、片足で武彦を蹴りつけるも、「ふふふふ…。 幇禍君、ちょっと聞いてくれたまいよ。 とうとう、興信所の家賃を溜め込み続けすぎて、追い出されてしまったのだよ。 天の恵みか、何か知らないが、大雪が降って、こうやってかまくらにて生活を送る事が出来ているのだが、この雪が溶けてしまった後の俺の居住空間は何処になるのかねぇ?」等と虚ろな声で言われ「くそっ! 此処まで大雪にならずに、適当なトコで降り止んでくれれば、コイツ確実に凍死したのに!」と心から残念に思う幇禍。
「てーか! かまくら生活て、何? もう、アレだよ! 一回巡って、ロマンチックくねぇ?」といきなりハイテンションで問われ、幇禍は「はい! ロマンチックです! 草間君は、夢追い人だなって、俺、今、猛烈に感心してます!って事で放してくれ! そして、この先、俺の目の前に現れないでくれ!」と本気の声で言い放つ。
しかし、後半全く聞いていないというか、波乱万丈の日々の中で「都合の悪い事は聞かない」よう脳が出来上がっているのだろう。
「そうだろ? 俺、追ってるだろ? 夢追いまくっちゃってるだろ? 目下のトコ、最大の標的は、アレだな。 うん、興信所に帰りたい!っていう、大きな夢だな。 もう、大きすぎて叶えられる気がしやがらねぇのは、どーいう事なんだろうな?」
 そう、何故だか涙目で訴えられ、「知るかよ」と思わず素で返してしまう。
 そのまま、一瞬の沈黙の後、「とりあえず、うち寄ってく?」と言われ「絶対イヤ!」と、即座に幇禍は返答する。
「っていうか、ね、ね? 此処、公共の場所で、アンタの家じゃないし、この時点において、草間は最早ホームレスという身分でしかないし、ウチ寄ってく?って言われて、そのウチがかまくらって、どういう状況か分かんないし、嫌だって! いーやーあーーだーーー!」と、ちゃんと断っているのに、何でか足を引きずられ、ずるずるとかまくらの中へと引きずり込まれる幇禍。
見てる人間がいるなら、蟻地獄にはまった蟻みたいよね、なんて感じてしまいそうな地獄絵図の後、うっかり幇禍はかまくらの中に敷いてあるビニールシートの上に胡坐をかいて座っていた。
 尻の下には、湯たんぽ入りの座布団があり、かまくら自体も、しっかりと作ってあるせいか中は結構温かくて、案外快適だったりするのがいけない。
武彦は、よっぽど暇だったのだろう。
嬉しげに、てこてこと、コーヒーを出してくれたり、お茶請けまで用意してくれたりと至れりつくせりで、あの煙草の煙臭い事務所よりも、こっちのが過ごし易いかもなんて考えながら、コーヒーを啜り、その安っぽいインスタントの味に、武彦の妹が入れた美味しいコーヒーが飲める事務所のがやっぱり良いかと思い直してみる。
「なぁ、興信所追い出されて、妹さんは、どうしたんだよ?」
 そう問えば「や、今んトコ、アイツん家に世話になってる」と自分の恋人の名を口にした。
「ああ、あの人の所だったら安心だな」と、一つ頷き、そうか、あの子を預かれば、毎日あの美味しいコーヒーや紅茶が飲めんだ。 ちょっと羨ましいかもと、幇禍は感じてしまう。
 そして、『片やコイツは、家に居候さえてやっても、迷惑を振りまくばっかりで、何のメリットも在るまい』と、兄の役立ずっぷりを思い、もう一度溜息を吐くのだった。


「でな、浮気じゃないって、俺は、何遍も言ったんだ。 女子高生に、ちょっと、お茶でもって声を掛けて、その後、一緒にカラオケ行って、高い店に行って飯を奢って、何だか知らない内にバカ高い鞄を買わされて、その後、違う男と連れ立って行ってしまうのを涙目っていうか、号泣しながら見送っただけだって言ったんだよ。 何にもしてないだろ? ていうか、俺被害者じゃん? 完璧、俺、可哀想な人じゃん? なのにさ、そんな可哀想な俺をさ、『武彦さんの不潔! 浮気性! 出ベソ!』って罵りながら引っ掻いてさ、俺、出べそじゃないのに…」
 鬱々と語る武彦を呆れきった目で見下ろし「ああ、だから、お前は部屋に入れて貰えず、かまくら暮らしを余儀なくされている訳だ」と、恋人の家に避難出来なかった理由を悟る。
 大体、それは「フられたから」何も出来なかった訳で、フられてなかったら、何するつもりだったんだよ?と問うてみれば「調査の為に必要だったんだよ!」と、逆ギレされ、いやいや、俺にキレても、と悲しい気持ちになった。
 そんな2人の間には、パチパチと音を立てる火鉢が一つ。
 火鉢の上に置いてある網の上には、餅がコロンと幾つか乗って、香ばしい匂いを漂わせている。
「醤油塗るぞー?」
 そう暢気な声で言いながら、刷毛でペタペタと醤油を餅に塗る武彦。
 醤油の焦げる匂いが、食欲を刺激し、少しだけ、ほんの少しだけだが「ここ寄ってって(引きずり込まれて)良かったかも」とか、ぼんやり思ってしまう。
「でさ、是が、その時に出来た引っかき傷」
 そう言いながら腕まくりする武彦の腕にはくっきり三本の引っかき傷が残っている。
「良いか、幇禍。 お前、自分は無縁っちゅう顔してやがるが、こういう事態に何時陥るか、お前だって分かんないんだぞ? アイツの事、子供だと思ってっかもしんねぇが、女っちゅう生き物は怖いんです! 魔物なんです! 嫉妬と、独占欲の塊だし、気紛れだし、賢いし、俺達男が到底太刀打ち出来る生き物じゃねぇっていうのが創世記からの決まり事なんだよ」
そう、心からと分かる声音で言い、餅を「アチチ」と言いながら引っくり返す武彦を眺め、「嫉妬ねぇ…」と小さく呟いてみた。
 嫉妬…した事もないが、された事もない。
 してみたいとは思わないが、されてみたいとは思ってしまう。
 どうなるんだろう?
 お嬢さんが嫉妬したら、どうなるんだろう?
 怖いかな?
 可愛いかな?
 でも、してくんないんだろうな。
 自分の婚約者の心はいつだって自由で、全ての束縛を嫌っていて、だから、きっと幇禍の事も束縛してくれない。
 明日、自分が消えてしまっても、きっと心配すらしてくれないだろう。
 自分だったら、心配の余り狂ってしまうだろうが。
 でも、この報われない加減も、何か楽しいかもしんない。
 そうぼんやり考えて、「ほら、焼けたぞ」と、皿に取って差し出された餅を「はふはふ」しながら、頬張った。
 餅は醤油の香りが鼻に抜けて、凄く美味しくて、「お嬢さんにも食べさせてあげたいなぁ…」と思い、こんな時まで、婚約者の事を思う自分は、目の前の男に比べて何て誠実なんだろうなんて考える。 そして、誠実な男らしく、そろそろ、婚約指輪取りにいかないとな〜と、思い始めた時だった。
 ずっと、ラジオ番組を垂れ流しにしていた幇禍の後ろの棚にあるラジオから、臨時ニュースが聞こえてきた。
 思わず聞くともなしに耳を澄ませる幇禍。
「臨時ニュースをお伝えします。 本日午前11時25分頃。 東京都S区にある宝飾店を、フルフェイスのメットで顔を隠し、ピストルを持った男二人組が押し入り、店員に重症を負わせた上、店内にあった宝飾品ニ千万相当を奪い、逃走するという強盗事件が発生致しました。 警察は、現在、男二人組の行方を追っておりますが、犯人達は依然として逃走中。 S署は付近の住人に、警戒を呼びかけております」との、内容に、同じようにラジオを聴いていた武彦が「うあ、S区ちゅったら、ここら辺じゃねぇか! 怖えぇ! まだ、その2人組みここら辺ウロついてんじゃねぇの?」と、言いながら、幇禍に視線を送り、そして、速攻目を逸らした。
「あの、あのね、幇禍君。 き、君、凄い顔になってるっちゅうか、うん、何だろ、一言で言うなら鬼!って感じの顔になっちゃってるんだけど…」
 そうガタガタと震えながら小さな声で告げる武彦に、ギギギと目を見開き硬直した顔を向け、「さっき、S区の宝飾店って言いましたよね?」と、軋んだ声で問う。
 ガクガクと頷く武彦。
 据わった目で、「S区って、あのS区だよな? で、あすこら辺には、他に宝飾店なんて無かった訳だ…」とブツブツと呟き、「ふ、ふふ…ふ、ふは、ふはははっははは」と、静かに、何処の悪役だよ的笑いをかまくらの中で響かせる幇禍。
 その隣で、なるほどって感じのクイズ番組司会者の如く、パンと床を叩いて「ハイ、壊れた!」と朗らかに宣言してしまう武彦がいたりする。
これはもう、ちょっとした狂気の世界がかまくら内で繰り広げられてるといえる状況だが、残念な事に公園内には他に人影は無く、この狂気の世界は武彦の意思を無視して強制的に続行される。。
「おいおいおい、強盗入られちゃってますよ! 宝飾店! え? 盗まれた? 二千万円相当って事は、多分根こそぎやられたって事で、えーと、うん、盗まれてるね! 俺とお嬢さんの指輪、かっくじつに今、強盗のポッケないないだよね?!」
 瞳孔が開ききった目で、見据えられガクガクと肩を掴んで揺さぶられる武彦。
 とりあえず、問われるままに「う…あ、えっと、話がよく見えないが、そうなんじゃないか?」と返事をする。
 すると、ガバッと頭を抱え「うわぁぁぁぁ! 最悪っ! すげぇ、最悪! かまくらのせいだ! かまくらで、俺が和んでたからだ! こんなトコ来なきゃ、今頃、指輪を受け取って、ぬくぬくとした部屋で、お嬢さんとぬくぬく出来てたのに! くそっ! 日本人でもないのに、なんだ、このDNA! 何で、こんなにかまくらで和んじゃってんだ! かまくら、すげぇ! すげぇ、罠だ! なんて罠なんだ!」と一頻り喚き倒し、それから、また勢い良く身体を起こす。
「付き合って貰うからな、このへぼ探偵」
突如、もう、確実に人を両手の指の数以上の人数は殺してるよね?ってな位、迫力のある声で、武彦にそう告げる幇禍。
「アンタに下らない足止めをくわなければ今頃指輪を手に入れて温かい部屋に帰っていた筈だったんだ! 指輪を取り戻す事が出来たなら暫く飯奢ってあげますがこのまま盗まれたとなれば、これはアンタの責任です。 死んで詫びろ」
 親指を立て、下に向けながら、明瞭と死の宣告をかます幇禍に、「死んでっつうか、それ、実質上『見つからなかったら、腹いせに殺っちゃうぞ、コノヤロー☆』宣告だよな? な?」と確認する武彦。 そして、「断ったら、此処で雪の下に埋まる事になんのは確実だから、手伝うのは良いが、それには条件がある」と、幇禍に言う。
「じょーうーけぇぇんぅぅ? アンタ自分の立場分かってんですか?」と言ってやるが、「お前なぁ、強盗が入ったのは俺の責任じゃねぇし、ピストル持った男、一緒に追っかけてやんのに、報酬なしっつうのは無ぇだろうが。 何、大したモンを強請る気はねぇよ」と、武彦はふてぶてしいとも言える表情で言い、それからコロリと捨てられた犬のような表情になって、「えっとぉ、このお家、多分、明日辺りには溶けちゃうだろおから、幇禍に、屋根と壁がちゃんとあるトコとか提供して貰えると嬉しいんだけどなぁ」とねだってきた。
 うっかり、もうちょっと我慢の利かない性格だったら、本気で殺しちゃってたなぁ…なんて、30男の甘え顔という、かなり凶悪で凶器にしかならないモノを目にし、必死で殺意を押さえ込む幇禍。
 物好きとしか言いようのない、武彦の恋人なら、この顔でもうっかり情にほだされたりしてたかも知れないが、幇禍にしてみれば、ムカつく代物以外の何者でもない。
(殺しちゃ駄目だ。 殺しちゃ駄目だ。 だって、コイツ殺したら、強盗を追う協力者がいなくなっちゃうから。 強盗を捕まえてから、殺そう)
 そんな決意を固め、「分かりました。 俺が通販で買った商品なんかを納めてる倉庫があるんですけど、そこ貸してあげます。 人一人位だったら、寝るスペース位はあるし、寒さ位は凌げるだろうからな。 でも、下手に周りの物に触ると、呪われるか、焼け爛れるか、即効死ぬか、朝起きたらヒキガエルに変化するかしてしまうんで、出来れば、のた打ち回って死ねる、毒液をうっかり浴びてみると良いぞ?」と、心からの提案をした。
引き攣った笑顔で「ぜってぇ、そんな死に方しねぇってか、お前の倉庫は人外魔境か」と突っ込み、それでもとりあえず今夜のねぐらを確保するチャンスだと思ったのだろう。
「とりあえず、警察の知り合いから、今、分かってるだけの、強盗の情報引き出してやるよ。 お前は、お前で、一応、その宝飾店行ってみろ。 もしかしたら、その、お前が注文した品物が盗まれずに済んでたっちゅう可能性もあるだろ?」と、流石探偵!と思わせるような提案をされ、とりあえず頷く幇禍。
 武彦が、携帯で、誰かに連絡を取る姿を背後に、かまくらを這うようにして出ると、幇禍は宝飾店に向って走り始めた。



「ADAM」という名の宝飾店の周辺は物々しい空気に満ちていた。
 宝飾店の周りは警察官が警戒態勢で取り囲んでおり、野次馬の向こうに黄色いテープの境界線も見える。
 店の人間に、自分の注文した指輪がどうなったかだけでも聞きたくて、野次馬を掻き分け、何とか店の正面に出る。
「はい、入らないで下さいねー」
 警察官にそう言われ、ちょっとだけ、緊張してしまう幇禍。
 別に警察官が怖いとかそういうのではないのだが、つい前まで不法入国人という立場で、警察とは係わり合いにならぬよう注意して生活してきた幇禍にしてみれば、何だかやっぱり近寄りがたいというか、出来るだけ近寄りたくない人種である事には変わりなく、それでも、少し固くなる声で「あの…、俺、今日、この店に注文してた品物取りに来たんですけど…、店の人に、その品物がどうなったかとかって、聞く事出来ませんか?」と、近くにいた警官に尋ねてみる。
 すると、鬱陶しそうな顔をした警官が「店の人間なら、今、署の方に行ってるから、話聞きたいなら、また、後日連絡取ってよ。 でもね、店の品物、金庫の中身まで綺麗に掻っ攫ってったみたいだから、多分、貴方が注文してたっていう品物も、盗られちゃってんじゃないかなぁ」と素っ気無く言う。
 思わず、やっぱりか…と落ち込んでしまう幇禍。
 その表情を見て、少し興味を惹かれたのだろう。
「え? 何? そんなに落ち込むって、結婚指輪かなんかなの?」と聞いてくる。
 コクリと頷き「結婚…じゃなくて、婚約指輪なんですけどね…」と暗い声で答えれば、「可哀想になぁ。 もう、お金払っちゃってんの? でも、ま、ここら辺一体、検問敷いてあるし、多分、その強盗も逃げられないだろうから、さ、きっと指輪だって、戻ってくるさ。 警察信じてみてよ。 だから、な! 落ち込むなよ!」と、肩を叩かれる。
 前まで天敵だった警官に、こうやって励まされる時が来るなんて…と不思議な気持ちになりながらも、幇禍は苦笑を浮かべて頷く。
 そして、人の和から抜け出すと、携帯を取り出し武彦に連絡を取った。



 再び公園。
 かまくら内で顔をつき合わせ、幇禍は早速武彦が、警官の知り合いから引き出した情報を聞く。
「とにかく、まだ、ここら辺に強盗達が潜伏してんのは間違いないらしい。 即効検問は敷かれたし、何より、二千万円相当の宝飾品だぜ? そんなもん持って、車なしに広範囲を移動する事なんて出来やしねぇよ。 で、今、容疑者として名前上がってんのが広域暴力団××組に所属してる…」
 そう言いながら、「コイツと、コイツだ…」と、二枚の紙を取り出した。
 頭を剃り上げ、いかにもという感じの凶暴な顔つきをした男と、頬がこけ、歯の出た貧相な男の写真が並んで映っている。
「是は、どっから…?」と、紙を指差して問えば、武彦は「近くの図書館のパソコンでフリーのメアドを取って、そこに容疑者の顔写真を送って貰い、プリントアウトしてきたんだ」と事も無げに答えた。
 そんな重要な捜査情報を、公共のパソコンで受け取るなよと言えば、「ちゃんと、プリンターの履歴も消してきたから大丈夫だって」とシレッといなし、「まぁ、十中八九こいつららしいぜ?」と紙をヒラヒラと振る。
「どちらもサラ金に、かなりの額の借金があったらしい。 で、昨日から組の事務所にも顔を出さず、住まいであるアパートにも帰ってないそうだ」
 そう言いながら、貧相な顔の男を指差し、「極め付けに、コイツの住んでるアパートの近くで、昨夜一台のワゴン車が盗まれた。 犯人が逃走用に使用したと目される、宝飾店の現場近くに泊めてあった車と、同一の車と、署では断定されたそうだ」と言って、にやりと笑う。
「つまり、大胆にも自宅近くから、コイツは今回の強盗事件に使う為の車を盗んだって訳だ」
 印刷された写真を、ピンと指で弾いて呟く幇禍。
 その通りと頷いた後、「ヤクザもんなら、盗難品を売りさばくアテなんて、いっくらでもあるだろうよ。 後は、その金持って高飛びでもなんでもすりゃあいい。 ま、高飛びや、宝石を売りさばく前に、警察の網に引っかかっちまうのがオチだろうがな」と、武彦は言った。
 そして、「なあ、今回のは、このまま、警察に任せちまうっちゅうのはいけねぇのか?」と問うてくる。
「相手は、相当お粗末な手口だし、この警戒網から逃げられるとは考えられない。 相手が捕まりさえすれば、お前、ちゃんと指輪は帰ってくるよ」と言われ、幇禍は分かってないというように溜息を吐いた。
「アンタね、警察なんかに、任せといたら、そりゃ、犯人は、時を待たずして捕まえてくれるかもしれませんが、そっから俺の元に指輪が届くまで、相当長い間待たされる事になるんですよ。 一度、盗難品っていうのは、押収されて調べられますからね。 二千万近い品数になると、一ヶ月やそこらは覚悟しなきゃならない。 それにね、その犯人二人組が盗難品を売りさばくアテってもんがね、ここら辺にないだなんて、誰が断言できるんです? 強盗二人組みだって、自分達の盗む品物が、相当な重さになる事は分かってた筈です。 だから、盗んだ後すぐ、品物を売りさばけるような措置を取ってる可能性って、結構高いんじゃないんですか? 検問は、S区ないから出て行く車には注意を払っているでしょうが、このS区内に入ってくる、外からの人々にはそんなに注意払ってないでしょう。 例えば、例えばだがな? このS区内で、二人組みは予めホテルを取っておいて、宝飾店を襲ったあと、車を乗り捨て、ホテル内に客を装って逃げ込む。 その後、取引相手とホテル内で会い、品物を換金して貰った後、その金を持って何らかの手段で高飛びをするなり、それこそ、取引相手に逃げるルートの算段をつけてもらう。 で、盗難品の宝飾の山を受け取った取引相手は、ホテルに連泊し、犯人二人組が捕まるなり、国外逃亡をしてほとぼりが冷めるまで、過ごした後、堂々と宝石の山を抱えて、S区から出る。 ま、そこまで、凝らなくてもいいや。 S区界隈に、盗難品を金に代えてやるような非合法な店がないとも限らない訳で、そういう市場に乗ってしまった宝飾類はね、どうやったって、日の当たる場所には戻って来なくなっちゃうんですよ」
 そう並べ立てられ、うっと、言葉につまる武彦。
 幇禍に言われるまでもなく、そいういう世界を覗きまくってきた武彦には、彼の言葉が痛いほどの真実である事は理解できている。
「もし、戻って来なくても、その、宝飾店はきっと、お前に金返してくれるぞ?」
 そう言う武彦の言葉に首を振り「俺の指輪はともかく、お嬢さんのは、駄目なんだ。 あんな見事なスタールビーは、そうそう無いって、言われたからな。 返ってこなきゃ、一生手に入らない」と、固い声で言う。
 そして、「そいつらの隠れそうな場所っていうのは、分からないのか? 大体、その車は、まだ見つからないのか?」と聞けば、武彦は、「車自体は、乗り捨てられてんのを既に発見してあるんだが、次に乗り換えた車が判別できない。 雪に残ってた車輪の跡から、M社製のワンボックスカーである事は分かってんだが、同じタイプの車は幾らでもあるからな、それだけじゃ、犯人の乗ってる車を特定できない」と答えた。
「S区内の、何処かにいる事は間違いないんだ。 警察に捕まる前に、何とかこっちで見つけ出さないと…」と呟き、それから「フヒィ…」と妙な溜息を一つ吐き出して「しょうがない。 あの人の力を借りるか…」と幇禍は呻いた。
「あの人?」
首を傾げる武彦。
幇禍は、嫌そうに携帯を取り出し、「奥の手なんです。 こういうの、張り切ってやってくれるんだけど、張り切りすぎて、余計な事をしがちだから、頼みたくないんだけどなぁ」とぼやく。
 そして、かまくらの外に出て、携帯のボタンをプッシュし始めた。


 かまくらの外で、短い会話を交わしていた幇禍が、戻ってくる。
「相手誰よ?」
興味津々と言った表情で問われ嫌々という感じで「…旦那様」と答えた。
「あの人は呆れる程に顔が広いから、ここら辺のホテル関係者に犯人二人組の特徴を伝えて、それらしき人間が宿泊してたら、何処よりも早く情報を回して貰うよう手配して貰ったんだ。 また、もしS区内に、身を隠す為の隠れ家を持っていたとしても、食料を調達する為に、店に入らなきゃいけないでしょ? で、飲食店関係者や、コンビニ、雑貨屋に至るまで、ホテル関係者の人と同様の根回しをして貰ったんだが…」
 幇禍は俯き、「何か、妙にワクワクした声で請け負ってくれたから、嫌な予感がしてならないんだよな」と呟く。
 しかし、武彦は「ま、そこまでして貰ってんなら、検問に引っかかる可能性を考慮せずにS区から出てこうとする馬鹿じゃない限り、大丈夫だろ。 何処かで確実に目撃され、その情報は真っ先に、お前の旦那様って人のとこに行く。 後は、待つだけじゃないか?」と暢気に言う。
「んー、まぁ、そうやって情報だけ繰れば良いんだが、あの人がヤル気を出して、俺達が、強盗犯達に会う前に、息の根を止められてなきゃ良いんだけどな…」
 そうあっさり恐ろしい事を言う幇禍に、ぎょっとする武彦。
だが、彼は、酷くのんびりとした様子で武彦が淹れてくれていたお茶を、ズルズルと啜った。


 一時間後、幇禍の携帯が鳴り、慌てて通話ボタンを押す。
 そのまま、「あ、はい、はい、分かりました、有難う御座います。 えっと、それで…」「はい? え? そんな事までして下さったっていうか、しやがりやがったんですか? うわ、ありがた迷惑な」「いや、いやいや、だから、そこまでしなくても、はい、うあ、えげつない。 なんで、そんな。 いえ、後は警察にお任せすれば…」「駄目です。 実験台とかにしちゃ、この前、それで、一人ダメにしたばかりじゃないですか」「お嬢さんへ? 餌を欲しがってたから? …もっと、駄目です。 そうやって甘やかしてばっかりいるから…って、何聞こえない振りしてるんですか? 駄目ですよ? だーめーでーすーよ? 春物のワンピース買ってあげる約束したって聞きましたけど、許しませんからね? これ以上我儘になったら…」「はい、あ、はい、とにかくお屋敷に…はい、了解しましたけど、いらん事したら駄目ですよ? ね?」と、興味深くも、深くは知りたくないような怖い会話を繰り広げ、自分の主人相手だと言うのに、何だか子供に言い聞かせるような説教交じりの事も言いつつ、幇禍は電話を切る。
そして、げんなりとした表情で「草間。 今から、屋敷行くぞ。 何か、S区内のビジネスホテルに泊まってんのを、旦那様の手の者が確保して下さったらしい。 で、今、屋敷に連れてきているそうなんだが、放って置くと、警察に引き渡せるような状態じゃない所まで、壊されてしまうからな。 少し急ぐぞ」と告げ、かまくらから出る。
「こ、壊されるって?」
 そう思わず動揺しながら武彦が聞けば、「旦那様は、精神病院の院長だからな…。 治すのが仕事の人だが、逆説的に言えば、壊す手段も熟知してるって事だ」と、真剣な声音で答える。
途端に身体を震わせ、「行こう! すぐ、行こう!」と言いながら駆け出す武彦。
その後を追って、幇禍も駆け出した。


結論から言うと、彼らは、一応間に合った。


…間に合った?


と、いうかギリギリセーフだった。


いや、ギリギリアウト気味のセーフというか、とにかく、犯人達が完全に壊される前に、屋敷に辿り着く事が出来た。


写真に載っていた男二人が、「うわぁぁぁ! お母さーーーーーん!!」「ぎゃああああ! ごめんなさい、ごめんなさい、もうしません!」とそれぞれ身も世もない悲鳴をあげながら、うずくまり、耳を塞いでいる。
「あーあーあー、どうすんだよ、コレ? 場合によっちゃあ、過剰防衛適応されんぞ…」と、眉を下げて、困ったように問いかけてくる武彦。
此処は屋敷の中の一室。
先ほどまで、この屋敷の主から、「いや、ちょっとこの方法論を実際に使用した際の、人間の精神への影響というのを調べてみたくってね…」とかなんとかいう理由で、退行催眠を掛けられた上で、色んなトラウマを掘り起こされていた二人を何とか救出した、幇禍と武彦は、余りと言えば余りの様子に顔を見合わせ「うわぁ、こりゃ、むしろ、この人達大人しく警察捕まっていた方が、地獄を見ずに済んだろうに…」と、うっかり同情してしまうような気分になっていた。
宝石自体は、まだ、何処にも流す事も隠す事も出来てなかったらしく、無事確保できたのだが、この宝石をどう返却するかも、こうなると悩まざる得ない。
「とにかくさ、その情報を下さった警察関係者に、彼らは引き渡して、宝石自体も宝飾店に返却してもらいましょう」
 幇禍はそう言いながら手の中に収まっている、自分と婚約者の指輪が入っている箱をポケットに突っ込んだ。
「ソレ良いのかよ?」
そう問われ、ニッと唇を緩める幇禍。
「言っただろ? 警察に押収されてから、調べが済むまでの一ヶ月もの間なんて待ってられないって。 で、宝飾店の方々には、ちょっと此方に協力して貰って、この品物は店とは別の場所に保管されていて、盗まれてはいなかったって事にして貰う事にした」
 幇禍の言葉に目を丸くして「んな事、出来んのかよ?」と言う武彦。
 すると、幇禍はヒラヒラと数枚の書類を取り出し、「コレ、何だと思う?」と聞く。
「あ? 何なんだよ?」と怪訝な顔をしながら、武彦はその書類を受け取りざっと目を走らせ。
 そして「ああ…」と一つ納得するような息を吐くと、「おっまえ、悪どいなぁ…」と呻く。
 その書類に記さされていたのは、宝飾店「ADAM」が脱税していた事を記す、証拠書類だった。
「この二人、金庫の中身は浚えるだけ、浚っちゃったみたいで、この書類も何が何やら分からず盗み出しちゃってたみたいなんだけどな、『ADAM』側にとっちゃあ、保険金支払って貰える宝飾類よりも、こっちのが取り返したいかもな。 てか、むしろ、きっと、この二人が警察の手から逃れてくれるのを心から祈ってる筈だと思うな」
 そう言いながら笑う幇禍に、「で、それを楯に、ちょっと口裏合わせて貰おうって魂胆か」と呆れた声で言えば「んー、ま、それだけじゃ、見合わないから、幾らか引っ張ってやろうかな?とも考えてるんですよね。 だって、これ、普通にこの強盗コンビが捕まってたらそのまま警察に渡っちゃってた訳で、それをこっちでこうやって握り潰してあげようっていうんだから、『ADAM』にしてみれば、宝石は帰ってくるし、脱税はバレないし、万歳三唱ってなもんだと思うんだよな」と言い、「取り分は、6:4。 勿論アンタが4な?」と武彦に告げる。
「お、珍しい。 分けてくれんのか」
 そう驚いたように言われ「その代わり、その金で興信所の払えよ?」と、半眼になって言ってやる。
「考えてみりゃ、俺の大事な通販商品が、アンタの血で汚れたりしたら、なんていうか、大損? アンタの命の対価としては大きすぎ?っていう損害が出る事に気付いたからな。 それに、お前には俺の倉庫暮らしなんて分不相応過ぎる。 かまくらでさえ、うわ、豪邸訪問!とか思ってしまった俺としては、お前には、あの煙臭い、人間としてきっと最低地の人間が住んでるんだろうな?と思わせる興信所がお似合いだよ。 うん」なんて力強い声で言われ、「わぁ、お前にとっての余りの俺の価値の低さに、涙が止まらないよ」と淡々とした声で答える武彦。
「まぁ、何でも良いや、金が貰えるならな」とホクホクとした顔になり、後は「こいつらの処置だよなぁ…」と、武彦は強盗二人組を見下ろした。
 未だ「おとーさん! おとーさん! 魔王が来るよーーーー!」と、意味不明の事を喚く二人を眺め、「さて、どうやって正気に戻せば良いのだろう?」と二人は頭を捻らせた。


さて、その後、何とか二人を警察に引き渡し、宝飾も返却した上、指輪代を払って尚余りある小銭を手に入れた幇禍は、然し、今度は婚約者である少女の不機嫌に手を焼く事になった。
「ずっるーーい! ずるい、ずるぅい! 何で、かまくら遊びに誘ってくんなかったのよーー! しかも、お餅まで食べちゃうなんて、もう、信じらんないんだけどー?」
 武彦から話を聞いたのだろう。
 そう喚かれ、幇禍はほとほと困り果ててはしまう。
「大体、雪合戦も、雪だるま作りも、幇禍君がいないせぇで、出来なかったんだからね!」
 婚約者の言葉に、幇禍は唯々項垂れるしかない。
 他の人間だったら、誰の為に一日中駆けずり回ってたと思うんだ!と文句の一つも言ってしまうトコであろうが、婚約者の言葉は絶対に幇禍にしてみれば、「ああ、後始末にあんなに時間を掛けずに、適当に廃人にするなり、埋めるなりすれば、お嬢さんと遊ぶ時間が作れたろうに…」と反省してしまう。
「もう、明日には多分雪溶けちゃうから、今晩お庭で一緒に遊んでよ?」
 そう腰に手を当てて、偉そうに言う少女の薬指には、美しいスタールビーの指輪が輝いている。
「えぇ? よ、夜ですか? そんな、お風邪を召されてせいまいますよ? お嬢さん唯でさえ、身体弱いのに…」
 そう弱った声で反対すれども「雪だるまとー、かまくらとー…あとね、あとね…」とウキウキした声で、何をして遊ぶか並べ立てられると、幇禍は何にも言えなくなってしまう。
 これが惚れた弱みという奴か、等と項垂れつつ、婚約者の指にこの上なく似合う指輪に目を留めると、やっぱり苦労した甲斐があったのだと、幇禍は気分が浮き立ち、そして、この先常に、彼女の指にスタールビーの指輪が輝き続けるので、いつだって、婚約者の指を眺めると幸せ気分に浸れてしまう、結局は彼女にベタ惚れな幇禍であった。



end