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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


後の祭りは血の祀り


■序■

 瀬名雫からの、よくある要請。ゴーストネットOFF経由の誘い。防虫剤と絹と桃の匂いの季節のことだった。

『 調査員求ム! 至急! ザ・タワーさんからの怪奇事件調査の依頼だよっ!
  SHIZUKUも興味大アリ!
お礼はないんだけど、やってくれる人、いつものネットカフェに来てね!』

 そうして、「いつものネットカフェ」に向かったにわか調査員は4名だった。ネットカフェに入った顔ぶれを見るなり、瀬名雫が顔を輝かせた。彼女の前には、50代と思しき白髪の男が座っていた。黒スーツをかっちりと着こなした紳士で、雫と談笑している様はなかなか違和感があるものだった。
「この人ね、物見鷲悟さん。うちのサイトの常連さんなんだよ。あのザ・タワーさん! オフで会ったの初めてなんだー!」
 ゴーストネットOFFは1日500HITはかたい人気サイトで、BBSやチャットも盛況だ。おしゃべり好きな常連が多いのである。『ザ・タワー』は主にBBSに現れ、よく長文書きこみを残していく識者だった。
「どうも、はじめまして。……高峰くんの研究所ですれ違ったことがあるかもしれないな。私は帝都非科学研究所の所長をやっていてね。超常事件の記録をとっているのだ」
 雫の紹介を待って、男は静かに微笑み、頭を下げた。
「はじめまして……物見様。四宮灯火と……申します」
 ぺこり、と頭を下げた華やかな和装の少女に、物見は黒い目を一瞬見開いた。彼女が人間ではないことに、ひとめで気がついたのだ。
「ほう、動くお人形さんか。……これも縁かな」
「どういうこと?」
 自己紹介をさておき、物見の付け足しに疑問を投げかけたのは、田中緋玻。
「雛人形が鍵を握る事件でね」
「そうなんですか? ……だったら、私にとっても、縁があるかも。でも、ザ・タワーさん――高校生とか中学生じゃないと思ってたけど、50代の方だったなんて」
 光月羽澄。彼女は、このネットカフェに来る直前まで、雛人形の着物の修繕をしていたところだ。羽澄は素直にそれを面白がって、くすりと笑ってみせた。
「あんたのカキコ、いっつも長くて読みづらいよ。でー、お雛さんが動いたとかか? ケガする系の仕事?」
 4人目は、新座・クレイボーンだった。彼の質問は、的を得ていた。物見は無言で頷いて、懐から手帳を取り出した。
「私が調査や解決を頼みたい事件に、一切の報酬は絡まない。それでもいいというのなら、協力をお願いしたいのだよ。すまない、私は貧乏でね」
「……報酬については……お気になさらず……」
「おれ、普段はちょっと気にするけど、昨日大穴当てたしー」
「それはうらやましい」
「……で? 雛人形がなに?」
「ああ。先日、東京のある旧家で一家惨殺事件が起きた。強盗による犯行だとされているが……ニュースか何かで見ただろう。何しろ、8人も殺されているからな」
「知ってます。ネットでもあちこちで騒いでますね」
「報道はされていないが、ひとりだけ……16歳の長女だけが生き残ったそうだ。しかし、現場に居合わせていたようで、心を病み、会話も出来ない状態になってしまっている」
 物見の話し振りは冷静で、手帳をめくりながら話す彼は、さながらキャスターのようでもあった。
「かなり大きな屋敷で事件は起きた。屋敷の中は事件が起きた当時のまま手をつけていないという話だ。迂闊には手を出せないらしいのだよ。なんでも、現場には古い七段飾りがあるそうだ。死体には針で刺されたような傷が無数にあった。頚動脈を切られているものもあるらしい。ああ、内裏雛の真鍮の刀は、血塗れだったそうだ」
「だったら……犯人は……」
「……ああ、そうだよ。他に何を疑うね?」
 しずかなネットカフェだったが、一同の周囲は、一挙に温度まで下がったようだった。沈黙を破り、さすがの雫も張りつめた声で物見に問う。
「で、どうするの?」
「私が知っているのはいま話したことだけ……状況だけだ。私は事件の記録をとりたい。裏の裏まで詳しくね。雛人形と惨殺事件……どうしてひとりだけが生き残ったのか……理由を知りたくはないか?」
「すっごく知りたい」
「人が8人も死んでいるのだから、危険な調査になる。私は、足手まといにならない程度の力しか持っていなくてね……いつも霊視能力や戦闘能力を持ったひとに協力をお願いしているのだ。どうだろう、来てもらえるだろうか」
 物見の口振りは終始穏やかだった。
 足手まといにはならない、と言って微笑む彼は、やはり穏やかな黒い眼を持っていた。
「人形っていうのは……色んな奇蹟を生むものね。神は自分に似せてヒトを作ったんだったっけ? 人がヒトに似せて作ったものにも、その業は繋がるのかしら」
 灯火を抱えて、一線置いたところに、緋玻は腰を下ろしていた。『動く人形』たる灯火の目が、きし、と動いて緋玻を見上げた。緋玻はいつもの冷めた蒼眼に、ふうっと温かみを宿らせた。
「あなたも奇蹟の賜物ね」
「だからこそ……お雛様が人を殺めたとなれば……わたくしは、哀しいのです……」
 灯火は次いで、物見に目を移した。
「人形は……愛でられるもの。恩を仇で返すことは……ないはずです。なぜ……そのような……」
「そうね。お雛様って、特に大切にされるものだと思うんだけど。値段もあれだし、意味だってあるわ。私のバイト先にも毎年修繕の依頼来てるし。事情は込み入ってそうですね、物見さん」
「ヘンなの。お雛さんって、ひとの身代わりになるんだろ。持ち主不幸にしてどーすんだよ。理不尽なヤツらなのかなあ、ケンカになんのかなあ」
 頭にずしりと白いメカ恐竜を乗せて、新座が呑気な声を出した。
「身代わり……」
 緋玻が長い横髪を耳にかける。
「そうだわ……雛人形には役目がある。行きましょう、物見さん。いつまでも飾っとくもんじゃないわ。とっくに桃の節句は終わってるんだもの」
「そうだな」
 物見は緋玻に続いて立ち上がると、羽澄が持ってきた紙袋をひょいと手に取った。
「焼きたてのクッキーも、いつまでもとっておくべきではない」
「あ、お好きでした? 結構甘いアレンジクッキーですよ」
「3食クッキーとスコーンでもかまわない」
 物見は袋を開けて、嬉しそうに微笑んでいた。


■ヒトガタの歴史■

 雛人形の雛形、ヒトガタといえば――
 穢れを背負い、穢れとともに消えるさだめにあるもの。
 かれらはその運命を嘆きはしない。人によって生み出され、人のために滅びる――かれらは、そういったものだからだ。
 穢れを背負ったヒトガタたちは、川の流れとともに流されて消えていくものだった。しかし、歴史の流れが、そのさだめもろとも、ヒトガタたちを流していってしまったらしい。ひとを見守り続けるヒトガタは、今や腰を落ち着けて、穢れとともに家にとどまるものだ。
 負わされるさだめもいつしか変わり、ヒトガタは、女子の旅立ちを司るものとなっている。
 桃の節句が過ぎたら、片付けよ。
 でなくば、女子は出遅れてしまうよ。


■列車にて。■

 灯火の蒼の目に、流れる景色が映っている。彼女の身には、力がついていた。ものや己を瞬時にして目的地に転移させる力が。
 しかし今、調査隊一行は、彼女のその力を使わずに、列車を使って目的地に向かっている。道中で情報を聞きたかったし、何より、人の目があった。
「それで、死んだ8人っていうのは、誰?」
 緋玻の冷徹な疑問に、物見が懐から再び手帳を取り出す。吊り革につかまりながら、新座がその手帳を覗きこむ。ザ・タワーの長文書きこみによく似た、「びっしりとした」光景が、手帳の中にあった。
「へえ、結構いろいろ調べてあんじゃん。調査行く必要あんの?」
「私が知っているのは『ここまで』……この中に真実はないのだよ。恐らく」
 物見はうっすらとした苦笑を浮かべつつ、手帳のページをめくった。
「生き残った長女を基準にしよう。死んだのは曽祖父、祖父母、両親、伯父、兄ふたりだ」
「大家族……でございますね……賑やかそうです……」
「9人で暮らしてたの?」
「いや……伯父と兄ふたりには、それぞれ家があったようだ」
「桃の節句だもの。旧い家なら、皆で集まってお祝いするかも」
「……家族会議だったりしてね」
 緋玻が目を伏せた。
「旧い家の血族が揃ったら、大抵、雰囲気はドロドロするから」
 それまで行儀よく座席に座っていた灯火の大きな目が、きし、と動いて緋玻を見上げた。
「四宮家にも……そういった面はございましたが……」
 静かな声は、不思議と、列車の足音にも負けていなかった。
「けれど……桃の節句と端午の節句……皆様、とても楽しそうにしておられました……」
「雰囲気を暗くするのって簡単だけど、楽しくするのって結構大変だったりするのよね。何か普通じゃないところでもあったのかしら、その家」
 羽澄はポケットに入れた鈴の音色を確かめ、隣の新座にちらりと目を向けた。
「新座くん、いきなり暴れたりしないでよ」
「え、なんだ? おれがそんなランボーもんに見えんの?」
「お供の恐竜クン、戦闘要員でしょ」
「あー、バレてたか」
 無邪気に笑いながら、新座は吊り革に両手でつかまった。
「でも、おれも知りたいよ。暴れんのは、事情がヤバかったらでいいしさ。……あ、着くぞ」
 車窓の向こうの景色の動きは、ゆったりとしたものになっていた。そこはすでに東京のはずれであり、森と、春の匂いが幅を利かせ始めている。


■祭りの場■

 閑静な片田舎といった風情のまちで起きた今回の事件は、さぞかし、近辺の住民を震え上がらせていることだろう。現場の屋敷は黄色のテープで封じられていた。
古い立派な門の前には門衛のごとく仁王立ちしている警官がおり、物見は彼に近づいて、一言二言の会話を交わした。4人の前に戻ってきた物見は、事も無げに屋敷の裏手を指した。
「正面から堂々と入るのは都合が悪いらしい。裏に回れと言われたよ」
「へえ、タワーさ、ケーサツに知り合いいんの?」
「高峰くんが話をつけていてくれたのだよ。それだけさ」
「ま、入れてくれなかったとしても、灯火ちゃんいれば問題ないんだけどね」
「裏手……ですか。転移……致しましょうか」
「ここは人の目が多いようだ。便利な力の類は使わないほうがいい」
 物見の言葉に、羽澄が肩をすくめてちらりと周囲に目を配った。確かに、まばらな住宅街のそこかしこから、視線があったのだ。

 屋敷の裏には太い松が何本も植わっており、鬱蒼とした様相だった。申し訳程度の封印を施す黄色のテープを一行がくぐろうとしたとき、声変わりしたばかりの若い声が上がった。
「すいません! ぼくも入れて下さい!」
「ちょっ、何?」
 (よりにもよって)緋玻にしがみついたのは、金属バットで武装した少年だ。緋玻は露骨に顔をしかめ、少年の手を振り払う。
「きみは?」
 羽澄は、助け舟を出した。緋玻に睨まれ、包帯だらけの新座に見つめられて、少年は小さくなってしまっていたのだ。
「前橋宏人……です。楓と……付き合ってます」
「楓て、だれだ?」
「生き残った16歳の長女だ」
 物見の答えに、一行の視線は前橋少年に集中した。
「前橋様……。何かご存知……なのでしょうか」
 松の影のおかげで、灯火が血も通わぬ人形であることに、少年は気づかなかったようだ。彼は目を伏せて、小さく答えた。
「よく……わからないんだ。ただ、楓が昨日、事件があってから、初めて喋ってくれた」
 一行は黙って、宏人の話の先を促した。宏人は青い顔で、ごくりと生唾を飲み込む。
「『おひなさまが』って……それだけでした」

 捜査員の姿は見当たらず、屋敷の中は静まり返っている。屋敷はいかめしい構えであったが、築70年はかたい、古いものだ。主を失いかけている屋敷の回廊は、一行が歩くと危うい音を立てていた。
 しかし、ぎいぎいという音をかいくぐる音に気がつき、耳をそばだてて立ち止まったのは、新座・クレイボーンだ。
「なァ、いま、誰もいないはずだよな?」
「はい……いまは……わたくしどもの他にはどなたもいらっしゃらないと……この『お家』が……仰っております……」
「じゃ、何でザワザワしてんだ」
 新座の表情は、耳を立てて首を傾げる馬のものだ。
「何人だろう。10人以上はいるけど、20人はいない。おまけに、なんか、ちっさい声だ」
「気づかれたんだわ」
 緋玻が目を細めた。
「気をつけて。刀持ってるのは内裏だけじゃない」
「タワー」
 新座が先頭の物見に呼びかけ、白いメカ恐竜を頭の上から床の上に移した。
「その襖の向こうだぞ」
 ん、と頷いた物見は――す、と静かに襖を開けた。彼の足元で、灯火がまばたきをした。


■あかりをつけましょう■

 たかが襖の一枚が、その臭気をさえぎっていたか。畳と襖と天井には、血痕がありありと残っていた。事件はもう数日前に起きたはずだが、血はなお鮮血であるかのようにぬらりぬらりと光沢を持ち、不愉快な臭いをまき散らしていた。8人分の血だった。羽澄がわずかに眉をひそめ、彼女の傍らにいた宏人が、ぅあっと息を呑んでいた。
 そこにあったのは、無論、殺戮の痕跡だけではない。朱赤の毛氈をなお赤く染めた、七段の雛飾りもある!
「大臣がいないわ!」
 緋玻が張りつめた声を上げて身構えるのと、羽澄が鎮魂の銀鈴を鳴らすのは同時だった。
 
 (曲者)

 だ・だん!
 ちり……ん!

 先頭に立っていた物見の両脇に、唐突に現れたヒトガタがあった。腰を落として真鍮の刀に手をかけているのは、血みどろの若人と老人だった。一行の目に映った右大臣と左大臣は――小柄ながらも、ヒトと同じ大きさと化していた。古びた白い肌の中の義眼は、あやしい金の光を宿していた。陽炎を帯び、雛人形はヒトになっていた。
 そのまぼろしも、一瞬で消えた。羽澄の鈴の音が、人形を押し留めたのだ。物見の――灯火の足元に、古い雛人形が立っていたのである。
(楓は何処に行ってしまったか)
 囁き声が、確かにあった。
(楓を何処へやってしまったか)
 宏人が、ひいっ、と息を呑む。いつの間にか、七段飾りの頂にいたはずの内裏雛が、刀を手にして、畳の上に立っていたのだ。座った格好のまま固まっているはずの、内裏雛が……。
 そして、声はあったが、雛人形たちの口は、歌を歌うためにわずかに開いているだけで、動いてはいなかった。
「楓さんは病院よ」
 緋玻が短く溜息をつく。
「あなたたちのせいでね、心を怪我したわ。人間はそんなに丈夫じゃないのよ」
「お雛様……なぜ、このような……」
(何故、と問うか。同胞よ)
(そなたにはわからぬか)
(我らは、久方ぶりに女子を守った)
(穢れを打ち祓ったのだ)
(楓は……何処に行ってしまったか)
 不意にそのとき、桃の香りがした。
 一行の視界は、ずばっと音もなく――入れ替わっていた。それぞれならざるものの視界が、3月3日のこの部屋を、見つめていた。


「妊娠ですって!」
 母親が金切り声を上げる。
「結婚ですって! あなた、いくつだと思ってるの!」
「16よ。でも、結婚できるでしょ? わたし、本気なの。宏人くんのこと愛してるの!」
「何言ってる! おまえはまだ子供だ。何にも見えなくなってる」
「若気の至りだ」
「母さんは許しませんからね! ほんとに、なんてこと!」
「なんで?! わたしの気持ち、本物よ! 宏人くんだって、何回も『愛してる』って言ってくれたもの! わたしたち、愛し合ってるの!」
「16歳の子供には、まだわからない!」
「わたし、子供じゃない! 赤ちゃんだって出来たんだよ、もう大人よ、お父さんとお母さんと何がちがうの?!」
「この……馬鹿者が!」


(100年ぶりの女子だった)
(我らや、彼らの待ち望んでいた女子だ)
(しあわせに、してやらなくてはならない)


 ぞんっ、と人形の刀が、穢れを断ち斬る。
 穢れ、それは、女子の幸福を妨げるものすべて。女子に振るわれる平手と拳。ヒトガタたちが祓った幸福の憂いは、8人分。
 小さな小さな真鍮の刀と、矢尻と、脇差が、彼女を守った。
 動く人形たちの姿を見たものはいない。ただ、影が――陽炎をまとった影が、刀をふるい、穢れを討った。
 揺らめく影は、さながら武者のようであった。


「あー! あアー! お前らがあああ!!」


 血塗られたまぼろしを引き裂いて、少年が叫び声を上げ、バットを振り上げた。標的は、血濡れの雛人形だ。
「やめて! ――新座くん、彼を止めて!」
「ほいきた! ――ぎゃお!」
 ぎゃお、と呼ばれたのは、彼が携えてきたメカ恐竜だった。その電池ボックスに電池が入っていないことを、誰が知ろう。竜を模したものは、ぎゃおう、と咆哮を上げた。そのぎざぎざのあぎとが、少年の手のバットにがぶりと咬みついた。金属バットは捻じ曲がり、へし折れた。宏人は、竜にも負けぬ咆哮を上げる――
「ぼくならしあわせに出来たんだ! お前らなんかが余計なことしなくたって……ぼく、彼女をしあわせに……」
 今にも七段飾りに手をかけそうだった少年の身体が、がきりと見えない力に拘束された。……灯火の目が、あやしく光り輝いている。
「ぼくは楓を愛してる!!」
 その一言に、一行は、とりあえず目を点にした。雛人形たちも、呆気に取られただろうか。新座などは、口をぽかんと開けもした。
 声変わりしたばかりの少年が口にした、『愛』。
 それは果たして滑稽か? 賞賛すべきか?
「愛してるんだ! 本当だ! お前らなんかよりずっとずっと愛してる! お前らなんかに、負けるもんかァア!!」

(……しあわせに、してやってくれ)
(邪魔な穢れは、我らが廃す……)

 張りつめていた、生臭い『気』が消えていく。
 緋玻は内裏雛を拾い上げた。血塗れのその首が、かくりと折れて、床に落ちた。羽澄の鈴は、ずっとずっと鳴り続けている――彼女が鳴らし続ける以前に、鈴が鎮めたがっているようであった。
「けれど、親御さんの気持ちもわかってあげてほしかった」
 羽澄は女雛の顔を覗きこみ、そっと呟いた。朱に染まった女雛の顔には、くっきりと、二筋の涙のあとがのこっていた。
「100年ぶりにこの家に生まれた女の子なら……大事にしたかったと思うの。16歳の愛が嘘だなんて言わないけど……。お雛様、時代は変わっちゃったのよ。16歳はまだ子供なの。17でも18でも……20でも……大人になれてないひとが多い時代になったわ」
「でも人形は……愛でられ続けるもののまま……」
 灯火は前に進み出て、緋玻を見上げた。
「この方々……いかが致します?」
「ヒトは、彼らの存在を認めないわ。先祖の思いが化けた、『鬼』なんだもの」
 ふ、と緋玻は溜息をつく。
「15体分の『鬼』……食べきれるかしら。食べきれるだろうけど。ああ、嫌になるわね」
「よかったら、ウチで引き取るけど?」
「どーでもいいけど、早く決めてくれよ」
 新座のうんざりした声に、女性陣は振り返った。宏人はなおも目の色を変えてわめき立てながら暴れていて、新座とぎゃおが必死で羽交い絞めにしていたのだ。ひょろりと背の高い物見は、見ているだけで何もしていなかった。
 彼は見ているだけだったが、ふう、と充足感を吐き出していた。


■桃の儀式■

 せせらぎの水は、まだ冷たい。
 さらさらと流れていく……。
 きらきらと光る灰が……。

「せいぜい愛することね」
 緋玻の蒼い視線は、宏人少年を射抜いた。羽澄がまたしても助け舟を出す。
「いま楓さんを助けられるのは、きみだけだよ。そばに居てあげて。ほんとに愛してるなら」
「……」
 宏人は黙って、頷いた。それだけだ。
 流れていく。
 灰は流れていく。
 鬼火で焚き上げられた、『鬼』を模したもの。
 まばたきもせずに、灯火もまた、流れを見守っていた。彼女はまだ、涙も血も流せない。……あくまで、『まだ』。
「殺したのって、ほんとに、お雛さんだったのかなあ」
 冷たい水に手を入れ、ぱしゃぱしゃとあそびながら、新座が傍らの物見に呟いた。
「楓とかいう子の望み通りの結果になったのかもしれないじゃんか。邪魔するやつ、いなくなったんだから」
「それも真実のひとつかな」
「真実って、ひとつだけなんじゃないか?」
「そのほうが記録が取りやすいのは、確かだ」
 謎のような答えを口にして、物見は手帳を閉じた。
「皆、ありがとう。瀬名くんの言ったことは本当だった。きみたちは本当に、素晴らしい探偵だ。思いきって依頼してよかったよ。私は私の名に、嘘をつくことは出来ないんだ」
 彼の白髪を、桃の風が撫でていく。
「これからも、よろしく頼む――ザ・タワーと、物見鷲悟を」

 非科学事件がひとつ、真なる幕を閉じた。




<了>

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【1282/光月・羽澄/女/18/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【2240/田中・緋玻/女/900/翻訳家】
【3041/四宮・灯火/女/1/人形】
【3060/新座・クレイボーン/男/14/ユニサス・競馬予想師・艦隊所属】

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               ライター通信
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 モロクっちです。大変お待たせしました。桃の節句をだいぶ過ぎてしまいました……。
 『後の祭りは血の祀り』をお届けします。
 久し振りの通常単発依頼で、風邪も引いてしまって(笑)、筆が乗るまでいつもよりも時間がかかってしまいました。
 16歳……お雛様の世界ではもう充分な大人でしょうが、現代では……? 

 最後の物見の台詞は、モロクっちの台詞そのままでもあります。本当に今回は何もしないで終わりましたが、今後ちょくちょく皆様の前に現れることになると思います。どうぞ、仲良くしてやって下さい。悪人ではないはずですし、盾にも使えます(笑)。

 それではまた、ご縁がありましたら、お会いしましょう。