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<東京怪談・PCゲームノベル>


お願いBaby!


〜OP〜


嗚呼、嗚呼、嗚呼、こんな場所に来てしまって。

君は…トム・ソーヤか…それとも、アリスか?

君の好奇心が、この王宮の扉を開く鍵となったのか?
無邪気に、さまよい歩いて此処まで来たのか?
ならば、猫をも殺すの言葉通り、その身を一思いに喰らうてやろうか?


それとも…、


違うのか?
切なる願いを抱えているのか?
それは、千年の呪いに匹敵する願いなのか?


動かしてみよ。


私の心を。
君の言葉が、私の心を動かせば、或いは…。

嗚呼、或いは、この王宮で飼っている、大事な「奴隷」を貸してやらない事もない。
それとも、この孤独の王の力、奮ってやらない事もない。

さぁ! 言葉を!
私の退屈を癒す言葉を………頂戴。




本編


「素晴らしイ!」
感極まった声で叫び、デリクはその膨大な書籍類を見上げていた。
本の世界では、三桁を越す年代以降の書籍となると、最早宝状態で、特に、デリクの興味を引く魔術所の類となれば、刷られた数事態が物凄く少ない物も多く、見つけるのにもかなりの困難を伴ったりする。
ちょっとばかし暇だったものだから両掌の魔方陣を使って色んな空間を飛び回っていれば、こんな場所に出てしまっていた。
高い高い天井近くまでそびえたつ本棚達。
埃臭い部屋の中では、どのエネルギーを使用して点っているのか分からない青白い光の球がいくつもふよふよと飛び交い部屋の中を照らしており、本を読むに充分な明るさを保っている。
 広い部屋の中、果たして何万冊あるのか全く検討がつかないまま、これを全部読みつくすためには、何百年命があっても足りないと、何だか残念なような気持ちにもなった。
 ざっと背表紙を眺めてみただけでも、今では絶版になって手に入らないだろうと断言できる貴重な書籍が並んでいる。
トンネルを抜ければそこは雪国だったなんて名文もあるが、デリクにとっちゃあ、トンネルを抜ければそこは書庫だったという状況の方がナンボか有り難い。
とにかく、古ぼけた椅子に座り込み手近にあった本を手に取る。
「永続魔法原理理論書」「魔方陣百選」「呪術におけるコミニケーション手段の考察」等々、手当たり次第に机に積み、デリクは今自分が何処にいるのかという事すら全く気にせずに、読み耽り始めた。

数時間後。

机の上に詰まれた本は、二桁台に突入していた。
本当はもっとじっくり読みたいのだが、ゆっくりはしていられない。
気になる箇所や、自分のこれからの研究に役立ちそうな部分は全てメモっているのだが、手帳の中は既に一杯になり、あとは、頭の中のノートに記録していくしかなくなっていた。
(今度は、ちゃんとしたノートを持ってこなキャ…)と既に次回の事を考えているデリク。
 そんなデリクの耳に、突然二人の男の声が聞こえてきた。
「うあ! ほら、言ったじゃねえか! やべぇよ! 侵入者だよ! しかも、ありゃ、魔術師だよ! ご主人様のもっとも嫌いな人種だよ!」
「なんだと兄弟! いい加減なこと言ってんじゃねぇや! なぁんで、あいつが魔術師だなんて分るんだ」
「だって見ろよ。 あいつが机の上の本。 ありゃぜーんぶ魔術所じゃねぇか。 あの文字を読めんのは、一通りの魔術の修練を積んだ者だけなんだよ」
 デリクは、その声に「ああ、集中力が削がれル」と呻き、チラリと声がする方向に目を向ける。
 そこには、背の高い棒のような男と、ずんぐりむっくりに太った男が並んで立っていた。
 どちらも、真っ黒な覆面を被り、デリクの視線に「うぉっ! こっち見た」等と言っている。
「なんなんでス? あなタ方」
 そうまるで、侵入者という自分の立場をまるで分ってない言葉に男二人は顔を見合わせ「おい、魔術師が何か聞いてるぞ」「おい、魔術師が俺達の名前を聞いてるぞ」と言い合う。
 それから二人同時に胸を張り痩せた方が「俺はクローバー」、太った方が「俺はスペード」と名乗った後、「此処の司書を任されてんだ。 余所の人間に此処は見せられない。 とっとと出てけ!」と二人は同時に怒鳴った。
 デリクは肩を竦め「見せられないと言われましてモ、もう、こんなに読んじゃいマシた」と机の上の本の山を指し示す。
 すると男二人はぶるりと身を震わせた。
「まじぃな兄弟」
「まじぃぜ兄弟」
「ご主人様に見つかれば」
「頭から食われて御仕舞いだ」
「だから言ったんだ。 ハートに会いに行くのは、ちゃんとお休みの日が良いと」
「そりゃないぜ、ダイヤと随分宜しくやってたくせに」
「どうするよ?」
「そりゃ、しょうがねぇよ」
「呼ぶか」
「呼ぼうぜ?」
「「我らがジャックを」」
 そう一頻り言い合い、ノタノタと扉の側に走り寄る。
「悪ぃな魔術師。 魔術師に、古代の遺産を読まれたとあっちゃあ、俺たち生きてはいられねぇんだ。 ジャックの鋭い鋏の餌食になりな!」
 そう言い、扉の側にあった黒い電話の受話器を取ると、「カモン・カモン・カモン、ジャック! 美味しい餌がいるよ! 肉は柔らか、とってもジューシー! お前の大好きな魔術のスパイスの効いた極上品だよ!」とスペードが怒鳴った。
 デリクはそこまでじっと見守って、何だか知らないが、此処を出た方が良さそうだと判断し、最後に是だけと、古ぼけた一冊の本を懐に滑り込ませる。
「千年魔法の構成理論」という、今は亡き伝説の魔女「アリス」が執筆した書籍だけはどうしても読みたかったので(また写したら、お返ししますヨ)と小さく胸中で呟き、それから書庫の外へと飛び出した。
「うぁ! 待て魔術師!」
「いや、待つな魔術師!」
「何でだ兄弟?」
「此処が血で汚れちゃことだ! ジャックは獲物を見逃さねぇ」
「そりゃそうだ! さよなら魔術師。 永遠に!」
 そんな頓珍漢な二人のやり取りを背に、長い廊下に出てさて、どうしたものかと考え出した瞬間だった。
 背後に一瞬人の気配を感じ、デリクは振り返るより先に、前へと転がるように飛び出していた。
 背後でジャキン!と、身の毛もよだつような音がする。
 クルリと一回転して立ち上がり、チラリと背後を眺めれば薄汚れた麻袋を被り、眼の部分にだけ真っ暗で小さな穴の開いた、上半身裸の大男の姿が目に入った。
 手には大きな鋏が握られている。 彼がジャックに違いない。
 クローバー、スペードときたもので、ジャックもトランプにちなんでいるかと思うあのだが、あの様子からすると切り裂きジャックのジャックからとってるのかしらん?とか考えつつ、一気に前に駆け始める。
 影の魔物に命じて食らわせても良いが、あんな身体に悪そうなものを食ったら、後で胸焼けを起しそうだ。
 大体、無理に危ない事はせず、逃げられそうならば逃げるのがモットーのデリクにしてみれば、あんな訳の分らない怪物とガチンコ勝負だなんて考えただけで辟易した。
 トットットと軽い足取りで廊下を走り、さて、何処かの部屋にでも転がり込もうかな?と考え出したデリクの耳元をチュン!と音を立てて、何かが掠っていった。
「ン?」
 そう呑気に呟いたデリクの背後で「う…がぁぁっ!」と低音の叫ぶ声が聞こえ、ついで、ドスリと重いものが倒れる音が響く。
 振り返れば、ジャックがぶっ倒れて目を廻していた。
 首を傾げていると、そんなデリクの後頭部に、カチャリと熱い感触が当てられる。
 とりあえず、その感触に覚えがあるデリクは両手を挙げながら、ニッコリと笑いつつ振り返り「わぁ、物騒なものを持ってらっしゃいますネェ?」と呑気な口調で呟く。
 振り返れば案の定銃口と、それを突きつけてくる無愛想な男の顔が目に入った。
 とりあえず、敵意のない事をアッピールした方が良さそうだ。
「私、デリク・オーロフという都内にて英語講師をしている者なのですガ、気付いたらこんな場所に来てしまっていまして、あなたもそういうクチでスカ? それとも、此方にお住まいの方とカ?」
 滑らかな口調でそう問いかければ、デリクの額に銃を突きつけていた男が、ふぅと息をついて銃を下げ「俺も、迷い込んだ」と一言だけで告げた。
 金色の髪をした、えらい美形の男である。
 すっと立っている姿ですら、独特の迫力を持ち、形の良い唇に煙草を咥える姿が様になっている。
「えーと、お名前は?」
 そう問いかけると「桜塚・金蝉」と一言で答え、「とにかく、出口を探してる。 お前は知っているか?」と問い返してきた。
 出口ならば、それ程焦らずとも、自分の魔方陣があれば此処からの脱出は可能だろうが、正直今すぐ出るには、この場所は興味深すぎる。
 どんな世界であるのか知り、この世界の中に式に新たに組み込める知識があるのなら是非、手に入れたい。
記録や記憶、それに類するあらゆるデータを持ち帰りたいと考えているデリクからすれば、このまま此処から立ち去るだなんて到底出来る事ではなかった。
(書庫一つであの情報量なんでス。 きっと、もっと凄い真実が、この城にはあり筈デス)
 そう考えると、このまま城内の探索を続けるのは当然として、自分一人で動き回るより、腕の立ちそうな金蝉が一緒にいてくれた方が、面倒臭くないし、心強い。
 そう計算を働かせ、デリクは眉根を下げて「いえ、出口なんて全然分んないデスよ。 こんな場所にいきなり放り出されて混乱してるトコなんでス。 でも、良かった。 同じような立場の人がいテ」と、情けない口調を装って言い、「あの、絶対に足手まといになりませんから、一緒に行って良いでスカ?」と尋ねた。
 金蝉はフンと鼻を鳴らし、勝手にしろと一言告げる。
「良かった! 何しろ、ただの英語教師の身の上ですので、こういった事態にはどうやって対応すれバ良いのか…」
 そう弱気な口調で言い募った時だった。
 ぎろりと金蝉が振り返り「そう言う割りにゃあ、余裕の表情で逃げてたな、あいつから」と倒れたまんまのジャックを指差す。
(おっと、結構お見通し?)と、愉快に思いつつも「あれ、殺しちゃったんですか?」と話を逸らす為に聞けば「いや。 目くらまし様の閃光弾だ。 衝撃も結構あるから、暫くは寝てるだろう」と答え、金蝉はさっさと歩き出した。



暫く二人で歩いていると、何処からともなく美しいハープの哀切な音色が聞こえてきた。
「ワォ! 金蝉サン聞いて下さい! 素敵ですネェ。 ロマンチックですネェ。 どなたが演奏なさってるんでしょウ? 探してみませんか? ほら、此方の住人の方でしょうし、もしかしたら出口の場所を知ってるかもしれませんよ?」
デリクのテンション高い提案にうっとうしげに顔を顰めつつも一理あると思ったのだろう。
金蝉は一つ頷き、二人で声のする方向へと歩みを進める。
「凄い美女とかだと、良いですネェ。 なんだかシチュエーションに合ってるじゃないですカ」
嬉しげに語るデリクに「どーでもいい」と疲れた声で返し、暫く歩いたところで、緑色に染められた金色の美しい装飾を施された扉の前で二人同時に立ち止まる。
「ここですね」
 扉に耳をあて中からハープの音が聞こえている事を確かめ一つ頷くと、金蝉が何か言うより早く扉を開けた。
 その瞬間、部屋の中からハープだけでなく、フルオーケストラの盛大な演奏が聞こえてきた。
 目を見開き、その部屋の中の姿に感嘆の息を吐き出すデリク。
 それは、まるで何処かのコンサートホールのような広い広い劇場だった。
 客席の向こうには舞台があり、そこにはたくさんの楽器が配置してある。
 だが、演奏者の姿は一人もなく、フルオーケストラの重厚な調べが劇場の中を満たしていた。
「こりゃ…とんでもねぇな…」
 金蝉が呆れたように呟いている。
 デリクは、どういう理論で楽器が動いているのか興味深く思い、客席を駆け抜け、舞台に登り、楽器の側に寄るが、金蝉は警戒心を露にした表情で「おい!」と注意を促すように声を掛けてくる。
 だが、聞く耳持たないというか、好奇心に全て支配されてしまったデリクは、一人でに弓が動き、音楽を奏でているヴァイオリン等をしげしげと眺め、そして手を伸ばしてその身に触れた。
 その瞬間だった。


カンカンカンカン!!


 指揮台で、空中に浮きオーケストラを指揮していた指揮棒が激しく打ち付けられ、そして音楽が止まる。
 デリクの背後で、ジーッという音がして何かが開く音が聞こえてきた。
「っ、馬鹿野郎が!」
 金蝉がそう言いながら、こちらに駆けてくる。
(ん? どうしたんでしょう?)
 そう思いながら振り返ると、舞台のバックにある壁が横に二つに割れて開き、奥からグルグルと喉を鳴らしながらのノシノシと歩み寄ってくる、巨大な生き物の姿が見えた。
「ワォ…。 地獄の番犬、ケルベロス…。 まさか、実際にこの目に出来るだなんて…」
感嘆したように呟くデリクの目には、頭が三つ、尻尾が蛇の巨大な犬。
まさに伝説の生き物そのままな怪物の姿が映っている。
 ケルベロスが、一声吼えた。
 音響の素晴らしいホールに、ビリビリとその声が響き渡る。
 その瞬間、オーケストラが壮大ながらも重く、のしかかるような曲を演奏し始めた。
 デリクも聞いた事がある。
 フォーレのレクイエム。
 荘厳な響きの中、ゆっくりとケルベロスが歩み出てくる。
 デリクは、「さぁて、どうしたものカ…」と呻くと、金蝉を振り返り、オーケストラに負けないような大声で「金蝉さぁン。 なんか、地雷踏んじゃったみたいデス」と告げた。
 ヒョイと舞台に飛び乗った金蝉が「面倒臭ぇ事すんな」と憎々しげに言いながら、予備動作無しにケルベロスに銃弾を撃ち込む。
「ギャヒン!」
 丁度真ん中の顔の額に命中した弾丸にのけぞり、そう大声で鳴いたケルベロスではあったが命を奪うまではいかなかったのだろう。 逆上した眼差しで此方を射、そして、一足飛びに飛び掛ってきた。
 慌てて二手に分かれ、これは、もう、しょうがないと諦めをつけ、金蝉に「スイマセン! ちょっと、ばっかり、自分の尻は自分で拭こうかな?と、何時になく殊勝な事を考えてみたので、先、外逃げて下さい! こっちで、引き付けますんデ!」と叫んだ。
 別に彼を救いたかったからでもなんでもなく、今から奮おうとしている能力は、側に人がいられるとちょっと面倒臭かったりするからだ。
 金蝉は一瞬訝しげに此方を睨んだが、所詮はさっき出会ったばかりの赤の他人。
 デリクの言葉に一つ頷き、振り返りもせず外へと走り出す。
 その後を追おうとした左側にあるケルベロスの顔の鼻面に、ポケットに突っ込んであったライターに火を付けて投げつけると、火の熱さに一瞬「キュン!」悲鳴をあげ、此方に燃えるような目を向けてくる。
 その間に金蝉は、部屋の外へと出、デリクは自分の影に潜む古の魔物を呼び出した。
 全ての物を喰らいつくす貪欲な魔物。
 鋭い牙をむき出しにして、ケルベロスに襲い掛かる。
 ケルベロスと、魔物が取っ組み合っている間に、悠々とした足取りで外に続く扉に向うデリク。
「さて…どうしましょウ? 食わせてあげても良いのだけド…」
 炎の息を避けながら、何とかケルベロスに喰らいつこうと大きな口を開ける魔物の姿に苦笑して、「やっぱり、胸焼けを起しそうだかラ…」と意地悪な口調で囁き「オ・ア・ズ・ケ」と、短く区切りながらデリクはそう宣言した。
 その瞬間、魔物が引きずられるようにデリクの足元の影に収まり、取っ組み合っていた相手がいなくなったケルベロスは盛大に倒れこむ。
 そして、デリクは「レクイエム」の音色を背に、のんびりと部屋を出た。
 外で、煙草を咥えて立っていた金蝉が「…何だ、生きてんのか」と無表情に呟く。
 デリクは笑って「だって、そう思ったから待っててくれたんデショ?」と問えば、金蝉は心からという表情で「この煙草を呑み終える迄はいてやろうと思ってた」と告げ、それから「何が、しがない英語教師だ」と吐き捨てた。
 デリクは大袈裟なくらい仰け反り「エー? 本当ですヨ? ほら、都内の、結構有名な教室で、雇われ教師をデスね…」と説明しかけるも、ヒラヒラと手を振り「いい。 しがない英語教師が、あんな化け物相手に張り合える筈がねぇっつうのは、どんな頭の足りネェ奴でも分るからいい」と話を遮る。
 そして、ギラリと此方を睨みあげ「何考えてんだか、知らねぇが、テメェ、今度面倒臭いことしでかしたら、俺が引導渡してやる」と凄むと、足音荒く廊下を進みだした。
「アララ。 短気な人ですネェ」と呟き、その後を追うデリク。
廊下には、動く絵や、物凄く興味深い装飾品、中から奇妙な声が聞こえてくる扉などが並んでいるのだが、先程のような事にならないとも言えないので手出しは自重しておく。
今のところ、デリクが欲しているのはこの奇妙極まりない空間は何かという事で、体力・気力・精神力共に充実している今でこそ、探索し甲斐のある場所だなんて考えてはいたが、あんな化け物と何度も渡り合う気は流石にない。
 それでも興味深そうに辺りをキョロキョロ見回している時だった。
「おい」
 唐突に金蝉から声を掛けられ「ハイ」と返事を返す。
「アレ、何だ?」
 そう彼が指差す先には、ゴロンゴロンと転がる胴体一つ。
 バレリーナが舞台で着る、真っ白なチュチュを着た少女の肢体が物凄い勢いで転がってきているのである。


ワォ、なんてシュール。


思わず、デリクはその足も首もない、まさに胴体!という代物が通り過ぎていくのを凝視し、「何をあんなに急いでるんでしょうネ?」と金蝉に問えば「…多分、気にすべき所はソコじゃない」と彼は呻くように答えた。
「や、だって、凄い速さで転がってましたよ?」
「だが、首も足もないんだ。 転がってるというより、それこそあの鋏男にでも解体された死体が転がされたと考える方が自然だろうが」
「でも、掌でちゃんと地面をついて自分の意思で転がってるようでしたかラ、アレ多分、生きてますヨ?」
 デリクの冷静な言葉に、金蝉は、物凄い勢いで転がり続け、今は大分小さくなってしまった、その胴体少女を眺めると「ここが、マジでどうなってやがんだ」と呟いた。



さて、ひたすら歩き続けた結果、何だか、廊下の様子が変わり、両端に七色の不思議な水が川のように流れ、空気の温度自体も温かくなったように感じられた頃の事である。
「ハロー、ハロー、ハロー? ウェルカムトゥー、狂気の王宮へ!」
 そうはしゃいだような声と共に、デリクと金蝉の頭にバラバラと赤い薔薇の花びらが降ってきた。
 驚き見上げれば、そこには重力の法則を無視して天井に立っている派手な道化の姿をした男がいた。
 真っ逆さまに立つ男を見上げ、デリクは笑うと「アラ、あなた! どうしちゃったッテいうんでス?」と問いかける。
 道化は、耐え切れないという風に笑うと「どうしちゃったんですってのは、こっちの台詞さぁ、お二人さん? こんなトコまで来ちまって、あんたらご主人様に会いに来たのかい?」と、問うてくる。
 金蝉はうっとうしそうな顔をしながらも「ご主人様? この屋敷の主のことか?」と聞き返した。
「そうさね。 他に誰がいる。 狂気の王様、おかしな王様、憐れな王様、リリパット・ベイブ!」
 デリクが、その名を聞いて、ふと眉間に皺を寄せ「リリパット・ベイブ…?」と小さく呻く。
「ちょっと、待ってクダさい? ベイブ…狂気の王様…、千年魔法……アリス! 時の大魔女アリス!」
 そう叫び、道化を見上げ、「ここは、千年王宮なのですか?」と殆ど叫ぶようにしてデリクは問う。
 道化は、「ひゃはっ!」と笑ってトンボ返りし「あんた、魔術師だね? そうだろ、そうさ! あーあーあー、ご主人様と一番相性の悪い人種だ。 そうさ、御名答、ここは呪いの王宮千年王宮さね」と嬉しげに答えた。
「千年王宮…? んだ、それは?」
 聞き覚えのない単語に眉を顰め、そう訝しげに問う金蝉に、殆ど独り言のような熱に浮かされた口調で「時の大魔女に封印された伝説の王宮です。 此処には、彼女が髄を凝らして作り上げた宝が山と積み上げられ、たくさんの魔造物や生き物が暮らしているという話だったのですが、まさか実在するとは…」と、デリクが答える。
「ベイブってのは?」
「時の魔女が愛する余りに死に際に、千年の呪いにかけ、城と共に閉じ込めた男の名です。 この城も、同じく千年の呪いの只中にあり、その呪いを掛けられた日から、千年後にベイブと一緒に滅ぶ運命にあるそうです」
 そこまで言い切り、「素晴らしい」と呟くデリク。
 成る程。
 あの書庫の充実具合も、アリスの居城であったのならば納得がいく。
 此処は、まさに奇跡の城なのだと感嘆しつつ、是非、伝説の大魔女の生涯でもっとも傑作な出来であろう千年魔法の生き証人ベイブを見たいと切望し同時に、この城にある魔造物の中でも間違いなく最も希少な品であろう、千里眼の大鏡「白雪」を一目でもいいから眺めたいと願った。
 過去・現在の全てを見通す「白雪」があれば、教団内での自分の地位向上に、是以上ないという程役に立ってくれるだろうと思い、唇が緩むのを止められないデリク。
 そんなデリクの表情を見て、「お前、ロクでもねぇ事考えてんだろ」と金蝉が指摘してくるが、とりあえず無視して「道化さン。 あなた、そのベイブの居場所分りませんか? もしくは、白雪の場所でも良いのデスが…?」と、猫撫で声で問いかける。
 だが、道化は笑って「知らないようで、知ってるようで、知らないけれど、知っている。 ルール違反だよ、ルール違反だよ。 他の奴らは、みんな自力でベイブに会っている。 もしくは、ジャバウォッキーか女王にね」と言う。
「ジャバウォッキー? 女王? なんだそれは」
不機嫌な声音の金蝉に「ベイブの大事な奴隷だよ。 飼われているんだ、この城で。 珍しく、大事にしてる。 そんでも、いつ壊されるか、気まぐれ王のする事だから、皆目見当が付かないがね!」と、まるで、早く二人が壊されるのを望んでいるかのような声音で道化は答えた。
そして、デリクに向って「白雪の居場所は、ベイブしか知らねぇんだ。 大事な姫様だかんな。 ジャバウォッキーなら、或いは…?ってトコだろうが、まぁ、どっちにしろ教えてくれないと思うよ」と言い、「しっかし、欲深だねあんた! こんな地獄のような場所で、それでも宝が欲しいのかい」と言ってくる。
「魔術師はね、例外を除き、皆欲深でス」
シレッとそう答えたデリクの頭を遠慮も何もなく思いっきりはたいた金蝉は「白雪だかなんだか知らねぇが、俺はこっからとっとと出てぇんだ」と言い、それから道化に向って銃を構えた。
「お前、ベイブとかいう野郎の居所は知ってんだろ。 案内しろ」
 そう低い声で言われ、道化はわざとらしい仕草で身を震わせる。
「こっわいお人だ! そんな火を噴く鉄の笛、愚かな道化になんて向けないでおくれよ、おっかない」
 そこまで言って、道化は首をかしげてヒタリと笑うと、「あんたら、ちょっとばっかし、厄介な二人組みだね。 君子危うきに近寄らず、道化恐ろしに長居せずってもんだ!」と告げ、その瞬間消えうせた。
 金蝉は、銃を下げ「ちっ」と舌打ちし、「とにかく、そのベイブ探すぞ」と告げる。
 デリクとしては否応もなく頷き、此処が千年王宮だと分ったが故に、胸を益々高鳴らせた。


どれくらい歩いた事だろう。
幾つかの階段を登り下りし、廊下を歩き続け、二人はようやく今までみたどの扉よりも大きく、立派な鉄の扉の前に出た。
 外に立っていても分る強烈な魔力の波動にデリクは、この向こうにベイブがいる確信を深める。
 リリパット・ベイブ。
 といっても、本名は勿論こんなふざけたものじゃない。
 だが、彼の名は、歴史の波間に忘れ去られ、時の魔女が名づけたというあだ名だけが今も語り伝えられていた。
 とはいえ、子供の寝しなに、親が枕元で語るような、御伽噺の登場人物としてだが…。
 ゆっくりと扉を押し開き、室内に入る。
 

虚ろな声が、玉間に響いていた。
広い広い、寒い部屋の一番奥に、ぽつんと小さな王座がある。
そこに座り込んでいる男こそ、この無限とも思えるほどに広大な、いや、デリクが思うに多分まさに無限の広さを有する城の主。
リリパット・ベイブだった。
「この城も…、所詮は、あの女の創造物…。 いまや、私の手足と成果て、望みのままに形を変えるこの場所で、どうして…、この飽いた心を…慰められようか…」
 ベイブの前に一人男が立っている。 モデルめいた程にスタイルの良い男性だ。
 何故か隣に立つ金蝉の表情が強張ったのが気になるが、今はそれより、ベイブが大事だ。
 灰色の目。
 真っ白な髪。
 広い肩幅。
 虚ろな、なのに、狂気的なまでにぴんと張り詰めた場に満ちる空気。
 近寄りがたい、まるで永久凍土のように不毛な印象を与える男。 
 あれが孤独の果てに生きる王の姿なのか。
 デリクは、スタスタと歩みながら、朗々と響く声を張り上げた。
「飽いた! ワォ! 私なら、飽いたままにはいませんヨ?! このお城があれば、貴方、その気になれば、全ての世界を飲み込んで、王になれると言うのニ!」
 そう言いながら、ゆっくりと玉座に足を進める。
「お初に御目に掛かりマス。 狂気と孤独の王ヨ! 私の名はデリク・オーロフ。 しがない……、英語学校の講師で御座いマス」
 ふざけた口調でそう言いながら、ベイブの前に立ち止まった。
お得意の張り付いた笑みを浮かべ、まさに慇懃無礼そのものといったように深く一礼する。
 その後を、金色の髪を揺らしながら、ずかずかと金蝉も此方へと歩いてくる気配がした。
 無愛想な眼差しで、じっとベイブを睨み据えながら「貴様が此処の、主か。 糞下んねぇ、仕掛け満載の、悪趣味な城作りやがって。 とっとと、こっから出して貰おうじゃねぇか」と、金蝉は低い声で言う。
 だが、せめて白雪の事を聞きだすまでは、帰れない!と考えていたデリクは、金蝉に「うーん! もう、金蝉さン! そんな、イケズな事仰らずに、もっと、此処をエンジョイする方向で、話を進めてみましょうヨ! ほら? 東京って頭についてる癖に、実際ある場所は千葉ってなランドよりも、此処はずっと面白いですヨ? さっきだって、三つの頭を持ってる巨大犬なんて言う、とっても可愛いお友達にも会えたじゃナイですか!」と、能天気に言う。
 金蝉は口を噤み、眉間に深い皺を寄せ、じっとそんなデリクに凄まじい視線を送った後、再びベイブ方を向き、「出してくれ」と唸るように言った。
そんな金蝉に、怖いもの知らずにも「お久しぶりですっ!」と、ベイブの前に立っていた男性が明るい声で挨拶する。
どうやら、やはり金蝉とは知り合いだったらしい。
 だが、あまり会いたい人間ではなかったようで、「なんで、コイツが此処にいるんだ…」と面倒ごとが増えたとばかりのウザそうな声で、金蝉はそう呟くと、再度「とりあえず、此処からの出口が何処にあるか、ハッキリして貰おうか」と、ベイブに詰め寄った。
しかし、男性は、スマートな外見からは想像できないくらいのマイペースさで、「それにしても、金蝉さんはどーやって此処に来たんです? 三つの頭の巨大黒犬ってどんな感じでした? 俺はね、忍者ピエロと、足だけお化けに動く絵を見たんですけど…」と、浮かれた声で聞き、その言葉にデリクも金蝉を不快がらせるのが何だか楽しくなってきて、「ピエロなら、私も見ましたヨ? あとね、少女の胴体だけガ、廊下をゴロゴロ転がっているのトカ、勝手に歌い出す楽器とかネ…」と言いながら「ネェ?」金蝉に同意を求める。
 金蝉は頭痛に耐えるかのような表情を見せた後、「…どうでも良い」と地を這うような声で答えたが、ベイブがそんな金蝉を見返し「出口…というものは…何処にもない…」と言った瞬間、彼は多分、そんなに容量のでかくない堪忍袋とやらの緒が切れてしまったのだろう。
「ねぇんだったら…、どっからでも、良い。 とにかく、俺をこっから出して貰おうか」と剣呑な声で告げ、何処からともなく取り出した銃を、ベイブの額に突きつける。
「望んでもいねぇのに、勝手にこんな場所に連れてきやがって、てめぇ、主だって言うんなら、客人の管理ぐらいしっかりしやがれ」
 獣の唸り声のような声音の金蝉に、「あ! 駄目デスよ? 脳みそに傷を付けるのは止めて下サイね? その人、貴重な研究資料になるんですかラ!」と、思わず叫ぶデリク。
ベイブの身体は、いまや滅びた古代魔法の希少価値的サンプルなのだ。
全ての情報が集っている脳みそを破壊でもされたら、目も当てられない。
「知るか」
 そう端的に答え、引き金に手を掛ける金蝉を見上げ、ベイブが表情を変えないまま眼を閉じる。
「終われるのか?」
「あ?」
 金蝉が、ベイブの問いかけにうっとうしそうな声音を返した。
「終われるのなら終わらせてくれ」
「どういう意味だ?」
「早く、引き金を引けという事だ」
 金蝉は、少しだけ目を見開き、「よっぽど死にてぇらしいなぁ」と唸る。
 だが、デリクはそういえば千年の呪いのせいで、千年経つまで、この男はどうあっても死ねないのだと思い出し、そしてゆっくりと口を開いた。


「二百数十年前のお話でス」


 そう、何処か、朗々とした、聞き入らずにはいられないような声を、デリクは発する。
 少し呪力を込めたせいか、三人は引き込まれるようにして黙り込む。



「昔、昔、ある所に、一人の魔女が住んでおりマシた」



 モデル風の男がどこか好奇心を含んだ眼差しで此方を眺め、金蝉が、鬱陶しそうな表情のままこちらを振り返り、ベイブはじっと語り続ける彼を見つめる。


「魔女は、時の果ての荒野に住み、この世界の時の流れを管理しながラ、この退屈な世界から、自分を連れ出してくれる王子様を待ち続けていましタ」


「やめろ」


 ベイブが、顔を歪め、そうデリクに言う。
 だが、デリクはその言葉を聞かなかったかのように話を止めない。


「そして、どれ位の月日が経った事でしょウ。 彼女の元に、一人の騎士が現れました。 彼は凛々しく、厳格で、正しカッた。 彼女は、そんな騎士に一目惚れをし、彼が自分の王子様である事を確信しマシた」


「やめろ」


「だが、彼は違っタ。 彼は身も心も、神に捧げ尽くした聖騎士ダッた。 髪の毛一筋すら、彼女の物にはならなかっタ。 然し、時の果てでの、永き孤独に耐えた末に、現れた騎士を諦める事なぞ、時の魔女には出来なかっタ。 愛して、愛して、愛して、愛しテ…」


 デリクが、薄く笑って告げる。


「愚かなるかな、聖騎士達ヨ。 時の大魔女を、何故に狩っタ? あの時生まれた、時の歪みの全てがココにある。 狂信的な、魔女狩りの果てに、貴方、こんな所で、魔女の愛の檻の中で、可哀想に……千年死ねナイ」


「やめろっ!」


 真っ白なの髪の隙間から、ぎょろり灰色の眼を覗かせて、ベイブが歪んだ声で言った。



「…止めないと、…食べちゃうよぉ?」  
 

 その瞬間、宮殿が微かに揺れ始め、デリクは、ベイブから禍々しいとしかいいようのない気配が立ち上り始めるのを感じた。

発狂現象!

 デリクは少し後ずさる。
 狂うといっても、こんな能力が発露する形での狂い方とは、やはりたかが人間如きが千年の呪いなぞに耐え切れやしなかったのかと、何だか惜しい気持ちになる。
 もしも、自分ならば…。
 もしも、自分がベイブでこの城を与えられたのならおとなしくなんかしていない。
 時間はたっぷりあるのだから、城内にある全ての知識を吸収し尽くし、全ての魔造物を使いこなして、この時のゆがみの世界から現世に影響を及ぼし、全ての世界の王となったものを…こんな、気の違った王様なんかじゃ、宝の持ち腐れも良いトコだ。
 なんて勿体無いのだろう…そう歯噛みすらしたい気分になりつつ、じっとベイブを眺める。
 流石、元聖騎士団団長といった所か。
 物凄い魔力の本流が彼の周りで置き始めている。
 加えて、この城の主であるせいなのだろう。
 王宮事態が彼の発作に伴って、少し揺れたのをデリクは知覚した。
 金禅が躊躇う事無く、ベイブに向って引き金を引く。
 タンと、軽い衝撃を受け仰け反るベイブ。
 だが、ぐらりとそのまま、首の据わってない赤子のように首が横に流れ、少し爆ぜた頭に手を伸ばして、ゆっくりと弾丸をつまむ。
 色のない唇から、妙に肉感的なピンク色した舌が伸ばされ、その舌に弾丸が乗せられた。
 


グビリ



真っ白な喉が蠢き、弾丸を飲み込む。

「熱くて…ビリビリするねぇ…」

恍惚とした声で、そう呟き、それから、顔を起す頃には、彼の頭に損傷の後は少しも残っていなかった。
「今度は、甘くて、とろとろするやつ頂戴?」
 ぐらりと揺するような笑い方をしながら、ベイブが金蝉に掌を差し出す。
 その瞬間、天から真っ白な光が降り、咄嗟によけた金蝉の足元を直撃した。
「赤いやつ…。 飲むとね…、凄くね…気分が、良くなるの…。 誠のは、す、す、凄く甘くて、美味しいのだけど…ほら、全部、呑むと……動かなくなるから、じっと我慢…して、他の奴のを呑んでるの…。 竜子は…嫌がるし…、ま、ま、誠は、あんまり、食べ過ぎちゃ、駄目っていうけど……あれ、美味しいんだよね」
 狂気に満ちた、声でそう歌うように言いながら、金蝉をじっと見る。
「美味しいの、たくさん、頂戴」
 金蝉は今度はそう言う、ベイブの喉に、銃弾を打ち込んだ。
 ゴボリと、大きな穴が開き、そこから、ヒューヒューとベイブは息を漏らしながらも、うっとりと笑う。
 それは、下手なホラー映画よりもえぐぐ、ショッキングな光景だった。
 モデル風の男が、ボトボトと床に落ちる大量の血を眺め「あーあーあー」と溜息を吐き「これ、後掃除、大変ですよ」なんて、金蝉に言っている。
 この事態の何処を見てるのか?という、びっくり発言に金蝉は、憤懣やる方ないというか、もう、言葉では言い表しようのない位怒りを湛えた眼を一瞬彼に向け、それから、デリクに「こいつ、こうしやがったんは、てめぇだろぉが! 何とか、始末つけやがれ!」と、怒鳴ってきた。
まぁ、確かに、この王宮内で不本意ながらもトラブルメーカーとなってしまっているのは認めねばならないのだが、どうしてもこのベイブは、あのリリパット・ベイブなのか確かめたかったのだからしょうがない。
両手を広げ「…そうは言われましてもネェ」と笑った後、デリクは少し考え込みつつ顎の下に指を当て、そして、ベイブに告げた。


「で、彼女は何処にいるんでス?」
 小さく笑いながらベイブが、デリクに視線を向ける。
「誰?」
「アリス」
「……」
「アリスは、この迷宮の何処ニ?」
「……」
「恋狂いアリス…気狂いアリス…、貴方の、お姫様の名前でスヨ」



「金蝉!」


 突如玉座の間の扉が開かれ、白金の髪を揺らして金髪の美少年風美少女が飛び込んできた。
 蒼王・翼。
 前に一度であった事のある、恐るべき力を秘めた少女だ。
 モデル風の男は彼女とも知り合いらしく、「どーもー」なんて声を掛けていた。
 翼は、男を見、そして、デリクに視線を送ってくるので、ヒラヒラと呑気に手を振っておく。
何が何だか分からないといった表情で、翼はとりあえず「お前、何で此処に!」と怒鳴る金蝉の隣に「君を追って来たんだよ」とドコの王子様だよ的台詞を言いながら駆け寄った。
 しかし、この王宮。
 自分はたまたま、異空間を開いて辿り着いたのだが、こんなに迷い込む人間がいるとは、案外現世に程近いところにあるのかもしれないと考える。


「アリス…?」


 ベイブが、引き攣った声で、翼を凝視し、そして呟いた。


「アリス?」



デリクは嘲笑う。
愚かな!
なんて愚かな人間!
そして、まるで、こうなる事は分かっていたという風に、翼を恭しい手付きで指し示して答えた。



「そうですヨ。 アリスでス」



 それは、紛れもなく、発狂の瞬間。
 


ベイブの顔が醜く歪み、見たのだ。
その場にいた、間違いなく全員が見たのだ。


ベイブの背後から、細い灰色の手が伸びてくるのを。
そして、その子供のような手が、スルリと、ベイブの首に廻されるのを。


アリスの手。



 ベイブが、言葉にならない声で、絶叫した。

「っ!」
 王宮がグラグラと揺れている。
 髪を掻き毟り、何かから逃れるように、玉座の上でのたうちまわるベイブに視線を送り、「そろそろ、ジャバウォッキーか女王が来るのだろうか?」と考えた。
 道化の言う、大事に飼われている奴隷二人。
 こういう事態に、その二人が駆けつけないとは考えにくい。
 もし、うまくいけばジャバウォッキーの方を捕らえ、白雪の在りかでも聞き出そうかと考えた。
 本当に、白雪の場所を知っているかどうかは怪しいが、ベイブから聞き出すよりははるかに楽な作業に思える。
「あがぁっ! あぁぁっ! い、いぅわあぁ! ま、誠! 誠! 誠、ドコ! 早く、呼んで! り、りぅ、竜子と! 誠を! よ、呼んで!」と、ベイブが喚き始める。
「誠? 竜子? 誰だ、ソイツは?」
 そう訝しげに首を傾げる金蝉に「王宮の鍵を持っている方々です。 俺は、黒須さん…って、えーと、誠って人の方ですね、その人にココ、連れてきて貰いました。 それで、あのですね、多分言い遅れたかな? もう、取り返しつかないかな?とは思うんですけど、多分、彼らがいれば、こっから出れますよ」と、モデル風の男が物凄く笑顔で告げてくる。
 黒須と、竜子。
 それが、ジャバウォッキーと女王の名かと、デリクはぼんやり納得するが、金蝉にしてみれば「多分、彼らがいれば、こっから出られますよ」の部分がどうしても承服しかねたらしい。
 その瞬間、金蝉は、カッと目を見開き、修羅のような顔をしながら、男の胸倉を掴んでいた。
「あぁ? てことは、アレか? こいつに、無駄に構う事ぁ無かったって事か?」
 そうガクガクと揺さぶりながら問われ、「んー、そうなりますかね☆」と明るく返答している男。
 強者である。
 怖いもの知らずも良いトコである。
 翼が、何処か諦念の表情で「ねぇ、君は、ずっとこの場にいたみたいだけど、その事実を早めに伝えて、事態がこうなっちゃうまえに止められなかったのかな?」と言っていた。
男は飛びっきりの笑顔で「や、出来ても止めませんって。 楽しくないもの」と答えている。
 あの人ったら強者を越えて勇者でも良いんじゃないかなぁと、デリクが考えていると、ガクリと、音がしそうな勢いで項垂れる翼。
「どうしよう。 こういう場合、僕の立場としては、金蝉の暴力を抑えるべきなのだろうが、今現在、心から、息の根が止まれば良いのにと祈ってしまってるんだよね」
 そう虚ろな翼の声を聞いたか、聞いていないのか、益々、金蝉が男の首の締め上げる。
 その様子がとても愉快で、「あハハー。 お三方お知り合いでスカ? 良いですね、楽しそうデー」と、どうでも良いと考えている事丸出しな口調でそう言った後、「でもね、ほら、こっちも結構大変な事になってマスよ?」と、デリクはベイブを指差した。


蹲り、黒須と竜子の名を交互に呼び続けるベイブの周りに、銀色の見た事の無い文字で描かれた文様が浮び上がっていた。
 アリスの手はもう無い。
 だが厄介なことに、その文様がバチバチとまるで、稲妻のような、あまり耳に心地良くない音を立てて発光し始めている。
「っ! ベイブ!」
 そう叫びながら、金髪にピンク色のジャージ、派手な化粧をした女が部屋に飛び込んできた。
 首に赤い首輪を巻いている。 
 間違いない彼女が女王だ。
 続いて、数人の男女が飛び込んでくるが、その中に、大事な少女の姿を見つけ流石にデリクは息を呑む。
(ウラ! どうして此処に?!)
 そう不思議に思うベイブであったが、事態は刻一刻と進行し、いつの間にか現れていた大剣に縋るように、しがみつく様に泣いていたベイブが顔を上げ、「誠? 竜子? 早く、は、やく、来ないと、つ、かまる。 つ、かまったら、壊れる。 こ、われ、る、割れる。割れて、あ、また、寒い…た、すけて、助けて…」と呟きながら、泣きそうに歪められた顔で当たりを見回していた。
 それはまるで、迷子の子供のような、それは酷く弱弱しい姿だった。
「壊れる…ネ。 魔女の呪とハ、かくも恐ろシイ。 差し詰め、この赤子は、その魔女を知らず虜にしてしまった、不運な時の迷子に過ぎないと言う訳、でスカ」
 デリクは愉悦に満ちた快哉をあげる。
 愚かな王と、狂気の王国。
 これほどの力が眠る場所で、この赤子は何も動かず蹲るばかりだなんて、愚の骨頂だ!
 それはどこか怒りすら湧く、真実だった。
「何て、興味深イ!」
 
「デリク!」
 
嬉しげな声を上げ、ウラがデリクの元に駆け寄ってくる。
「おヤ? 私の姫君。 こんな所にお出でになられて、どうしたんダイ?」
 そう言いながら、壊れ物を扱うような手付きで、その身体を抱きしめ、デリクは笑う。
 ウラとて、大概神出鬼没な女なのだ。
 師匠の自分に似たという事かと苦笑を浮かべてウラの愛らしい顔を覗き込んだ後、「ウラ。 御覧なさイ。 アレこそ、究極の愛の形デス」と、ベイブを顎で指し示した。
その瞬間、バチッ!と音がして、デリクの足元に銀色の光が飛んでくる。 それを、ウラを抱えたまま、ヒョイと身軽に避け「危なイ、危なイ。 赤子が強力な力を持つと、加減を知らないカラ、面倒ダ」と飄々とした声で嘯いた。
 艶やかで、ぬめるように色っぽい光を放つ黒髪を有する男が、ずいと進み出て、「お前、何かやったのか?」と問いかけてくる。
 髪の美しさに反比例するかのように、陰険で爬虫類のように、人に根源的な嫌悪感を与える顔つきをした中年男だ。
 黒い首輪を嵌めているのを見て、デリクはこの男が黒須…ジャバウォッキーである事を悟った。 
 黒須の声に怒りはない。
 ただ、本当に尋ねているだけという声音。
「何カ? 何カ?とは、何でス? ああ、そうダ、そうダ。 あなた、初めて、お会いしまスネ。 私、デリク・オーロフと申しまス。 以後お見知りおきヲ」
 そう自己紹介したあと、優雅に一礼し、それから首を傾げてじっと、黒須を見る。
 男の体の中に、全く別の女蛇の気配を感じる。
「あなたも、随分、面白い身体ダ」
 そう言った後、「そして此処は、面白い場所ダ。 もうちょっと、知りたい事もあるのだけれド…」と言いながら辺りを見回し、それから腕の中のウラを見下ろす。
 白雪に是非お目にかかりたいと願ったのだが、彼女がいる以上、王宮の存亡に関わるような危険な事は出来ない。
 そろそろ潮時と言う事かと考え、「お姫様もいらっしゃる事だし、そろそろ帰らねバ」と黒須に言う。
 デリクの言葉に、ウラはむくれ「折角、女王様のお茶会をしていたのに、全部台無し! デリク、この罪は、『気狂いアリス』のバニラアイスでしか償えなくってよ?」と言ってきて、「仰せのままニ」とデリクは甘い声で言い、それから黒須に視線を戻した。
「出口、私一人でしたら、無理矢理作って外に出るのですガ、この子がいるので、余り無理はしたくないデス。 この、赤子、宥める事が出来ますカ?」
 そう問われ、辺りをぐるりと見回す黒須。
 そして、全ての面々を見渡すと、黒須はこの上なく、面倒臭そうに顔を歪め、「何で、こんなに、いるんだよ」と呻きそして、「とりあえず、危ないから、ちょっと離れろ。 鵺といずみ…は、外出てた方が良いかもしんねぇ。 そこのウラとかいうお嬢ちゃんも、兄ちゃん部屋の外に出してやんな」と言ってきた。
 何が起こるというのだろう?
外に連れ出せと言われてしまったウラだが、黒須の話を微塵も聞いていないのだろう。 デリクの腕の中に納まって、惑っているベイブの姿を興味深げに見つめている。
「…ま、こういう場所でお茶会だなんて呑気な事が出来る子達だもの、それこそ、十八禁にでも引っ掛からなきゃ大丈夫じゃない?」と、何故か彼女も迷い込んできたのか、顔見知りであるシュライン・エマが言い、「そうですね。 もし引っ掛かっても、ちゃんとOMCでチェックしてくれるし」と見知らぬ紳士的な風貌な男性も身も蓋もない事を言う。
 黒須が、もう、どうにでもしてくれというような憔悴した顔をし、「で、何でこうなったんだ? 何を切っ欠にしたんだ?」と問えば、デリクはニッコリと笑って「魔女」と一言答えた。
 その瞬間、ベイブを囲む銀色の文様がバチバチと音を立てて一層鮮やかに輝き、王宮の揺れが激しくなる。
 ビクンとベイブが一度のけぞり、口を大きく開けると「あああぁぁぁぁああっ! こ、わい、怖い、怖い、あ、こ、ろして、殺して、死にたい、終わりたい、壊して、こわ、して…りゅ、うこ……まこ…と…、ドこ? 何処? 助けて! 何処!!」と、叫び、惑う。
 そんなベイブになんとも言えない視線を送り、それから「知ってるのか?」 黒須が問うて来たので「一応、魔術師ですかラ」とデリクは答え、「騎士団内で起きたあの悲劇については、書物でとはいえ、知識として有しておりマス。 ただ、こうやって、実際に御目文字出来るだなんて、想像もしていなかったですケドネ」と、言葉を続ける。
「然し、素晴らしイ。 千年の呪い。 まさか、本当に有効であるトハ。 この奇跡の目の当たりにして、魔術師としては、捕獲して、どういう人体構造になっているのか、解体でもしてみたいところですガ…」
 そう言いながら、本心を見せない笑みを益々深め、「ジャバウォッキー、許してくれませんヨネ?」と、デリクは聞き、黒須が「本当に、コイツを殺せるってんなら、何処へだって、連れてってやれよ。 本人もそれを望んでる」と、答えた。
「死にたい。 終わりたい。 解放されたい。 そればっかりで、たかが人間の分際で二百年以上も生きてんだ。 誰でもいいや。 コイツ殺せるなら、殺してくれよと頼みたいとこだけどな…」
 そして、一つ溜息を吐く。
「期待持たせるだけ、持たせて、結局、無理でしたって事になるんだったら、許してやれや。 コイツの絶望は、既に今で限界なんだ。 これ以上は酷過ぎる」
 デリクは、笑みを深め「時の魔女の最期の呪に対抗出来る程の、魔術構造を発見いたしましたら、是非、再び此処を訪れさせて頂きマス」と答えておいた。
 そんなもの、どんな奇跡が起ころうとも、発見なぞ出来そうにはないのだが、まぁ、言うだけはタダだし、と内心舌を出す。
 そんなデリクの気持ちを見抜いたのか。
「ま、せいぜい期待させて貰うわ」
 黒須は気のない声で答え、それから竜子に目を向けた。
 竜子は「お前、ほんっと、何処行ってたんだよ。 どうせ、しょうもない飲み屋とか、競馬とか、そういうのなんだろうけどよ、マジで何も言わず出かける癖止めろよな」とブツブツ言いつつ、黒須の隣に立つ。
「どうだ? イケそうか?」
「んー? ヤバくね? いつも以上にはしゃいじゃってる」
「でも、放っておけば、ここら辺一帯それこそ歪むぞ? そうなると、『道』が変わるし、鍵持ってねぇ、コイツらを無事出してやれる保証がなくなる」
 そんな相談のしてる二人を眺め「デリ〜ク? 何をやってくれちゃったのか知らないけど、あたしが一生、銀鈴堂のシュークリームや、百花亭のチョコレートを食べられなくなったら、許さないわよ?」と、デリクを睨みあげてきた。
 眉を下げ、そんなウラに「大丈夫ですヨ。 いざとなったら、どんな手段を講じてでも、私とウラだけは出られるようにしますから」とデリクは請け負う。
 実際、少々無理をすれば、今からだって出れない事はないのだが、こんな不安定な空間で、そんな事をすれば多大な消耗をウラにも自分にも強いてしまうので、何とか黒須たちにベイブを押さえて貰い、空間が安定した所で脱出したかった。
 そんな事をつらつらと考えるデリクを余所に「時間が掛かり過ぎた。 せめて、あの結界内にもう少し近づければ…」という竜子の深刻な声が聞こえてきた。
 つまり、ベイブに近づけないから、彼の発作を止める事が出来ないという訳か。
 そうデリクは思いながら、ベイブを取り囲む銀色の文様に眼を凝らす。
とするなら、あの銀の結界を誰かが…。
「…やってやる」
 それは、ドキリとする程に凛とした声だった。
「あの、銀の結界の威力を弱めれば良いのだろう? やってやる」
 そう金蝉が言いながら一歩進み出る。
 翼が、ついと傍らの美丈夫を見上げ「出来る?」と聞けば「構成されている術式こそは違うが、接点を見つけ出し絡ませれば何とかなるだろう」と金蝉が冷静な声で答える。
「何より、俺は、この糞みてぇな場所から、とっとと出ちまいたい。 おい、そこの、二人」
 そう言いながら、金蝉が、ギッと竜子と黒須をねめつける。
「誰だか知んねぇが、その結界の威力は抑えてやる。 それで、この事態の収拾を付けられんだろうな?」
 そう言われ、肩を竦めると、黒須は「ホントに、そんな器用な事やってのけてくれるってんなら、鋭意努力するよ」と答え、竜子は「任せときな!」と請け負った。
 信用出来ないという風に「フン」一つ鼻を鳴らし、それからおもむろに、金禅は懐から銃を取り出す。
そして、金蝉はその銃弾を、ベイブの周りで閃光を放つ結界へと打ち込んだ。
 耳をつんざく音が、ホール内に響き渡る。
 間を置かず、金蝉は複雑な印を両手で組み、術の詠唱に入った。
 すると、銀の文様の上に、金色の梵字で描かれた別の文様が浮び上がる。
 銀と金の光が絡まりあい、一瞬眩いばかりの光を放つと、その銀の結界が放っていた稲妻のような光が収まっていた。
「長くは持たん。 とっとと行け」
 金蝉が、目を閉じ、小さく術を唱え続けながらも、そう早口で二人に告げる。
「どぉも。 あんた、かなり良い腕してんな」
 そう、黒須が言った後、竜子と黒須は一気にベイブに近付き、竜子は前から、黒須は後ろに回り込んでベイブの身体を抱きしめた。


「お静まり下さいませご主人様」


 竜子が、ベイブの耳元に囁く。
「お静まり下さいませご主人様」



「魔女は来ませぬ。 魔女は、来ませぬ。 だって、ほら…」



 竜子が、静かな顔で天を指差す。



「貴方様が、あの魔女めを殺したのだから」



 思わず、その場にいた人間皆。
 黒須と、竜子を覗く全ての人間が空を仰ぎ、そして息を呑んだ。



いた。


玉座の天井にいた。



女が、目を閉じ、手と足に杭を打たれて天井に張り付けにされていた。
両手を開き、足を揃え、胸を深々と一本の槍を突き刺して、女がいた。


 アリス。


 灰色の、時の魔女。



「御覧下さい。 あれが、時の魔女に御座います」
 


デリクが、震える声で「ブラブォー」と呟いた。


  
天を仰いだベイブが呟く。


「ああ…。 アレが、私の罪の証」
 その瞬間無防備に仰け反ったままのベイブの首筋に、長い髪を揺らして黒須が顔を埋め、深々と噛み付いた。




ベイブが、意識を完全に失い、黒須の腕の中に倒れこむ。
非力なのか、少しふらついた黒須を竜子が支え「とにかく、寝室に運ぼう。 あたいは、皆を食堂あたりに一旦案内するよ」と提案した。
 頷く黒須。
 だが、デリクは、うっそりと笑い「…スミマセンが、私は、そろそろ失礼させて頂きまス。 この城も落ち着いたようですしね」と辺りを見回した。
 ベイブを取り囲んでいた銀の文様は完璧に消え去り、揺れも完全に収まっていた。
 黒須は苦笑を浮かべ「構わないが…」とそこまで言って、ベイブを玉座に一旦そっと寝かせると、「ソレ、置いてってくんねぇかな。 よく分かんねぇが、此処にあるもんは、こっから外に出ると、毒の有りすぎるもんになっちまうような気がするからな」と言う。
 一瞬とぼけてしまおうかと思ったが、結局は大人しく黒須の前に、書庫から持ち出していた本を差し出した。
 受け取り、そしてしげしげと眺める黒須。
「これか…」
 そう小さく呟いた後、デリクを見上げ「あんた、魔術師だって言ってたな」と聞いてくる。
「エエ。 一応ハ」
 そう答えると黒須は少し悩みそれから、ひょいと本をデリクに渡す。
「いいや。 やっぱ持ってけ。 気が済んでから、また返しに来てくりゃいい」
「どうしてですカ? 危ない本なのでショ?」
「それでも、魔術師ってんだから、他の奴よりは、そういう本の扱いにゃ、慣れてんだろ。 それに…」
 天井を見上げ黒須は時の魔女を指差す。
「あの女が書いた本らしいし、ベイブを殺す手段が何か分るかもしんねぇ」
 黒須の言葉に「あなた、魔術所が読めるですか?」と驚いて問えば、まさかという風に首を振り「や、チンプンカンプンだよ。 ベイブが教えてくれただけだ。 実際、あいつも、魔術師じゃなくて、騎士だから、書庫にある魔術書は読めない」と答えてきた。
「だから、俺としてはだ、お前は気軽に言った言葉かもしんねぇが、ベイブを殺す魔術理論とやらをお前が見つけてくれるのに、すこぶる期待をしているわけだ。 で、その本が何かヒントになってくれんのなら、まぁ、貸すのもやぶさかじゃねぇって考えたわけ」
「へえ…。 ご主人様思いなのですネ。 奴隷のジャバウォッキー」
 デリクの言葉にあからさまにむっとした表情を見せ「うるせぇ」と毒づくと「あいつを想っての行動じゃねぇよ。 ただ、あいつ、今は良いが…、俺達が死ぬのを許さないような気がしてな…」と微かな声で、呟く。
「何だか、近頃、俺たちが自分と同じように千年生き続ければ良いのになんて事をどうも考えてるみてぇだかんな…」
「だから、怖くなって、ベイブを殺す手段を探し始めたという訳ですカ…」
揶揄するようなデリクの声に、鋭い視線を向けると、血のように赤く、長い舌を少し閃かせ「おうよ。 俺は、筋金入りの臆病モンだからな」と答えて笑った。
 デリクは、この本を持ち出すことが出来るならば何でも良いと思い、「ま、借りは借りです。 探しておいてあげましょう」と気軽に請け負い、両掌の魔方陣で空間を開く。
 そして、エマ達と何事か話していたウラを呼び寄せ、王宮から脱出した。



 ウラを連れ、約束どおり、「気狂いアリス」に連れて行ってやりながら、「さぁて、このお姫様を、是以上王宮に興味を持たせないようにするニハ、どうしたら良いのダロウ?」と考え込んでみる。
 自分一人なら良いのだが、やはりウラにとってはあの城は、まだ危険すぎるし、陰惨すぎる。
 保護者としてはすこぶる心配で、今後ウラに千年王宮の話を持ちかけられても、出来るだけ興味なさ気に振舞わねばと心に決めた。
 勿論、本心としては、白雪に、読み尽くせぬほどの書籍達と、魅力たっぷりの千年王宮にまた、潜り込んでやろうとは考えているのだが…。



end



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2414/ 鬼丸・鵺  / 女性 / 13歳 / 中学生】
【3342/ 魏・幇禍  / 男性 / 27歳 / 家庭教師・殺し屋】
【3432/ デリク・オーロフ  / 男性 / 31歳 / 魔術師】
【3356/ シオン・レ・ハイ  / 男性 / 42歳 / びんぼーにん(食住)+α】
【1271/ 飛鷹・いずみ  / 女性 / 10歳 / 小学生】
【3427/ ウラ・フレンツフェン  / 女性 / 14歳 / 魔術師見習にして助手】
【2916/ 桜塚・金蝉  / 男性 / 21歳 / 陰陽師】
【3060/ 新座・クレイボーン  / 男性 / 14歳 / ユニサス(神馬)/競馬予想師/艦隊軍属】
【2863/ 蒼王・翼  / 女性 / 16歳 / F1レーサー 闇の皇女】

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■         ライター通信          ■
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お久しぶりの方も、初めましての方も、今回は「お願いBaby!」御参加いただきまして有難う御座います。
ライターのmomiziで御座います。
今回は、久しぶりのOMCな上、初自NPC登場でのゲームノベル挑戦って事で色々あわあわしてしまいました。
何だか、参加して下さった方のブレイングの着地点が皆さん同じ感じだったので、集合ノベルにしてみたり。
とはいえ、例によって個別に近い形で書かせてもらってるので、どの話を読んでもらっても、新鮮な楽しみ方が出来ると…えーと、いいな?(弱気)

半年振りの執筆に些か戸惑いもあったのですが、何とか書き上げる事が出来ました!
ではでは、また、今度いつ書けるのか分りませんが、これにて〜。


momiziでした。