コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


お願いBaby!


〜OP〜


嗚呼、嗚呼、嗚呼、こんな場所に来てしまって。

君は…トム・ソーヤか…それとも、アリスか?

君の好奇心が、この王宮の扉を開く鍵となったのか?
無邪気に、さまよい歩いて此処まで来たのか?
ならば、猫をも殺すの言葉通り、その身を一思いに喰らうてやろうか?


それとも…、


違うのか?
切なる願いを抱えているのか?
それは、千年の呪いに匹敵する願いなのか?


動かしてみよ。


私の心を。
君の言葉が、私の心を動かせば、或いは…。

嗚呼、或いは、この王宮で飼っている、大事な「奴隷」を貸してやらない事もない。
それとも、この孤独の王の力、奮ってやらない事もない。

さぁ! 言葉を!
私の退屈を癒す言葉を………頂戴。




本編



「つまりね、ベイブとやら、あたしを人間だと勘違いしてないわよねってことなのよ。 まあ、人間の姿はしてるけど。 じゃあ何かって、それは内緒よ? ていうかベイブとあたしだけの秘密にしときましょ」
 切り揃えられた黒髪が絶え間なくゆれ、捲くし立てるように喋る小さな唇が時々ヒクヒクと痙攣を見せる。
「しっかし、人間の五感って厄介ね? 意外と刺激が多いのよ、クヒヒ。 あたし天然で酔っちゃうこともあるわ。 今? 今は違うわ。 いつものあたしよ? ほら、こんなに冷静じゃない。 大体、なんでお前はそんなシケた面してるの? きっと甘い物が足りてないのよ、糖分不足ね! チョコレイトを毎日食ってる? アイスは? 毎日のお茶は、一体何を食うの?」
 ウラは、近頃肌触りが気に入ってよく穿いている黒のビロードのスカートを翻し、「近頃の私は、もっぱらケーキね。 それも自分で作ったケーキが良いの。 作ってる時間も含めて、甘いものに関わっていると幸せな気分になれるもの。 そうだわ。 じゃあ、これからお前も、一緒に作る? そのシケた面も、少しはマシになるんじゃない?」と、はしゃいだ声で言う。
 此処は千年王宮。
 千年の孤独を強いられた狂気の王が支配する城の中。
 現実世界より乖離した、異空間にある王宮。
 言うまでもなく、おいそれと普通の人間が足を踏み入れられるような場所ではない。
だが、このウラ・フェンツレンに対し「どうやって此処に来たの?」とか「貴女は誰?」なんて質問は無意味に等しい。
 何故なら、本人ですらよく分かっておらず、どんなつまらない事はどうでも良いと考えているからだ。
 従って、ウラは人の話を聞かない。
 聞いても自分にとって都合の良い言葉しか覚えられない。
 話す言葉も、脈絡がなく、言いたい事を言いたいタイミングで、思いつくまま喋るので聞いていると、一体何が言いたいのか本人も聞いている方も完全に見失ってしまう。
 で、今、そんなウラの前で無表情で、聞いているんだか聞いてないんだか、というか、最早生きているんだか死んでんだか分んない風情で佇んでいる男こそが、この城の主リリパット・ベイブだった。
「…お前、まさか甘い物が苦手とか言う、下らない人種じゃないでしょうね?」
 ウラの問いかけに首を振り「むしろ、好む方だとは思うのだが…」
「…だが?」
「今の話の流れからいくと、私は貴様の作った洋菓子を食さねばならないのだろうか?」
 ベイブは、無表情のまま、そう問う。
 ウラは、少し笑い「義務と権利でいうのならば、お前は今、あたしの作ったケーキを食べれるっていう権利を有しているだけよ? ただ、この権利は、並大抵の人間では得られない貴重なモンだから、お前拒否するわけないわよね?って事なんだけどね」と答え、「さ、じゃあ、お台所は何処なの? ケーキの材料くらいは揃ってるんでしょうね?」と、問いかけた。




とにかく、瑣末な疑問は全て忘れて端的な事実だけを言うと、ウラは望むままにこの、千年王宮を今日訪れていた。
 通常の人間ならば、危なくてしょうがない城内を勝手に歩き回り、城の中枢、ベイブのいる王座を訪れ、そして、彼の余りにも萎んで、シケて、不機嫌そうな面を見て、自分のケーキを食べさせてやりたいと思った。
 彼女にとっては、そう自分が思ったという事が何より大事で他の不条理は取るに足らない事だった。
 台所の場所を尋ねたウラにベイブは「城の中の事は、ジャバウォッキーか女王に聞け」と意味の分からない事を言った。
「金色の女王か、半身蛇の哀れな化け物男ジャバウォッキーね…。 全く、この城の中は何なのかしら? こんなに広いなんて都内の住宅事情ナめてんの?っつう話よ」
 長い長い王宮内の廊下を歩き、ウラは延々と一人毒吐く。
「それにしたって、全く、ムカツクわ?! あのシケ男! シケシケよ! 梅雨時期の煎餅より、性質が悪いってもんじゃない? 自分の城にある台所の場所くらい、ちゃんと教えなさいよね? 女王か、ジャバウォッキーに聞け? フン?! さしずめ、あたしは『アリス』って事なのかしら? って、それじゃあ、女王なんかに会おうものなら首を切られてしまうじゃない。 冗談じゃないわよ!」
無限回廊とも言うべき、長く広い廊下の両端を虹色の水が川のように流れ、花の様な匂いが何処からともなく鼻腔を擽る。
天井には凝った装飾の施された照明器具が点々と並び、柔らかな灯りを点していた。
 ウラは、そんな非現実的な城の中をドスドスと足音荒く「台所」もしくは「女王か、ジャバウォッキー」求めて歩き続ける。
 ふと、そんな彼女の耳に、か細く、透き通った美しい少女の歌声が聞こえてきた。
「アラ?」
 そう小さく呟き、耳を澄ます。
「ゴンドラの歌」の、優しい響きに暫し目を閉じ、それからその歌声のする方向へと歩き始めた。
 廊下の中ほどにある、ガラス張りの大きな扉。
 向こう側に真っ赤な薔薇が咲き乱れ、黒揚羽の飛び交う中庭が覗けるその大きなガラス扉から、歌声が聞こえてきていた。
 ウラは躊躇う事無く、その扉を開け、中庭へと足を踏み入れる。
 薄いもやのかかった中庭に漂う、むせるような薔薇の香りと、響き続ける少女の歌声は、ウラの美意識をいたく満足させ、実際、自身の姿がこういう場所にこれ以上ない程そぐう姿であったので、カメラでも持ってくれば良かったなんて呑気な事を考えながら、庭の中心部へと進む。
 虹色の水を噴出す噴水の脇を抜けた所に、ぽつりと、真っ黒に塗り上げられたベンチが設置してあった。
 少女の歌声はどうも、そのベンチから聞こえてくるのだが、ベンチの上には何か丸いものが一つ置いてあるだけで、人が座っている姿は見えない。
 ウラは、警戒心なくベンチへとズンズン近付き、そして、ベンチの上の、ある「物体」の姿を見て「アラ」と小さく呟き片手を唇に当てた。
「あら、おかしい事もあるもんね。 首だけでも、人間は歌を歌えるのかしら?」
 ベンチの上に置いてあったもの。
 それは、小さな少女の生首だった。
 長い睫を少し伏せ、小さく開けて歌っている。
 そして、ウラの姿を見とめると少女はまるで、歌の続きのように節をつけながらウラに話しかけてきた。
「ねぇ? 足を見なかった? 私の足を。 ねぇ? 身体を見なかった? 私の身体を」
 ウラは、ベンチにひょいと腰掛けると「さぁね。 見掛けてないわ、そんなもの。 それよりもあんた、足も、身体もない癖に、こんなトコで歌ってるだなんて、随分と度胸が据わってんのね」
「だって、首だけじゃ、私は何処にもいけない。 だから、歌うの。 足と、身体に見つけて貰うために」
 美しい声で、歌うように語る首をしげしげと眺め「それにしたって、お前、そんなに小さな声じゃ、きっと、こんな馬鹿広い城の中には、それほど響かないでしょう? 仕方がないわね。 あたしも一緒に歌ってあげる」と言う。
 そして、軽い首を持ち上げ膝の上に置くと、ウラは形の良い薄紅色の唇を開き、高く澄んだ声で歌い始めた。
 戸惑うようにウラを見上げていた生首少女ではあったが、その内、心地良さ気に目を閉じその歌にあわせ、口を開く。
 澄んだ二人の少女の調べが、中庭の天井高く舞い上がり、重なり合っては離れ、聞くものを恍惚とさせるように辺りを満たす。
 それから、暫くの間、ウラと生首少女は、思いつくままに色々な歌を声を合わせて歌った。
「お前、それにしたって、中々良い歌声だわ。 あたし、とってもとっても気持ちが良いもの。 ねぇ、お前は、歌手か何かなの?」
 又、一曲歌い終わり、さぁ次は何を歌おうかと相談する合間に、ウラは何気なしに聞いてみる。
 すると生首は、目を伏せる。
「いいえ、私はバレリーナ。 毎日白いチュチュを着て、みんなと一緒に踊っていたはずなのに…」
「どうして、こんな所で首だけで歌っているのかしらねぇ?」
「分らないの。 気付いたら此処にいたの。 ジャックが私をバラバラにして、それからずっと此処にいるの」
「ジャック?」
「このお城の門番。 大きな鋏でジョキン、ジョキン。 ベイブが気に入らない人の首を、片っ端から落としていくの」
「お前も、ベイブに気に入られなかったの?」
「違うわ。 他の子達は、みんな食べられてしまったのだけれど、私は歌が歌えたからベイブは、バラバラにして何処にも逃げないようにしてきたのよ…。 今のベイブは、ジャバウォッキーと女王がいて、まだ大人しいのだけれど…」
 生首少女は少し、血の気の引いた青ざめた表情で呟いた。
「百年と少し前の、ベイブは酷かったわ。 お城の中の、生き残り達も、その時たくさん殺されてしまった。 私も、その時バラバラにされたの。 その方が見てて面白いからって。 狂った王様。 アリスは、私達も城と一緒にベイブに捧げてしまった。 狂った王様、恐ろしい暴君。 此処は地獄よ。 綺麗な地獄」
「クヒヒッ」
 ウラは引き攣った声で笑って、「綺麗な地獄」と小さく歌い、「素敵ね。 そんなトコで、首だけで暮らさなきゃいけないだなんてゾクゾクきちゃう」と囁く。
「ジャバウォッキーと、女王様。 クヒッ。 そんな頭のおかしな野郎を大人しくさせるってんだから、きっと、もっと頭のおかしな奴らに決まってるわ。 楽しみねっ」
 そう言い、「じゃ、お前、次は何を歌おうか?」と、ウラは頭の中にある歌のレパートリーリストを捲くり始めた。
 

 何曲一緒に歌った事だろう。
 そろそろ、熱いお茶の一杯でも欲しいと思い、そういえば、自分がケーキ作りの為に台所を探していた事を思い出したウラ。
(その為にも、まずは、女王かジャバウォッキーに会わなきゃなんないのよね)
 そう考えると、ちょっと面倒臭いなぁという気にもなったが、とにかくそろそろ移動すべきかと思い始めたときだった。
 複数の足音と一緒に、ウラの座っているベンチの前に三人の女性が現れた。
 利発そうな顔立ちの愛らしい少女と、銀髪で燃えるような赤い目の美少女だ。
 その二人の間に、染めていると一目で分るような不自然な金髪をした、ど派手な化粧姿の女がいた。
 便所サンダルに、ピンクジャージと、まさに典型的ヤンキーファッションをしている女だが、ウラはその金色の髪と王宮内をジャージにサンダルというかなりラフな格好で闊歩している様子からも、彼女こそ「女王」なのでは?と推測した。
 そこで、芝居がかった声で女に声を掛ける。
「…ようこそ! って、トコかしら? あのシケた面の野郎に聞いてるわ。 貴女が、女王ね。 さ、私を台所に案内して? 女王のお茶会の準備をしなきゃ!」
 一気にそう言いきった後、「クヒッ」と笑い、それから少女の首をそっとベンチの上に置く。
「早く、体と足、見つけて貰った方が良いわ。 だって、そうじゃなきゃ、踊れないじゃない」
 そう言って、三人に近付くと、女が姿形には似合わない穏やかな声で尋ねてきた。
「お嬢ちゃん。 あんた名前は?」
 ウラは、スカートを摘み、貴婦人のような仕草で一礼して自分の名を告げる。
「お初にお目にかかるわね。 ウラ・フレンツヒェンよ。 覚えなさい」
 そして、此処の住人であろう女王の女に、この中庭の感想を伝えた。
「この庭は中々良いわ。 赤い薔薇と、黒い蝶のコントラストが素敵だもの。 あのシケた野郎の城にしちゃあ、まぁ、上出来ってなものよ」
「そりゃ、どうも。 で、嬢ちゃん、どうしたんだ? あんた、迷子かい? どうも、ベイブに会ったみてぇだが、それにしちゃあ、度胸が据わってんじゃねぇか? エリザと遊んでくれてたみてぇだが…」
 顎で、生首の少女を差し示して「怖くないのかい? アタイなんか、最初見たときゃ、悲鳴をあげたんだけどね」と女が聞いてくる。
 普通の少女相手ならばいざ知らず、ウラにはこんな質問愚の骨頂である。
 ウラは一つあくびをして、「文字通り、手も足も出ないようなモンを、何であたしが怖がらなきゃなんないのよ。 ばっかじゃない」と言い捨て「で、台所よ。 台所。 この馬鹿みたいな城を勝手に探し回ろうとしたのだけど、やっぱ非効率的だから、貴女の事を待ってたのよ。 案内なさいな」と勝手に話を進めた。
 生首少女と歌っていた事で、少し忘れがちにはなったが、当初の目的は台所でケーキを作って、あのシケてて、しかも超ド級の狂った男らしいベイブに食べさせてやる事だったのだ。
 それに、こんな城にある台所なのだから、愉快な食材なんかもあるかもしれない。
 少し楽しい気分になりながら女を見上げていると、弱ったような表情を見せ、それから「ま、ベイブも知ってるって事なら、大丈夫だろう」と呟くと、「ついてきな」と言い、女王は先頭に立って歩き始めた。



利発そうな少女の名は、飛鷹・いずみ、銀髪の美少女の名は鬼丸・鵺、そして女王の名は竜子というそうだ。


他の二人の少女は、ウラとはまた別の理由でこの王宮内にいるらしいのだが、ウラはそこら辺には興味がなかったので、聞きはしなかったし、少女達もウラが此処にいる理由を深くは問い詰めて来なかった。


だが、そんな風にお互いの事を全く知らないままの状況でも、人とは不思議な生き物で、短い時間の間に、他人の深く理解したり、キャラクターというものを把握できたりするものである。
ちゃんと観察すれば、口調やファッション、人に接している態度などから、大体の性格というものは理解できるものなのだ。
今だって、ある一つの出来事を目の前にして、三人の少女は自分のキャラクターに沿った三者三様の反応を見せていた。


「もーーー! 信じられないってか、ばっかじゃねぇの? クソがっ! てめぇの住んでるトコで、迷ってどーするよ? おい、脳みそ足りてんのかよ、てめぇはよぉ!」
竜子に物凄い罵詈雑言を並べ立てるウラ。
その前で、竜子はガクリと項垂れている。
出会ったばかりのウラは知らなくて当然なのだろうが、この竜子、何だか物凄い方向音痴らしく、自信満々に台所に案内してくれている筈が、何だか訳分からない感じにグルグル回らされて、「アレ? この絵、さっき見たような?」と思わされる事、約三回。
 そこで漸く竜子が膝をつき「迷った…」と呻く声で自分達が迷子になっている事に気付いてくれた。
テンション高く竜子を罵倒するウラの横で、「わ、あの絵、凄い! 中の人が、踊ってるよ?」と、呑気にはしゃぐ鵺。
「客室が、あちらの方角だったという事は、平均的屋内構造の在り方としては、大体、東の方角の…」
冷静に道を探り始めるいずみと、まさに、個性の違う対応を見せる三人娘であったが、方向音痴女王竜子は、ガクリとうなだれたまま「あたい情けないよ。 半年以上住んでるトコなのに、案内出来ないなんて…」と呻いた後、「でも、てめぇは言い過ぎだー! このお竜さんを舐めんなよクソガキがー!」と吼えながらウラに掴みかかってくる。
「あたしがクソガキなら、てめぇは腐れ×××の、××で、×××だ! ×××ん中電球突っ込んでド突きまわすぞ、コラ!」
 そう、もう、人間としての良識すら疑われるような悪口を吐き捨てながら竜子の手を払いのけつつジタバタと暴れるウラ。
そんな馬鹿騒ぎを余所に、「ん、っと、そうね、うん。 多分そうなんだわ」と一人納得の様子を見せたいずみが「じゃ、行きましょうか」と冷静な声を三人に掛ける。
「およ?」「ふぇ?」
 お互いがお互いの髪を引っ掴んだ状態のまま、今まで来た道とは全く反対の道へと歩き出した、そのキチっと伸びているいずみの背中を見送る竜子とウラ。
 鵺は「いずみ、道分ったのー? すっごぉい!」とか何とか言いながらその後を追っかけていく。
 一瞬顔を見合わせ「ねぇ、あの子も此処の住人なの?」とウラが問えば、竜子は首を振り「まさか。 今日初めて来た筈だぜ?」と答え、「マジィな。 ほっとくと、益々迷うぞ」と心配げに呟き、いずみを追って走り始める。
ウラは「でも、お前についてくよりもずっと早くに、台所に辿り着けそうな予感がするわ」と呟くと、皆の後を追って足を進めた。


結果的にいえば、いずみは予想外に優秀な頭脳を持った少女だった。

 
「で、何で着くんだ? いずみ、お前、もしかして、超能力者か? テレパシーか?」
「テレパシーというのは、能力単体を差すものであって、能力者のことはテレパシストと言います。 それから、これはテレパシーでもなんでもなくて、王宮内の建築様式と、中庭や客室の位置から、台所の場所を推理しただけであって、知識さえあれば誰でも出来る事です」
 いずみがそんな、「や、普通は知識あっても、絶対無理だよ」というような事を飄々と答え、それからピカピカの広いキッチンを見回す。
「とりあえず、台所番が手伝ってくれると思うから、好きにしなよ」なんて、竜子が言うまでもなく、ウラは勝手に台所内を闊歩し、色んなものを漁りだしていた。
「クリームを泡立てたり、生地を作るのに、ボールと泡だて器がいるわ? それに、間に挟むフルーツや、バニラエッセンス、小麦粉に卵! とにかく、ケーキの材料が欲しいのよ」
 そう言いながら、まるで業務用冷蔵庫並みに大きな冷蔵庫の前に立つ。
 とりあえず、食材を探そうと思い、扉に手を掛けるのだが、冷蔵庫の扉はまるで鉄壁のように引いても、引いてもビクともしてくれない。
「うんっ! んっ! んはつ!」
 ウラが、冷蔵庫の取っ手を掴み精一杯引っ張っていると、鵺やいずみも、一緒になって取っ手を掴み、引っ張ってくれるも、全く開きそうになかった。
 正直、三人が三人とも細く、小柄な体型をしている為、力が足りないのか?とも思うのだが、それにしたってこの冷蔵庫の扉は重すぎる。
(何て、不便な冷蔵庫なの?!)
 そうウラが憤慨していると、三人の背後から少し得意げに、「はいはいはいっと、そこはね、こいつがないと開かねぇんだよなぁ」と、言いながら、竜子がひょいと、何かを取り出す。
 それは、女の薬指に見えた。
(まぁ、変わった鍵だこと)
 そう、さして驚くことも無く竜子の行動を見守るウラ。
 とりあえず、この冷蔵庫が空いてくれるなら、他の事はどうでも良いのだ。
 竜子は、薬指を取っ手の部分にある小さな穴に差し込むと、ぐるりと捻った。
「この鍵はな、王宮全ての部屋の鍵となってんだ。 ま、だからといって無闇矢鱈に開けると、命を失いかねねぇがな」
 かちゃりと音が聞こえ、竜子が取っ手を掴んで引っ張る。
 音もなく開いた冷蔵庫の中身は、見た事もないようなものばかりが詰まっていた。
「りゅ、竜子さん、これ、一体何?」
 いずみが震える指先で、ピンクやブルー、グリーンの入り混じったぶよぶよとしたスライム状の物体を指差す。
「ん? 是か? こりゃ、結構美味いぞ? 食ってみるか?」
 竜子が、無造作にそのスライムを引きちぎり、いずみにひょいと手渡した。
 小さな手の中でぶるぶると震え、しかも、にょろりと細い触手を伸ばしだすスライム。
「ひっ」
 いずみが小さな悲鳴をあげ、鵺に視線を送るが、この鵺がまた、一本か二本線がぶっちぎれてる子らしく、にっこり笑って「鵺にも一口頂戴」と竜子に強請った。 そしていずみの信じられない生き物を見るような視線に晒されつつ、ぱくりと口に放り込む。
 ウラが興味深く鵺の表情を見守れば、見る見るうちに幸せそうに溶けて(クヒヒッ…。 きっと、ヤバイお薬でも仕込んであったんだわ)と確信すれども、違ったらしい。
目を細め「…オイシー」と溜息を付く鵺に、(なぁんだ、ただ美味しかっただけか…)とがっくりさせられてしまう。
そんな鵺に後押しされたようにいずみも口の中に放り込み、ぎゅっと目を瞑って噛み締めた後、鵺と同じうっとりした表情を浮かべた。
「そっちのお嬢ちゃんには、これが良いかな?」
 竜子が、銀色の触ったらすぐ崩れ落ちてしまいそうな程に繊細な小さな薔薇を取り出し、そっとウラの掌に載せてくれる。
「ベイブの大好物だから、内緒な?」
 そう唇に指を当てて言われ、「フン」と鼻を鳴らしたんだか、返事したんだか分らない言葉を返すとウラはうっとりと銀の薔薇を見下ろし、それから口の中にそっと運んだ。
 舌の上で、冷たい銀の薔薇がサラサラと崩れ、チョコに似た、だがチョコよりも爽やかで繊細な甘みを残し、完全に消え去る。
 その瞬間、鼻の奥から抜けるようにして、薔薇の芳醇な香りが漂ってきて、ウラも鵺と同じく目を細め「溶けてしまったわ。 でも、なんて、美味しいんでしょ!」と感極まったように呟いた。
 どうしても、この薔薇をデリクに食べさせてあげたくなり、「ねぇ、こんな物、何処で手に入れたの?」と、ウラは竜子に問いかける。
 すると、竜子は首かしげ「何か、ベイブは、冷蔵庫が作ったとか言ってた。 確かに、こん中には知らない内に、知らないもんが一杯出来上がってんだ。 この台所は、誠がたまに使う以外は、殆ど使ってなくて、飯なんかも、冷蔵庫が作ってくれるもんを適当に暖めたりして食ってるからなぁ…。 や、よく分んないんだ、実際」と毎日自分が食しているものだというのに、そんなアバウトな事を答えてきた。
あまつさえ、「でも、今まで一度だって、腹痛くなった事ぁねぇから、大丈夫だろ」と、いい加減な事を言っていて、流石にこの王宮の住人やってるだけあるわ…と、感心させられる。
(まぁ、あんな美しい食べ物が体に悪いはずないわね)と、根拠のない確信をしていると、「でも、この中から、ケーキの材料を探し出すだなんて、大変じゃない?」と鵺が竜子に問うている。
すると竜子は笑って、「や、こんなかから探さなくとも…」と、後ろを振り返り、キッチン台を指す。
「もう、全部揃ってるから」
 その言葉に三人揃って振り向けば、確かに、材料が山積みになって置いてあった。
「おお、張り切ってんなぁ、台所番」
 どこか楽しげな口調の竜子。
 ウラは、全く姿を見せない台所番を不信に思うより、とにかくケーキ作りを開始しようと、喜々とした様子で材料に飛びつく。
そして、いつもと同じように目分量でボールに材料をぶちまけ、かき混ぜ始めた。
「ほら、ぼさっとしてないで、オーブンを誰か暖めて? それから、誰か平行してクリームを泡立てて頂戴!」
 ぼーっと立ち尽くしていた三人にウラがそう言えば、「調子狂うなぁ」と言いつつオーブンに向う竜子と「貴女、料理はからっきしだったわよね?」と鵺に確認した後、クリームを泡立てだすいずみ。
 鵺はと言えば、いずみの言う通り余程料理の腕に自信がないのだろう。
 台所の隅にあった椅子に腰掛け、「ね、ウラ。 何で、ケーキなんか作ろうとしてるの?」と聞いてくる。
ウラは「クヒッ…。 そりゃ、あの野郎がシケてたからよ。 シケて、凹んでぺっちゃんこ! そういう時は、甘い物が定番だわ? いつもはデリクしか食べる人がいないんだけど、今日は四人もいてくれる。 クヒヒッ。 腕が鳴るわね」と答えていおいた。
然し、どうも、生地の量から鑑みても、このケーキ「四人分」所か、もっと大勢の人間が食べる位の量のケーキが出来そうで、「もっと、客が増えれば良いのに…」だなんて考える。
「へー、そんなもんか…」と鵺が呟き、それから竜子に視線を向けた。
 オーブンの温度調節をしている竜子の、困惑気味の横顔に「ね、まこっちゃんは、此処で何を作るの?」と、聞いている。
 竜子の言ってた、「誠」とかいう人間が、ベイブや此処の住人の言ってた「ジャバウォッキー」という奴なのだろうとウラは思い、竜子の声に耳を澄ましてみた。
「焼きそば」
「焼きそば?」
「ん。 ベイブが、一度あいつが昼に食ってんのをつまんで、すげぇ気に入ったんだ。 あと、何か、野菜炒めとか、ほら男のやもめ暮らし長ぇから、自然身についた簡単な料理とかが、誠は妙に美味くて、あたいもよく作って貰ってんだけどな…」
 何だか、「ジャバウォッキー」なんて名前から連想される物事よりも、随分としょぼいというか、普通な事をやってんのだなあと感じ、また、同時に鵺や多分いずみも、その「ジャバウォッキー」とは知り合いなのかと悟る。
 この少女二人と、この王宮の住人達がどのような経緯で知り合ったのか、一瞬興味を持たないでもなかったが、今はそれよりも、ケーキの生地を充分に混ぜ、型に綺麗に流し込む事のほうが大事だった。
 竜子は、やっとオーブンの温度設定ができたのだろう。
立ち上がると、「でも、変な感じだぜ?」と小さく笑う。
「ほんの半年前までは、こんな異常な場所で、異常な暮らしなんてしてなかったのに、今じゃ、まだ道に迷いはするけど、こんな城で三人で焼きそば食ったりしてんだもん。 誠はさ、結構世話焼きでさ、ベイブは、殆ど何にも出来ない野郎でさ、あたいも、何だかんだと失敗ばっかりするもんだから、マジ、ほとんどお袋かよ?って感じで、ベイブの世話やら面倒やら見てて…、あたいに小言言って、でも、自分はちゃらんぽらんで…」
 ウラは竜子の言葉を聞きながら、チラリとその表情を横目で眺める。

嬉しいのか。

嘲るような、それでいて、その気持ちがよく分かるような、不思議な気分になりながら、ウラは生地に空気を含ませるように混ぜ続ける。

嬉しいだろう。

こんな短い時間の間でも、よく分かった。


竜子は、誠という男の事が好きなのだろう。
一緒に、こんなおかしな、ある意味とても危険な場所で、危険な王様の側で暮らす毎日でも、きっと、嬉しいのだろう。


 竜子の言葉を聞き鵺も、ウラと同じように感じたのだろう。
 柔らかな笑顔を浮かべながら口を開く。
「良かったじゃん」
「え?」
「異常でも何でもさ、とりあえずは、まこっちゃん元気出た訳だし、一緒に焼きそば食べれるようになった訳だし…とにかく、良かったじゃん。 全部捨てて、此処に来た甲斐あったね」
 竜子は、少し口を噤み、それから微笑むと、「ま、そうかもな」と優しい声で答えた。




「ほんとに、食堂に、運ばれてるんですか?」
「おう。 ウチの台所番は優秀だぜ? ちゃあんと、セッティングしといてくれるよ」 
 いずみと竜子がそう会話しながら前を歩いている。
 ウラが、これだけはどうしても自分でやりたかったので、皆にも見せず一人奮闘してデコレーションして、仕上げたケーキは、食堂に移動する際に台所にそのまま置いてきてあった。
 自分達が、食堂に移動する間に、ケーキも食堂に運ばれ、お茶などもセッティングされているという竜子の話だが、そんなに便利なシステム、是非自分の家にも導入したいと、ウラは夢見てしまう。
 そんな風に四人連れ立って、廊下をのたりのたりと歩いている時だった。
 突如、ドスンッ!といった重い音と、「イッテテテテ…」という男の呻き声が、鵺がいずみ達と出会った螺旋階段の辺りで聞こえてきた。
 一瞬顔を見合わせ、それから、皆同じタイミングで走り出す。
「客か? 今日は、どうなってやがんだ?」
 そう訝しげに竜子が呟き、(やった! これで、お茶会参加者がまた一人増えたわ)と内心ウラが喜びつつ、皆、階段前に辿り着くと一階から登ってくる階段の途中で、ひっくり返っている男の姿が目に入った。
「シオンさん?!」
 いずみが、驚いたようにその男の名を呼ぶ。
 シオンと呼ばれた男は、紳士的な風貌をした端正な雰囲気の男性で、こういう状況でなく出会っていたら、ちょっと見惚れてすらいたかもしれない。
 だが、出会って早々なのだが、シオンは、かなり大ピンチな状況だった。
 生首少女が話していたジャックという男であろう、大鋏を持った大男が、倒れているシオンの頭部分に立ちの、彼に鋏をつき立てるようにして振り下ろそうとしている。
(あらあら、あの人も、この王宮の中で生首だけで歌を歌う羽目になるのかしら?)と、ウラが首をかしげた瞬間だった。
 

「ジャック!!」

 階段の上から、堂に入った、迫力のある声で竜子が、大男の名らしきものを呼んだ。
「ジャック! てめぇ、んな所で何してやがんだ!」
 ドカドカと階段を駆け下りる竜子に、シオンがぽかんとした声で「お、竜さん?」と呟いている。
どうやら彼も、竜子とは初対面ではないらしい。
竜子は顔を緩ませ「よぉ、シオン!」と気さくに声を掛け、まるで大男から守るようにシオンの側に立つ。
「何で、此処に?」
「そりゃ、おめぇ、此処が千年王宮だからに決まってんだろぉが」
 竜子が明快な声でそう答えた後、鵺もシオンに声を掛けた。
「オーッス! シオンさん、おっひっさぁ〜♪」と明るい声で言えば、「鵺、はしゃぎすぎ…。 シオンさん、命からがらのピンチを脱したばかりなんだから、もうちょっと気遣ってあげなさいよ」といずみに窘められた。
ウラはシオンが生首歌手にならなかったのは残念だが、何故彼があんな場所でひっくり返っているのか、その原因を見つけ、余りの面白さに口に手をあて「クヒッ…クッ…クククッ…ヒッ、ヒヒヒヒッ」という引き攣ったような笑い声をあげてしまう。
階段の中頃に、バレリーナの衣装、チュチュを着ている、先程一緒に歌った少女の胴体らしきものが、ゴロリ、ゴロリと転がって階段を降りているというか、落ちていた。
シオンはきっとアレを踏んで転んだんだのだろう。
(自分一人で寂しいから、生首仲間でも増やそうとしたのかしら?)とウラは考え、その思い付きが何だかたまらなく可笑しくて、「クヒヒッ、ヒッ」と笑いが中々止まらない。
「えーと?」
 シオンがキョトンとした表情のまま、「鵺? いずみ? どうして、此処に」と問うと、鵺が答えるよりも早く、ウラは自分の存在が問いかけに含まれてない事にムッとして「あたしは、ウラよ! ウラ・フェンツレン!」と叫び、「さぁ、言い直して! 質問を、頂戴?」をと言い優雅な笑みを浮かべた。
 シオンは、その訳の分らない迫力に押されたらしい。
「鵺と、いずみと、それからウラは、どうして此処に?」
 なんて言い直してくれる。
 ウラは満足げに頷いて、「馬鹿ね。 決まってるじゃない? 退屈だからよ! さ、お茶会が始まるのよ? いらっしゃい」と告げた。
 何が何だか分からない、というような顔をするシオンに、何も説明してやる気などなく、ケーキの量が多めで良かっただなんて事を考える。
 竜子が、生首少女の肢体に目を留めて、「エリザ? 頭なら、中庭で歌っているのを、見かけたぜ?」と肢体に声を掛けた。
 ちゃんと出会えれば良いのだけれど…、でも足がなければやっぱり踊れないわよね…と、エリザの身体を見送るウラ。 
竜子は、ふぅとひとつため息を吐き「ったく、今日は千客万来だな」と頭を掻いていた。
 ウラは何を憂う事があるのかさっぱり分らず、「クヒヒッ」と笑い、「お茶は、大勢の人間で頂いた方が楽しくてよ? ほら、そこのお前も、とっとと登っていらっしゃいな。 あたしの手作り絶品ケーキを、食わせてあげるわ」と、高慢な口調でシオンに言う。
 だが、シオンは、口調なんていう些細な事は気にならないのであろう。
ケーキという言葉に顔を綻ばせ、「はい! じゃあ、お邪魔します」と、即答していた。
 呆れたように眼を瞬かせ、「あんた、ほんと、適応力高いトコ変わってねぇなぁ」と竜子が呟き、それから大男に「ジャック、持ち場に戻れ。 ベイブは、どうせ全てお見通しなんだ。 証拠隠滅だなんて、ケチ臭い真似すんじゃねぇよ」と、叱るかのような声で言う。
 大男は、「ぐぅぐぐぅぅ…」と唸って首を振り、シオンを、丸い指で指し示した。
「ああ、良いんだよ。 コイツは、あたいのダチだ」
 竜子の言葉に、残念そうに「うぐぅぅぐぐぐ…」と一つ鳴いた後、彼はのそりのそりとその場を立ち去った。
「すっごいですね、お竜さん」
 あんな大男に、言う事を聞かせる事が出来た竜子を褒めるシオンに、竜子は苦笑しながら首を振り「そりゃ、あたいがベイブから鍵を貰ってる『奴隷』だかんね。 元々の、王宮付きの奴らは、言う事聞かざる得ないんだ。 あたい自身が凄い訳じゃないよ」と言い、「ま、折角来てくれたんだから、一緒に茶飲もうぜ?」とシオンの手を引っ張って起こした。



「公園から?」
「ええ。 お腹空いたなって思ってふらふらしてたら、何だかこういう場所に来ちゃってて…」
 そう何故、自分が此処に来たのかを説明するシオンの言葉を聞き、鵺が、ペロリと舌を出して「うん、それね、多分、鵺のせい」と告げる。
「え?」
 そう短く問い返され、「鵺ね、ある用事があって、此処に来る事になったんだけど、その時に、ベイブさんに公園に入り口を開けて貰ったの。 で、多分、その入り口が閉じない内に、シオンさんが迷い込んじゃったんだと思う」と言い「でも、ほら、此処ってかなり楽しいからさ、来れて良かったね!」と、先程殺されかけたシオンに、それでも呑気発言をかましていた。
だが、シオンも大概呑気なのだろう。
「うーん、そうなのかなぁ?」と首を傾げつつも、うっかり同意しているシオン。
「いや、そこは、ちゃんと否定しましょうよ」といずみが言うのだが、とにかく、皆でケーキを食べられれば何でも良いウラは「あら? 今から、あたしのケーキを食べれるのよ? 全ての嫌な事が、その幸運で全部帳消しだわ!」と笑い、黒いビロードで出来た美しいスカートを花のように広げてクルリと回った。
 竜子がそんなやり取りに苦笑を浮かべ「ほら、嬢ちゃん方、騒いでっと迷子になんぞ」と言いながら、ウラと鵺の手を掴んで歩き出す。
 ほわんと暖かで、スベスベとした掌に、化粧が濃くてよく分からないが、まだ、この女は年若いのかもしれないとウラがぼんやり感じ、また竜子の発言に「いやいや、方向音痴なあんたが、一番の迷子候補だよ」と思えど、今回は大人しく手を引かれて歩き出した。
 背後でシオンも、慌てていずみの手に手を伸したらしく、「私は、迷子になんてなりません」と冷たく言われている。
あまつさえ「あ、でも、シオンさんが、迷子になるか…」と、いずみは小さく呟いて「やっぱ繋いで下さい」と手を伸ばしていた。
「うう。 いずみ、私の事、何だと思ってるんです?」と眉を下げて問うシオンに、無表情で「大きな子供」といずみが告げる。
 いずみの言葉を聞いて、ウラと鵺は一緒に笑うと、「大人はみんな、大きな子供よ?」とウラは言い、鵺が続けて「特に男はね」とこまっしゃくれた事を言った。



さて、ウラは、皆で一緒に食堂に向う前に、一度ベイブへとケーキを持っていく事にした。
今回、こうやってケーキ作りに勤しんだのは、何よりあのシケた面の男にケーキを食わせてやりたかったからだし、生首少女エリザの話を聞いていたからか、狂気の王様がどんな顔をしてこのケーキを食べるのかが気になっていた。
 てんこもりのクリームに包まれたケーキを、一皿ベイブの元へ運ぶ。
 傍らには竜子がついてきてくれていて、「お前も大概怖いもん知らずだよなぁ」と、呆れたように呟いている。
 玉間は、最初に訪れたときと同じく虚ろで、寂しげで、主の印象と不思議に重なる部屋の情景を保っていた。
 竜子が遠慮のない足取りでベイブのいる王座へと近付き、それから少し目を見開く。
 金髪の美少年が、ベイブの傍らに立っていたからだ。
「おいおい。 今日はマジで何なんだよ。 ベイブ。 あんた、こんなに客好きだったか?」
 竜子にそう問われ、虚ろな眼差しを上げると、「馬鹿を言え…。 今日は…、医者の娘を招き入れる為に…扉を開いた影響で、色んな場所から…、色んな人間が入り込んでいるだけだ」と答える。
「そうかい、そうかい。 ま、いいや。 賑やかなのは嫌いじゃねぇからな。 あんたが、面倒さえ起さなきゃ、あたいにゃなんの問題もネェよ」
 そう憎々しげに言い、それから竜子は「あんたも、災難だな。 名前は何て言うんだ?」と問いかけた。
 少年はうっとりするような笑顔を浮かべ「ああ…。 すみません。 貴女の余りの美しさに見惚れ、名乗るのを忘れていました。 僕は、蒼王・翼と言います。 貴女は?」と問い返す。
ウラは、舌をげーっという風に出し「美しい? あの厚化粧竜子の何処が?」と思えど、ポッと頬を染めた竜子は「あたいは城ヶ崎竜子ってんだ。 よろしくな」と名乗った。
そして「ちゃんと送り返してやっから、此処でちょっと大人しくしててくんねぇか?」と、翼に言う。
 すると彼は、少し微笑んで首を振り、「すみません。 僕も、そうして貰いたいのは山々なのですが、ツレがこの王宮に迷い込んでしまったので、探している途中なのです。 見つけ出しましたら、またお願い致します」と柔らかな声で答えた。
 その声が、年頃の男にしては余りにも濁りがない事が少し気になりウラは、何も言わずに近づいて、翼の胸を鷲づかみにする。


 一瞬の沈黙。


 翼が引き攣った顔で見下ろしてくるのを飄々と見上げ「お前、女なのね」とウラは言った。
「女?! 嘘! 勿体ねぇ!」
 そう叫ぶ竜子と「気付かなかった…」と小さく呻くベイブ。
 何度か瞬きをした後、少年もとい少女は一つため息を吐き「確かめられたのならば、お手を放してくださると嬉しいのですが? リトル・レディ?」と気障ったらしい台詞を言う。
 まぁ、そういう言葉が違和感なく似合うのもまた憎たらしいので、翼の胸を掴んでいた手を放し「それにしたって、小さいわね」とセクハラ発言をかますと、スタスタとベイブに近付きぐいと、ケーキの乗った皿を押し付けた。
「さ、作ってやったわよ? お食べなさいな」
 目を見開き、それからケーキを見下ろし、そして再びウラの顔を見上げてくるベイブ。
 その灰色の顔に、にっと笑いかけ「甘い物を間に挟んでつかの間幸せに浸りましょ」とウラは告げる。
 竜子が、何処か愉快気に笑って「あんたが、この子を許したんだろ? じゃ、食ってやんなきゃなんねぇなぁ。 大体、誠の料理ばっか食ってっと、体悪くすんぞ? たまには、そういうモンも食ってみろって」と朗らかに言った。
 焦れたウラは、フォークでケーキを一欠け掬い上げ、その色のない唇に突きつける。
 一つ溜息を吐いたあと、小さく唇を開き、ピンク色の妙に肉感的な舌を覗かせた唇の中に遠慮なくウラはケーキを押し込んだ。
 灰色の目が少し細まり、それから瞬きする間程だけ緩んだ。
「…ほう」
 吐息交じりの声を吐き出し、それからウラからフォークを受け取る。
 ウラは、ウラで、ベイブの為に持ってきたケーキだというのに、素手のまま皿の中のケーキを一つ掴み、口中に放り込むと唇の周りをクリームだらけにしながらも、はぐはぐと食んだ。
 指先についた、クリームを舐めながら、一つの皿をはさんで同じケーキを食べているベイブに「美味しい?」と問うてやる。
 ベイブは、無表情のまま頷くと「後で、誠にレシピを教えてやってくれ」と言い、竜子が呆れた声で「そんなもん、40近いおっさんが作れっかよ。 無理させんなよな」と諌めた。
それからニッと笑って「ま、なんだったら、アタイが作ってやろうか?」とベイブに聞く。
 だが、その言葉が終わるか終わらぬかの内に「断る」と即効ベイブが告げた。
「お前が作った食べ物など、もう餓死寸前で、目の前に青酸カリとお前の作った料理しかないという状況ですら、迷わず青酸カリゲット!な私が、何を好き好んで食わねばならん」
 そう酷いとしか言いようのない事を言うベイブに青筋を立てた竜子が「誰がてめぇなんかに食わせてやるか! もし作っても、誠とあたいだけで食うからな! 後で、欲しがって泣いてもしんねぇからな!」と怒鳴れど、ベイブは虚ろな目で遠い場所を見て「…可哀想な誠。 まさか、自分の命の危機になるような毒物の製造を、竜子が此処で決心しているとも知らずに…」とムカツク口調で呟く。
 ウラとしては、何だか知らないが、是非竜子の作ったケーキを見てみたい欲望に駆られるも、隣でベイブと竜子のやり取りを眺めている翼は、あほらしい事この上ないのだろう。
「じゃ、僕はそろそろ行かせて貰うよ?」
 そう言い捨て、部屋を出て行こうとする翼の背中に「おお! 見つかったら、またこの部屋に来ればいい。 したら、あたいか誠…、長髪の怪しいおっさんがあんたの事を、外の世界に送ってやっから」と竜子は言った。
 翼は頷き「有難う御座います、レィディ。 また、お会い出来る事、心より祈ってます」と微笑みながら言う。
 ほんとに、どっかの劇団で男役でもやってんのかしらと感じつつ、ウラはベイブが物言わずはぐはぐとケーキを食べている姿が単純に嬉しくて「さて、じゃ、私達もそろそろお茶にする?」と浮ついた声で竜子に言う。
「そうだな。 じゃ、ベイブ。 誠が戻ってきたら、一遍食堂に顔出すように言ってくれ」
 そう竜子に言われヒラヒラと手を振るベイブ。
 いつの間にか現れた熱いお茶を啜りながら、「ま、あのろくでなしが、いつ帰ってくるかは分らんがな」とベイブは言う。
「あんたが許したから出てったんだろ?」
 竜子の言葉に首をかしげ「その筈なんだが、いつ許可をやったのか、全く記憶がない。 また、あの口車に乗せられたのかと思うと業腹なのだが…」とベイブは呟き、竜子を少し上目遣いで見上げて「困ったものだ」と全然困ってない口調で言った。
「しっかりしろよなぁ…」と、肩を落とす竜子。
 狂気の王様だのなんだの言われてはいるが、やはり、何というかこの竜子といるときのベイブの纏っている空気は、自分と喋っていた時のものよりも格段に柔らかい。
 きっと、誠という男の前でもこうなるのだろうと予想しつつ、だが、この空気の柔らかさを作るのに自分のケーキも一役買ってるに違いないと勝手に確信したウラは、「ほら、竜子、行きましょ」と竜子の手を引き、浮き立った足取りで、部屋の外に出た。


食堂は、とてつもなく広い部屋だった。
日頃、こんな場所で三人で食事をするだなんて寂しすぎると感じつつ、ウラはぐるりと部屋を見回す。
真ん中にどんと置かれた長い白いクロスの掛かったテーブル。 そこにどんな宴会でも開けそうな位たくさんの椅子が並べられている。
 シャンデリアや、内装の品々も、豪奢で、でもやっぱり不思議で、テーブルの上にある銀の燭台は、シオン達が部屋に入った途端に火が点っていた。
 テーブルには、大きなお皿にてんこもりにされたケーキが乗っている。
 ウラが作ったケーキだ。
 竜子の言うとおり、きちんと運んでくれている。
 だが、ケーキには、上から丸々生クリームが掛けられていて、何が何だかというか、どういう種類のケーキかすら判別できない状態になっていた。
(クヒッ。 やっぱり今日のケーキは会心の出来だわ!)
 ウラは内心、快哉をあげる。
 あのクリームの塊の中には、紅茶シフォンケーキと、キャラメルパウンドケーキ、フィナンシェなど、元からクリームを添えて頂く事の多いケーキを甘さ控えめで作って潜ませており、そのどれもがかなり美味しい出来だった事は、先程ベイブと共に自分の舌で確認済みである。


「………」


 何故か黙りこくったまま、ケーキを見つめる他四名。
 然し、ウラはそんなみなの様子に気付かず「クヒヒヒッ」と嬉しげに笑い、「さぁ、たらふく食いなさいな! すべて、あたしの手作りよ? 美味しすぎて、ポックリ逝っちゃっても、責任はもたないけどね」と言いながら、勝手に席に座った。
シオンが恐る恐るという風情で手を伸ばし、クリームの塊の中から、フォークで一切れケーキを掬い上げ、机に並んでいた取り皿に取ると、ぱくりと口の中に放り込む。
「……美味しい」
 小さく呟き、再び、ケーキ皿にフォークを伸ばすシオン。
 そんな彼の様子を見て、見た目に反して味は良いらしいと悟った、鵺やいずみ、竜子も席に座り、ケーキに手を伸ばす。
「うん。 美味い。 ウラ、これ、美味ぇよ!」
 竜子がそう言うのを、「フフン」と笑って「当然でしょ? 他に、どんな味がするって言うの?」とウラが聞けば、鵺が、正直丸出しの口調で「見た目は、白いアメーバって言うか、細胞分裂間近?みたいな、どう見たって、コレ食べ物じゃないよ感があるけど、味は美味しいね」と答えた。
 その、余りにも邪気のない素直な口調にムッとさせられて、「鵺なんて、オーブン一つ満足に操れなかったくせに!」とウラが言えば、鵺はせせら笑いながら「だぁって、鵺は、オーブンなんて使えなくても、幇禍君が、美味しい料理作ってくれるもーん」と言い返してきた。
 幇禍とは、鵺の恋人か何かなのだろうか?
 だったら、自分にだって、恋人ではないが、自分の事を何より大事にしてくれるデリクという良い男がいる。
 いずみがケーキを突きながら、「でも、幇禍さんとは喧嘩したんでしょ? さっき、『あんな出べその事なんて、もぉ知らない!』って言ってたじゃない」と、鵺に突っ込んだ。
竜子が、今の状況の中で、多分最もどうでもいいキーワードに引っかかり、「え? 幇禍って出べそなのか?」と鵺に聞いているが、ウラにしてみればとにかく、何やら御自慢の彼氏とは鵺は現在喧嘩中で、しかもその彼氏は出ベソらしいという事が可笑しくてたまらない。
 高笑いを一しきり行った後、「あたしは、デリクと喧嘩なんか一度もした事はないわ? だって、あたしは、愛されてるんですもの」と勝ち誇ったように言い放つ。
 今度は、鵺が、むっとして「違うもん! 鵺だって愛されてるもん。 婚約指輪だってほら!」と、キラキラ光るスタールビーの指輪を見せ「貰ってるし〜、喧嘩だって、鵺が我儘言ってるだけだもん」と、「じゃ、やっぱり自分が悪いんじゃん」というような事を自慢げに宣言する。
 指輪の輝きにちょっと怯まされながらも、ウラは美しい髪を、白い指先で梳くと「ククッ、でもね、出べその婚約者っていうのも、何だか間抜けよね。 デリクは体中の、何処かしこも綺麗よ?」と言っってやった。
「幇禍君だって綺麗だもん。 美形だもん。 渋谷で、よくモデルになりませんか?ってスカウトされてるもん」
「はいはい。 でも、出べそなんでしょ?」
「誰が、そんな事言ったのよ! 幇禍君、出べそじゃないもん!」
 いや、貴方だしと、部屋にいる全員が胸中で突っ込んでいる事に気付かず、憤っている鵺。
 いつの間にか手元に現れていた、淹れ立ての紅茶を、グビリと飲み下しつつ、是非、自分もデリクに指輪を強請らねばと決心する。
 いずみが、美しい手付きでケーキを口に運びながら、「男の事で喧嘩出来るって、微笑ましくて良いですね」と、大人びた事を言い、竜子が「まぁ、喧嘩できる程、良い男に惚れてんのなら、それに越したこたぁねぇな」と、相手が子供であるという事を忘れているような言葉を返している。
 鵺とウラがそんな風に一通り言いあった後、竜子がとりなすように「ほら、甘いもん食ってる時は、喧嘩しねぇ、喧嘩しねぇ」と言い、「鵺。 お前ぇ、クッキー持ってきたとか言ってたじゃねぇか。 アレも食っちまおうぜ?」と声を掛ける。
 鵺はピョコンと頷くと、「鵺のパパのクッキーは、見た目は満点、味は30点なんだから!」と、「えーと、それって、むしろ、駄目なんじゃ…」というような一言を言って、竜子と連れ立って食堂の外に出て行った。
 ウラは何だか妙に苛ついて、猛烈な勢いでケーキを口の中に放り込み始めるのを、シオンが呆然と見守ってくれていると、いずみが、どうしてこうも、この子は冷静でいられるのだろう?と首を傾げたくなるような口調で「ほら、そんなに急いで食べると、喉に詰まるわよ。 それに…」と口を噤み、強引に自分の方にウラの顔を向けさせると、クリームだらけの唇をテーブルにおいてあった白いナプキンで拭う。
「こんなにクリーム一杯つけて」
 自分よりも年下であろう子供に、子供扱いされた事よりも何だか妙に悔しい事があって唇を尖らせ、されるがままになってたウラは、いずみが唇を拭き終わるのを待って、「あたしも、指輪欲しい」とポツリと呟いた。
 だって、鵺は男から指輪を貰った経験があるのに、あたしはないだなんて、何だかちょっと悔しすぎる。
「デリクさんって言う人から?」
 いずみが問うてきたので首を振り、「誰でも良いの。 指輪が欲しいわ。 男から貰うの。 重大な事を忘れていた気分よ。 だって、一個も指輪を貰った事が無いなんて。 女としては、悲しすぎる」とウラは答えた。
そんなウラをしげしげと眺めていたシオンが突如何かを思い出したかのようにポケットを探り、それからお目当てのものが見つかったのか、ニッコリと微笑んだ。
 ウラへと骨ばった大きな手を差し出して「お姫様、どうぞお手を」と言ってくる。
 いぶかしみながらも、自分の手をシオンの掌に乗せれば、シオンは小さな指輪をウラの指に嵌めてくれた。
 思わず、ばっと自分の目の前に指を翳し、じっと眺めてしまうウラ。
そこにあるのは、夜店なんかで売っている、玩具の安っぽい指輪。
 先程、鵺が嵌めていた指輪なんか相手にならない位の、ちゃちな指輪である。
「…宝石じゃないですけど、許してくれますか?」
 そう首を傾げられ、ウラは、マジマジとガラス玉の嵌った指輪を眺めた後、「これは、あたしへの貢物って事?」とシオンに聞いてみる。
シオンは、笑顔を浮かべ「勿論です、お姫様」と明快に答えてくれた。
ウラは、見る見る内に、表情を溶かし、甘い綿菓子のように、にっこり笑って「許すわ」と満足感一杯の声で答える。
指輪の価値なんかどうでも良い。
ただ貰ったことが嬉しい。 
それもシオンのような素敵な男性から。
何だか自分が一気に大人になったような気分になり、ニコニコ笑ってしまう自分を抑えきれない。
「じゃ、そちらのお姫様にも」と言いつつ、シオンはいずみの手を取った。
 一瞬恥ずかしげに手を引っ込めかけたいずみだが、シオンが柔らかく笑いかければ、頬を染め、ビーズの指輪を嵌めて貰うと、「…シオンさん、モテるでしょ?」と、俯き、ボソボソとした声で言う。
 いずみの言葉に大いに賛同の意を表しようとした時だった。
 突如、そんないずみの後ろで「俺ぁ、そんな食えねぇもんよりも、こっちの方が嬉しいんだがなぁ?」と言いつつ、ひょいと包帯だらけの手を伸ばす者がいた。
 三人が一斉に目を見開き、振り返れば、包帯を体中に包帯を巻いている青年が、もぐもぐとケーキを食みながら立っている。
「…お前、失礼よ? 何も言わずにあたしのケーキを食べるだなんて」
 ウラがそう言えば「…いただきます」と口の中のものがなくなってから、青年が告げた。
(…遅いわよ)
 思わず胸中で突っ込むウラ。
 シオンが彼とも知り合いであるのか、「新座さんも、迷い込んじゃったんですか?」と問うていた。
 本当に、今日はこの王宮は何だか、客がたくさん来る日で、しかもお互いが知り合い同士というのが非常に多い。
 世間がそれだけ狭いのか。
 それとも、此処に迷い込む為には何か条件があって、皆はそれに自然と当て嵌まっているだけなのか。
 新座と呼ばれた男は目を見開き「あんた、よく俺の名前知ってんな。 エスパー? もしかして、エスパー? ちょっと待って、テレパシー受け取る準備するから」と、何故か両こめかみに中指と人差し指をピンと伸ばしてあて、目をぎゅっと瞑ると、「ハイ、どうぞ!」と掛け声をシオンに掛ける。
 どう考えても、新座がシオンの事を忘れているのだろうとしか思えないが、何だかボケの性質が竜子に似ている。
 困惑するシオンの様子が面白くて、ウラは「クヒヒヒッ」と笑ってしまった。
 いずみに至っては、こんな馬鹿な遣り取りには付き合ってらんないという風に紅茶を啜っている。 
 そうこうしている内に、クッキーの入った可愛い花柄プリントの紙袋を抱えた鵺達が戻ってきた。
「このクッキー…確かに、見た目は良いが30点って感じだぞ…」なんて、言いながら、既につまみ食いをしたらしい竜子が、明るい声で言い、それから新座に目を留め「また、新しい客か」と言う。
 すると新座は「客? 客か。 でも、客は、招かれないとなれない訳で、俺は、ここの城の王様だっていう奴から、追い出されちまったからなぁ…」と首を捻り「客じゃないかも」と竜子に、少し不安げに言った。
 それから、「なぁ、お前、金色だし、この城の住人の匂いがする。 もしかしたら女王か?」と問いかける。
 新座も、自分と同じく何かの目的の為に「金色の女王か、ジャバウォッキーを探せ」とベイブに言われた口なのだろうか?
 竜子は、ポリポリと頬を掻くと「ま、そういう風に此処の連中には呼ばれてるな」と答え、ウラと同じ疑問を抱いたのだろう。
「ベイブに探せって言われたのか」と聞いた。
案の定、「ああ。 女王か、ジャバウォッキーに出して貰えって。 でも、二人を見つける前に、死なないように気を付けろとも言われたから、とりあえず気をつけて来た」と答える新座。
「ベイブの意地悪だ。 自分で出してやりゃあ良いのに、時々、こうやって楽しみやがる。 ほんと、性格悪いよ。 それにしてもあんた、あたいに会えて運が良いよ。 この城、何処がどうなって、どんだけ広いか分りゃしねぇかんな。 あたいなんて何度迷った事か。 一日中迷い続けた時なんか、誠に見つけて貰わなきゃ、飢え死にするトコだった」としみじみ言う竜子に、いずみが「や、それは、ただ、竜子さんが方向音痴なだけでは」と小さく呟く。
 鵺が、そんな二人の会話に嘴を突っ込むように「やっほ。 ニィル君。 元気ー?ってか、こんな場所で会うなんて、超奇遇じゃない?」と、彼女も新座と知り合いらしく声を掛け、新座が嬉しげに「ガー!」と声をあげると「鵺! お前もか! どうした? しかも、何か美味そうな物持ってる!」と言いながら、クッキーの入った紙袋に手を突っ込む。
 そして、何枚かを一気に噛み砕き、飲み下した後、先程の注意もあってかウラをちらりと見てから、「いただきます。 でも、何か、あんま美味くない…」と神妙な声で告げた。
(だから、挨拶は良いし、あたしに報告しなくても…)と思えど、新座は、勿論そんなウラの気持ちなど知るはずもなく、よっぽど腹が減っているのか、勝手に茶をポットから直接飲み、ケーキへと手を伸ばす。
 指輪を貰ったせいもあって、機嫌はすこぶる上々なウラは、先程の喧嘩の事なんかコロリと忘れたように、「このクッキー、ウラのケーキのクリームを付けて食べれば、何とか味誤魔化せるかも!」と天真爛漫な声で言いながら袋の口をこちらに向けてきた鵺に、「アラ! ホントに、見た目は美味しそうだ事!」と朗らかに言い、袋の中に手を伸ばした。 
  

そうやって暫くお茶を楽しみ、鵺が「こうなったら、アレも持ってこよ!」と言いながら、何かを取りに食堂に向い、シオンが竜子から「良いか? ステゴロってのはな、最後は気合の勝負なんだ。 殴り合えばどっちも痛ぇよ。 激しく動きゃあ、そりゃ疲れるさ。 そういうのを如何に気合と根性で押さえつけるかってのがな…」と、ヤンキー講座を受けている時だった。


ジリリリリリリリリリリリリ!


 耳をつんざくような非常ベルの音が、食堂内に響き渡り、それから食堂にある椅子やらテーブルやらが一斉に暴れだした。
 それは、皆が座っている椅子も例外ではなく、激しく動く椅子に皆振り落とされ、床に転ぶ。
「! な、っ、ななな、なっ何があったって言うんですっ!」
 シオンがそう叫べば、尻をさすりながら竜子が立ち上がり、「まじぃな。 面倒臭い事が起こりやがった」と唸った。
「面倒臭いこと?」
 いずみが首を傾げて問いかける。
「ベイブが、発作を起しやがった。 アレは、誠がいねぇと止められねぇんだ。 畜生。 あいつ、何処行きやがってんだよ!」
 そう苛立たしげに竜子が言い、それから、食堂にいる皆に「此処も、あんまり安全じゃねぇ。 悪いがベイブのいる、玉座に一緒に来て貰えねぇか?」と、告げる。
 否応も無く頷いたシオンやいずみと、明らかにこれから何が起こるのかに期待してワクワクした表情を浮かべた新座と、ウラは、食堂の扉から飛び出し駆け出した竜子の後を追って走り出した。
 そんなウラ達の頭上にいつの間にか天井に立つ派手な格好をした道化が現れ「女王様に御注進! 女王様に御注進! 呼んでるよ! ベイブが、あんたを呼んでるよ! 早く! 早く! 早く行かなきゃ皆殺しだ!」と、楽しげに竜子に喚いている。
 重力を全く無視して、真っ逆さまに此方を見上げた道化が、ケケケと笑って、くるりとトンボ返りを天井で決める。
「黙れ! てめぇは、城のどっかにいるかもしんねぇ、誠でも探せ! ベイブが壊れたら、てめぇだって、死んじまうんだろうがよぉ!」
 そう、竜子が怒鳴れば「おお怖い!」と道化はわざとらしい仕草で身を竦め、それから煙のように消えた。
 壁に掛かっている人物画達が狂気じみた声で「ベイブ! ベイブ! 早くあやして! 皆殺しだよ! 皆殺しだよ!」と、叫んでいる。
「くっそ! 何時になく余裕がねぇじゃねぇかよぉ!」
 竜子がそう、意味の分からない事を吼えた。
シオンが、いずみとウラの手を引き、新座と並んで竜子の後を必死で追う。
 そして、長い長い廊下の果てにある、玉間に通じる大きな鉄の扉を、竜子が蹴り飛ばすようにして押し開いた。
 

そこには、先程までの何処か空っぽな人形めいた様子から一転した酷い有様のベイブがいた。


「あ、ああ、あっ、来る! クるんだ! ま、誠! 何処? 何処にイる? 竜子! 竜子、来て! 魔女が、また、ま、魔女が、あ、あ、寒い、寒い、寒い…」
 玉座に蹲った彼の周辺に、不思議な銀色の文様が浮び上がっている。
 その銀色の文様内ではバチバチと電気が弾けるような音と共に、銀色の稲妻のような光が走っていた。
 大剣に縋るように、しがみつく様にしていたベイブが顔を上げ、「誠? 竜子? 早く、は、やく、来ないと、つ、かまる。 つ、かまったら、壊れる。 こ、われ、る、割れる。割れて、あ、また、寒い…た、すけて、助けて…」と呟きながら、泣きそうに歪められた顔で当たりを見回す。
 まるで、迷子の子供のような、それは酷く弱弱しい姿だった。
 ウラはその様子に、「クヒッ」と笑って「まぁ? さっきの様子とは随分違うわ? ま、どっちにしろシケてるって事は変わりないけど」と呟く。
「壊れる…ネ。 魔女の呪とハ、かくも恐ろシイ。 差し詰め、この赤子は、その魔女を知らず虜にしてしまった、不運な時の迷子に過ぎないと言う訳、でスカ」
 ダークブロンドの髪が揺れ、群青色の目が、細く三日月の形に歪んだ。
「何て、興味深イ!」
 ベイブの側に立ち、嬉しげに言う男。
 見間違いようもない。
 ウラは、嫣然と微笑みその名を呼んだ。
 「デリク!」
 駆け寄り飛びつけば、「おヤ? 私の姫君。 こんな所にお出でになられて、どうなさったんでス?」と、言いながら、壊れ物を扱うような手付きで、デリクは身体を抱きしめてくれ、そして、笑った。
 デリクが、先生の口調でウラに囁く。
「ウラ。 御覧なさイ。 アレこそ、究極の愛の形デス」
 そうベイブを顎で指し示した瞬間、バチッ!と音がして、デリクの足元に銀色の光が飛んだ。 それを、ウラを抱えたまま、ヒョイと身軽に避け「危なイ、危なイ。 赤子が強力な力を持つと、加減を知らないカラ、面倒ダ」と飄々とした声で言う。
 息を呑むほどに艶やかで、どこか魔性めいた長い黒髪を有した、然しその髪に全くに合わない陰険な容貌をした男が、ずいと進み出て、「お前、何かやったのか?」とデリクに問いかける。
間違いない、こいつがジャバウォッキー。
誠だ。
成る程、蛇男とはよく言ったもので、その姿は爬虫類めいた背筋をゾクゾクさせるようなぬめった妖気が感じられる。
だがその声に怒りはない。
ただ、本当に尋ねているだけという声音。
「何カ? 何カ?とは、何でス? ああ、そうダ、そうダ。 あなた、初めて、お会いしまスネ。 私、デリク・オーロフと申しまス。 以後お見知りおきヲ」
 そう自己紹介したあと、優雅に一礼し、それから首を傾げてじっと、誠を見る。
「あなたも、随分、面白い身体ダ」
 そう言った後、「そして、此処は、面白い場所ダ。 もうちょっと、知りたい事もあるのだけれド…」と言いながら辺りを見回し、それから腕の中のウラを見下ろしてきた。
「お姫様もいらっしゃる事だし、そろそろ帰らねバ」
 デリクの言葉に、ウラはむくれ「折角、女王様のお茶会をしていたのに、全部台無し! デリク、この罪は、『気狂いアリス』のバニラアイスでしか償えなくってよ?」と言う。
 「気狂いアリス」という言葉に、何故かデリクは笑みを深めて「仰せのままニ」と甘い声で言い、それから誠に視線を戻した。
「出口、私一人でしたら、無理矢理作って外に出るのですガ、この子がいるので、余り無理はしたくないデス。 この、赤子、宥める事が出来ますカ?」
 そう問われ、辺りをぐるりと見回す誠。
 ウラも、今頃になって漸く周りに注意を向けてみた。
 急いで飛び込んできたため気付かなかったが、部屋の中には、一緒にお茶をしていたメンバーの他に、先程出会った翼と金髪の無愛想な表情をしている美丈夫、モデルめいた風貌の背の高い男性に先程、何かを取りに行っていた鵺と、前に会った記憶のある知的美人シュライン・エマとまぁ、よくもこんなにこの城に迷い込んだものだと思える位の人数の人間達が集っていた。
 誠はこの上なく、面倒臭そうに顔を歪め、「何で、こんなに、いるんだよ」と呻くと、そして、「とりあえず、危ないから、ちょっと離れろ。 鵺といずみ…は、外出てた方が良いかもしんねぇ。 そこのウラとかいうお嬢ちゃんも、兄ちゃん部屋の外に出してやんな」と言う。
何が起こるというのだろう?
 何だか、面白い事が起こる予感がする。
 デリクは、ウラに出て行けなんてつまんない事は絶対に言わない。
 鵺は頑迷な調子で「やだ。 見る」と首を振っていた。
いずみも「子供だからって、お気遣い頂かなくても結構です。 ちゃんと見届けさせて下さい。 大体、貴方の正体であれだけ驚かせて頂いたんです。 もう、何が起こったって平気です」と強い表情で言う。
 ウラはもう、そこら辺のやりとりはどうでも良くなっていたので、デリクの腕の中に納まって、惑っているベイブの姿を興味深げに見つめた。
 そんな三人娘それぞれの反応を呆れたように見て、「…ま、こういう場所でお茶会だなんて呑気な事が出来る子達だもの、それこそ、十八禁にでも引っ掛からなきゃ大丈夫じゃない?」とエマが言い、「そうですね。 もし引っ掛かっても、ちゃんとOMCでチェックしてくれるし」とシオンが身も蓋もない事を言う。
 誠が、もう、どうにでもしてくれというような憔悴した顔をし、「で、何でこうなったんだ? 何を切っ欠にしたんだ?」と問えば、デリクはニッコリと笑って「魔女」と一言答えた。
 その瞬間、ベイブを囲む銀色の文様がバチバチと音を立てて一層鮮やかに輝き、王宮の揺れが激しくなる。
 ビクンとベイブが一度のけぞり、口を大きく開けると「あああぁぁぁぁああっ! こ、わい、怖い、怖い、あ、こ、ろして、殺して、死にたい、終わりたい、壊して、こわ、して…りゅ、うこ……まこ…と…、ドこ? 何処? 助けて! 何処!!」と、叫び、惑う。
 そんなベイブになんとも言えない視線を送り、それから「知ってるのか?」 誠が問えば「一応、魔術師ですかラ」とデリクが答え、「騎士団内で起きたあの悲劇については、書物でとはいえ、知識として有しておりマス。 ただ、こうやって、実際に御目文字出来るだなんて、想像もしていなかったですケドネ」と、言葉を続ける。
「然し、素晴らしイ。 千年の呪い。 まさか、本当に有効であるトハ。 この奇跡の目の当たりにして、魔術師としては、捕獲して、どういう人体構造になっているのか、解体でもしてみたいところですガ…」
 そう言いながら、本心を見せない笑みを益々深める、「ジャバウォッキー、許してくれませんヨネ?」デリクが聞き、誠が「本当に、コイツを殺せるってんなら、何処へだって、連れてってやれよ。 本人もそれを望んでる」と、答える。
「死にたい。 終わりたい。 解放されたい。 そればっかりで、たかが人間の分際で二百年以上も生きてんだ。 誰でもいいや。 コイツ殺せるなら、殺してくれよと頼みたいとこだけどな…」
 そして、一つ溜息を吐く。
「期待持たせるだけ、持たせて、結局、無理でしたって事になるんだったら、許してやれや。 コイツの絶望は、既に今で限界なんだ。 これ以上は酷過ぎる」
 デリクは、笑みを深め「時の魔女の最期の呪に対抗出来る程の、魔術構造を発見いたしましたら、是非、再び此処を訪れさせて頂きマス」と答える。
「ま、せいぜい期待させて貰うわ」
 誠は気のない声で答え、それから竜子に目を向けた。
 竜子は「お前、ほんっと、何処行ってたんだよ。 どうせ、しょうもない飲み屋とか、競馬とか、そういうのなんだろうけどよ、マジで何も言わず出かける癖止めろよな」とブツブツ言いつつ、誠の隣に立つ。
「どうだ? イケそうか?」
「んー? ヤバくね? いつも以上にはしゃいじゃってる」
「でも、放っておけば、ここら辺一帯それこそ歪むぞ? そうなると、『道』が変わるし、鍵持ってねぇ、コイツらを無事出してやれる保証がなくなる」
 そんな相談のしてる二人を眺め「デリ〜ク? 何をやってくれちゃったのか知らないけど、あたしが一生、銀鈴堂のシュークリームや、百花亭のチョコレートを食べられなくなったら、許さないわよ?」と、デリクを睨みあげた。
 眉を下げ、そんなウラに「大丈夫ですヨ。 いざとなったら、どんな手段を講じてでも、私とウラだけは出られるようにしますから」とデリクが言う。
 どんな手段を講じてでもとデリクが言う場合は、本当にえげつない手段を講じる事が多いので、折角ちょっと仲良く慣れたのに残念だなぁと、思いながら、ふと鵺達に視線を向けてみる。
あの背の高いモデル風の男性が、鵺が言っていた「幇禍」という男だったらしい。
喧嘩中だったとかいう幇禍が鵺に会えて嬉しいのか、何やら楽しげに彼女と話しており、鵺は鵺で幇禍や、知り合いだったらしい新座と賑やかに語らっていて、何やらそこら辺一体だけ、この緊迫した空気とは全く別種の空気になってしまっている。
(呑気なものね)
 人の事は言えない感想を持てば、「時間が掛かり過ぎた。 せめて、あの結界内にもう少し近づければ…」という竜子の声が聞こえてきた。
 つまり、ベイブに近づけないから、彼の発作を止める事が出来ないという訳か。
 とするなら、あの銀の結界を誰かが…。
「…やってやる」
 それは、ドキリとする程に凛とした声だった。
「あの、銀の結界の威力を弱めれば良いのだろう? やってやる」
 そう金髪の美丈夫がそう言いながら一歩進み出る。
 翼が、ついと傍らの美丈夫を見上げ「出来る?」と聞けば「構成されている術式こそは違うが、接点を見つけ出し絡ませれば何とかなるだろう」と美丈夫は冷静な声で答えた。
「何より、俺は、この糞みてぇな場所から、とっとと出ちまいたい。 おい、そこの、二人」
 そう言いながら、美丈夫が、ギッと竜子と誠をねめつける。
「誰だか知んねぇが、その結界の威力は抑えてやる。 それで、この事態の収拾を付けられんだろうな?」
 そう言われ、肩を竦めると、誠は「ホントに、そんな器用な事やってのけてくれるってんなら、鋭意努力するよ」と答え、竜子は「任せときな!」と請け負った。
 信用出来ないという風に「フン」一つ鼻を鳴らし、それからおもむろに、美丈夫は懐から銃を取り出す。
 そして彼はその銃弾を、ベイブの周りで閃光を放つ結界へと打ち込んだ。
 耳をつんざく音が、ホール内に響き渡る。
 そして、間を置かず、美丈夫は複雑な印を両手で組み、術の詠唱に入った。
 すると、銀の文様の上に、金色の梵字で描かれた別の文様が浮び上がる。
 銀と金の光が絡まりあい、一瞬眩いばかりの光を放つと、その銀の結界が放っていた稲妻のような光が収まっていた。
「長くは持たん。 とっとと行け」
 美丈夫が、目を閉じ、小さく術を唱え続けながらも、そう早口で二人に告げる。
「どぉも。 あんた、かなり良い腕してんな」
 そう、誠が言った後、竜子と誠は一気にベイブに近付き、竜子は前から、誠は後ろに回り込んでベイブの身体を抱きしめた。


「お静まり下さいませご主人様」


 竜子が、ベイブの耳元に囁く。
「お静まり下さいませご主人様」



「魔女は来ませぬ。 魔女は、来ませぬ。 だって、ほら…」



 竜子が、静かな顔で天を指差す。



「貴方様が、あの魔女めを殺したのだから」



 思わず、その場にいた人間皆。
 誠と、竜子を覗く全ての人間が空を仰ぎ、そして息を呑んだ。



いた。


玉座の天井にいた。



女が、目を閉じ、手と足に杭を打たれて天井に張り付けにされていた。
両手を開き、足を揃え、胸を深々と一本の槍を突き刺して、女がいた。


「御覧下さい。 あれが、時の魔女に御座います」
 


デリクが、震える声で「ブラブォー」と呟いた。


  
天を仰いだベイブが呟く。


「ああ…。 アレが、私の罪の証」
 その瞬間無防備に仰け反ったままのベイブの首筋に、長い髪を揺らして誠が顔を埋め、深々と噛み付いた。



「ねぇ、デリク? それで、お前はどういう理由で、あのお城にいた訳?」
 ウラの問いかけに「見聞を広げる為サ」と答え、「ほら、溶けてしまウよ?」とウラが食べていたバニラアイスを指差す。
 此処は所変わって喫茶「気狂いアリス」の落ち着いた店内。
 デリクと言えば、一冊の古ぼけた本にツラツラと視線を走らせていた。
 興味を持って先程覗き込んだのだが、文字が全く読めずに、一瞬で飽きた。
「あの、ベイブって野郎は、結局何だったの?」
 ウラの言葉に、デリクは一言「いぶつ」と答える。
「いぶつ?」
「そう、異物で、遺物。 まぁ、何にしろ我々から見れば、愚かな者って事サ」
 そこまで言って、コーヒーを一口。
 心地良さ気に目を閉じて「係わり合いにならない方が賢明だろうネェ。 大体、私から見れば不器用すぎて、興味を持つに値しナイ」と言い「でも…、あの千年の魔法を掛けられた人体構造には興味がアルな…。 千年後、灰だけでも残るのならば、それを取りに行ってやっても良いカモしれない」と一人呟いた。
 ウラにしてみれば、まぁ、デリクが言うのなら、そうなのだろうと、緩やかな納得をして、でも、まぁ、愚か者とはいえ、あのお城の便利さは羨ましいかもと思いを馳せる。
 ベイブは、誠に噛まれた後、ぐったりと倒れ伏していた。
 銀の文様は消え去り、城の揺れも収まったので、面倒な事になる前にとデリクと一緒にウラは脱出する事になってしまったのだ。
 デリクの能力。
 掌の、魔方陣を使って外に出てきたのは良いが、ちょっとばっかり後の展開が気にならないでもなかった。
 まぁ、行きたくなれば、また行けるのだろうとさして執着を持たずにウラは考えとりあえずという風に「ねぇ、デリク? 我が家の庭にも、薔薇園を作って黒揚羽をしこたま飛ばしてみない? 勿論、生首だけで歌う少女もつけてね」と、あの城の中で一番気に入った施設を強請っておいた。


end



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2414/ 鬼丸・鵺  / 女性 / 13歳 / 中学生】
【3342/ 魏・幇禍  / 男性 / 27歳 / 家庭教師・殺し屋】
【3432/ デリク・オーロフ  / 男性 / 31歳 / 魔術師】
【3356/ シオン・レ・ハイ  / 男性 / 42歳 / びんぼーにん(食住)+α】
【1271/ 飛鷹・いずみ  / 女性 / 10歳 / 小学生】
【3427/ ウラ・フレンツフェン  / 女性 / 14歳 / 魔術師見習にして助手】
【2916/ 桜塚・金蝉  / 男性 / 21歳 / 陰陽師】
【3060/ 新座・クレイボーン  / 男性 / 14歳 / ユニサス(神馬)/競馬予想師/艦隊軍属】
【2863/ 蒼王・翼  / 女性 / 16歳 / F1レーサー 闇の皇女】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
お久しぶりの方も、初めましての方も、今回は「お願いBaby!」御参加いただきまして有難う御座います。
ライターのmomiziで御座います。
今回は、久しぶりのOMCな上、初自NPC登場でのゲームノベル挑戦って事で色々あわあわしてしまいました。
何だか、参加して下さった方のブレイングの着地点が皆さん同じ感じだったので、集合ノベルにしてみたり。
とはいえ、例によって個別に近い形で書かせてもらってるので、どの話を読んでもらっても、新鮮な楽しみ方が出来ると…えーと、いいな?(弱気)

半年振りの執筆に些か戸惑いもあったのですが、何とか書き上げる事が出来ました!
ではでは、また、今度いつ書けるのか分りませんが、これにて〜。


momiziでした。