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<東京怪談・PCゲームノベル>


お願いBaby!


〜OP〜


嗚呼、嗚呼、嗚呼、こんな場所に来てしまって。

君は…トム・ソーヤか…それとも、アリスか?

君の好奇心が、この王宮の扉を開く鍵となったのか?
無邪気に、さまよい歩いて此処まで来たのか?
ならば、猫をも殺すの言葉通り、その身を一思いに喰らうてやろうか?


それとも…、


違うのか?
切なる願いを抱えているのか?
それは、千年の呪いに匹敵する願いなのか?


動かしてみよ。


私の心を。
君の言葉が、私の心を動かせば、或いは…。

嗚呼、或いは、この王宮で飼っている、大事な「奴隷」を貸してやらない事もない。
それとも、この孤独の王の力、奮ってやらない事もない。

さぁ! 言葉を!
私の退屈を癒す言葉を………頂戴。




本編



広くて、寒い、寒い部屋だった。
「何が望みだ」
虚ろな声がそう問うてくる。
「叶えてやるかどうかは…、まぁ…、気分次第になるだろうが…」とそこまで言って、空虚な冬の空色をした目が、じっと新座を見据えた。
 新座は、キョトンと目を見開き、辺りを見回したりしてみる。
 豪奢な、だが、虚ろに寒い、此処は玉間。
 公園を、ぎゃおと一緒に散歩してたら、何だか変な場所に出ていた。
 勘を頼りにうろついたら、こんな部屋に辿り着いてしまった。
 虚ろな眼差しの男が、そんな新座を迎え入れ「何が望みだ」と聞いてくる。
 これは、何かドッキリ企画なのかなぁ?と首を傾げながら、とりあえず新座は「アンタ誰?」と男に聞いた。
「私は、リリパット・ベイブと呼ばれている」
「へーんな名前だな。 俺は、新座。 な、此処何処? 俺、散歩してたら、迷い込んじゃったんだけど…」
「此処は、千年王宮。 切なる願いを抱く人間が通常は迷い込むものなのだが…まぁ、ときたまお前のようなものもいる…」
 そう言いそれから、ベイブは真っ白な手を新座に向って伸ばす。
 警戒心なく手に向って近づく新座。
 大きく無骨な掌がひたりと、新座を引き掴み、それからグイと自分の側へ引き寄せた。
 よろけるようにして間近に立った新座を見上げ、ベイブがトロリと溶けるような口調で「お前、良い匂いがするな…。 混血だろう?」と、問うてくる。
 何を聞いているのか即座に理解し、とりあえずは頷く新座。
 ベイブは、無表情のまま「さして望みもないようだし…、折角の美味しそうな迷い人だ。 後で、竜子と誠に叱られはするだろうが…」とそこまで言って目を細め「お前、食ってしまおうか…」と、滴り落ちる何かを連想させるような、そんな声で呟いた。
 新座、飢えた凶暴な目に見据えられ、知らず何処かがブルリと震えるのを感じながら、「ぬ、食う? おれ、ホントに食われるのはヤなんだよね。 どいつもこいつも肉食わせろとか血よこせとか腹割かせろとか言うけどさ…」と不満げに呟き、そして、おお!とばかりに手を打つ。
「思いついた! 願いあった、願いあったぞ!」とそこまで言うと、ベイブと間近で視線を合わせたまま、片目を剣呑に光らせる。
「一個しかないんだ。 結構不便なんだよ。 な? 目ぇ、よこせ……ちゃんと見える目ぇよこせ」
 無自覚に誘うような笑みを浮かべ、ベイブにゆっくりと囁く新座。
 ベイブの色のない唇がゆっくりと開き、妙に肉感的な色をしたピンク色の舌がチロリと覗く。
「そうか…。 目玉か…。 見える目玉か…」
 そう言いながら、新座の形の良い頭を両手で挟み込み自分の側に引き寄せる。
 益々間近で顔を合わせたベイブが、うっとりとした声で囁いた。
「アげても良いけど、その代わり…」
 そう言いながら唇を開き、「…血を…少し頂戴」と掠れた声で言いながら、新座の首に食らい付こうとしたベイブ。
 しかし、その寸前新座の顔を見上げ、少し眉根を寄せると、ふっと手を放した。
 じっと硬直していた新座は、首を傾げ「何だぁ?」ととぼけた声でベイブに聞く。
 だが、ベイブは虚ろな眼差しで新座を見上げ、「お前は、そうか…。 アレと…同じ性癖か」と意味の分からない事を言うと「だったら、良い。 私には、アレで…足りている…。 くそっ。 無駄に喉が渇いただけか…」と苛立ったような声で言った。
 何だか全然意味の分からない所で、勝手に意味の分からない苛立たれ方をしているが、まぁ、さっきは、ちょっとピンチだったというか、噛まれそうになってたよね? 絶対という状況だったので、ベイブの心変わりに少し安心する。
だが、ベイブはと言うとやる気なさげに再び玉座に沈み、「何処へなりとも行けば良い」と告げてきた。
「ぅあ? 目玉は?」
 そう問えばベイブはヒラヒラと手を振って一言「面倒臭い」と言い放つ。
 占い師が、お前には他の人間にはない運命の印が見えるとかいって自分の前に座らせておいて、出た結果が「多分一生結婚できないけど、まぁ、大器晩成っぽい? 人生の前半は、結構苦労するから頑張れ!」とか、結構平凡で、しかも微妙に嫌な事を云われた時のような、肩透かし的がっかり感がある(作者経験談)
 新座は「がぁっ!」と吼え、「お前、何か、勝手だぞ! 願い聞いておいて、面倒臭いって、何だよソレ! くれよ! 目玉。 めーだーまー、くぅれぇよぉー!」と喚いたら、益々面倒臭そうに顔を顰めたベイブが「うるさい」と一言告げて、「外に出たくば、金色の女王か、ジャバウォッキーを探せ。 だが、その二人を見つける前に、性質の悪い住人に捕まって、命を落としてしまわぬよう気をつけるのだな…」と言葉を続けると、それからサッと手を閃かせた。


その瞬間視界がガラリと変わり、全然別の部屋に立っている新座。
「うお! な、何だ? 此処はどこだ?」と見回せば、「…うあ!」と何だか、誰かの驚いたような声が聞こえた。
 ヒョイと声のする方向に顔を向ければ、とてつもなく整った顔立ちの金髪の美少年が立っている。
「…き…み、何処から…現れたの?」
 そう尋ねられ「お? ベイブんトコからだ」と答えると、今度は新座が「あんた誰? ってか、この部屋何だ?」と問いかけた。
 そこは、たくさんのぬいぐるみやラジコン、人形等々色んな玩具が積み上げてある、子供部屋のような作りの部屋だった。
 天井には、幾つ物ラジコン飛行機や、操り人形がぶら下げてあり、空の絵が描いてある壁紙が目に鮮やかだ。
 子供用にしてはかなり立派な滑り台や、ジャングルジム等も設置してあり、この部屋を子供が訪れたら楽しめるだろうなぁとぼんやり考えてみたりもした。
 実際新座、あの滑り台一回滑ってみたいとか考えてしまっている。
「…僕は、蒼王・翼。 この部屋何だ?っていうのは僕が聞きたいよ。 知り合いを追って、無理矢理入り込んだのは良いんだけど…此処って…」と言いながら辺りを見回し「子供部屋…?」と小さく呟く。
「うん。 子供部屋だな。 玩具も盛りだくさんだし、きっと金持ちの子だぞ。 イイナァ、金持ちは」
 そう少しズれた事を言い「俺は、新座!」と名乗ると、ひょいとぬいぐるみの山の中から熊のぬいぐるみを持ち上げる。
「お、ぎゃお! これなんか、お前の友達にいいんじゃねぇか?」
 そう相棒に同意を求めれば、「ぎゃお?」と言いながら首を傾げた。
 不思議そうにぎゃおを見て「それ…も、玩具?」と聞いてくる翼。
 確かに、鉄の恐竜ぎゃおは、そういう玩具にしか見えないのだが、れっきとした生命体。
 新座はぷくっと頬を膨らませ「失礼な! 是は、俺の友達だ! ぎゃおだ!」と言うと、翼は気圧されたように「そうかい。 ごめんね」と詫びてきた。
 新座はけろっと「謝ってくれたなら、もーいい」と言いつつ手に持ったままのぬいぐるみに目をやる。
 そして、何だろう。
 その熊が、愛らしい熊が、うん、その姿に似合わない鋭い牙が一杯の大口をあけて新座の腕に喰らいつこうとしている姿を見て、新座、驚き、思わず「がぁぉっ!」と声を上げながら熊のぬいぐるみを放り投げる。
 その瞬間、翼も「っうわっ! 何だ、コレは!」と叫びながらぬいぐるみの山から飛びのいた。
 もこもこと、積み上げられた人形やぬいぐるみが蠕動している。
 山がずるずると崩れ、そして部屋を埋め尽くさんばかりに広がったぬいぐるみ達一体一体が立ち上がると、グァリと口を開け牙をむき、此方に向って歩き始めた。
 呆然とその姿を見守る新座の頭の上を掠めるように何かが飛んできた。
 思わずしゃがみこみ、見上げれば、天井に吊り下げられていたラジコンカーの上に操り人形が乗って飛んでいる。
 操り人形はその身体に不釣合いなナイフを持っていて、カタカタカタと口を開けて笑い声のようなものを上げた。
 部屋の壁紙の色が、雲の浮かぶ青空の情景の上からゆっくりと血のように赤いペンキが流れ落ちるように真っ赤に染まっていく。
「な、ヤバイんじゃねぇか?」
 新座が聞けば「明らかにやばいね」と何処か冷静な声で翼が答え、一瞬顔を見合わせると、同じタイミングで一目散に扉に向って走り始めた。
 それと同時に、二人の足元に縋りつくようにして追ってくる玩具の軍団達。
 何度か、足首を何かが掠める感触を味わいながら、扉に飛びつき、飛び出す新座と翼。
 背中で押すようにして扉をしめ、ずるずるとへたり込むと、新座は「うーがー、ちょっとドキドキしたぞー!」と叫び、隣の翼を見る。
 翼も、同じようにへたり込みつつ「アレだな。 ホラー映画の基本だけど、いつもは愛らしかったり愛玩物で通ってる物達が、いきなり凶暴化したりすると、余計に恐怖心を煽るものだね」と冷静な分析を述べ、それからひょいと身軽な調子で立ち上がる。
 扉の外には無限回廊ともいうべき、長く広い廊下が広がっている。
  廊下の両端を虹色の水が川のように流れ、花の様な匂いが何処からともなく鼻腔を擽る。 天井には凝った装飾の施された照明器具が点々と並び、柔らかな灯りを点していた。
「へぇ、随分と、豪奢な作りになってるね…」
 そう呟きつつ、翼は周りを見回し、「そういえば、聞き損ねたけど、君はどうして此処にいるの? まさか、此処に住んでる人?」問うてきた。
 ブンブンと首を振り、「何か、公園で迷ったら此処にいた。 で、ベイブとか言う変な奴に会ったんだけど、そいつが、俺をあの子供部屋に飛ばしたんだ」と翼に話す。
 翼は考え込むような表情を見せた後、「ベイブ…。 それが、この城の主なのか?」と呟き「ねぇ、そいつは、此処が何処かなんて事、言ってなかった?」と聞いていた。
 こくんと頷き「千年王宮だとか、なんとか言ってたぜ?」と答える新座。
「千年王宮ねぇ…。 なんにしろ、まともな場所じゃないみたいだ」
 そう言いながら「金蝉…大丈夫だろうケド…」と少し心配げに呟く。
「金蝉? 誰だソレ?」
 そう聞けば、翼、少し頬を染め、「…あーと、知人? 友人? んー、ま、そんなトコかな」と答えてきた。
 その様子にピンときた新座。
 にやりと笑って「そうか、分ったぞ! 恋人だな!」と叫び、それから首を傾げて「でも、お前男だろ? 金蝉って名前も男の名前だし…もしかして…ホモ?」と聞いてみる。
 その瞬間、ガツン!っていうか、ドガン? バスンとかでもあってるかもしんない破壊的な音を立てて翼は、新座の足を踏むと、夢のように美しい微笑を浮かべ「僕は、女だ」と一言告げた。
 目を見開き、マジマジと翼を見据え、序でに、全くペッタンコに見える胸にも視線を走らせた後、戦くような声で「まーーじーーでーーー?? うっそだ。 あんた、え? だって、僕って言ってるし…ってか、色気ねぇー!」と新座は喚き、再び足を物凄い力を込めて踏まれる。
 流石に二回も同じ箇所に攻撃を浮かべ、涙目になりつつしゃがみこむ新座。
「僕って言うのは、癖! 色気はね、なくたって今まで困った事ないから、君にそんな風に言われる覚えはない!」
 仁王立ちの翼に、そう怒りの篭もった口調で言われ、コクコクと頷く新座。
 ぎゃおがそっと側に寄ってきて「ぎゃお?」と心配げに顔を覗き込んできたので、その身体をぎゅっと抱きしめ「ぎゃおー! 男みてぇに見えても、やっぱ女だな! すげぇ怖いもん!」と愚痴り、再び、物凄い目で睨まれた。


 さて、気を取り直した奇妙な組み合わせの二人は、城内の様子にしげしげと視線を走らせつつ歩き続ける。
「とにかく、僕としては、金蝉を見つけて此処から脱出したいんだ」という翼に「がーっ! 俺は、ほんとは、目玉が欲しかったんだが、今となっちゃあ、何か美味いもんが欲しい! 此処には美味いもんを食えるトコはないのか?」と言った新座は、くんくんと鼻を鳴らし「なぁ、翼? 何か美味いもんないか?」と聞いてみる。
 呆れたような視線を一つくれ、「ちょっと待って」と言いながら、ポケットを探り小さな飴玉を一つ取り出した翼。
「はい。 苺味だけど」
そう言われニカっと笑うと新座は「さんきゅ! 良い奴だな、翼は」と心から言った。
苦笑を浮かべ、「どうも」と答える翼。
 コロンと飴玉を口の中に放り込みコロコロと転がす。
 いつもはバリバリと噛み砕いてしまう事が多いのだが、今日は折角翼に貰ったものなので、大事に大事に舐める事にした。
 新座は、そのまま並んであるきつつ、「うよ?」と言いながら、壁に掛かった絵を眺める。
「おい! 翼! すげぇぞ、この絵動いてる!」
 そう興奮して言えども、彼女は「ま、ぬいぐるみが動いたんだから、絵位動いても不思議じゃないよね」と言いながら、新座の指差す絵を覗き込んでくる。
それは、ツンとした美女が胸元の大きく開いた服を着て、扇で顔を仰ぎながら座っている絵だった。
だが、不思議な事に、扇で扇がれた髪が揺れ、扇自体も優雅な動きを見せている。
 女が、流し見るように色っぽい視線を此方に送り、ニコリと小さく微笑んだ。
「がぁぁっ! 不思議だ! どうなってんだ、これ?」
 そう言いつつ絵に触れてみようとする新座。
 翼が「ちょっ! 無闇にそういうものには触らない方が…」とまで言った瞬間だった。
 チョンと触れた新座の指先を、いきなり絵の中の女が掴み、そしてそこからぬうと手を伸ばして、今度は新座の腕を掴んだ。
「うがぁっ!」
 驚いて腕を引こうとするのに、女の力は物凄く、ズズズと体ごと引きずられる。
「っ! だから、言ったんだ!」
そう怒鳴り、腕を掴んで、こちら側へ引き戻そうとする翼。
彼女は、その細腕からは到底想像し得ない力でもって、まるで大根を畑から引き抜くかのごとくズルンと新座の腕を絵から引き抜いてくれた。
んが、そのせいで、勢い余った翼の体が、そのまま絵に倒れこみ、待ってましたとばかりに女が翼の肩を掴むとそのまま絵の中へ引っ張り込む。
 後ろに尻餅をついたまま、その光景を呆然と見守った後、新座は「がぁぁっ!」と叫ぶと、跳ね起き絵に飛びついた。 
 絵の中に、女に抱き締められている翼がいる。
 そのまま、女は、翼の胸に手を置き、口付けしようとして、そして硬直した。
 何が起こっているのかよく分からないが、みるみる内に鬼のような形相に変わる女。
 そして、絵の外、つまりこちら側を指差すと、どん!と翼を押し出した。
 その瞬間、絵の外へ転がり出てくる翼。
 パチパチと数回瞬きした後、みるみる内に険悪な表情に変わる。
 新座にしてみれば、自分を助けたせいで絵の中に引きずり込まれた翼が出てきてくれた事に安心したのだが、彼女はそうではないらしい。
 そのかなり激怒してます!という表情に恐る恐る、「つ、翼? どうした?」と問いかけてみれば「彼女も、僕を男と間違えてたんだ! しかも、女だと分った瞬間、あんなに無下に外に追い出して!」と憤懣やるかたないといった口調で喚く。
 新座は「でも、良かったじゃないか。 無事出てこれた訳だし、それこそ男だったら、どんな目に合ってたか分かんなかったんだし」と我が身を省みてブルリと震えた。
 だが、翼は「僕はね、今まで生きてきて、あんな風に女性から邪険に扱われた事なんて、一度もなかった! せめて、口説く時間くらいくれても良いのに!」と、まるで、物凄くプライドを傷付けられたかのような言い方をすると、「不快だ! 早く、金蝉を見つけて、こっから出てやる!」と足音荒く、廊下の奥へと進み始める。
 慌てて立ち上がり、後を追う新座。
(翼って、変な女だな〜)と思いつつも、チラリと絵を見れば、物欲しげな目で此方を凝視している女と眼が合い、急いで翼に追いつこうと足を速めた。



どれ位歩いた事だろう。 
とっくに飴を舐め終わり、ぐーぐーと腹の虫の音が鳴り始めた頃、新座は見覚えのある場所に出た。
似たような廊下が続いてはいるが、飾られている装飾品や、扉の形に見覚えがある。
ひょいと、廊下の奥を指差し翼に「此処を真っ直ぐ行けば、ベイブの部屋だぞ」と伝えると、「間違いないかい?」と彼女は聞いてきた。
「ああ、間違いない。 この扉は、一度見た覚えがあるんだ」
 そう答えた新座に一つ頷き「まぁ、一度会って御挨拶しておくのも悪くないかもね」と翼は少し物騒な声で呟く。
 新座は、「願い、今度は美味いもん食わせろってのなら、叶えてくれるかな?」と思いつつ廊下の奥に向いかけ、全く反対の方向から、甘い美味しそうな匂いが漂ってくるのを感じる。
「んぁ!」
 そう叫び、スタスタと歩く翼の背中に「おい、翼!」と声を掛ける新座。
「何だい?」
「なんか、美味そうな匂いがする!」
「…そうだね」
「俺、行ってきても良いか?」
「僕は、ベイブのトコに行かせて貰うけど、君は君で好きにすれば良い」
 翼の言葉に一つ頷き、「絵から助けてくれてありがとな!」と言うと、トトトトと匂いのする方向へと走り始める。
 背後で「何て本能に忠実な男なんだ」と翼が呟いていたのも知らず、くんかくんかと鼻をひくつかせ、程なく匂いの元となっている部屋に辿り着く。
「ここか!」
 そうワクワクしながら呟いて、部屋の扉を押し開くと、そこには溜息を吐きたくなるほど豪華で、広い食堂があった。
 大きな長テーブルの右端に三人の男女が座り、その真ん中には大きな皿に盛られたクリーム塗れの大きなケーキが見える。
 黒髪の人形めいた愛らしさを有する少女が自分の指に嵌っている玩具の指輪を嬉しげに眺め、聡明そうな顔立ちをした可愛い少女が、紳士的な風貌の男性にビーズの指輪を嵌めて貰っていた。
 二人ともすこぶる嬉しそうな顔をしていて、女はやっぱ、あーいうもんが好きなんかなぁ?と考える。
「俺ぁ、そんな食えねぇもんよりも、こっちの方が嬉しいんだがなぁ?」と言いつつ、ひょいと包帯だらけの手をケーキに伸ばした。
 三人が一斉に目を見開き、振り返ってくるが、新座はとりあえず、もぐもぐとケーキを食す。
 見た目はちょっと、大雑把が過ぎるが、味はかなりイケていた。
 ふわふわのシフォンケーキが、クリームの程よい甘さと相まって、新座の頬を緩ませる。
「…お前、失礼よ? 何も言わずにあたしのケーキを食べるだなんて」
 黒髪の少女がそう言ってきたので、彼女が作ったのかと悟り、美味しいケーキを作った人に対する敬意を込めて「…いただきます」と口の中のものがなくなってから、新座は告げた。
 食べ終わってからの挨拶に、皆、ガクリと落ち込んだような表情を見せてくる。
 紳士的な風貌の男性が、「新座さんも、迷い込んじゃったんですか?」と問うてきたので 新座は驚き「あんた、よく俺の名前知ってんな。 エスパー? もしかして、エスパー? ちょっと待って、テレパシー受け取る準備するから」と、両こめかみに中指と人差し指をピンと伸ばしてあて、目をぎゅっと瞑るテレパシー受信の際の定番ポーズを取ると、「ハイ、どうぞ!」と掛け声を男性に掛けた。
 何のことはない、只、新座が男性のことを忘れているだけで、彼とはちゃんと前に会ったことがある。
シオンという名の男性が困惑しきった表情を浮かべ、黒髪の少女が「クヒヒヒッ」と笑い声をあげた
 利発そうな少女に至っては、こんな馬鹿な遣り取りには付き合ってらんないという風に紅茶を啜っている。 
 そうこうしている内に、ピンクのジャージ姿の化粧が派手な女が部屋の中に入ってきた。
「このクッキー…確かに、見た目は良いが30点って感じだぞ…」なんて、言いながら、金髪女が、明るい声で言い、それから新座に目を留め「また、新しい客か」と言ってきた。
 すると新座は何だか不安になって、「客? 客か。 でも、客は、招かれないとなれない訳で、俺は、ここの城の王様だっていう奴から、追い出されちまったからなぁ…」と首を捻り「客じゃないかも」と金髪女に言う。
 それから、少し鼻をヒクつかせ、「なぁ、お前、金色だし、この城の住人の匂いがする。 もしかしたら女王か?」と問いかけた。
 金髪女は、ポリポリと頬を掻くと「ま、そういう風に此処の連中には呼ばれてるな」と答え、「ベイブに探せって言われたのか」と聞いてくる。
「ああ。 女王か、ジャバウォッキーに出して貰えって。 でも、二人を見つける前に、死なないように気を付けろとも言われたから、とりあえず気をつけて来た」と答える新座。
「ベイブの意地悪だ。 自分で出してやりゃあ良いのに、時々、こうやって楽しみやがる。 ほんと、性格悪いよ。 それにしてもあんた、あたいに会えて運が良いよ。 この城、何処がどうなって、どんだけ広いか分りゃしねぇかんな。 あたいなんて何度迷った事か。 一日中迷い続けた時なんか、誠に見つけて貰わなきゃ、飢え死にするトコだった」としみじみ言う金髪の女王に、利発そうな少女が「や、それは、ただ、竜子さんが方向音痴なだけでは」と小さく呟く。
 そうか、こいつは「竜子」というのか…、と覚える新座。
 そんな二人の会話に嘴を突っ込むように「やっほ。 ニィル君。 元気ー?ってか、こんな場所で会うなんて、超奇遇じゃない?」と、聞き覚えのある明るい声が聞こえてきた。
声の主に視線を送り、新座は嬉しくて、「ガー!」と声をあげると「鵺! お前もか! どうした? しかも、何か美味そうな物持ってる!」と言いながら、親友である、鬼丸・鵺の抱える花柄の可愛い紙袋に手を突っ込む。
 中にはクッキーが入っていて、何枚かを一気に噛み砕き、飲み下した後、先程黒髪少女に叱られたのを思い出して「いただきます。 でも、何か、あんま美味くない…」と神妙な声で告げた。
 何というか、甘みが足りないというか、変な感じの味なのである。
そのせいか喉の渇きを覚えて、机の上にあったポットに手に取ると呑み口から直接紅茶を飲み、再びケーキへと手を伸ばす。
 シオンも負けじとケーキに手を伸ばしてきて、それから暫くの間は、まるで競うかのように、ケーキを貪り続けた。 

そうやって暫くお茶を楽しみ、鵺が「こうなったら、アレも持ってこよ!」と言いながら、何かを取りに食堂に向い、シオンが竜子から「良いか? ステゴロってのはな、最後は気合の勝負なんだ。 殴り合えばどっちも痛ぇよ。 激しく動きゃあ、そりゃ疲れるさ。 そういうのを如何に気合と根性で押さえつけるかってのがな…」と、ヤンキー講座を受けている時だった。


ジリリリリリリリリリリリリ!


 耳をつんざくような非常ベルの音が、食堂内に響き渡り、それから食堂にある椅子やらテーブルやらが一斉に暴れだした。
 それは、皆が座っている椅子も例外ではなく、激しく動く椅子に皆振り落とされ、床に転ぶ。
「! な、っ、ななな、なっ何があったって言うんですっ!」
 シオンがそう叫べば、尻をさすりながら竜子が立ち上がり、「まじぃな。 面倒臭い事が起こりやがった」と唸った。
「面倒臭いこと?」
 いずみという名らしい、聡明そうな少女が首を傾げて問いかける。
「ベイブが、発作を起しやがった。 アレは、誠がいねぇと止められねぇんだ。 畜生。 あいつ、何処行きやがってんだよ!」
 そう苛立たしげに竜子が言い、それから、食堂にいる皆に「此処も、あんまり安全じゃねぇ。 悪いがベイブのいる、玉座に一緒に来て貰えねぇか?」と、告げる。
 否応も無く頷いたシオンやいずみと、明らかにこれから何が起こるのかに期待してワクワクした表情を浮かべた新座と、ウラという名の黒髪少女は、食堂の扉から飛び出し駆け出した竜子の後を追って走り出した。
 そんな新座達の頭上にいつの間にか天井に立つ派手な格好をした道化が現れ「女王様に御注進! 女王様に御注進! 呼んでるよ! ベイブが、あんたを呼んでるよ! 早く! 早く! 早く行かなきゃ皆殺しだ!」と、楽しげに竜子に喚いている。
 重力を全く無視して、真っ逆さまに此方を見上げた道化が、ケケケと笑って、くるりとトンボ返りを天井で決める。
「黙れ! てめぇは、城のどっかにいるかもしんねぇ、誠でも探せ! ベイブが壊れたら、てめぇだって、死んじまうんだろうがよぉ!」
 そう、竜子が怒鳴れば「おお怖い!」と道化はわざとらしい仕草で身を竦め、それから煙のように消えた。
 壁に掛かっている人物画達が狂気じみた声で「ベイブ! ベイブ! 早くあやして! 皆殺しだよ! 皆殺しだよ!」と、叫んでいる。
「くっそ! 何時になく余裕がねぇじゃねぇかよぉ!」
 竜子がそう、意味の分からない事を吼えた。
シオンが、いずみとウラの手を引いている。
新座は竜子の姿を見失わぬよう必死で後を追った。
 そして、長い長い廊下の果てにある、玉間に通じる大きな鉄の扉を、竜子が蹴り飛ばすようにして押し開いた。
 

そこには、前に見た何処か空っぽな人形めいた様子から一転した酷い有様のベイブがいた。


「あ、ああ、あっ、来る! クるんだ! ま、誠! 何処? 何処にイる? 竜子! 竜子、来て! 魔女が、また、ま、魔女が、あ、あ、寒い、寒い、寒い…」
 玉座に蹲った彼の周辺に、不思議な銀色の文様が浮び上がっている。
 その銀色の文様内ではバチバチと電気が弾けるような音と共に、銀色の稲妻のような光が走っていた。
 部屋の中には他に、無事辿り着いたらしい翼と、翼が探していた金蝉ではないかと思われる金髪の美丈夫に、モデルめいた風貌の背の高い男性がいる。
 それに、先程何かを取りに行った筈の鵺と、何度か顔を合わせた事のあるシュライン・エマがいた。
 何で、エマさんが?と思いつつも自分も迷い込んだのだから、偶然同じように此処に連れてこられてしまったのかもと考える。
「お、お嬢さん?!」
 素っ頓狂な声で叫んでいる鵺の事を呼ぶモデル風の男性。
むくれた顔で「反省した?」と鵺に聞かれ、うんうん、と声も無く頷いている。
もしかして、アレが、何度か話を聞いた事のある、鵺の家庭教師とか言う「幇禍」か?と思いつつ眺めていれば、その疑問を確信に変えるかのように「じゃ、ま、許してやっても良いけど〜」と鵺がそこまで言い「課題の量減らしてよね!」と、嬉しげに要求していた。
「う…」と、眼を泳がせる幇禍に鵺は、「減らしてくれるよね…」と、再度重ねて問いかけている。
幇禍は、いかにもガクリと項垂れきった風情で「分りました…」と頷いた。
その瞬間ふわりと、昆布出しの良い香りが新座の鼻をくすぐる。
 この匂いは、間違いない。 おでんだ!
 そう確信し、「幇禍君だーいすき!」と鵺が言ったので、「おお! 俺も、大好きだ!」と何だかよく分からないままに首を突っ込んでおく。
 先程から、桜餅の良い匂いがしているのも踏まえ「あと、アレだ、おでんと桜餅も好きだぞ? 匂いがするんだ! 喰ってないよな? 俺、確か、その二つは喰ってないよな?」
と、鵺に問いかける。
鵺は首をかしげて「桜餅は、エマさんのだろうけど…おでんは知らないよ?」と答え、
「えーと、コレですか?」と、幇禍がおでんの入ってるらしい保温パックを掲げてくれたので、「うおっ! それだ! 俺は、大根が好きだ」と言いつつ手を伸ばして勝手に蓋を開けようとした。
 しかし、背の高さを利用して、ヒョイとそのパックを取り上げ「是は後で、みんなで食べるもんです」と注意してくる幇禍。
皆で食べるもの!という言葉に、「皆のものに先に手を出そうとしてしまった!」という、彼基準では結構重罪な罪悪感がのしかかり、深刻な声で「そっか…。 おでんだもんな。 みんなで食べないとな。 俺が先走りすぎた、悪ぃ」と謝まる。
そして、そうかきっとベイブも、お腹が空いてるからおかしくなったんだ!と、予想すると、「アイツも、腹減ってるから、おかしくなってんのかな? それ、分けてやってくれよ」と、ベイブを指差しながら新座は頼んだ。
 鵺も「そっか、お腹減ってるからべーやんは、おむずかりなのね」と新座の言葉に納得すると、「とりあえず、こんにゃくだけは残しといてって、ベーやんに伝えてね」と言い、それから「言い遅れたけど、この子はニィル君。 で、こっちのが、鵺の家庭教師兼まぁ、婚約者?って事になってる、幇禍君」と、いきなり紹介し始める。
 緊迫した状況の中、かなり浮いた会話をしている事に全く気付かず、新座は親友の婚約者に会えた事と、後で桜餅と、おでんを食べられそうな事を喜ぶと、、この騒ぎの要因ベイブに漸く視線を戻した。
 大剣に縋るように、しがみつく様に泣いていたベイブが顔を上げ、「誠? 竜子? 早く、は、やく、来ないと、つ、かまる。 つ、かまったら、壊れる。 こ、われ、る、割れる。割れて、あ、また、寒い…た、すけて、助けて…」と呟きながら、泣きそうに歪められた顔で当たりを見回す。
 まるで、迷子の子供のような、それは酷く弱弱しい姿だった。
新座はその様子に「ありゃりゃ? 同じ奴だとは思えないぞ? 腹でも痛いのか?」と見当外れなことを言う。
「壊れる…ネ。 魔女の呪とハ、かくも恐ろシイ。 差し詰め、この赤子は、その魔女を知らず虜にしてしまった、不運な時の迷子に過ぎないと言う訳、でスカ」
唐突に響く声に、新座は声の方向へと視線を向ける。
先程は気付かなかったが、ベイブの側に気配なく立つ男の、ダークブロンドの髪が揺れ、群青色の目が、細く三日月の形に歪んだ。
 誰?
 見知らぬ男を凝視する新座。
男は愉悦に満ちた快哉をあげた。
「何て、興味深イ!」
 
「デリク!」
 
嬉しげな声を上げ、ウラが彼の元に駆け寄る。
 彼女は彼と知り合いなのだろうか?と首をかしげ、然し、この王宮の中に、こんな風に知り合い同士がたくさんいるだなんて、なんて偶然なんだろうと新座は感嘆した。
「おヤ? 私の姫君。 こんな所にお出でになられて、どうしたんダイ?」
 そう言いながら、壊れ物を扱うような手付きで、その身体を抱きしめ、デリクが笑う。
「ウラ。 御覧なさイ。 アレこそ、究極の愛の形デス」
 彼がそうベイブを顎で指し示した瞬間、バチッ!と音がして、デリクの足元に銀色の光が飛んだ。 それを、ウラを抱えたまま、ヒョイと身軽に避け「危なイ、危なイ。 赤子が強力な力を持つと、加減を知らないカラ、面倒ダ」と飄々とした声で言う。
艶やかで、ぬめるように色っぽい光を放つ黒髪を有する男が、ずいと進み出て、「お前、何かやったのか?」とデリクに問いかけた。
 髪の美しさに反比例するかのように、陰険で爬虫類のように、人に根源的な嫌悪感を与える顔つきをした中年男だ。
 黒い首輪を嵌めている。
直感的に、新座はこの男がジャバウォッキーである事を悟った。 
 ジャバウォッキーの声に怒りはない。
 ただ、本当に尋ねているだけという声音。
「何カ? 何カ?とは、何でス? ああ、そうダ、そうダ。 あなた、初めて、お会いしまスネ。 私、デリク・オーロフと申しまス。 以後お見知りおきヲ」
 そう自己紹介したあと、優雅に一礼し、それから首を傾げてじっと、ジャバウォッキーを見る。
「あなたも、随分、面白い身体ダ」
 そう言い、「そして此処は、面白い場所ダ。 もうちょっと、知りたい事もあるのだけれド…」と言いながら辺りを見回し、それから腕の中のウラを見下ろす。
「お姫様もいらっしゃる事だし、そろそろ帰らねバ」
 デリクの言葉に、ウラはむくれ「折角、女王様のお茶会をしていたのに、全部台無し! デリク、この罪は、『気狂いアリス』のバニラアイスでしか償えなくってよ?」と言う。
「仰せのままニ」とデリクは甘い声で言い、それからジャバウォッキーに視線を戻した。
「出口、私一人でしたら、無理矢理作って外に出るのですガ、この子がいるので、余り無理はしたくないデス。 この、赤子、宥める事が出来ますカ?」
 そう問われ、辺りをぐるりと見回すジャバウォッキー。
そして、全ての面々を見渡すと、彼はこの上なく、面倒臭そうに顔を歪め、「何で、こんなに、いるんだよ」と呻きそして、「とりあえず、危ないから、ちょっと離れろ。 鵺といずみ…は、外出てた方が良いかもしんねぇ。 そこのウラとかいうお嬢ちゃんも、兄ちゃん部屋の外に出してやんな」と言う。
 何が起こるというのだろう?
 何だかワクワクする新座
 鵺も同じ気持ちなのだろう。
「やだ。 見る」と頑迷な調子で首を振り、いずみも「子供だからって、お気遣い頂かなくても結構です。 ちゃんと見届けさせて下さい。 大体、貴方の正体であれだけ驚かせて頂いたんです。 もう、何が起こったって平気です」と強い表情で言い、ウラに至っては、ジャバウォッキーの言葉など全く聞いていないのだろう。
 デリクの腕の中に納まって、惑っているベイブの姿を興味深げに見つめている。
(やっぱ女は怖い!)
 そう確信する新座。
「…ま、こういう場所でお茶会だなんて呑気な事が出来る子達だもの、それこそ、十八禁にでも引っ掛からなきゃ大丈夫じゃない?」と、エマが言い、「そうですね。 もし引っ掛かっても、ちゃんとOMCでチェックしてくれるし」とシオンも身も蓋もない事を言う。
 ジャバウォッキーが、もう、どうにでもしてくれというような憔悴した顔をし、「で、何でこうなったんだ? 何を切っ欠にしたんだ?」と問えば、デリクはニッコリと笑って「魔女」と一言答えた。
 その瞬間、ベイブを囲む銀色の文様がバチバチと音を立てて一層鮮やかに輝き、王宮の揺れが激しくなる。
 ビクンとベイブが一度のけぞり、口を大きく開けると「あああぁぁぁぁああっ! こ、わい、怖い、怖い、あ、こ、ろして、殺して、死にたい、終わりたい、壊して、こわ、して…りゅ、うこ……まこ…と…、ドこ? 何処? 助けて! 何処!!」と、叫び、惑う。
 そんなベイブになんとも言えない視線を送り、それから「知ってるのか?」とジャバウォッキーが問えば「一応、魔術師ですかラ」とデリクが答え、「騎士団内で起きたあの悲劇については、書物でとはいえ、知識として有しておりマス。 ただ、こうやって、実際に御目文字出来るだなんて、想像もしていなかったですケドネ」と、言葉を続ける。
「然し、素晴らしイ。 千年の呪い。 まさか、本当に有効であるトハ。 この奇跡の目の当たりにして、魔術師としては、捕獲して、どういう人体構造になっているのか、解体でもしてみたいところですガ…」
 そう言いながら、本心を見せない笑みを益々深めると、「ジャバウォッキー、許してくれませんヨネ?」デリクが聞き、ジャバウォッキーが「本当に、コイツを殺せるってんなら、何処へだって、連れてってやれよ。 本人もそれを望んでる」と、答える。
「死にたい。 終わりたい。 解放されたい。 そればっかりで、たかが人間の分際で二百年以上も生きてんだ。 誰でもいいや。 コイツ殺せるなら、殺してくれよと頼みたいとこだけどな…」
 そして、一つ溜息を吐く。
「期待持たせるだけ、持たせて、結局、無理でしたって事になるんだったら、許してやれや。 コイツの絶望は、既に今で限界なんだ。 これ以上は酷過ぎる」
 デリクは、笑みを深め「時の魔女の最期の呪に対抗出来る程の、魔術構造を発見いたしましたら、是非、再び此処を訪れさせて頂きマス」と答える。
「ま、せいぜい期待させて貰うわ」
ジャバウォッキーは気のない声で答え、それから竜子に目を向けた。
 竜子は「お前、ほんっと、何処行ってたんだよ。 どうせ、しょうもない飲み屋とか、競馬とか、そういうのなんだろうけどよ、マジで何も言わず出かける癖止めろよな」とブツブツ言いつつ、彼の隣に立つ。
「どうだ? イケそうか?」
「んー? ヤバくね? いつも以上にはしゃいじゃってる」
「でも、放っておけば、ここら辺一帯それこそ歪むぞ? そうなると、『道』が変わるし、鍵持ってねぇ、コイツらを無事出してやれる保証がなくなる」
 そんな風に相談しあう二人を見て、(もし、出れなかった、すこぶる困ったなぁ)と少し、眉を下げる新座。
 そして、幇禍が一向にベイブにおでんをあげようとしない事に焦れ、「まだ、おでんアイツにやらないのか? 幇禍って、ケチなのか?」と、幇禍聞いてしまった。
「んー、多分ね、今、俺が、このおでん片手に、ベイブさんのトコへ飛び込もうものなら、色んな意味で抹殺確実だと思いますよ?」
 そう幇禍が言ってくるが、なんでおでんみたいな美味しいものを食べさせて貰って、抹殺されるのだろうと不思議で仕方なく、「そうか? 俺だったら、大歓迎するのになぁ」と不満を隠さずに答える新座。
 そんな、ある種和やかな会話を交わされているのを余所に「時間が掛かり過ぎた。 せめて、あの結界内にもう少し近づければ…」という竜子の深刻な声が聞こえてきた。
 つまり、ベイブに近づけないから、彼の発作を止める事が出来ないという訳か。
 そう思いながら、ベイブを取り囲む銀色の文様に眼を凝らす。
とするなら、あの銀の結界を誰かが…。
「…やってやる」
 それは、ドキリとする程に凛とした声だった。
「あの、銀の結界の威力を弱めれば良いのだろう? やってやる」
 そう金蝉が言いながら一歩進み出る。
 翼が、ついと傍らの美丈夫を見上げ「出来る?」と聞けば「構成されている術式こそは違うが、接点を見つけ出し絡ませれば何とかなるだろう」と金蝉が冷静な声で答える。
「何より、俺は、この糞みてぇな場所から、とっとと出ちまいたい。 おい、そこの、二人」
 そう言いながら、金蝉が、ギッと竜子とジャバウォッキーねめつける。
「誰だか知んねぇが、その結界の威力は抑えてやる。 それで、この事態の収拾を付けられんだろうな?」
 そう言われ、肩を竦めると、ジャバウォッキーは「ホントに、そんな器用な事やってのけてくれるってんなら、鋭意努力するよ」と答え、竜子は「任せときな!」と請け負った。
 信用出来ないという風に「フン」一つ鼻を鳴らし、それからおもむろに、金禅は懐から銃を取り出す。
そして、金蝉はその銃弾を、ベイブの周りで閃光を放つ結界へと打ち込んだ。
 耳をつんざく音が、ホール内に響き渡る。
 間を置かず、金蝉は複雑な印を両手で組み、術の詠唱に入った。
 すると、銀の文様の上に、金色の梵字で描かれた別の文様が浮び上がる。
 銀と金の光が絡まりあい、一瞬眩いばかりの光を放つと、その銀の結界が放っていた稲妻のような光が収まっていた。
「長くは持たん。 とっとと行け」
 金蝉が、目を閉じ、小さく術を唱え続けながらも、そう早口で二人に告げる。
「どぉも。 あんた、かなり良い腕してんな」
 そう、ジャバウォッキーが言った後、竜子とジャバウォッキーは一気にベイブに近付き、竜子は前から、黒須は後ろに回り込んでベイブの身体を抱きしめた。


「お静まり下さいませご主人様」


 竜子が、ベイブの耳元に囁く。
「お静まり下さいませご主人様」



「魔女は来ませぬ。 魔女は、来ませぬ。 だって、ほら…」



 竜子が、静かな顔で天を指差す。



「貴方様が、あの魔女めを殺したのだから」



 思わず、その場にいた人間皆。
 ジャバウォッキーと、竜子を覗く全ての人間が空を仰ぎ、そして息を呑んだ。



いた。


玉座の天井にいた。



女が、目を閉じ、手と足に杭を打たれて天井に張り付けにされていた。
両手を開き、足を揃え、胸を深々と一本の槍を突き刺して、女がいた。


 アリス。


 灰色の、時の魔女。



「御覧下さい。 あれが、時の魔女に御座います」
 


デリクが、震える声で「ブラブォー」と呟いた。


  
天を仰いだベイブが呟く。


「ああ…。 アレが、私の罪の証」
 その瞬間無防備に仰け反ったままのベイブの首筋に、長い髪を揺らしてジャバウォッキーが顔を埋め、深々と噛み付いた。

 


「でね、でね、女の子の首がさ、中庭で歌っててね、鵺としては、アレ欲しいなぁとか思ったんだけど…」
「俺は、アレだ! あの、動くぬいぐるみ! アレが欲しい。 ぎゃおと、ケツァの友達に良い感じだしな」
 そう自分達が、おの王宮内で目にした物を語り合う、新座と鵺。
 ぎゃおが、新座の足元で何か美味しいものはないのかという風にキョロキョロしている。
 デリクとウラは既に、自力で王宮を脱し、翼と金蝉も、王宮を辞している。
 残っているのは、鵺、幇禍、新座の能天気三人組と、いずみにシオン、それにエマだけだ。
「変なもん喰うなよ〜?」と、人の家なのでぎゃおを新座は諌めておいた。
「ぎゃお?」
 首を傾げ分っているんだか、いないんだかの返事をしたぎゃおの仕草を見て、鵺が掬い上げられるようにしてぎゃおを抱くと、「おーっす! ぎゃお、ぎゃお、ぎゃおう♪」と妙な節で歌いながら、彼を弄繰り回す。
 一瞬、壊されやしないかと不安になったが、「ぎゃぎゃぎゃおぅ!」と暴れるぎゃおの仕草が面白くて、新座は思わず笑ってしまった。
「ぎゃお、ぎゃぁお!」
 抗議するように鳴かれ「あんま、虐めんなよぉ?」ととりあえずは鵺に釘を刺しておく。
 前の席ではシオンが、ニコニコと、緑茶を啜り、桜餅を食べながら「やぁ、今日は来て良かったなぁv」と、やっぱりこの人も強者だよなぁとしみじみしてしまいそうな事を言っていた。
 エマは、竜子に「姐さん!」と呼ばれながら、ドクドクと幇禍の買ってきた焼酎を注がれ、いずみはいずみで「…話から察するに、歴史的事実として書物の残る程の過去の遺体が、あのように、完全な状態で天井に残されているという事になる訳で、やはり、それは、此処が異空間だからなのか…どれとも、あの女性自体が特別な存在だからなのか…」とブツブツと呟きながら考え込んでいる。
 焼酎を啜り、鵺が養父に持たされたらしい「臭い乾物詰め合わせ」を突きながら、「それにしたって、お嬢さんと、新座さんはどうやって、此処に来たんです?」と、幇禍が問いかけてきた。
「えーとね、パパに幇禍君がチョーむかつくんだよねぇって言ったら、じゃあ、近頃来てなくてちょっと心配だから、様子見がてらベイブさんとこ行ってきてって言われて来た」
「何か、腹減ってフラフラしてたら、迷い込んでた」
 二人、そう端的に答え「でも、美味しいもん一杯食べれたから良かった」と同じ結論に達している鵺と新座。
 親友同士。
 やはり気が合うもんだと、何だか嬉しくなってしまうが、傍から見れば「駄目二人」である。
「それは、良かったですね」と、気のない声で幇禍にいわれ、二人そろってコクンと頷いた。
 そうやって、のんびり酒やお茶を楽しんでいると、食堂の入り口の扉が開き、そこから、憔悴しきった表情の黒須がぐったりと足を引きずるようにして入ってきた。
倒れこむみたいに椅子に座り込み「うー、疲れたーー」と、呻く黒須(ジャバウォッキーの名前らしい)に「ね、ね! ベーやんどうなったの?」と、鵺はベイブの容態を尋ねる。
 黒須に噛まれた瞬間、ぐったりと全身の力を抜いて倒れこんだベイブを、黒須は翼と金蝉に手伝って貰いながら彼の寝所に運び、竜子はこの食堂までエマ達を案内してくれたのだ。
「誠の、八重歯んとこにはな、蛇の猛毒が仕込まれてて、そいつで噛まれると普通の人間は一発で逝っちまうんだが、あの千年生きなきゃなんない王様にとってみりゃあ、丁度良い睡眠薬なんだ。 夜、眠れない時とかに、誠、噛んでやってるもん」と、竜子が説明してくれたのだが、蛇の猛毒で安眠を得る男の話なんてもんは、もう、此処まで現実離れしてるとどうでも良いという気分にすらなり、「ふーん、そうなんだぁ」とおざなりな返事しか出来なくなる。
そうやって、あの狂気の王様を寝かしつけた黒須は、べったりと机に身を投げ出したまま、「…とりあえず、寝てるし、もうちょっとしたら起きるだろうが、ま、そん時にはいつも通り落ち着いてるだろう」と、告げる。
 そして、エマの手の中にある杯を見て「お前、いーもん、呑んでんじゃねぇか」と言うと、手を伸ばした。
 その手をぺしりと叩き落としてエマが低い、低い声で「酔っ払う前に、お願いだから、此処から私をいい加減に帰して!」と黒須に告げている。
 新座もそろそろ帰ろうかなと、ぼんやり考え、うーんと伸びをした。


 竜子に扉を開いて貰って現世に戻る。
 隣には、エマが疲れた様子で歩いていた。
「で、なんで、新座さん達はあの場所に?」とエマに問われ「や、何か知らないうちに迷い込んでた。 な、ぎゃお?」と、足元のぎゃおに同意を求める。
 ぎゃおは新座を見上げ、その通りという風に「ぎゃお」と鳴いた。
エマは、「へぇ、で、一人であの玉座まで?」と問えば、「いんや、途中まで翼と一緒だった」と笑顔で答える。
 何故か、同情するような(それも、目の前の新座ではなく翼を)表情を浮かべ、それから気を取り直すかのように、「それにしたって、ベイブさんの豹変には驚いたわ。 デリクさんが、ベイブさんに何を言ったかって、貴方は知ってるの?」と聞いてくる。
 新座は首を振り、「がーっ、分んね。 てか、そういうの含め、あの城、面白ハウス過ぎ。 何か、動く絵とかもあったし、まだまだ、あの城にゃあ気になる事が一杯ありそうだ」と嬉しげに言い、「また、行きたくね?」と聞いてもる。
 そんな新座の問いかけに、エマはとんでもないという風に勢いよく首を振り「もう、結構!」と断言する。
 そうかな?と首をかしげた幇禍は、とりあえず、あの今度はぬいぐるみの山の中から、面白そうな奴を連れてこれないだろうか?なんて、怖いもの知らずな事を考えていた。



end



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2414/ 鬼丸・鵺  / 女性 / 13歳 / 中学生】
【3342/ 魏・幇禍  / 男性 / 27歳 / 家庭教師・殺し屋】
【3432/ デリク・オーロフ  / 男性 / 31歳 / 魔術師】
【3356/ シオン・レ・ハイ  / 男性 / 42歳 / びんぼーにん(食住)+α】
【1271/ 飛鷹・いずみ  / 女性 / 10歳 / 小学生】
【3427/ ウラ・フレンツフェン  / 女性 / 14歳 / 魔術師見習にして助手】
【2916/ 桜塚・金蝉  / 男性 / 21歳 / 陰陽師】
【3060/ 新座・クレイボーン  / 男性 / 14歳 / ユニサス(神馬)/競馬予想師/艦隊軍属】
【2863/ 蒼王・翼  / 女性 / 16歳 / F1レーサー 闇の皇女】

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■         ライター通信          ■
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お久しぶりの方も、初めましての方も、今回は「お願いBaby!」御参加いただきまして有難う御座います。
ライターのmomiziで御座います。
今回は、久しぶりのOMCな上、初自NPC登場でのゲームノベル挑戦って事で色々あわあわしてしまいました。
何だか、参加して下さった方のブレイングの着地点が皆さん同じ感じだったので、集合ノベルにしてみたり。
とはいえ、例によって個別に近い形で書かせてもらってるので、どの話を読んでもらっても、新鮮な楽しみ方が出来ると…えーと、いいな?(弱気)

半年振りの執筆に些か戸惑いもあったのですが、何とか書き上げる事が出来ました!
ではでは、また、今度いつ書けるのか分りませんが、これにて〜。


momiziでした。