|
【 寂しい夜には・・・ 】
「ど、どーしてこうなっちゃったんでしょうか」
ボロボロの我が家を見つめて、宇奈月・慎一郎はがっくりとうなだれた
「あぁぁあ・・」
どうしてこうなってしまったのか
慎一郎は脳をフル回転させ、原因を思い出していた
そう、それはほんの出来心だったのだ―――
その日の夜、慎一郎はいつものようにおでんを食していた
「うーん、今はハンペンが食べたいですね」
ブゥンっとモバイル上に魔方陣らしき模様が浮かび上がり、そして変化は唐突に現れる
手に持っていたはずのゴボ巻きは姿を変え、黄金の汁を吸いながらも白く輝くハンペンがその姿を現していた
「あぁ、幸せです・・♪」
うっとりとハンペンを食べる慎一郎
最近、勉強し始めた錬金術をフルに使い、慎一郎は好きな具材をより好きなタイミングで楽しんでいた
「練金術とは、中々便利なものですねぇ♪」
はふはふと熱々のハンペンをほおばりながら、そう一人ごちる
慎一郎の前には、鍋とモバイルパソコンが置いてあった
そして、うっとりと慎一郎は鍋の中を覗き込む
鍋の中には、アヴァロン
煮えたぎる黄金色の汁
熱を帯び、湯気を上げる大根
光を浴びて艶やかに輝く卵
その隣のハンペンは白磁の輝きを放ちながら汁を吸い込んでいく
箸で取った具材からは黄金色の出汁が、雫となってちくわへと滴り落ちる
大根を口に入れると、程よく味のしみ込んでいて、とてつもなく美味
嗚呼、なんと素晴らしきおでん
嗚呼、なんと幸せなんだろうか
「あぁ、おでん! I LOVE O・DE・N!」
煮えたぎる鍋の蒸気で、眼鏡を白く曇らせながら慎一郎は叫んだ
「嗚呼、このときめきは愛の他なりません!おでん!おでん!うぉーあいにーお・で・ん!!!!」
少しテンションが怪しくなってきた
それもそのはず
慎一郎の横には、「鬼殺し」と書かれた酒瓶が置いてある
そして、コップの中にはこの酒瓶から注がれたであろう飲みかけの酒
と、いうことは
「僕は酔ってませんにょ〜?」
―――確実に酔っていた
まぁ、瓶の中には結構な量の酒が残っていたのでほろ酔い程度だろう
それでもテンションが上がりきり、しばらくおでんの素晴らしさについて一人で騒いでいた
そして、慎一郎は不意に気づく
騒いでも、反応してくれる人も諌めてくれる人もココにはいない、という事を――
上がりきっていたテンションが急激に下がり始めた
「あぁ、いけませんね、こんな事では」
景気付けにと、コップに酒を満たし、くいっと一気に飲んだ
しかし、しんみりとした気持ちはいっこうに治る気配を見せない
「参りましたね」
ふぅっと溜息を吐いて、くしゃりと髪を掻きあげた
ぼんやりと少し酔った頭で思い出す
それは優しかった母の姿
とても暖かかった人
自分を愛してくれた人
「・・・・・おかあ・・さん」
寂しいと気づいてしまうと、それは否定するまもなく体中に浸透する
さびしい、寂しい、淋しい、かなしい、悲しい、哀しい
涙腺が緩み、うるうると視界が歪む
人恋しくなり始めると、一層淋しさが募った
死んでしまったお母さんに会いたいという想いが強くなる
目の前には、自分が最も愛しているおでん
そのおでんを―――
「いやいや、いけませんいけません!」
あの黄金の汁に輝く卵を!
ぷるぷると儚げに震えるちくわを!
汁と同じ黄金色に染まっている大根を!
母親会いたさに犠牲にするなんて!
「あぁ、でも!!!」
この寂しさは耐えられない
ぐいっと、再びコップいっぱいに注いだ酒を飲み干した
「すいません、おでんさん!!不甲斐ない僕を許してください!」
ブォンっとモバイル上に魔方陣が映し出される
そして変化は始まる――
おでんは徐々に形を変えて慎一郎が望んだ母親の姿へと変わっていく
ちくわが震え、形となり、それぞれ指に
大根は重なり、白き足に
徐々に人の形を作っていく
だが、一つ問題が起きた
死んでしまった人間を作るという事は禁忌の他ならないのだ
人の形となった「モノ」はどんどん他の具材、鍋、そして机等の家具を吸収し、その姿を変えていく
「え!?えぇええええええ!?」
家具は硬質化した肌を作り出し、串は尖った歯へとその姿を変える
むくりと巨大化した「モノ」はその身を起こす
『 ヴ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ オ ン !!!!! 』
「お、お母さーーーーーーーーん!?」
ドガァアアアアアアアアアアアン!!!!
凄まじい音と共に屋敷が崩れ、おでんから変貌した「モノ」は雄叫びを上げた
それに度肝を抜かれたように慎一郎はへたりこんだ
「モノ」は慎一郎の屋敷を破壊しつくすまで暴れ、正気を取り戻した慎一郎に大量のおでんの具材へと姿を変えられた
そして、慎一郎は破壊された屋敷と山のように積み上げられたおでんの具材を呆然と見つめた
―――以上、回想終わり
「僕の馬鹿ぁあああ」
がっくりとうなだれる
まるっきり自業自得ではないか!
酒の力とは恐いものだと改めて痛感した
いけないと分かっていてもしてしまった自分を殴ってやりたい
「うぅう・・・」
その後、慎一郎は寂しさを感じる暇なく屋敷の修理へと時間を費やされた
唯一よかった事といえば、大量のおでんの具材をゲット出来た事だろう
「しばらくお酒はやりませんっ!」
そう固く、慎一郎は心に誓った夜であった―――
【 寂しい夜には・・・Fin? 】
|
|
|