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<東京怪談・PCゲームノベル>


【 Rest Time - 気持チハ伝ワル - 】

 
 太陽も傾き始めて、そろそろ客足も引いただろうかところあいを見計らう。
 この時間だと、会いたい人はまだ店に顔を出してはいないかもしれない。でも、ここでじっと時を待っているのもそろそろ飽きてきた。
 町の風景を見ていたって、なにか目新しいものが見つかるわけではない。だったら、さっさと店にお邪魔して、ウエイターと他愛ない会話でもしながら待っていたほうがまし。
 大通りから外れる小道に入って少しいったところ。甘い香りをあたりに漂わせている紅茶を専門的に扱っている喫茶店の前で足を止めた。
 ドアを開けると響くカウベルが、普段ならば自分をリラックスさせたり、喜びを与えてくれるものだというのに。今日ばかりは、今まで緊張で固まりに固まっていた身体を、さらに固めてくれた。
 迎え入れてくれたのは、愛想のないいつもの声。
「いらっしゃい」
 接客しているとは思えないその態度だが、入ってきた人物を確認したとたん、表情を緩ませた。彼を知らない人からみたら、まったく持ってなんの変わりもない一瞬の出来事だったが、少し知るとわかる。
 ほんの少しの表情の変化でさえ、彼にとっては大きな変化なのだと。
「どうした、しえる。買い物帰りか何かか」
「どうしてそこで、仕事帰りか? って言葉が出てこないのかしらね」
「いや、珍しくスーパーの買い物袋なんかを下げてきたから、俺はてっきり……」
 そういわれれば、そうだった。
 すっかり忘れていたが、今日ここへきた目的のものがその「スーパーの袋」の中にびっしり詰まっている。
「今日は自炊でもするのかと思ったが」
「私が料理だけはめっきりなの、知ってるでしょ? ファー」
 当然のようにカウンターに腰を下ろす彼女をみて、ティーカップにお茶を注ぐ。いらだっているようにも、緊張しているようにも見えるからリラックスできるハーブを混ぜた、飲みやすいフレーバーティーを振舞った。
「じゃあ、それは?」
「……い、いろいろ事情があって……」
「そうか」
 特に多くを聞こうとはしない。
 それが彼のいいところでもある。けれど、悪いところとも言える。
 決して人の領域に踏み込まない代わりに、相手もなかなか踏む込ませないのだ。他人と向き合ったとき、必ず壁を作ってしまう。
 その壁を本当の意味で崩せる人間は少ないのだろう。自分はまだ、その人間にはなれていない。
「永久ちゃんは、まだこないかしら?」
「永久? さぁ、どうだろう。こない日もあるから」
「そうなの?」
「ああ」
 前もって声をかけておけばよかったと、後悔が生まれる。突然押しかけたって、断られる可能性もあったのだから、やはりアポは取っておくべきだった。
 もし、会えなくても、目の前にいる男に聞けば教えてくれるだろうが、どうも気が乗らないし、言い出しにくい。
 こういうことは、やはり同姓に聞いたほうが気が楽だ。
「一本、連絡入れるか? メールでも出せば、くると思うが」
「ほんとう? でも、忙しかったりしないかしら?」
「もう、この時期だ。テスト前でもない。大丈夫だろう」
 学年末テストも終了している。年度末の今、忙しいのは教師ばかりで、生徒は思いっきり羽を伸ばしているころだろう。
 もちろん、今話題に上がっている永久も例外ではなく、先日この店に顔をだしたときも、テスト前に散々死にそうな顔をしていた彼女とは思えないほど、満面の笑みを見せていた。
 テスト結果は聞かないでやったが、彼女のことだ。悪くはないのだろう。
「お前が呼んでると言って、かまわないか」
「もちろん。お願いするわ」
「わかった。ちょっと待ってろ」
 携帯電話を取り出し、なれない手つきでメールを打つと送信ボタンを押す。しばらくすると返信が届いたようで、「来るそうだ。それまで待てばいい」とファーは言う。
 しえるはそんな彼の好意に甘え、紅茶のお変わりを頼むと、待たせてもらうことにした。

 ◇  ◇  ◇

 思い立ったが吉日というが、思い立つまでに時間がかかった。
 誰かの誕生日にものを贈ること。贈られることはあっても、贈ることはなかなかない自分が、毎年必ず贈りたいと思う人物がいる。
 今まで、毎年必ず贈ることができたわけではないが、今年はどうしても贈りたいと思った。
 どうしてかはわからない。多分、衝動的なものなんだろう。
 そしてどうしてだか、今年は嫌がらせじゃなくて、一番喜びそうなものをあげたいと思った。
「しえるさん、ごめんなさい。遅くなっちゃって」
 息を切らしながら店に駆け込んできたのは、待ちに待った少女――永久だ。閉店時間もすぎ、店の中には片づけをしているファーと、カウンターでお茶を飲んでいるしえるしかいない。
「いいのよ、私が無理矢理お願いしたんだから」
「それで、私に御用っていうのは……なんでしょう?」
「今日はお願いがあって来たんだけど良いかしら」
「お願い、ですか?」
 珍しいというか、初めてだ。永久がこの店に遊びに来るようになって結構たつけれど、常連の一人である彼女がこんな風にお願いするところなんて、見たことがない。
「なんでしょう?」
 けれど、頼られているみたいで嬉しかった。永久は満面に笑みを浮かべると、しえるの言葉を待った。
 一方のしえるはというと、視線を泳がせてなんだか言いずらそうな表情を見せている。
「私、できることならなんでも聞きますよ。だから、どーんと言っちゃってください」
「もうね、永久ちゃんにならすっごく、すっごく、すごーっく、簡単なことなのよ」
「そうなんですか?」
「ええ。ちょっと……私に、えーと…その、お料理って言うか、お菓子作りって言うか…教えて、くれない?」
 がしゃん。
 左から何かものを落とした音が響く。金物っぽい響きを考えると、ボールか何かだろう。
「ちょっとファー。何よ、その反応は」
「い、いや。自炊はしないんじゃ、なかったのか?」
「兄さんは黙ってて! いいじゃないですかねぇ。食べてほしいと思う相手がいるって、いいことですよ」
 永久は兄と違って鋭い。ただ、ほんの少し勘違いをしているようなので、そこだけは修正させてもらうことにした。
「2月最終日、兄貴の誕生日だったの。それでお菓子なぞ作って驚かせてやろうかと。ほら兄貴、甘い物異常なくらい好きだし」
「素敵です! 手作りなんて、きっと先生喜びますよ!」
 まるで自分が贈りものをもらったかのように喜ぶ永久。
「……でも私、料理は大の苦手なのよ。それで永久ちゃんにヘルプ。同じ兄を持つ身として御協力頂けないかしら」
「そういうのは、うまい下手の問題じゃないですよ。ようは、心が篭っていればおいしものなんていくらでも作れます」
 永久は鞄を置くと、自分用においてあるエプロンをしえるに手渡し、自分はファーから奪い取ってキッチンに入っていく。
 大丈夫だろうかと、心中穏やかでないファーは、そっと二人を見守ることにした。
 永久は見た目を裏切らないお嬢様だが、いろいろなことを自分でできる。料理もその一つで、得意というわけではないが、決して下手ではない。
 何を隠そう、最近店に並んでいるクッキーは、ファーからレシピを聞いて、永久が焼いているものだ。

 ◇  ◇  ◇

 陽も沈みきり、すっかり辺りが暗くなったころ。
「……う、また焦げた」
「次は、もうちょっと早くあげてみましょうか。そうすれば、いい色になると思います」
 作っているのはドーナッツだ。ベーシックで初心者でも簡単に作れるし、アレンジが利く。持ってきた材料ではいろいろなものを作れたが、とりあえず簡単にできそうなものを進めた。
「はぁ」
「しえるさん?」
 ため息を大きく漏らして、「だめねぇ」ポツリとつぶやいた。こんなに弱気な彼女は、始めてみた。
「私の料理の才能は、きっとアルプスの谷底に落として来たんだわ……。ねぇ永久ちゃん、美味しいお菓子を作るコツって何かしら?」
「そうですねぇ……コツ、ですか。私は、食べてくれる人がおいしいと思ってくれるように、精一杯気持ちを込めます」
 今は永久のお菓子作りの腕も確かなもので、店にクッキーを並べてもらえるようになったが、以前はそうではなかった。
 普通より上にはいけなかったのだ。
 けれど、食べてほしい相手ができた。その人に、「うまいな」と一言言ってほしくて、がんばって作った。
「私も、兄さんに食べてもらおうと思ったのがお菓子作りをたくさんやるきっかけでした」
「あら、そうなの?」
「はい。兄さん、作るものおいしいのに、自分で食べないんです。甘いもの。だから、あまり甘くないクッキーでも作ったら、食べてくれるんじゃないかと思って」
「それで、クッキーがあんなにおいしいのね」
 しえるももちろん食べたことがある。永久のクッキーは、ファーの紅茶によく合うのだ。
「喜んで貰いたいっていう気持ち、なのかなぁ。だったらきっと出来るわよね。よし頑張ろう!」
「はい! その調子です!」
 へこたれそうになっていたしえるだが、しっかり作業を再開した。
 兄に喜んでもらいたい。
 そんな、気持ちを一身に込めて。

 ◇  ◇  ◇

 いい加減、夜も遅くなってきたため、そろそろ永久と家に帰したいと思い、ファーがキッチンを覗き込んだとき。
「で、できたぁっ!」
 声を揃えた二人が、歓喜を表した。
「なんだ、できたのか?」
「もちろんよ。私にできないことがあると思ったの?」
「……料理」
 ぽつりとつぶやいたファーの声は、どうやらしえるには届いていないようだ。出来上がった三つのドーナッツを大切そうに袋に詰め、
「ありがと、永久ちゃん」
 と、色っぽく微笑んでみせる。同性の永久でさえも、思わず見とれるその微笑みは、暖かさを感じた。
「……教えて貰ったことは、兄貴には内緒ね」
「はい。もちろんです」
 苦笑しながら、口元に立てた人差し指が、なんともいたずらな雰囲気をかもし出している。
 ふと、永久が思う。
「しえるさんって、なんだかいたずら好きの天使みたいです」
「え?」
 驚愕の声は、ファーとしえるのもの。
「背中に羽根が生えてそう。ぱたぱたしてて、すごくかわいらしいのが」
「どちらかというと、小悪魔の羽のほうが、似合うかもしれないわ」
 自分で言ってみせるあたり、自覚があるのか、ないのか。
「それじゃ、遅くまでごめんね。ありがとう」
 しえるはそれだけ言い残すと、店を後にした。
 やっぱり永久は鋭い。
 けれどあそこで、まさか自分の前世は天使よ、と言っても真実とは思われない。
 冗談でなんて、自分の正体を明かしたくはない。
 気に入っている相手なら、なおさらだ。
「いつか……聞いてもらってもいいかもね。あの子にも」

 自分の、大切な思い出を。



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■       ○ 登場人物一覧 ○       ■
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 ‖嘉神・しえる‖整理番号:2617 │ 性別:女性 │ 年齢:22歳 │ 職業:外国語教室講師
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■       ○ ライター通信 ○       ■
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この度は、NPC「永久」との一日を描くゲームノベル、「Rest Time」の発注あ
りがとうございました!
永久の初仕事!ということで、しえるさんと一緒に楽しく料理ができてよかっ
たです〜。そしてお兄さん(笑)のお誕生日に、ということだったので、もう
少し早めに仕上げられたらよかったのですが、ぎりぎりになってしまって申し
訳ありません。
どうぞまた、お気軽に紅茶館『浅葱』に足を運んでください。
いつでもお待ちしております。
この度は、本当にありがとうございました。
                         山崎あすな 拝