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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜水華〜



 門の外に追い出された黒埼狼は、怒りに眉を吊り上げる。
 野良犬のように追い出すことはないではないか!
 ムスっとしつつ、傘を差す。
(仕方ねーなあ)
 もうすっかり空は黒く沈んでいる。
 狼は振り向く。彼の背後には、たった今閉められた門がある。その向こうには広大な庭と大きな屋敷があるのだ。
 主の帰りが遅いということで、狼はこの屋敷の執事に言われて迎えに行くことになったのだ。
 ふと、思い出す。
 この付近で最近妙な噂を聞くのだ。
 祭事に使うような鈴の音がする、と。
(……厄介なことに巻き込まれてなきゃいいけどよ)
 そう嘆息混じりに思って、狼は足を踏み出した。



(ふと思うんだが)
 狼は歩きつつ首を傾げる。
(なんで屋敷の人間でもない俺が、迎えに行かされなきゃなんねーんだ……?)
 そういえばそうだ。自分はあの家の者ではない。こういうのは、あの屋敷に住んでいる者がするべきじゃないのか?
 自分はあそこに雇われているわけでもないというのに。
(…………すんげぇ納得できねえ)
 いや、確かにこんなに暗くなっても帰ってこないあの屋敷の主人のことは気になる。気になるし、心配だ。
 でも。
(なぁんか……やっぱり納得……)
 できないと思いかけた瞬間、狼は鈴の音が聞こえたので足を止める。
 噂が脳裏に蘇った。
 鈴の音と共に現れる謎の人物。
(……まさか)
 空耳に違いないと鼻で笑う狼は耳に微かに届いた音に疑問符を浮かべる。
 これは……。
(戦闘の音)
 誰かが戦っている。
 周囲を見回し、狼は音がするほうへ足を向けた。厄介事に関わり合うのは不本意だ。だけど。
(巻き込まれてる可能性が、ないわけじゃ……!)
 ざっと飛び出した狼は、動きを止める。慌てて頭を引っ込めた。
 雨の中にひるがえる長い髪。地面の水を弾いてずしゃっと彼女は着地する。
 手には巨大な――。
(鎌……?)
 黒一色でできた鎌は、少女に不似合いなほど巨大な刃を持っていた。
 少女は狼とそう年は変わらないように見える。
(ていうか、どっから現れたんだ……?)
 いきなり空中から出てきて着地した、ように狼の眼には映った。
 そう思ってからハッとする。
(な、なんだ……心配して損した)
 巻き込まれていたのは見ず知らずの少女で、狼が探している人物ではなかったのだ。と。
(って! 何が心配して損した、だ!)
 頭を左右に振る狼は、少女の手の中の鎌がぐにゃりと形を変えたのに気づく。鎌は刃を溶けさせ、薙刀になる。
 両手で構える少女はキッと前を睨みつけた。
「憑物よ、その人から離れなさい」
 少女は闇に向けて言い放つ。
 街灯の下へと少女に近づいて来る人物は、がくんと上体を揺らした。若い青年だ。
「離れないと、滅します」
「けけけけけ。滅するぅ? 滅するだと? おまえがあ?」
 首を傾げたまま青年は言う。どう見ても目が正気ではない。
「滅するだとお? できるのか? ええ? できるのか!」
「できます」
 少女は言い放ち、右足を前に出して薙刀を構える。
「こいつを殺すのかあ? いいのかあ? 本当にいいのかああああ?」
「…………」
 少女は目を細める。腕を下ろした彼女は、黙って相手を睨みつけた。
「そうそう、それでいいんだよ……。黙って喰われてればいいんだよぉぉおお?」
(……! あの女、まさか黙ってやられる気じゃ……!?)
 その考えは最後まで続かない。狼の体は一瞬でそこから飛び出して少女に襲いかかろうとしていた青年の腕を止めていたのだから。
「何を……、」
 狼は力任せに男を押す。そのまま突き飛ばした。
「諦めてんだ!」
 狼の言葉と同時に青年が尻もちをつく。
 振り向いた狼の目に、驚いている少女が映った。
「殺されるところだっただろうが!」
「…………す、みません」
 目を丸くしたまま呟く少女は、よく見ればかなりの美少女だ。
「死にたいわけじゃないんだろ!」
「は、はい……」
 少女は唖然としていた表情をすぐ引き締める。
 そして。一瞬でその場を駆け出す。なんという瞬発力だ!
 驚く狼が一呼吸する間に少女は距離を詰める。
 速い!
 少女は起き上がれない青年に一直線に突っ込んだ。
 男は目を見開く。
「やめっ……!」
 少女の瞳には本気という光しか宿っていない。
 殺す気だ……殺す…………殺される!
 青年の後頭部から何かがどひゅ! と飛び出した。
 少女は青年を通り過ぎる。逃げようとしたソレ目掛けて武器を下から上へと振り上げた。
 真っ二つに斬られたソレは、どさっと地面に落ちる――。
 振り向いた狼の耳に、雨音が響いた。今の今まで、この戦闘中の雨音は耳には入らなかったのだ。
 少女に広げられた巻物が、淡く輝いた。するとどうだ。地面に落ちていた奇怪なモノが忽然と消え失せた。
 ふう、と少女は息を吐き出す。
「どうも――――先ほどはご迷惑をおかけしました」
 視線を狼に向けた少女は、深々と頭をさげる。
「え? あ、いや……」
 礼を言われたくて助けたわけではない。狼は軽く手を振って困ってしまう。
 少女は頭をあげて狼を見つめた。よく見れば両眼が色違いだ。
(……俺と同じ色違い?)
 怪訝そうにした狼の視線に気づいた少女は右眼を隠す。
「あまり見ないでください」
「あ、ああ……すまないな」
 気まずそうに言う狼は、内心どうするべきかと悩んでいた。明らかに自分を警戒している彼女に、どう言えば……。
(というか……せっかく可愛いのになんか無愛想だな〜……)
 無表情で狼を見ている彼女は、口を開く。
「……あなたはこんなところで何をしているんですか?」
「いや、ちょっと人を迎えに行く途中で」
「……見ず知らずに私の為に、危険を顧みずに飛び込んできたと?」
 刺のある口調に狼は少しムッと顔をしかめる。なぜ責められるように言われなきゃならないのか。
「一歩間違えば、あなたが死ぬところでした……」
「俺は――――!」
「私が腕を下ろしたのは、憑物を油断させるため……。あなたが助けに入る必要はありませんでした」
「……そんな言い方ないだろ?」
 腰に手を当てて言う狼を、彼女は見上げる。
「あなたが突然割り込んできたので、私は非常に驚き……戦意を失いかけました」
 つい先ほど、彼女がひどく驚いていたのを思い出す。
「死ぬつもりかと思ったんだって!」
「自分が死んだらどうするつもりだったんですか。……自分の命をもっと大事にしてください」
 そう言って彼女はきびすを返す。
「あ! お、ちょっと待てって!」
 狼は慌てて持っていた傘を少女に押し付ける。少女は不思議そうにそれを見遣る。
「……なにか?」
「……雨の中、ずぶ濡れってわけにもいかねーだろ。やる」
「いえ、お構いなく」
 少女はやんわりと傘を押し返す。だが狼は頑として引き下がらない。
「……私のことはいいんです。あなたが濡れますよ?」
「気にする必要はねえ」
(女の子が体を冷やすのはよくないし……それだけだ、それだけ)
 ぐいっと少女に傘を渡す。受け取った彼女は驚いたように傘を見遣り、それから視線を伏せた。
「……本当にお節介な方ですね……」
 小さく呟かれた言葉は狼の耳には入らない。少女が呟きと同時に小さく微笑んでいたことも、狼は気づかなかった。
「ありがとうございます」
「おう」
「……どちらにお住まいなんですか?」
「は? 骨董の『逸品堂』に居候中だけど……それがどうしたんだ?」
「そうですか。では後日、傘をお返しに伺います」
「はあ!?」
 仰天する狼である。
「い、いらねーよ! 返しに来なくていい! やるって言ってんだろ!」
「……お名前は?」
「え……く、黒崎狼、だけど」
「私は遠逆月乃です」
「ふーん」
 似合っている。まるで夜空にぽつんと浮かぶ月だ。孤独と闇と共に浮かぶ、月。
 傘を片手に彼女は歩き出す。
「……それでは失礼します」
 こつこつと足音をたてて闇の中へと歩いていく月乃を、狼は見送った。だが、途中であの鈴の音が聞こえたのだ。
 しゃん、と。
 忽然と月乃の気配が消えてしまう。足音すらしない。
「消え、た……」
 遠逆、月乃。
(……またどっかで会うだろうな……)
 きっと。



 珍しく店番をすることになった狼は、小さく欠伸を噛み殺す。
 竹箒を片手に店の前を掃除していた。
(いい天気だな〜。あったかいし……)
 昨日の雨が嘘のようだ。
「すみません。こちら、逸品堂ですか?」
「はいはい。そうだけ、」
 ど、と言う前に、振り向いた狼がぎょっとして動きを止める。
 濃紺の制服姿で、長い髪。
「とっ、!?」
「ああ、やはり黒埼さんでしたか」
 口元に笑みを浮かべて言う月乃は、両手で狼の傘を持っていた。
「なんで返しに来てんだよ、遠逆!」
「え? 返しに伺うと言ったはずですが」
 不思議そうに言う月乃の言葉にハッとする。返しに来なくていいと言ったが、彼女はそれに対して頷いてはいなかったはずだ。
(き、生真面目なヤツだな……)
「骨董のお店なんですよね」
 月乃は店を覗く。月乃くらいの年頃の少女といえば、もっと洒落たものに興味を抱くだろうに。
「素敵なお店ですね」
 声が明るかった。
「す、すてき……?」
 逆に狼の声は疑問符混じりで低い。
 彼女は傘を狼に差し出してくる。
「ありがとうございました、傘」
「え? あ、いや……」
「……あまり危ないことに首を突っ込まないようにしてください」
 小さく言われた月乃の言葉に、狼は眉根を寄せる。月乃は今までと違い、冷えた視線で彼を見ていたのだ。
「憑物は厄介です……。それに、私は呪われていますから、近づかぬように」
「? 呪われてる……?」
「四十四の憑物を封じるのがこの地で私が成すべきこと……」
「……」
 思わず気迫に呑まれそうになった。だが、すぐに月乃は表情と瞳から威圧感を消す。
「お探しの人は見つかったんですか?」
「あ、昨日のか? まあな。わざわざ屋敷近くまで送り届けてくれたヤツがいて……。少し口論になったっていうか……」
 怪しかったからだ、とまでは口にしない。
「そうですか。見つかったのなら良かったです」
 月乃は傘を渡すと狼に背を向ける。
「それでは失礼します」
「ああ。またな」
 つい口から出た言葉だったのだが、月乃が足を一瞬止めた。だがすぐに歩みを再開させる。
(……なんだってんだ、あいつ)
 箒片手に、狼は嘆息したのだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1614/黒崎・狼(くろさき・らん)/男/16/流浪の少年(『逸品堂』の居候)】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして黒崎様。ライターのともやいずみです。
 なかなかキツい言い方をする月乃ですが、ご容赦ください〜。月乃なりに黒崎様を気遣っているんです。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 月乃の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!