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<東京怪談ノベル(シングル)>


WD攻防戦2005
●ホワイトデーとは?
 3月14日――ホワイトデー。
 日本においては2月14日の聖バレンタインデーと対になって語られることが多いだろう。その由来については、キリスト教の司祭が殉教した1ヶ月後にその司祭に救われた男女が改めて永遠の愛を誓い合ったという話がある。……どこまで本当かは分からないけれども、そういうことになっているらしい。
 ではその実体はというと、3倍返しだ5倍返しだなどという言葉とともに、チョコレートを押し付けた男性から高級ブランド品などを略奪するという風習となっている。お菓子業界を中心とした各種業界の思惑をも含み、何でも一時的に経済活動が活発になる日でもあるそうだ。……微妙に何か説明が間違っているような気がしないでもないが、あまり深く考えないよーに。
 なお、どこぞの進駐軍少佐絡みの与太話は全くないので注意。一応、念のため。
 そんな(どんなだ?)この日、草間興信所では1ヶ月振りにまた戦いが繰り広げられようとしていた。相変わらずの恒例行事、シュライン・エマと草間武彦のホワイトデー攻防戦である――。

●春なのに、また冬ですか?
「うう……寒い……」
 シュラインは北から吹いてきた風に身を震わせた。朝8時前、草間興信所へ向かう途中のことである。
 寒の戻り、とでもいうのだろうか。ここの所は暖かで春の到来を感じさせていた気温も、昨日から今日にかけては一気に冬へと逆戻りしていた。場所によっては雪が降り、今日などはホワイトホワイトデーになってしまっているという。
「これがあるから、季節の変わり目は体調崩しやすいのよね」
 小さな溜息を吐くシュライン。季節の変わり目は寒暖の差が激しい。それゆえ体調を崩す者も少なくない訳で。
(武彦さん、風邪ひいたりしてないでしょうね)
 草間は仕事に関してはきちんとやっているが、いわゆる日々の暮らしについては基本的にものぐさ気味である。何せベッドまで戻って眠るのが面倒で、ソファで上から毛布だけかけて寝てしまうことも少なくはない。なのでこういう時、風邪をひく危険性は高いといえよう。
「……まあ、今日があるから気力で何とかしてるかもしれないけど」
 ふと思い直し、シュラインはそうつぶやいた。何しろ今日は、先月のバレンタインデーのチョコレート責めに対する報復攻撃の日。変な所で負けず嫌いな部分がある草間のこと、今日の報復を無事終えるまでは意地でも倒れないに違いない。
「……何が待ってるのかしら……」
 遠い目になり、ふっとやや自嘲気味な笑みを浮かべるシュライン。今日は起きた時からどきどきと不安を感じていたのだが、事務所が近付くにつれて次第に腹をくくってきていた。
「どうせ今日も、武彦さんと2人で1日書類整理だし……被害の範囲は最小限、うん」
 ……何でそう悲痛なのですか、シュラインさん。ともあれ、事務所はもうすぐ近くである。

●目には目を?
「おは……よっ?」
 事務所の扉を開けたシュラインは、視界に飛び込んできた草間の姿に驚いた。というのも、どうしたことか草間がエプロン姿で居たからである。
「ああ、おはよう」
 草間は平然とシュラインに朝の挨拶をした。
「ええと、その姿は……」
「ちょうど朝食を作ってたんだ。一緒に食うか?」
「……武彦さんが?」
「何だよ、珍しい物でも見るような目で。俺だって、たまにはやるさ」
 そう言い、ニヤリと笑みを浮かべる草間。その瞬間、シュラインははっとした。
(まさか? バレンタインデーの逆パターンするつもりなのっ?)
 この流れ、今の草間の笑み……十分にあり得る。それにホワイトデーの贈り物は、バレンタインデーと違ってお菓子だけでも複数あるからバリエーションもある。
(因果応報……って、こういうことなのかしらねえ)
 また遠い目になるシュライン。草間が再度尋ねた。
「どうするんだ、お前の分もあるぞ」
「……そ、そうね。じゃあお言葉に甘えて、いただこうかしら」
 覚悟を決め、シュラインは朝食を一緒に食べることにした。家を出る前に多少は食べてきているのだが、それを理由に断っては敵前逃亡。草間に背中を見せて逃げてしまうことになる。ここは真正面から戦ってみるつもりであった。
 けれども、そのシュラインの覚悟は必要なかったらしい。出てきたのはトーストにスクランブルエッグとハム、飲み物はコーヒーという拍子抜けするほどに普通の朝食だったからだ。
(普通……? それとも、上手く偽装してるの?)
「温かいうちに食えよ」
 思案するシュラインを他所に、先に食べ始める草間。シュラインはトーストやハムの裏表を確かめたり、スクランブルエッグやコーヒーを少しずつ口にして不意打ちの危険性を少しでも減らそうと試みた。しかし、いずれも普通の味。何か仕込まれているということは全くなかった。
(考え過ぎだったかしら)
 少しほっとし、シュラインも普通のペースで食べ始める。見栄えは少しあれだが、味は本当に普通である。男の料理だから、こんな物であるだろう。
 だが、そんなシュラインに草間のこんな一言が投げかけられた。
「今日は俺が三食作るから、楽しみにしててくれ」
 草間が何故か不敵な笑みを浮かべる。
「え……」
 絶句。
 シュラインは、軽いめまいを覚えた――。

●ここで問題です
 結論から言うと、この日のシュラインの作業能率は半分ほどに落ちてしまった。草間がどういう手でくるのか、読み切れなかったからである。
 草間が三食作るというから、食事で報復されるのかと思いきや、出てきたのは普通の食事。昼食は冷凍していたご飯で作ったチャーハン、夕食はキャベツをたっぷり入れたインスタントラーメンと、いかにも独身男な料理であった。
 それではその間の時間に何か仕掛けてくるのかと思えば、何もしてくる気配がない。草間は黙々と書類整理に精を出していた。途中で1時間ほど出かけたが、手ぶらで帰ってきてまた書類整理に戻っていた。普通に1日が過ぎていったのである。
「どういうことよ?」
 事務所からの帰り道、1人訝しむシュライン。どうして草間は何も仕掛けてこないのか。
「去年のホワイトデーはあんなに周到に罠を仕掛けてきたのに……おかしいわ」
 結局草間は、この日一度も『ホワイトデー』という言葉を口にせぬままシュラインを送り出していた。そのことも、一層シュラインを訝しめさせていた。
(まさか忘れてるなんてこと……ないわよね?)
 いくら何でもそれはない、と思いたい。けれども、その可能性も否定出来ない訳で。
 すっきりせぬまま自宅の部屋の前に戻ってきたシュラインは、扉のノブに何かビニール袋が引っ掛けられていることに気付いた。
「あら。何あれ?」
 注意してビニール袋に近付き、そっと中を覗き込むシュライン。中には白い小さめな箱と、『草間』と表に記された白い洋封筒があった。
「武彦さん、ここに来たの……?」
 シュラインは辺りを見回した。当然のことながら草間の姿はない。先回りした可能性はないだろう。とすると、ここへ来たのは日中に草間が出かけていた時か。
 その時、シュラインの携帯電話が鳴った。かけてきたのは草間だった。
「もしもし。そろそろ家に着いた頃だと思ってな」
「武彦さん! 家の前に……」
「ハッピーホワイトデー。俺が置いてきた。それがお返しだ。今日は1日どきどきしてたろ? 何をしてくるか不安で」
「……ねえ。わざと?」
 シュラインは草間の意図に気が付き、そう聞き返した。
「何かされるかもと思わせておいて、何もしないってのは意外と効果あるんだよなあ……」
 きっと電話の向こうの草間は、ニヤニヤとしていることだろう。その顔が目に浮かぶ。
(ああもう、一本取られたわ)
 ふうと溜息を吐くシュライン。でも、何故かおかしい気分であった。自然と笑みが浮かんでいた。
「中身はマシュマロだ。でも、ただのマシュマロじゃない。秘密が隠されている。明日、その答えが分かったならもう1つプレゼントがあるから、じっくり考えてみるんだな」
「秘密? ちょっと、武彦さ――」
「じゃ、おやすみー」
 ぶつ。ツーツーツー。
「ああ、切っちゃった……」
 携帯電話からは空しく通話音が聞こえるだけである。
「……秘密って何よ?」
 シュラインはビニール袋を手にして眉をひそめた。この夜、シュラインはマシュマロの秘密を解き明かすべく一睡もしなかったという。

●正解発表
 ホワイトデー翌日、草間興信所。
「武彦さん、降参よ。秘密分からなかったわ」
「……だろうな」
「で、秘密って何なの? 味も形も普通だったけど」
「……あれはな、本物のマシュマロなんだ」
「はい? 本物ってどういうこと」
「……マシュマロから作ったマシュマロだ。マーシュマロウって植物から作ったのが、マシュマロの始まりなんだそうだ」
「へえ、そうなの。まあ、答えが分かってすっきりしたのはいいんだけど……」
 少し疲れた様子のシュラインは、草間に向き直った。
「何で風邪ひいて寝込むのよ」
 シュラインは呆れたように言い、固く絞った冷たいタオルをベッドで横になっている草間の額に置いた。
「……ホワイトデーに倒れてられるか」
 そう草間は言うが、先程計った体温は39度手前。傍目にもしんどそうである。これが昨日無理した結果であるのは明らかだった。
「そういえば」
「……何だよ」
「もう1つのプレゼントって、何だったの?」
 気になっていたシュラインは、草間に尋ねてみた。が、草間は何故かぷいとそっぽを向いてしまった。
「……正解出来なかったんだから内緒だ」
 かくして2005年の草間興信所でのホワイトデーは、こういう顛末で終わったのであった。

【了】