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夜にも奇妙な悪夢 〜無人の都市に竜が舞う〜
●プロローグ
その竜はどこまでも 所所楽 石榴 を追ってきた。
「何で――なんで、ボクがこんな目に遭うの‥‥!」
無人の街を必死で逃げながらいくら考えても結論は出ない。
何もわからないまま、私はただ竜から逃げ続ける。
――――自分の命を奪おうと襲い続けてくる竜。
摩天楼には誰もいない。
無人の街。
誰もいないアスファルトの森をボクは逃げる。
巨大な翼を広げて飛来する竜から。
鋭い爪がコンクリを砕き、口から吐く炎は紅蓮の色。
力も何もない無力な私には、ただ逃げるだけことしかできない。
何て無力な自分。
あれ?
疑問が頭をかすめた。
ボクは――無力だったの?
これは一夜限りの悪夢。深遠の淵――。
●無人の都市に竜が舞う
「はあ――はあ――はあ――!」
息遣いが荒い。
ごくんと喉を鳴らすと、筋肉が張って震える足をどうにか無理やり踏み出した。
一体どれだけ走っているのだろう。
もう何時間もこの無人の街の中を、必死で逃げ回っている。
今は巻いたようでその姿は見えないが、どうせまたすぐにこちらを見つけてくるのだろう。
さっきからこの繰り返しだ。
逃げて、見つかって、また逃げて、また見つかり‥‥。
街は人のいない無音の廃墟だ。
建物や街並みに変わりがなくても、そこに生きている人のぬくもりがなければ中身のない器が転がっているのと同じただの廃墟。
ボクはコンクリの冷たい壁に手をつき、ヨロヨロと細い路地を奥へと進んだ。
狭い路地は身を隠すには最適だが、一度見つかるとこちらの逃げ場も制限されてしまうことは、痛い教訓として体に刻まれるように学んでいた。
「……大丈夫ですか?」
覚えのない人の声にボクは顔を上げた。
そこには、知らない女性が佇んでいた。彼女は驚いたように顔をしかめるとボクに肩を貸してくれた。
「どうしたんですか、その傷――酷い怪我じゃありませんか」
「ボクにも、わからない‥‥知らない竜に追いかけられて‥‥」
そう。わけもわからず命を狙われ何度も繰り返し殺されかけた。
猫は捕まえた鼠で弄びながら殺すという。竜からすれば、何の力もない獲物という名の人間をただ食べようとしているだけなのかもしれない。
捕食される側に捕食する側の理由なんてわからない。
ただ必死で逃げるだけだ。
「――――痛ッ!」
ズキリ、と激痛の走った血の滲む肩の痛みを抑え込むよう無理やり押さえる。かなり前に逃げ込んだあの狭い路地裏で襲われたときに刻まれた爪痕だ。
「あの時‥‥竜は‥‥」
確かにボクの命を狙っていた。
身をかがめるのが後一歩遅かったらあの鋭利な爪の餌食になっていたかと思うと激しく身震いがする。
鉄サビの様な黒味を帯びた群青色の巨大な飛竜。
間近まで迫った巨大な爪に――巨大な口に――牙の生えた口から、巨大な火炎が‥‥。
そして、ボクはクワレタ――――
‥‥‥‥‥‥。
クワレタ?
「きゃああああああ!!!!!!!」
その悲鳴が自分の声だと分かるのに随分かかった。
「どうしたんですか! なにがあったんですか!?」
ボクに答える余裕はない。
思い出してしまったのだ。
自分がこの街で何度も、何度も殺され続けてきたことを。
時には鋭利な爪で、時には大きく開かれた口で捕らわれ、捕食されて、殺されてきたときの数々の記憶――。
そして、死ぬたびにまた何事もなかったようにこの無人の街で命を賭けた鬼ゴッコが始まり、永遠に希望のない逃走劇が繰り返されるのだ。
人は何かを食べて、人が食べる何かも別の小さな何かを食べて、そんな連鎖が続いている。弱肉強食の輪の中で人間だけが特別な存在だなんて滑稽な話。
死んで、生まれて、また死んで。
自分よりも巨大な何かに食い殺されるために生き続ける命。
もう、何も考えられない。
意識が絶望で麻痺しているのかぼんやりとしている。
「傷が深そう‥‥あまり動かないでくださいね‥‥」
‥‥そういえばこの人は誰なのだろう。
ボクは霞のかかったあいまいな意識で考えた。
ボクは、何か重要な事を忘れている。
いけない。
猛烈な眠気に襲われている。
ここで眠ったら、殺され‥‥る‥‥‥‥。
頭ではわかっていても、疲れ果てたボクの意識は泥沼に引きずり込まれるように眠りの淵へと落ちていった。
○
カンカンカンカン。
甲高い音を立てながら、階段を駆け上がる音で目が覚めた。体が激しく揺れている。誰かの肩に担がれているようだ。
「あ、やっと起きたのね」
彼女はボクに肩を貸しながら、非常階段をとにかく全力疾走で駆け上がっていた。眼下に無人の摩天楼が広がる。
竜はお構いなし翼を広げてにボクたちに平走しながら飛翔してきた。
ようやく、ぼんやりしていた霞が晴れた。
竜に追われているボクを担いで彼が逃げてくれるいるところなのだ。
「ここでいいわ。ボクも走るから」
「そんな傷で大丈夫ですか?」
「――――大丈夫」
まだ体中が悲鳴を上げているけど、構っていられる場合じゃない。
頭じゃ何も思いつかない。意識はただ、
「――――逃げなければ、生きなければ」
そう思いつづけるだけ。
だから足は前へと進む。
手に何か掴めば、迷わずに、振り返りもせずに、後ろへと投げる。
ただ、それだけ。
ただ延々と足を前に出すだけ‥‥。
『ボクは生きたい。――――違う、生きなきゃいけないんだ‥‥‥‥』
あの人――ボクと双子の妹を産んだ母親との違いを、まだ、見出せていないから。
ボクらは単為生殖によって発生した、クローンとも言うべきカラダだ。
多重人格だったあの人の人格の一部が、あの人から離れただけのセイシンだけど‥‥まだ証明できていないんだから。ボクタチは違う存在なんだって、ただそれだけのことを。
‥‥確信するまでは、死ねないんだ‥‥。
あの人のコピーではないということ。
ボクらはボクら自身で掴み取らなきゃいけないんだから。
それに、ボクは家族以外にも大切なものを見つけてしまった。彼のそばに居るためにも‥‥
ここで死ねない。
‥‥‥‥‥‥あ。
不意に、ボクは感じた。
この感じ。
思い出した――忘れていた、もう一つの大切なこと‥‥。
ボクの目前には屋上の風景が広がっていた。ただただ何処までも遠い空は先ほどまでの灰色じゃない、一面に広がった青。
「‥‥やっと、思い出してくれましたね」
彼女はにこっと微笑むと、ボクの姿に良く似た誰かは、光のように輝いてあたしとひとつになった。
竜は火炎をはいて舞い降りてくる。
でも、ボクは少しも慌てることなく、とあるポイントに誘い込むように移動した。そう。まるでずっと前から、その場所を――この屋上さえ知っていたかのように。
今のボクには、力がある。自分の中にあるボクだけの可能性。
本当の自分を取り戻してボクはもう無力じゃなかった。
「――――ボクは、無力なんかじゃないんだ」
急降下してきた巨大な竜を幾本もの巨大な鉄の矢が貫いていく。繰り返してきた生の何回前のボクが仕掛けたのか、それとも消えてしまったあの彼女が仕掛けたのか、それはボクには分からない。
ただ、この巨竜殺しのトラップは、このときのためにこの屋上に仕掛けられていた眠れる運命だ。
そして、ボクの能力はこの竜がいくつもの鉄の槍に打たれたような光景を事前にビジョンとして捉えていた。
竜の巨体が宙を舞った。
巨大な竜は咆哮を上げて落ちていく。
ボクは、黒い谷間に落ちていく竜を無言で見降ろす。
屋上に冷たい風が吹いた。
風が頬を撫でていく。
ボクは、悪夢の終わりを感じていた‥‥。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【4623/所所楽 石榴(せせら・ざくろ)/女性/19歳/大学生兼アトリエ〜桐〜の店主】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、雛川 遊です。
シナリオにご参加いただきありがとうございました。
遅延に遅延を重ねてしまい申し訳ありませんでしたありませんでしたー! と平謝りに土下座しつつお詫びを入れさせていただきます!
スランプと一言でいってしまうのは無責任の極みではありますが、いくつ物出来事が重なったそのせいか俗に言う書けなく状態に陥ってしまい、自分の不甲斐なさを責めるばかりの昨今です。しかも夜にも奇妙な悪夢シリーズは早期仕上がりとのたまっているにも関わらずこのような結果となる始末で本当にごめんなさい。
というわけで、遅ればせながら
雛川は異界《剣と翼の失われし詩篇》も開いてます。興味をもたれた方は一度遊びに来てください。更新は遅れるかもしれませんが‥‥。
また、宣伝になりますが『白銀の姫』でもシナリオを始めました。よろしかったらこちらも覗いてみてください。
それでは、あなたに剣と翼の導きがあらんことを祈りつつ。
>石榴さん
作成が遅れてごめんなさい。
元のシナリオと単為生殖設定が合わさりこんな雰囲気になりました。妹さんの姿をお借りしてしまいました。
※修正しました。お手数をお掛けしてすみません。正しくちゃんと読み込むべきでしたのに、以後十分に気をつけるよう精進します(汗)
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