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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


ダニーとステフのオンボロ宇宙船メルビン号

●宇宙運送SOS
 操縦室の窓からは、星々煌めく宇宙と、青い輝きを持つ一つの惑星が見えていた。
 非常に美しい光景だとは思う。だが、星間運送船のパイロット、ダニーはそんな光景をもう半日も見続けてすっかり飽きていた。
 ダニーは惑星トリトのク族の若者。標準人類型の体型ではあるが、全身は毛に覆われているし、頭部は地球動物の犬に似ている。今は宇宙服を着込んでいるが、ヘルメットは外してある。見えている顔は、地球のピレネー犬に似ていた。
 ダニーは宇宙船パイロットで、爺ちゃんから貰ったオンボロ宇宙船「メルビン号」で個人の運送屋をしている。友達と一緒に。
「ふわぁ〜あ」
 口を大きく開けて大あくびをするダニー。と、彼の背後で、操縦室のドアが開いた。
「何、人に働かせておいて居眠り?」
 そこに立っているのは、惑星トリトのビョウ族の娘。やはり、標準人類型の体型ではあるが、全身は毛に覆われている。もっとも、こちらの頭部は猫に似ていた。
 ダニーの無骨な宇宙服とは違い、柔らかく滑らかな曲線美をもつプロポーションを強調するような、身体にピッタリ張り付くタイプの宇宙服を着た彼女の顔は、灰色と黒の毛が模様を描くアメリカンショートヘアーに似ている。
 彼女は、機械油で汚れたその毛を気にしているようで、熱心にタオルで顔を拭いながら、ダニーの横の席‥‥ナビゲーター席に座る。
 そんな彼女に、ダニーはあくびを慌てて引っ込めながら聞いた。
「眠ってなんかないよ。それよりねえ、ステフ。直ったのかい?」
「ダーメ。エンジンが、すっかり機嫌損ねちゃった。直らない訳じゃないけど、時間かかりそう」
 ダニーの問いに、ステフはお手上げだと言うように両の手を上げて応える。
 それを聞いてダニーは、毛に隠れて見えないけど確かに眉をひそめた。
「えぇ〜、すぐ直るって言ったじゃない」
「文句はこのオンボロ宇宙船に言ってよ。私の毛皮より手がかかるったら」
 ステフはそう言って大いに嘆いてみせる。
 今、宇宙船メルビン号は、二つあるエンジンの内の一つが止まって立ち往生していた。
 通常航行は可能だが、ワープは不可能。でなければ、こんな宇宙政府の領域から遠く離れた辺境で足を止めたりしない。
「拙いなぁ‥‥」
 ダニーは頭を抱えた。
「何が?」
「荷物だよ。宇宙鶏の卵、100ダース。第1船倉の冷房が止まっちゃってるだろ? 暖かくなってくると、ヒヨコになっちゃう」
 積み荷‥‥宇宙鶏の卵。
 縦横の大きさが50cmの卵で、気温がセ氏20度以下の低温で運ばれている。20度より高い場所に置くと、すぐに孵化してしまうのだ。
 もちろん、孵化してしまっては荷主に怒られてしまう。
 今、冷房の切れた第1船倉の中では、ゆっくりと気温が上昇しているはずだ。
「第2船倉に移せばいいじゃない。スペースはあったでしょ?」
 ステフが提案する。
 第2船倉はエネルギー系統が別なので、冷房が生きている。そこならば、卵も孵化しない。
 しかし、ダニーは首を横に振った。
「卵は100ダースも有るんだ。僕とステフだけじゃ間に合わないよ」
「そっか‥‥」
 ダニーのに否定されてステフは、思案顔で窓の外に目をやった。そして、名案を思いついたとばかりに目を輝かせる。
「ねえ、そこの惑星ってテラ型だよね? 高等生物って居ないかな?」
「え? え‥‥と」
 聞かれてダニーは操縦席のコンソールを弄くり、観測装置を働かせた。
「電波で交信とか、放送とかしてるみたい。原始的だけど、高等生物も居るんじゃないかな」
「話が通じるなら、手伝ってもらえるかもしれないじゃない? 私達のお金じゃダメでしょうけど、現物支給でお礼とか」
 ステフの提案に、ダニーは少し考えた。色々問題はあるけど、そのどれも目の前に迫った卵の孵化よりは大きな問題じゃない。
「うん、しょうがないね。じゃあ、汎用通訳機に、この星の放送から言語を取り込んでおいて。僕は地上に降りる為に降下艇を見てくるから」
「わかったわ」
 ダニーがそういって席を立つと、ステフはナビ席で言われた作業に取りかかった。
 そして、思い出したように付け足す。
「何か、面白そうな物があったらお土産よろしくね」
「‥‥遊びに行くんじゃないんだから」
 ダニーは苦笑を浮かべながら、操縦室から出ていった。

 一時間後‥‥‥‥

 新宿駅の前に、宇宙服を着た、本物と見まごうように精巧な犬の着ぐるみが立っていた。
 彼の持っている立て看板には、下手な文字で「しごとあります」とだけ書かれていた。

●お仕事開始
 地球から上がってきた降下艇は、宇宙空間に浮かぶ宇宙船に帰ってきた。
 そして宇宙船の表面から伸びるアームに捕獲され、その機体を宇宙船に抱き留められる。
 降下艇内に伝わる揺れ。その衝撃に、アルバイト達の何人かは身を揺るがせた。
 と、その揺れがおさまってから、ダニーは皆に向かって口を開く。
「ついたよ〜。ようこそ、僕のメルビン号へ」
 振り向いた先にいるのは、新宿駅前でアルバイト募集につかまった方々。
 海原・みなも、一色・千鳥、人造六面王・羅火、露樹・八重、シュライン・エマの5人。
 なお、八重の様に明らかに人間でない者も混じっているが、流石に多種族多文明が当たり前な宇宙の住人だけあって、全く気にもしていなかった。
 ダニーは操縦席を下りると、降下艇の中を歩いて渡り、ドアを開ける。そこは出入り口で皆はそこから乗船した訳だが、宇宙船とドッキングした今は移乗用のチューブがドアの向こうに広がっていた。
 そして‥‥そこに、出迎えに来たのかステフが待っている。
「お帰り。事態は順調に悪化中よ☆」
 冗談っぽく微笑み、ウィンクをするステフ。その姿に、シュラインは思わず呟いた。
「うわぁ‥‥綺麗な毛並み」
 綺麗に櫛を通された、フサフサツヤツヤの毛並み‥‥思わず、撫でたり抱き締めたくなってくるが、流石にそう言うわけにもいかずそれは断念する。しかし、思わず見惚れてしまうのは止められない。
 そんなシュラインに、ステフは軽く手を振ってみせながら、嬉しそうに言った。
「ありがと。この毛並みも手入れ大変なんだけど、褒めてもらえれば、そのかいもあるわ。何せいつも一緒のダニーってば、褒めてくんないのよ」
「でも、本当に綺麗です‥‥」
 海原も、ちょっと見とれながら言った。毛並みは確かに綺麗だ。それに加えて、プロポーションも良い。かなりの美人だと言えるだろう。
 ああいう、体のラインがくっきり出るような服は、プロポーションが良くないと似合わないのだ。
「あーと、良いかな?」
 ステフに見惚れた女性二人に、ダニーはちょっと申し訳なさそうに声をかける。
「早速だけど、仕事にかかってもらいたいんだ。あんまり、時間もないから‥‥ん、何?」
「いえ、何でもありません」
 ステフの方に目をやった女性二人とは違い、一色はじっとダニーを見つめていた。それに気付いて振り返ったダニーに、一色はすまして答える。
 昔家にいた犬を思い出し、思わずその毛の中に飛び込んで、すりすりとしたくなってしまっていたのだが‥‥もちろん、そこは脳内でぐっとこらえた。なかなかに、こらえがたい欲求であったが、一色の理性の勝利である。
「それより、時間がないのでしょう?」
「あ、そうだね。じゃあ行くよ。皆は僕の方についてきて」
 そう言ってダニーは、ステフの脇を抜けてチューブをくぐり、宇宙船の中にうつる。
 ステフもその後に続く‥‥と思いきや、宇宙船の中に入ってからはダニーとは反対の方向へと進んでいった。
「後で手伝いに行くから。また会おうね」
 軽く手を振り、尻尾振り。ステフは行ってしまう。残りの面々は、チューブを抜け、ダニーの後を追った。
 船内は広いと言えば広いようだが、通路は狭い。まあ、乗組員二人で動かせる船なのだから、二人すれ違えれば十分なのだろう。
 通路はかなり真っ直ぐで、曲がりくねっては居ない。所々に分岐はあったが、ダニーが真っ直ぐに行くのでそれに従った。
 ややあって、ダニーはT字路で一方に曲がり、その先、突き当たりのドアを手で押し開く。
 ドアの向こうからは、冷えた空気が溢れ出した。
「ここだよ。第1船倉は」
 中に入ったダニーが指し示す先、ちょっとした体育館程度の大きさがありそうな空間の中、ケースのような物が沢山並んでいる。
 一同はその前へと移動し、改めてその荷物の山を見上げた。
「大きい‥‥わね、これ」
 シュラインが、卵のケースを見て呟く。
 ケースは、横2.25m×縦1.7mの大きさがあり、人が入れるくらいに大きい。
 紙とも木ともつかない材質の棒を組み合わせ、横4個縦3列で卵を固定して持ち運べるようにした物で、中の卵が丸見えである。
 キャスターのような物はついて無く、持ち手は側面についていた。
 中ノ卵の大きさは、50cm立方くらい。卵形だけに多少違うが、その辺は誤差ですませられるだろう。
「‥‥結構、重いですね」
 確認がてら、一色がケースを一つ持ってみる。
 重さはビールケース2つ分くらいだろうか? 小料理屋をやってるだけにこの程度の重さなら持ち慣れているが、長い距離を何度も運ぶとなれば大変そうだった。
「店の台車をもって来るんでしたね。何か輸送する道具とかはないんですか?」
 基本的にこういった重い物を運ぶときは、台車に乗せて運んでいる。それがあれば、一度に2〜3ケースほど楽に運べただろう。
 だから、その様な道具はないかと、一色はダニーに聞いたのだが‥‥
「本当は運搬機使えば自動なんだけど‥‥エネルギー切れなんだ」
 ダニーは困ったように答えた。暖房がダメになったのと同じで、運搬用の機械も燃料切れ。
 かといって、台車のような原始的な道具はない‥‥と。
 まあ、もともと人が運ぶことを考慮していないのだから仕方ないとは言える。
「では、一つ一つ、もって運ぶしかないですね。大変でしょうが‥‥」
「本性を出して動ければ良かったんじゃがのう。ここではちと狭い。上に、卵は脆かろう」
 羅火は諦め口調で言いつつ、卵ケースを手に持つ。
 本性を現せれればと思っていたのだが、船倉はともかく宇宙船の通路は狭いし、そもそも卵は乱雑には扱えないから、体が大きくなって小回りが利かないのも困る。
 第一、満月なら本性が出せるわけだが、宇宙空間で満月と言っても、それが本当に満月なのかはどうかは謎きわまりない。
 何せ宇宙における満月とは、「恒星からの光を、衛星が真正面から受け止めて見える位置にいる事」といった程度の意味しか持たないのだから。
「さほど、重いとも思わぬしのう」
 ケースを両手に一つずつ持って羅火は言う。
 まあ、人外であるならば、この程度の重さはどうと言う事もない。
 だが、世には例外というものも存在する。
「たまご‥‥おむれつおいしいのでぇす」
 ケースの上にのぼり、卵をぺちぺち叩きながらそんな事を言う10cmの少女。露樹。
「ダメだよ、売り物なんだから」
 そう言われながらダニーにひょいと持ち上げられた露樹は、ダニーの手の中で文句を言う。
「え? たべちゃだめなのでぇすか? けちんぼでぇすね」
 そりゃあ、食べちゃダメだろう。ケチとかそういう問題じゃなく。
「これは、ちゃんと運ばないと‥‥でも、キミには無理だなぁ」
 ダニーは、少し困った様子で、露樹の置き場所に迷ってから、露樹を肩の上にポンと置く。
 実際、露樹が運ぶには大きすぎるのだ。このケースは。
「しつれいでぃす。いっこずつ、ころがせば、はこべますよぅ」
「いや、そんな事をしたら卵が壊れちゃうかも知れないし、それにケースから出して運んでたら、単純に手間が増えるだけだし‥‥」
 ダニーは言う。無理なもんは無理であると。
 なら、何で連れてきたんだという話にはなるが、それを追求したところで何も始まるまい。
「そうね、確かに無理だわ‥‥それに、私にもこのケースは重いみたい」
 露樹とダニーの会話に、シュラインが割り込む。
 人よりも基本的に能力の高い海原と、元が人外の羅火は問題がない。男性であり普段からこの程度の作業は慣れている一色も問題はないと言えるだろう。
 しかし、シュラインは普通の女性と同じ程度の力しか無く、このケースは運ぶには少し重かった。
 だから、シュラインは提案する。
「ねえ、この船内に普通に重力が在るみたいだけど‥‥これって人工でしょう? もっと重力を小さくは出来ないかしら?」
 重力を小さくすれば、重量は小さくなる。質量は変わらないので、注意は必要だが、運びやすくはなるかもしれない。
「出来るよ。軽くなら無重力までね。でも、無重力は、かえって動くのが難しいと思うから、少しだけ軽くするって程度の方が良いかな?」
 ダニーは答え、それからインカムを操作して、おもむろに言った。
「ステフ。そっちで重力システムを弄ってもらえる? んーと、今の半分くらい」
 その、恐らくはステフに対する通信の後、その場にいた全員は、まるで体が浮き上がったかのような感覚を覚えた。
「調整した。今までの2倍くらい飛んだり跳ねたり出来るから、気をつけてね」
 ダニーが注意をする。皆は、各々動いてみて、自分の状態を調べた。
 自分が考えたよりもずっと大きく体が動く。フワフワして、動きにくい‥‥という問題はあるが、慣れれば何とかなりそうだ。
「うい‥‥やってみるでぃす」
 露樹も、軽くなったかどうか試したくて、ふわりと空に飛び出す‥‥
「はやややや!? とめてくださいでぇす〜〜」
 露樹の体は、クルクルと宙で縦に回転を始めた。飛行のコントロールは全く効かず、何とかしようとする度に飛行に変なモーションが加わって、状態を悪化させている。
「だ、大丈夫!?」
 ダニーが腕を伸ばし、宙の露樹を捕まえた。ダニーの手の中、露樹は目をグルグル回しつつ、弱々しく疑問の声を上げる。
「どうしてでぃす〜」
「飛ぶって言うのは、重力と揚力のバランスがとれてないとダメなんだ。だから今は、重力に対して揚力が大きいから回転しちゃうんだよ」
 言ってダニーは、露樹を宇宙服の腰に付いたポーチの中に納める。
「危ないから、じっとしててね」
「はいでぇす」
 露樹はポーチの中に沈み込む。それを確認し、ダニーは残る皆の方に目を戻した。
「じゃあ、そろそろ始めようと思うんだけど、何か問題は‥‥」
「あの‥‥」
 おずおずと手を上げたのは海原。
「今は軽いから、結構跳んじゃうんですけど、そうなるとこの服じゃ‥‥」
 摘んでみせるのは、セーラー服のスカート。確かに、軽くなったせいと海原の跳躍力が上がっているせいで、やたらとフワフワしている。
「作業服か何かを貸していただけると助かるんですけど」
「ああ‥‥それは私もね」
 シュラインも、スカートである。ロングなので海原ほどではないが、軽くなった分、まとわりつくのが邪魔で仕方がない。
「えーと、それはステフに言った方が良いかな。僕は女性用の服なんてもってないし。じゃあ、二人はステフの所に行って? 道を戻って、最初にステフが行っちゃった方に行けば大丈夫だから。道はわかるよね?」
「あ、はい。憶えています。では、行って来ますね」
 海原はそう言って、倉庫の外を目指した。シュラインもその後に続く。
 ダニーはその背を見送った後、残る一色と羅火に向かって言った。
「じゃあ、僕達は始めようか。とにかく、卵を壊さないように持てるだけ持って、僕の後に付いてきて」
「わかりました」
 とりあえず、ダニーと一色は片手に一つずつで、計二つ持つ。重さから言って、これが限界という物だろう。
 ついで、羅火が片手に二つ三つずつ一遍に持てないか試行錯誤してから、諦めて他二人と同じく二つ持つ。持てる重量には余裕があっても、ケースが大きいので複数持つと安定しない。
「慎重にと言うのが、厄介じゃのう」
「卵だから。そっとね」
 言いながらダニーは歩き出す。一色と羅火はその後をついて歩き出した。

●宇宙服を着てみよう
「この、お尻の所にあるのは?」
「尻尾入れ。ま、気にしないで良いわ」
 海原の質問に、ステフが長い尻尾を揺らしながら答える。
 コックピットまで来た海原とシュラインは、作業服としてステフの予備の宇宙服を借りていた。
 下着の上にインナーをつけ、その上に宇宙服を着る。最終的には空気を抜いて、伸縮性の宇宙服はピッタリと体を覆う。
 体のラインを完全に浮き上がらせるその宇宙服は、かなり着る人を選ぶだろう物だった。
「ステフさん見た時、こーいうの挑戦したいなって思ったんですけど‥‥」
「自分が着てみると、度胸がいるわね‥‥」
 完全着用の後、恥ずかしそうに苦笑しあう海原とシュライン‥‥そんな二人を見て、ステフは笑って言った。
「似合ってるわよ。地球人も可愛いじゃない」
「そんな‥‥お世辞でも嬉しいです」
「いえ、可愛いとか言われるのもねー」
 ステフに褒められ、海原とシュラインはそれぞれ別の反応をする。どっちがどっちなのかは、言うまでもないだろう。
 そんな二人のお尻で、尻尾が揺れた。その感覚に驚き、シュラインが声を漏らす。
「尻尾‥‥動くの?」
「ああ、着用者の感情や意志を感じて、尻尾の動きを邪魔しないようにパワーアシストしてくれるから、中に何も入って無くても動くの。ほら、尻尾、自由に動かないと気持ち悪いから」
 そう言ってステフは自分の尻尾を動かして見せた。宇宙服に包まれているのに、尻尾は自由に動く。
 中の尻尾の動きをサポートする機能があるのだろう。それが、尻尾が入っていなくても動くため、シュラインや海原のお尻でも尻尾が揺れるのだ。
「ま、すぐに慣れるって」
 言って、ステフは倉庫の方へと歩き出す。
「さあ、着替えたら、働く働く。ダニー達ばっかりに働かせるわけにいかないものね」

●さあ、もう一息
 作業は比較的順調と言えた。
 ダニー、一色、羅火の3人で一度に6ケースずつ運んでいるのだ。100ケースとは言え、順調に減っていく。
 しかし、温度はそろそろだいぶ高くなってきていた。ドアを頻繁に開け締めしている事と、中で人が働いている事が、予想以上に温度の上昇を促している。
「どうですか?」
 倉庫に声を投げ入れたのは海原。
 そこに、戻ってきた海原とシュライン、そしてステフが姿を現していた。
 その格好が少し恥ずかしそうな海原とシュラインではあったが、ここにいるのは異星人のダニーと女性に興味のない羅火、そして女性に対して過度の反応をする事もない一色なので、誰も二人の格好に対してはコメントを挟まない。
 単純に、事務的な答えが返ってきた。
「だいぶ、仕事は進みましたが、温度もかなり上がってきてますね」
 一色の答に、海原は首を傾げて考える。
「水の中でなら水温調節できますけど、必要でしょうか? 卵を、水の中に入れれば‥‥」
「冗談。そんな水無いわ。あったら、循環浄化水でシャワーなんて浴びないし」
 海原の提案を、傍らのステフが却下する。
 船内に溜め置ける水は限度がある。汚水を浄化して循環させ、一応は不足が無いようにはなっているが、決して潤沢に在るというわけでもない。
「それに、ここまで水を運んでくるのが大変だよ。ここに水栓なんて無いから」
 ダニーも、それは無理という。倉庫に水道がないので、近場から運んでこなければならないのだが、ケースをくるむだけの水を‥‥となると、それだけで一手間なのは確実だ。
「じゃあ、ドライアイスみたいな物を‥‥二酸化炭素を外に出して凍らせてってのは無理?」
「無理。拡散しちゃうわ」
 シュラインの申し出も、即座にステフが却下。現実的な手段では無いらしい。
「結局、策を弄するよりも急いで運ぶのが早道と言う事ぢゃろう。さあ、運んだ運んだ!」
 羅火の声に、一同は我に返ったかのように荷物にとりつき、作業を再開する。
 流石に、働く人数が今までの倍の六人となれば、作業の効率は一気に良くなった。
 迂闊な失敗かます奴も居なかったので、皆が往復する度にケースは順調に減っていき、そして作業は終わる‥‥

●労働報酬は?
 宇宙船の中のロビーのような場所で、一仕事を終えた皆は一息ついていた。
 ダニーは、倉庫で卵のチェック中。ステフは、皆に何かの飲み物を持ってきていた。
「おつかれさまー、飲んでー」
 お盆の上に並ぶ、雑多なカップの中には、乳白色に濁る液体が入っている。
「いただきます」
 料理人として興味をかられ、まず一色がカップを手に取った。
 慎重に口を付けたその液体は、暖かく爽やかな味がする。どうも、お茶のような感じだ。
「美味しいですね」
「地球人の口にあって良かったわ。さ、他の皆も飲む飲む☆」
 にこやかに飲み物を勧めるステフに、他の皆もカップを取った。ほっと一息つく時間が流れる。
「でも、荷物運びだけで大丈夫なんですか? もっと、困ったことがあるのでは?」
 お茶を飲みながら一色が聞いた。
 何かが出来るというわけでもないが、卵を運んで全部終わりというのもどうかと思う。
 しかし、ステフは感謝を表すように笑顔のまま、一色の質問に答えた。
「一応、エンジンが壊れてるけど‥‥大丈夫。時間をかければ直るから。ただ、その間に荷物がダメになっちゃいそうだったのよ」
 そして、ステフの笑顔に苦笑が混じる。
「ダニーと二人、この程度の苦労なんていつものことなんだから。大体ね、ダニーってば、のんびり過ぎなのよ。苦労は全部、こっちもち。なのに、毛並み一つ褒めてくれないんだから」
 ステフはそう言って、自慢の毛並みを強調するように皆の前で体をしならせて見せた。
 それは、異種でかつ同性であっても綺麗だと思う魅力に溢れている‥‥これに対して何も態度に表さないのだというダニーは、そう言うことには相当鈍いのだろう。
 ステフの苦労を思って、シュラインと海原は苦笑する。まあ、甲斐性無しを飼っているという意味では、シュラインもそう大差ないのだが。
 それはともかく、ロビーに満ちた女性による微妙な一体感。男はそうだよねーな感じの空気は、全くもって宇宙共通のようである。
 ‥‥と、そんな所に、ダニーは帰ってきた。
「みんな、おまたせー‥‥って、ステフ、笑ってる?」
「良いじゃない、そんな事。それより、その卵は?」
 ステフは質問には答えず、ダニーに聞き返した。
「ああ、そうだ。ねえ、報酬の事なんだけど、これでどうかな?」
 倉庫から皆の所に戻ってきたダニーの腕の中には、卵が三個抱えられている。今日、運んだ卵の中の幾つかに違いない。
「この三つだけ、孵化しかけてるんだ。そうなったら売り物にはならないし、今、出してあげないと雛が死んじゃうからね」
「良いの?」
 ステフが聞くのに、ダニーは何でも無いという風に答えた。
「どっちにしても物損だよ。これくらいなら弁償したってたかが知れてるし」
「からーひよこ?」
 ダニーの腰のポーチから露樹が顔を出し、小首を傾げて聞いた。
「カラーヒヨコ‥‥うーん、色を付けるとしても、これからだしなぁ」
 ダニーは答える。何せ、卵の中にいる内に、雛に色を付けることは出来ない。
「え? ちがうでぇすか?」
 カラーヒヨコじゃないと言われて少し不満そうな顔をした露樹だったが、すぐに思い直して笑顔で言った。
「あ、でぇも、こんなにおおきいたまごしゃんから、うまれるんでぇすから、あたしがのっても、とべるでぇすね♪」
 ヒヨコは飛べないだろう‥‥てか、鶏になっても飛ぶかどうか。
 と、言うようなツッコミは何処からもないという事が、ここに集う皆の心の温かさを示している。
「じゃあ、一つはそのおチビさんのものじゃな。わしも一つ貰いたい。最初から報酬など気にもしていなかったのじゃが、そういった報酬ならば面白そうじゃ」
 そう言って羅火は手を伸ばし、ダニーの持つ卵を一つ手に取った。それに続いて、シュラインも卵を一つ取る。
「私も‥‥どんな雛か、見てみたいから」
 一抱えの卵を大事そうに抱くシュライン。これで、卵は全部無くなった。
「じゃあ、卵を暖めるように手で抱いて‥‥君は抱きつくくらいで良いんじゃないかな」
「たまごでぃす」
 ダニーが言う前に、露樹はポーチから這い出して卵にしがみつくように抱きついていた。シュライン、そして羅火も、各々卵を手で暖めてみる。
 それほど時間は必要ではなかった。
 卵の中、何かが殻をつつくのを感じる。と、直後に殻全体にヒビが入り、そして一部が崩れて中から巨大なヒヨコが顔を覗かせる。
「ひよこしゃんでぃす〜!!」
 露樹が巨大ヒヨコに抱きつくようにしがみついた。
「あたしが、ままなのでぃす!」
 いや、大きさから言ってその主張は難しいものがあるが‥‥何にせよ、インプリンティグのせいか、ヒヨコは露樹にすぐに馴染んだ様子だった。
 よかった、エサ認定されなくて。
 それはともかく、シュラインと羅火の二人の卵も孵化をしていた。
 手の中でピヨピヨ鳴くヒヨコを手に、シュラインは少し苦笑混じりの笑みを浮かべる。
「大きいわね‥‥覚悟はしてたけど。でも、可愛いわ」
 ヒヨコは大きくてもヒヨコ。可愛い事は可愛い。でも、成長したら‥‥何て考えてしまうと、ちょっと素直には喜べない。
「‥‥でも、私が貴方のママなのね。よろしく、おちびさん」
 シュラインは思い直し、ヒヨコを軽く抱き締めた。案外、ヒヨコは大人しく、シュラインの手におさまっている。
 一方、羅火の方も、ヒヨコと対面していた。
 ただ、羅火のヒヨコは、ほんの心なしか青緑っぽい色をしている。
「奴の本性もこんなんじゃろうか‥‥」
 ヒヨコと対面しながら、友人のことを思いだして、ぼそりと一言。まあ、ヒヨコだけに鳳凰には逆立ちしたって見えないが。
「ふむ、何にせよ、わしがぬしの父じゃ、強く育てようぞ」
 固い決意をヒヨコに言って聞かせる。強くったって限度は在ろうが‥‥どうするのだろうか。
 まあともかく、そんなヒヨコの誕生を残りの皆は見ていたが、ここにいたってダニーは、まだ報酬を貰っていない二人の方に聞いた。
「一色さんと、みなもさんは? 何を上げたらいいですかね?」
「あの‥‥過ぎた要求かも知れませんが、良いですか?」
 ダニーに問われて、一色が片手を上げて口を開き、それから一色は自分の耳の辺りを指して言葉を続けた。
「気になっていたんですけど、私達とこうやって会話が出来ているのは、そのインカム型の翻訳機のおかげですよね? 私は機械などに興味が在るんですが‥‥どうでしょう、予備が在れば一ついただけませんでしょうか?」
「ん、良いよー。安物だから、余り性能良くないけど」
 ダニーは至極あっさり了承する。そして、自分のをすぐに外して、インカムのサイズなどを少し弄った後に一色に渡す。
「ありがとうございます。安物でも、きっと地球の技術よりずっと凄いんでしょうね」
 一色は素直に喜びながら、インカムを受け取った。そして、早速自分の耳に付けてみる。
「わん」
『どう?』
 ダニーの声が、自動で翻訳されて一色に聞こえる。もちろん、他の皆には犬の吠え声じみた声としか聞こえていないが。
「わかります。やっぱり凄いですね」
 答える一色の前でダニーは笑顔を浮かべる。
「わふ、わおーん」
『じゃあ、替えを取ってくるよ』
 言ってからダニーは、一人でロビーを出ていった。言葉がわからないが故に、どんな会話があったのかと、ダニーと一色を見比べるように視線を彷徨わせる皆に対し、代わりにステフが応対する。
「で、何も言ってないのは貴方だけだけよ? 何が良いかな〜」
「あ‥‥あの、じゃあ皆さんと一緒に記念撮影、良いですか?」
 ステフに言われ、海原は少し迷った後に言った。が、それを聞いてステフは驚いたような顔をする。
「それだけで良いの? てか、そんなの報酬じゃなくてもOKだってば」
「え? ええと‥‥じゃあ、あの、この宇宙服を‥‥良いですか?」
 海原は迷い‥‥それから、自分の着ている宇宙服を摘んで聞いてみた。
 宇宙服なんだから高いのかな、ダメかなとか、自分に似合わないかなとか、色々と迷ってはいたのだが、思い切って。
 ステフは一瞬だけ思案したが、すぐに頷いた。
「良いわよ。貴方、似合ってるからあげちゃうわ。大切に着てね」
「あ、ありがとうございます!」
 喜びに笑顔で顔を綻ばせる海原、その時、ダニーがまたロビーに戻ってきた。
「ただいま。報酬だけど、あと貰ってないのは‥‥」
「いえ、私も貰いました」
 言いかけたダニーに、海原が返す。それを受け、ダニーは一瞬ステフを見る。ステフはただ頷いて、それを肯定した。
「でも、もう一つよ。みんなで撮影したいんだって」
「ああ、そうなんだ。じゃあ、カメラが必要だね。取ってくるよ。準備しておいて」
 ダニーはまたロビーを出ていく。その間に、ステフは率先して立ち上がって、残りの皆に笑顔で言った。
「じゃ、記念撮影しましょ? みんなも、生まれたばかりのチビちゃんを抱いて立って」

 ややあって、ここにいる皆は、記念写真の上に記録された‥‥

●ただいま地球
 ビルの上、去っていく降下艇を見送る。
 皆は地球に戻ってきていた。
「神様や人魚がいるんですから、半人半獣型の宇宙人さんくらいいますよね」
 降下艇に手を振っていた、海原がふと考えて呟く。
 世間一般の常識では、人類以外の高等生物は存在しない事になっているわけだが、一枚めくれば人外の存在が生きているのがこの地球だ。
 地球に在るものは、当然、宇宙にも在る。それも、気の遠くなるような巨大なスケールで。
 まあ、むしろそれこそが当たり前の世界というか‥‥異星人が山と居るのに、悪魔も天使も妖怪も何も、だからどうしたってものだろう。
 考えてみると、自由な世界なのかも知れない。皆は、そんな世界に触れていたのだ。
「何だか、信じられないけど、とても楽しかったです」
「でも、本当にあった事なのよね‥‥また、会えるかしら」
 海原の呟きに答えるように、ヒヨコを抱いてシュラインが言う。
 そう、これは本当にあった事なのだ。その証拠は皆の手にある。
「ぴよっちー、いくでぃす」
 足下で、露樹がヒヨコの上に乗って、走らせようとしていた。
 生まれたばかりのヒヨコと言う事もあり、とても危なっかしいが楽しそうだ。
 少し離れた場所で、羅火がヒヨコに付ける名前を考えている。同じく、一色も手に入れたばかりの汎用翻訳機の調子を見ていた。
 そして‥‥
 海原は、自分の手元に目を落とす。
 そこには、ポラロイドカメラの写真のような物があった。しかし、写る部分は真っ黒で、何も写っていないように見える。
「全部、本当の事なんですよね‥‥」
 海原は、その写真の上に指を滑らせた。
 直後、あのロビーの記念撮影の様子が、完全な立体映像で写真の上に浮かび上がる。
 大きなヒヨコと、イヌとネコの宇宙人。そして、今日一緒に働いた人達との記念写真が。
 海原は何となく、シュラインに答えた。
「また‥‥会えるんじゃないでしょうか。きっと」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 年齢 / 性別 / 職業】

1252/海原・みなも/13歳/女性/中学生
4471/一色・千鳥/26歳/男性/小料理屋主人
1538/人造六面王・羅火/428歳/男性/何でも屋兼用心棒
1009/露樹・八重/910歳/女性/時計屋主人兼マスコット
0086/シュライン・エマ/26歳/女性/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

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■         ライター通信          ■
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 遅くなって大変申し訳ありませんでした。
 完成したノベルをお届け致します。