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<東京怪談・PCゲームノベル>


お願いBaby!


〜OP〜


嗚呼、嗚呼、嗚呼、こんな場所に来てしまって。

君は…トム・ソーヤか…それとも、アリスか?

君の好奇心が、この王宮の扉を開く鍵となったのか?
無邪気に、さまよい歩いて此処まで来たのか?
ならば、猫をも殺すの言葉通り、その身を一思いに喰らうてやろうか?


それとも…、


違うのか?
切なる願いを抱えているのか?
それは、千年の呪いに匹敵する願いなのか?


動かしてみよ。


私の心を。
君の言葉が、私の心を動かせば、或いは…。

嗚呼、或いは、この王宮で飼っている、大事な「奴隷」を貸してやらない事もない。
それとも、この孤独の王の力、奮ってやらない事もない。

さぁ! 言葉を!
私の退屈を癒す言葉を………頂戴。




本編




少しだけ春の息吹が感じられるようになってきた青空の下を、翼はのんびりとした歩調で歩いていた。
 先程まで、金蝉と墓参りに出向いていた所だった。
 本来なら、その後一緒に茶を飲むなり、何処かへ出かけるなりしても良かったのだが、今日はそういう気分にはなれず、金蝉もそんな翼の気持ちを察してくれて、今、彼女は一人帰路についている。
 冷たい、だが、何処か柔らかな風がふわふわと翼の髪を撫ぜ、揺らして通り過ぎていった。
 何処かが空っぽで、何処かが満たされているような不思議な気持ちになりながらテクテクと歩く。
 今日は、簡単なもので夕食を済ませようか…なんてぼんやり考えていたときだった。
 翼の身体を突然の強風が揺らした。
 ハッと息を呑み、翼は天を仰ぐ。
 風が…、騒いでいる。
 その不吉な荒れ方に、目を閉じ、意識を集中させ耳を済ませた翼は、ぎゅっと眉根を寄せ、小さく「金蝉!」と呟くと、周りに人気がないのを確かめ、飛翔能力を行使して空に舞い上がり、風に導かれるままに飛んだ。
 


 金蝉の気配が、「この世界」から消えたらしい。
 今、自分達が生きている世界というのは、案外脆く出来ており、何かの拍子で「ここではない世界」つまり、異世界に迷い込んでしまうという事は、実は良くあるものだ。
 実際、何万件とある未解決の行方不明事件や、失踪事件の何割かは、この現象によって起こるものだし、神隠しと呼ばれる怪事件も是に類する。
 翼だって、自分自身が「この世界」の真っ当な生き物ではない関係もあって、異世界を覗いたり、その切れ端を訪れた経験もあるのだが、風曰く、今回金蝉は完全にこちら側から気配を消し去ってしまっているらしい。
 金蝉の事だし、心配はないと考える自分もいるのだが、異世界なんていう、こちら側の常識の全く通用しない場所に行ってしまった金蝉の事を放置する事は勿論出来ない。
 何とか、彼を連れ戻さなければと決心し、風の案内によって、空高く登る翼の前に、よく見ないと分らないほどの空間のひずみが見える。
 金蝉が迷い込んだという入り口はもう閉じてしまっているそうで、同じ世界に通じていると思われる、別の入り口まで連れてきて貰ったのだ。
 翼は、風に礼を述べると、そのひずみの中に飛び込んだ。
 その瞬間、身体に呪力がかかり、なす術もなく翼は何か柔らかいものの固まりに落下した。
「うぁ!」
 そう叫び、ばたばたと身を起こす為に身をよじるが、周りの物が余りに柔らかすぎて中々起き上がれない。
 ようやく、何かに埋まっていた身体を、這うようにして上半身だけでも外に出すと、振り返り、自分が何に突っ込んだのか確かめてみる。
 それは、たくさんのぬいぐるみの山だった。
 動物や、よく分からない生き物、人の縫いぐるみ等が見上げんばかりにつまれている。
 山を崩さないよう、恐る恐るそのぬいぐるみの塊から身体を脱出させ、ようやく固い床に足を下ろす事の出来た翼は、ゆっくりと辺りを見回した。
そこは、たくさんのぬいぐるみやラジコン、人形等々色んな玩具が積み上げてある、子供部屋のような作りの部屋だった。
 天井には、幾つ物ラジコン飛行機や、操り人形がぶら下げてあり、空の絵が描いてある壁紙が目に鮮やかだ。
 子供用にしてはかなり立派な滑り台や、ジャングルジム等も設置してあり、この部屋を子供が訪れたら楽しめるだろうなぁとぼんやり考えてみたりもした。
とにかく金蝉を探さなきゃと思い、部屋の探索を始めると程なく、外へと続く扉が見つかった。
「多分、入ってくる入り口が違ったから、金蝉も違う場所に出ているに違いない」と、考え、扉に向って歩き出す翼。
 その時、背後に今まで感じなかった気配を察し、慌てて翼は振り返り、思わず「うあ!」と声をあげる。
 すると、そこにはキョトンとした顔で立ち尽くす、包帯を体中に巻いた隻眼の男が立っていた。ば
 驚き息を呑む翼だが、驚いているのはその男も同じらしい。
「うお! な、何だ? 此処はどこだ?」と言いながら辺りを見回し、此方を見て、もっと目を見開く。
「…き…み、何処から…現れたの?」
 そう動悸を抑えつつ尋ねれば「お? ベイブんトコからだ」と意味の分からない事を言い、今度は男が「あんた誰? ってか、この部屋何だ?」と問いかけてきた。
翼は「…僕は、蒼王・翼。 この部屋何だ?っていうのは僕が聞きたいよ。 知り合いを追って、無理矢理入り込んだのは良いんだけど…此処って…」と、問いに答えながら辺りを見回し「子供部屋…?」と小さく呟く。
「うん。 子供部屋だな。 玩具も盛りだくさんだし、きっと金持ちの子だぞ。 イイナァ、金持ちは」
 そう少しズれた事を言い「俺は、新座!」と名乗ると、ひょいとぬいぐるみの山の中から熊のぬいぐるみを持ち上げる。
「お、ぎゃお! これなんか、お前の友達にいいんじゃねぇか?」
 そう相棒に同意を求めれば、先程は気づかなかったが、新座の足元にいる中型犬ほどの鉄の恐竜が「ぎゃお?」と言いながら首を傾げた。
 玩具にしか見えない、その生き物の動きが余りにも滑らかだし、受け答えも完璧だったのに驚いて「それ…も、玩具?」と聞いてみる。
 すると、新座はぷくっと頬を膨らませ「失礼な! 是は、俺の友達だ! ぎゃおだ!」と言ってきた。
 友達?
 玩具じゃなくて?
 そう思いつつ、ぎゃおとかいう生き物を凝視し、やっぱり玩具にしか見えないと思いつつも、翼は「そうかい。 ごめんね」と詫びておく。
 新座はけろっと「謝ってくれたなら、もーいい」と言って、またキョロキョロと辺りを見回した。
 翼が、まるで子供みたいだ…と少し苦笑を浮かべるた時だった。
何だろう、背後にあるぬいぐるみの山が、もぞりと動く気配がした。
「ん?」
 そう不思議に思いながら振り返り、自分が落ちた、そのぬいぐるみ達を凝視する翼。


んー? うん。 ただのぬいぐるみだ。
うん、ただの、ぬいぐるみ…だよね。


ただの…。


そう思い込みたい翼の目の前で、ぬいぐるみの山が徐々に崩れ、そしてなぜか、その一体一体がもぞもぞと動き出す。
「がぁぉっ!」
 新座が叫び声をあげながら、抱え込んでいた熊のぬいぐるみを投げ出した。
 愛らしい熊が、その姿に似合わない鋭い牙が一杯の大口をあけて「しゃーっ!」叫ぶ。
 翼は、他のぬいぐるみ達も同じように牙を剥くのを見て「っうわっ! 何だ、コレは!」と声をあげた。
 もこもこと、積み上げられた人形やぬいぐるみが蠕動している。
 山がずるずると崩れ、そして部屋を埋め尽くさんばかりに広がったぬいぐるみ達一体一体が立ち上がると、此方に向って歩き始めた。
 呆然とその姿を見守る翼の頭の上を掠めるように何かが飛んできた。
 思わずしゃがみこみ、見上げれば、天井に吊り下げられていたラジコンカーの上に操り人形が乗って飛んでいる。
 操り人形はその身体に不釣合いなナイフを持っていて、カタカタカタと口を開けて笑い声のようなものを上げた。
 部屋の壁紙の色が、雲の浮かぶ青空の情景の上からゆっくりと血のように赤いペンキが流れ落ちるように真っ赤に染まっていく。
「な、ヤバイんじゃねぇか?」
 新座が、言うまでもない事を問うてきたので「明らかにやばいね」と思わず冷静な声で翼は答え、一瞬二人、顔を見合わせると、同じタイミングで一目散に扉に向って走り始めた。
 それと同時に、二人の足元に縋りつくようにして追ってくる玩具の軍団達。
 何度か、足首を何かが掠める感触を味わいながら、扉に飛びつき、飛び出す新座と翼。
 背中で押すようにして扉をしめ、ずるずるとへたり込むと、新座は「うーがー、ちょっとドキドキしたぞー!」と叫び、隣の翼を見てくる。
 翼も、同じようにへたり込みつつ「アレだな。 ホラー映画の基本だけど、いつもは愛らしかったり愛玩物で通ってる物達が、いきなり凶暴化したりすると、余計に恐怖心を煽るものだね」と冷静な分析を述べ、それからいつまでもへたり込んで訳にはいかないのでので、ひょいと立ち上がった。
 扉の外には無限回廊ともいうべき、長く広い廊下が広がっている。
  廊下の両端を虹色の水が川のように流れ、花の様な匂いが何処からともなく鼻腔を擽る。 天井には凝った装飾の施された照明器具が点々と並び、柔らかな灯りを点していた。
「へぇ、随分と、豪奢な作りになってるね…」
 そう呟きつつ、翼は周りを見回し、「そういえば、聞き損ねたけど、君はどうして此処にいるの? まさか、此処に住んでる人?」問う。
 あんな風にポンと現れたから、聞き損ねていたが、新座自体そんなにまともな風体じゃない。
 ブンブンと首を振り、新座は「何か、公園で迷ったら此処にいた。 で、ベイブとか言う変な奴に会ったんだけど、そいつが、俺をあの子供部屋に飛ばしたんだ」と翼に話す。
 翼は考え込みつつ、「ベイブ…。 それが、この城の主なのか?」と疑問を抱き、「ねぇ、そいつは、此処が何処かなんて事、言ってなかった?」と肝心な事を聞いた。
 こくんと頷き「千年王宮だとか、なんとか言ってたぜ?」と答える新座。
「千年王宮ねぇ…。 なんにしろ、まともな場所じゃないみたいだ」
 そう言いながら「金蝉…大丈夫だろうケド…」と少し心配げに呟く。
 まぁ、かなり奇妙ではあるが、いきなり命の危険に見舞われるような場所でもなく、機転と実力さえあれば、何とかなりそうなようには思えるが、それにしたって「出口」と金蝉を探さねば、話にならない。
 下手な事してなきゃいいけど…と(例・いきなり、この屋敷の主に喧嘩売る。 明らかに、凶暴な生き物にメンチきる等)と、不安になっていた翼の呟きを聞き漏らさずと聞いてくる。
「金蝉? 誰だソレ?」
 唐突な質問に動揺し、頬を染めつつ、「…あーと、知人? 友人? んー、ま、そんなトコかな」と答えると、何故かにやりと笑う新座。
 そうか、分ったぞ! 恋人だな!」と叫び、それから首を傾げて「でも、お前男だろ? 金蝉って名前も男の名前だし…もしかして…ホモ?」と聞いてくる、うん、制裁。
 いや、分る。
 自分でも、鏡とか見ると、こりゃ一目で女だと分りにくいなぁと思う。
 然し、いうに事欠いて、男と確信しつつホモ扱いかよ!とカッとし、その瞬間、ガツン!っていうか、ドガン? バスンとかでもあってるかもしんない破壊的な音を立てて翼は、新座の足を踏んでやった。
そして、柔らかな微笑を浮かべ「僕は、女だ」と一言告げる。
 その言葉に失礼極まりないくらい目を見開き、マジマジと翼を見据え、序でに、全くペッタンコに見える胸にも視線を走らせた後、戦くような声で「まーーじーーでーーー?? うっそだ。 あんた、え? だって、僕って言ってるし…ってか、色気ねぇー!」と新座は喚いてくる、うん、処刑。
再び足を物凄い力を込めて踏めば、流石に二回も同じ箇所に攻撃を浮かべ、涙目になりつつしゃがみこむ新座。
「僕って言うのは、癖! 色気はね、なくたって今まで困った事ないから、君にそんな風に言われる覚えはない!」
 仁王立ちになる翼は怒りの篭もった口調で言い、コクコクと頷く新座の側に、ぎゃおがそっと寄っていく。
「ぎゃお?」と鳴きながら、心配げに顔を覗き込む鉄の恐竜をぎゅっと抱きしめ「ぎゃおー! 男みてぇに見えても、やっぱ女だな! すげぇ怖いもん!」と愚痴り、再び、物凄い目で睨んでおいた。


 さて、気を取り直した奇妙な組み合わせの二人は、城内の様子にしげしげと視線を走らせつつ歩き続ける。
「とにかく、僕としては、金蝉を見つけて此処から脱出したいんだ」という翼に「がーっ! 俺は、ほんとは、目玉が欲しかったんだが、今となっちゃあ、何か美味いもんが欲しい! 此処には美味いもんを食えるトコはないのか?」と物凄く能天気な発言をしている新座は、くんくんと鼻を鳴らし「なぁ、翼? 何か美味いもんないか?」と聞いてくる。
 男嫌いの翼が、それほど嫌悪感を持たずに新座に対応できているのは、彼が子供、それの動物の子供のような仕草や言動が目立つからだろうと思いつつ、呆れたような視線を一つ送り、「ちょっと待って」と言いながら、ポケットを探り小さな飴玉を一つ取り出した。
 何かのおまけに貰った飴だ。
「はい。 苺味だけど」
そう言いつつ差し出せば、ニカっと笑った新座が「さんきゅ! 良い奴だな、翼は」と本気の声で言う。
飴玉一個で大袈裟なと苦笑を浮かべ、「どうも」と答える翼。
 早速、コロンと飴玉を口の中に放り込みコロコロと転がす新座は、にこにこと機嫌良さそうに笑っていて、単純だが、悪い人じゃなさそうだと感じ、自分も飴を舐めようかなんてもう一つ飴玉を取り出そうとした時である。
 新座が「うよ?」と言いながら、壁に掛かったある一枚の絵の前で立ち止まり、それから「おい! 翼! すげぇぞ、この絵動いてる!」興奮した声で喚いた。
翼は、うごくぬいぐるみ軍団に襲われかけた経験もあって「ま、ぬいぐるみが動いたんだから、絵位動いても不思議じゃないよね」と何を今更という気分になりつつ、新座の指差す絵を覗き込んでみる。
それは、ツンとした美女が胸元の大きく開いた服を着て、扇で顔を仰ぎながら座っている絵だった。
だが、不思議な事に、扇で扇がれた髪が揺れ、扇自体も優雅な動きを見せている。
 女が、流し見るように色っぽい視線を此方に送り、ニコリと小さく微笑んだ。
「がぁぁっ! 不思議だ! どうなってんだ、これ?」
 そう言いつつ絵に触れてみようとする新座。
 翼が、そんな無防備な行動に「ちょっ! 無闇にそういうものには触らない方が…」とまで言った瞬間だった。
 チョンと触れた新座の指先を、いきなり絵の中の女が掴み、そしてそこからぬうと手を伸ばして、今度は新座の腕を掴んだ。
「うがぁっ!」
 驚いて腕を引こうとする新座だが、女の力は物凄いらしく、ズズズと体ごと引きずられている。
 舌打ちしたいような気分になりつつ、「っ! だから、言ったんだ!」と、怒鳴り、腕を掴んで、こちら側へ引き戻そうとする翼。
 絵の女の力の強さにやむえず、自分の能力を行使し、通常の人間では有り得ない怪力を奮って、まるで大根を畑から引き抜くかのごとくズルンと新座の腕を絵から引き抜く。
んが、そのせいで、勢い余った翼の体は、そのまま絵に倒れこみ、待ってましたとばかりに女が翼の肩を掴むとそのまま絵の中へ引っ張り込んできた。
 何か冷たいものを通り抜けたような、不快な感触の後、いきなり世界が一変する。
 そこは、絵の中の世界。
 女が、座っていたソファーも、絵の奥に見えていた天蓋付きのベッドも、今や現実のものとして翼の目に映る。
 間違いなく、自分が異世界から、また別の世界へと連れ込まれた事を悟り、流石に焦った彼女の首にするりと艶かしく細い腕がまわされた。
「んふふふふ。 ンアァンv なんてスゥイートな坊やなのかしら?」
 そう言いながら、豊満な胸に身体を押し付けられ、ぎょっとする翼の目の前に、妖艶な女の顔が現れる。
 絵の中の女。
 自分をこちら側へ引き込んだ、張本人。
「怖がってるの? 大丈夫…。 お姉さんが、全部教えてあげる」
 そう言いながら、クイと翼の顎を持ち上げ、その胸手を置いて、唇を近づけてくる。
 艶かしい手付きで、翼の胸を撫で上げた女はその瞬間、ピシリと凍りつくように硬直し、ワナワナと震えながら翼の顔を見下ろす。
「ま・さ・か、貴様、女か?」
 まるで、鬼のような声で言われ、とりあえず頷く翼。
 その瞬間「騙されたぁぁ!!」と叫び「女なぞ、お呼びでないわ! 出てくが良い!」と、何処かを指差しつつ、翼の体をどん!と強く押す。
 その瞬間、また、あの冷たくも不快な感触が体の中を通り抜け、翼は千年王宮の廊下へと転がり出る。
 思わず、廊下に膝をつき、パチパチと数回瞬きした後、みるみる内に険悪な表情に変わる翼。
 女なぞ、お呼びでない?
 いや、僕は確かに女だけど…だけど…。
 翼の表情が余程凶悪なのか、恐る恐る、「つ、翼? どうした?」と新座が問いかけてくるので「彼女も、僕を男と間違えてたんだ! しかも、女だと分った瞬間、あんなに無下に外に追い出して!」と憤懣やるかたないといった口調で翼は喚く。
 新座が「でも、良かったじゃないか。 無事出てこれた訳だし、それこそ男だったら、どんな目に合ってたか分かんなかったんだし」と、翼の気持ちをちっとも分かってない事をいうので、思わず翼は「僕はね、今まで生きてきて、あんな風に女性から邪険に扱われた事なんて、一度もなかった! せめて、口説く時間くらいくれても良いのに!」と、心情吐露してしまっていた。
 つまり、女性キラーとしてのプライドがいたく傷付けられてしまったのだ。
「不快だ! 早く、金蝉を見つけて、こっから出てやる!」
そう言い、翼は足音荒く、廊下の奥へと進み始める。
 もし、あの絵の女性ともう一度相対できる機会に恵まれたならば、絶対にオとしてみせると心に決めつつ。


どれ位歩いた事だろう。 
ぐーぐーと腹の虫を盛大に鳴かせている新座が、ひょいと、廊下の奥を指差し翼に「此処を真っ直ぐ行けば、ベイブの部屋だぞ」と言った。
確か、彼は一度ベイブに会っている。
その時に、此処の廊下の様子を覚えたのかもしれないと思いつつ「間違いないかい?」と確認する。
「ああ、間違いない。 この扉は、一度見た覚えがあるんだ」
 そう答えた新座に一つ頷き「まぁ、一度会って御挨拶しておくのも悪くないかもね」と翼は少し物騒な声で呟く。
 なんにしろ、この千年王宮とやらに詳しい人間がいるのなら、金蝉の居場所を聞いてみても損はない。
 向こうが、こちらに対して害意を持っていなければ、この王宮内の見取り図なんかも見せてもらえるだろうし、そもそも、此処がどういう場所なのかだって聞けるに違いない。
 まぁ、あくまで、害意がなければ…なのだが。
 スタスタと、新座の指差す方向へと歩き出していた翼に「おい、翼!」と新座が声を掛けてきた。
「何だい?」
「なんか、美味そうな匂いがする!」
 新座にそう言われ、確かに、何だか甘い匂いが漂いだしている事に気付く。
「…そうだね」
「俺、行ってきても良いか?」
「僕は、ベイブのトコに行かせて貰うけど、君は君で好きにすれば良い」
 翼の言葉に一つ頷き、「絵から助けてくれてありがとな!」と言うと、新座がトトトトと匂いのする方向へと走り始めていた。
 その背中を見つめ、「何て本能に忠実な男なんだ」と翼は呆れて呟き、再びベイブの部屋を目指す。
 暫く歩いていると、翼の目に、今まで見たどの扉よりも大きく、威圧感のある鉄の扉が現れた。
 中から漂ってくる気配も尋常じゃない。
 翼は、少し呼吸を整えると、ゆっくりと扉を押し開いた。



 そこは、凍りつくように、気温の低い、そして虚ろな部屋だった。
 広い広い、入り口から玉座までどれ程の距離があるのか全く計り知れない広間に一人、男が玉座に、しな垂れるようにして座っている。
 血色の悪い、白灰色の顔。
 疲れきり、飽いきったような、その表情。
 真っ白な唇は固く引き結ばれ、灰色の、冬の夜空のような目が、翼を見据える。
「新しい客人か」
「客? ま、そう思ってもらえるのなら良いのだけど…」
「それで…、願いは何だ?」
「願いなんてないよ。 ただ、桜塚・金蝉っていう男を捜してるだけだ。 何処にいるか知らないかい?」
 翼が淡々と聞き、そして、男に歩み寄る。
「とりあえず、作法に適って挨拶させて貰うと、僕は蒼王・翼。 君は、リリパット・ベイブで、間違いないね?」
 男は静かに頷き、そして「ようこそ…。 千年王宮へ」とつまらなそうに呟いた。
 そんなベイブに、翼は「君は、金蝉…っと、金髪の態度のえらくでかくて、凶暴で、厚顔不遜な男の居所を知っているかい?」と、本人が聞いたら青筋を浮かべそうな表現をしつつ、探し人の事を問いかける。
 するとベイブは、「この城は…、お前が此処まで歩いて来た道のりでも分かる通り…余りに広く、余りに果てがない。 お前の探し人のみならず…、日毎…何処かで…誰かが、私の知らぬうちに迷い込み…私の知らぬ内に……朽ち果てている」と、虚ろな声で答えて、それから空っぽの目で翼を射た。
「…お前は…人ではないな…」
 翼は、薄く笑って、「ご明察」と答える。
「…まぁ、常人が、空を飛んで、ここに侵入する事は有り得まい」
 そう言われ、自分の侵入方法をちゃんと理解している男が、金蝉というあんなに目立つ男の居所を把握していないだなんて、にわかに信用出来なかった。
 この男は、知っていて、言わないんだ。
 そう思うと、カッとくるような苛立ちを感じる。
 城の作り自体もそうなのだが、先程の物の言いから察するに、ここに迷い込んだものは翼のように力があるものなら大丈夫だろうが、そうでないものを野垂れ死にさせるがままに放置しているらしい。
 この男は、確実に尋常でない力を有しているのに、むしろわざと、この迷宮に人を誘い込み、惑わせているような、そんな悪意すら感じる。
 ベイブが覇気のない声で「お前も長い命を生きる身か。 いや…長いどころではないな…。 私には、果てがあるが、お前にはなさそうだ」と、抑揚なく呟く。
 自分の因果さえも退屈気に指摘され、あまつさえ「どういう気分だ? 絶対に死ねない身の上というのは」と、ベイブは何の興味もなさそうな声で問うてきた。
 苛立つ。

 こいつは、何様だ。

 翼は、問いに答えず、これ以上ここにいて、この男に物を尋ねても無駄だと、早々に見切りをつけ「分った。 じゃあ、金蝉のことはこちらで勝手に探させてもらうよ。 君の居住のようだけど、勝手に歩き回っても、別段構わなそうだからね」ととげとげしい声で告げ、クルリと背を向けかける。
 その瞬間、扉がギギギと開けられ、新たな人間が部屋の中に入ってきた。
 金髪の、ピンクのジャージを穿いた、派手な化粧の女と、黒髪の人形めいた愛らしい少女だ。
 金髪の女が、翼の姿に目を見開き、「おいおい。 今日はマジで何なんだよ。 ベイブ。 あんた、こんなに客好きだったか?」と、ベイブに問うた。
 ベイブは、虚ろな眼差しを上げ、「馬鹿を言え…。 今日は…、医者の娘を招き入れる為に…扉を開いた影響で、色んな場所から…、色んな人間が入り込んでいるだけだ」と答える。 どうも、翼や、新座、金蝉の他にも、此処を訪れている者達がいるらしい。
「そうかい、そうかい。 ま、いいや。 賑やかなのは嫌いじゃねぇからな。 あんたが、面倒さえ起さなきゃ、あたいにゃなんの問題もネェよ」
 そう憎々しげに言い、それから金髪の女は「あんたも、災難だな。 名前は何て言うんだ?」と問いかけた。
 翼は女性専用の極上の笑顔を浮かべ「ああ…。 すみません。 貴女の余りの美しさに見惚れ、名乗るのを忘れていました。 僕は、蒼王・翼と言います。 貴女は?」と問い返す。
その瞬間、ポッと頬を染めた竜子は「あたいは城ヶ崎竜子ってんだ。 よろしくな」と名乗ってくれた。
本当に美しい。
翼は内心溜息を吐く。
女性というだけで、美しさは約束されて入るのだが、無粋な濃い化粧の奥に、整った顔立ちが潜んでいる事を、翼は既に見抜いていた。
 竜子が明るい笑顔を浮かべ、「ちゃんと送り返してやっから、此処でちょっと大人しくしててくんねぇか?」と、翼に言う。
 ベイブみたいな、性格破綻者の城で、こんな親切で、素敵な女性が暮らしているなんてと、驚きと同時に気の毒なような気持ちになりつつ首を振り、少し微笑んで首を振り、「すみません。 僕も、そうして貰いたいのは山々なのですが、ツレがこの王宮に迷い込んでしまったので、探している途中なのです。 見つけ出しましたら、またお願い致します」と柔らかな声で答える。
 そんな二人のやり取りを無表情で見上げていた、黒髪の少女が、いきなり翼に近付いてきて、翼の胸を鷲摑みにした。


 一瞬の沈黙。


 翼は引き攣った顔で少女を見下ろすのだが、そんな視線を跳ね返すかのように此方を飄々と見上げ「お前、女なのね」と彼女は言った。
「女?! 嘘! 勿体ねぇ!」
 そう叫ぶ竜子と「気付かなかった…」と小さく呻くベイブ。


 うう、これで、こんな感じのやり取り三回目のような気がすると思いつつ、自分の言動を棚に上げて、「そんなに女に見えないのか…」と落ち込む翼。


 そして一つため息を吐き「確かめられたのならば、お手を放してくださると嬉しいのですが? リトル・レディ?」と、胸を掴んだままのウラに囁いた。
翼の胸を掴んでいた手を放し「それにしたって、小さいわね」と、少女はトドメの一言を翼に喰らわせると、スタスタとベイブに近付きぐいと、ケーキの乗った皿を押し付けた。
「さ、作ってやったわよ? お食べなさいな」
 目を見開き、それからケーキを見下ろし、そして再びウラの顔を見上げてるベイブ。
 あんな表情も出来るのかと、思わず興味深く眺めてしまう。
 その灰色の顔に、にっと笑いかけ「甘い物を間に挟んでつかの間幸せに浸りましょ」とウラは告げる。
 竜子が、何処か愉快気に笑って「あんたが、この子を許したんだろ? じゃ、食ってやんなきゃなんねぇなぁ。 大体、誠の料理ばっか食ってっと、体悪くすんぞ? たまには、そういうモンも食ってみろって」と朗らかに言った。
 焦れた少女は、フォークでケーキを一欠け掬い上げ、その色のない唇に突きつける。
 一つ溜息を吐いたあと、小さく唇を開き、ピンク色の妙に肉感的な舌を覗かせた唇の中に遠慮なく少女はケーキを押し込んだ。
 灰色の目が少し細まり、それから瞬きする間程だけ緩んだ。
「…ほう」
 吐息交じりの声を吐き出し、それから少女からフォークを受け取る。
 少女は、少女で、ベイブの為に持ってきたケーキだろうに、素手のまま皿の中のケーキを一つ掴み、口中に放り込むと唇の周りをクリームだらけにしながらも、はぐはぐと食んだ。
 指先についた、クリームを舐めながら、一つの皿をはさんで同じケーキを食べているベイブに「美味しい?」と問うている。
 その、二人の様子が微笑ましいような、それでいて、目を逸らしたくなるような妙に隠微な雰囲気に満ちていて、翼は何だか居心地が悪いような気分になった。
 ベイブは、少女の問いに無表情のまま頷くと「後で、誠にレシピを教えてやってくれ」と言い、竜子が呆れた声で「そんなもん、40近いおっさんが作れっかよ。 無理させんなよな」と諌める。
 どうもこの城には竜子と同じような立場の住人がもう一人いて、それは良い年をした中年男性らしいと翼は悟った。
竜子がニッと笑って「ま、なんだったら、アタイが作ってやろうか?」とベイブに聞く。
 だが、その言葉が終わるか終わらぬかの内に「断る」と即効ベイブが告げた。
「お前が作った食べ物など、もう餓死寸前で、目の前に青酸カリとお前の作った料理しかないという状況ですら、迷わず青酸カリゲット!な私が、何を好き好んで食わねばならん」
 そう酷いとしか言いようのない事を言うベイブに青筋を立てた竜子が「誰がてめぇなんかに食わせてやるか! もし作っても、誠とあたいだけで食うからな! 後で、欲しがって泣いてもしんねぇからな!」と怒鳴れど、ベイブは虚ろな目で遠い場所を見て「…可哀想な誠。 まさか、自分の命の危機になるような毒物の製造を、竜子が此処で決心しているとも知らずに…」とムカツク口調で呟く。
 翼としては、どんだけ人外魔境な食べ物であろうと女性の作ったものは絶対完食の上、笑顔で「美味しかったよ」と褒めることを身上としているので、ベイブの物の言いにムカッとするものあれど、正直こんな阿呆なやり取りに構っている暇はない。
「じゃ、僕はそろそろ行かせて貰うよ?」
 そう言い捨て、部屋を出て行こうとする翼の背中に「おお! 見つかったら、またこの部屋に来ればいい。 したら、あたいか誠…、長髪の怪しいおっさんがあんたの事を、外の世界に送ってやっから」と竜子が声を掛けてくれて、翼は頷き「有難う御座います、レィディ。 また、お会い出来る事、心より祈ってます」と、本気で心から告げた。



 それからまた、金蝉の姿を探して、色んな場所をうろついたのだが、どうしても見つからない。
 中庭らしき場所で手に入れた、真っ赤な薔薇をクルクル回しつつ翼は歩く。
 余りに見事なバラ園だったので、一本拝借してしまった。 と、いっても、ただ美しかったからという単純な理由ではなく、その薔薇から微弱ながらも変わった魔力の匂いを感じたからだ。
 一度持って帰って調べてみたいと思い、手折った薔薇を、ヒョイと胸に挿す。
 もしかして、もう、とっくに彼は脱出していて自分だけが迷っているんじゃ?と不安になりだした時だった。
 

 ジリリリリリリリリリリリリリ!


 耳をつんざくような非常ベルの音が響き渡り、翼は身体を跳ねさせる。
 壁にかかっていた人物画が一斉に「発作だ! 発作だ! 誰かが、赤ん坊をむずからせた!」と叫びだした。
 息を呑み、なんともいえない嫌な予感に襲われる翼。
「ベイブ! ベイブ! 早くあやして! 皆殺しだよ! 皆殺しだよ!」
絵や扉の奥から聞こえる言葉に、ベイブの身に尋常でない事が起こっているのを悟り、同時に何だかとてつもない不安に襲われた。
どうしてだろう。
 染み付いてしまっている。


 トラブルある所に、金蝉ありという考え方がどっぷりと!


 そう思うといてもたってもいられずに翼は、再び玉間へと走り出した。
 


鉄の扉を蹴り飛ばすようにして開け放つ。
 
案の定というべきか、予想通りというべきか、そこには見慣れた男の姿があった。


「金蝉!」


力の限り翼は叫ぶ。
 金蝉が、滅多に見せない驚愕の表情でこちらを見た。
 しかし、翼も金蝉と共にいた男の姿に驚かされる。
 魏・幇禍。
 知り合いのとんでも娘、鬼丸・鵺の家庭教師兼婚約者の男である。
 幇禍が「どーもー」なんて声を掛けてくる彼の姿を目を見開いて眺めた後、今度はこれまた顔見知りであるデリク・オーロフにヒラヒラと手を振られ、何が何だか分からなくなった。
世間は狭いというが、これは偶然が過ぎる。
「お前、何で此処に!」と怒鳴る金蝉の隣に「君を追って来たんだよ」と言いながら走りより、「一体是はどういう事なの?」と思わず聞いてしまった。


「アリス…?」


 先程までの虚ろな様子から一変し、何処か落ち着きのない様子で視線を彷徨わせていたベイブが、引き攣った声で、翼を凝視し、そして呟く。


「アリス?」


いや、違う。
ベイブが見ているのは、翼ではなく…。



翼は自分の胸に視線を下ろす。




そう、真っ赤な薔薇。




デリクがまるで、こうなる事は分かっていたという風に、翼を恭しい手付きで指し示して答えた。



「そうですヨ。 アリスでス」



 それは、紛れもなく、発狂の瞬間。
 


ベイブの顔が醜く歪み、見たのだ。
その場にいた、間違いなく全員が見たのだ。


ベイブの背後から、細い灰色の手が伸びてくるのを。
そして、その子供のような手が、スルリと、ベイブの首に廻されるのを。


アリスの手。



 ベイブが、言葉にならない声で、絶叫した。

「っ!」
 王宮がグラグラと揺れだす。
 翼の胸に飾られていた薔薇が、まるで銃弾に撃たれたの如く散り、血のように零れた。
 髪を掻き毟り、何かから逃れるように、玉座の上でのたうちまわるベイブ。
突如、「あがぁっ! あぁぁっ! い、いぅわあぁ! ま、誠! 誠! 誠、ドコ! 早く、呼んで! り、りぅ、竜子と! 誠を! よ、呼んで!」と、ベイブが喚き始める。
「誠? 竜子? 誰だ、ソイツは?」
 そう訝しげに首を傾げる金蝉に「王宮の鍵を持っている方々です。 俺は、黒須さん…って、えーと、誠って人の方ですね、その人にココ、連れてきて貰いました。 それで、あのですね、多分言い遅れたかな? もう、取り返しつかないかな?とは思うんですけど、多分、彼らがいれば、こっから出れますよ」と、幇禍が物凄く笑顔で告げている。
その瞬間、金蝉は、カッと目を見開き、修羅のような顔をしながら、幇禍の胸倉を掴んだ。
どうも、そんな事は金蝉、微塵も知らなかったらしい。
「あぁ? てことは、アレか? こいつに、無駄に構う事ぁ無かったって事か?」
 そうガクガクと揺さぶりながら問われ、「んー、そうなりますかね☆」と明るく返答している幇禍。
 金蝉は、きっと、ベイブしか自分を外に出す事は出来ないと思い込み、色々彼とぶつかってくれちゃってたのだろう…と思うと、なんだか彼らしくて苦笑を浮かべてしまいそうになるが、正直情報を持ってる幇禍が側にいたのなら、止められて然るべき自体のような気がしないでもない。
 翼は、何処か諦念の表情で「ねぇ、君は、ずっとこの場にいたみたいだけど、その事実を早めに伝えて、事態がこうなっちゃうまえに止められなかったのかな?」と幇禍に聞いたが、幇禍はとびっきりの笑顔で「や、出来ても止めませんって。 楽しくないもの」と非常識極まりない答えを返してくる。
 その瞬間、見るからに手に力をこめている金蝉を止めなきゃいけないのかなぁ?と思いつつ、ガクリと、音がしそうな勢いで項垂れる翼。
「どうしよう。 こういう場合、僕の立場としては、金蝉の暴力を抑えるべきなのだろうが、今現在、心から、息の根が止まれば良いのにと祈ってしまってるんだよね」
 そう虚ろな翼の声に後押しされるように、益々、金蝉が男の首の締め上げた。
そんなある種どうしようもないやりとりを繰り広げる三人に「あハハー。 お三方お知り合いでスカ? 良いですね、楽しそうデ」と明らかに何も分ってないっていうか、分ってても気にしない事が丸分かりな口調でそう言った後、「でもね、ほら、こっちも結構大変な事になってマスよ?」と、デリクがベイブを指差した。


蹲り、黒須と竜子の名を交互に呼び続けるベイブの周りに、銀色の見た事の無い文字で描かれた文様が浮び上がっていた。
 アリスの手はもう無い。
 だが厄介なことに、その文様がバチバチとまるで、稲妻のような、あまり耳に心地良くない音を立てて発光し始めている。
「っ! ベイブ!」
 そう叫びながら、竜子が部屋に飛び込んできた。
 続いて、数人の男女が飛び込んでくるが、その中には見知った顔も結構あって、自分と同じように此処に迷い込んでいる人間がこんなにいるのかと、少し驚く。
いつの間にか現れていた大剣に縋るように、しがみつく様に泣いていたベイブが顔を上げ、「誠? 竜子? 早く、は、やく、来ないと、つ、かまる。 つ、かまったら、壊れる。 こ、われ、る、割れる。割れて、あ、また、寒い…た、すけて、助けて…」と呟きながら、泣きそうに歪められた顔で当たりを見回していた。
 それはまるで、迷子の子供のような、それは酷く弱弱しい姿だった。
「壊れる…ネ。 魔女の呪とハ、かくも恐ろシイ。 差し詰め、この赤子は、その魔女を知らず虜にしてしまった、不運な時の迷子に過ぎないと言う訳、でスカ」
 デリクは愉悦に満ちた快哉をあげる。
「何て、興味深イ!」
 
「デリク!」
 
嬉しげな声を上げ、一人の少女がデリクの元に駆け寄った。
先程翼の胸を鷲摑みにした少女だ。
「おヤ? 私の姫君。 こんな所にお出でになられて、どうしたんダイ?」
 そう言いながら、壊れ物を扱うような手付きで、その身体を抱きしめ、デリクは笑う。
 どうもこの二人は知り合いだったらしい。
 そして、「ウラ。 御覧なさイ。 アレこそ、究極の愛の形デス」と、ベイブを顎で指し示した。
その瞬間、バチッ!と音がして、デリクの足元に銀色の光が飛んでくる。 それを、ウラという名の少女を抱えたまま、ヒョイと身軽に避け「危なイ、危なイ。 赤子が強力な力を持つと、加減を知らないカラ、面倒ダ」と飄々とした声でデリクが嘯く。
 すると人の輪の中から、艶やかで、ぬめるように色っぽい光を放つ黒髪を有する男が、ずいと進み出て、「お前、何かやったのか?」とデリクに問いかけた。
 髪の美しさに反比例するかのように、陰険で爬虫類のように、人に根源的な嫌悪感を与える顔つきをした中年男だ。
 黒い首輪を嵌めている。
これが、「誠」。
もう一人の王宮の住人か…。
誠がデリクに掛ける声に怒りはない。
 ただ、本当に尋ねているだけという声音。
「何カ? 何カ?とは、何でス? ああ、そうダ、そうダ。 あなた、初めて、お会いしまスネ。 私、デリク・オーロフと申しまス。 以後お見知りおきヲ」
 そう自己紹介したあと、優雅に一礼し、それから首を傾げてじっと、誠を見る。
「あなたも、随分、面白い身体ダ」
 そう呟き、「そして此処は、面白い場所ダ。 もうちょっと、知りたい事もあるのだけれド…」と言いながら辺りを見回し、それから腕の中のウラを見下ろす。
そして「お姫様もいらっしゃる事だし、そろそろ帰らねバ」と誠に言うと、その言葉に、ウラはむくれ「折角、女王様のお茶会をしていたのに、全部台無し! デリク、この罪は、『気狂いアリス』のバニラアイスでしか償えなくってよ?」と言った。
「仰せのままニ」とデリクは甘い声で答え、それから誠に視線を戻す。
「出口、私一人でしたら、無理矢理作って外に出るのですガ、この子がいるので、余り無理はしたくないデス。 この、赤子、宥める事が出来ますカ?」
 そう問われ、辺りをぐるりと見回す誠。
 そして、全ての面々を見渡すと、誠はこの上なく、面倒臭そうに顔を歪め、「何で、こんなに、いるんだよ」と呻きそして、「とりあえず、危ないから、ちょっと離れろ。 鵺といずみ…は、外出てた方が良いかもしんねぇ。 そこのウラとかいうお嬢ちゃんも、兄ちゃん部屋の外に出してやんな」と言った。
 何が起こるというのだろう?
また、面倒臭い事じゃなければ良いが。
部屋の中にいる、黒須に名指しされた者達は、皆、部屋の外へ出て行く気などないらしい。
「…ま、こういう場所でお茶会だなんて呑気な事が出来る子達だもの、それこそ、十八禁にでも引っ掛からなきゃ大丈夫じゃない?」と、何故か彼女も迷い込んできたのか、顔見知りであるシュライン・エマが言い、「そうですね。 もし引っ掛かっても、ちゃんとOMCでチェックしてくれるし」と、これまた顔見知りのシオンが身も蓋もない事を言う。
 黒須が、もう、どうにでもしてくれというような憔悴した顔をし、「で、何でこうなったんだ? 何を切っ欠にしたんだ?」と問えば、デリクがニッコリと笑って「魔女」と一言答えた。
 その瞬間、ベイブを囲む銀色の文様がバチバチと音を立てて一層鮮やかに輝き、王宮の揺れが激しくなる。
 ビクンとベイブが一度のけぞり、口を大きく開けると「あああぁぁぁぁああっ! こ、わい、怖い、怖い、あ、こ、ろして、殺して、死にたい、終わりたい、壊して、こわ、して…りゅ、うこ……まこ…と…、ドこ? 何処? 助けて! 何処!!」と、叫び、惑う。
 そんなベイブになんとも言えない視線を送り、それから「知ってるのか?」と、黒須が問う。
「一応、魔術師ですかラ」とデリクは答え、「騎士団内で起きたあの悲劇については、書物でとはいえ、知識として有しておりマス。 ただ、こうやって、実際に御目文字出来るだなんて、想像もしていなかったですケドネ」と、言葉を続けた。
「然し、素晴らしイ。 千年の呪い。 まさか、本当に有効であるトハ。 この奇跡の目の当たりにして、魔術師としては、捕獲して、どういう人体構造になっているのか、解体でもしてみたいところですガ…」
 そう言いながら、本心を見せない笑みを益々深め、「ジャバウォッキー、許してくれませんヨネ?」と、デリクが聞き、誠は「本当に、コイツを殺せるってんなら、何処へだって、連れてってやれよ。 本人もそれを望んでる」と、答えた。
「死にたい。 終わりたい。 解放されたい。 そればっかりで、たかが人間の分際で二百年以上も生きてんだ。 誰でもいいや。 コイツ殺せるなら、殺してくれよと頼みたいとこだけどな…」
 そして、一つ溜息を吐く。
「期待持たせるだけ、持たせて、結局、無理でしたって事になるんだったら、許してやれや。 コイツの絶望は、既に今で限界なんだ。 これ以上は酷過ぎる」
 デリクは、笑みを深め「時の魔女の最期の呪に対抗出来る程の、魔術構造を発見いたしましたら、是非、再び此処を訪れさせて頂きマス」と答えた。
「ま、せいぜい期待させて貰うわ」
 誠は気のない声で答え、それから竜子に目を向けた。
 竜子は「お前、ほんっと、何処行ってたんだよ。 どうせ、しょうもない飲み屋とか、競馬とか、そういうのなんだろうけどよ、マジで何も言わず出かける癖止めろよな」とブツブツ言いつつ、誠の隣に立つ。
「どうだ? イケそうか?」
「んー? ヤバくね? いつも以上にはしゃいじゃってる」
「でも、放っておけば、ここら辺一帯それこそ歪むぞ? そうなると、『道』が変わるし、鍵持ってねぇ、コイツらを無事出してやれる保証がなくなる」
 そんな相談のしてる二人を眺め「なんか怖い事言ってるねぇ」と翼はのんびりと金蝉に。
 翼を見下ろし「余裕じゃねぇか」と、彼に呻くように言われ「ま、こういう時は大体、なんとかなってきたからね」と、これまでの経験を踏まえて翼は答えた。
「でも、僕達だけで逃げるんじゃなくて、此処にいる人達全員無事に出すためには、やっぱりあの人に、落ち着いてもらわないといけないみたいだな」
 ベイブを見つめ翼が言う。
金蝉はフンの息を吐き出し「知った事か」と言いはしたが、「時間が掛かり過ぎた。 せめて、あの結界内にもう少し近づければ…」という竜子の深刻な声が聞こえてくると、よっぽど此処から早く出たいのだろう、「…やってやる」と苛立ったような声で宣言した。
「あの、銀の結界の威力を弱めれば良いのだろう? やってやる」
 そう金蝉が言いながら一歩進み出る。
 翼は、ついと傍らの美丈夫を見上げ「出来る?」と聞けば「構成されている術式こそは違うが、接点を見つけ出し絡ませれば何とかなるだろう」と金蝉が冷静な声で答える。
 こういう声の時は、まぁ、大丈夫なんだ。
 金蝉が大丈夫じゃない時なんて滅多にないけどと思いつつ、翼は一歩下がった。
「俺は、この糞みてぇな場所から、とっとと出ちまいたい。 おい、そこの、二人」
 そう言いながら、金蝉が、ギッと竜子と誠をねめつける。
「誰だか知んねぇが、その結界の威力は抑えてやる。 それで、この事態の収拾を付けられんだろうな?」
 そう言われ、肩を竦めると、誠は「ホントに、そんな器用な事やってのけてくれるってんなら、鋭意努力するよ」と答え、竜子は「任せときな!」と請け負った。
 信用出来ないという風に「フン」一つ鼻を鳴らし、それからおもむろに、金禅は懐から銃を取り出す。
 そして、金蝉はその銃弾を、ベイブの周りで閃光を放つ結界へと打ち込んだ。
 耳をつんざく音が、ホール内に響き渡る。
 間を置かず、金蝉は複雑な印を両手で組み、術の詠唱に入った。
 本人は簡単に言ってたが、「ジャンル」を超えた術の干渉を行っている訳だし、相手はかなり厄介な結界だ。
 並みの術氏では出来る芸当じゃないだろう。
 だが、銀の文様の上に、金色の梵字で描かれた別の文様が見事なまでに浮び上がる。
(流石)
 そう胸のうちで、金蝉を誇る翼。
 銀と金の光が絡まりあい、一瞬眩いばかりの光を放つと、その銀の結界が放っていた稲妻のような光が収まっていた。
「長くは持たん。 とっとと行け」
 金蝉が、目を閉じ、小さく術を唱え続けながらも、そう早口で二人に告げる。
「どぉも。 あんた、かなり良い腕してんな」
 そう、黒須が言った後、竜子と黒須は一気にベイブに近付き、竜子は前から、黒須は後ろに回り込んでベイブの身体を抱きしめた。


「お静まり下さいませご主人様」


 竜子が、ベイブの耳元に囁く。
「お静まり下さいませご主人様」



「魔女は来ませぬ。 魔女は、来ませぬ。 だって、ほら…」



 竜子が、静かな顔で天を指差す。



「貴方様が、あの魔女めを殺したのだから」



 思わず、その場にいた人間皆。
 誠と、竜子を覗く全ての人間が空を仰ぎ、そして息を呑んだ。



いた。


玉座の天井にいた。



女が、目を閉じ、手と足に杭を打たれて天井に張り付けにされていた。
両手を開き、足を揃え、胸を深々と一本の槍を突き刺して、女がいた。





「御覧下さい。 あれが、時の魔女に御座います」
 


デリクが、震える声で「ブラブォー」と呟いた。


  
天を仰いだベイブが呟く。


「ああ…。 アレが、私の罪の証」
 その瞬間無防備に仰け反ったままのベイブの首筋に、長い髪を揺らして黒須が顔を埋め、深々と噛み付いた。



ベイブが、意識を完全に失い、黒須の腕の中に倒れこむ。
後で聞いたのだが、黒須の八重歯部分には、蛇の猛毒が仕込まれてて、噛まれると普通の人間ならば即死するが、ベイブには、丁度良い睡眠薬なっているらしい。
つまり、彼を強制的に眠らせたという訳なのだろう。
非力なのか、少しふらついた黒須を竜子が支え「とにかく、寝室に運ぼう。 あたいは、皆を食堂あたりに一旦案内するよ」と提案した。
 頷く誠。
 ベイブを取り囲んでいた銀の文様は完璧に消え去り、揺れも完全に収まっていた。
 きつそうにベイブを運ぶ姿が見てられなくて、翼は金蝉に「なぁ、金蝉。 ちょっと運ぶのを手伝ってあげよう」と、言う。
 どうも、誠相手に意味の分からない嫌悪感を抱いているみたいだが、それとこれとは話が別である。
 じっと見上げていれば、しょうがないという風に一つ溜息を吐き出して、誠の側に寄ると、金蝉は何も言わずにぐいとベイブの片側の肩を持ち上げた。
「おお。 サンキュ」
 誠が屈託のない声でそう礼を言い、「えーと、あんたは…」と戸惑ったように口ごもるので「桜塚・金蝉」と不機嫌な声で彼はそう名乗る。
 翼も、金蝉の隣を歩きながら「僕は、蒼王・翼」と誠に名乗った。
「ま、災難だったな。 こんなに客人が多い日は、まぁ、そう滅多にあるもんじゃねぇんだ。 犬に噛まれたかなんかと思って、忘れてくれりゃあ、もう俺達とあんた達会う事もないだろうよ」
 そう言う誠の言葉に金蝉が鋭い視線を送れば、クッと喉の奥で笑って、「随分、そっちの兄さんはおかんむりみてぇだかんなぁ」と揶揄するように言ってくる。
 分り易いのだ、金蝉は。
まぁ、それが良くも悪くも金蝉なのだが…。
金蝉が、顔を歪めて誠から視線をそらすと「金輪際、こんな場所にゃあ来たかねぇよ」と吐き捨てるようにして答えた。
 ずるずると、ベイブの広い寝室に彼を運び、誠が投げ出すみたいにして、彼をベッドに放り出す。
「くっそ。 手の掛かる赤ん坊だぜ」と毒づくと、黒須はポケットから煙草を取り出し咥えた。
「ごくろーさん。 マジ、助かった。 ちっとばっかし、あんたら現世に送る手筈整えてくっから、ちょっと待っててくれ」
 そう言いながら部屋を出て行く誠。
 長い髪の揺れる後姿を見送ったあと、翼は笑いを含んだ声で「金蝉、あの人の事嫌いだろ?」と聞いてみた。
 金蝉が此方を見てくるので、澄ました顔で「すぐ分るよ。 表情に出てた」と言ってやる。 だが、自分もどうも肌に合わないこの城を見上げ、「ま、僕もね、彼がっていうよりは、此処自体がどうも苦手だ。 あの竜子嬢は大変魅力的なんだけどな」と残念そうに呟いた。
「気に入らねぇ人間なんざ、多すぎていちいち意識してらんねぇが、どうも、あいつは吐き気がする」
 そう吐き捨てるように言った金蝉に、少し笑い声をあげ「酷い言い草だな」と咎めるような、同意するような声で翼が言った瞬間「…それが…、アレの選んだ運命だ」と憐れむような声が背後から聞こえてきた。
 思わず顔を見合わせ、振り返れば薄く目を開いたベイブと眼が合う。
 先程の様子のせいか、警戒態勢を取る金蝉に首を振ると、「覚えてはいないが、私が…ここで…寝ていると言う事は…何があったかは…大体分る…。 貴様らは、この城に…もっとも、居難い種類の…人間なのだろう。 安心しろ。 竜子が…お前らを送ってくれる…。 誠は……人の感情に聡い…。 ああいう、生き物故だろう。 臆病なまでに聡い…」と静かな声で呟いた。
「ああいう…生き物?」
 そう問いかける金蝉に、「…悲しい生き物だ」とだけ言葉を返す。
「私も…千年の呪いに縛られた…哀れな存在といえば…そうなのかも知れぬが…アレも、異端を愛したが故に…異端にならざる得なかった……」
 ベイブは虚ろにそこまで言って「ククッ」と小さく笑うと、「貴様らには、何の関わりもない事ではあったな」と口を噤んだ
 翼は、何だか、ベイブの言葉に、責められているような、違う、自分が凄く心の狭い言動を行っていたような気がして、少し逡巡したあと、それから「…すまない」と小さく謝る。
 不思議気に見上げるベイブに「何も知らない内から、他人を貶めるような事を話すのは、狭量な人間のする事だった。 すまない」と誠実な声音で詫びれば、金蝉に呆れたような眼差しで見下ろされるのが分った。
ベイブが、「…いや、お前達を責めた訳ではない」と言い、そして「もう一度言うがそれが、アレの運命で、不可抗力な現象なのだから」と静かに呟く。
「…千年の孤独を…少しでも紛らわせる為に、アレと竜子を引き入れたのだが…、孤独というのは…厄介だな」
 薄く笑ってベイブが、翼を見る。
「…誰か他の人間といるときの方が、よりくっきりと浮び上がる」
 それは、まるで、今の翼の状況を揶揄するような言葉。
金蝉が一つ溜息を吐くと、「所詮、人間なんざ、生まれてから死ぬまで一人だろうが」と言い、「お前がどんな苦しみの只中にいようが、知ったこっちゃねぇんだ。 まぁ、せいぜい、千年間好きなように生きろとしか言いようがねぇな」と吐き捨てる。
 薄く笑うベイブ。
 そして、翼を見上げ「だ、そうだ」と何処か、冷酷な声で言う。
「私は千年だが…お前はどれほどの年月になるのだろうか…ね? この男は、置き去りにするぞ? お前は、間違いようのない一人にならざる得ない訳だ…」
 ベイブの言葉に、翼はサッと青ざめ唇を噛んだ。
 嫌だ。
 そんな、悲しい未来の話なんて聞きたくない。
 金蝉が、そんな翼の様子を見て、ぐいとベイブの胸倉を掴んだ。
「ふざけた事を抜かすと、死ぬまで殺してやる」
 その脅し文句に、無表情なままベイブは手を打ち「面白い言い回しだ。 是非、あと七百年ほど吐き合って頂きたいものだ」と言い、そして翼に囁く。
「方法はある…」
 翼は、魅入られるようにベイブを見つめる。
「あと八百年程なら、この男を永らえさせる事の出来る方法だ」
 金蝉が指を指されて硬直した。
 ベイブは、ぞっとするような光を目に宿らせ、少し狂気の滲んだ声で言った。
「もう、その方法は、誠と、竜子には実行してあるんだ」
 翼は、喉の渇きを覚え、掠れた声で聞く。
「…どういう方法?」
「此処は、千年王宮。 千年経たねば滅べないお城。 私が、この城から殆ど出れないのはな…、この城こそが、呪いの全てであるからなんだ…」
 翼は、ベイブの能面のように真っ白な顔に、言いようのない怖気を感じた。




「つまり、この城にいる限り、その人間の身体には一秒たりとも時間は流れないという訳だ」



翼は、ゆっくりとへたり込む。
金蝉が、まるで汚いものに触れていたかのようにベイブから手を放した。



狂っている。



「竜子と、誠は、私の奴隷だ。 その気になれば、この城から出れなくする事も出来る。 大体、生活の基盤が此処にある以上、今、あの二人の年を取るスピードは、時たま私が外に出るのを許した時に位しか、身体の上に時間が流れないが故に、遅々たるものになっている筈だな」
翼は震える声で、ベイブに問うた。


「そ…それを、あの二人は、知っているのか?」


ベイブはゆっくりと首を振り笑う。
「今は知らない。 だけど、いつか…遠いいつか気付く。 私がその気になれば、あいつらは私と同じ時間を生きねばならぬようになる事を。 今でも、そう、通常の人間よりずっと遅いスピードで老いている事を。 その時のね…二人の顔が楽しみなんだ。 いや。 竜子は…竜子は、まだ若いし、女の子だから、可哀想だから、許してやっても良いんだ。 アレは、厳密に言うと現状を自分で選択したとも言い難い子だからな…。 だが、誠は、ダメだ。 アレは、もう決めた。 アレは、全部自分で選んで此処に辿り着いた…。 だから、許してやらない。 私と、同じ、時間を生きてもらう。 今の絶望に…、更なる絶望を重ねて…な」

 そして、翼に向ってこれ以上ない程陰惨な視線を向けると「だからね、この男、この王宮に閉じ込めれば、お前、八百年ほどなら永らえさせる事が出来るよ」とそこまで言い、カクリと首を傾げる「でも、駄目だな。 許してやらない。 お前たちなんていらない。 だって、お前達は健全すぎる。 この世界にはあまりにそぐわない。 それに、誠の事虐めるだろう? いいや。 誠と竜子がいるから、お前らなんかいいや」と言い「ざまぁみろ!」と子供の声で喚いた。


 金蝉がその瞬間、耐え切れないといった様子でベイブを殴り倒した。





 そして、二人は漸く外に出る事が出来た。




此処は、新しく出来た喫茶店。 


「とんでも…ないな」
 翼は疲れた声で呟く。
 狂ってる、そう思い、でも、孤独というものの辛さを思い知る。


不老不死なんていらない。


ベイブの様子を思い、心から祈る。


金蝉と一緒の時を、真っ当な時を生きたい。


金蝉が、コーヒーを一口啜り、それから翼に言った。
「探してみるか」
翼はぼんやりと金蝉を見上げる。
「不老不死の方法」
 言葉も出ず硬直する翼になんでもない事のように金蝉が言った。
「てめぇ、そーいう事に関しちゃ根性なしだからな、俺も不老不死になってやってもいいぜ」
とんでもない事をさらりという金蝉に、思わず翼は笑ってしまう。
「馬鹿だな。 どんな皇帝も、王様も見つけられなかった、究極の夢をそんな簡単に欲しいなんていうもんじゃないよ」
そう言えども、「どっかには、あんだろ。 それこそ、武彦んトコなんて、訳分かんない位長生きしてる奴ぁ、ごろごろいるみてえだしな」と金蝉は平気な声で答えた。
 それは、そういう特別な種族だから…と言おうとして、彼なりに自分を慰めてくれているのだと知り翼は口を噤む。
 その代わり、「ありがとう」と一言礼を言うと「でも、いいよ。 金蝉。 そんなもん、探さない方が良い。 君が、そんな風な生き物になるなんて事、一人で生きてくより辛いよ」と告げると、翼は、夕闇に沈みだした空を見上げる。
 絶対に、自分は己のエゴで大事な者の生き方を歪めるような、ベイブのようにはなるまいと心に決めて。



end



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2414/ 鬼丸・鵺  / 女性 / 13歳 / 中学生】
【3342/ 魏・幇禍  / 男性 / 27歳 / 家庭教師・殺し屋】
【3432/ デリク・オーロフ  / 男性 / 31歳 / 魔術師】
【3356/ シオン・レ・ハイ  / 男性 / 42歳 / びんぼーにん(食住)+α】
【1271/ 飛鷹・いずみ  / 女性 / 10歳 / 小学生】
【3427/ ウラ・フレンツフェン  / 女性 / 14歳 / 魔術師見習にして助手】
【2916/ 桜塚・金蝉  / 男性 / 21歳 / 陰陽師】
【3060/ 新座・クレイボーン  / 男性 / 14歳 / ユニサス(神馬)/競馬予想師/艦隊軍属】
【2863/ 蒼王・翼  / 女性 / 16歳 / F1レーサー 闇の皇女】

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■         ライター通信          ■
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お久しぶりの方も、初めましての方も、今回は「お願いBaby!」御参加いただきまして有難う御座います。
ライターのmomiziで御座います。
今回は、久しぶりのOMCな上、初自NPC登場でのゲームノベル挑戦って事で色々あわあわしてしまいました。
何だか、参加して下さった方のブレイングの着地点が皆さん同じ感じだったので、集合ノベルにしてみたり。
とはいえ、例によって個別に近い形で書かせてもらってるので、どの話を読んでもらっても、新鮮な楽しみ方が出来ると…えーと、いいな?(弱気)

半年振りの執筆に些か戸惑いもあったのですが、何とか書き上げる事が出来ました!
ではでは、また、今度いつ書けるのか分りませんが、これにて〜。


momiziでした。