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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


トリガー


■a Gun of the silence

 草間は悩んでいた。
 腕組みをしたまま、デスクの上に置かれた物体を睨みつけている。その状態が始まってから既に1時間近くにもなる。
「一体、なんだってこんな物――」
 忌々しい、という表現がぴったり来そうな口調で呟き、草間はその物体を取り上げた。
 手の中でしばし弄んで重量を確かめた後、おもむろに事務所の入り口へ向けて腕を伸ばす。
 丁度タイミングを計ったかの様に、訪問者が姿を現した正にその瞬間。
 草間は手にした拳銃の、トリガを引いていた。
「よく来たな。待ってたぞ」
 轟音も硝煙の匂いもなく、お互いの間に降りたのは何とも言えず気まずい沈黙だった。
 とりなす様に腕を下ろした草間は空いた方の手で訪問者を招いた。
「まぁちょっと、これを見てみろよ」
 言いながら、先程トリガを引いたばかりの拳銃を訪問者へ向けて滑らせる。
 銃には、弾丸がしっかりと装填されていた。
「この通りだ。ちなみに、構造上の欠陥その他、物理的には何の問題もないんだとよ」
 やれやれと肩をすくめ、草間は煙草に火を点けた。煙と共にため息を吐き出す。
「先方も首を捻ってる。まぁ、銃なんぞを使う必要もないんだが、これはこれで気になるらしくてな」
 眼鏡の奥の瞳を眇め、草間は笑った。
「暇だったら、こいつの機嫌を直してみないか?」
 散らかったデスクから一枚の紙片を取り出し、訪問者へと差し出す。
「その銃と一緒に出てきた書付と先方の連絡先だ。なんかの参考にでもしてくれ」
 『汝、我を如何に用うか。何の為に用うか』
 焼け焦げの残る紙片には、辛うじて判読できる文字でそう、綴られていた。


■His grandfather's gun

 草間興信所へ続く階段を、月宮奏はゆったりとした足取りで上っていた。事務所の主である草間武彦から手を貸して欲しいと連絡があったのが先刻のことだ。さして急ぎの用事もなく、奏は草間の頼みに応えるべく古びたビルに姿を現していた。
 階段だけでなくどこもかしこも古い雑居ビルにはいつも人気がない。そんな通例からか、奏の足は至極のんびりしたものになっている。
「……あら?」
 それが今日ばかりは違うのだと知れたのは、目指す階のすぐ下までやって来てからだった。丁度、奏が目的地に定めている階の踊り場に誰かが立っている。上へ行く様子もない所からして、奏が通り過ぎるのを待っているのだろうか。
 カツン、と靴音を立てて、奏は若干足を速めた。もし、相手が下へ行こうとしているのだとすれば、奏がのんびりした分だけ相手の動きが遅くなる。
 廊下も階段も狭いこのビルでは、擦れ違うのも気を遣う。
「ありがとうございます」
 階段を上りきり、奏は手すりに凭れて手持ち無沙汰な格好の人物に軽く頭を下げた。左眼の下にある傷跡が目を引く、野性味を帯びた顔立ちの青年だ。
 当の青年はと言えば、何故礼を言われるのか分からないといった体で目を丸くし、佇んでいる。奏はそれを見てもう一度会釈し、青年の傍らを通り過ぎた。そのまま相手の反応を待っていても、お互いに困惑するだけである。
 何より、奏には草間に呼ばれているという用事があった。
「――――」
 事務所の扉まであと少し、という所で、奏は後ろを振り返った。青年の姿は既にない。だが、そこに残る気配は単に人のものというには少々異質な感じのするものだった。
「もしかして、あの人が……?」
 そしてその疑問は、奏が扉を開けて草間に対面するなり、確信へと変わった。
「貸し出し中?」
「悪い。一足先に借りられちゃってね。依頼人の連絡先だけは残ってるんだが」
 では矢張り、先程の青年が件の銃を持っていると、そういう事だろう。
 奏は緩く首を振り、依頼人の連絡先が記されている紙片を手に取った。『何の為に用うか』の問いが己自身の能力をも思い起こさせて、指先にほんの少し、力が加わる。それを解す様に顔を上げ、奏は草間に微笑みかけた。
「電話をお借りしてもいいですか?」
「どうぞ」
 奏は年代物の黒電話へ歩み寄り、紙片に記された番号を丁寧にダイアルした。程なく回線が繋がり、草間の依頼を受けた者だと殊更に説明するまでもなく、当人が電話口へと現れた。
『あの銃は、僕の祖父の形見なんです。祖父の死後は父に譲られたんですが、撃てないので倉へしまい込み、そのままだったらしくて』
 電話口に現れたのは、まだ若い男の声だった。穏やかな語り口と声音で温厚な人柄が窺える。奏は口元を微かに綻ばせ、受話器の向こうへ意識を傾けた。
「その銃が、どうして今頃外へ?」
『倉の整理をしていて、僕が見つけました。やはり撃てないままだったので、僕が譲り受けたんですが……撃てない、というのがどうも気になって。というのも、祖父の生前に撃つのを見たことがあったからなんです』
 持ち主の祖父、つまり元々の所有者が生きていた頃には、銃は銃としての機能を果たしていたのだ。
奏は受話器を持ち直し、ゆっくりと瞬きをした。
「それがどんな状況だったか、覚えていますか?」
 声が一瞬遠ざかり、記憶を辿る分だけ沈黙が回線を支配する。ややあって、相手が再び語り始めた。
『子供の頃のことなので、はっきりとは言えないんですが。――そう、確かあれは、家に泥棒か何かが這入った時だったと思います。部屋から飛んできた祖父が銃を構えて何か言って、近くにいた僕には鼓膜が破れるかと思うぐらいの銃声がしました』


■Why do you use it?

「旦那、この銃返すぜ。全然使い物にならねェ」
 いささか乱暴に事務所の扉が開け放たれ、一人の青年が入ってきた。青年は草間を見るなり手にしていた銃を彼へ向けて放った。うわ、と慌てて両手でキャッチする草間を横目に、ここまで走ってきたらしく火照った身体をソファへ投げ出す。
 一連のその動作を、奏は目を丸くして見守っていた。流石の彼女も、唐突に現れた青年と息つく間もなく繰り広げられる動きに驚きを隠せない。しかもそれが、件の銃を持った先程の青年なのだから尚更だ。
 青年の方はと言えば、ようやく奏の存在に気が付いたかの様に視線を寄越してくる。次いで投げかけられた言葉も、彼の所作と同様にぞんざいなものだった。だが、不思議と威圧感などはない。
「あぁ、やっぱ同業者か」
「月宮奏、と申します」
 どこか納得したかの如き声に、奏は礼儀正しく頭を下げた。喉が渇いているだろう相手へ、茶を勧めてみる。返された頷きにほっとして、奏は丁寧な手つきでカップに紅茶を注いだ。青年は香りを楽しむでもなく、がぶりと飲み込む。
「平松勇吏」
 喉を潤してから短く返って来たのは、青年の名。
 草間が寄ってきてカップを差し出すのに応えながら、奏はその名を口の中で復唱した。
「この銃、やはり平松さんが持っていらしたのですね」
 カップと入れ替わりに差し出された銃をほっそりとした指で包み込み、奏は微笑んだ。片頬で苦笑を返し、勇吏が今度はゆっくりと紅茶を口に含む。
「弾の出ない銃で、散々だったがな。――擦れ違った時に、気づいてたんじゃねェの?」
「人とは違う気配がしました。こちらへお邪魔した時には『貸し出し中』だったものですから」
 勇吏が持ち出したのだと聞いた後で依頼人へ電話をし、銃の帰りを待っていたのだ。
「て事は、だ。月宮はコイツを使う方法を見つけたってワケか?」
「それはまだ、わかりません。推測なら出来ていますが、全てはこの銃に話を聞いてからです」
 半ば挑む様な目つきになった勇吏へは真っ直ぐ、しかし対抗する訳ではない視線を返して、奏は膝に置いた銃へ神経を集中させていった。
 半信半疑の面持ちで見ている勇吏の前で、静かに瞼を下ろす。
 意思を持っているだろう銃へ、呼びかける。話がしたいと。望みが聞きたいと。
 やがて、強固だが温かい意思に触れ、奏は目を上げた。
「なんて強い……意思」
『我、コノ銃ニ宿ルモノ。黒耀ナリ』
 勇吏にも、それは見えたのだろう。テーブルの上に忽然と現れた、黒い巨大な犬。中空に浮かび、周囲の者を威圧しているかにも思えるのに、何故か恐ろしさはない。
 牙を剥き出せば大の男ですら腰が引けるだろう体躯をしているのに、優しい目をしていた。
「黒耀――それが貴方の、名前ね?」
「何故、撃たせねェ」
 割り込む形で、勇吏が問いを放つ。用途を自ら制限する武器というのが、彼には解せないのだろうか。威嚇という形だけならば実際に撃つ必要はないとは言え、相手も同様に銃を持っていた場合には撃てない銃など確かに命取りだ。
『汝、我ヲ如何ニ用ウ? タダ力ヲ振リ翳ス為ナラバ、我ハ沈黙ス。汝、如何ナル目的ヲ我ニ与ウカ。何ノ為ニカ。命ヲ』
 静かに、犬は問うた。そして、請うた。
 何の為に使うのか、それを宣言して、その為に使えと。
「なら、俺が仮に、タダで酒を飲む為に『一対一で逃げる時に使う』んだと言ったら。そう命令したなら、撃てるって事か?」
 唇を舐めて湿らせてから、勇吏は犬を見上げた。犬はただ、そこに浮かんでいる。
『ソレガ主ノ命ナラバ』
 そして、頷いた。
「って事はつまり、使う側に明確な意思がありゃイイってワケだな」
「平松さん。本当に、そう使うつもりですか?」
 静謐な響きを湛える奏の声は、責める色を何一つ持っていない。勇吏は幾分深みを増したかに見える奏の瞳を見返して、組んだ膝の上で頬杖をついた。
「なら月宮。アンタはどう使う?」
「私は、使いません。然るべき持ち主にお返しし、使うには明確な意思が必要だとお伝えしたいと思っています」
 真っ直ぐに見つめてくる奏の言葉は、殊更大きい訳でもなかったが静かに場を満たす。それこそが、奏の意思の強さだった。
 勇吏は苦笑し、空いた掌を天井へと向けた。
「それならそれで、イイんじゃねェ? あわよくば頂いちまおうかと思ってたんだが、今回はしゃーねェな」
 ほっとしたのか、頬を緩めて笑う奏に唇の端を引き上げる事で応じ、勇吏は弾みをつけてソファから立ち上がった。
 犬の姿は徐々に薄れ始めている。
「ンじゃ、お先に。持ち主に返すのは任せたぜ」
 ひらひらと手を振って去っていく勇吏を見送り、奏は今しも消えようとしている犬へと目を戻した。
「貴方の持ち主には、貴方をどう使うのか。そもそも使うのか使わないのか、全てが持ち主次第だと伝えるわ」
 輪郭をなくしてゆく中、犬は確かに奏をその双眸で捉え――鳴いた。
 それは沈黙を守り続けている銃の、声無き咆哮であった。



■END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

4483/平松・勇吏/男/22歳/大学生
4767/月宮・奏/女/14歳/中学生:癒しの退魔師:神格者

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■         ライター通信          ■
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初めまして、ライターの神月叶です。
この度は奇妙な銃にまつわる依頼を引き受けていただき、ありがとうございました。
お二方とも大変魅力的で、書くのが楽しかったです。
月宮様は感応能力を持っていらっしゃるという事で、正に銃の意思を聞くにはうってつけの方でした。可憐ながらも凛とした姿、を今回のイメージとして書かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか。
少しでも楽しんで頂けましたなら幸いです。


それでは、お二方の今後のご活躍を祈って。