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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜水華〜



 ざ、と足音をさせて境内に入って行くのは草薙秋水だ。
 彼は今回、この神社の神主からの依頼を受けて、ここまで参じたのである。
(妖魔……か?)
 これまでの経緯を考えて秋水はうーんと唸る。ここに巣を張っているモノは、参拝者を襲うらしいのだ。
 まあ。
(たいした相手じゃなさそうだし、さっさと片付けて帰るか)
 鳥居をくぐった瞬間、ぴりっと体が反応した。
 相手のテリトリーに入ったようだ。
 今まで降っていた雨が鳥居の向こうだけになる。秋水のいる場所は空が灰色一色だが、雨は降ってはいない。
 ゆらっと目前に影がのぼる。どうやら、向こうから現れてくれるようだ。手間が省ける。
 小さく笑う秋水は、鼻先を掠めた何かに怪訝そうにした。そして、ぎょっとして一歩後退する。
「と、遠逆……!?」
 細身の剣を片手に、秋水の前にいるのは遠逆月乃だ。彼女は剣先を秋水に向けている。
 それは秋水にも見覚えがあった。フェンシングの構えだ。
 憑物の在るところ、また遠逆月乃も在る。
 それを完全に忘れていた。そう思った瞬間。
 どす。
 と、鈍い音がした。
 秋水は視線をさげる。
 腹部に彼女の剣が刺さっていた。
 よろめく秋水は尻餅をつく。月乃は剣を手離していた。
(ち、力が抜ける……!)
 剣から体力が奪われていく。
 にた、と月乃が笑みを浮かべた。
(……! 憑物か……!)
 油断した!
(俺が見てるのは幻か……! じゃあこの腹に刺さってる剣は……?)
 剣は姿を消す。
 くすくすと笑う月乃は、ぺろりと指先を舐めた。その姿に秋水はカッと血がのぼる。
「月乃の姿でそんな真似するんじゃねえっ!」
 美味しい食べ物で嬉しそうに笑う様を、秋水は知っている。好きな男くらいいるだろうと言ったら落ち込んだ様も。
 そんな彼女が……!
「草薙さんっ!」
 背後から声がした。
 霞んでいく視界を、後ろに向ける。
 鳥居の向こうに月乃が立っていた。手に持っている漆黒の槌を鳥居に向けて振り下ろしている。
 があんっ、と音が響いた。
 結界によって月乃の武器が弾かれてしまう。吹き飛ばされた武器が空中でどろりと溶けて地面に落ちる。
 彼女はそれを視線で追っていたが、すぐに秋水を見遣った。
「草薙さん、しっかりしてください!」
「とぉ……?」
「意識を保って……!」
 月乃は再び手に武器を持っている。いつの間に持っていたのか、黒一色の――――!
(あれは……)
 秋水は目を見開く。
(レイピア……?)
 月乃はひゅんと風と雨を切り、ぐっと突き出す構えをとる。
 まさかと秋水が顔をしかめた。頭がぐらぐらする。
 剣を突き出す月乃は、びぎっ、と結界に行く手を阻まれた。先ほどとは違い、一点集中させた剣先に、彼女は全身の力を注いでいる。
「やめ……無理に……」
 止める秋水の言葉など彼女は聞いていない。剣先をさらに結界にめり込ませる。
 激しい火花が散った。
 ぐぐぐぐぐぐ、と月乃が剣を押す。一体あの華奢な体のどこにこんな力があるのだろうか。
 バキっ。
 砕けた音と共に、雨が境内に降り注いだ。結界が無理に壊されたのだ。
 驚く秋水の横を一瞬で駆け抜け、彼女は自分とそっくりの敵に斬りかかる。
「草薙さんから離れなさい、憑物!」
 秋水の側に立っていた憑物がざっと後方に跳んだ。
 荒い息を吐いている秋水の横に立つ月乃は、憑物を睨みつけていた。これほど怒りを出した彼女を見るのは初めてだ。
「よくも……!」
 ぐっと腰を落とし、その場から一瞬で相手まで距離を詰める。その手の武器が変形した。
 目を見開く憑物の胸元に、漆黒の薙刀が突き立っている。武器の長さが変化したため、間合いも変わったのだ。
 月乃の姿のままの憑物が顔を歪める。秋水はそれを見てなんとも言えない気分になった。
 そうだ。あれは確かに月乃ではない。けれど、月乃の姿でもあるのだ。
(あいつが負ければ、ああなる……)
 負けないなど、誰も保証できないのだから。
 月乃は素早く武器を退くと、くるんと一回転する。まるで……舞っているようだ。正直、美しかった。
 回転の力を使い、月乃はさらに棍に変形させた武器を相手の側頭部に叩きつける。容赦がなかった。
 鈍い、音。
 息を吐く憑物の姿が月乃のカタチを失う。ばしゃ、と水そのもののように地面にソレが落ちた。
「逃がしません!」
 月乃は巻物をばっと広げた。淡く輝く巻物が、憑物を封じる。
 ざああああああ……。
 秋水は頭を振って意識をはっきりとさせる。なんとか立てそうだ。
 俯く月乃が、こちらから見てもわかった。
「と」
「すみません」
 遠逆、と声をかける前に彼女は謝る。
「すみませんでした。遅くなって」
 すみません。
「すみません……」
 小さく言う彼女に、秋水はよろめきながら立ち上がって近づく。
 彼女は振り向かない。
「俺は大丈夫だ。そんなに気にするな」
「…………」
 反応しないので不審になって、秋水は彼女の前に回り込む。
 顔を強張らせて唇を噛み締めていた。彼女は。
「遠逆」
「今の憑物は水を操るのを得意としていました。相手の『水』を奪う……」
「みず……」
「水は『命』……。油断させるために、相手の心の内にある姿を映しとる……」
 それを聞いて秋水は複雑になった。
(なんで俺には遠逆に見えたんだ……?)
 ということは、月乃には別のものに見えていたのだ。
「早く片付けなければと思ってこちらに来たのですが……草薙さんが来ていたとは知らなくて」
 唇をわななかせ、月乃は拳に力を入れる。よく見れば強く握りすぎて拳が白くなっていた。
「……言い訳ですね。すみません」
 自嘲するように笑みを浮かべる月乃。
 彼女は秋水と視線を合わせない。
 秋水は無言になり、それからすぅ、と息を吸った。
「あのな、遠逆」
「…………」
「今回油断をしたのは俺の責任で、遠逆が気に病むことはないんだ」
「…………」
「なんでそんなに気にするんだ、遠逆」
「……」
 月乃はやっと顔をあげた。
「……草薙さんは、東京に来て初めてできた……知り合いなんです」
 小さく言う月乃の言葉に秋水は驚く。
「私は憑物を封じています。封じるためだけにここに来ました。他人と関わることもないと思っていました……」
「遠逆……」
「……私には、友と呼べる人がいないんです」
 だからこそ、遠逆家のこと、そして自分のことを知った秋水が襲われているのを見て頭に血がのぼったのだ。
 友と呼べる仲になるかもしれないと……心の奥底で抱いていた気持ちが、そうさせた。
 視線を伏せた月乃は、前髪で表情が隠れてしまう。
 秋水はしばらく彼女を見つめ、それから落として転がっていた自分の傘を拾い上げた。そして彼女に雨がかからないように傘を傾ける。
「…………月乃」
 秋水はかなりの勇気を出した。
 月乃は三秒くらいしてから、ゆっくりと顔をあげる。秋水を見遣った。驚きと困惑に目が見開いている。
「今回は助かった。礼を言う。正直、結構ヤバかったからな」
「…………くさな」
「次に月乃が危ない時は、俺があんたを助ける。それでおあいこだ。あんたが気にする要素はそれでないだろ」
 眉間に皺を寄せて言う秋水が、肩をすくめる。
「それから、草薙って呼ぶな。俺は秋水って名前があるんだ」
 そう言ってから、生真面目な月乃が呼び方を変えてくれるかどうか不安になった。一歩、距離が縮まるかどうか……。
「…………秋水、さん?」
 語尾に小さく「ですか……?」と尋ねるように言う月乃。
 改まって呼ばれると、結構恥ずかしかった。
(……平常心だ)
 秋水は内心嘆息する。
 彼女は顔をしかめた。
「私が、疎ましくないんですか?」
「疎ましい? なんでそう思うんだ?」
「…………」
 ゆっくりと、その右手で右眼を隠す月乃。困ったように眉根をさげている。
「呪われている私を、秋水さんは特別視しないんですね……」
「バカだな」
 呆れたように言い、秋水は苦笑した。
「そんなこと気にしてたのか、月乃は」
 疎ましく思っていたならこんなふうに会話はしない。近づきもしないだろう。
 彼女は自身を腫れ物のように言う。触れるな、そして近づくなと。それが当たり前だったに違いない。
(一族でどんな風に扱われてるか、少しわかったな……)
 次の当主候補で、呪われている。その上、戦闘能力は抜群。
 きっと……きっと一族の中でも彼女は孤独だったのだ。
「気にしすぎなんだよ」
「そ……うです、か?」
「そうです」
 頷く秋水は、冗談めかして彼女の口調を真似て言う。
 すると、やっとそこで彼女はやんわりと苦笑した。
「そうですか……」
 そう呟いて。
「神経質でした、私」
「ずぶ濡れなのも、忘れるくらいにな」
「そういえば……そうでした」
 いま気づいたように彼女は呟く。己を見下ろして、肩を落とした。
「帰って乾かさないと……」
「それよりまず先に、風呂に入れ。風邪をひくだろ」
「……私は病にはかかりにくい体質なんですが」
「そういうこと言ってると、今に大きな病気になるんだぞ」
 言い聞かせるようにすると、彼女は驚きつつ「はい」と頷いた。かなり素直だ。
「それより……あの、秋水さん」
「なんだ?」
「……大丈夫ですか? 腹部に刺し傷が……」
 そうだった。
 秋水はハッとして痛みに顔を多少引きつらせる。気づいた途端、ずきずきと鈍痛がした。
 片手を腹部に当てると、どろりと血がつく。
「…………」
 無言になって、二人は顔を見合わせた。



「さあ、秋水さん服を脱いでください」
 そう言って迫られ、秋水は右へ右へと居場所をずれていくが、とうとう行き止まりだ。
 雨宿りと手当てのために、神社へと彼らは足を踏み入れていた。とはいえ、建物の中に入らず階段で、だが。
 薬の入った桜色の貝殻と包帯を手にしている月乃は、ムッと顔をしかめて衣服を引っ張った。
「腹部は止血しにくい場所なのは、わかっていますよね?」
「それはそうなんだが……」
「これは遠逆家の塗り薬です。怪しくないですし、よく効きますから」
「いや、それはそうなんだろうが……」
「なんでそんなに逃げるんです?」
「……な、なんでだろうな……」
 もう、と月乃は肩をすくめた。
(……自分でやるって言ってるのに、頑固だな……)
 月乃を眺めてから秋水は空を見上げる。雨が止む様子はない。腹は痛い。
 さて……どうやって月乃を言いくるめようかと、彼は思考を巡らせた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3576/草薙・秋水(くさなぎ・しゅうすい)/男/22/壊し屋】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 またまたご参加ありがとうございます、草薙様。ライターのともやいずみです。
 今回は草薙様がピンチということもあって、ちょっとどころか二人の仲が友情に発展してしまいました。
 月乃が弱さを見せ始めてきましたね。そして少しずつ表情が豊かになってきています……少しですけど。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 月乃の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!