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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


バーチャル・ボンボヤージュ

新企画・モニター募集中。
「一言で言ってしまえば海賊になれますってことですね」
発案者である碇女史ならもっとうまい言いかたをするのだろうが、アルバイトの桂が説明すると結論から先に片付けてしまうので面白味に欠けた。
「この冊子を開くと、中の物語が擬似体験できるようになってるんです」
今回は大航海時代がテーマなんですけど、と桂は表紙をこっちへ向ける。大海原に真っ黒い帆を掲げ、小島を目指す海賊船のイラストが描かれていた。どうやら地図を頼りに宝を探している海賊の船に乗り込めるらしい。
「月刊アトラス編集部が自信を持って送り出す商品ですから当然潮の匂いも嗅げますし、海に落ちれば溺れます」
つくづく、ものには言いかたがある。
「別冊で発刊するつもりなんですが、当たればシリーズ化したいと思ってるんです。で、その前にまず当たるかどうかモニターをお願いしようというわけで」
乗船準備はいいですかという桂の言葉にうなずいて、一つ瞬きをする。そして目を開けるとそこはもう、船の中だった。

「みんな、ごはんだよぉっ!」
小さな頭に派手なオレンジ色のバンダナを巻いた宝剣束は、銅鑼代わりの分厚い鍋をがんがんと叩いて鳴らした。その音につられてか、匂いにつられてか男たちが甲板に集まった。船室で居眠りしていた水夫も、寝ぼけ眼で階段を上がってくる。
「今日はシチューだよ、うちの宿特製のスパイスだって入ってるんだから」
大きな深皿についで回るのは、荒く切った人参やジャガイモがごろりと入っている真っ赤なシチュー。束の実家である港町の宿屋ではこの中へさらに角切りにした牛肉が入るのだけれど、さすがにそれは再現できなかったので代わりにソーセージが入っている。
「たっぷり食って、働け!」
「そしてでかくなれ、か」
男たちは笑いながら束の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。束の背丈は決して小さいほうではないのだが、海に鍛えられた男たちの中ではどうしてもぽきりと折れてしまいそうな印象を与える。だが、男たちが笑った実際の理由はその
「たっぷり食ってでかくなれ」
というのが、束の父親の口癖だったからだ。束の宿は、他の宿の二倍も食事が出ることで有名だった。おかげでこんなにでかくなった、と他の連中より一回り体格のいい男が腹を突き出しておどけてみせる。甲板の上で笑い声が弾けた。
「無理矢理船に乗り込んできたときはどうするかと思ったが、どうにかなるもんだなあ」
「束が料理当番引き受けてくれたおかげで、随分助かったよ」
「でしょ」
得意げな顔をすると、束の眉間には皺が刻まれた。唇を横に引いて、少年のようにいっと笑ってみせる。
 港町の宿屋で生まれ育ち、海の男たちをずっと見てきた束は、いつか自分も航海へ出てみたいと思っていた。そして今回、とうとう願い叶って海賊船の一員に加えてもらったのである。先の港でこの小さな船に新しく乗り込んできたのは束ともう一人、やせっぽっちで気弱な顔をした船大工の青年がいた。

 その船大工は、港町の生まれではなかった。元々別の船に乗って航海していたところ、束の家の宿屋で病に倒れ、一人置いていかれたのである。だからこの海賊船の中ではなんとなく部外者という雰囲気が強くなっており、さっきの騒ぎのときも一人輪の中に入り損ね左舷によりかかってぽつんとシチューをすすっていた。
「なに、あんた。あたしのシチューがまずいって顔ね」
そんな青年の様子に気づいた束は、シチューの鍋を小脇に抱え青年の前に仁王立ちする。そして青年のシチューが半分空になっているところへすかさずおかわりを注ぐ。
「あんたは病み上がりなんだから、しっかり食べないと」
食べろと勧めているより、半ば嫌がらせのようでもあった。青年のやつれた頬が、よっぽど勘にさわるらしい。
「いや、僕はもうおなかがいっぱいだから・・・・・・」
「そういう奴に限って、倍は食べられるものよ」
遠慮にも構わずさらにもう一杯。シチューは溢れて青年の白いシャツを汚した。なのに、申し訳なさそうな顔をするのは青年のほう。
「・・・・・・ったく」
束が頬をふくらましたのは、青年の過失のせいではない。
「おい、束。俺の皿にもシチュー」
「俺にも」
「わかってるってばぁ」
全く私はヒナを相手にする母鳥か、と盛大に怒鳴りながら束は青年に背を向けて、屈強な海賊であるはずの、少年のような男たちの皿にシチューをついで回る。青年は寂しげに、束のその背中をじっと見つめていた。

「・・・・・・それにしてもよ、確かにうまいけどさ」
飽きてきた、と男の一人がぽつりと呟いた。
「贅沢言うつもりはないけどさ、なんかこう、変わったものが食いたいよな」
「ああ」
航海へ出てしばらく経つと、段々食事のメニューが単調になってくる。というよりも、料理に使われる食材が同じになる。最近は長期間保存の利く根菜類と肉の燻製、あとは小麦粉をこねて作ったパン、そんなものばかり食べていた。
「そんなこと言うなら、食べなくてもいいよ」
ただでさえ不機嫌な束の言葉は鋭く尖ったダーツの矢のようだった。中心めがけ、真っ直ぐに飛んでくる。
「いや、食べる食べる」
その視線から逃げるように男たちはシチューをかきこむと、むせる胸を叩きながら急いで自分の持ち場へ散っていった。
 空っぽになったその皿とスプーンを、束は一つ一つ拾い集める。床の上に置き去りにされた皿を拾うためには俯かなくてはならない、俯くとどうしても気分が暗くなった。
「・・・・・・変わり映えしないなんて、そんなこと私が一番わかってるさ」
こんなことならもうちょっと真面目に料理習っておけばよかった、と悔やんでしまう。家の手伝いはかなりやったほうなのだが、台所にはあまり立ち入らなかった。
「ふん」
虚勢を張ったところで、見ている者など一人もいない。そう思ったから束は逆に強がってみたのだが。
「・・・・・・あの」
山盛りのシチューを食べきれないまま皿だけを抱えた、あの青年がまだ甲板に残っていた。
「あ、あんたまだいたの!?」
独り言を聞かれてしまった恥ずかしさで、束の顔が赤くなる。すいません、とまた青年は謝る。自分が悪いことをしているわけではないのに、なにかといえば反射的に謝ってしまうのが癖らしい。
「本当にすいませんでした。で、あの、話は変わるんですけど・・・・・・」
魚釣ってみたらどうでしょう?と青年が微笑んだ。笑うと、目が糸のように細くなった。

 海の上で手に入る新鮮な食材といえば、なんといっても魚。そのことに気づいた束は青年の言葉に俄然やる気を出した。こうなったら馬鹿でかい魚を釣って、今日の夕食は魚鍋にしてやると息巻いてみせる。
「あんた、いいことに気づいた!よし、一緒に魚釣りよ!」
「はあ・・・・・・」
いいともいやともつかない青年の返事。なんの気なしに提案してみただけなのにいつの間にか巻き込まれていて、どうすればいいかわからないというのが本音のようである。
 そして束と青年は並んで船の縁に腰を下ろし、海へ向かって釣り糸を垂らした。・・・・・・だが、二時間が経っても魚のかかる気配はなかった。
「・・・・・・ちょっと、聞くけど」
「はい」
「あんた、釣りは得意?」
無言のまま、青年の首が小さく横に振れる。目が真っ直ぐに海へ注がれているのは、束の目を真っ直ぐに見て答える勇気が出ないせいだろう。
「このままじゃ、夕食もあのシチューだよ」
釣り竿を左手で握り、束は片膝を抱え顎を埋める。男たちはきっと、また平らげてくれるだろうけれど、それはなんだか申し訳なくなってくる。
「僕はシチューでも構いませんよ」
なのに青年は、大した問題ではないとばかりにぽんぽんと頭を撫でてくれる。さっき、バンダナが外れるほどに強くぐしゃぐしゃとやられたのとは大違いだった。束は優しくされるのに慣れていない、照れてしまったのをごまかすように青年から顔を背ける。
「私にとっては大問題なの。だから、釣って」
「でも僕、魚釣りの才能ないんですよね」
絵を描くしか能がないんですよ、と青年が糸目で力なく笑った。絵を描くついでに彫刻や工作もよくやり、そのため手先が器用なので、船大工としてこの船に乗せてもらったのだった。
「魚の絵なら、描けるんですけど」
「絵ねぇ・・・・・・あ、そうだ!」
その青年の言葉を聞いて、束は閃いた。

 その日の夕食は、またシチューだった。
「ごはんだよぉっ!」
しかし、束は相変わらず元気に男たちを鍋で呼び集めた。匂いに気づいていた何人かは既に内心食傷気味であったが、それを束に悟らせないためかわざと空元気に腹をさすりながら甲板へ現れた。
「束、料理の腕は上達してるか?」
同じメニューに別の感想をと、そんなことを言ってくれる水夫もある。みんな、不器用なりに束を励まそうとしていた。だが、励まされる側であるはずの束は水夫たちの心配をよそに至って元気である。
「今日の夕食は、ちょっと違うんだから」
見てよ、と束は空を指差した。正確には、自分たちの頭上で風を受けて膨らんでいる、大きな帆を示していた。
 それは数時間前まで、真っ白にはためいていたはずだった。海賊船の帆だからといって、黒に限られているわけではなかったからだ。ところが、今現在は白でも黒でもなく、色とりどりに輝いていた。大きな一枚の帆に青い海と魚と、光る太陽と、そして宝が眠る緑の小島が美しく描かれ、さらに両脇の帆には赤い魚や黄色い魚が群れをなして泳ぎまわっていた。
「どうでしょう」
短時間で大作を仕上げた青年は、顔も服も絵の具だらけにしながら糸目だった。
「あの絵見てると、船に乗ってるっていうより海の中の魚になった気がしない?魚にシチューなんて、これは初体験だよ」
さあ召し上がれ、と束が赤いシチューの入った皿を男たちに配って回る。男たちはぽかんと口をあけたまま顔を見合わせていたが、やがて誰からともなく笑いがこみあげてきた。
 その日の夜はやっとのことで、船の乗組員全員が心から楽しめる食事を味わうことができたのだった。

■体験レポート 宝剣束

 なんかホントに「現実」ってカンジだったな。すごいイベントっていうのはなかったけど、その時代の船とか道具とか、そういうの見るだけでも私は楽しかったよ。歴史好きにはオススメかもね。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

4878/ 宝剣束/女性/20歳/大学生

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
船と海賊というのはいつも夢と野望の象徴という
感じがしています。
現代では味わえない経験を、月刊アトラスの不思議な
雑誌でお手軽に味わえればと思いながら書かせていただきました。
束さまの設定に好きな色が書かれていたので、
「よし、これは絵を絡めよう」
と思い立ち絵描きの青年が登場しました。
やっぱり、絵も料理も彩りが大切だと思います。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。