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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜水華〜



 傘を片手に鼻歌。
 勤務を終えて帰宅中の嘉神真輝は鼻歌を止めて溜息をついた。
(はあ〜……雨ってめんどくせーよな……)
 洗濯物乾かないし。
 そう思って歩いていると、鈴の音がした。
(お。この音がしたってことは……)
 近くにいるはずだ。
 真輝は周囲を見回す。
 この鈴の音がするところに現れる、黒髪眼鏡鉄面皮男。彼を、真輝はよく知っているのだ。
(あ)
 向こうから歩いてくるのは、ずぶ濡れの少年だ。
 真輝は声をかけようと口を開いたが、すぐに閉じて顔をしかめ、鞄からタオルを取り出して近づいていく。
 少年は真輝に気づき、顔をあげる。と、その頭に容赦なくタオルを乗せられた。
 がしがし、と乱暴に髪をふかれる。
 驚いたようにこちらを見る彼に、真輝は鼻を鳴らして口を開いた。
「安心しろ。洗濯済みだ」
「………………」
 唖然、とした少年・遠逆和彦は思わず吹き出す。
「ぷっ。く、……ははは……!」
「…………」
 驚いたのは真輝のほうだ。あの和彦が声をたてて笑うことなど、想像できない。というか、これは夢か?
「だ、大丈夫か、和彦……? 何か変なものでも食べたとか……?」
 恐る恐る尋ねてくる真輝を見遣り、和彦は笑いを堪えつつ言う。
「いや。真輝先生は、いつも変わらないなと思っただけだ」
「なんだよそれは。進歩がないみたいな言い方…………はっ!?」
 気づいた。
「え? お、おま、今、???」
「風邪などひかない体質だ。先生は心配性だな」
 タオルをやんわり押し返す和彦は苦笑している。
「しかし、俺が妙な出現をしても先生は全然驚かないんだな」
「さすがにおまえの変さ加減は慣れたからな。今さら驚かんぞ」
「……そうか」
「だいたいなんで傘も持たずにウロついてんだ? もしかして、水も滴るいい男とか言って欲しかったのか?」
 からかい混じりで言うと、彼は苦笑する。
「なんだ。そういう言い方をするということは、先生は俺が『いい男』だと認識しているわけか」
「……なんかおまえ、図々しいというか、ふてぶてしいというか……」
「冗談だ。先生、早々にこの場から去ったほうがいい」
「ああん? てことはまさか」
 和彦がいるところ、怪現象有り。
 それは真輝にとってもはや当たり前のようにインプットされている。
 考えてみればこんな人の通りも少ない、薄暗い道で彼に会うほうが変なのだ。
 それはもう――。
「憑物か」
「それ以外に、俺がここにいる理由など」
 ない。
 和彦は薄く微笑した。
 そんな和彦に対し、真輝は思い出したかのように言う。
「そうだ。おまえに言いたいことあったんだ、俺」
「? なんだ?」
「窓から入ってくるの、やめろよな」
「なんだ、そのことか。誰にも迷惑はかけてないだろ」
「迷惑なんだよ、その行為自体が! だいたい俺ン家、マンション何階だと思ってんだ!」
 ベランダから入ってきた和彦を思い出して、真輝は顔をしかめた。
「あのくらいの高さ、苦ではない」
「そういう問題じゃねーんだよ!」
「靴は脱いであがっただろう?」
「だから……フツーに玄関から入ってこいって。怪しいだろ? というかさ、おまえどうやってあの高さをのぼってきたんだ? 空でも飛んできたわけじゃないだろうに」
「企業秘密だ」
「ぶっ! き、企業秘密って……」
 和彦が真輝の前に掌を出す。黙れ、ということらしい。
 ずるり、ずるり……と、何かが這うような音が暗闇から響く。
(うお……。下手なホラー映画より怖ぇ……)
 苦笑いする真輝だったが、街灯の下で相手は止まった。
「まあ……こんなところに麗しい男子が二人も……」
 低い声で言われる。明らかに女性だ。しかも、若い。
「う……」
 小さく真輝が声を洩らす。街灯の下に現れたのは、和服の女だった。だがその下半身は鱗で覆われた…………。
(へ、蛇女……)
 ちらりと和彦を見遣るが、和彦は無表情に戻ってしまっていた。
(こいつがこういう顔をしてるってことは……)
 間違いない。憑物なのだ。
「うわっ!」
 女性の足もとから放たれた水の刃を、真輝が避ける。
「少し湿っぽそうな女だな……外見はいいのに」
「先生、後退だ」
「へえへえ」
 和彦の指示に従って真輝は後退していく。和彦が右腕を後ろに引いて、左足を少し前に出した。
 少年の足の影が一瞬で凝固し、形を得る。漆黒の弓矢だ。
 放たれる水の刃を、ことごとく撃ち落とす和彦。
(あいつ弓道もできるのか……万能人間だな)
 感心している真輝のほうへ、水撃が飛んでくる。ひょいっと避けた。
 攻撃の数を増やしているのだ。そのため、和彦の矢が間に合っていない。距離をとっていないと、あの水に襲われてしまうために、和彦は遠距離の弓矢を使用しているのだろう。
「こっちのことは気にすんな、和彦」
 三秒ほどして、和彦が笑みを含んで言う。
「気になどするものか」
「……おまえ、態度悪くなってないか……?」
「先生なら避けるとわかっている」
 きっぱり言うと、三本一度に放つ。
 真輝はぽかんとしてから後頭部を掻いた。
(ああも臆面もなく言われると、こっちが恥ずかしいじゃねーか……)
 信頼されていると思ってもいいのだろうか?
「……しっかし」
 無表情で攻撃をしている女を見て、真輝は呟く。
「凶暴さで減点だな。せっかくの美人なんだし、笑顔のほうが似合うと思うんだが……」
 すいっと攻撃を避けつつ和彦に言ってみる。
「ギャグの一つでも言って笑わせてみろよ、和彦! せっかくの美人なんだし!」
「だったらあんたがやれ」
「……冷たいヤツ。モテないだろ」
 矢の本数をさらに増やす和彦。
 あれでは上手く放てるわけがない。狙い通りにいくわけが……。
 びゅん!
 と、矢が女に向けて放たれた。
(う、嘘だろ……)
 いいや嘘などではない。真輝は確かにその目で見た。矢の軌道を。
(途中で逸れかけたのに、戻りやがった……!)
 意志があるような、矢の動き。
 矢は女に数本突き刺さり、すぐさま溶けるように消えてしまう。だが傷は確実についていた。
 和彦の手には幾度も矢が出現する。彼が呼べば、現れるのだ。
 よろめいていく女が、とうとう体をくの字に曲げた。和彦が矢を構える。狙うは頭――――!
「待った!」
 和彦の前に真輝が両手を広げて飛び出す。突然のことに和彦が目を見開いた。
「なにをやっているんだ、先生。どけろ」
「そうはいかねえよ」
 真輝は苦悶に顔を歪める女に向き直る。
「どうにも戦う気にならなかった理由、わかっちまったからな」
 女の背後に揺らめく影。助けを求めていた、アレらは……。
 真輝は笑みを浮かべる。
「囚われてるお嬢さん方、もう逝きな」
 刹那、女ががくりと膝をついた。背後の影が白い輝きを放ったと思ったら、だ。
 和彦が驚愕して真輝を見つめる。
「ほらよ、昔の雨乞いは贄を使うことも多かっただろ? それに、贄に選ばれるのは大半が娘だ。その魂を捕まえて力をつけてたってことだろ」
「…………先生、今の力は……?」
「は?」
 きょとんとする真輝を、和彦が不審そうに見ている。真輝には、どうして彼がそんな目で見ているのかわからない。
「なにボーっとしてんだよ。残りの本体が弱ってんだから、とっとと封じろって」
「…………」
「和彦?」
「……あ、いや」
 和彦は両手をさげる。弓と矢がどろりと地面に落ちて影になった。
 巻物を広げている和彦の横で、真輝が溜息をつく。
「は〜、なんか動いて腹減ったな」
「…………」
「なんで無言なんだ?」
「空腹ではない」
「え〜、そうなのかあ? ラーメンでも食いに行こうかと思ったんだがなあ」
 残念そうに「はあ」と大きな息を吐く真輝。
 和彦は手を止める。
「ら、らあめん……?」
「そうそう。この間、美味い屋台を見つけてさあ」
 がしっと真輝の腕を和彦が掴んだ。あまりにも強い力だったので、真輝がぎょっとする。
 憑物から目を離さず、和彦は口を開いた。
「ラーメン、と言ったか……?」
「へ? あ、ああ……言ったけど?」
 和彦の手に力が入る。
「いだ! いてぇ!」
 なんつーバカ力だ!
 真輝の悲鳴など聞かず、和彦は薄い笑みを浮かべた。
「ぜひご一緒しよう、先生。いざ、ラーメンを食しに!」
「お、おう……」
(な、なんか人が変わったみたいな感じだったが……)
 恐る恐る、真輝は言う。
「と、とりあえず早く封印しろって。な?」



「ら、ラーメンふたつ」
 イスに腰掛けつつ注文した真輝の横には、和彦がいる。
 彼はここに来るまでずっと無言だった。
(な、なんだ? なんかここまで静かだと怖いぞ……?)
 不安そうな真輝の前に、ラーメンが出される。美味しそうだ。空腹に刺激を与えるこのニオイもたまらない。
「いただきますっと」
 割箸をパキンと割って、いざ。
 真輝はそこで動きを止める。
 出されたラーメンをじっと見つめている和彦に、彼は首を傾げた。
「どうした? あ、もしかしてラーメン知らないとか? おまえって意外なとこで世間知らずだからなあ」
「いや、知っている」
「だったら食えよ。のびないうちに」
「…………」
 無表情でラーメンを眺めていた彼は、箸で麺を一本摘み、口に運ぶ。
 なんて食べ方するんだよ! と、真輝は思わず心の中でツッコんだ。
 麺をもぐもぐと噛んでいた和彦は、今度はスープを飲む。そしてカッと目を見開いた。
「う、美味い……! 麺とスープの相性が抜群に……!」
「へ……?」
「本来蕎麦のほうが好みなんだが、これはこれでいい。いい醤油を使っているな、主人!」
 はつらつと屋台のオヤジに向けて笑顔満開で言う和彦の様子に、真輝の手から箸がぽろりと落ちる。
「ありがとうよ、兄ちゃん。若いのによくわかってるねえ」
「美味いものは誰が食そうと美味いと思うものだ。主人、この細麺はいい材料を使っているな」
「おっ。それもわかるのかい。なかなかいい舌もってるじゃねえか」
「ふっ。褒められるほどではない。麺には多少詳しいんだ」
 な、なんだろう、この会話。
 横で聞いていた真輝は、思わず顔を引きつらせた。
(もしかしてこいつ……麺好きなのか?)
 すでに雨は止み、夜も更ける頃。
(俺、明日早いんだけど……)
 真輝は瞳を輝かせてラーメンを熱く語る和彦を眺めて、苦笑したのだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2227/嘉神・真輝 (かがみ・まさき)/男/24/神聖都学園高等部教師(家庭科)】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、嘉神様。ライターのともやいずみです。
 お気づきになられたかもしれませんが、和彦と嘉神様の仲が進展しました。和彦が嘉神様の呼び方を変えましたので!
 和彦なりに嘉神様を信頼している様子もうかがえるようになりましたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 和彦の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!