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<東京怪談・PCゲームノベル>


ワールズ・エンド〜たいせつなあなたへ。




「ふわぁ〜…ああ、眠い」
「…不謹慎ですよ、ルーリィ。お客様が見られたら何と思われることか」
「いいじゃない、別に…春眠暁を覚えず、ってね」
 私は目をトロンとさせて、定席であるカウンターの上にぺたんと顎をつけた。
天気は雲一つない快晴、風は微かに吹く程度、気候は穏やか。
私の城である店内には、いつも通りの静かな空気が流れていた。
これまたいつも通り、店内に人影はない。
この狭い空間にいるのは、カウンターに設えた椅子にだらしなく座っている私と、
そんな私を眉をしかめて見下ろしている使い魔の銀埜と、私の魔力を分け与えた道具たち。
今店内に、意思を持つ道具は置いていないから、ただ銀埜の小姑のようなお小言が流れるのみだ。
「まだ春じゃありませんよ。桜も咲いていません」
「でも梅は咲いてるわ。すぐそこの空き地に綺麗な花を咲かせてたわよ。
昨日あんたの散歩でも行ったじゃない」
 私はけらけらと笑って身体を起こした。
何を持って春と定義するかは知らないけれど、私の中では、もう既に春の陽気を感じている。
素敵な春。ああ、何をしようかしら?
「…でも、こんないいお天気にだらだらしているのは勿体無いわね。
私としては、こんなときにこそ、お客様をお迎えしたいところだけど」
 先程までの眠気は何処へやら、一転張り切りだした私を見て、
銀埜は苦笑交じりの笑みを向けた。
「やる気を出してくれたようで何よりです。
それに私の勘ではそろそろいらっしゃいますよ、最高のお客様が」
「え?」
 銀埜の意味深な言葉に思わず首をひねったところで、
玄関のほうからベルが鳴る音がした。

    カラン、カラン…。

「…あら、ホント。銀埜、あんたってエスパー?」
「違いますよ。ただ鼻が良いだけです」
 何せ犬ですから。
銀埜は笑ってそう言って、いそいそと来客を出迎えに玄関のほうへと駆け寄って行った。
私はその背中を眺めながら、確かに、と一人で笑う。
何の比喩でも謙遜でもなく、銀埜はその言葉どおりの存在だ。
つまり、犬。私の愛犬であり、自称護衛でもあり、魔女である私の眷属でもある。
今は人間の姿をとっているが、その本性は紛れもなく犬と言う名の獣。
数メートル先からやってくるお客様の匂いを嗅ぎ取ることもできる。
…ただし、今日のような穏やかな風の日に限る、らしいが。
「ルーリィ、お客様ですよ。何をぼうっとしているんですか」
「ああはいはい、今行くわよ」
 その銀埜の声に急かされ、私は慌てて席を立った。
そして今は消えている暖炉の辺りまで駆け寄り、銀埜とその傍らに立っている一人の人影に目をやった。
「藤井・蘭さんだそうです。可愛らしいお客様で良かったですね」
 私の言ったとおりでしょう?
そう言いたげに得意そうな顔をする銀埜を見上げ、私は苦笑しながらも認めるしかなかった。
藤井・蘭と銀埜が紹介したのは、確かに可愛らしい10歳程度の少年だった。
珍しい鮮やかな翠色の短い髪を揺らし、銀色の瞳を輝かせて私を見上げていた。
無邪気そうな表情に私は頬を綻ばせながら口を開いた。
「いらっしゃいませ、蘭くん。そして初めまして、私は店主のルーリィ。今日は何をお求めかしら?」
「こんにちはなのー。お求め…?分からないけど、散歩してたらここが気になって、覗いてみたの」
 覗くだけはダメなの?
 蘭はそう言って、首を傾げて見せた。
私はくすり、と笑い、首を振る。
「そんなことは無いわよ。どうぞ、思う存分見ていってね。
蘭くんの好みに合うようなものがあればいいんだけども」
 私の言葉に、蘭は顔を輝かせて頷いた。
そして興味深そうにキョロキョロと辺りを見渡す。
私は蘭を案内させるよう、銀埜に目配せを送り、内心ふと思う。
 私の店は、その品揃えは極普通の雑貨屋のそれだ。
だが店自体に特殊な魔法が掛けられている。
何かを求めている人が、足を運ぶよう。
私の手助けを求めている人が、訪れるよう。
それは決して例外はなかった筈。
…ならば、この一見普通の無邪気で活発な少年に見える蘭は、
一体何を求めているというのだろうか?
 私はそんなことを考えながら、銀埜に連れられて楽しそうに店内を巡っている蘭の姿を眺めていた。





















「蘭くん。何かいいものあった?」
 私はカウンターの上に肘を置き、その前で差し出した椅子に座っている蘭に笑顔を向けた。
蘭は楽しそうな顔で頷き、
「うん、楽しかったのー。銀埜さんが色々解説してくれたの。
…ここのもの、全部ルーリィさんが作ってるってホントなの?」
「…あー…イチから、ではないけど。私は少しスパイスをつけてる、って感じかしら」
 私は唐突な質問に少々苦笑しながら答えた。
銀埜…久しぶりのお客様だからって、いろいろ喋りすぎよ。
 私はカウンターの裏に掛かっているカーテンの後ろに消えている銀埜に、心の中で呟いた。
「すぱいす?…何だか難しいのー」
 蘭はそう言って、ううん、と唸った。
…少し言い方が婉曲すぎたか。
私は内心反省しながら、慌てて取り繕うような笑顔を浮かべた。
蘭の輝くような笑顔を壊すのは、とても心が痛んだから。
「ええとね、付加価値…というか…そう、普通の道具を、不思議な道具にするの。
だから私が初めから作ってるわけじゃないのよ」
「ふぅーん…でもルーリィさんすごいの。面白そうなのー」
 蘭はそう言って、また笑顔を向けた。
私は思わずホッとして、
「蘭くん、何か欲しいものはある?
何か悩んでることとか、こうなったらいいなあ…って思うこととか。
私で良ければ、助けになれるかもしれないわ」
 私はそう軽くあわせた手を傾けて言った。
ここからが私の正念場。
銀埜同様久しぶりのお客様で楽しいということもあるし、
それに何より、この少年の嬉しそうな顔を見てみたい。
それはきっと、新緑のように幸せそうなものなのだろう。
 この少年は多分、生まれつき回りの人を穏やかにさせる力を持っているんだわ。
私は蘭を眺めながら、そう思っていた。
時折、そんな星に生まれた人がいる。
私はそんなこの子に出会えたことに感謝しながら、蘭の言葉を待った。
一体この子の望みは、どんなものなのだろう?
 暫し考える素振りを見せていた欄は、ふと顔を上げて言った。
「僕自身のことじゃないの。でも僕の悩みなの。それでもいいの?」
「…!ええ、勿論よ。どんなこと?」
 私は少し目を丸くして頷いた。
蘭は心なしか安心したような顔を見せて続ける。
「持ち主さん、最近忙しくて大変そうなの。
だから、持ち主さんの気持ちを落ち着けるような音楽が鳴る物があったらいいなあ、と思うの」
「…持ち主さん?」
 蘭の言わんとすることはわかったが、その肝心なところが分からなかった。
持ち主さんとは、一体どういう意味なんだろう?
「僕、オリヅルランなの。持ち主さんは、僕の持ち主さんなの。
最近忙しそうで、見てて哀しくなるのー」
 蘭はそう言って、肩を落として見せた。
私は、「ああ」と頷いて、手をポンと叩いた。
なるほど、本性は植物なのね。
植物には元々ある種のヒーリング能力が備わっているというし、そのことも関与してるんだわ、きっと。
そういわれてみると、という感じで、私には蘭の本性が至極普通に受け入れられた。
確かに言われて見ると、植物の雰囲気が分かる。
勿論、姿としては完全な人間のそれなのだけれども。
「じゃあその持ち主さんをヒーリングするのね。
…蘭くんが傍にいれば、自然と気持ちは和らぐと思うんだけど。
それだけじゃ足りないほど、忙しいのかしら」
「…分からないのー。でも、持ち主さんのために何かしたいの」
 蘭のそう真剣な表情を見て、私は思わず頬が緩んだ。
蘭の気持ちは良く分かる。
きっと、大切な人が大変そうになっているのを見て、
何もできない自分が歯がゆくて、悔しくて…。だから、少しでも、と。
…うん。そんな気持ち、とても素敵だわ。
実に私好み。これは、張り切らない道理はないわね。
 一人内心力んだ私は、席を引いて立ち上がった。
そして蘭を見下ろし、ニッと笑った。
「大丈夫、いい考えが浮かんだの。でもそれには、蘭くんの力がいるの。
ご協力、お願いできるかしら?」

 勿論、蘭の答えは聞くまでも無かった。










         ■□■










「うわあ、かわいいのー」
 蘭はカウンターの上に置かれたものを見下ろし、顔を輝かせた。
その視線の先にあるものは、一揃いのイヤリング。
親指の爪大の大きさのクローバーがついていて、止め具もシンプルで可愛らしいもの。
クローバーは銀で縁取られ、中央部分には蘭の髪の色と同じ、溶けた緑色のガラスが流し込まれていた。
女の子向けだが、シンプルな一品。蘭の言う「持ち主さん」がどんな人なのか私は知らないが、
割と万人向けのデザインだから、あまり失敗はないだろう。
それに、女性ということだし。
 そして、肝心なことはこれからだ。
「蘭くん。悪いけど…髪の毛を2本、くれる?」
「髪の毛?」
 目を輝かせてイヤリングを見下ろしていた欄は、私の言葉に首を傾げた。
「ごめんね。少しだけでいいんだけども」
 蘭は少しだけ不思議そうな顔をしていたが、こくん、と頷いた。
私はホッと安堵し、カウンターの戸棚から小さなハサミを取り出して、
蘭の頭に手を伸ばした。
「刃物が怖かったら、目を瞑っててね」
「うん、なの」
 蘭はきゅっと眼を瞑り、私は蘭の翠色に光る毛を二本だけつまんで、
根元のほうからハサミで切った。
自分のものならわざわざハサミを使わずに、ぷちっと抜くものだが、
さすがに蘭の髪を抜くわけにはいかない。
「オッケー。もういいわよ」
 私は目を開けた蘭に、切り落とした二本の短めの毛を見せた。
蘭はそれを眺めながら、やはり不思議そうな顔をする。
まるで、「それ何に使うの?」と言いたげに。
 私は軽く頷き、
「これは見てのお楽しみ。まあ、見てて頂戴な」
 そう笑って言って、カウンターの上に置いてあるイヤリングに手をかざした。
掌のほうに意識をこめると、やがてカウンターの机の上に刷り込まれた小さな魔方陣が、
ぽぅっと青い光を帯びて浮かび上がってきた。
何時もは二階の作業室でするけれど、今のような簡単なものなら、
このカウンターの魔方陣でも可能だ。
それに、この陣には”唄”を刷り込んである。
でも、これだけじゃ何か足りない。
これだけでは、蘭の持ち主さんを癒すことはできない。
だから、蘭の髪の毛を借りた。
大切な人を癒すのは、その人を想っている人の心だ。
そして、その心が一番こもっているのは、自身の髪の毛。
 私は陣の中央に置かれているイヤリングに、ゆっくりと毛を持っているほうの手を下ろしていく。
細い毛は一本ずつ、左右それぞれのイヤリング…いや、クローバーの上に届く。
ゆっくりと下ろしていくと、普段は毛を弾くはずの冷たく硬いガラスは、楽に毛を取り込んだ。
まるで吸い込まれるように、蘭の髪の毛は翠色のガラスの中へと消えていく。
そうして先端まで消えたのを確認して、私は最初魔法陣の上にかざした手を、もう一度掲げた。
そしてさぁっと宙を撫でるように動かすと、陣の光は消え、またもとの机に戻った。
「…さあ、これで完成。不思議なイヤリングの出来上がり、よ」
 私はまたもとの固いガラスに戻ったイヤリングを手に取り、蘭の前に差し出した。
一部始終を眼を見開き、黙って見つめていた蘭は、それを恐る恐る手に取った。
「耳に近づけてみてね。微かだけど、音が聞こえるはずよ」
 私の言葉に、蘭はゆっくりとイヤリングを持った手を耳の傍へと近づけた。
そしてさらに眼を大きくさせて、私を見る。
「…!何か鳴ってるの!なんか、なんか、すごい懐かしいの…」
 そう言って蘭は、暫し聞き惚れるように目を閉じた。
私はその様子を、微笑ましく思いながら眺めていた。
 …懐かしい筈だわ。だってその音楽は、蘭くんそのものだもの。
あなたの心が溶けたから、それほど穏やかな音を鳴らすのよ。
 私はそう言いたい気持ちを抑えながら、黙って蘭を見つめていた。
私がわざわざ言わなくても、きっと蘭の大切な彼女には伝わるだろう。
いつも傍にいる彼女なら。
















 そして白い箱にイヤリングを包装材と共に積め、
綺麗にラッピングされた箱を持ち、蘭は笑顔を向けた。
「ありがとうなの!きっと、持ち主さんも喜ぶと思うのー」
「いいえ、こちらこそ。蘭くんの持ち主さんが穏やかな日々を暮らせるよう、祈ってるわ」
 私は蘭を見送るために玄関先にたって、そう言った。
きっと蘭は、弾けんばかりの笑顔で、その箱を渡すだろう。
まだ見ぬ彼女が、これを喜んでくれればいいのだけれど。
 私がそんなことを思っていると、ふと目の前に差し出された小さな手に気がついた。
蘭が、空いたほうの手を私に向かって差し出していた。
私は首を傾げてその上に乗っているものを覗き見てみる。
 それは、光に照らされて翠色に光っている、可愛らしいビーズで出来た指輪だった。
きっと手作りなのだろう、少々不揃いだが、それがまた愛嬌を感じさせる。
「…これ?」
「持ち主さんと作ったの。お礼にルーリィさんにあげるなの」
 蘭はそう言って、にっこりと笑顔を私に向けた。
私は思わず目を開く。
「え、でも…そんな大切なもの、悪いわ。折角作ったんでしょう?」
「ううん、いいなの。僕はまた、持ち主さんと作るの。
きっとこれ、ルーリィさんに似合うの」
 蘭はそう、変わらない笑顔を浮かべた。
私は暫し戸惑い、そしてゆっくりと蘭の手からその指輪を取り、自分の人差し指に嵌めた。
「…ありがとう、大切にするわ。…翠色でとっても綺麗。蘭くんの色と同じね」
「うんなの!僕も翠色、大好きなの!」
 蘭はそう言って、にっこりと微笑んでみせた。
私は蘭の笑顔をに釣られるように笑顔を向け、今しがた指輪を嵌めたばかりの手に、
もう片方の手を添えた。
その手作りのビーズを嵌めた指から、暖かさが伝わってくる気がして。
…不思議だ。魔法も掛かっていない、普通のビーズの指輪なのに。
「本当に、ありがとう。私にも蘭くんのヒーリング、分けてもらっちゃったわね」
「…ひーりんぐ?何なの?」
 蘭はきょとん、と首を傾げるが、私は笑って首を振った。
「蘭くんの気持ちが伝わってくるのよ。私も、気持ちを穏やかにさせてもらえそうだわ」
「それならよかったなの!僕もうれしいのー」
 じゃあ、ありがとうなの。
 そう言って手を振り、弾んだ足取りで去っていく蘭の小さな背中を見送りながら、私は春の息吹を感じていた。

 蘭の来訪で、私の店にも春が訪れたのだと。

 















         End.







●○● 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)         
――――――――――――――――――――――――――――――――
【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【2163|藤井・蘭|男性|1歳|藤井家の居候】

●○● ライター通信      
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 藤井・蘭さん、はじめまして。
今回は書かせて頂いて、有り難う御座いました。
納期を過ぎてしまい、誠に申し訳ありませんでした;

”持ち主さん”への贈り物、ということで、それを前面に出したノベルとなりました。
そして私の個人的趣味で、こういったアイテムとなりましたが如何だったでしょうか。
気に入って頂けると非常に嬉しく思います。

 それでは、またどこかでお会いできることを祈って。