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<東京怪談ノベル(シングル)>


キンと響く音


 ――冴え冴えと響く鉄の音。


 今日も今日とて心は炉の前に居を構え、玉鋼を打っていた。早朝の、まだ息も白い寒さの中、だが彼は額に汗すら滲ませている。
 鍛え上げた刀に手を止め、スラリと背の伸びたそれを掲げて下から見上げた。依頼されて打っている刀ではない。ただそこに自分の全力を叩き込んでみたかった。どこまで祖父に追いつけるのか――否、目標は追いつくことではない。この道に心血を注いだからには、追い抜かねばならない。祖父だけではない。現在・過去・未来に問わず何者にも負けぬ刀を――。
 心は傍らに静として置かれている妖刀を手に取った。鞘から抜き出し、その刃に軽く触れるだけで溜息が漏れる。自分への落胆のためだけではない。この刀の美しく、強いこと……!並の使い手は寄せ付けない風格、というものがこの刀には備わっている。
(それも眠っている今だけか)
 普段の彼女を思い起こして、心は微かに苦笑した。だがその発想に息を飲むことになる。――そう、この刀は眠っているのだ。人と同じように、魂の宿ったものとして。
「俺はまだこの域には及ばぬ、か」
 妖刀を置いて再び自分の鍛えた刀に手を伸ばした。
 天井からの明かりを跳ね返して鋭く煌く刃、斬ることに重きを置いた刃の長い太刀に相応しい反り。よく出来ているとは自分でも思う。……だが、それだけだ。
 心はもう1度溜息を吐くと、今しがた打っていた刀の茎を柄に納めて目釘を打った。考えていても仕方がない。これはこれで完成してしまったのだから。
 今の自分に必要なのはひたすら修練することだ、と言い聞かせ、心は古い刀剣を置いてある棚へと向かった。昔の業物を鍛え直す、というのも勉強になる。
 と、工房に冷やりとした空気が流れ込んできた。キィと小さく悲鳴を上げた扉を心は振り返る。
「邪魔するよ」
「……碧摩」
 開いた扉から顔を覗かせたその姿に、心は少なからず驚きを覚えた。ほとんど態度には表れていないが、普段よりも若干見開かれた目に、蓮は微笑を浮かべる。
「なぁに、失敗作でも引き取りに来てやろうと思ってさ」
 蓮はそう軽口を叩くと、隅の方へ追いやられているソファに座って煙管を取り出した。慣れた手つきで煙草を詰めて火をつけると、何かを要求するように手をさ迷わせている。
 心が仕方なしに空き瓶を渡してやると、蓮は思いっきり眉を顰めた。
「空き瓶を灰皿にするなって言われなかったかい?」
「確かめもせず吸い始めたくせに、よく言う」
 落としたマッチの残り火が、瓶の底に溜まった水でじゅっと音を立てて消えた。
「言っておくが構い立てはできないぞ」
 一振りの打刀を手にして炉の前に座った心が、思い出したように蓮を振り返ると、彼女はどうでもいいという風に手をひらひらと振ってみせた。何をしに来たのか、という疑問は飲み込む。蓮の先の言葉が軽口だということぐらい、心にはわかっていた。彼女の店には情報を貰いに度々寄るが、自分の作品を取引したことはない。
 まあ邪魔立てしないというなら、と心が再び炉を前に蓮を背にして(充分な距離は取っているが、一応灰対策だ)刀に向き合ったところで、蓮が「それは?」と声を掛けて来た。たった今念を押したばかりだというのに、と心は眉根を寄せつつも、しぶしぶ後ろを振り向いた。蓮がそれ、と言って指差しているのは自分が先刻まで打っていた刀だった。
「俺が打った刀だ」
「なら貰って行くとするかね。いくらだい?」
 蓮の言葉に心は片眉を上げた。「日本刀だぞ?」と問い掛けてみても蓮はただ笑うばかりだ。
「それだけで高値をつける馬鹿が大勢いる」
「それはあたしに売りたくないか、それとも高値で売りつけたいかのどっちかだってことかい?」
 おや、と目を見張った蓮に対して心は言葉に窮した。別に蓮の言ったように売りたくないわけでも、まして高値で売りつけたいわけでもない。単なる皮肉だった。蓮に対しての、というわけではなく、刀の価値もわからずにただコレクションとして集めている人間への――。
「……いや、あんたは充分に見分けられる人間だしな……。好きな値をつけてくれ。付け値で売ろう」
 蓮は煙管を手の内で遊ばせたまま、唇の端を吊り上げて笑った。
「なら材料費だけで頂いていこうかね。――あんたのこれからの精進に期待も込めて」
 その言葉に心は小声で感謝の気持ちも落とした後、「流石は目利きだ」と茶化して笑った。柄と鞘、それに玉鋼を買った分の代金を受け取って、さっさと帰り支度を始めた蓮を見送る。
 出て行き際に振り返った蓮が言った。
「納得がいくまで、やれるだけやってみな。無理だと思ってもこれだけがあんたの道ってわけじゃないんだよ」
 強く言い切った蓮に、心は肩を竦めてみせることで答えた。
「なら俺は一生納得出来ないな」
 この仕事に骨を埋めるつもりだという心の遠回しの表現に、蓮は「それでこそ」とまた笑って帰っていった。


 ――炉から昇る熱、鋼の軟らかさ、打つと響く硬質な、音。
 そうして彼は、今日も鉄を打つ。



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