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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


蒼き心臓(第三話)

●草間興信所にて
 どうも胸騒ぎがする。
 吸血鬼の麻薬事件が起きた三ヶ月ほど前、草間武彦は暮れなずむ世界を眺めながら重い溜息を吐いたものだった。その杞憂は、つい一週間前に起きたNCRS事件を機に再発し、一週間たった今でも晴れることは無かった。
 薄暮の空が織り成すオレンジ色に染まる事務所で、十年来の友人たちを前にし、この日数回目の溜息を吐く。
 そんな相手の様子を見て、ユリウス・アレッサンドロ枢機卿はにっこりと微笑った。
 僧衣服を何より好むユリウスは、何処から見ても若手の神父と言った風情だ。それもそのはず。ユリウスは未だ30歳の壁を越えていない。高位の座にありながらも、穏やかな笑みを湛えた彼は、その地位に相応しい雰囲気を醸し出していた――その口さえ開かなければ。
「まぁ〜た、そんな溜息を吐いて…武彦さん。何かあったんですか? ケーキがいらないなら食べちゃいま……痛ッ!」
 のんびりと言ったユリウスの言葉に反応した武彦は、やおら立ち上がり、ユリウスの手を抓る。
「何かあったって……ユリウス」
「痛いなぁ、武彦さん」
「ったく…お前は事件が起きてないとでも言うのか?」
 半ば憤然として武彦は言う。
 つい先日、『NIGHT CHILDREN RENTAL SHOP』と呼ばれる存在の調査に乗り出したばかりの武彦は、この世界が偽りの平和で満ちていると感じていた。
 いつでもここには事件がある。事件が枯れぬことなど無い。染み出した水の如く、事件はいつもやってきて、まるでそれは世界を冷たい闇で覆うかのようだ。
 人間の世界でも子供が消え、吸血鬼の世界でも事件が起きている。暗がりの中、心無き世界に人々は手探りで生きていた。
「当面は起きていませんよ…ね?」
 向かい側で細巻煙草(シガリロ)を燻らす白髪の美女が優雅に微笑んでいるのを盗み見ながら、ユリウスは子供が同意を得ようとでもするかのような表情で言った。
 麗しい女は表情を変えぬままに応じる。
「あぁ、そうだ…ユリウス。『当面』は何も起きていない…何も。しかし、私の一族の行方不明者は何処へ行ったのやら? お前達は知らないのか?」
「いやだなぁ、ヒルデガルドさん」
 ヒルデガルドと呼ばれた貴人の、氷のように澄んだ針水晶色の瞳から逃れるように、ユリウスはそっぽを向いた。
 相手は笑っている。笑っているからこそ、武彦にはそれが何より恐ろしかった。心のうちをあまり見せない友人の笑みが怖いなど可笑しな限りだ。
「私たちはその後の状態を知らされていませんが」
 宮小路皇騎はユリウスそう言って情報を求めた。先にそれを聞いておかねば、何事も話を進められない。ここのところ、他の失踪事件なども起こっているため、情報は多いほうが良い。
「あぁ、そうだな…私も報告書の範疇でしか知らないが…」
 ヒルデガルドは皇騎の問いに答えた。
「我が一族の子供達が何人か消えてしまっている。年は十六歳前後だ」
「不老の一族にしては若いですね」
「ある程度大きくなるまでは、人間の子供と大して変わらん。そう言えば、私はロスキールが警視庁第九十九課のあの男…塔乃院の手によって病院に運ばれたと聞いたが。ユリウス、お前はロスキールが病院から逃げたと言っていたな」
「えぇ、そうですよ…塔乃院氏が病院に収容していましたね。彼の…ロスキール氏の身柄に関しては、異種間違憲立法審査権をもって審査した上での返還ということになるはずだったんですが」
 ユリウスはそっとヒルデガルドの方を見た。異種間違憲立法という言葉に嫌悪感を表さないであろうかとの憂慮からだった。ついで気になることを聞いてみる。
「ヒルデガルドさん……お気に召しませんか? この結果は…」
「いいや。この場合、明らかによからぬことを企てたロスキールの方が悪いのだよ」
「やっぱり、吸血鬼も利権とかには弱いんですかねぇ…彼はそういう風には見えませんでしたが」
 思わずぼそっとユリウスが呟いた言葉にヒルデガルドは笑った。その様子を師匠の隣で見ていたヨハネ・ミケーレは我が事のように恥ずかしくなり、顔を真っ赤にして脇腹をつつく。
「し、師匠っ…恥ずかしいから止めて下さい…」
「え〜、何がです?」
「だ、だから……もうっ!」
「変なヨハネ君ですねぇ…」
「利権…それは人間と同じだ。一族の存在が危ぶまれるような利権争いや、誘惑には『私は』乗ることは出来ない」
「でも、ロスキール氏は自分の勢力を伸ばそうとした。失礼ですが、ロスキール氏とそんなに仲が悪かったんですか?」
 皇騎は疑問に思って言った。
「いいや」
「では、何故…?」
「さあ…私はそれをロスキールの口から聞いてみたい」
「でしょうねぇ…」
 ユリウスは考え呟いた。
「裏切るとは思わなかったんですか?」
 また皇騎が訊いた。仲が悪いというようには見えなかった。だから、聞いてみるべきかと思って訊ねた。
「Mr.宮小路…それを貴方の国の総理大臣にも言えるのか…? 裏切りなどどこにでも存在する。三人寄れば智慧も合わせられるが、派閥もできる。共同体、国、民族などなど。そう言ったものは、そのどちらでも孕んでいるものだと思うぞ」
「えぇ、まさしく仰る通りです。私が聞きたいのはそうではなく、姉弟としては…」
「たった二人の姉弟とて、同じこと。私はいつまでも子供のままではおらぬし、ロスキールとて、あの可愛らしいロシー坊やのままではいないのだ。時は戻らない。ならば、事情を聞いた上で厳罰に処すか、不問にするか…私の手で殺すかのどちらかだ」
「殺す……?」
 それを聞いてヒルデガルドの前に対座していたセレスティ・カーニンガムは、愁眉を寄せた。
「気になるか? ミスター・カーニンガム…」
 ヒルデガルドは苦笑をその美貌に滲ませた。何があったのか、大体のところは聞いている。弟のロスキールが何故、彼を拉致したのかも。
「やはり…気には…なります」
 セレスティはかすかに表情を曇らせて言う。
 あれから数ヶ月が経つと言うのに、彼の顔を一度も見てはいなかった。元気なのか、状態は良くないのか、それさえも知らされていない。
 セレスティはぎゅっと己が手を握り締める。魅了と言う名の甘美な毒が、彼から抜け出ていく事はなかなかに難しいようであった。
「あれから一度も…会っていませんし…」
 気だるい溜息をセレスティは吐いた。気も片付かないような感覚が残り、気もそぞろに心はどこかへと彷徨い出しそうだ。
 その後ろに控えていたモーリス・ラジアルは、自分の主人が鬱悶の情に迷うのを見、あまり良い気分がしなかった。それどころか痛惜の念さえ感じる。
 モーリスはおくびにも出さなかったが、明らかに不機嫌ではあった。
「聞いたところによると、病院から逃げたということでしたが」
 モーリスはにっこりと笑った。
 それが作り物めいた笑みに見えないのは、彼の中で気持の切り替えが早いからだろう。目の前にいるのは、氷獄の女王の如き美女だ。弟の問題があるとは言え、目の前の至宝には罪は無い。
 モーリスはじっくりと堪能する事にした。
「あぁ、そうのようだ。私がその話を聞いたのは先程だが。クリスマスにお前達に会った時にはそんな話は聞かなかったな。…ということは年があけてからということなのか?」
 ヒルデガルドは前にこの主従には会っている。その時にはロスキールが逃げたという話は無かった。
「いえ…違いますよ、ヒルデガルドさん」
 ユリウスは訂正した。
「彼がいなくなったのは、彼を保護した…次の日です」
「何? では、お前達は嘘をついたのか?」
「いいえ……違いますよ。私たちも、つい昨日その話を聞いたんです」
 ユリウスは話をゆっくりと紐解くように身長に言葉と間を選んで話し始める。
「此処にいる誰もが、逃げたという話を聞いていなかったんです」
「昨日…。しかし、ユリウス。死にかけていた者が僅か一日で逃げたと? お前達の作った血液凝固剤は相当に効いていたと聞いたが…教皇庁の方は何も言ってきてはいないのか?」
「えぇ、音沙汰無しです。連れて行った塔乃院氏は教皇庁の人間ではありませんし、異種間違憲立法審査権の一件がありますから、人間同士といえど下手に情報のやり取りが出来なかったのです。今、彼は別の事件を追って行動中だそうです。混乱した街と襲撃を受けた病院の修理は私たち教皇庁の人間が協力して復旧をしました。それも、ほぼ終了したと聞いてはいますが。あなた方、ゼメルヴァイス一族の情報網で何か情報は……」
「無い」
 ヒルデガルドはキッパリと気持ち良いぐらいに言った。
 これほどに事実を隠すことなく勇気をもって言えるなら、人類の諍いの殆どは解決していたかもしれない。そんなことをユリウスは不謹慎にも考えてしまった。
 それを聞いた武彦は深い溜息をつく。
 血の姫がそう言うならば、本当に何も無いのだろう。情報を得られぬ失態を隠しておどおどなどせず、また、その一族の長であるという地位に端張ることなく事実を受け止めているようだ。
 アリア・フェルミは一連の話を聞くに、眉を顰めていた。
 ロスキールの行方を知っていたとして、もしも、それが教皇庁側の利益にならないことだとしたらいうわけにもいかない。幸いというべきか、自分はその情報を知らなかった。知っていたら復活など出来ないように確実に殺していただろう。
 天国を拒否する存在。深遠の不死者…吸血鬼。教皇庁との戦いは長年のものだ。助けてやろうなどということは考えられないし、考える必要も無い。見つけ次第殺すだけだ。
「こちらは一切の情報を得ていない」
 アリアは素っ気無く言った。
 ヒルデガルドは視線を僅かに上げただけで、それについては何も言わない。アリアの敵愾心が僅かな棘となって伝わってくる。
――若いな…
 ヒルデガルドは口角を上げた。
「ロスキールには訊かねばならないことがある。あの紫祁音と言う女のことも。居なくなった一族の子供達のことも……そして、麻薬の行き先もだ」
「なるほど…」
 ヒルデガルドの言葉を聞いて、武彦は頷いた。事件はまだ解決していないのだ。
 ユリウスは武彦に抓られた手を擦りながら、呟くように言う。
「彼、見つかったらどうなっちゃうんでしょうね?」
「さぁ、その時決めようか…その前に私はやらねばならないことがある」
「は?」
 ヒルデガルドは嫣然と微笑む。そんな笑顔を見、ユリウスは首を傾けた。
「ユリウス。私が前にここへ来た時の用件の一つを忘れたのか?」
「えっと…」
「減った人口は増やさねばならぬ」
「はぁ…」
「次代族長の父に相応しい男を捜しているのだよ、私は」
 くすくすとおかしそうにヒルデガルドは微笑む姿は、やはり女性なのだと思わせるものがある。楽しげに言った後は、呆気に取られユリウスたちの顔を面白そうに見ていた。
「あ! そう言えば前に言っていたような…」
「そういうことだ」
 ヒルデガルドは今まで黙ってやり取りを見ていた調査員達の方を見るや、柔らかく華のような印象を与えるであろう笑みを浮かべた。
「お婿さんですか…」
「立候補するか、ユリウス?」
「そんなことしたら、教皇聖下が悲しまれますよぅ」
「その前に私が怒りますよ?」
 そう言って、隠岐智恵美は笑った。
 その言葉に反して笑顔は優しい。彼女はユリウスの師匠で、おっとりと優しい雰囲気が母というイメージを周りに与えている。実際のところ、田中裕介と隠岐明日菜の義母でもあった。
「ヒルデガルドさんだったら、いくらでも相手は居そうなものですがね」
「次代の族長の父に相応しい…と言ったぞ」
 ヒルデガルドはおかしそうに笑った。
「ある程度の力は欲しいのだ」
「あぁ…なるほど。ここにはそう言った人がたくさん来ますからねぇ…。さて、近々他の事件の調査で何処ぞに行かれるらしいですから、当面の問題を解決してしまわねばなりませんね。この短期間にどれだけの事ができるでしょうか…面白い状況なのですけど」
 智恵美はのんびりと言う。
 せねばならない仕事は多いが、今更慌てても仕方が無い。反対に娘と息子の方がちょっと考え込んでいた。
「う〜ん…これは厄介な仕事だね」
 そう言ったのは明日菜の方だ。
 息子の裕介は溜息をついていた。
「はあ…義母さんは何をさせたいのでしょうか…」
「だからね、お手伝いよ♪」
 智恵美は小さな子供達に「お手伝いしてね」とでもいうように言った。というか、そういうレベルではないような気がする子供達であった。
「そんな…手伝いって…」
 裕介は溜息をつき、にこにこと笑う義母の笑顔に負けて口をつぐんだ。
 皆の様子をずっと黙って見ていた井園鰍は、客人を前に暫し何かを考えていた。
 今日は今後調査に向かう場所の情報でも集めようかとやってきたのだったが、なにやらきな臭い話が展開されて質問をする機械を失っていたのだった。
 人間の世界でも吸血鬼の世界でも、いつでも事件というものは起こるらしい。吸血鬼側と教皇庁側でロスキール・ゼメルヴァイスの行方に関する情報が一切わからない以上は、警察側を疑うしかなかった。
 今までの事件は、自分の店の客人でもある漁火汀から聞いている分と、興味を持ってからのネット検索で知りえる情報程度のみだ。しかも、汀が見た事件は吸血鬼に関わるものではない。だから、さほど詳しいと言うわけでもないのだが、能力増強の麻薬がらみであることから考えると、余計に気になって仕方が無いのだった。
「あっちもこっちも物騒やな」
「光あれば影もあるのだ…青年」
 ヒルデガルドは言った。
 青年と呼ばれ、鰍はなんともいえない気持になる。外見上は、自分の姉ぐらいの年にしか見えない女性に『青年』といわれると落ち着かなかった。
「青年っちゅー風に言われるとなぁ…私は鰍っちゅーねん。井園鰍…」
 苦し紛れに言い返してみる。
「なるほど、失礼した…鰍。私のことはヒルダと呼んで欲しい」
「いきなり呼び付けっちゅーのも気になるなぁ」
「構わない…」
 そう言ってヒルデガルドは頷いた。
 不意にドアが開き、事務所にいた人間は皆振り返る。ドアの所に立っていたのは黒髪の愛らしい少女だった。最近、よくこの事務所にやってくるようになった黒榊魅月姫だ。
「皆様、こんにちは」
「あぁ、魅月姫さん」
 零はにっこりと笑って歓待した。
「零さんの美味しい紅茶を頂きたくなりました」
「えぇ、私は構いませんが…」
 言った後兄に確認するように零は首を心持傾けるような仕草をする。武彦が「大丈夫だ」と一言いえば、零は納得したようで魅月姫を事務所へと招いた。
「今日は大人数ですわね…」
 そう言いつつ、魅月姫は皇騎の方を見た。
 皇騎の方はと言うと、魅月姫が顔を出した瞬間に気配を隠すように黙り込んでいたのである。
 魅月姫は大して気にも留めていないようで、皆に挨拶をしてからスタスタとソファーのところに歩いてきた。そして、ユリウスとヒルデガルドの正面に位置する席に、まるでそこが自分の指定席であるかのように座った。
 皇騎は何も言わない。
 緊張の糸が皇騎をその場に繋ぎとめてしまったかのようだ。
「何かありましたの?」
 魅月姫は零の持ってきたお茶を受け取り、話の説明を求めた。今日やってきたのは、数少ない落ち着ける場所の1つに気紛れから赴いただけだったのだが、随分と何かを感じさせる雰囲気を漂わせているので純粋に興味から尋ねてみる。
 実際、興信所の扉越しに興味深げな気配を多く感じ取り、好奇心を大いに刺激されていたのだった。各勢力一同が介して情報交換を始めたところなど、とてもワクワクするではないか。扉の外で何かが蠢くような闇の気配に心地良い緊張感が走り、楽しむと共に警戒していた。
「まぁ、逃げたのに知らされてなかったと…おかしいですわね」
 ユリウスからこれまでの経緯を静かに聞き、自分の目的には関わりはないが、目の前に居る滅多に会う事のないゼメルヴァイス一族の長がこの場に居る事に興味を持ち協力することにした。
 ぽつりと魅月姫が言う。
「なぁ? おかしいやろ?」
 鰍は魅月姫の言葉にもっとも自分が感じたことに同調して言った。ちょっと疑問に思ったことを鰍は訊いてみる。
「その塔乃院ってやつは表裏のある奴なん?」
 それを聞いてユリウスは首を振った。
「痛烈な毒舌を時折吐くことはある人ではありますけれど、二枚舌であるとは思ったことは無いですねぇ。今回のように情報を流さないというようなことは絶対しない人ですね」
「良い奴と…」
「うーん…自分の利益になる情報を簡単にリークする人ではありませんが、互いの行動が狭められたり、動けなくなってしまうような事はしない人と言えばいいのでしょうかね」
「なるほど」
 鰍は納得して言った。
 自分達の行動に制限をかける奴でないと分かっただけで充分だった。
 不意にドアをコンコンと叩く音が聞こえた。
「すみませーん」
「ん?」
「アリステアです〜」
 のんびりとした声が聞こえてユリウスは振り返った。
「はい、どうぞ〜」
「同僚の使いで『捜査記録』とやらを届けに参りました〜」
「誰だ?」
「アリステア神父ですよ。サーキットであったじゃないですか、金髪の…」
「ん? あぁ…あの時の神父か」
「お邪魔しますね」
 そう言ってアリステアはドアを開けて入ってきた。
「あ……ヒルデガルド様、ユリウス様、お久しぶりです」
 アリステアは微笑んだ。
 集まったメンバーと、どことなく物々しい雰囲気にアリステアは小首を傾げる。
「何かあったんですか?」
「実はですね…」
 ユリウスは今までの話をアリステアにかいつまんで話してやった。捕まった吸血鬼が逃げたという話にアリステアは心配げな表情になる。
「怪我をされた方が脱走ですか……心配ですね、ご無事だと良いのですけれども…」
「アリステア神父…」
「…行方不明の方たちも、無事に帰ってきてくれたら良いですのに」
「そのために私たちが頑張るんですよ」
「では、私たちは引き続き各勢力間の調整役および例の麻薬の解析に入りたいと思います。何か情報が入りましたらお知らせください」
 そう言って皇騎は立ち上がった。
「えぇ、わかりました。皇騎さんも頑張ってくださいね」
「はい…では、善き知らせをお待ちください」
 それだけ言うと皇騎はドアの方へと歩いていき、その場を去る。他の調査員達も思いつくまま、己の方法で調査を始めた。

●黒猫
 鰍は自分の予備モバイルを持って国道十五号線沿いのロイヤルホストに向かった。
 ここを選んだ理由は、近くに強い電磁波を出すものがないことと、深夜になれば人が特に少ないということだった。京急本線梅屋敷駅からタクシーで少し行った所にそれはある。鰍はモバイルを片手に店に入った。店の中は昼という事もあって、人が多くいた。
 すかさず店員がやってくる。
「いらっしゃいませ。煙草はお吸いになりますか?」
 鰍は軽くてを上げ、左右に振った。
「いや…吸わへんし。これから他の人が来るんだけど…」
「何人様ですか?」
「えっと…三人」
 無論、そんなのは嘘だ。
「かしこまりました。丁度、禁煙席が空いてございますので、こちらへどうぞ」
 店員が誘導するのに付いていき、鰍は一番奥のテーブルについた。窓越しに国道十五号線が見える。
 鰍は時計を見た。今は昼の十二時。
 計画を実行するには丁度良い時間だ。
 鰍は警視庁第九十九課の情報の隠し方が上手いことが気になって仕方なかった。そこまでして隠す原因にも興味はある。自分的には同じ時期に起きた事に関連性があるかもしれないという考えがあった。それに、吸血鬼とは言え、怪我人が拉致軟禁されているっぽいのがどうも気に食わない。
「さて…見てろよ、警視庁。情報をぶっこ抜いたるわ」
 官庁街の基本は時間に正確なこと。中枢を担う連中は現場主義ではないはずと鰍は思っていた。そうだとしたら、今はしっかりと休み時間のはず。
 大規模システム解析用商用ツールやらポートスキャン・ツールなどがネットには転がっている。何処からでも入ろうと思えば入れるのだ。現に、アメリカの中学生(一部だが)の子供達は夏休みになると国防総省のサーバに出入りして遊ぶ。
 管理者の特権を分散し、各アプリケーションに最低限必要な特権のみを持たせることで、管理者権限を奪われた時のダメージを局所化できるソフトなども最近は出回っている。それらが行く手を阻まないかと考えてしまうが、何もしないよりは良いだろう。
――バックドアがあれば楽なんやけど
 そう考えてしまう自分が居るが、そこは入ったことも無いのだからあるわけも無い。
 九十九課は謎な部分が多く、主である塔乃院に会った事も無いから組織の方がどうなっているのかもわからない。組織の形態が分かれば、人間の行動としてネット環境やらタイムスケジュールやら調べる事ができるのだが、それも出来なかった。
 どうなるかは分からないが、とにかくやってみようと鰍はモバイルの電源を入れる。通りすがる店員にカルボナーラ・スパゲッティのランチを注文し、出来うる限りのハッキングを試みた。
――吸血鬼の麻薬…情報が見つかるといいんやけどなぁ〜
 スパゲッティを少しづつ食べながらキーを打つ。
「あー…しんどい」
 昼の時間はあと30分ほどで終わってしまう。俄かに焦りだす自分の心を押さえて、鰍はひたすらキーを打った。
「おっしゃ! これでOK…」
 鰍は警視庁のコンピューターに進入してところで視線を感じて顔を上げた。
「ん?」
 ふと顔を上げれば、黒い猫がこちらを見ている。
「なんや…猫か。随分とすんなりとした綺麗な猫やなぁ…」
 暫く見つめていたが、視線を外したので家事かも視線を外し、またキーを打った。しかし、どう頑張ってもそこから先には行けない。
「おっかしいなぁ…何でやろ? 先に行けへん…引っかかったか…」
 ブツブツと呟く鰍は、また視線を感じて顔を上げる。また猫が見ていた。
「うはぁ…ダメや。これ以上行けへん。今日は諦めた方がいいか」
 そんな事を呟きながら唸っていると、自分の周辺が騒がしいような気がした。窓の外を見てみるが別に自分に人間の視線があるわけでもない。それどころか、さっきの猫さえもいなくなってた。
「ぁ…いなくなった。結構、綺麗な猫やったのになぁ…」
「ほう…そうか。褒めてくれてありがとう」
「へ?」
 鰍は声のしたほうを振り返った。
 そこには日本人にしてはかなり長身の男が立っている。
 腰よりも長い黒髪を後で束ね、サングラスを書けた男は二十代後半ぐらいだろうか。サングラスを外したら、さぞかし周囲の女達が騒ぎ出すのではないかと鰍は思った。
「な、なんやねん…」
「現行犯逮捕だ…」
「は? …何を…」
 鰍が言い終わらない間に、男は鰍の手に手錠を嵌める。
「…あぁッ!」
「気が付かないとは…」
「な、何でッ!」
 まさか、リアルタイムで逮捕されると鰍は思ってみなかったのだ。狼狽して鰍はその男を見上げる。
「後を付けてたんか!?」
「いいや?」
「じゃぁ…どうして」
「俺を…第九十九課をなめるなよ…」
「ま、まさか…あんたが塔乃院?」
「半分は正解だな。お前が言っているのは、どっちの塔乃院か…」
「え? 二人居るのかいな!?」
「俺たちは双子だ…さぁ、署まで来てもらうぞ」
 もう一人の塔乃院だと言った男は鰍の肩を捕まえると無理矢理立ち上がらせる。想像以上の腕力に鰍は眉を顰めた。
「は、離せっちゅーのッ! これには訳が……ぐぁッ!」
 一発強烈なボディーブローを食らい、鰍は声を失う。
「話は署で聞く…」
 そんな声が遠くに聞こえたようだ。抗議する間もなく、鰍は気絶した。

●凱歌は神聖なる都まで届かん
 暖かい風に吹かれ、アリアは遠い国を思う。この数ヶ月の間、アリアは今までに無い辛酸を舐め、日々を過ごしていた。
「アリアさん…」
 ヨハネが細い声で呟くように言った。
 逆光でアリアの表情は見えない。黙っているが、そのまとうオーラは怒りで満ちていた。あの時、アリアは腕を負傷した。治癒の力に長けたものが居なかったら、きっと自分は今ごろどうなっていたのかわからない。そして、あの吸血鬼…ロスキールと言う名の男と紫祁音が蒔いた災厄の種はあちこちに飛び火し、最近になってやっと鎮火たのだった。
「またか…警視庁め…あの者を何処に隠したのか」
 アリアは独りごちた。
「まだ…隠したって…決まったわけじゃないですよ」
「そうだな…では、こちらはこちらの出来うる限りで対抗してみせよう」
 そう言ってアリアは口角を上げる。
 今回、次なる決戦に備えて様々な準備を行ってきたのだった。それに関しては中々上手くおとが運ばなかったのだが、とりあえず今は結果待ちだ。
 アリアはあのセレスティ誘拐事件が終わった後、ユリウスやヨハネと共に聖都ローマに帰還したのだった。
 無論、理由は教皇聖下に事件の経過報告をするためだ。それと、凶暴化した吸血鬼に対抗する為、解析済みの麻薬成分を応用し、自壊薬を作る許可を頂くために帰還した。
 しかし、教皇庁側はこともあろうにその申請を却下したのである。その理由を訊く為、ローマ法王にも拝謁した。
 アリアはその時のことを今でも昨日の事のように思い出すことが出来た。今までも、これからも、永久に敬愛と忠誠を誓い、魂すら捧げたカソリックとその代理人たるローマ法王が、自分の訴えを不当であるとして退けたのだ。その一件が、アリアの心に重く圧し掛かっている。
――私の訴えは間違ってはいない…
 アリアは信念をもってそれを実行しようとしただけだ。ヨハネもそれを知っているからローマまでついていった。
 なんとも言えない思いを抱いて、ヨハネはアリアを見つめた。
 アリアもヨハネは黙ったまま、遠き日の思い出に心を馳せた。
 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *
「聖下、何故にお許しいただけないのでしょうか!」
 執務室にアリアの声が木霊する。
 部屋に集まった何人もの司教や枢機卿が低く笑うのに、アリアは拳を握って耐えた。
 最も人格に優れ、敬愛されている神の代理人は、緩く首を振ってから、諭すようにアリアに言う。
「貴女が人々を守りたいと思うのはよく分かります。しかし、そのような強力な…毒性の強い武器を作るのを、私は黙って見てることが出来ません。殺されるのは私たちの同朋であった人間達ですよ? 天の父なる主に、私は一体どうやって許しを請えば良いというのでしょうか」
「……」
 アリアは唇を噛み、そこまでローマ法王に言わせてしまったことを恥じた。
 第二次世界大戦中、共産政権のポーランドにおいて聖職者や信徒が生きていくのは並大抵の苦労ではなかった。神を阿片と呼んだ痴れ者どもの名は共産党。我が政党を宗教と、共産党がしようとした中で、彼は一歩も怯むことなく神と共に生きた。
 アリアはそのローマ法王に、聖父(ホーリーファーザー)に対して自分がしてしまったことに打ちひしがれていた。
 生前の行い…それが例え許可を下ろすだけであったり、見ているだけであったりしても、止めなかった事は明らかに罪になる。己が身を投げ出して守るべきローマ法王に、そのような事を言わせ、考えさせてしまったのだ。
 天よりも地よりも、自分が知っている。それが何より善悪を見るべき目なのだ。知ってしまった事は無かったことにはできない。
 それがどういうことか、アリアにはよく分かっていた。それでも、脅威とは戦うべきだとアリアは思う。たとえ、自分が第二のイスカリオテのユダと呼ばれようとも。
「あのぅ…聖下」
 ヨハネは緊張でどもりながら言った。
「何ですか、ヨハネ神父?」
「あ、あの…えっと…」
 柔らかな声音で名を呼ばれ、ヨハネの心音はさらに高まる。
 偉大なる教師の前に立たされた生徒になったような気分だ。眩暈さえしてきた。それでもヨハネは一生懸命話し始めた。
「き、危険が迫っているんです…あの…誘拐された人もいますし。東京だって…大きな被害がありましたし」
「それで?」
 東京と聞いて、ローマ法王は愁眉を寄せた。
 親日家として有名であったから、ヨハネにはとてもそのことが言い難い。ローマ法王の出身地であるポーランドは、ヨーロッパの中でも珍しく日本の情報が正しく伝わっている土地だ。『桜の舞う地』『日出る国』…そう呼ばれ、日本はポーランドの人々に愛されてきた。
 ローマ法王の気持を思えばこそ、ヨハネは話し続けた。
「僕、吸血鬼に噛まれて食屍鬼みたいになった人たちを見ました。食い止めるためには必要だと…思うんですけども」
「わかりました…。しかし、知ってしまった以上は、それを許可する事はできません」
「聖下ッ!」
 アリアは叫ぶように言った。
 背後で咳払いが聞こえ、「静かにせよ」との意味合いを込めた視線が、各司教たちからアリアに浴びせられた。
「今日はゆっくりと休みなさい…明日になったら、久しぶりに市街観光でもすると良いでしょう」
 そう言うと、アリアに退出するよう命じた。
 その途端、司教たちはこっそりと言い合った。
「麻薬を摂取した吸血鬼や人間にこの薬を注入すると、麻薬成分が増長されて身体の運動機能が崩壊するのだそうですよ」
「凶悪ですね」
「許可を直々にもらいにくるとは…」
「特務第二局局長は何をやっているのか」
 口々に言い始める声に、アリアは唇を噛む。現場で働き、神と生きる自分と彼らは違うのだと分かってはいても、なかなかに堪え難いものがあった。許可が下りなければ、あの許されざる存在を消す事ができないのだ。
 ワクチンを作るより、自滅させる自壊薬を開発する方がプロセスが短く容易に製作できる。何度も考えた上で、自壊薬の開発を提案したのだ。
「では…失礼いたします」
 アリアは何も言い返さずに執務室を出て行った。
「では、僕も…」
 そう言ってヨハネが踵を返そうとした時、ローマ法王は手招き、ヨハネとユリウスに声を掛けた。
「ヨハネ神父、ユリウス枢機卿」
「「はいっ?」」
 師弟は異口同音に言った。
 その声音もタイミングもまさしく設えたようにぴったりだったので、ローマ法王は破願していた。
「あなたがた二人はここに残るように」
「えっ!」
 いきなり居残りを命じられ、ヨハネは出ていったらいいのか悪いのか分からなくなり、二の足を踏んだ。
「私は彼女だけに外に行くようにと命じたのですよ?」
「あ…そうでしたか…ごめんなさい」
 ヨハネは恥ずかしそうに頭を掻いた。
 ローマ法王は振り返り、その場にいた司教と枢機卿達に退出を命じる。
「私は二人に話があります。みなは出ていくように」
「し、しかし!」
「若い彼に経験した話でも聞かせてもらおうかと思ったのですよ」
「しかし、聖下」
 司教たちは慌てて止めようとしたが、法王の笑みに毒気を抜かれ、皆はやや俯き気味になる。
「まあ、良いではないですか」
「はぁ…では、失礼いたします」
 すごすごと引き下がり、ユリウスとヨハネを残して執務室を出て行った。皆が居なくなり、執務室が静かになると、ローマ法王は二人の方に向き直ってまた微笑んだ。
「ヨハネ神父。どうですか、日本は?」
「は、はいッ! 何て言うか…楽しいところです。友達も…できたし」
 それだけではない。胸をときめかす甘い想いも知ることが出来た。何もかもが学校という素晴らしく尊い籠から出て行くことで得たのだ。
 ヨハネはそう確信して言った。そして、それを知らずして、師匠の方がとんでもないことをのたまう。
「そうですよ、友達も、馴染みの店も…そうそう。東京には良いケーキ屋さんとか本屋さんとかがですねぇ……」
「げ、猊下ぁッ! やめて下さい、そんな…ケーキとか、本とかっ」
「ユリウス枢機卿の相手は大変でしょう?」
 泣きそうになるヨハネにローマ法王は笑って言った。
 親しみを込めた言葉と笑顔に、ヨハネは「もしかして、この方は何か知ってらっしゃるのでは?」と二人の関係について考えてしまった。
ユリウスは色々と不思議な所の多い神父だ。出会った時の、あの『教会の異端裁判史をめぐる国際シンポジウムについて』の講義での事を思い出す。あのころのヨハネは安穏とした学校と言う名の鳥籠の中に居たのだ。
――何かあるのかなぁ…
「あの…そのぅ…。…聖下は…やっぱり猊下のことにお詳しいのでしょうか?」
「もちろん…貴方よりは」
「やっぱり…」
「ヨハネ君。私、貴方より聖下とお付き合いが長いのですよ?」
「そうですけど〜」
「まあまあ、ヨハネ神父。…ところで、昼食は食べましたか?」
「え? いいえ…まだですが…」
 不意にかけられた言葉に、ヨハネは意味が分からなくて目を瞬かせた。
「では、三人で昼食を…」
 そう言ってローマ法王は、自らパンとぶどう酒を持ってくる。そして、にっこりと笑った。その瞬間、ヨハネは胸の奥を強い衝撃を感じたように思えて、ローマ法王を見つめ返していた。
「聖下…」
「さぁ、こちらに来なさい。私と同じ名を持つ青年よ。貴方の未来が、主の栄光と共にありますように」
「は、はい…」
 ヨハネは法王の前に歩いていった。そして、三人だけのミサが始まる。そして聖変化へと続いた。
「神はあなたとともに存在(あ)る。心を高く掲げよ。そして、神に感謝という名の捧げ物を届けよう。神は全てをわたしたちに与えたのだから」
 ぶどう酒とパンに手をかざし、「神よ、これを祝福し、受け入れ、真(まこと)の捧げ物としてください。わたしたちのために。あなたの最愛の息子、主・イエス・キリストの御身体、御血になりますように…」
 それらを捧げ跪く。何度も、神とミサを受ける者のための言葉を紡ぎ、法王は跪いた。
「神に平和がいつもありますように…」
「「パーチェ(平和を)…」」
 ヨハネは震える声で言う。ユリウスは小さな声で言った。
 感動が嵐のように体の中を突き抜けていくようであった。ありとあらゆるエネルギーが天空から伸びてきて、自分の中に入ってくるようだ。細く強い光が、まるで自分を生かす点滴のように流れ込んでくる。聖体拝領を受け、ヨハネは頬を紅潮させる。
 自分達だけのミサ! なんと言う光栄だろう!!
「…せい…か…ぁ…」
 瞬いた睫が涙を攫う。
「日本はあなたにとってどんな国ですか?」
 そう言われて、ヨハネは日本を思い出した。
 並ぶ店やビル。夏休みの商店街で打ち水された少し誇りっぽい地面の匂い。蝉時雨。霞みがかる桜を炎の色に染める夕焼け。惣菜の匂い。午後五時前の店員さんに「ありがとう」とヨハネが言えば、疲れた顔に笑顔を滲ませて同じように「お気遣いありがとうございます」と返してくれる。町内会の催し物に積極的に参加する若者達。笑顔、笑顔、笑顔…
「学校…ううん…。か…ご…籠から…飛んだ鳥が見たのは……」
――楽園でした…
 その言葉を聞いて、法王は頷いた。
 東の海に浮かぶ淡い花咲く国は日出る国。大海に浮かぶ蓮の花のような国であるからこそ、ヨハネのような優しい青年を迎え入れてくれると法王は確信していた。
「でも…ぼくは…皆の足を引っ張って…。落ちこぼれてま…」
 ヨハネは僧衣服の袖で涙を拭こうしたが、ふいに目の前に見え、彼の涙を拭っていったのは白い法衣の袖であった。
「…ぁ……」
「神の平和のために、人々の平和のために、あなたの心の平和のために戦いなさい。比べるのは、神とあなたの間だけにしなさい。けっして…けっして、他人と自分とを比べてはなりません。そこにあるのは終わりのない戦いと、荒れ果てた大地のようにやせ細った心だけです。わかりますか、ヨハネ神父。あなたはあなた自身と共に戦うのです」
「でも、どうやって? 僕にできることは…かぎられているのに?」
「ヨハネ神父…危機は私を育ててくれました。ポーランドに居たころは、危険ではない所など無かった…。常に危機は私たちと友達なのです。きっと、あなたのことも育ててくれるでしょう」
「みんな…すごいんですよぅ…。おいてきぼりです…」
「早いランナーがいつも勝つのではないのです。主があなただったなら、諦めることはけしてしないでしょう。だから、あなたも同じように諦めなければ良いのです」
「僕も…?」
「負けてしまえば、心を、魂を育ててくれるあらゆる事象が…喜びや哀しみや、それそのもの全てが消えてしまうでしょう。永遠にわたしたちが生長することはなくなってしまうのです。だから、私たちがずっと学んでいけるように、あなたは戦うのです…皆のために」
「はい…」
 ヨハネは小さな声で言った。しっかりと。
 見つめれば、優しい笑顔がヨハネを温めてくれる。ヨハネは涙を拭いて頷いた。
 吸血鬼と戦えとは言わぬ人の言の葉に…優しさ、暖かさ、大きさを感じる。ヨハネは法王の御手に接吻をして別れを告げた。ユリウスとヨハネが部屋を出て行く時、ローマ法王はその名の通り父のように微笑んでいた。
「行ってきます…お父さん(パ―パ)」
「行ってきないさい…ヨハネ神父」
「はい…」
 明るい太陽が中天にかかる。
 追いすがる闇を払うかのように、天の栄光は彼の頭上で輝いていた。

●Tokyo Millennium City
 麻薬の解析等により吸血鬼への対抗手段の開発に成功はしているものの、本来の目的の麻薬への対処としての中和剤・浄化薬の開発には至っていない。皇騎以下宮小路家の開発支援スタッフは試みを続けていた。
「解析の成功データはまだですか?」
 皇騎は言った。
 スタッフの一人は力無く首を振る。
「もう一度お願い致します」
 この数ヶ月間、この言葉を何度繰り返しただろうか。
 研究はあくまで共存の為の誠意として行っているのだが、吸血鬼側もさすがに一族への信用の問題があることから表立って協力が出来ないでいた。その度に人間側から抗議が出るのだが、その反発を押さえるために皇騎は開発を中断しても説得に向かっていた。
 独自の調査として不審な行方不明事件がないかの調査を進める一方で、前回に破壊された施設や病院の復旧・支援に尽力する。これら研究成果・各所からの状況確認等は、定例報告会を開き発表していた。無論、場所はお馴染みの草間興信所。他の場所で会議をするのは、内容が内容だけに難しい。建物が古く、把握しやすい興信所のビルの方がかえってやり易かった。
 独自に情報センタを設置し、平時の情報共有および事件発生時には、各方面との連携がスムーズに行える様にそれは配慮されていた。一方で装備拡充の為、『雷甲牙・改』の改装&機能アップおよび基本スペックの他所への提供も行い、小競り合いや事件が起きるたびに対処していく。
 本当のところは、可能であれば吸血鬼側の独自の科学を参考に出来ないかと皇騎は思っていた。故に、今日はヒルデガルド嬢がやってくるということもあって、皇騎はその申し入れをしようと興信所で待っていたのだった。
 そして、彼女はやってきた。
「こんにちは、ヒルデガルドさん」
「あぁ、こんにちは。Mr.宮小路」
 彼女はかすかに笑う。
 背後には田中裕介が護衛としてついていた。
 母親からの依頼で、ヒルデガルドの護衛と監視をしているのだった。今、この情勢で彼女を単体で行動させるには色々と組織間の軋轢などで不都合が起きる。調停委員会の方としても問題があった。故に委員会から裕介を派遣すると言う形で彼女についたのである。
 それでも彼女がが本気になれば監視などは役に立たない。あくまでも監視は名目ということにしていた。
「私のことは皇騎と呼んでくださって結構ですよ」
「そうか…では、皇騎。貴方はこの私に何か頼みがあると訊いたのだが、本当か?」
「はい。実は…可能であれば、あなた方の独自の科学を参考に出来ないかと思っているのです」
「ほう…そうか。では、問題を出そう。解けたら考えても良い」
「も、問題??」
 これには皇騎も吃驚した。祐介の方はと言えばいわずもがなである。どんな問題が出るか分からないので裕介は黙っていた。
「そうだ。これが解けないようでは、協力も何も無いだろうと思ってな」
 それだけ言うと、ヒルデガルドは零に紙とボールペンを借りた。それを皇騎に渡す。
「では、問題を言おう。nが2より大きい自然数であればXn+Yn=Znを満たす、自然数X、Y、Zは存在しない。これを証明せよ」
「えぇッ!」
 いきなり難問が飛び出して、皇騎は大いに慌てた。言われた事を紙に書いていく。
 祐介の方は…さっぱり分からないどころか、問題の意味さえも分からなかった。
 そして、皇騎は解き始める。
 例えば、n=2の場合、32+42=52となり、(X=3,Y=4,Z=5)は1つの解となる。有名なピュタゴラスの定理だ。だが、n≧3の場合、Xn+Yn=Znの、自然数解X、Y、Zは存在しない 。
 皇騎は必死で紙に書いていくが、結局、満足な答えは得られなかった。
「む…無理です…」
「そんなことでは技術的協力も出来ないな…。協力の前に技術的理解が必要だ。何か丁度良い部品があったら、そちらに譲渡しよう」
「は、はい…では、答えは?」
「有理数体上の楕円関数は全てモジュラー楕円関数だ。X2+Y2=□ X2−Y2=□を式1として、式1を掛合わせ、X4−Y4=Z2となる。これを式2とし、式2に自然数解X1,Y1,Z1があると仮定すると、ピタゴラスの定理を使って、式1の2連方程式に別の自然数解X2,Y2,Z2(X1>X2)が存在することになる。この操作を続けるとX1>X2>X3>……となり、無限に続く減少列があることになり、矛盾する。だが、この方法を使って、n=4の場合は証明できるな。X4+Y4=Z4はZ4−Y4=(X2)2だ。この証明方法が正しいという事も証明できる。ゆえに双方は正しく、そして証明される」
「は…はあ…」
 ガックリと項垂れ、皇騎は眉を顰める。
「愛いやつだな…皇騎」
「うぅ…」
「では、宿題を…」
「えっ?」
「簡単だ。素数は無限個あることの証明をせよ」
「素数は無限個あることを…ですか?」
「そうだ」
 またもや難問がやって来て、皇騎は悩みつつ紙に書き写す。そして、少しよれよれになりながら開発現場へと帰っていった。
「ヒルデガルドさん…」
 裕介は言った。
「何だ?」
「今の問題って…」
 定時連絡以外は自由にして良いと言われているので、裕介は終始護衛として彼女に付き従いながら積極的に色々な話をして仲良くなろうとしていた。
「あぁ、こちらが提示する方程式や理論、概念に対応できるだけの知力が備わっていなければ協力し合うことは難しい」
「でも、彼は相当に秀才だったはず」
「考え方そのものが、我々と人間とでは違うのだ」
「な、なるほど…」
「さて、報告書とやらは揃っているのか?」
「え? あぁ、それならこれだったと思う」
 そう言って、資料などを渡した。
「何だ…教皇庁の方は動いていない? …それは嘘だな。ありえない…」
「だろうな…何も無いってことは、『裏で何かしてる』か、『何もしてない』かのどちらかだと思うけど。教皇庁の威信にかけて、情報が集まらないというのは無いと思うしな」
「まぁ…そう見るのが正しい」
「で、宿題の答えは…?」
「貴方がそれを考えるべきであろうよ。答えだけを求めては、人生の楽しみが失われるというものだ」
「なるほど…」
「では、帰るとしようか」
 ヒルデガルドが立ち上がったTころで、智恵美と明日菜がやってきた。ドアが開いて、いつもどおりの笑顔で、手には和菓子の折り詰めを持っている。
「あら、裕介」
「母さん…」
「ちゃんとお守り『されてる』?」
 そんなことを言って智恵美は笑った。
「され…されてるって…」
 『してる』はなく『されてる』と言われ、裕介はあながちそれも嘘だとも言えない状況にがっくりと肩を落とす。
「まあ、頑張りなさい。さて、今日は麻薬の解析と解毒剤の開発、並びに各関係組織との連携についての資料を持ってきましたから読んでおいてくださいね」
 智恵美はヒルデガルドに分厚い資料を渡す。
「おや、調査員の一人が捕まったと…?」
「えぇ、鰍さんですね。訳を話して解放されたみたいですけど」
「災難だったようだな…」
 そう言ってヒルデガルドは報告書を捲る。
 このような仕事をこなしている間、無論、智恵美は調停介入の方も行っていた。平たく言えば、『こそこそして一人で先走りしないようにと組織間をかけずり回ってすりあわせをする』である。特に、今回は色々と裏で動いてお互い牽制しそうな組織ばかりがありそうに感じ、トップ間を常に動き回りっていた。
 特にロスキールの身柄が不明である事に各関係者は神経をすり減らしている。だから、間に入って多く連絡をとるようにしている。それには愚痴を聞くと言うのも含まれていたのだが。
「まだ…見つかっていないみたいですけれど」
「見つかっていない?」
 ヒルデガルドは智恵美の言った言葉に不思議そうに返した。
「何故だ? 九十九課の人間が連れて行ったのだろう?」
「えぇ、最初はそのようです…しかし、病院側が面会謝絶を理由に情報を…というか。ロスキール氏の姿を見せないようにしていた疑いがあります」
「病院? 本当ですか、母さん」
「えぇ、本当よ。塔乃院氏の方も仕事の関係上、何時までも傍に居られるわけではなかった…と言うか、何者かが現場から一旦外してしまったようなの」
 信じられないといった風に智恵美は肩を竦めて見せる。
 その当事者である塔乃院の立場は警察の中でも高い位置にあった。下手をすれば警視庁のお偉方も彼の手によって、その身の不幸を嘆かねばならない立場に置かれてしまうだろう。それほどに、その力は強いものだった。
 しかし、リスクを省みず、塔乃院を遠ざけようとした輩が居るらしかった。
 各組織の間は大げさになるまでは『見なかった』ことにするつもりではあったが、ロスキール氏の身柄を下手打って奪われた組織の吊し上げにかかっていた。
 さすがに、監査委員会の役員の末席を貰っているだけあって、智恵美の情報はなかなかに興味深い。
「それは…相当に怒っていただろうな」
 ヒルデガルドはなんとも言えない表情で言った。
「まぁ…塔乃院相手に勇気のある…というか、無謀と言うか…どちらに対してもご愁傷様と私は言うべきなのだろうな」
「本当にねぇ…」
 あくまでものんびりと言う智恵美であった。
 不意に携帯が鳴り響き、智恵美は慌てて電話を取る。
「もしもし…はいはい? えーっとですね…はい、あぁそうですか。ちょっと待ってくださいね」
 智恵美は携帯の電話口を押さえて振り返る。
「…すみません。ちょっと、研究所の方で、トラブルがあったみたいなので帰りますね。たいしたことは無さそうですが…気になるので」
「そうか…では、気を付けて」
「えぇ、ヒルデガルドさんも。…あぁ、忙しい忙しい」
 智恵美は三月兎のように大慌てで出て行った。
 母親が去っていくと明日菜がヒルデガルドの方に向き直った。本当なら裕介の居ない所でと思っていたのだが、余り時間が無いために、そのことは諦める事にした。
「ヒルデガルドさん。折り入ってお願いが…」
 明日菜は神妙な表情で言う。
 そんな様子にヒルデガルドはクスッと笑った。
「何だ…私に出来ることであるのなら構わないが」
「本当ですか?」
「時と場合によるが…一体、何が望みなのだ?」
「あなたの血です」
 明日菜はキッパリ言った。
 アンティークショップレンに盗みに入った虚無の境界が誰でどんな人物かを調べる間、ずっと考えていた事だった。
 麻薬は母親が解析出来なかった素材の二つ。特に全くわからない物に関して成分合成から予測しえる物を探していたのだが、どうも見つからない。
 同時にレンから盗まれた小瓶の科学的解析、並びに同等の物ができるかどうかを検証していた。明日菜的にはこの世界ではなく、吸血鬼の世界で作れるのではないかと考えていた。
「手に入るのなら、ヒルデさんの血とロスキールさんの血を比べ合わせて成分を調べたかったのですけど。もちろんあなたのデータは公表しないとの約束します」
「ロスキールのは見つかったのか?」
 ヒルデガルドは平坦な声で言った。
「いいえ…ありません」
「すまないが…それに応じる事は出来ない」
「何故ですか?」
「理由はただ一つ。解析できないからだ…」
「え?」
「謎は多いのだよ。では、裕介…私は帰ることとするよ。もしも、お前が暫く私を護衛するというならついてくるといい。城に部屋を用意しよう」
「まぁ…お役目だしな」
「なるほど…では、行くぞ」
 それだけ言うと、明日菜を置いて二人は事務所を出て行った。

●Millennium City Rome
 帰省後、ヨハネハ教皇聖下及び報告すべき聖庁機関の重役へ、事件の中間報告書を作成していた。元々はユリウスの仕事なのだが、彼がするわけも無く。ヨハネが製作していた。
 今までの出来事全てを順を追って思い返して整理し、打ち込んでいくのだが、その度に自分の無力さや非力さを痛感していた。
――やっぱり、人に頼りっぱなしだったし。
 様々な人が死んでいったこと、争いや戦いといったものへの恐れ。厭いの感にヨハネは陰鬱な気分になる。ヨハネは溜息をついた。
 数日後、レポができると、二人と共に教皇のいる会議等で口頭で説明した後、薬物製造許可をアリアが求めた。しかし、その願いは却下され、自分はミサを受けたのだった。
 ふと、ヨハネはその後の事を思い出し、おかしくて噴出した。
 ミサの後、足元の覚束無いままにアリアのもとに帰った。部屋で話し掛けられてもヨハネはずーっとぼんやりしていたのだ。
 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *
「こら!」
「は、はいっ?」
 先輩であるアリアに怒られ、ヨハネは文字通り飛び上がった。
「何をボーっとしてる」
「ぁ…ちょっと、どうしようかなって…」
「何がだ」
「また…失敗とか…その、ちっとも僕ってば…」
「何だ、だらしがない」
「は、はいっ」
 二人になったのに油断して、思わず弱音を吐いたヨハネは叱られてしまった。
「ミサを受けたというのに…まったく」
 ボソリといったアリアの言葉に、ヨハネはぱっと顔を上げる。その刹那、アリアはフンッといった風にそっぽを向いた。
「聖下が才能のないものに戦いを任せ、祝福などするかっ」
 そっけなく勇気付けると、アリアは眉を顰めて黙る。
――もしかして…拗ねてま…。…じゃあなかった。気にしてくれてます?
 ヨハネは先輩のぶっきらぼうな、そして思いやりある言葉に笑顔になった。
「あのぅ…」
「そんなに嬉しそうに笑うな、馬鹿者! しっかりやるように!」
「は、はいっ!」
 ヨハネは元気に答えた。
 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *
 ヨハネにとって帰省は楽しいものであったが、アリアにとっては苦しいものだった。薬の開発には、ヴァチカン本部の施設・研究者を総動員し、また、聖遺物の使用許可ももらい短期間で薬完成させるつもりであったが、完全に却下されてしまってはどうにもならない。仕方なく、日本への帰還に際に、こっそりと専門スタッフを予定の半数だが連れて行った。それに失われたトスカーナ聖堂騎士団の補充人員も引き連れて行き、次回の紫祁音との決戦に万全の体制で望めるようにする。
 どこからでもかかって来いといえないのが辛いが、時間さえあれば、今後に繋げられるだろうとアリアは思っていた。
 そして、ヨハネのほうもユリウスにジェラート食べに連れ出されて元気をもらったりしていたようだ。アリアの思った通りに事は進まなかったが、まずまずと言った所で妥協するべきなのかもしれないと己自身を納得させた。

●再び、工場跡地へ
 魅月姫は工場跡地に来ていた。
 個人的興味からユリウスとヒルデガルドに対する協力に傾いていた魅月姫は、問題の麻薬が入っていた小瓶と中身にも興味を示し、確かめに保管場所へと向かったはずであった。
 影と闇のゲートによる転移で入り込んだと思った刹那、魅月姫は工場跡地に来ていたのだった。
「可笑しいですわね…」
 あたりを見回せば、一面の平地。工場のあった場所は、数ヶ月前に爆音とともに吹き飛ばされていたのだった。
「何も無いのですね」
 つまらなさそうに魅月姫は歩いていき、見慣れた姿を発見して立ち止まる。そこに居たのはアリステア・ラグモンドだった。
「あら…あなた、こんなところで何をなさってるのかしら?」
「あ、魅月姫さんでしたっけ? こんにちは〜。ええっと…足跡などを追うのは、多分、他の方たちが既にやっていると思ったので、こちらに来たのです」
 教皇庁の手に入れたという麻薬の解析に必要な情報を求めて、麻薬精製工場跡地に来たアリステアは更なる犠牲者が増える前に、対抗する術をつかみたいと思っていた。
「何もありませんわよ」
「案外、隠し扉とかあったり、隠し棚にデータがあるかも…なぁ〜んて思ってたんですけれど…」
「そのようですわね。…しかし、保管場所に飛んだつもりでしたのに…こんな所に出るとは」
「保管場所ですか〜?」
 ほんわかとアリステアは春の陽射しのような印象の声で言った。
「そう…最悪の場合、レン辺りにでも出るかと思いましたけど」
「おや…そうなんですかぁ〜。案外、保管場所と関係が無いわけではないのですね〜」
「関係…」
 魅月姫はアリステアの言葉に何かを見たような気がして黙り込んだ。
「?」
「もしかしたら、本当に関係があるのかもしれませんわね。保管場所…レンもある意味保管場所ですわ。しかも、あの蓮さんでさえ顔を見ることも無く盗まれたと…」
「蓮さんが見ることが出来なかったなんて不思議ですよねぇ〜。…あ、そうだ。きっと、見なかったんですよ…見ることが出来なかったんじゃなくて」
「はい?」
「えっと…例えばなんですけれども。見なかった…つまり、見る必要が無かったから、『見なかった』んじゃぁ〜ないかと思うんですけれど。それって的外れですしょうかねぇ〜」
「見なかった…。蓮さんが見なくて良いものと言ったら何なのでしょう?」
 魅月姫は何かが引っかかって、その考えを打ち消す事が出来なかった。多分、それが何かの鍵になるのではと考えられた。その考えを取りまとめ、次の疑問と推測につなげようとした刹那、二人を白光が襲った。
「魅月姫さんッ!」
「クッ!」
 魅月姫はすんでのところで避けると体勢を整え、エネルギー弾の飛んできた方向へと顔を向けた。
「うわぁ〜、本当に居たっ! なぁ〜んだぁ…また小蝿が飛んできたよ。まったく、夢の島に近いからって、そう飛んで来る必要ないと思うんだけどなぁ」
 のんびりとした声が辺りに響いた。
「こ、子供の声?」
 アリステアは意外な気がして目を瞬かせた。辺りを見回しても誰も何も見えない。
「おーっと、探したってムダだよ、綺麗なお兄さん……あ、あれ? アンタってば、神父? へぇ〜、意外だね」
「え?」
「隣に居るの天敵じゃん。…へぇ〜、そういうの良いよ。楽しめそう♪」
 屈託ない声で笑った。声からして十歳やそこらの少年のようだ。報告書を読んだところ、『NIGHT CHILDREN RENTAL SHOP』という存在があるのをアリステアたちは知っていた。もしかしたらと思う気持が無いでもない。
「あら、随分と賢いんですのね。あなた、私のモノ(下僕)になりませんか?」
 魅月姫は冗談で言った。口の軽いお子様はおよびではない。
「やぁ〜なこったぁ! 血の匂いのする女は嫌だよ。ホント、頭くるよ。あいつってば、捕まっちゃうんだもん。面白いことになりそうって思ったのにさぁ」
 ふと見れば、小さな少年が電柱の下に立っていた。栗色の髪に、そばかすだらけの可愛らしい顔。それに反して瞳に踊る感情の色は邪悪そのものだった。
 偶然通りかかった通行人を一人抱え込んで笑っている。手には細いナイフを持ち、喉元を掻き切ろうとしていた。
「チャオ〜♪ 顔見せてあげたヨー」
「た、たすけて…」
 か細い声が聞こえる。
 捕まった人間は震える声で訴える。自分よりも小さな子供の手を振り払う事も出来ずに怯えていた。
「喋るなよ」
 少年は無造作にそれを振るった。
 赤いものがポタポタと落ちる。
 ニイッと少年は笑った。そして、まるで人形でも投げるかのようにそれを投げれば、何度かバウンドして転がっていく。
 あらぬ方向に曲がったそれを少年は嘲笑う。
「あぁ、壊れちゃった。アンタは玩具? それとも遊んでくれる人? すぐに死んじゃ嫌だヨ。僕ってば暇でしょうがないのさ」
「あなたはもしや…」
「ディサローノだよ、ミスター。生かしておいてあげるから、殺されにきてね。たっぷりと苛めてあげるから」
 そして、一頻り伸びをすると、少年は立ち上がる。
「あの女が五月蝿いから帰るね。ホント…うざーい」
「ま、待ってください!」
「い・や」
 それだけ言うと、少年は文字通り消えた。

●カーニンガム邸にて
 セレスティ・カーニンガムは深い溜息をついた。
 そんな姿でさえ美しいと執事は思ったが、その考えもすぐに振り払う。この方は、笑顔でいる時が一番美しいのだ。そう思って執事は、思いついてしまった己の愚かな考えを捨てようとした。
 仕事用にと使っている部屋の椅子の上で、今日何度目の溜息をついたのであろう。何度となく、その物悲しいような気持にさせる憂いを含んだ吐息の音を、執事はぼんやりと聞いていた。
「セレスティ様…お加減でも悪いのでしょうか?」
 執事の声を聞いて、セレスティは顔を上げた。
「あ…すみませんね…疲れただけですよ。心配かけてしまいましたね」
「いいえ…そんなことはございません。わたくしめは構わないのですが…その、何かおありなのですか?」
 執事は訊いた。
 本当は検討がついている。
 あの事件だ。あの忌まわしい事件。
 執事は思い切って訊いてみる。
「あの…まさか…あの事件が…」
「いいえ…いいえ、心配なさらなくても大丈夫ですよ。今…行方不明者がいると聞いて心配なだけです」
 そう言ってセレスティは笑った。
 そんなのは嘘だ。でも、自分は嘘をつかなければならない。でも、でも…ロスキールが行方不明だといわなければ良いだろう。そして、自分が彼を探そうと思っていることも。
 それを聞いて、執事は安心したように笑った。行方不明者がいて笑うなぞ言語道断なのだが、また主人がどこかに行こうと考えているわけではない事が分かれば安心できるのだった。
「そうですか…お悔やみ申し上げます」
「えぇ、本当に…」
 セレスティは気も漫ろに答える。
 ロスキールが塔之院に抱えられ病院へと収容した事を考えれば、その間の状態を逐一記録を残しているだろうと見当をつけることが出来た。
 吸血鬼側、教皇庁側、九十九課が互いの利益を考えると、自側に有利になる事は漏らす事は無いだろうと予想できる。連絡を取ろうとしても連絡は取れない。何かの事件に関わっているのだろうかと思うのだが、塔乃院に直接聞く事が出来なくて少々焦っていた。
――何故、連絡が取れないのでしょう?
 しかし、連絡が取れなかったとしても、そのままにしておく事は出来ない。セレスティは秘密裏に修復した病院の見取り図と、修復する前の見取り図を入手し、違った箇所があれば隠密に調査していた。
 修復した箇所は本棟全部と救急医療センターの半分。看護棟の一部も改装している。長年使っていたところをついでに新しくしたと業者は言っていたが、多分それは嘘だろう。
――ここかもしれない…
 セレスティは思った。
 病院の管轄が九十九課ならば、簡単にロスキールを逃がしたりしないだろう。どう考えても捕まえたその日にロスキールが逃げる事は叶わない。かといって、塔乃院が隠してしまったと考えるのも軽率だ。彼はそういう性格ではない。派閥に合わせて意見を買えるような人でもないし、弱い人物でもないのだ。
 塔乃院に何らかの事情が起こり、動けなくなっているのかもしれなかった。セレスティはそう納得して自分で行動する事にした。
 幸いにして自分には、前回あのようなことが起こっている。それを理由に診察して貰う名目で内部の人間と接触すればいい。今回はモーリスもすぐ近くまで連れて行こうかと思っていた。
 セレスティは決心すると執事に言った。
「モーリスを呼びなさい」
「えっ? どうなさったのですか?」
「今日は病院に行く事になっているのです。ここのところ、用事が多かったですしね。帰りに買い物を済ませてくるつもりですし」
「えっ? そんな予定が? では、運転手を…」
「いいえ。今日はモーリスと出かけますから」
 セレスティはやんわりと言った。
 早くしないと時間が無い。明日には日の出桟橋へ行って、今の世界とは異なった線上にいる世界へと向かわねばならないのだ。
「さようでございますか」
 執事は退出し、モーリスを呼びに行った。
 セレスティは立ち上がり、ステッキを持ってゆっくりと歩き始める。着替えるためにセレスティは隣の部屋へと歩いていった。

●The shine to you.
「拘束や現状維持をするには最適な場所ですし」
「確かに…。でも、瀕死とはいえ、吸血鬼を拘束できる設備をいつの間に作ったんでしょうね」
「多分…事件に紛れてすぐに…。IO2か虚無の境界の関係者か…九十九課以外の関係者かもしれませんね」
「何故、九十九課以外なんです?」
 モーリスはジャガーXK8クーペ クラシックをゆっくりと月島方面へと向かって走らせる。
「塔乃院さんと連絡が取れません。彼はこのような形で裏切る人ではないはずです」
「なるほど…確かに」
「ほとんどは直感ですけれどもね」
 流れていく街並みをセレスティは眺めていた。
 橋を越えたら、彼のいる…ロスキールのいる病院はすぐ近くだ。そう考えると、あの日の感覚を思い出し、セレスティは甘い溜息を吐いた。
 モーリスは黙って運転した。あえてそのことには触れない。
「何も…何も無いと良いですね…」
 セレスティは言った。
 病院へ行く前にヒルデガルドに話し、保険をかけたのだ。ヒルデガルドはセレスティの話を黙って聞き、有事の際には助けに来てくれると約束してくれた。
――彼女の胸中はどうだったのでしょう?
 少なからず、ヒルデガルドは弟を愛しいと思っているに違いない。それだけにセレスティは胸の内が騒ぎ出し、言葉にはし難いが、しっくりとこないのであった。
 そんな事を考えていると、病院は目の前に見え、モーリスは病院の外に車を停めた。病院には地下駐車場があるのだが、何かあったときには逃げることが出来なくなる。だから、車は駐車場に停めないことにした。
「では、セレスティ様。行ってらっしゃいませ」
「えぇ、行ってきます」
 一度だけ振り返ると、セレスティは微笑んだ。
 そして踵を返して歩いていく。モーリスは何処までも見送った。

「すみません、藤原内科医院長はいらっしゃいますか?」
 セレスティは受け付けの女性に言った。
「は……い?」
 女性はボーっとしたまま、セレスティを見つめた。あまりにも現実から遊離した彼の美貌に、一瞬我を忘れて見つめ返す。
「…藤原内科医院長を……」
「あ、はいッ! 藤原ですね。少々お待ちください」
 若い事務員は我に返り、真っ赤な顔で立ち上がった。セレスティは少々苦笑をして見つめる。事務員は内科医院長室にすっ飛んでいった。
 そして、そんなに経たないうちに、内科医院長も彼女と同じようにすっ飛んできた。それもそうだろう、財閥の総帥が単身やってくるなど信じられない行為だ。
「い、いらっしゃいませ…ミスター・カーニンガム。ほ、本当にお忍びでいらっしゃったんですね。半分冗談だと…」
「あまり大勢で病院内を移動するのも迷惑ですし」
「は、はぁ…申し訳ありません」
 謝る必要なぞ全く無いのだが、医院長はひたすら謝る。そして、セレスティを診察室へ連れて行った。
 廊下を歩きながら、セレスティは辺りを注意深く見回した。
――ここではない…ようですね…本館は違うとすると…あとは看護棟?
 セレスティは窓の向うに見える真新しい看護棟を見た。
 看護学校の生徒と看護婦が研修などを受け、夜勤の者が常駐するそこは、不自然な事に搬入口があった。しかも、それはとても小さい。こんな大きな病院なら、もっと大きな搬入靴であってもいいはずだ。
 だが、何故に搬入口などあるのだろう。そこは明らかに必要など無いというのに…
――見つけた…
 セレスティは確信すると、金に目の眩んだ医院長たちの長話を頷いて聞いてやり、彼らの好きそうな話などしてやった。
「新しい設備や建設費がばかになりませんので…」
 そう言って男は笑う。
 セレスティは相手にわからぬように愛想笑いをした。
 随分と金に弱い医者たちだ。典型的な金銭飢餓病と言っても良いだろう。どっちが診察しているのかわからなくなる。思うに、この男たちには永遠に恵まれるという事は無さそうだった。
 セレスティに尽きぬ金脈があると分かるや、彼らは用心するということを忘れてしまったようだ。彼らが最も恐れるべき実験体泥棒がここにいるというのに、全く持って彼らは気が付かないでいた。
「では、何かありましたらご相談くださいね?」
 セレスティは微笑む。
「は、はいっ!」
 土下座せんばかりの勢いで礼をしていた。
「では…」
 セレスティはその場を去った。
 外に出ても看護棟には行ける事を確認済みだ。大まかな設計図も頭の中に入っている。看護婦や生徒たちのスケジュールは占うまでもなくわかる。
 人目につかぬように看護棟の中をセレスティは捜した。
 まず、地下にはいないはずだ。こんな低いビルで最上階にいることも無い。人気の無い場所で搬入口に近い場所。
――備品庫あたりの方が隠しやすいかもしれませんね…
 そんなことを考えながら備品庫の方に歩いていく。
――見つかりませんように…
 この向うにロスキールがいる。
 そう思うだけで胸の奥が苦しくなるのは何故だろうか。あの日、触れ合った肌が熱くなる。囁く声と受けた愛撫が今でも強く思い出せる。吸血鬼の持つ魔力に引き寄せられるように、セレスティは廊下を歩いた。
 どこかふわふわとした所を歩いているような気がしてくる。誰もいない廊下の向うに手招く手があるようで、我知らず体を火照らしながら進んだ。
 周囲を窺い、そっと備品庫を開ける。つんと鼻腔を刺激する各品の匂いに包まれながら、永遠の闇に漂う赫き香をセレスティは探した。
 不自然に置かれた備品棚の角を見れば、木が削れて動かした後があるのがわかった。その削れた場所は白い生木の部分が見えている。
「ここ…ですね…ロスキール…」
 そっとそれを退かすと、薄い板の向うに扉があるようだった。それをセレスティは退かし、扉を開けようと試みる。幸いにも数字を打ち込む型の電子ロックだった。
 神経を集中すれば、脳裏に見えてくる誰かの声。そして、誰かの手が数字を打ち込むのが見えた。
 セレスティはその番号を打ち込んみ、ドアを開けた。重い扉が軋みを上げて開く。セレスティは体を中に滑り込ませる。中は小さな小部屋になっており、向こう側に扉があった。金庫のような扉の向うは監視カメラの付いた無菌室になっているはずだ。
 一時期、赤坂を中心にヴァンパイアウイルスが蔓延した。人間にとって、その記憶が生々しく傷になっているのなら、余計にその確率は高くなる。
 セレスティはカメラの位置を確認しながら進んだ。次の扉を触り、前に来た人間の記憶を辿る。そして、鍵の番号とともにカメラの位置とスイッチを確認した。音も無く一番邪魔なスイッチに近付き切ってゆく。そうして、上手く死角を作りながらガラス張りの部屋に近付いた。
「ぁッ!」
 思わずセレスティは口を押さえた。
 ベットに横たわるロスキールの周囲には、切り裂かれた服が幾つも放置されている。それは真っ赤だったり、茶色く変色していたりと様々だ。その近くには、かつてロスキールが着ていたコートが血にまみれ、切り裂かれて落ちていた。
 ベットを見れば、力無く横たわるロスキールが目隠しをされて寝かされていた。腕は拘束され、危害を与えられないようにしている。
「まさか…」
 想像するに、彼は何度か解剖されかかったのだろう。もしかしたら、されてしまっていたのかもしれない。今の状態ではなんとも言えないが、相当に苦しかったであろうことは想像できた。
 セレスティは拘束されている手足を自由にしようと鍵を探した。部屋には監視用のモニターが設置されていたが、どうやら、このへやのなかだけでその情報を管理しているようでもある。セレスティはモニターに近付き、サイコメトリングでそのことを確認した。
――よかった…何とかなりそうです…
 セレスティは鍵を持つとガラスの扉を開けて中に入っていった。
 中は蛍光灯で明るく照らされていた。周囲に窓は無く。遮光用のカーテンをきっちりと閉めた天窓があるばかりだ。きっと、何かあった時に太陽光を浴びせようと考えていたのだろう。
 セレスティは有事の時を考えて固唾を飲んだ。しかし、幸いにして今は夕闇が世界を被い尽くしはじめている。多分、大丈夫だろう。
「ロスキールさん…」
 セレスティは呼んだ。
 拘束されたまま、幾度となく繰り返されるゆっくりとした呼吸は変わることが無い。彼はまったくセレスティの存在に気が付いていなかった。
「ロスキールさん…私です、セレスティです…」
 セレスティはロスキールに近付いて揺さぶってみる。その途端、ロスキールは暴れだした。
「ぅ…ぁ…わぁああああッ!!!」
「ロスキールさん、落ち着いて」
「いや…嫌だぁああ!」
「聞こえていない? ロスキールさん!」
 蒼闇の城の中で触れ合った時の自分とロスキールの姿が重なる。自由を奪われて愛でられたあの日。それを思い出して、セレスティはなんともいえない複雑な気持と、その淫に再び誘われる自分自身を感じていた。
――あぁ…
 セレスティはロスキールの口唇に指先で触れる。
「…ぁ……」
 ロスキールは小さな声を上げる。
 その声が何処となく可愛いような気がして、セレスティはゆっくりと何度も指先で触れた。動けなくとも、その乱杭歯を使うことがなくとも、この部屋に呼び込み、甘い快楽に誘うのは彼が生来持っているものなのだろう。
 何もかもが青に染まる夢が自分を飲み込んでいく。あの悲しくて懐かしい色が、吸血鬼の世界の哀の色が世界と自分を染めてしまう夢。甘美で即効性のある、そして中毒性のある蒼い麻薬と――彼。
(こっちへおいでよ、ミスター。寒いんでしょう? 暖めてあげるよ…もっとも、貴方の方が暖かそうだけど…)
――あぁ…
(貴方は暖かくて気持ちいいね)
――あなたは…?
(本当に? やめていいの?)
――今は…私は…
「…ぁ…う…。…だ、誰…?」
「…………」
 問う声に微笑む。
 今は、自分が主導権を握っている。またセレスティは微笑んだ。セレスティはちょっと意地悪をしてみようと、何度も彼の頬に指先で触れた。
「…ひっ…」
 緊張が彼に走る。
 恐れながら、惑いながら、誰なのかと息を潜める姿が可愛くて、そっと触れていく。
 きっと、何か何か怖い事があったのだろう。セレスティは震える彼を安心させるように頬にキスをした。
「だ…れ…?」
 今まで彼にそう言う風にしたものはいないのか、ロスキールは暖かい手と触れる唇の感覚を恐る恐る受け入れた。
「…姉上では……ありませんよ…ね?」
 姉がここに来るわけが無いと、ロスキールは続けていった。願っても昔には戻れないことの辛さと愛情が、胸の奥に苦いものを流していく。
――私です…セレスティですよ…
 セレスティは心の中で呟いた。
 彼が自分を好きだと言っていたから、セレスティの心にも苦いものが込み上げる。
「……っぁ…」
 今度は唇にキスをした。
「…んっ…ぅ…」
 少し体温の低いロスキールにとって、セレスティの唇はとても温かく感じる。目隠しをされ、相手が誰かもわからないのに、ロスキールにとってその温もりが、とても懐かしく尊いもののように感じて貪った。
 絡んで結び合うのは心か。ロスキールは緊張を解いていった。
 セレスティはそっと彼の夜着の裾から手を忍ばせる。さすがに、血の付いた服を見ると不安になる。肌に触れた手が濡れることは無く、血を流していないことはわかった。
 セレスティの長い銀髪がベッドの上に広がる。ロスキールの頬にセレスティの髪が触れた。
「お願い…目隠しを取ってよ。顔が見えない…貴方は誰?」
 ロスキールは懇願した。
 いつもの小悪魔的な彼とは違う一面に、セレスティはかすかに愉悦の笑みを浮かべた。
「誰か言ってよ…」
「あなたが私を…」
 セレスティは囁いた。
 その声にロスキールはビクッと身を跳ねさせる。
「…ぁ…。あなたは…」
「貴方が私を呼んでいたから…迎えにきました…」
――貴方がいつも…体中で、魂で、その声で、呼んでいたから…
 セレスティはやんわりと微笑んだ。
「セレスティ…?」
「そうですよ…遅くなってしまってすみませんね」
「セレスティ…セレスティ…本当に? 本当に?? 嘘じゃないよね。お願いだよ、これを外して!」
「えぇ、外してあげますよ…可愛いですね、ロスキールさん」
 そう言って、セレスティは微笑んだ。

●永遠と約束と貴方への捧げ物
「セレ…ス…ティ…」
「あぁ…無理をしてしまいましたね」
 そう言ってセレスティは笑った。
「…ぅ…。いた…い…よ…」
 やっと声を上げられるようになったロスキールが抗議する。
「ふふっ…あなたがいけないんですよ? そんなに誘うから…」
 そんなことを言って、セレスティはロスキールに口付けた。そして、目隠しを外してやる。乱れた髪を整えた。
「セレスティ…」
 涙に濡れた赫い瞳がセレスティを捉える。
 澄んで潤む瞳には真摯な思いが見えるかのようだ。まるで敬虔な信仰者のような目でセレスティを見つめる。セレスティは微笑んだ。
「何ですか?」
「貴方が…好きだよ…」
 掠れる声でロスキールが言った。
「はい…」
 セレスティは笑って答えた。そのことは、ずっと前から知っている。
 ぼんやりとした表情で、ロスキールはつたなく言葉を紡いでいく。
「あなたがいないなら…いくら空が広くてもしょうがないって。ずっと考えてたよ…ここは地獄だったから、何かを考えていないと狂ってしまいそうだった。奴らが…僕を嬲るから怖かった。僕の大好きな太陽が、僕の知らない間に何度昇っても…」
 紅い瞳から涙が零れ落ちる。
 セレスティは彼の自由を奪っていた特殊チタン合金の鎖を外して抱き起こした。ロスキールは力無くセレスティの肩口に顔を埋めて呟く。
「気が付いてしまったんだよ。すっと見たかったそれが見れなくても…いいって。問題無いって…そんなことより、あなたが…いなければ意味がない。こんな…愚かな朝に生きても…何の意味もないよ。こんな想いも…貴方がいなければ…」
「ロスキールさん…」
「好きだよ…貴方が」
 ゆっくりと顔を上げてロスキールが言う。
「えぇ」
「セレスティ…貴方は…? 貴方は…どうなのか知りたいよ」
 そう告白する彼の瞳を見つめ、セレスティは暫し考えた。
「私は…」
 NOと言い切ってしまうには、惹かれ合い過ぎている。手を離してしまうには理由が無さ過ぎる。互いに死が二人を別つまで、一体どれぐらいの月日があるのだろう。
 それはあまりにも遠すぎ、すぐに死んでしまう人間を手元に置いておくことを考えるよりも、充分な理由になるのではないか。
 胸の奥にある気持をなんと言って表せば良いのだろうと、セレスティは思案した。ここに来た理由も、睦みあうのも、善しとしなければ自分は動いたりしない。それは充分な理由だ。セレスティは得心し、顔を上げる。
 そして、穏やかな笑みを浮かべてセレスティはロスキールに言った。
「あなたが…私を呼んでいたから、迎えにきました。それが答えです」
「本当に?」
 半ば諦めていたのだろう、ロスキールはセレスティを見つめ返した。
「本当に…ここから出してくれるのかい…」
「もちろんですよ…行きましょう」
 柔らかくセレスティが微笑むと、ロスキールは抱きついた。
「…よかった…僕は貴方に酷いことしたから、嫌だって言われると思ったよ」
「ふふふっ…ちゃんと、今日は仕返しをさせていただきましたから、おあいこです」
 愛しいものを抱き寄せながら、セレスティは笑う。抱きしめれば、彼が少し痩せてしまっているのがわかった。
――酷いことを…
 セレスティは眉を顰め、唇を噛んだ。
 仲間や愛しいものには、彼は危険なほど愛情を注ぐ性質であったから、セレスティはここの狂った医者どもに容赦する気など更々無い。どんな意趣返しをしようかと、セレスティは考えた。
 セレスティは辺りを見回し、ロスキールが着れる物をと視線を彷徨わせる。探してはみたが何も無く、先程着ていた夜着を着せる事にした。それは薄い生地で出来ていて、うっすらと体のラインが見えてしまう。ロスキールは不満そうにしていたが、何も言わないで我慢していた。
「ロスキールさん、用意はいいですか?」
「あぁ、いいよ。…セレスティ…僕のことはロスキールって呼んでくれないかい?」
「えぇ…わかりましたよ、ロスキール」
 敬称も何も無しに、セレスティの口から名前を呼ばれて、ロスキールは子供のように微笑んだ。
「では、外に出ましょう」
「どうやって出るんだい? 僕は…あんまりもたないと思うんだけれどね…」
「大丈夫ですよ。ちゃんと考えているんです」
 セレスティは時計を見た。日の出桟橋に行くまで時間はまだある。
「……モーリス、何処ですか?」
 セレスティは言った。そして、すぐに思念が飛んで来る。
――病院の外ですよ
「そうですか。では、すぐに来なさい」
――了解しました。
 モーリスの思念が飛んできた瞬間、彼はこの部屋に転移してきた。
「お待たせしました」
 モーリスは愛しい主人に微笑むと、その主人に抱きついているロスキールを見つめ眉を顰める。
 その様子にロスキールはムッとしたらしく、モーリスを睨み返した。
「誰…? あぁ、セレスティの従者か…」
 ロスキールは気に入らなかったらしく、ぶっきらぼうにそう言った。普段なら、初めて会う相手にそんなことを言うロスキールでもないのだが、何やら感じたようで、僅かに怒ったように言う。
「えぇ、そうですとも。無事『捕獲』したようですね、セレスティ様」
 モーリスはいつもの笑顔に皮肉と辛辣をトッピングして、気持良いぐらいににこやかに笑った。主人を傷つけた過去のある男など、『捕獲』という言葉で充分だ。
「では、モーリスお願いしますね」
「任せておいて下さい」
 そして、文字通りモーリスは彼を捕獲した。
 セレスティがロスキールから離れたのを機に、モーリスは霊的・有機・無機に関わらず閉じこめられる檻を創造して閉じ込めてしまったのだ。
 今回は部屋まで直行するため、セレスティの屋敷に似合う美しい大きな鳥籠にしてみた。我ながら良い出来栄えである。
「なっ…。ぼ、僕をここから出せッ!!」
 いきなり閉じ込められて、ロスキールは起こり始める。
 モーリスはまた笑った。「貴方に似合うように、美しいものにしておいたのですよ。感謝ぐらいしてくださいね?」…と言ったような笑みだ。
 当然、ロスキールを閉じこめたとはいえ、彼を回復させる気は全く無い。最愛の主人に手を出した人物ですからと言いたいところなのだろう。
「セレスティっ! 僕をここから出すように言ってくれないかい。僕は嫌だ!」
「ロスキール、かえってその中のほうが安全なのですよ?」
「セレスティ…」
 そう言われてしまうと何にも言えなくなってしまい、ロスキールは口をつぐんだ。
 ロスキールが大人しくなったのを確認すると、セレスティは彼の運命をごく僅かだけ曲げる事によって鳥篭を屋敷に転送する。そして、モーリスはこの部屋が作られたずっと前の状態へとリライトし、その反作用を利用して自分達は屋敷に戻った。

●Maid
「へぇ…そんな風になっているのか」
 裕介は馴染みのなかった吸血鬼の世界の話を聞き、感嘆の声を上げる。吸血鬼の城と聞いて、恐ろしい所なのかと思っていたのだが、自然は綺麗だし夕食も美味しかった。自分だけこんな待遇でよいのかと思うと、姉と母に申し訳ないかななどと思うのだった。
「そうだ…我々は人間の世界にいることが難しくなって出て行ったのだ。まぁ、時折遊びには行くのだけれどね」
 そんな話をしながら二日ほど経ったのだが、九十九課の方からは何も言ってこない。そして、その半日後。セレスティからロスキールを保護したとの情報を貰った。
「弟さん、見つかったみたいだな」
「あぁ、そのようだな」
「会いたくないのか?」
「今、会えば…問題が起こる」
「確かにな」
 随分と気に入ったのか、裕介の事は親しみを込め、呼びつけにしていた。
「それより、裕介。…それは何だ?」
 ヒルデガルドは裕介の鞄を見て訊ねる。
 裕介は鞄に視線を投げて苦笑した。大きく貼られた護符は、母親から貰ったより強力な魅了無効の護符だ。裕介的には星月麗花がいるので、魅了されると困るのである。
 吸血鬼の年齢観念だが、相手は妙齢の美女。心の奥では、後腐れなくバレないのならお相手しても良いかなとは思っていた。
 ヒルデガルドの方はというと、裕介の中に大きな武器の姿を見ていたこともあり、気にはなっているのだが、手を出してこないので誰か良い相手がいるのだろうと思っていた。
 もしも相手に誰かいるなら、手を出さないのがヒルデガルドの心情であった。トラブルに気を付けているというのではなく、そう言ったことで消えぬ傷が相手につくのが嫌いなのだった。
 吸血鬼は不死に近い命を持っている。それゆえに、短命な人間達に比べ丈夫だから、怪我よりも見えない傷の方を優先するのであった。その観点からヒルデガルドは裕介と付き合っているのである。価値観の違うもの同士、尊重しあうことが必要だと考えているのだ。それが彼女なりの優しさであった。
「可笑しなものを貼っているな…裕介は。私は誰彼構わず手を出したりせん。ところで、裕介…着替えを持ってきたにしては、その鞄は大きいな」
「ん?」
 その瞬間、裕介の瞳はきらりんと輝いた。
――我、好機を得たり! 
 隙あらば、ナイスバディーなヒルデガルドにメイド服を着て欲しいと思っていたのである。なんと言って切り出そうかと、ワクワクしながら裕介は言った。
「あぁ、着て欲しいなと…思った服があったんで」
 あながち間違えではない。
 それどころか大いに着て欲しいところだ。できれば、しっかりポーズとかとってくれたりとか、お掃除してるところを見れたりとか、お茶とか入れてくれたら最高なのだが。
 まぁ、それは望みすぎかもしれないなどと考えつつ、裕介は鞄の中身を見せた。
 上品なネイビーの生地のロングワンピースに無垢な白の襟元。フリルもきっちりとアイロンのかかった清潔なエプロン。これぞまさしく元祖メイド服。自信の一品だ。
「ほうほう……」
 暫しヒルデガルドはその服を見ていたが、それが何かわかると噴出した。
「こ、これは…使用人の服ではないか」
「何を言うんだ。これほど清潔で、丈夫で、可憐で女らしい服はない!」
「確かに、乱れた服を着るよりは、遥かに清潔で綺麗だとは思う。…しかし、私は一族の長だぞ?」
「ま、まぁ…そうなんだけど」
 裕介は何を言おうか困っていた。相手は一大勢力のトップ。下手なことは言えない。
 そんな裕介の様子にヒルデガルドは笑って言った。
「裕介…本当にお前は面白い」
 そう言うや、ヒルデガルドは畳まれたワンピースを広げ、エプロンと一緒に我が身に当ててみせる。背を覆うほどの白髪を片手で上げ、少しはメイドに近い姿になるようにしてくれた。
 冷たく見えがちな美貌に優しい笑みを浮かべ、ヒルデガルドは裕介に言う。
「どうだ、裕介。似合うか?」
「着てもらわないとわからないんだけど…」
「確かにそうだ。でも、他の使用人に見られては困る。今日はこれで我慢せよ」
 ヒルデガルドは、着てくれなかったことに少し気落ちしているらしい裕介の額に、ちょっとしたからかいと、親愛の情を込めてキスを一つした。

●密会
「匿われている先の特定を急いでいるんです。ロスキール氏を煽ったのは明白ですからね」
 モーリスは言った。
 隣で寝転ぶ青年は黙って聞いている。
 ベットに広がる長い黒髪を跳ね除け、相手は何某かを考えているような表情をした。なおも、モーリスは話し続ける。
「虚無の境界に対して警戒を行っているIO2の動きと。元々…あなた方、九十九課が現在得ている情報を得る事が出来れば嬉しいんですけれど」
「なるほど…」
 隣にいた青年、塔乃院影盛は呟くように言う。
「塔乃院さん…何故、ロスキール氏を拘束している事を黙っていたんです?」
「拘束という報告は受けていないからな」
「報告を受けていない?」
 モーリスは意外といったような表情をした。
「何故?」
「ここのところ、大きな事件が多発しているのは知ってるな? 代表的なものは、子供達の間で流行っている遊びや、それらに関する組織だ。一つは『NIGHT CHILDREN RENTAL SHOP』だ」
「なるほどね…早急に手をつけなければならないものに終われていたという事で?」
「それもある。だが、それだけなら晃羅だけでも充分だ。だがな、邪魔が入った」
「邪魔?」
「こともあろうに警察内部でな…」
「ははぁ…あなたが邪魔されるというなら、それなりの存在ですよね?」
「…そう言う事になる」
 影盛は溜息をついた。
「あの吸血鬼の青年を引き取ったらしいな」
「多分ね…本当のところはどうなのか。セレスティ様に聞かなければわからないんですがねぇ」
 モーリスはふと眉を顰めて言った。
 そんな様子を見るや、影盛は可笑しそうに笑う。
「お前がそんな顔するのは、はじめて見るな」
 ちょっとの表情の変化がおかしかったらしい。影盛は楽しそうに見つめていた。モーリスを抱き寄せると耳元で囁く。
「もう一ラウンドいきたいか、お前?」
「…好きですねぇ…あなたは」
「お前もだろう?」
「まあ…否定しませんが。それより、虚無の境界に動きがあったと聞きましたけど」
「噂だがな…。あとディサローノとかいう餓鬼が現れたらしい」
「私も一度会いましたね。悪ガキという感じの子供でしたけど」
「虚無の境界と…餓鬼…か」
「こちらは多数勢力を敵にまわしている事で、紫祁音嬢を処断するか、此方に差し出す事で不問にすると云う手もあると考えていたのです。此方としても、四つ巴になるのは望みませんしね。悪い取引では無いとは思うのですが …問題は…」
「紫祁音も見つからず…虚無の境界も、また然り」
「ですね…。そうだ…邪魔した相手は分かってるんですか?」
「当然だ」
「どうするつもりで?」
「そんなの…決まっているだろうが。そんなつまらん話はどうでもいい。それより、もう一ラウンドすると言ったな」
「言いましたとも?」
 モーリスは笑った。
「じゃぁ、お前の気の変わらないうちに相手してもらうか…」
「ゲンキンですねぇ…」
「まぁな…」
 影盛はそう言って笑う。
 モーリスの腕を引き、影盛はベットに引き倒した。

●KILLING
 闇が追う。
 敗北者を追う。
 逃げ惑う様を嘲笑うかのように、それは追い詰め、立ちふさがった。
「責任は取ってもらう」
 影は言った。
「だ、騙されていたんだッ!」
 男は叫んだ。
 ついさっきまで、警視庁高官の地位に就いていた者だった。今は懲戒免職を食らって失業中の身である。
「どちらにしても、聞けない冗談だ」
「嘘じゃない!!」
「俺が腹を立てているのも嘘じゃないし、冗談でもないのは知っているな?」
「わかっている! でも、そうしなければ家族を殺すと…」
「それで、一人の吸血鬼の身柄を巡って論争が起きたんだぞ。向うとの調印締結に歯止めをかけやがって!! この能無しが!」
 暗闇に鈍い音が響く。
「うぎゃあああッ!」
 男は転がってうめいている。
「それぐらいで喚くな」
「ひ…ひぃッ!」
「しかも、俺のいない間に勝手に九十九課(ウチ)の名前を語りやがって…」
「そ、それは悪かったと思っている!」
「悪かったで済んだら、この世に戦争も警察も司法もあるか…」
「た、助けてくれ…」
「お前はいらない」
「後生だ…娘がいるんだ…頼む。見逃してくれ…塔乃院君」
「死はまだ生温い…」
「はひッ…ひぃい…」
 男は壁伝いに逃げようとする。闇の向うに金色に光る双眸が見えた。かの美貌も今は修羅のように見える。いや、修羅の方がまだ優しげであったかもしれない。
「助けてくれ…」
「失せろ…この『世』から…。消えて詫びろ」
 塔乃院と呼ばれた男は言った。
 元警察庁の高官だった男は迫り来る闇に怯えていた。
 そして、死よりも深く。
 闇よりも辛く。
 恐怖の中の恐怖。
 死は甘く。それは魂の悲鳴を伴う。

 男は最後の絶叫を残し、世界から『消えた』。

■END■

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0461 /宮小路・皇騎/男/20歳/大学生(財閥御曹司・陰陽師)
 0979/アリア・フェルミ/女/28歳/外交官(武装異端審問官)
 1098/田中・裕介/ 男 /18歳 /高校生兼何でも屋
 1286/ヨハネ・ミケーレ/男/19歳/教皇庁公認エクソシスト・神父/音楽指導者
 1883/セレスティ・カーニンガム/男/725歳/ 財閥総帥・占い師・水霊使い
 2318/モーリス・ラジアル/男/527歳/ガードナー・医師・調和者
 2390/隠岐・智恵美/女/46歳 /教会のシスター
2758/井園・鰍/男/17歳/情報屋・画材屋『夢飾』店長
 2922/ 隠岐・明日菜/女/26歳/何でも屋
3002/アリステア・ラグモンド/男/21歳/神父(癒しの御手)
4682/黒榊・魅月姫/女/999歳/吸血鬼(真祖)深淵の魔女
                    (以上11名)

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■         ライター通信          ■
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 『蒼き』でお久しぶりです(?)こんにちは、朧月幻尉です。
 最近、書いたOPをリア作成時にどうしようかと悩んでおります。
 OPにはPCさんたちがいないので、悩みどころなのです。
 PCさんがその場にいれば、必ず、何某かの言葉を発するものなのですよね。
 OPがリアの時には、ある意味使いづらくなってしまうというジレンマに陥っています。ですので、今回はPCさんを加えた状態で書いています。
 …で、気がついたんですが。
 編集する前のOPが3400字ほどでして、編集後が7500字…(T▽T)
 事件…まだ起こってないんですけど?(何処に向かって言っている)
 送られてきたプレイングが3230文字残ってる状態で、さあ事件だ!
 そんなバナナ〜
 結果は見ての通りです…。
 情報量と専門用語が多過ぎですか…。さすがにシリーズ七話目で、三シリーズの中間地点にあるものだから仕方ないかと思っております。
 が、読み辛くないかと懸念しています。

 そして、時間軸の話、「タイムリミットは異界出立の三日前から前日までの48時間です」と書いていたのですが、この話までの三ヶ月間…と、三日間という意味だったのです(汗;)
 すみません…わかり辛くって…
 よって時間軸を少々前後しました。
 三ヶ月前から、出立までのお話ですので、雰囲気を味わっていただけたらと思います。

 今回、あるシーンに来た時に文面に明らかに優しさが足りないと私は感じました。
 それを反省しつつ、出来うる限り書き直したつもりです。
 どのように感じられるか、少し心配ですが、ありったけの力で書かせて頂きました。
 私的には、ローマのシーンと、告白のシーン、裕介君のシーンが一番のお気に入りです。
 感想をいただけましたら幸いです。

 前回のレンの情報は報告書として提出されていますので、PC情報としてお使いください。

 それでは、長々とお付き合いいただき、真にありがとうございました。
 次回をお楽しみにお待ちください。

 朧月幻尉 拝

※ NCRS事件=NIGHT CHILDREN RENTAL SHOPが関与していると思しき失踪及び誘拐事件。