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調査コードネーム:怪奇探偵と眠らない子供たち
執筆ライター :水上雪乃
調査組織名 :草間興信所
募集予定人数 :1人〜5人
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子供というのは眠らないものだ。
夜更かしすることが大人の証拠、と、思いこむ時期だから。
もちろんそんなものは誤解もいいところで、歳を取るにしたがって身体は無理がきかなくなる。
それが現実というものである。
「オールなんて、もうできないがなぁ」
腰を軽く叩きながら、男が妙に黄色っぽい太陽を見上げた。
よれよれのスーツ。整えない前髪。
草間武彦というしがない自由業者だ。
人呼んで怪奇探偵。
好きで呼ばれているわけではない、とは本人が熱心に主張するところだが、聞き入れてくれる者はだれもいない。
人徳のなさが原因である。きっと。
「兄さんの通り名はどうでもいいとして」
背後から近寄ってきた義妹の零。
「どうでもいいのか‥‥」
ものすごく嫌そうな顔で振り返った草間が、一瞬、彫像のように硬直した後、腹を抱えて笑い出した。
「‥‥そんなに笑わなくても‥‥」
むっとする義妹。
厚化粧とつけまつげが、より以上に不機嫌な印象を与える。
いわゆるギャルメイクだ。
「普通は笑うって」
「やらせておいて今更‥‥」
零がこんな似合いもしない化粧と服装をしているのには、もちろん理由がある。
新宿の夜を遊ぶ子供たちが姿を消すのだ。
実数は把握できていないが、ここ一月で五、六人はいなくなっているらしい。
新宿歌舞伎町という経済単位からみれば微々たる数ではあるが、子を持つ親としては気が気ではない。
そうした親の一人から依頼を受けて、草間興信所が動いた。
警察ではなく探偵事務所に話が持ち込まれたのは、さして珍しい話ではない。
家にもほとんど帰らずに遊び回っている少年少女の連絡が取れなくなったところで、警察は単なる家出としかみなさないのだ。
事件になってからでないと警察が動かないのは仕方がない。
それに、探偵には警察と異なった切り口がある。
こうして、外見だけは少女に見える零が歌舞伎町をうろついて情報を集めることになったのだが、
「零じゃ何にも食いつかないか。エサが悪すぎるもんな」
けっこう酷いことを言う義兄である。
まあ、清楚がセールスポイントの彼女では、いくらギャル系雑誌を真似たところで板に付くはずがないのだ。
調査を開始して二日。
当たり前のように、まったく効果は上がっていない。
「うう‥‥やっぱり人を雇いましょうよぅ‥‥」
泣き言をいう零。
気持ちは判らなくもない。
「仕方ないな。久しぶりに、みんなに声を掛けてみるか」
草間がタバコの先に火を灯す。
立ち上る紫煙を雑踏が掻き消していった。
※休養あけ、復帰第一作です。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日にアップされます。
受付開始は午後9時30時からです。
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怪奇探偵と眠らない子供たち
大人と子供、どちらがより狡猾で、どちらがより愚劣か。
この問いには、どちらも同じくらい狡いし同じくらい馬鹿だ、という答えが最も正解に近いだろう。
意地を張るのは子供の証拠というが、大人だって意地を張る。
大人になると長いものに巻かれるようになるというが、子供だって処世術は心得ている。
視点の違いから、相手の方がより愚かに見えるだけだ。
鷹と雀では見えるものが異なるし、金持ちにとってはわずかな金銭でも貧乏人にとっては生死に関わるものだ。
ただまあ、たんなる知恵比べということになると、だいたいは大人の方が有利ではある。
能力の差ではなく経験の差だ。
長く生きている分だけ、多少の知恵は回るようになる。
「で、その多少回る知恵で子供を食い物にするんだな」
むすっとした表情のまま桐生暁が言った。
子供が大人を利用するといったってたかが知れている。ドラマや小説の世界ならばともかく、現実には親に小遣いをたかるための嘘をついたり、援助交際をしたがる助平オヤジから金を巻き上げたりする程度だ。
逆に、大人が子供を利用する場合には、子供の人生そのものを狂わせる。
優劣は置くとしても、どちらがより罪が重いかというのは、議論の余地がない。
「女子供を守るのが大人の役目ってもんだと思うがな」
肩をすくめた巫灰慈が、投げ捨てた煙草をかかとで踏み潰す。
「ずいぶんと古い意見ね」
シュライン・エマが苦笑を浮かべ、
「女性や子供を守るより先に、街の環境を守ったら?」
嫌な顔をしながら、月見里千里が吸い殻を拾った。
「さんきゅ。美化委員」
平然と嘯く巫。
「だれが美化委員よ」
千里はこういう大人が嫌いだし、ついでに常識をわきまえないヤツも嫌いだ。
歩き煙草禁止条例が東京都で施行されて何ヶ月になると思っているのだ。
自然、視線に険がこもってしまう。
「まあまあ」
まるで平和主義者のように桐生がなだめた。
「最初は、ヴァンパイヤロードの残党の仕業かとも考えたんだけどね」
横道にそれようとする会話を引き戻すシュライン。
新宿歌舞伎町で相次ぐ未成年者の失踪事件。
警察はまだ本腰を入れて動いていない。この国では毎年、事件性のある行方不明者だけで一万人以上もでているのだ。歌舞伎町で夜遊びする子供が五、六人消えたところで本気になるはずがなかった。
「ニッポンの将来を担う子供たちなのにね」
「いまは単純に警察力が低下してるってのもあると思うけどな。ここ二年くらいでだいぶ死んだだろう」
桐生の皮肉には取り合わず、蒼眸の美女と向かい合う巫。
黙ったままシュラインが肩をすくめて見せた。
陰陽道の名家、七条が目論んだ反乱。白ロシア魔術師たちの暗躍。吸血鬼ドラキュラ‥‥ヴァンパイアロードが仕掛けた戦争。
どれほど多くの警察官や自衛官が命を落としたことか。
彼らは自分の誇りと、なにも知らずに平和に生きる人々のために死んだ。
家族には不幸な事故による殉職と伝えられ、充分な額の慰弔金が支払われているが、問題は金銭にあるのではない。
金銭では購いえない、人的資源の枯渇にこそ問題があるのだ。
実戦経験を積んだ熟練者たちが世を去り、または後遺症のため第一線を離れ、そのポストは新たに募集した人材で埋められる。
数としては変わらなくても、あるいは彼らの潜在能力が熟練者たちを凌ぐものだったとしても、訓練も経験も不足している現状で戦力として期待することは難しい。
「ようするに質が悪くなってるのね」
「それだけに小悪党が跋扈する余地は十分にあるってことさ」
千里と桐生の言葉には容赦がないが、事態の本質を捉えている。
ただ、どれほど万全の警察力を持っていたとしても犯罪がこの世から消えることはないだろう。
「世に盗人の種は尽きない、ってね」
探偵たちの後ろから声がかかる。
「遅いわよ。啓斗、北斗」
驚きもせずに振り向いたシュラインが名を呼んだ。
停車したFTR。
運転席にまたがる守崎北斗と、タンデムシートの守崎啓斗。
人呼んでニンジャボーイズ。
ちなみに石川五右衛門の名言をもじったのは兄の啓斗だ。
「だれもそんな呼び方してねーよ」
「まあ、それはともかくとして」
「ともかくとすんなっ」
「なんで啓斗は女装してんのよ?」
弟くんの苦情を無視してシュラインが話を進める。
慣れたものだ。
なにしろ怪奇探偵の知己は横道にそれる名人が揃っているのだ。奥さんのスキルだって上がるというものである。
「こういう場合なら、エサは女の方が喰い付きが良いと思ってな」
啓斗の答えは、やや露骨すぎただろう。
千里が嫌な顔をする。
「間違ってはいないと思うぜ。啓斗の判断は」
にやにやと笑いながら巫が言った。
草間武彦とその妻シュライン。怪奇探偵の義妹の零と千里。北斗と桐生。巫と啓斗。八人のスタッフはふたりずつ四組に分かれた。
絶対に単独行動はしない。これは探偵のみならず調査活動をおこなうものの鉄則である。たとえどれほど高い戦闘力を持っていたとしてもだ。
単独で行動したために最悪の事態を招いた例など枚挙にいとまがないし、逆に複数で行動していたために危機を回避できた例も挙げればきりがない。
また、コンビを組むときに同じような組み合わせ作っても、あまり意味がない。
草間とシュラインはごく普通の青年カップル。零と千里は女子高生の友達同士。北斗と桐生はチーマー。巫と啓斗は青年と女子高生とちょっと危険なカップル。欲をいえば高校生カップルも作りたかったところだが、事が荒立ったときのことを考えると、最も戦闘能力の高い零は千里と組ませるしかないのだ。
「というか、なんで俺たちは危険なカップルって設定なんだ?」
冷凍野菜が訳のわからないことを言う。
こいつらが危険なカップルでないとすれば、この世に危険なものなどない。
「巫さんも何とか言ってくれよ」
「綾‥‥これは浮気じゃない‥‥浮気じゃないんだ‥‥」
頼みの綱の浄化屋は、あさっての方向にむかってぶつぶつ呟いていた。
気持ちは判らなくもない。
いくら美少女に化けたとしても啓斗は男である。
男を相手に不倫カップル風を演じなくてはならないとは。
巫でなくたって放心しようというものだ。
「がんばれ」
にこにこと笑いながら桐生が肩を叩いてくれる。
もちろん、たいして慰めにはならなかった。
夜の街。
そこには、ある種異様な活気がある。
不況にあえぐニッポンだが、ネオンサインは相変わらず華やかさを失わない。
不景気なら最初に削るのは遊興費。そう考えるのが素人というものだ。実際は遊びはやめられない。
酒にしても女にしてもギャンブルにしても。
のめり込んでしまうと、衣食住のすべてを犠牲にするようになる。
麻薬のようなものだ。
「武彦さんのタバコみたいね」
腕を組んで歩きながらシュラインが夫をからかった。
「ほら。こんなにニオイを染みつけて」
「臭いか?」
「そりゃもう。ただ」
「ただ?」
「キライじゃないけどね。武彦さんのニオイ」
なんだかピロートークなど繰り広げている。
まあ、酒もギャンブルも煙草もやらない草間など、なにかを入れないコーヒーのようなものだ。魅力などなにもない。
と、美貌の大蔵大臣は思っているが、これは「あばたもえくぼ」というやつだろう。
「さて、つぎの情報屋だ」
怪奇探偵が言った。
探偵たちが考えたのは情報収集と囮捜査の二重作戦である。
実際問題としてカップルを装っている(草間とシュラインは本当にカップルだが)二組になにかのトラブルがあるとは考えにくい。
その点、零と千里、北斗と桐生の同性コンビなら、なにかと誘惑があるはずだ。
もちろん囮である以上、目立たなくては意味がない。
「彼女たち。カラオケいかねぇ?」
「おどりいこうぜ」
「いい店しってんだけど、どう?」
ナンパされまくっている千里たち。
「お兄さん。良い娘そろってるよ」
「四〇分八〇〇〇円だよっ」
「新人入ったよっ!」
勧誘されまくっている北斗と桐生。
対照的だ。
これはまあ、男と女の差だろう。
けっして少年たちがモテない君なわけではない。きっと。
「けど、こんなことしてて効果あるのかねぇ」
北斗が呟く。
「探ってるぞってのをアピールしていれば、焦って動き出すやつがいるかもしれないさ」
淡々と桐生が応えた。
「それを尻尾とみなして引っ張れば」
「なんかリアクションがあるかもしれないからな」
大雑把であるが、なんの手がかりもないのだから細々とした作戦を立てても仕方がない。
あとはエサに食いついた魚を絶対に逃さないようにするだけだ。
「あ」
「どうした? 守崎弟」
「兄貴だ」
視線の先には腕を組んで歩く男女。
美男美女でなかなかの似合いだが、うらやましいとは半グラムも思わなかった。女装した双子の兄と腕を組んで歩くくらいなら、ガラパゴスオオトカゲとチークダンスを踊る方が七五〇〇倍くらいマシだ。
もっとも、そう思っているのは北斗だけではないらしい。
「あは‥‥あははは‥‥」
うつろな笑いを浮かべたままの巫。
とってもあぶない人だ。
「巫さん。ちゃんと恋人らしく振る舞わないと調査にならない」
啓斗が小声で注意を喚起する。
なんというか、どこまでも真面目な冷凍野菜である。
女装しているのだってふざけているからではなく、きちんとした理由があるからだ。
なんというか、その真面目さが哀しかった。
周囲に油断無く送られる視線が虚しかった。
野性的なハンサムと組んだ腕が滑稽だった。
「あのクラブだな。良くない噂があるのは」
確認するように呟く。
「あははは‥‥」
何も考えてないような笑い。
さまざまな悲喜劇を巻き込みながら、新宿の夜は更けてゆく。
「なるほど、ね」
各班からあがってきた情報をまとめたシュラインが、溜息をついた。
納得と悲哀の。
調査を依頼されているターゲットは一人だけである。
数日間に渡る地道なローラー作戦で、どうにか居場所は突き止めることができた。
もちろんそれを全体的な解決に繋げるためには、もっと詳細で手の込んだ作業がが必要になるだろう。
「目処がついたってのに憂鬱そうだな。シュラ姐」
さすがに昼間を女装していない啓斗が訊ねる。
直接には応えず、
「水谷先生ってしってる?」
問いかける蒼眸の美女。
「ねっちゅーじだい?」
ずれた答えを出すのは千里だ。
「つーかなんでそんなもん知ってんだよ。おまえ生まれてねーだろーが」
「アンタもね。巫さん」
つっこむ浄化屋。さらにつっこむ桐生。
トリオ漫才みたいだった。
その時代を知っているのは、零とぎりぎり草間くらいだ。
ちなみにシュラインが言ったのは、水谷修氏のことである。
通称は夜回り先生。
高校の教師をしながら夜の街をパトロールしてドラッグなどの撲滅に尽力している人物だ。
「知ってる。立派なことだとは思うけど、誰にでもできることじゃねえよな」
缶入りのお茶などをすすりつつ啓斗。
お遊びしている子供に「帰りなさい」と注意するだけでも大変に勇気が必要な行為だ。というよりむしろ他人に注意するということ自体が多大なプレッシャーを伴う。
まあ、誰にでもできないことをしているからこそ水谷氏は称揚されるのだが。
「ちょっと余計なお世話って気もするけどな。自分の人生なんだからどう使おうがそいつの勝手さ。栄光への階段を登ろうと、平凡な生きようと、破滅へと突き進もうと」
突き放すように言ったのは北斗だ。
彼は冷血人間ではないのだが、この年齢で兄とともに自活しているだけあって、他者の甘えには厳しい部分がある。
「行方不明になっている娘は、いま風俗で働いてるわ。しかも違法営業の本デリ」
苦笑を浮かべたシュラインが続ける。
「本デリ?」
「本番までやらせるデリバリーヘルスのことさ。千里」
「詳しいね〜 巫さん。ひょっとして利用したことがあるとか?」
「するかっ!」
「けど、なんだってそんなところで? 他に稼げるところはいくらでもあるだろ?」
常識的な意見を言う桐生。
「ひとつには年齢ね。一五、六じゃまともな店は使ってくれないわ」
「ひとつにはってことは、他にも理由があるんだな?」
「そういうこと。もうひとつは、彼女はタブーに触れちゃってる」
「タブー?」
「なるほど。それで夜回り先生の話に繋がるのか」
「ということは、裏は暴力団だな」
首をかしげる千里を置き去りにして、男たちが頷きあう。
「ねえ? どういうこと?」
やや不機嫌になる少女。
「つまり」
「ドラッグさ」
双子が言った。
行方不明の少女はドラッグに手を出してしまった。禁じられた遊びだ。どうして、という理由は探偵たちの関知するところではないが、どうやって、という方法論ならば答えは簡単だ。
クラブでもバーでもどこでもいい。ちょっと怪しげな店に入って「クスリが欲しいんだけど」とでも言って携帯電話の番号かメールアドレスをマスターに教えておく。しばらくすればなにがしかのコンタクトがあるだろう。
少し昔は警察の潜入捜査などが警戒されて、なかなか手に入らなかったものだが、警察力が低下している今現在は簡単に手に入る。
インターネットの通信販売よりも安全で確実なほどだ。商品そのものは安全でもなんでもないが。
「ついでに、暴力団にとっては大事な資金源だからな。顧客獲得に躍起になるわけさ」
巫の言葉は苦い。
ドラッグはある意味で良い商売だ。
一度でも使用すれば簡単には抜け出せない。連続して使用しなくてはならなくなる。つまり一回使わせるだけで顧客にできるのだ。
普通の商店のようにリピート率の向上に頭を悩ませる必要もない。
「さらに風俗なり水商売なりをさせて稼がせれば、そっちからも利益がでるって寸法か」
吐き捨てるように言う桐生。
彼は吸祖の起こした戦いには参加しなかった。その理由はいくつもあるが、結局は人間の中で生きることを選んだのだ。だが、こういう話を聞くと、人間がこの星の覇者として君臨するのは間違いのような気がしてくる。
錯覚というものだが。
不正のない社会は存在しないものだし、吸血鬼の中でだって派閥争いや権力闘争はある。あの戦争は、たとえヴァンパイアロードが勝ったとしても首のすげ替えがおこなわれただけだったろう。
「悪は悪だけでは存在し得ないからね」
やや抽象的なことをいうシュライン。
騙されるものがいなければ騙しは成立しない。
利用されるものがいなくては利用する側に利益は生まれない。
自分を守る、ということができないのは、ある程度は自分にも責任がある。
「歌舞伎町なんかで夜に遊んでいれば、そういう危険があるのは判りきってるさ。自分から危険に飛び込んでおいて助けてもらおうってのが甘いんだよ」
「助けを求めているのはその娘じゃなくて親だけどな」
双子の会話である。
ただまあ、罪と罰の比重ということになると、明らかにその娘は多くを失いすぎているだろう。
家出同然に夜の街で遊んでいた。ドラッグに手を出してしまった。それらは罪だとしても、中毒患者にされたあげくに違法な裏風俗で働かされその後の人生すら失いそうになっているというのは罰が大きすぎる。
ずいぶんと昔の話だが女子高生コンクリート詰め殺人事件というのがあった。高校生だった少女を一ヶ月以上に渡って監禁し暴行を加えたあげく殺して遺体をコンクリート詰めにして捨てたという陰惨きわまる事件だ。この事件に関して被害者のクラスメイトと名乗る人物が雑誌のインタビューに「学校で禁止されているアルバイトなんかするからこんなことになるんだ」と答えている。
なるほど、この回答者にとっては学校で定められた規則を破るということは殺されても仕方がないほどの罪らしい。
自分がその立場に立たされたときには、ぜひ潔く死地に赴いて欲しいものだ。
ちなみにこの事件の犯人の一人は、服役後ふたたび婦女暴行事件を起こしている。
「だからあのとき死刑にしていれば、とは、言ってはいけないことだけどな」
面白くもなさそうな顔で桐生。
過去の事件のことは置いたとしても、罰を下すのが暴力団であるというのがそもそもおかしい。
罰せられるべきは被害者ではなく加害者だ。
ドラッグを作るもの。それを売りさばくもの。それによって利益を得るもの。彼らこそ罰せられるべきなのだ。
「だが、それは俺たちの仕事じゃない。俺たちにできるのはターゲットの身柄を確保した上で警察を動かすことだけだ」
紫煙とともに、巫が結論らしきものを吐きだした。
これだって探偵の領分から考えればサービスのしすぎである。求められた仕事は少女を探し当てることだけなのだ。
身柄を確保したりクスリを抜いてやったり後ろにいる暴力団をなんとかしてやったりは、依頼に含まれていない。
しかし、
「依頼人には解決能力がない。仕方がないだろ」
「お前らは仕方がないって言えば済むけどな。工作に必要な金はうちの金庫から出るんだぜ」
こぼす草間に、啓斗が肩をすくめて見せた。
なんだかんだいいつつも怪奇探偵はこの手のことに関して知らぬ存ぜぬを通したりはしない。
だからこそ特殊な力を持った者たちがここに集まるのだ。
口に出すとつけ上がるので絶対に言えないが、皆それなりに草間を慕っているのである。
「さ。そろそろ仕上げにかかりましょうか」
シュラインが手を拍つ。
それぞれの思いを表情の裡に隠したまま、探偵たちが席を立った。
ある夜、都内にある暴力団の事務所が警察による家宅捜索を受け、主立った組員が一斉に検挙された。
容疑は覚醒剤取締法違反、児童福祉法違反、風俗営業法違反、その他諸々で十数件に及ぶ。
ただ、逮捕された暴力団員たちは警察ではなく警察病院へと運ばれることになった。
警察が事務所に踏み込んだとき、ほとんどの組員が魚河岸のマグロみたいに床に転がっており、しかも何人かは重体だったからだ。
「ちっとばかりやりすぎたか?」
くわえたばこの巫が笑う。
顔には乱闘の後が盛大な化粧を施していた。
「珍し。巫さんでも反省するんだな」
似たり寄ったりの顔をした北斗も笑う。
相手はたかだかヤクザ者。武器を使うというのも大げさだったので彼らは素手のまま叩きのめしたのだ。
とはいえ敵の数は多く、喧嘩慣れもしていたので全く無傷というわけにもいかない。
「この程度は怪我のうちに入らないけどな」
「あの娘の痛みと苦しみに比べれば、な」
啓斗の台詞の二手先を読んだように桐生が言った。
覚醒剤を使われ、身体を売らされていたという事実は消えない。一生、少女について回ることになるだろう。
身体に入り込んだドラッグを抜くのにも相当の時間がかかる。
医師と協力して長く苦しいリハビリテーションに堪えなくてはならない。
自分との戦いである。
「それでも‥‥あの子は戻ってこれたんだから‥‥」
「そうね」
思い言葉を吐く少女の髪を、シュラインが撫でた。
戻ってこれない者の方が多いのだ。圧倒的に。ドラッグに関しては。
売る者が狡猾なのか。
買うものが、おぼれる者が愚かなのか。
おそらく答えは出ないだろう。
人は弱いから。
「さって。無事に解決したことだし、寿司でも食いに行くか」
雰囲気を変えるように草間が言った。
「どこにそんなお金が?」
すかさずつっこむシュライン。
絶妙の夫婦漫才である。
「心配めさるな。捜査報償がもらえるからな。金一封ってやつだ」
「どう考えても、それじゃ足が出るわよ」
「稲積に交渉したら、充分な額を出してくれるってさ」
「呆れた。不正経理じゃない」
「いやいや。あいつ個人の財布さらさ」
「それはそれでダメっぽいような‥‥あんまりたかってると嫌われるわよ?」
「金持ちが金を出すのは義務だからな」
「どんな義務よ?」
「でも、貧乏人が出すよりは正しいだろ?」
「それはそうだけど‥‥」
どんどんシュラインが丸め込まれていく。
「きっとプロポーズもこうやって騙したんだぜ」
「立派な詐欺よね」
口々に勝手なことを良いながら、仲間たちが笑っていた。
月が街を照らす。
冷たく冴えた光で。
おわり
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0554/ 守崎・啓斗 /男 / 17 / 高校生
(もりさき・けいと)
0568/ 守崎・北斗 /男 / 17 / 高校生
(もりさき・ほくと)
0086/ シュライン・エマ /女 / 26 / 翻訳家 興信所事務員
(しゅらいん・えま)
0143/ 巫・灰慈 /男 / 26 / フリーライター 浄化屋
(かんなぎ・はいじ)
4782/桐生・暁 /男 / 17 / 高校生 吸血鬼
(きりゅう・あき)
0165/月見里・千里 /女 / 16 / 女子高生
(やまなし・ちさと)
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■ ライター通信 ■
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お待たせいたしました。
「怪奇探偵と眠らない子供たち」お届けいたします。
いやぁ。この書き出しも久しぶりです。
何ヶ月休養してるんだって感じですよね。
さて、少年少女にドラッグが蔓延しているそうです。
酷い話だと思いつつも、実際、簡単に手に入るらしいですね。
わたしが若い頃、ドラッグなんて別世界の出来事だったんですけど。
時代は悪い方へと進んでいるのかもしれません。
だからといって、わたしには何にもできないわけで。
作中で水谷修先生についてちょっとだけ触れましたが、本当にご立派ですよね。
わたしはまだ直接講演会を聞きに行ったことなどはありませんが、機会があればぜひ生で見たいと思っています。
というわけで、ちょっと暗めのお話でした。
楽しんでいただければ幸いです。
それでは、またお会いできることを祈って。
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