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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜水華〜



 彼は持っていた漆黒の刀を振り下ろす。
 斬り裂かれた人物は地面に崩れ落ちる。
 フードから覗いた顔をびっしりと鱗が覆っていた。
 彼は口から流れていた血を親指で無造作に拭い、すぐさま巻物を広げた。
 巻物が淡く輝き、倒れていた者が一瞬で消えてしまう。
 はあ、と彼は嘆息した。
(……まだ、だ)
 まだ封印の数は足りない。
 遠逆和彦は前髪を掻きあげる。眼鏡から水が滴り落ちた。
(憑物を封じる……それが果たせなければ…………)
 和彦は小さく首を左右に振り、頭によぎった考えを追い出す。
 そして、彼はそこで初めて視線に気づいた。
 振り向いた彼は、彼女と視線が合う――――。



 綾和泉汐耶はコンビニの袋を片手に、マンションに向けて歩いていた。今日は生憎の雨。
 ざあああああ。
 耳に響く音に汐耶は嘆息する。
(これは、明日も雨ね……)
 洗濯物が……。
 がっくりとしてしまう汐耶だったが、耳に何かが掠めた。ある音だ。
 汐耶は驚いて周囲を見回した。こんな街中で聞こえるはずのない……祭事に使う鈴の音だった。
(…………変ね)
 怪訝そうにした彼女は、足を止めた。
 目を、見開く。
(あれは……)
 あれはなんだ?

 雨合羽を着込んだ男が、少年と戦っていた。
 水が彼の足もとから跳ね上がる。さながら水の刃だ。
 少年は切り刻まれた。が、その足を止めはしない。
 突っ込んで持っていた刀を振り上げた。
 決着は一瞬で着いた。

 汐耶はぼんやりと思う。
(あら……目が合っちゃったわ)
 どうしよう。
 そう思ってしまうが、少年はひどく驚いたように彼女を見つめていて、そこから動く気配はなさそうだ。
 あることに気づいて汐耶は早足で近づいてくる。
 突如勢いよく近づいてきた女性に少年はハッとして、後退しようとした。
「待ちなさい」
 汐耶の言葉に、彼は不思議そうにする。
「……なんだ? 俺に何か用でも?」
「用ならあるわ」
「? あんたとは初対面のはずだが……」
 汐耶は彼に傘を傾ける。
「ずぶ濡れじゃないの」
「…………」
 少年の目は「それがどうした」という色を宿す。
「うちのマンション、すぐ近くなの。お風呂貸してあげるわ。来なさい」
「…………いや、遠慮する」
 少年は汐耶の傘をやんわりと押し返した。だが、汐耶は退かなかった。
「見てるこっちが寒いのよ」
 汐耶は彼を見つめる。
「風邪をひいてないか心配になるし、ということで」
 そして彼の手を握った。ぎょっとして少年が汐耶を見つめる。
「私の精神安定のためにも来てもらうわ」
 そして引っ張って歩き出す。少年はぽかんとして、汐耶にされるがままだ。
「あっ、ちょ……!」
 少年は汐耶がずんずん歩くのでワケがわからなくて混乱中である。
 汐耶はマンションに彼を招き入れた。



「はいこれ。それとこれもね」
 タオルと、着替えを渡す。押しつけられた少年は渋い表情だ。
「なによその顔」
「…………あんたはお節介なのか?」
「どういう意味?」
「……見ず知らずの男を、損得勘定無しで助けるなんて……」
「理由はさっき言ったはずよ」
 そう言うと、バスルームの扉を汐耶はぴしゃんと閉めた。
 少年は渡されたタオルと着替えを見て、大仰に嘆息したのだ。

(あんな若い子を雨の中に放っておけるわけないじゃないの)
 汐耶はお茶をいれる。今日は寒い。
 自分の分だけというわけにもいかないので、少年の分もいれることにした。
「しかしあの子……あんなところで何してたのかしら」
 妙なものと戦っていたのは気のせいではないはずだ。
(……半魚人みたいな感じに見えたけれど……。私のところからは遠かったからはっきりとは言えないわね)
「あの……」
「っ!」
 びくっとして汐耶は振り向く。
「お湯、どうもありがとうございました」
 礼儀正しく腰を曲げる少年がそこに居た。着替えとして渡した衣服もきちんと着ている。
「は、早いわね」
「長居をするつもりはない」
 きっぱりと言う少年は、自分の制服を片手に持っていた。こうしてよく見れば、彼は非常に顔立ちが整っている。
(へえ……)
 感心するように見る汐耶に、彼は顔をしかめた。
「あの、少し訊いていいだろうか?」
「なに?」
「俺がこれを着てもいいんだろうか……?」
「どうして?」
「……あんたの恋人のものじゃないのか?」
 たっぷり時間が経ってから、少年が「あの……?」と怪訝そうにする。
 汐耶はくるりと後ろを向いて、顔を俯かせた。肩が少し震えている。
「だ……いじょうぶ。それは兄のなの」
「…………なにも笑うことはないだろう?」
 口元をおさえてさらに肩を震わせる汐耶の様子に、彼はムッとした。
 なんとか呼吸を整えて、汐耶は彼に向き直る。
「面白い子ね。お茶をいれたの。どうぞ」
「いや、だから長居は……」
「さあさあ座って」
 無理やり座らせられて、少年は仕方なくお茶に口をつける。
 汐耶は彼の真向かいに座った。
「そういえば名前も聞いてなかったわ。私は綾和泉汐耶。あなたは?」
「……遠逆和彦」
「とおさか……?」
「近い遠いの『遠』に、逆さまの『逆』で、遠逆」
「変わった字を使うのね」
「…………」
 すいっと和彦は視線を逸らす。
「さっきの……妙なものは? キミと戦っていたアレよ」
「あれは憑物」
「ツキモノ? 人に取り憑く?」
「……俺の一族は、人に害を与える存在を総称してそう呼ぶ。妖怪や、悪霊……」
「なるほど……。キミがそれと戦っていたということは……そういう力があるのね?」
「…………」
 ふっ、と和彦が冷たく笑う。
「本当にお節介だな。事件に進んで首を突っ込むだろ、綾和泉さんは」
「放っておいても大丈夫な時は、そのままだけど?」
「……よほど、妙なことに縁があるんだな」
 喉の奥を鳴らす和彦の周囲の温度がぐんと低くなった。それに汐耶も気づく。
「教えたくないなら別に言わなくてもいいわよ」
「いや……隠し事というほど重要なことでもあるまい」
 和彦は巻物をテーブルの上に出す。一体どこから取り出したのか、汐耶にはわからなかった。まるで最初から持っていたかのような動作で彼は出したのだから!
「この巻物には、俺がこの地で倒した憑物が封じられている」
「……なぜ封じるの? そのまま滅するのが普通じゃないのかしら」
 封じるということは、完全に倒せない時に使うものだろう。または、命を奪いたくない時など。
 復活の可能性があるのならば、完全に滅するのが普通だろうに。
「鋭いな」
 無表情で小さく洩らし、彼は続けた。
「俺は特殊な体質なんだ。憑物に狙われる、というな」
「狙われる?」
「この地で四十四の憑物を封じれば、呪いが解ける」
「……さっきのも封じたのね?」
「ああ。まだ数は少ない……」
 瞳を沈ませる少年は、巻物をすっと引っ込めた。汐耶としては、中を見せて欲しかったのだが。
「だから、俺の側にいると危険なんだ」
「危険?」
 汐耶の呟きと同時に、彼は右腕を振り上げた。いつの間に持っていたのか、漆黒のナイフがその手にある。
 窓目掛けて放たれたそれは、窓をすり抜けてベランダにいた烏に当たった。いや、烏の足を掠めたのだ。
 少年は汐耶から視線を外してはいない。彼女を見たまま、見えていないはずの烏を攻撃したのだ。
 烏からぶわっと黒い霧が出ていく。そして唐突に烏は首を軽く傾げるや雨の中に飛び立っていった。
「こんな感じで、追い払える邪念を持つモノも寄ってくるんだ」
「今のは、烏に?」
「人や動物の強い念は、形を得るまでに時間がかかる。よっぽど強い想いでなければな」
「それで、キミに引き寄せられたの?」
「磁石と同様だ。引き寄せる体質なんだろう」
 お茶を静かに飲む彼は、無表情だ。なぜここまで感情の揺れがみえないのか、不思議になる。
(なるほどね。呪いっていうのは、この体質のこと。それを治すために憑物を封じているということなのね)
「呪いを解く方法と言ったけれど、生まれてからそうなの?」
「そうだ」
 和彦は左眼を汐耶に向ける。色が極端に違う瞳だ。
「生まれてからずっとだ」
「……それは、困ったでしょう。かなり」
「狙われることについてか?」
「いつも危険に身をさらしているということじゃない?」
 そう言われて、彼は薄く笑う。
「まあ……そういうことだろうな」
「だから、私が手を引いてここに連れてこようとした時も困った顔をしてたのね」
「他人を巻き込むのは好きじゃないだけだ」
 淡々と言う彼を見つめ、汐耶はそういえばと口を開いた。
「変わった眼の色をしてるのね。薄い紅色の……」
 じっと見ていたせいなのかわからないが、汐耶の体力が奪われるような感覚に陥る。
(な、なに……?)
 思わず俯いてしまう汐耶に、そっと手が触れた。左手で左眼を隠し、右手で汐耶の肩に手を。
「綾和泉さん、眼を凝視したな?」
「え……?」
 顔をあげる汐耶の前で、困ったように眉をさげている和彦の顔があった。彼はわざわざ立ち上がって汐耶の様子をみているようだ。
「この眼をあまり見るな。危ない」
「あぶな、い……?」
「眼鏡で多少隠しているが、レンズ越しだと安心してじっと見るようだな、皆」
「ど、どういうこ……と?」
「いや、こちらのことだ。綾和泉さん、深呼吸を。息を整えろ」
 彼の指示に従って、深呼吸する。なんだか少し落ち着いたようだ。
 汐耶はそばの和彦を見遣り、苦笑する。
「ありがとう、遠逆くん」
「いや……」
 和彦は汐耶から手を離し、窓から外を見遣る。
「……やはり、ここに来るべきじゃなかった……」
 小さな声で呟いた彼は、汐耶に視線を向けた。
「迷惑をかけたな、綾和泉さん」
「え?」
「衣服は今度返しに伺う」
「は?」
 和彦はきびすを返すと玄関に向けて歩き出す。汐耶が止める間もなかった。
 靴を履くや、ドアを開けて出て行ってしまったのだ。
「ちょ、遠逆くん!」
 慌てて追いかけた汐耶がドアの外を見るが、そこには和彦の姿はない。そんなバカな、と彼女は思った。
(ついさっき出て行ったのに……どうして)
 雨音だけが響く。
(遠逆……和彦、か。妙な感じの子だったわね……)
 そして、深い闇を抱えた少年。
「……笑ったほうが、絶対いいのに」
 ドアに背を預け、汐耶は腕組みしてそう呟いたのだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)/女/23/都立図書館司書】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご依頼ありがとうございます、綾和泉様。ライターのともやいずみです。
 参加ありがとうございます〜。初ということで、和彦との親密度があまりあがってません……すみません。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 和彦の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!