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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


月夜と十字架
『さぁ、目覚めなさい。戦乙女、ベルティア・シェフィールドよ。』
ベルティアは神々の声により、天界にて覚醒した。
銀色に煌めく髪を手ですくい、ゆっくりと眼を開ける。
真っ白なその部屋が、彼女の透き通るように美しい瞳をよりいっそう引き立たせている。
起きあがると、ベルティアは神々の声に返事をした。

『ベルティア、神の名において今、貴方に命じます。』
「はい。」
『山崎健二、この人間を直ちに抹殺し、採魂するのです。』

これには勿論、理由があった。
元来優れた能力を持って死んだ者の魂は、戦乙女によってヴァルハラに送り届けられることになっている。
しかしそんな、将来ヴァルハラに送られる予定の魂を、健二が次々と狩ってしまっているというのだ。
神も戦乙女も、直接人間に手を出すことは禁じられている。
そこで唯一それを許された、穢れた黒い羽をもつベルティアに命が下ったのだ。

「はい、承知いたしました。」
けれど彼女にとってそんなことはどうでもいいことだった。
神々の命令は絶対、ただ彼女はそれに従うのみ。
ベルティアは身支度を整えると、下界へ降りていった。



夜もすっかりふけた頃、山崎健二は公園の暗がりを歩いていた。
暗殺者としての自分にかけられた賞金を狙う輩を、撒いてきた所だったのだ。
しかし偶然だろうか、今日はいつもよりも人気がない。そしてどこか、不穏な空気。
健二は神経をとぎすませ、足早に歩いていたが、ひとつの人影を見つけてピタリと歩みを止めた。

外灯の下に立っていたのは、ベルティアだ。
黒い翼がばさっと音を立て、羽が数枚ひらひらと宙を舞った。
「初めまして。」
ベルティアは表情を変えず、小さく会釈をする。
「個人的な恨みはありませんが、貴方の魂、狩らせて頂きます。」
「……何故だ?」
視線を逸らすことなく、ベルティアはルーンソードを握りしめると、健二に刃を向けた。
「それは神々の命令だからです。」

言い終わるのとほぼ同時に、ベルティアは風を切るようなスピードで健二のほうへ踏み込み、ルーンソードで斬りつけた。
しかし紙一重の所で健二はその全てをかわしていく。
ふわり、舞うようにベルティアは一旦後ろへ下がり、距離を取って体勢を立て直した。
「簡単には、いかないようですね。」
「……。」
健二の眼光にひるむことなく、ベルティアはすうっと左手を前に出す。
すると血のように紅く発光する巨大な魔法陣が現れた。
そしてそこから、いくつもの美しくも恐ろしい戦乙女の槍が具体化されていく。
数秒の沈黙、生暖かい風が二人の髪をさらい、公園の大きな時計の針がカシャンと動いたその時――。
ベルティアがなぎ払うかのように腕を振ると同時に、全ての槍が一斉に健二に向かって乱射された。
「厄日だな……今日は。」

まさに絶体絶命、しかし健二はまるで全て見きっているかのように槍をかわしていく。
「なんてこと、普通の人間に避けられるハズなんて……!」
自分の死の危機に直面したとき、健二はほとんど予知に近い直感能力を発揮するのだ。
「アストラル…ブレイド。」
そう呟くと、健二の手に光の刃が現れた。
健二は次々と槍をかわしつつ、その刃で槍をいとも簡単に斬り飛ばしていく。
あっという間にベルティアとの距離が縮まり、アストラルブレイドの射程範囲内に入った。

その時の健二の眼には、迷いや躊躇など何もないようだった。
冷たい視線、目の前に突きつけられる光の刃――。
「っ!!」
ベルティアは、ぐっと目をつぶり覚悟を決めた。




しかし、刃はベルティアの目の前でピタリと止まっている。
健二の眼に、先ほどまでは無かった温もりのようなものが伺えた。
無言のまま、二人の視線がぶつかる。お互い微動だにしない。

健二が溜息をつくと、その手からアストラルブレイドが消えた。
「……行けよ。」
「な、何故とどめを刺さないの?!」
「お前には…見えないから。」
「何が、見えないって言うの。」
ふいと視線を逸らす健二の意図が、ベルティアにはさっぱり解らず呆然としてしまった。
ただ解るのは、戦っている時と今の瞳が、全く違うことだけ。

健二は静かに眼を閉じ、そして呟いた。
「………死神。」




健二はベルティアを見逃し、天界へと飛び去る彼女と夜空を、その場でぼんやりと見上げていた。
ふと、過去の記憶が蘇る。
暗殺者として、組織にいたころの記憶。
この手にかけた、名前どころか顔さえももう覚えていない人間たち。
言われるがまま命じられるがまま、何人も殺してきた自分。
ベルティアを、そんな過去の自分の姿と重ね合わせていたのだ。

「命令だから……か。」
うつむくと足下に、十字架のペンダントが落ちているのを見つけた。
先ほどまでベルティアの胸元にあったものだと、すぐに分かった。
健二は、月の光を反射してキラキラ光るそれを、そっと拾い上げた――。






翌日、健二は神社で一人、草引きをしていた。
まだ名も知らぬ、あの黒い羽の彼女が夜空に消えていく姿を思い出しながら――。

その胸元に光るのはそう、昨夜拾ったペンダント。

『いつでも、取りに来ればいい』
まるでそう誇示するかのように、ペンダントはゆらゆら揺れていた。


end...