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<東京怪談・PCゲームノベル>


名残雪-市街戦-

 一面の雪に覆われた東京のオフィス街。
 見渡す限りの雪原に、街路樹やビルが辛うじて頭を出している。
 前日の早朝突如として首都東京を襲った大雪は、ほんの数時間で避難勧告を発令させるに至った。
 一夜明けた現在も、勧告が解除される気配は微塵もない。
 雪は小降りになったが、何にせよ三メートルもの新雪だ。歩こうものならあっという間に沈んでしまうだろう。
 当然、南北に走る大通りには猫の子一匹いない。
はずだった。


「なんだ、ありゃ」
 大通りに面したビルの屋上で、桐生暁は呟いた。
 雪原までの距離は四、五メートルくらいだろうか。誰もいないはずのそこには、確かに人間らしき集団がいる。
 大雪のせいで学校は休校。特にすることもないので散歩にでてみたのだが、まさか人がいるとは思ってもみなかった。何せ、避難勧告発令地区の真っ只中なのだ。
 それなのに雪の上では、金の髪の少女が雪だるまを作っている。違和感を拭いきれずに様子をうかがっていると、少女の雪だるま作りを手伝っていた青年が口を開いた。
「来ましたよ」
 大して大きくもない声は、暁の耳にもはっきりと届いた。
「うちの所長です」
 青年が言葉を続ける。直後、積もっていた雪が巻き上げられて吹き荒れた。大通りの北端に複数の影が現れる。
「試合開始!」
 宙に浮いた影の中から朗々とした声が響いた。小柄な影が集団を離れて、通りをすべるように近づいてくる。表情は定かではないがやたらと嬉しそうだ。
「旗を失ったら負けだからな」
 言うが早いか、声の主は手を振り上げた。次の瞬間、暁がいるビルの真下の雪原から、みしりという音が響く。雪だるまを作っていた少女の足元の雪が割れた。割れ目から何かが飛び出しす。
 雪原に出現したそれは、先端に少女を乗せたままぐんぐん伸びてきた。
 ブロンドの髪を風に遊ばせて、少女は嬉々としてはしゃいでいる。


 棒状に伸びたそれは、すぐに成長をやめた。棒の先端は暁の目の前だ。
 すると何やら呟いているらしい少女の背後から、影が差した。
「それ、ひっぱってくれる?」
 試合開始を宣言したのと同じ声だ。小袖姿の雪女が、少女の前に回りこむ。指先で彼女の座っている棒についた紐を示した。
「これ?」
 少女の問いに雪女が頷く。暁が見ていると、少女は紐を引っ張った。ぽんという軽い音がして、棒の先端に、雪の色に紛れてしまいそうな、巨大な布が現れた。純白の布が、風にあおられてはためく。雪女が満足げに笑った。
「主催者の氷狭女です。これがあなたたちの陣の旗だから、ちゃんと守ってね」
 少女にそういい残すと、氷狭女はさっさと地上に戻っていく。下降していく雪女を視線で追うと、雪原は激戦区と化していた。男が一人、雪玉の集中砲火を浴びている。影が出現した通りの北端には、目の前の旗と対をなすかのように真紅の旗が揺れていた。
「ふうん」
 小さく呟く。大体状況はつかめた。
「何やってんの?」
 取り残されて頬を膨らます少女に問いかける。
「雪合戦」
 予想は的中だ。無意識に笑みがこぼれる。
「へぇ、おもしろそーじゃん。俺もやるやる〜」
 フェンスに飛び乗り、反動をつけて宙に躍り出る。
「降りる?」
 すれ違いざまに問うと、返事も聞かずに少女の腕をつかんだ。降りたそうな顔をしていたから、問題ないだろう。
「きゃぁ」
「大丈夫。あ、俺桐生暁ね」
 名乗っていなかったことを思い出したのだ。少々場違いかとも思ったが、少女は意外にも、普通に言葉を返してきた。
「ドロシィ夢霧っていいます」
 たった四メートル程度の落下なので、雪原はもう目の前だ。暁は体重を感じさせない動きで雪原に降り立つと、遅れて落ちてくるドロシィを、ゆっくりと雪原に下ろした。
「ありがとう・・・」
「気にしない気にしない。それじゃあ、またね」
 暁は軽く手を上げて走り出す。向かう先にいるのは、明らかに人ではない連中に取り囲まれた男。
「雪女に雪婆・・・入道までいるのか」
 雪合戦をするのに、一番敵にまわしたくない妖怪達ばかりである。
「でもそのほうが面白いよね。それに・・・」
 慎重に距離をとりながら、死角となるビルの角に身を隠す。


「さ〜て、戦闘開始だ」
 あっという間に完成した大量の雪玉を、一気に投げつける。最初の雪玉が手前にいる雪婆にぶつかると同時に地面を蹴った。空を仰ぐと、暖かい風が顔に吹きつける。
「やっぱ春なんだよな、今は」
 一人ごちて、手近なビルの屋上のフェンスを掴む。妖怪達は、先ほどまで暁のいた路地を訝しげにうかがっているものの、まだ動いていはいない。
 反動をつけて体を回転させ、壁を蹴る。妖怪の群のど真ん中に飛び込んだ。
 急降下してくる暁を見て、輪の中心にいた男が慌てて飛び退る。勢いをつけた暁が着地すると、周囲の雪が散った。そのまま柱状になって天へと吹き上げる。雪柱の中心にいる暁の目に、放り上げられた男の姿が映った。周囲の妖怪達は驚いてはいるようだが、顔を覆う様子も吹き飛ばされる気配もない。
「まあ、いいか」
 目的は果たしたのだ。放物線を描いて飛んでいく男の落下地点を目測し、雪婆と氷狭女の隙間を駆け抜ける。



 白い旗の傍に、憮然とした男が立っていた。
「礼は言う」
「気にすんなって」
 暁が笑うと、男が怒鳴った。
「だからといって、もう少し方法があるだろうが」
「あはははは」
 ところで、と男が暁の笑いを遮った。
「何しに来たんだ?」
「何って、雪合戦やってるんでしょ」
「参加すんのか?」
 男の声が真剣味を帯びる。
「もちろんっ。雪合戦なんて何年ぶりだろ〜。あー、やっぱり童心に返るねぇ」
 飛んでくる雪玉をひょいひょいとよけながら、暁は満面の笑みを浮かべた。
「ちょうどいい。戦力になる奴がいないんで困ってんだ。俺は暁良っていう。一応こっちのリーダーみたいなもんだ。巻き込まれただけなんだが、これでも半分は仕事なんでね」
「俺、桐生暁。紛らわしいから苗字教えてくんない?」
 何気なく暁が言うと、男は見事なまでに硬直した。



 陣の近くに作られた塹壕の中。
「なぁ、深咲。これなんかどうだ?」
 睨みつけてくる男を完全に無視して、暁は平然と話しかける。
「しつこい。苗字で呼ぶなって言ってるだろうが」
「深咲、何か言った? ごめんごめん。聞こえなくって。それよりこれ」
 暁が、手にした雪兎を深咲の目の前に差し出す。
「何だ?」
「いつも同じじゃつまんないからね。見よ!このラブリーうさぎちゃんの威力を!」
 言うと同時に、暁が雪の壁から身を乗り出して、雪兎を放つ。大量の兎が一直線に飛んでいった。
 直後、鈍い音がしてこちらに向かって疾走していた雪婆が卒倒した。
「石でも入れたのか?」
 唖然とする深咲に、暁は笑って首を振る。
「そんな邪道なことするわけないじゃん。まあ、俺の握力と肩の勝利ってとこかな。それに何と言ってもラブリーうさぎちゃんだからね」
 苦笑する深咲を尻目に、暁は次々と兎を投げ続ける。
「それにしても、すごい雪だよね。もう春だってのに」
 雪を投げながら暁が呟くと、深咲が意外そうな顔をした。
「何だ、知らなかったのか?自然の雪じゃねえよ、これは。氷狭女に会っただろう。あいつが降らせたんだよ」
「雪合戦のために?」
 暁が聞き返すと、深咲は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「そうだ。まったくもって迷惑・・・」
 深咲の台詞が最後まで続けられることはなかった。
「所長にも事情があるんですよ」
 いつの間に近づいてきたのか、暁が振り返ると青年が立っていた。
「初めまして、暁さん。私は賢木濫といいます」
「事情って?」
「地球温暖化とヒートアイランド現象です。雪女ですからね。それでもあの人は、東京を離れることができない。それなりにストレスもたまってるんです」
だから大目に見てやってくださいと、濫は申し訳なさそうに笑う。
「ふうん、まあ俺は楽しんでるから構わないけどね。雪女っていうのも大変なんだな・・・」
 暁が軽く返すと、深咲がため息をついた。
「だからといってな。俺らが勝たなきゃ雪を降らせ続けるっていうんだから、無茶苦茶な奴だよ」
 徐々に激しさを増す攻撃に、暁は守りに専念することにした。前方を凝視していると、濫が再び口を開く。
「いつも迷惑かけて申し訳ないです。私は事務所の留守番があるのでこれで・・・」
 失礼いたしますと言った濫の語尾が、風にのまれる。不思議に思った暁が振り返ると、そこには濫の影も形もなかった。
「来るぞ」
 短く告げた深咲の声に緊張が走っている。
 暁が慌てて視線を戻すと、大量の雪玉が塹壕めがけて一直線に飛んでくるのが目に入った。
「わお」
 茶化すように言った暁が、次の瞬間青ざめる。飛んできたのは雪玉ではなかった。
 それは間近に来ると分裂し、飛行速度までをも落として、塹壕に群がった。
「虫!?」
「そうみたいだな」
 群がるそれを必死に払い落としていると、雪の上に影が差した。
 二人の頭上を、氷狭女が駆け抜ける。他の妖怪達も後に続いた。
 どうやら旗を直接破壊することにしたらしい。
「よし、俺らも今のうちに奴らの旗を・・・」
 暁が虫を振り払いつつ塹壕を飛び出す。駆け出そうとした瞬間、通りの真ん中に金髪の少女が飛び出した。ドロシィだ。
 よく通る高めの声音で、ドロシィが叫んだ。
「オーバー・ザ・レインボゥ」
 次の瞬間、雨上がりでもないのに上空に巨大な虹が出現した。
「喰らえっ、『OZ』の豪雪地帯直径二キロぶんの雪を!」
 ドロシィの言葉とともに、雪原に影が差した。慌てて振り返った暁の目に、とんでもないものが映った。
 バケツを引っくり返したような大量の雪が、戦闘地帯に降り注ぐ。目標は陣に群がる雪妖怪達だ。
 しかし。
「うわあぁぁ」
 響きわたったのは深咲の悲鳴だけだった。OZの雪に襲われた一帯だけに二メートルほどの雪が加算され、暁の目の前には巨大な雪壁ができている。とりあえず圧死は免れたようだ。
「あちゃ〜大丈夫かな、深咲は・・・」
 すると雪壁が割れて、妖怪達が躍り出てきた。さすがにダメージが大きかったのか、一時撤収を決めたらしい。通りをまっすぐに北上してくる。
「やるなぁ、あの子」
 呟く暁の頭上を、妖怪の集団が駆け抜けていく。ただ一人、氷狭女だけが雪面すれすれを滑るように通り過ぎていった。
「俺一人じゃ深咲を掘り出すのは無理だしなぁ」
 どうしたものか思案していると、妖怪達が飛び出してきた穴の奥で何かが動いた。
「深咲?」
 雪壁から出てきた彼は、意外と元気そうである。
 しかし駆け寄ろうとした暁は、途中で硬直した。
 這い出てきた深咲の後ろから、狼や雪男がぞろぞろと続いた。そういえば先ほど撤退していった妖怪達も、少なからず数が増えていたような気がする。
「あの子が連れてきたのかな?」
 雪と一緒に。
「そういうことらしい」
 胡乱げに目を細めた子供が、青白く光る炎を体にまとわりつかせながら暁のほうに近寄ってくる。
「流石にそろそろ決着がついてくれないと・・・・・・寒くてかなわん」
 子供は不機嫌そうに言う。炎はさしずめ、暖房代わりなのだろう。
 すると、周囲ををうかがっていた狼のうち一頭が、鼻面をもたげた。白い毛並みが風に揺れる。地面を蹴って、一目散に駆け出した。残りの狼たちも、先の一頭を追う。
 向かう先は、通りの北端。
「追ってみる?」
 暁が言うと、深咲も頷いた。



「おまえら・・・」
 真紅の旗を背にしていた氷狭女が、向かってくる狼の群を見て絶句した。
狼たちが嬉しそうに尻尾を振る。群はますます速度をあげて、陣に向かって突進していった。
「知り合いなのか?」
 後を追ってきた暁が口を開く。
「さあ、そのような話は聞いたことがないが」
子供が首を傾げた。
 陣が、旗が近づいても、狼たちが減速する気配はない。さすがに焦ったのか氷狭女や妖怪達が止めにかかる。
 しかし、到底間に合わない。
 先頭の狼が氷狭女に飛びついた。鈍い音がして、氷狭女の背中が旗の柱部分にぶつかる。他の狼たちも我先にと群がって、尻尾を振りながら雪女の顔をなめまわしている。
「いい加減に・・・」
 怒鳴りつけようとした氷狭女の台詞は轟音に飲まれた。柱は根本から折れ、赤い旗布が翻る。そのままゆっくりと雪原にくずれ落ちた。



 太陽を背に、純白の旗が揺れている。雪壁の手前に、参加者と、乱入して戦いを終結させた狼たちがたむろしている。
 氷狭女に怒られでもしたのか、狼たちは揃ってうなだれていた。それでも再会の喜びは隠せないようで、尻尾で雪をかき回しながら氷狭女の様子をうかがっている。
 しばらくの後、雪を踏む音がしてドロシィが戻ってきた。
「お手柄だったじゃん」
 足音に振り返って、暁が笑う。
「お手柄?ドロシィちゃんが?」
 状況が飲み込めないらしいドロシィに、暁が説明を続ける。
「そう、正確には『あんたの呼び出した狼たちが』だけどね」
 その台詞に、場にいた全員が笑った。たった二人を除いて。
「だーかーらー。それじゃあ困るって言ってるんだよ」
 深咲が氷狭女に向かってがなりたてている。
「そうか。それならおまえの望みどおりにしてやろう」
 氷狭女がさらりと言い放った。あまりにも簡単に要求が通ったせいか、暁良が胡乱げに目を細める。
「『雪をやませるだけでは不十分だ。積もった雪もすべて消せ』 そういういうことだろう?」
 言いながら、氷狭女は口端を吊り上げて、にぃと笑う。
「おい、気をつけろよ深咲」
 慌てて暁が口をはさむ。
 しかし。
 満面の笑みを浮かべた氷狭女が、ふわりと宙に浮いた。そのまま腕を横に薙ぎに払う。


 次の瞬間、見事なまでにすべての雪が、消失した。


 乾いたアスファルトの上で、暁が息をつく。
「嫌な予感はしたんだよな〜」
 暁本人はこの程度の高さなら、どうということはないのだが。
 空を仰ぐと日差しがまぶしい。
「やっぱ、春は春らしいのがいいよなぁ・・・・・・うん?」
 頭の上が冷たい。手をやってみると、何かがのっている。
「雪うさぎ・・・?」
 雪は全部とけたはずではなかったのか。しかもこれは先ほど暁が作った攻撃用ラブリーうさぎちゃんではない。
「欲しいなら持っていけ」
 顔をあげると、目の前に氷狭女が立っていた。
「これだけの雪を降らせるのは楽じゃない。核を二つも用意しないと間に合わなかった」
 白い指先が、暁の掌にのった雪兎を示す。
 大変だと言いながらも、大雪の元凶である雪女はどこか嬉しそうだ。どうやらストレス解消にはなったらしい。


 手に持った兎を眺めながら、これが何の役に立つのかと暁は首をひねる。
 春の暖かい陽光を浴びても決して溶けることなく、兎は陽光を弾いて煌いていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4782 / 桐生・暁 (きりゅう・あき)/ 男性 / 17歳 /高校生兼吸血鬼 】
【0592 / ドロシィ・夢霧 (どろしぃ・むむ)/ 女性 / 13歳 /聖クリスチナ学園中等部学生(1年生)】


NPC
【氷狭女】【深咲暁良】【賢木濫】【伽灯】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、桐生暁様。

このたびは雪合戦大会へのご参加、ありがとうございました。
ぎりぎりの納品になってしまい申し訳ありません。
結果は深咲陣営の勝利となりましたが、氷狭女も一矢報いたということで。
ラブリーうさぎちゃんの威力、楽しく書かせていただきました。
結局氷狭女のストレス解消話になってしまいましたが、お付き合いくださり感謝です。

ラストに登場した雪兎は、氷狭女が大量の雪を操るのに使う、妖力の結晶のようなものです。
詳細はアイテムの設定に記述してあります。
よろしければお使い下さい。

季節外れの雪合戦、楽しんでいただければ幸いです。