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辻斬り幽霊
「くそ、うちは普通の興信所だっていうのに」
客が帰ったあと、草間・武彦は苛々とタバコのフィルターを噛んだ。
それを見て、草間・零が小首を傾げる。
「でも、お仕事が入りました。いいことですよね?」
「まあそれはそうだけどな……」
武彦は肩を落とした。
実際、確実に報酬が約束された依頼だった。
万年赤字のこの興信所にそれを断るだけの余裕はない。
武彦は仕方無しに、タバコをふかしながら客が置いていった資料に目を通す。
「しかし辻斬りとは、また時代錯誤な話だな」
先ほどまで居たのは顔なじみの刑事だった。
彼が置いていった厚い茶封筒に入っているのは、ここ数週間で発生している連続傷害事件の資料だ。
三ヶ月ほど前からある公園の周辺で、幽霊が出るという噂が広まっていた。
散切り頭に着流し、抜き身の日本刀を提げた男の姿で、一瞬で目の前に現れ刀を振り下ろすという。
しかしその刀は体をすり抜け、同時に幽霊も消えてしまう。
ただそれだけのことだったので、それは辻斬り幽霊≠ニしてオカルト好きの人間の噂になっていった。
だが三週間ほど前、能力を持つものがその場に近付いたときに事件は起きた。
すり抜けるはずの刀が、その能力者を斬り付けたのだ。
幸い軽傷で済んだものの、同じようなことが二度続いた。
いずれも特殊な能力を持つ者ばかりで、その間に幽霊に遭遇した一般人に被害はない。
そして先週、また新たな被害者が出た。
「被害者は女子高生で、特殊な能力を持つ。全治二ヶ月の重傷、か」
さすがに気のせいでは済まず警察が動いた。
しかし上がってくる情報といえば幽霊のことばかり。
そこで武彦のことを思い出した刑事が、依頼に来たというわけだ。
「でも、先ほどの刑事さん個人の依頼なんですか? それとも警察からの?」
「知らん。金さえ入るなら、その辺は詮索しないことにしてるからな。向こうもそのつもりだろう」
言って武彦は、短くなったタバコを灰皿に押し付ける。
そして誰に面倒を押し付けてやろうかと、知っている顔を思い浮かべた。
■■■
シュライン・エマは病院の廊下を静かに歩いていた。
手にしたメモと病室の番号を見比べ、目的の個室の前で立ち止まる。
ドアについているネームプレートを確認。
(天堂ルイ、間違いないわね)
辻斬り幽霊≠ノ斬られた能力者の中で、一番深い傷を負った女子高校生の病室だった。
全治二ヶ月と聞いているが、事前に取った連絡では面会を快く了承された。
軽くノックをし、返事を聞いてから静かに引き戸を開ける。
「ごめんなさい、連絡してました草間興信所のエマです」
声をかけると、ベッドで状態を起こしていた少女が笑顔で軽く頭を下げた。
「初めまして、天堂ルイです」
少女、天道ルイは笑顔ではきはきと喋り、あまり重症患者のようではない。
「どうぞ、座ってください」
ルイに言われて、礼を言いつつ見舞い客用のパイプ椅子に座った。
相手の傷に障っては悪いと思い、シュラインは早々に用件を切り出す。
「早速なんだけど、お話を聞いていいかしら」
「はい。幽霊のことですよね」
面会の許可を取るときに、前もってこちらから聞きたいことは伝えてあった。
ルイが頷いて話を始める。
幽霊を見に行こうと言い出したのは、仲の良い友人の一人だったという。
ルイは心霊関係には疎いということで気にしなかったらしく、友人たち三人で行くことになった。
深夜に噂の公園に着くと、すぐに幽霊は現れた。
黒い着流しこそ着ていたが、普通の男性のようで髪も短かった。
幽霊はなぜかまっすぐにルイに向かい、刀を振り上げた。
危険を感じたときには、すでに刀は振り下ろされ、ルイはかろうじて体を後ろに倒すので精一杯だったという。
それでも避けきれず、袈裟懸けに斬りつけられた。
「あとは覚えてないんです。気がついたら病院で」
「傷は大丈夫なの? 痕残ったりはしない?」
そう尋ねると少女は、ありがとうございます、と頭を下げた。
「ほんとは自分で治癒できるんですけど、警察沙汰になったから抑えてるんです。でもちょっとずつ回復は早めてるし、痕も多分残らないです」
それならよかったと、シュラインは安堵した。
「それで幽霊について、なにか覚えていることはないかしら?」
「ええと――あ、そういえばなんか苦しそうでした」
「苦しそう?」
「はい。歯を食いしばって眉しかめた感じで、腕にもすごい力入ってたんです。刀を抑えようとしてるみたいな感じで」
それを聞いて、シュラインは考え込んだ。
(刀と男性の幽霊は、別の存在なのかしら?)
そうだとすると、少し話が違ってくる。
刀と幽霊で一つの存在だと思っていたが、ルイの話からすると人を斬ろうとしているのは日本刀のみで、男の幽霊はそれを抑えていることになる。
(三ヶ月前までは現れてないのだから、それまではその幽霊が抑え切っていたということかしら。それが、なんらかの理由で抑えられなくなった――)
その可能性もなくはない。
シュラインはそう考えると、立ち上がった。
聞けることは聞いたし、あまり長居をして怪我人に負担をかけてはいけない。
少女に礼を言い、シュラインは病室を出た。
■■■
住宅地の端に位置する公園で、セレスティ・カーニンガムは辺りを見回した。
幽霊が出るという場所だが、昼間はごく普通の公園の様相だった。
周囲を木立に囲まれた公園の左手側では、老人たちのチームがゲートボールをしている。
そのコートは公園の半分ほどを占めているが、残り半分には遊具がいくつも設置されており、親子連れの姿も何組かある。
地元の住人は幽霊のことなど気にしていないのかと思うような、日常的な光景だった。
(広めの公園ですね)
そう知覚し、セレスティはステッキを使いながらゆっくりと歩く。
住宅地も公園もそう新しくはない。
そのためか、公園も端の方は手入れが行き届かないようで、錆びた自転車が転がっていたりもする。
子供たちの邪魔をしないように雑草の茂る端を歩き、セレスティは老人たちの方へ歩いた。
地域のことは彼らに聞いた方がいいと判断したのだ。
「こんにちは」
セレスティは一人でベンチに座っていた、ゼッケンをつけていない初老の男性に声をかける。
見物をしていたのだろう老人は、セレスティを見てぽかんと口を開ける。
「はー、こんにちは。外人さんかね、言葉ぁわかるのかね?」
「ええ、大丈夫です。少しお話して構いませんか?」
「言葉がお上手だねえ。いいですよ、どうぞ座られなさい」
最初は驚いていた老人だったが、セレスティの物腰に安心したのか笑顔になる。
すすめられるままセレスティは木製のベンチに腰掛けた。
「それで、まあ、外人さんがなんのお話かね」
促され、セレスティはまず当たり障りのない近辺の話をする。
そして老人が段々と打ち解けてきたところで、本題の質問をした。
「ところで最近、この辺りで夜に幽霊が出るとかいう噂がありますね」
老人が頷く。
「ああ、なんぞそんなことを、若いもんたちが言ってるようで。ただの噂だと思うがね。昔からあるならともかく、つい最近の話だから、なんかの見間違いじゃあないですかねえ」
「昔からあるお話ではないんですか?」
「ないねえ。このへんはそう新しくないが、古くもなくてね。墓とかそんなんも、何もないのですよ」
「祠とか、そういったものもですか」
「ないですねえ。第一このあたりは、五十年前は全部ただの山でしたからねえ」
成る程、とセレスティは頷く。
それではこの辺りは、日本刀を提げた着流しの幽霊が出るような条件ではないということだ。
「まあそれにしても、最近の若いもんは妙なことで騒ぐが、肝心なことをなんもせん」
老人はため息をついて、さきほどの錆びた自転車が転がっている公園の端を目で示す。
「あれもそうですがね、近頃ゴミを捨てていくのが多くてね。酷かったのが一年くらいまえかねえ、回収のトラックが一杯になるくらい粗大ゴミを捨てていったものがいましたよ」
「それは大変でしたね」
「なんともねえ。あの幽霊だとかいう話も、案外そういった捨てられたモンから出てるんじゃないかね。近頃は、物を大切にしなさすぎるからねえ」
■■■
海原・みあおは興信所のパソコンに向かっていた。
シュラインとセレスティが外出している間に情報を集めようと、シュラインのパソコンを借りているのだ。
ちなみに武彦はなにやら捜しものの依頼だとかで外出中。
零はその間にと掃除に精を出している。
「ねぇねぇ、辻斬り幽霊≠チて、なんで辻斬りって言うんだろうね。公園って辻じゃないよね?」
インターネットで検索をかけながら、みあおは近くにいた零に話しかける。
零は掃除の手を止めることなく、顔だけこちらに向けた。
「そうですね。多分辻斬り≠ニいう単語が、行きずりの人を斬る≠ニいう印象だけで使われてるんじゃないでしょうか? それに幽霊が和服に日本刀なのも、辻斬り≠フ印象が強くなったのかもしれないですし」
「そっか、そうかも。洋服にナイフだったら、切り裂き魔とか呼ばれるんだろうなぁ」
言いながらみあおは、日ごろ巡回しているゴーストネットOFFを始めとして、あらゆる場所と手段で情報を集めていく。
(幽霊の噂はあるけど、ホントに噂ばっかりみたい)
情報は多いのだがそのために内容が多岐に渡り過ぎていて、中には絶対にデマだろうと思えるものもある。
日付が新しいものほど尾ひれがついているようで、口から火を吹いたとか腕が伸びたとか、幽霊ではなく妖怪のような話になっているものもある。
(んー、こっちから調べるのは失敗だったかな)
みあおは、一旦目撃情報の調査を打ち切った。
そして今度は刀の方を調べる。
幽霊の姿をヒントにして時代を江戸末期から明治初期に絞り、辻斬り、もしくはそういった曰くつきの日本刀がないかどうか、検索をかける。
いくつか上がってきた候補のその所在地を調べ、作成した地図上に表示をしていく。
しばらくするとほとんどの情報が地図上に表示されたが、一つ不明のデータが残った。
(ええと、無銘の刀なんだ?)
残ったのは、江戸時代末期、明治へと変わる直前に製作された一振りの刀の情報だった。
みあおは何となく気になってその情報を開く。
無銘のそれは、一人の刀鍛冶の打ったものだった。
その刀工は金属に関わる特殊な能力を持ち、それによって他の刀鍛冶よりも数倍早く刀を仕上げたという。
それを妬まれて陥れられ、自身の打った最後の一刀にて自害し果てた。
その刀に怨念が宿り、道行く人々を無節操に斬りつけたという。
しかし明治に入って封じられ、それ以降はつい最近まである資産家が所持していたらしい。
一年ほど前に持ち主が亡くなり、その後刀の所在がわからなくなっている。
死因は病死だそうで、これは刀とは関係がないようだった。
「でもこれだけだと、今回のと関係あるのかわかんないよね」
みあおは呟いてパソコンの画面を覗き込んだ。
もちろんそうしても何かが見えてくるわけではない。
「しょーがない、やっぱり二人が帰ってくるの待つしかないかなー」
小さく伸びをして、それから立ち上がる。
(零ちゃんになんかお菓子もらおっと)
みあおはひとまず休憩することに決めた。
■■■
深夜の公園に、泰山府君・―は踏み入った。
夕方、セレスティとシュライン、みあおと四人で話し合いをしていたのだが、幽霊出現の時刻に気付き一人先行してきたのだった。
(この辺りのはずだが)
資料にあった出現場所、公園の奥にある木立に囲まれた石畳の上で、泰山府君は感覚を研ぎ澄ました。
周囲でざわめく風や木、小動物の気配を探っていると、ふと頭の隅に何か冷たいものが引っかかる感触がした。
(出たか)
泰山府君はそちらへ駆けた。
一本の木を回り込んだところで、不意に眼前に男が現れた。
輪郭のぼんやりとした短い髪の男は黒い和服姿で、すでに鋼色の日本刀を大きく振り上げていた。
そして何の躊躇もなく刃を振り下ろす。
「むっ!」
泰山府君は片手を掲げる。
甲高い金属音が響いた。
「問答無用とは、益々許せぬ!」
一瞬にしてその手中に現れたのは長い柄に幅広い刃をもつ大刀、青龍偃月刀『赤兎馬』だった。
泰山府君は一メートルを越す柄を両手で握り、厚みのある刃で受け止めた日本刀を跳ね上げた。
腕が上がり空いた男の胴体へ赤兎馬を薙ぎ払う。
通常の武器であれば霊には効かないだろうが、この偃月刀は違う。
それを感じてか、男の霊は滑るように後退して攻撃を避け、再び日本刀を振り上げる。
泰山府君は薙ぎの勢いを殺さず、柄を持ち替えて頭上で一回転させる。
そしてすかさず霊の脳天へと赤兎馬を振り下ろした。
男は刀で受けるような愚はせず、またしても滑るように横へと逃げる。
振り下ろした重量を難なく静止させ、泰山府君は赤兎馬を引き戻し構える。
「貴様、何故特殊な能力のある者を傷つけるのだっ。訳があるのなら話すがよい!」
叱咤の声に、男の体が一瞬震えたように見えた。
(む? この者……)
泰山府君は、男の様子が奇妙なことに気付いた。
刀の動きに迷いがなかったが、その表情は何かをこらえるかのように眉間を強く寄せ、歯を食いしばっている。
見れば柄を握る両手指も関節が白くなるほど力が入り、僅かに見える手首から腕にかけても強く筋が張っているさまがうかがえる。
時折跳ね上がろうとする日本刀を、その腕が必死に抑えている。
「もしや貴様、その刀を抑えているのか?」
男が頷いた、ように見えた。
■■■
深夜の公園に、シュライン、セレスティ、みあおの三人は駆けつけていた。
街灯があるとはいえ木立の影が濃い公園に、みあおが楽しげに周囲を見回す。
「夜の公園って別の世界みたいだね。おもしろいことが起りそう」
その様子にに小さく笑みを浮かべながらシュラインは、
「大丈夫かしら」
そう呟くのは、泰山府君のことだ。
大丈夫でしょう、とセレスティが頷く。
「ひとまず幽霊が目撃された場所に向かいましょう。恐らくそちらに向かわれたのでしょうから」
セレスティとシュラインが興信所に戻ってきたのは夕方だった。
その後、みあおとその場にいた泰山府君も交え、四人で話し合いをした。
それぞれが知り得た情報を交換し、整理しながら幽霊への対策を練っていたのだ。
ところが情報がまとまりつつあったところで、泰山府君が突然立ち上がり出て行ってしまった。
どうしたのかと困惑する一同に、みあおが言った。
「待ってる間に、草間の資料を見たみたいなんだよね。だから幽霊が出てくる時間とか知ってたみたいだよ? もうその時間だし、すぐに幽霊に合いたかったんじゃないかな」
「昼間もあの方は飛び出して行きそうでしたし、きっとそうだと思います」
零が言い、それならばとセレスティの手配した車で一行は公園へ向かったのだ。
「あ、いたよ」
みあおが指差す先に、泰山府君はいた。
木立に挟まれた石畳の上で、泰山府君と着物姿の男が対峙していた。
シュラインが視線を鋭くする。
「あれが噂の幽霊ね」
漆黒の着流しをまとった男の姿は、うっすらと奥の景色を透過している。
両手で日本刀を構え、その剣先を泰山府君へと据えている。
対する泰山府君もニメートルほどある巨大な偃月刀を軽く構え、男から目をはなさない。
邪魔にならないようにとやや離れた場所で止まり、セレスティが声をかける。
「大丈夫ですか」
「うむ。どうやら人を斬るのは刀だけで、あやつはそれを抑えようとしているようだ」
泰山府君が言い終えると同時に、男が刀を振りかぶる。
その動きは確かに刀に引きずられているように見える。
瞬時に振り下ろした刀を、泰山府君が偃月刀で払う。
その瞬間、男が消えた。
「む、いかん」
泰山府君が振り向くより早く、三人の目の前に男が忽然と現れた。
「わっ」
みあおが軽く驚いた声を出す。
セレスティは出現こそ感知できたが、咄嗟に動ける体ではない。
男はまた引きずられるように刀を振り上げる。
「下がって!」
シュラインがセレスティとみあおの前に立ち、銀色の丸い板のようなものを掲げた。
振り下ろされた日本刀は、耳障りな金属音を立ててその板の上を滑る。
その音に、シュラインが耳を澄ます。
そして「声」を出した。
「やめなさい!」
決して大きくはない声は、しかしその波動で日本刀に弾けるような音を立てさせた。
同時に大きく震えた刀が男の手を離れ、数回転して地面に突き立つ。
そこに振り向いた泰山府君が、偃月刀を日本刀の刀身へ叩きつけた。
しかし一瞬早く刀は薄れて消え、偃月刀の刃は空を切る。
「むっ」
泰山府君は勢いのついた偃月刀を頭上で一回転させ、慣性を殺して再び構え直す。
改めて前を見ると、男は消えていない。
攻撃の意志がないことを示すかのように、男の霊は両腕を広げてみせた。
「ええと、終わったのかな?」
緊張感のあまりない声でみあおが言う。
『いえ、一度消えただけですからまた現れます』
僅かに空気を響かせる声を出し、着流し姿の男が頭を下げた。
その表情からは険が消え、穏やかになっている。
『ありがとうございます。今日は誰も傷付けずに済みました』
四人で顔を見合わせ、最初にセレスティが口を開いた。
「貴方は、どういった存在なのですか?」
『私は、あの刀を鞘として封じる役目を課されたモノです』
「そうですか。では、明治初期に封じたというのは、貴方のことですね」
男は静かに頷く。
『あの刀がどういったものか、もうご存知のようですね』
「だがなぜ、特殊な能力のある者ばかり斬っていたのだ?」
泰山府君が聞く。
『あの刀に宿っているのは、かつての刀工の意志でございます。私の力が弱まったため、かつて封じられたときのように、己を抑えてくれる力のあるかたを探しているのです。そのため少しでも能力のある方々に対しては、実体化してしまったのです』
男の声に悲しげな気配が漂う。
それにしても、とシュラインは吐息する。
「斬る必要はないと思うのだけど……」
『刀工の意志は一度怨念となってしまったため、思考が単純化してしまいました。そして長い年月が経ちましたがゆえ、更にそれが進んでいるのです。己が刃であることを忘れ、ただ力のあるお人と接触したいと、そればかり訴えております』
「わかってもらうことできないの?」
みあおの発言に男は首を振る。
『あれに、理解できるだけの思考はもうございません。ですから再び鞘をあつらえて封じるか、もしくは破壊するしかないのでしょう』
男の姿が薄れ始めた。
その手を上げ、公園の奥を指差す。
『あそこに埋まっております。封じるも滅するもお任せいたします。どうかお願い致します』
深く頭を下げ、そして男の姿は消えた。
少しの間をおいて、張り詰めていた空気がゆるんだ。
肩の力を抜いたシュラインに、セレスティが礼を言う。
「先ほどは助かりました」
「私の不覚でもあった。礼を言う」
泰山府君にも頭を下げられ、シュラインは首を振る。
「いえ、私にできることをしただけですもの」
そう言いながら、銀色の板を持っていた袋にしまおうとする。
「あれ? ねえねえ、それってお鍋のフタ?」
目ざとく気付いたみあおに言われ、シュラインが苦笑する。
手にしているのは取っ手も金属製の、大き目の鍋の蓋だったのだ。
「ええ、何か盾になるものがないかと思ったのだけど、咄嗟に持ってこれるものがなくて――でもお神酒で清めてあるし、ドイツ製の業務用鍋の蓋だから丈夫で助かったわ」
「鍋の蓋で止められたとは、あの霊もさぞかし意外であったろう。ふむ、思わぬものが役に立つのだな」
妙に感心する泰山府君に、シュラインは苦笑を濃くした。
■■■
翌日の昼、公園に再び四人は集まっていた。
普段なら老人たちや親子連れがいるのだろうが、公園の出入り口に「工事中」の鉄看板が立てられているため、今日は誰もいない。
そんな中で全員の視線が集まる先、公園の奥では作業着姿の男性が四人ほど土を掘り起こしている。
ちなみに看板も作業員も、セレスティの手配によるものだ。
「ちょうどあそこが、半年ほど前に粗大ゴミが捨てられていた所でもあるんですよ」
セレスティが、作業中の所を指差す。
昨夜幽霊が指差した場所、そこは老人から聞いた不法投棄のあった場所だった。
「でもまさか、刀を粗大ゴミで捨てるとは思わなかったわ」
シュラインが嘆息する。
昨夜、幽霊が消えた後に調べた結果、問題の刀は捨てられていたことが判った。
亡くなった刀の持ち主の相続人は骨董にまったく興味がなかったらしく、刀を邪魔なものとして他の粗大ゴミと一緒に不法投棄していたのだ。
地中に埋もれたのが故意か偶然かはわからない。
しかしそのため不法投棄の回収の際にも発見されず、一年も地中にあったのだ。
「ありました!」
作業員の叫ぶ声が聞こえた。
四人はすぐにそちらへ向かった。
穴の中に入っていた作業員が長い棒のようなものを差し出し、土にまみれたそれをセレスティが受け取る。
泰山府君が眉をしかめた。
「酷いものだな」
元は見事な拵えであったらし日本刀は、しかし土中に長く置かれたために惨憺たるありさまとなっていた。
革巻きの柄は毛羽立ち、カビの緑色が所々に見える。触れた箇所がボロボロと剥がれ落ちてくる。
柄頭や湖尻の金属部分は錆び、黒塗りの鞘は大きく側面が大きく割れていた。
「この割れたのが駄目だったんだね」
しっかりと写真を撮りながら、みあおが言う。
「さて、どうしましょうか」
セレスティが言うと、泰山府君が腕組みをして難しい顔をする。
「うむ。破壊してもかまわないとは思ったが、昨日の幽霊、鞘の話を思い出すと再度封じるのでもよいかと思う。その場合は、必ずよい持ち主に預けなければならないが。皆はどうか」
シュラインも続けて頷く。
「そうね。この鞘を修復できるならして、また元に戻してもいいと思うわ」
「みあおもそう思うよっ。浄化してあげられたら一番いいんだけどね。でもとりあえず治してあげるのが先だと思うな」
「私も賛成ですね。では、これはアンティークショップ・レンの方に預けましょう。あそこなら信頼がおけますし、いい持ち主にもめぐり合えることでしょう」
四人の視線を受けた日本刀は、ただ静かに陽光を浴びていた。
了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1883/セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【3415/泰山府君・―(たいざんふくん・ー)/女性/999歳/退魔宝刀守護神】
【1415/海原・みあお(うなばら・みあお)/女性/13歳/小学生】
※整理番号順
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■ ライター通信 ■
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三度目のご参加ありがとうございます。
こんにちは、ライターの南屋しゅうです。
今回は戦闘要員の方に多少別パートが入っていますが、
基本的には皆様おなじ描写で作成させていただきました。
一つのルートにまとめるというのが初めてでしたので未熟な箇所もあるかと思いますが、
楽しんでいただけましたら幸いです。
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