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<東京怪談・PCゲームノベル>


ワールズ・エンド〜人魚姫の憂鬱





「暇ねえ、銀埜」
「私は暇ではありません、ルーリィ」
 私はカウンターに肘をつけて、ぶらぶらと足を所在無げに動かしていた。
店内を忙しく動き回っている銀埜は、顔を動かさず声だけで私に返した。
「桜が咲いていれば、お花見にでも行ったんだけど。
流石にまだ先よねえ」
「…ルーリィ。花見より先に、虫干しです。
このところ雨続きで、ようやく天気が回復してきたのですから、今のうちにやってしまわないと。
…と、昨日申したでしょう?」
「うん、聞いたわ。確かにこの店で、お客様を待っている子たちも、
少しは日光に当ててあげないとかわいそうだと思うの」
「なら動いてください」
「…それは少しめんどくさかったりして」
 私はそう言って、べたんとテーブルの上に顔をつけた。
何処となく怒りを含んだ銀埜の気配が、近くに感じられる。
…春は好きだけど、どうも動きが鈍くなるのが玉に瑕よね。
「それに銀埜、虫干しは明日でしょう?
今日のうちからそんなにばたばたしてたら、お客様に失礼じゃないの」
 店の中に、お客様は一人もいない。
私はそれを十分承知の上で口を尖らせた。
だが銀埜はしれっとした顔で、
「さいですか。ではお客様がお見えになれば、私は手を休めて紅茶を入れてきましょう。
ルーリィもそれならば、しっかり動いてくれるでしょうしね」
「お客様のためなら、ちゃんと働くわよ。…それより銀埜、最近ちょっと小姑めいてきたんじゃない?」
「…気のせいです。私は何も変わっておりませんとも」
 そう、ぷいっときびすを返し、また作業を開始する。
…絶対、気のせいじゃないんだけどなあ。
そう言ってやろうと口を開いたところで、私の耳に玄関のベルが鳴る音がした。
「お客様だわ」
 私は顔を輝かせて、席を立つ。
こういうときにしか動かないんだから、といわんばかりの苦笑を浮かべる銀埜の隣を通り、
私は玄関口に向かった。
 そして今しがたドアを開けて入ってきたばかりの、来訪者を笑顔で出迎えた。
「いらっしゃいませ!ようこそ、”ワールズエンド”へ」
「どーも。って、何だかえらく仰々しい出迎えだなあ。
ここ、雑貨屋だよね。別に俺、何も買う気ないよ?」
「ええ、構いませんとも。どうぞ見てらして下さいな。
何せ今暇で暇で…げほんごほん」
 私はつい出た本音を隠すように咳払いをし、ドアの前に立っている彼女を眺めた。
うちのリックと同じぐらいの背丈。多分、歳も同じぐらいだろう。
無造作に切った短い黒髪を散らし、少年のようにも見えるが、
決して不自然ではなくむしろ似合っている。
一見するとどちらかは分かりにくいが―…きっと、少女だろう。
身体の柔らかさや、まだ未熟ながら表している体のラインは少女のそれだ。
己のことを俺、と呼ぶ少女は、珍しい赤みがかった瞳をきょろきょろと動かし、店の中を眺めていた。
「じゃあ、お邪魔しまーす。何か掘り出しモンあるかな」
 少女はそう言って、私の隣を通って店の中へ入っていった。
棚の近くにいた銀埜に一瞬びくっとしていたが、
あまり物怖じしない少女なのだろう、特に何か言う様子もなかった。
 私はドアを閉め、そんな少女を眺めながら、
果たして彼女は何を望んで入ってきたのか、それに思いを巡らしていた。











              ■□■










「一通り見てみたけどさあ、わりかしフツーの店なんだな」
 今は消えている暖炉の前に設えた椅子に座り、少女は先程の私のように、
足をぶらぶらと動かしていた。
 何となく私は彼女の言葉に、その意味とは違う何かを感じ、首を傾げた。
「あら、意外?」
「意外つーか、何かもっと変なモンがあるような気がしたんだ。
俺の気のせいかな」
 少女はそう言って口を尖らせて、「おっかしいなあ」と呟いた。
どうやらこの少女は私に近しいものを持つらしい。
時として、この店に掛けられた魔法が微かに感知されることもある。
私の作る道具を必要とするものを呼び寄せる魔法を。
「ふぅん、そう。じゃあ、あなたは何か不思議な力を持ってるのかしら?
もしかして…魔法とか?」
 我ながら、会話の運びが不自然だなあ…と思いながら、
私はくすくすと笑って言ってみた。
別に探りを入れているわけじゃない。
ただ何となく、この少女が私に近い力を持つ子ならば、
それをほんの少し覗いてみたかっただけ。
 でもまあ大概、能力を持つもの、というのは慎重なものだ。
私のこんなカマ掛けには引っかからないだろう。
それに何より、時折その瞳に鋭い光を乗せるこの少女が、
それ程大胆だとも思えない。
 だが。
「ウソ。何で分かンの?」
 少女は目を丸くして、壁を背に寄りかかっている私を見上げた。
私は思わず、ずるっとこけてみる。
 …どうやらこの子は、私が思ったよりも純粋な面を持っているらしい。
「ふふ…それはね。何を隠そう、この私も魔女だからよ」
 私は気を取り直し、胸を張って言ってみた。
まだルーキーだけどね、と心の中で付け加えながら。
 少女はぽかん、とした顔で私を見上げていたが、
やがてその瞳はきらきらと輝き始めた。
「マジで?!すっげえ、こんなとこで同類に会うとは思わなかったよ。
ね、何でこんな小さな店やってんの?あんたどーいう魔女?」
 矢継ぎ早に繰り出される言葉に私は少々面食らいながら、
思わずくすっ、と笑いを溢した。
「店をやっているのは、私の魔法を有効に使うため、かしら。
逆に言うと、これぐらいしかないのよ、食べていけそうなことは。
どういう魔女って…そうねえ、説明するのが難しいわね」
 私はそういいながら、手近にあった椅子を引き寄せ、それに腰掛けた。
そして少し首を傾げて言う。
「言うのが遅れたわね。私の名前はルーリィ。
同業者さん、あなたのお名前は?」
 少女は、あ、と気付いたように頷き、
「俺、浅海・紅珠。なあ、ルーリィってここでどんなことやってんの?
俺の婆ちゃんも魔女でさあ、同じよーなことやってんのかな」
「紅珠さんね。そうねえ…紅珠さんのお婆様がどんな方か知らないから、分からないけれど。
私が得意とする…というか、これぐらいしかできないんだけど。
それが、道具を作ることなの。私たちの村では、作成術っていうんだけどね。
術に長けた人は一から作れるけれど、私の腕ではまだ難しくって。
既存の道具に、付加価値を付けるぐらいしかできないけど…って、紅珠さん、どうかした?」
 私は、私の言葉に聞き入っていた少女―…紅珠が、いつの間にか真剣な表情になっていることに気がついた。
…何か、私の説明でおかしいところがあったのかしら?
「ええと、何か分からないことでもあった?」
 だが紅珠は、ぶんぶんと首を横に振る。
私が訝しげに眺めていると、紅珠は視線を床に向けながら、ぽつりと口を開いた。
「…俺、海の魔女でさあ。所謂セイレーンってやつ?まだ見習いなんだけど。
歌で人を惑わすってヤツでさ」
 私は紅珠の言葉に、うんうん、と頷きながら聞いていた。
確かにそういう魔女がいることは聞いたことがある。
だが…かなり特殊な分類だった筈だ。
そもそも、ある種特別な人間しかなれないという。
確か―…。
「で、俺、人魚の子孫なんだよね。末裔とも言うけど」
「ああ、そうそう。人魚の血が入っていないと難しいって聞いたことがあるわ。
へえ…紅珠さんがそうなの。私、初めて見たわ」
 私はそう言って、改めてまじまじと紅珠を眺めた。
腰掛けている足は若々しくしなやかで、人間の足となんら変わりない。
「ふぅん、そう。ルーリィも知ってたんだ。
足はさ、濡れると尾になるけど、乾いてたら普通の足なんだよね。
だからこうして生活している分には問題ないんだけど―…」
 紅珠はそこまで言うと、ハァと溜息をついた。
そしてまるで愚痴を言うかのように溢す。
「これから夏になれば、海とかプールに行くじゃん?
そんで、濡れたら尾になっちゃうわけなんだけど、そういうの学校の友達には見せたくないんだよ。
騒ぎにしたくねーし。でさでさ、ルーリィ!」
 紅珠はバッと顔を上げ、私の手を強く掴んだ。
そして真剣な表情で私を見つめ、
「魔法で道具、作れんだろ!?足が尾になんねーように、何とか防御できないかな!
そーいう道具、作れる?!」
 手を掴まれたまま哀願する紅珠に、私は思わず目を見開いた。
…なるほど、紅珠の悩みはこれか。
確かに陸に暮らす人魚にしたら、尾を見せるのは余計なトラブルを招くことだろう。
それが、水に濡れるだけでなってしまうというからには、防ぐのは大変だ。
こんなまだ12,3歳の少女に、夏に水場で遊ぶなとも言えないし、紅珠自身も厭だろう。
だが、水を防ぐとなると―…防御。反射。―…防水?
「……あっ」
「何か思いついた?できる!?」
 私は思わず声を上げ、紅珠はそんな私に食いついた。
そんな必死な紅珠を眺めながら、私の脳裏にはある考えが浮かんでいた。
私としては、珍しくいい考えが。
「…よっし、分かった!紅珠さん」
「うん?」
 私はきょとんとしている紅珠を見つめ返し、自信たっぷりに頷いて見せた。
「この魔女、ルーリィに任せなさい!きっと満足できるものを作ってみせるわ」
「マジで!期待してるぜ、ルーリィ!」















 私の頭に浮かんでいる設計図どおりのものを作るには、少々調整が必要だ。
だがそれは、万人に通用するものを、と考えるから浮かんでくる難問で。
ただ紅珠のみが使用するならば、それはとても簡単なことになる。
「ってなわけで」
 私はにこにこと笑いながら、なみなみと水を注いだコップを手に持っていた。
紅珠はそんな私を椅子に座りながら仰ぎ見て、眉をしかめた。
「何するつもりだよ?」
「紅珠さん、これは必要不可欠なことなのよ。
もしかして痛いかもしれないけれど、我慢してくれるわよね?」
 夏にプールに行くためよ。
私はそう言って、悪の科学者のように笑みを浮かべた。
そんな私に反して、紅珠は眉を吊り上げて怒鳴った。
「俺は何も、身体改造しろとか言ってねーからな!
何企んでんだよ、あんた!」
「やーねえ、誰も紅珠さんの身体を人造人間にするとか言ってないわよ。
ちょっとね、紅珠さんのあれを借りたくて…」
 私はけらけらと笑いながらしゃがみこみ、
あらかじめ捲ってあった膝あたりにコップを近づけた。
「少しだけ、尾に戻ってもらうわね。大丈夫、あとでタオル貸すわよ」
「へ?」
 紅珠のきょとん、とした声を気にせず、私はコップの水をほんの少し、
むきだしになった紅珠の白い肌にかけた。
すると水に濡れた部分が、するすると鱗に変わっていく。
それはまるで早送りにした映画のように早く、その変化には私も目を見張った。
「へえ…赤い鱗なのね。ところどころ金粉をまぶしたみたいに、瞬いて。
綺麗な鱗だこと」
 私は鱗に変わった部分を、さぁっと撫でた。
何処となく、金魚を触ったような感触がした。
「…鱗に戻してどーしよってんだよ?」
 私は憮然とした面持ちの紅珠を見上げ、にっこりと微笑んだ。
「あのね、紅珠さんの鱗、数枚もらっていいかしら?
はがすとき、少し痛いかもしれないけれど。
どうしても必要なのよ」
 ダメ?
私はそう言って首を傾げて見せた。
暫し眉をしかめていた紅珠は、ハァと溜息をついて、仕方なさそうに言った。
「しょーがねえなあ。ちょっとだけだぞ?
俺の鱗なんて、何に使うか知らないけど」
「あら、色んなことに使えるわよ。人魚の鱗なんて、そうそう手に入るもんじゃなし。
…あっ、別に実験材料に欲しいってわけじゃないのよ!?
今必要なの、紅珠さんの道具にね」
 私は再度漏れた本音を隠すように、慌てて取り繕うように言った。
それを眺めていた紅珠は、やれやれ、と肩をすくめ、
「もういいって。ちまちまやると余計痛いから、さっとやってよ。
一気にだぞ」
「了解、一気にね。…じゃあ行くわよ」



 そうして剥した3枚の鱗を手に、私は紅珠を一人店内に残し、2階の作業室へと急いだ。
剥し終わったあと、涙目になっていた紅珠が少し心配ではあったが。












              ■□■








 そして数十分後。
「…これ?」
 紅珠が自分の手に乗ったそれをまじまじと眺め、疑うような声を出した。
「…ほんとに、これ?」
 再度確かめるように言う。
私は勿論、と自信たっぷりに頷いた。
自慢ではないが、今回は最高の出来だ。
これで紅珠も、今年の夏は素敵なサマーバケイションを楽しめることだろう。
…具体的にどんなことを指すのか分からないけれど。
「蓋、開けてみてね。中にパフが入ってるでしょう?」
 私の言葉に、紅珠は手に持ったそれを改めて眺めた。
紅珠の手に乗っているのは、大き目の円形状をしたアルミのケース。
上部には回してはずすような蓋がついている。
 その蓋を外し、紅珠は備え付けてあるふわふわのパフを取り出した。
そう、化粧品のフェイスパウダーのようなものだ。
「…ただのパウダーじゃん?俺、化粧とかしねーよ」
「お化粧用じゃないのよ。これはボディパウダーなの。
ケースの中には特製のパウダーが入っててね、そのパフにつけて使うの。
使い方はフェイスパウダーと同じよ。パフをはたいてつけるだけ」
「…そんで?どこに?」
 きょとん、を通り越して訝しげに私を眺める紅珠。
私は何を当然、というような顔をしてみせ、
「あら、紅珠さんは何を求めていたのかしら?足が尾にならないことよね。
ならば、使う場所は決まってるじゃない?」
「…もしかして、足に使えって?」
 紅珠は恐る恐るそう聞いた。
私はうんうん、と頷き、
「そうよ、その通り。そのパウダーは完全防水仕様なの。勿論、紅珠さん特製の、よ。
紅珠さんの鱗を溶かしてあるから、他のヒトには馴染まないの。
朝、これを足全体につければ、24時間は水を完全に弾いてくれるわ。
だから、足のままでプールにも入れるし、海も大丈夫よ。
但し、24時間が限度だから気をつけてね」
 一気にそういった私は、首を傾げてしばし紅珠の様子を眺めた。
暫くケースを持ったまま考え込んでいた紅珠は、やがてぽん、と手を叩いた。
「あーあー…なるほど!防水ってことは、足も濡れないんだな!
ってことは尻尾にもならないし、足のまんまでいられるんだよな!
すっげー、ばっちりじゃん!」
 私の言葉を理解したようで、紅珠はケースを握り締めたまま、大きくガッツポーズをした。
「俺、今年は海もプールも全部ダメかと思ってたんだ。
プールの授業も全部欠席とか、最悪だし」
「そうよね、折角人魚さん何だし、泳がなきゃ。
勿論泳ぎは得意でしょう?」
「もっちろん。金メダル級か、それ以上だな!…一応」
 ぼそっと何か付け加えたような気がするが、私は遭えて追求しないことにした。
誰でも何かしら触れられたくない部分というのはあるものだ。
「じゃあ、今年はそれを使って、お友達とサマーバケイションを楽しんでね。
喜んでもらえて私も嬉しいわ」
 私がそう言うと、紅珠は嬉しそうな顔をして頷いた。
そして、思い出したように言う。
「あ、そうだ。さっきの俺の鱗、まだ余ってる?」
 唐突な紅珠の言葉に、私はきょとん、と首を傾げた。
そして縦に頷き、
「ええ、1枚しか使わなかったから。でもどうして?」
「そんじゃ、余ったのあげるよ。何かの材料にでも使ってくれよな」
 紅珠はニッと笑ってそう言った。
私は一瞬目を丸くし、そしてにっこりと笑った。
「ありがとう、是非そうさせてもらうわ。
あ、そうそう。パウダーは沢山あるから暫くは心配ないけれど、
もし少なくなったらまた来て頂戴。補充するわ」
「うん、サンキューな!これ、有り難く使わせてもらうぜ」
 紅珠はそう言って、ふたを閉めたアルミのケースを振って、笑って言った。
私はそんな紅珠の笑顔を見つめながら、作業室に置いてある紅珠の鱗の使い道について、思いを馳せていた。
折角手に入れた人魚の鱗、悔いのないように使わなければ。
久しぶりに、造薬術にでも手を出してみようかしら?
 ああ、夢が膨らむ。
日頃細々とした作業はめんどくさがるくせに、
こういうことになると、自然わくわくしてしまう私なのだった。














        end.







●○● 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)         
――――――――――――――――――――――――――――――――
【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【4958|浅海・紅珠|女性|12歳|小学生/海の魔女見習】


●○● ライター通信      
――――――――――――――――――――――――――――――――
紅珠さん、はじめまして。
そしてPLさん、またお会い出来て大変嬉しく思います^^
今回は書かせて頂いて有り難う御座いました。
お届けするのが遅くなってしまい、誠に申し訳ありませんでした;

アイテムについて、その効果と効能を考え、このようなものに相成りました。
装飾品…とは少し違ってしまいましたが、
女性ならばこのようなものは日頃持ち歩いていても不思議ではないかと思いまして…。
また何かのお役に立てば非常に嬉しく思います。
そして鱗、有り難う御座いました。
きっと色々な薬に挑戦することでしょう。

それでは、またどこかでお会いできることを祈って。