コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


White Maze

 ひゅるりと冷たい風が吹いて、川西・雪夢(かわにし・ゆきむ)は思わず肩を竦めた。世間では桜も満開になった頃だが、日差しは暖かくとも吹く風はまだ肌寒い。極度の寒がりである雪夢にとっては、まだコートとマフラーの手放せない時期であった。寒そうにマフラーに首を埋めた雪夢に気付いて、前を歩いていた四谷・想司(よつや・そうし)が振り返る。
「大丈夫?」
 そう言って四谷が、風に乱れた雪夢のマフラーを巻き直してやると、雪夢は少し顔を赤らめてコクリと頷いた。完全防備の雪夢に比べて、隣を歩く四谷の服装は極めて簡素だった。よれよれのワイシャツに安物のジャケット。一見して、妙な組み合わせの二人である。
「ごめんね、付き合わせちゃって。……全く、あの人も酒くらい自分で買ってくればいいものを……」
 ぶつぶつと呟きながら、四谷は目の前の酒屋に入っていく。
と、そのとき、自動ドアを潜った四谷の背中に、何やら白いものが張り付いた。それを見て、雪夢は四谷の袖を引っ張って引き止める。
「どうしたの?」
「……四谷さんの背中に……」
 振り返る四谷に、雪夢は背中から取ってあげた紙を見せた。それはカラフルなピエロのイラストと、可愛らしい桃色で何やら文字が書かれた、一枚の白い紙だった。


  白イ迷路ハジメマシタ。
  迷路ハ迷ウ道。
  迷イ迷ッテ、三ツノ困難ヲ越エタ先ニ、
  貴方ノ望ムモノガ在リマス。
  是非トモヨウコソイラッシャイマセ。


「白い迷路?」
 紙を見下ろして呟く四谷に、雪夢も首を傾げる。瞬間、二人の足元から白い光が溢れ出し、一瞬にして世界を真っ白に染め上げてしまった。天地の境目も判らない白の世界に、四谷は目を見開いて後退る。
「んなっ! なななな!?」
「……白……」
 不可思議な現象にオドオドとする四谷の横で、雪夢が少し複雑そうな顔で辺りを見回す。すると、突然何もない頭上から身体の透けたピエロが現れ、二人に向かって頭を下げた。
「ようこそ、白い迷路へ」
「うわぁ! 何か出たぁ!!」
「……白い迷路……?」
 楽しそうにふわふわと浮くピエロを、四谷は怯えた表情で見上げる。それを庇うように雪夢は四谷の前に立ち、ピエロを無表情で見つめた。
「はい。ここでは貴方が持っている全ての能力を封印させて頂いております。ここで使える力は、この五枚のカードに封印されたものだけ。貴方にはこのカードを使って三つの困難を乗り越え、この迷路を脱出して頂きます。白い迷路はそういうゲームです。簡単でしょう?」
「は、ははは……夢でも見てるのかな……」
 説明するピエロに、四谷が自分の頬を抓って涙目になっている。
「カードに封印されている力がどんな力なのかは使うときにしか判りません。そしてカードの使用は一度きり。ただし、使えるカードはこの五枚のうち三枚だけで、カードの中にはハズレもあります。良いも悪いも貴方の運次第。お好きな三枚をお選びになって下さい」
「ここは……『こっち』の領域だから……私が守ります……」
「ゆ、雪夢ちゃん?」
 ピエロに言われて戸惑う四谷を見て、雪夢はすっとカードに近づく。そして中から三枚のカードを選び、ピエロから受け取った。
「カードが決まりましたら、スタートへどうぞ。『白い迷路』が始まります」
 そう言ってピエロが後ろを指し示すと、そこに黒色で『START』と書かれた場所があった。二人がそれを踏むと、周りに真っ白の壁が現れ、四谷の肩が派手に跳ねる。
「し、心臓に悪い……」
「……大丈夫……?」
「だ、大丈夫! 大丈夫だよ!」
 心配そうに覗き込んでくる雪夢に、四谷は無理矢理ビクつく身体を押さえて歩き出した。それにクスリと笑いながら、雪夢も四谷を追いかけて行く。
 迷路は迷路らしく幾つも分岐点があり、四谷はその度に悩んで、何度も突き当たりにぶつかったりしていた。わたわたと慌てる四谷の後ろから、雪夢は楽しそうについて行く。
 と、暫くして奥の長い道に辿り着いた二人は、そこに黒いカードが浮かんでいるのを見た。白の中にぽつりとある黒は酷く目立ち、妙に不安感を煽る。
「も、もしかして、あれが困難ってやつかな?」
 ぽつりと四谷が呟いたとき、黒いカードが狂ったようにぐるぐると回り始め、鈍い爆発音と共に真っ黒の煙が噴出した。
「うひゃあ!」
 思わず叫ぶ四谷を背中に庇うように、雪夢が前に出る。
「雪夢ちゃん?」
「四谷さんは下がってて……」
 少しずつ薄れていく煙の中を、雪夢は睨みつけた。すると、その中から何やら縦長のシルエットが現れる。
「な、何だ?」
「……蜜柑?」
 不可思議そうに首を傾げる二人の前に現れたのは、まるで蜜柑を縦にぐにーっと伸ばしたような形の、オレンジ色の物体だった。物体は糸のような細い手足をビシッと突っ張り、二人に向けて胸(?)を張る。
「い、一応、敵、なのかな?」
「…………」
 四谷の言葉に、戸惑いつつも雪夢は持っていたカードから一つ選び、オレンジの物体に向かって投げつけた。カードは赤色に輝き、女性の姿に変わる。
「目標、補足……能力をコピーします」
 女性はそう呟いて、背中から機械的な白い翼を生やして飛び上がった。そしてオレンジ色の物体を視界に入れると、その能力を分析、コピーする。……筈なのだが。
「能力コピー失敗……コピー可能な能力を発見できませんでした」
「ええー!!」
 少ししょんぼりとしたような女性の言葉に、四谷がムンクの叫びの如く物凄い顔で叫んだ。その間にもオレンジ色の物体は不敵な笑顔で二人に近づいてくる。
「危ない、四谷さん!」
 雪夢が四谷を庇う。瞬間、オレンジ色の物体が自らの身体をくの字に折り曲げ、二人に向かって柑橘臭のオレンジ色の汁を食らわせた。
「雪夢ちゃん!」
「残念でしたね。ゲームオーバーで御座います」
 慌てて四谷が雪夢に手を差し伸べたとき、そこは既に壁が消えて天地の境目も判らない状態の、ただ真っ白の世界に戻っていた。オレンジ色の物体の攻撃に思わず目を瞑った雪夢が恐る恐る目を開けるが、被った筈の柑橘臭は感じられず、服も少しも濡れていなかった。
「…………?」
「大丈夫? 雪夢ちゃん」
 後ろでふわふわと浮くピエロに気付かず、四谷は俯く雪夢を心配そうに覗き込む。それに雪夢が微笑んで頷くと、四谷は安堵したように息を吐いた。
「ゲームオーバーで御座います」
「うひゃあ!」
「残念でしたね」
 安堵したところにピエロに声をかけられて、四谷が跳ね上がる。それを雪夢が背中に庇いつつ、ゆらゆら揺れるピエロを見上げる。
「もし宜しければまたご利用下さいませ」
 そう言って、ピエロはくるんっと軽やかにターンした。途端、白い空間が一瞬で見慣れた商店街に戻った。目の前には二人が初めに入ろうとしていた酒屋。
「な、何だったんだ?」
 突然のことに目をぱちくりさせる四谷の隣で、雪夢は俯く。それに気付いた四谷が雪夢を振り向くと、雪夢はふわりと顔を上げて、四谷の袖を引っ張った。
「雪夢ちゃん?」
 首を傾げる四谷に、雪夢が近づく。そしていっぱいに背伸びして、四谷の頬に軽くキスをした。触れるだけの、小さなキス。
「ゆ! ゆゆゆゆ雪夢ちゃん!?」
 わたわたと慌てふためいて周りを見る四谷に、雪夢が上目遣いに四谷を見る。人差し指を唇に当てて悪戯っぽく微笑む雪夢に四谷の顔が真っ赤になる。
「雪夢ちゃん!」
 そのまま酒屋に入っていく雪夢を四谷が慌てて追いかけていく。その声を背中で聞きながら、雪夢は顔を真っ赤にして微笑んでいた。










★★★

ご来店有難う御座います。作者の緑奈緑で御座います。
納品遅れて申し訳ありませんでした(滝汗)。しかも迷路は一つ目の困難で終了…でも雪夢ちゃんの健気な可愛さを全面に押し出そうと頑張りましたので、楽しんで頂けたなら幸いです。

今回出演して頂いたNPCさま。お貸し頂いて有難う御座いました。
赤色のカード→玉響さま
困難1→いよかんさんさま

★★★