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調査コードネーム:サクラサクまで
執筆ライター :階アトリ
調査組織名 :草間興信所
募集予定人数 :1〜3人
------<オープニング>--------------------------------------
暦の上では春とはいえ、まだまだ寒い三月の頭。草間興信所に、制服姿の客がやってきた。
「……僕が生まれた時に、そういうことになったらしいんです」
応接机で草間と向かい合って、少年は言った。眼鏡の奥の瞳は、若さの輝きを宿さずどんよりと曇っている。
「月足らずで生まれて、保育器に入れても駄目かもしれないって言われて。それで、祖父がどこかの呪い師に祈祷を頼んだそうです。その時、言われたそうです。生き延びさせるために、この子の将来の運気を少しばかり前借りすることになるがいいか、って」
「ほほう?」
色の入ったレンズの奥で、胡散臭げに、草間は目を細めた。
「僕だって、そんな話、信じてませんでした。でも、きっと、そのせいなんです」
少年は、膝の上で拳を握る。
「待ち合わせとか、試験とか、ここ一番って時に、絶対に遅刻するのは」
大事な時に限って、必ず、行く途中の道で偶発的な事故に巻き込まれる。
そんな相談を持ち込んできた、この少年の名は越智・昇(おち・のぼる)、高校三年生。
歩いて行こうとすれば隣に居た妊婦が突然産気づくし、タクシーに乗ればとんでもないところに連れて行かれるし、電車に乗ればダイヤが乱れるし。
彼はこの冬、三度経験した大学入学試験に、そんなこんなで全て遅刻したのだそうだ。
「試験なら、少々遅刻しても受けさせてもらえるんだろ? だったら良いと思うがなあ」
零の出した茶を啜りながら、草間が呑気に言った。昇が頭を振る。
「良くないですよ。僕、体も弱いですが気も弱いんです。動揺するとすぐに頭が真っ白になっちゃって……」
「そ、そうか」
「そうなんですよ!」
昇は頭を抱えた。
「三つ受けて、全部落ちました。来週の末に受けるのが、本命の二次なんです。もう、後がなくて」
彼が必死なのも無理はないだろう。受験生とはそういうものだ。
「運を使い込んでしまったのは、もう諦めました。一生付き合います。でも、今回だけは、そうはいかないんです!」
しかし、それで何故興信所にくるのか。草間は今理解に苦しんでいる最中だった。
「それで、ウチにどうしろと?」
「ここって、不思議な事件を解決してくれるんでしょう?」
不本意だが、草間は頷いた。いつものパターンだ。
「僕を、できるだけ無事に、試験会場まで送ってくれそうな人を紹介してくれませんか?」
------<顔合わせ>--------------------------------------
翌日。
依頼を引き受けてくれる調査員が決まったからと、越智少年は興信所に呼び出された。
応接セットのソファには、草間が集めた人材が三名。
まず、黒髪の女性が昇に手を差し出した。
「シュライン・エマよ。宜しくね。普段はここの事務員をしてるんだけど、調査員もやるの」
と、彼女は切れ長の目を細める。握手を求められているのだと一瞬遅れて気付いて、昇は慌てて手を出した。
「越智です。よろしくお願いしますっ」
握手しながら頭を下げた昇の鼻腔を、シュラインの手首からだろうか、ほのかなコロンの香りがくすぐる。その嫌味の無い、爽やかな濃度に、大人の気遣いと落ち着きを感じて、昇は微かに頬を染めた。
次に、制服姿の少女が、ペコリと会釈をした。
「初瀬・日和(はつせ・ひより)です。私も、応援させて頂きますね」
長い髪がさらりと揺れた、その胸元には、都内某高校の校章が光っている。有名な進学校のものだ。シュラインに習って握手を求めた日和の手を昇が取る前に、同じ高校の制服を着た少年が間に入ってきた。
「羽角・悠宇(はすみ・ゆう)だ」
日和とは仲が良いようだが、清楚な彼女とはかなり雰囲気が異なる少年である。ぶっきらぼうな口調と、銀髪に青い目という容姿に、昇は少し驚いたのだが、すぐにその印象は消えた。
「俺も日和も、明日は我が身だからな。手伝うよ」
笑うと、意外に人懐こい顔になることがわかったからだ。
「迷惑をかけてしまうかもしれないけど、よろしく」
差し出された手を取って、昇も笑い返した。
自己紹介の後は、昇が持ってきた地図を広げて、当日に向けての打ち合わせとなった。
「越智さんのお家から電車で行くとしたら…………」
地図の上を目で辿って、日和は「あ」と呟いた。越智宅から最寄駅までが意外と遠く、おまけに乗換えがある。
「会場までまっすぐ、道路から向かったほうが近いんじゃないか?」
悠宇の言葉を受けて、シュラインが事務机の引き出しから地図読み用のルーラーを出してきた。会場までの道程を手早く測ってみると、10kmと少し。
「そうね。これなら、早起きすれば歩いても大丈夫なくらいじゃないかしら」
受験の常識としては、公共交通機関で、なおかつ定時に着き、遅れれば遅延証明の出る電車で向かうのがベストとされているが、今回ばかりは事情が違う。
「電車は足止めくらうかもしれないし。とりあえずは地道に、自転車でどうだろ?」
悠宇の言葉に、シュラインと日和も頷いた。
「自転車なら、何事もなければ小一時間くらいですものね。私もそれが良いと思うわ」
「そうですね。いざとなれば、徒歩にも切り替えられますし」
全員一致で、足は自転車に決定した。
「あと、出発の時間だけど」
シュラインが昇に訊ねる。
「三回遅刻したのよね。それって、どれくらい遅れたのかしら?」
「毎回、会場に入れてもらえるギリギリでした。15分くらいかな」
昇の答えに、悠宇が唸った。
「そりゃ、キツいぜ。一教科、問題解ける時間が半分くらいになるもんな」
「うん。それに、動揺しちゃうよね。本当なら、少なくとも開始時間の30分前には部屋に入っていたいくらいだもの」
頷いた日和も、同情する口調だ。まだ受験生ではないとはいえ、定期試験も学力試験もある現役高校生としては、興信所にすがりたくなった昇の気持ちがよくわかる。
「三回目なんか、電車のダイヤもきっちり調べて、2時間は余裕を見て出発したのに、駅に向かう途中で何故か早朝に散歩してた妊婦さんが産気づくし救急車は来ないし……その上踏み切り事故で電車が止まって……その上その上……」
思い出したのか、昇は少々涙ぐんでいる。
「じゃあ、今回も2時間はどこかで足止めをくらうかもしれないって考えて、本来の所要時間を足して。それに、30分前には到着したいってこととなると……」
昇に受験票を見せてもらいながら、シュラインは指を折って時間を逆算した。
「試験開始が9時半だから、早朝6時出発ね」
というわけで、越智家前に6時、各自自転車で集合ということに決定した。
「今度こそ、余裕を持ってたどり着けるといいんですけど」
自信なさげな昇の肩を、シュラインが力付けるように叩く。
「ホントに運が悪いなら、大怪我したり命に関わる事故に遭ってるわよ。それに、受験資格がなくなるほどの大遅刻は、なかったんでしょう?」
昇は目を瞬いた。遅刻の事実にばかりとらわれて気付かなかったが、言われてみればそうなのだ。
「自分でなんとか出来る範囲だから、大丈夫。そう思っておいた方が良いわ。それに、遅刻の原因になったかもしれないけど、妊婦さんは、越智くんのおかげで助かったんでしょう? だったら、良かった事なんじゃないかしら?」
「そうだぜ。それに、何かあった時の為に俺たちが手伝うんだから。ま、一番重要なのはおまえの熱意なんだから、あんまり過剰にあてにされても困るけど」
「近道、たくさん調べておきますね。あと、休憩する時のためにお茶とお菓子も」
悠宇、日和も、かわるがわる励ました。
「日和。遠足じゃないんだからさ」
「ダメかな?」
悠宇と日和のやりとりに、昇は小さく笑った。弱気の虫が、少しは治まったようだ。
------<暗雲の気配>--------------------------------------
試験当日、早朝6時。
「お、おはようございます。お待たせしました!」
越智家に集まった三人の前に、昇はよれよれの姿で現われた。
髪は寝癖でボーボー、眼鏡はなんだか汚れているし、制服のボタンは思い切り掛け違っている。目が覚めてから、超特急で準備をしたら、多分こうなる。
昇は深々とシュラインに頭を下げた。
「お電話、ありがとうございました!」
「どういたしまして」
越智家の父は出張中、母は夜勤。家に一人とのことを聞いたので、万が一のこともあると思い、シュラインは20分前に携帯で連絡を取ってみたのだ。
昇が、一応時間どおりに家の前に出てこれたのは、そのおかげだった。目覚し時計が、今日という日に限って止まっていただなんて、絵に描いたような不運である。
「筆記用具! お弁当! ハンカチ、ティッシュ! もしもの時の腹痛止めと頭痛薬!」
昇と一緒に鞄を覗き込み、悠宇と日和が所持品チェックをしている。
「風邪をひかないように、暖かくしてる? 予備の眼鏡も、一応持っておいたほうが安心よ。それと、一番大事な受験票は?」
「はい。バッチリです! 受験票はちゃんとファイルに挟んで……あれ? ない!?」
シュラインに言われて、鞄を探った昇が悲鳴をあげた。
「「「受験票がない!?」」」
異口同音に、三人も悲鳴を上げる。大変だ!となりかけたところで、昇があたふたと制服のポケットに手を入れた。
「あ。すみません。忘れないようにこっちに入れておいたの、忘れてました」
昇の手の中に受験票があるのを見て、一同、ほっと胸を撫で下ろした。
何はともあれ、無事に出発できそうだ。
この時点での犠牲:昇の身だしなみ
------<行楽気分も吹き飛ぶような>--------------------------------------
3月後半にもなると、日が昇るのが早い。前日は雨だったのだが、今日は幸い天気もよく、気温は低くとも自転車で外を走ると気持ちが良かった。
出発から小半時ほど、今のところ何事もない。
「このまま何もなかったら、ちょっと遠足みたいだね、悠宇くん」
一番後ろの日和が、前の悠宇に小声で囁いた。
「あくまで、何もなかったら、だけどな」
気を引き締めろ、と言いたげな表情で悠宇は日和を振り向いたが、実際彼もちょっとそんなことを思っていたりした。
しかし、悠宇の前を行く昇の声は、どんよりと曇っている。
「いつもならこのへんで、もうコケたりぶつかったりしてるんです……」
不運慣れしてしまったのか、空がどんなに青くても風がどんなに爽やかでも、先行きに不安を感じてしまうらしい。
早朝の道にはまだ自動車も少なく、人通りもまばら。
工事現場があるわけでもなく、四人の自転車の列は、昇の話が嘘のように、無事に進んでいた。
オフィス街の中に入ったところまでは。
高いビルが多い場所は、影になっているので気温が低い。タイヤが濡れたアスファルトを擦る音が、少し変わった。
「あら」
先頭を走っていたシュラインが、路面の異変に気付いてスピードを緩めた。
「下、凍ってるみたいだから……」
気をつけて。後続の三人に向かって言おうとした台詞は、最後まで言えずに終わる。
「うわぁあっ!」
昇が、脇道から出てきた野良猫を避けようとして、ハンドルを取られ、見事に滑って転んだのだ。
そこに、後ろからトラックがやってきた。ブレーキ音がしたが、トラックのタイヤも氷で滑る。
「危ねえっ!」
悠宇が自分の自転車を放り出し、地面に投げ出された昇を抱えて道路脇へと引っ張った。
「ひぃいいっ!」
息を引く昇の目の前で、がしゃんぐちゃん、と、自転車がトラックに轢かれる悲惨な音がした。
この時点での犠牲:自転車二台
------<渡る世間は鬼ばかり>--------------------------------------
トラックの運転手にしこたま怒られたり、一応事故ということで近くの交番に足止めされたりで、思わぬタイムロスとなった。
怪我人が出なかったのが幸いというところだろう(因みに、昇が必死で避けた野良猫も、無事路地裏へと消えていった)。
とりあえず、無事だった日和の自転車に昇が乗って、シュラインと共に会場へ向かうこととなり、日和と悠宇は徒歩で、一応後を追うということになったのだが。
事故現場に停めて置いた自転車の許に戻って、四人は唖然とした。
そこにあったのは、あちこち歪んで使い物にならなくなった、昇と悠宇の自転車二台のみ。
「あっ。鍵、外されてます!」
かけておいたチェーンロックが、切られて道端に放られているのを見つけて、日和が声を上げた。
「……やられた。盗難だわ」
シュラインも、自分の自転車につけていた鍵の残滓を見つけて、唇を歪めた。
何故選りにもよって今日、この時、同時に二台も盗られるのか。
「うわああ、すみません……!」
別に彼のせいではないのだが、昇が頭を抱えた。
この時点での犠牲:自転車更に二台
------<根性入れて、歩け歩け>--------------------------------------
タクシーは? という案は、シュラインが携帯で確認した結果、先に渋滞があることが判明したので却下。
時刻は7時半だった。
「時間はありますから、歩いて行きませんか?」
日和が言った。
「えっと、地図の三分の一くらいは来てますよね。ここからなら、2時間かければ充分だと思うんです」
「そうね。なんとかなるわ」
頭の中に叩き込んできた地図を思い出しながら、シュラインも頷いた。
「よし。じゃ、決まりだな。お前、歩くの自信ある?」
悠宇に視線を向けられて、昇は唸った。
「まだ、何キロかはありますよね」
体力にはあまり自信がないらしい。日和が、その肩をそっと叩いた。
「本番前に、体を温めて、歩きながら気持ちを落ち着かせて臨むんだって思えば、いい運動になりますよ。ね?」
「そう、かな」
まだ気が進まなさそうな昇を見かねて、シュラインがさっさと歩きだした。
「頑張っていきましょ。こうなったら、自分の脚で歩くのが、一番確実よ」
そう、少なくとも徒歩なら、信号さえ守れば車が突っ込んでこない限り事故もないし、自分の脚なら盗まれることもないのだ。
日和が前もって調べたという近道を使ったり、できるだけ車通りの少ない道を選んだり、とにかく安全第一に。
やがて、建物が減り、田圃と畑の長閑な光景が周囲に広がった。(大学のキャンパスというものは、大抵田舎に建っているものである)
歩くこと一時間。ついに、彼らは見た。
田園風景のはるか向こうに、目標の校舎を。
「ほら! 見えてきましたよ!!」
日和が歓声を上げた。周囲には、ぽつぽつと他の受験生らしき姿も見える。
この調子で行ければ、目標の9時には会場に着けるだろう。
しかし、敵は身の内にあった。
「越智くん?」
昇の異変に気付き、シュラインが脚を止めた。
「……すみません」
昇の脚も止まった。
「あの……緊張してきて……さっきから……」
唇が紫色になって、震えている。
「おなかが痛いです……!」
みるみる内に、昇の顔色は青を通り越して真っ白になった。
トイレ使用OKのコンビニがすぐ近くにあったのが、不幸中の幸いだった、と。
もう、そう思うしかなかった。
この時点での犠牲:トイレ休憩で、30分のタイムロス
------<奥の手発動>--------------------------------------
「いいです。もう、僕、今年は諦めます……」
コンビニから出てきて、昇は泣きそうな顔で呟いた。
「とりあえず、これでも飲んで。水分が補給できるし、温まるから」
シュラインは背負っていたディパックから魔法瓶を出した。中身は柚子茶だ。
「どんなに助けていただいても、ダメなもんはダメなんですね。運がないって、こういうことなんですよ」
湯気の出るカップ受け取って、昇は自棄になったように中身を飲み干した。
「あの、越智さん。そういう発想は、ちょっといただけない気がするんです」
すっかり諦めムードになっている昇に、日和が頭を振った。
時計の針は、9時を過ぎている。もう9時だと思うか、まだ9時だと思うか。どちらがいいかは明白だ。
「人は、自分が強く思ったものになるんですもの。だから、まずは絶対障害になんか負けないって思うことが大事じゃないでしょうか」
「……でも、試験を受けられても、どうせまたロクに問題なんか解けないに決まってるし」
日和は、俯いた昇の手を取った。
「私も、コンクールの直前とか、すごく怖いです。でも、絶対その時の全力を尽くすんだ、できるだけの事をするんだ、って思ってがんばりますもの」
白く、たおやかに見える日和の指だが、触れてみると指の腹がとても硬い。それに気付いて、昇は顔を上げた。
「私、チェリストなんです。弦を押さえるから、指先、すごく荒れちゃって……。でも、これが私の努力の証だから、誇らしいんです」
「努力の証……」
「越智さんだって、今まで努力してきたんですよね? その結果をきちんと出さなきゃ。私、あなたのこれまでの努力を信じていますから。だから、あなた自身も、今までがんばってきた自分を信じてあげてください」
それでもまだ迷いのある様子の昇の背中を、悠宇がドンと叩いた。
「大体、お前、大学行ってどんなことがしたいんだ? まずそこだろ」
昇は目を見開いた。彼の志望は農学部。そこを選んだ理由を、そういえば随分と長いこと思い出していなかった気がした。
「……父親の実家が、造り酒屋なんだ。父さん、後継ぎなのにサラリーマンになっちゃって。だから、大学で醸造の勉強して、僕が爺ちゃんの跡を継ぎたいって」
そもそも、彼が試験会場に定時に辿り着けなくなった理由について思い当たり、シュラインが目を瞬いた。
「あら。それは、越智くんが生まれた時に、運気の先払いのご祈祷を頼んだっていう、おじいちゃん?」
昇は頷いた。
「じゃあ、その爺ちゃんの為にも、こんなとこでグズグズしてる場合じゃないだろ!」
しょうがねえな、と一人ごちてから、悠宇はコンビニの駐車場に停まっている車の影に入ると、昇を手招いた。
「ちょっと待ってろよ」
深く息を吸った、悠宇の足許から、ふわりと風が渦を巻いて立ち昇る。銀色の髪が、その風に巻き上げられた。
風を起こしているのは、悠宇の背中に現われた、黒い石の翼。
「これ、あんまり他人にゃ見せねえんだけど、この際特別だ」
言って、悠宇はニヤリと笑った。
「空から送ってやるよ! しっかり掴まってろよな!」
「えええ!?」
目を真ん丸にしている昇を、悠宇はセメント袋よろしく、抱え上げた。
「えええええええぇえええええ!!!」
空高く、昇の悲鳴が長く尾を引いた。
「悠宇くん! そっと降ろしてあげてね!」
「騒ぎにならないように気をつけるのよ!」
遥か遠い地上から、日和とシュラインの声がした。
------<受験の心得>--------------------------------------
「合格おめでとう!」
数日後、草間興信所にクラッカーの音が鳴り響いた。
色とりどりの紙テープを浴びたのは、事後報告にやってきた昇である。
「ありがとうございますっ。皆さんのおかげです! 一時は全くどうなることかと思いましたが……!」
草間と、集まった面々に向かって、昇は深々と頭を下げた。
「一時はどうなることかと、はこっちの台詞だよ。後ろ向きなことばっかり言ってんだもん」
「悠宇くん」
憎まれ口を利く悠宇の袖を、日和が引っ張る。
「あはは、迷惑かけたね」
顔を上げ、昇は照れ笑いで髪を掻いた。
「何はともあれ、よかったわね。でも、勉強はこれからよ。がんばってね」
「はい!」
シュラインの言葉に大きく頷く表情は、別人のように晴れやかだ。合格を機に眼鏡をやめてコンタクトにしたせいもあるのかもしれない。
そんな彼の隣には、彼の学ランと同じ校章のついたセーラー服を着た女の子がいる。
「ところで、その子は?」
草間に指さされて、女の子はぺこりと頭を下げた。
「おかげで彼と同じ大学に行けることになったから、私もお礼を言おうと思って来たんです」
聞けば、彼女は一次試験で受かっていたのだという。
シュライン、悠宇、日和の三人が、ん?と首を傾げた。
「待てよ。おまえ、お爺ちゃんの為にあの大学に行きたいんじゃなかったのか!?」
悠宇に詰め寄られて、昇は誤魔化すようにアハハと笑った。
「え。いえ、農学部に行きたかったのは本当ですよ! あの大学だったら彼女と一緒だなーって、ちょっとは思ってましたけど!」
ねー、とニコニコ笑って、昇と少女は腕を組み合う。
草間は毒に当てられたような顔をして黙り込んだ。
嬉しい楽しい、もうすぐ春だ。周囲の雰囲気もなんのその、ピンク色の青春の空気を、二人は事務所中に振り撒き続けたのであった。
END
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま/26歳/女性/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/16歳/女性/高校生】
【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/16歳/男性/高校生】
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ライター通信
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いつもお世話になっております。担当させていただきました、ライターの階アトリです。
毎度ながら期日ギリギリ納品で申し訳ありません。
今回、6名様にご参加申し込みいただいて、3名様ずつに分けて納品させて頂いております。
>シュライン・エマ様
いつも、WRがうっかりしていた点を補う形のプレイング、ありがとうございます。
出発時間の決定のしかたとか、とても有り難かったです……!
少年を、大人の視線から応援している雰囲気になるように描写させていただいたのですが、いかがでしたでしょうか。
毎回、皆様のプレイングに助けていただいて、お話ができています。
今回も、PC様たちの個性溢れる出来となったと思っています。
楽しんでいただけたら幸いなのですが……。
ご意見、ご不満などございましたら、是非ファンメールなどにてお知らせください。
今後の参考にさせて頂きます。では。
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