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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:サクラサクまで
執筆ライター  :階アトリ
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1〜3人

------<オープニング>--------------------------------------

 暦の上では春とはいえ、まだまだ寒い三月の頭。草間興信所に、制服姿の客がやってきた。
「……僕が生まれた時に、そういうことになったらしいんです」
 応接机で草間と向かい合って、少年は言った。眼鏡の奥の瞳は、若さの輝きを宿さずどんよりと曇っている。
「月足らずで生まれて、保育器に入れても駄目かもしれないって言われて。それで、祖父がどこかの呪い師に祈祷を頼んだそうです。その時、言われたそうです。生き延びさせるために、この子の将来の運気を少しばかり前借りすることになるがいいか、って」
「ほほう?」
 色の入ったレンズの奥で、胡散臭げに、草間は目を細めた。
「僕だって、そんな話、信じてませんでした。でも、きっと、そのせいなんです」
 少年は、膝の上で拳を握る。
「待ち合わせとか、試験とか、ここ一番って時に、絶対に遅刻するのは」
 大事な時に限って、必ず、行く途中の道で偶発的な事故に巻き込まれる。
 そんな相談を持ち込んできた、この少年の名は越智・昇(おち・のぼる)、高校三年生。
 歩いて行こうとすれば隣に居た妊婦が突然産気づくし、タクシーに乗ればとんでもないところに連れて行かれるし、電車に乗ればダイヤが乱れるし。
 彼はこの冬、三度経験した大学入学試験に、そんなこんなで全て遅刻したのだそうだ。
「試験なら、少々遅刻しても受けさせてもらえるんだろ? だったら良いと思うがなあ」
 零の出した茶を啜りながら、草間が呑気に言った。昇が頭を振る。
「良くないですよ。僕、体も弱いですが気も弱いんです。動揺するとすぐに頭が真っ白になっちゃって……」
「そ、そうか」
「そうなんですよ!」
 昇は頭を抱えた。
「三つ受けて、全部落ちました。来週の末に受けるのが、本命の二次なんです。もう、後がなくて」
 彼が必死なのも無理はないだろう。受験生とはそういうものだ。
「運を使い込んでしまったのは、もう諦めました。一生付き合います。でも、今回だけは、そうはいかないんです!」 
 しかし、それで何故興信所にくるのか。草間は今理解に苦しんでいる最中だった。
「それで、ウチにどうしろと?」
「ここって、不思議な事件を解決してくれるんでしょう?」
 不本意だが、草間は頷いた。いつものパターンだ。
「僕を、できるだけ無事に、試験会場まで送ってくれそうな人を紹介してくれませんか?」


------<心臓に悪い人たち>--------------------------------------


 翌日。
 依頼を引き受けてくれる調査員が決まったからと、興信所に呼び出された越智少年は、「体も弱いが気も弱い」という、自身についての発言を見事に実証してみせた。
 応接セットのソファには、草間が集めた人材が三名。
 例によって、この興信所とどういう縁があるのかと疑問に思わずにはいられない、性別も年齢も個性もバラバラの三名であった。
「話は聞いたよ。運を先払いしちゃったなんて、難儀だねぇ」
 通された昇の前に、まず小柄な人物が、にっこり笑って手を差し出した。
「自己紹介するね。僕は山口・さな(やまぐち・さな)。本業はベーシストだけど、時々ここの調査員もやってるんだ。よろしくね」
 少年じみた顔に人懐こい笑顔。差し出された彼の手と、その顔との間で、昇は視線を何度も往復させた。
「あああああのっ、く、くくく草間さんっ。こっ、こここここの方っ……!」
 激しくドモる昇と対照的に、草間は素っ気無い。
「うん? ああ、この人、見たことあるだろ、テレビで」
「あああああ、ありまくりですよ!」
「あ、そうなんだ。嬉しいなー」
 昇の手を取って、さなは勢い良く振り回した。がくがく揺らされて、しかしその所為だけでなく、昇は目を白黒させる。
「な、なんで『imp』のSanaが! こんなうらぶれた興信所で僕と握手してるんですか!?」
 imp(インプ)は、年齢層問わず人気のメジャーアーティストだ。なんでそんな人がここに、とは、言われ慣れたこととはいえ、草間としてはやはり嬉しくない。
「……どうせウチはうらぶれてるよ」
「草間は僕の後輩なんだよねーっ」
 苦虫を噛んだように唇を歪めた草間の頭を、さながぐしゃぐしゃとかき回した。
 そう、さなは草間の先輩にあたる。さなが興信所に顔を出すのはその縁だ。因みに双方、学生時代に浪人・留年・スキップの経歴はない。つまり、さなは30歳の草間よりも年上――なのである。少年じみた可愛い中年。芸能人恐るべし、であった。
「僕ね、自分の運を周りの人に分けてあげられる体質なんだって。だから、僕が一緒についていって、キミの運の悪さを一時的に引き受けてあげるよ。自分で意識してそう出来るわけじゃないから、なんとも言えないんだけど。ま、お守りみたいなものだと思ってよ」
「は……はは、はぁ……」
 どんと胸を叩いたさなに、昇は魂の抜けたような顔で返事をした。握手していた手を漸く解放してもらって、胸を撫で下ろした昇に、お次は褐色の肌の女性が笑いかける。
「ハイ。ナイストゥミーチュウね」
「あ。は、はい」
 昇は慌てて頭を下げた。ソファから立ち上がった女性の髪は鮮やかな赤で、それが濃い色の肌に映えている。けだるげにとろりとした目が色っぽい。
 シンプルなニットに包まれた、豊かな胸から細いウエストにかけての見事なラインに一瞬だけ目を奪われ、越智少年はあわてて視線を逸らした。今まで彼の身の回りにはまず居なかったタイプの、大人の女である。
「ミーはジュジュ・ミュージー。デーモン使いの何でも屋ネ」 
 握手を求めて、ジュジュは昇に手を差し伸べた。赤いマニキュアの似合う手だ。デーモン使いって何だろう、という疑問よりも、昇はその手の柔らかさに心を奪われていたのだが。
「因みに、一番得意なのは暗殺ヨ」
「へ? ……あんさつ……?」
 耳慣れない、物騒な言葉を聞いて、流石に聞き返した。ジュジュの緑色の瞳に、物騒な光がきらりとよぎる。
「銃でもドスでも、ミーのデーモンの前には無力なものネ。確実に仕留めるヨ。任せるとイイネー」
「…………ジュジュ。この依頼じゃ、銃もドスも黒塗りベンツも出て来ねえし、仕留める相手もいねえと思うぞ」
「オゥ。そうネエ。ソーリーね」
 横から草間に諌められ、ジュジュは少女のような仕草で肩をすくめた。
「もちろん今回は、ユーの不運と、ミーのデーモンの勝負ね。暗殺、関係ないネー」
 ジュジュの目は、確かに笑っている。なのに何故、背筋が寒いのだろう。
「よ、よよよろしくお願いします……っ」
 ジュジュとの握手を終えて、昇は激しい不安感に襲われた。
 どうしよう、この人たちに送ってもらって無事に会場にたどり着いたところで、その後落ち着いて試験が受けられるだろうか。いや、色んな意味ですごい人たちだということは、挨拶だけでわかった。ただ、ただ、もうちょっと普通の人のほうがいいんですが! ……とか、思うのは贅沢なのだろうか……!
 キョロキョロと挙動不審気味に視線を動かして、昇は三人目の調査員を見た。
「で、トリが俺ね。姓は葉室(はむろ)、名は穂積(ほづみ)。見てのとおり、本業は男子高校生だよ」
 元気良く手を差し伸べてきたのは、短髪に学ランの少年だ。
「俺も来年は大学受験だからさ。何だか放っておけないんだよなぁ」
 健康的に日に焼けた鼻の頭を掻く呑気な仕草といい、発言内容といい、健全な高校生そのもの。
 普通の人、居たー!
「うん! うん!! よろしくねっ、葉室くんっ!!」
 半ば飛びつくように、昇は穂積の手を握った。
「こっちこそよろしく。えっと、……下の名前で呼ばせてもらってもいいかな?」
「うん、昇でいいよ」
 握った手をぶんぶん振りまわしながら、穂積は昇の言葉に顔を輝かせる。 
「よかった! いやさ、やっぱ今の時期、オチるスベるは禁句だろ? 俺、草間さんに名前聞いてから、何て呼ぼうか悩んでたんだ、実は!」
「……さっきから妙に深刻な顔をしていたのはそこか」
 横から、草間が呟いた。何か作戦でも考えているのかと思って見ていたのは、買いかぶりだったようだ。
「大体、受験生には縁起悪い苗字だよ。オチ、だなんて」
「はぁ、まあ。……うん」
 穂積の勢いに押され、昇は頷いた。今更どうしようもないんだけどなあ、と思いつつ。
「いっそ、婿養子に行って改名した方がいいと思うね、早いって字のつく人の家にでも」
「え。そ、そうかな。な、なんで??」
「なんでって。そりゃ……」
 すっかり勢いに流されている昇を見かねて、草間が会話に割って入った。
「言っておくが、オチは『越』えるに智識の『智』だぞ」
「え? チって遅れる、の『遅』じゃないんだ? ……って、この際関係ないか」
 ごまかすように笑いながら、穂積は髪を掻いた。
 何はともあれ、昇が持ってきた越智家から試験会場までの地図を広げて、作戦会議が始まった。
「万全を期したほうがいいヨ。四時間前でどうネ?」
「四時間前かァ。っていうと……それじゃ夜明けと同時に出発じゃん。早すぎ! 当日はちゃんと寝たほうが良いんじゃない? 二時間前に出ればバッチリだって」
「えっとー、昇クンが起きられるんなら、四時間前でいいんじゃないかな? どう?」
 ジュジュ、穂積の案の中間を取る形で、さなが昇に話を振った。
「あ、はい、起きられますっ」
 当の昇は、ただ頷くしかできない。
「交通手段はどうするの? 一応、僕も車とバイクの免許は持ってるよ。何なら自転車や徒歩でもいいよ? ただ、電車とかバスとか、公共交通機関はパスかな。これでも芸能人だからね」
「チャリが一番だって。おれ、二人乗り慣れてるし、何もなかったら小一時間もかからないよ。渋滞も関係なく進めるし」
「どこでどんなトラブルが起こるかわからないネ。速い足を用意するに越したことはないヨ。ミーとしては、途中で乗りかえることも視野に入れて、自転車と徒歩は最終手段にしておくほうが良いと思うネェ」
 なんだか、話が大きくなっている気がする。三人の会話を脇で聞きながら思った、昇の耳に、穂積のとんでもない発言が飛び込んできた。
「そもそも、草間さん一応探偵さんなんだから、ヘリとか持ってないの?」
「ねえよ」
 草間が速攻で否定した。ここで、持っていると言われて「じゃあヘリで」ということになったら、昇は泣いていたところだ。試験会場にヘリ。大袈裟すぎる!
 しかし、穂積は不満げだった。
「ええー! ないの? 秘密探偵道具!とか。あれば探偵さんにちゃんと見えるのにね」
「探偵はヘリなんか持ってねえだろ、普通」
 頭を振った草間に、さなが言う。
「でも、ジェームズ・ドンボは持ってるんじゃない?」
「先輩、007はスパイですから。探偵とスパイは違いますから!」
 いつの間にか話題が逸れている。
「……それと言っておくが、秘密道具なんぞなくても、俺はちゃんと探偵だからな!」
 草間に軽く睨まれて、穂積はちょっと肩をすくめた。
 相手が誰であろうとマイペースに会話ができる穂積は、普通に見えて実はただ者ではないのかもしれない、と、昇は思った。
「とまあ、この通りちょっと癖の強い面子だが、頼りになることは保証する。あとは、君の努力次第だ。頑張れよ、少年」
 ぽん、と草間は昇の肩を叩いた。
 その後も打ち合わせは続いたが、結局、明確に決められたのは出発の時間のみであった。


------<出発進行>--------------------------------------

 試験当日。
 試験の開始は9時半からということで、早朝5時半、まだ薄暗い中、越智家の前に四人が集結した。
「受験票よーし! 筆記用具よーし! 弁当よーし!」
 穂積とさなが、昇と一緒に鞄を覗き込んで、所持品を指さし確認している。
「忘れ物、ないネ? じゃあ、乗るヨ」
 確認が終わるのを見計らって、ジュジュは真っ赤なスポーツカーの助手席の扉を開けた。因みに、自前の車である。
「時間はあるネ。安全運転で行くヨ」
 昇にシートベルトを締めさせてから、ジュジュは車を発進させた。
 ミラーで後ろを確認すると、穂積とさなは自転車二人乗りでついてきている。
 さなは自前のバイクで来ていたのだが、越智家に到着した途端に前後ともの車輪がパンクしてしまったのだ。他人に自分の運を分け与えてしてしまうという彼は、早速、昇の不運をシェアしてしまったらしい。
 さなが、越智家の門前に停車した瞬間に、前輪後輪、両方がくしゃりと凹んだのだから、見事なタイミングである。
「Sanaさんのバイク……申し訳ないことをしてしまいました」
 助手席で、昇はしゅんと肩を縮めている。
「ユーが気に病むことじゃないネ。ユーを無事に送るのがミーたちの仕事ヨ」
 最初の曲がり角を曲がって、ジュジュはゆっくりとアクセルを踏み込んだ。地図は完全に、頭に叩き込んで来ている。この先しばらくは、信号なしの直進だ。
 ところが。
「!?」
 いきなり、ジュジュの乗った右側の車高が、がくんと低くなった。
 車を路肩に寄せて停め、降りて確認すると、右側のタイヤが前後とも凹んでいる。
「……パンクしたネ」
 ジュジュは舌打ちした。穂積とさなが追いついて来て、出発早々のトラブルに驚いている。
「ああ、なるほど。バイクじゃ半分しか肩代わりできなかったんだね」
 さながポンと手を打った。
 つまり、彼がいなければ全部の車輪がパンクしていたということだ。走れないのは同じだから、何の意味もない。事故にならなかっただけ、マシだと思うしかなかった。

------<ドライブ続行>--------------------------------------

 知り合いのヤクザに手配させて、ジュジュは黒塗りのベンツを呼び寄せた。
 スポーツカーと違って後部座席があるので、運転席にジュジュ、後部座席に昇とさな、という配置だ。
「パンクしてもしばらくは走るし、防弾仕様だから、矢でも鉄砲でも平気ネ」
 ジュジュの言葉に、さなが歓声を上げる。
「ねえねえ、窓も防弾?」
「もちろんネ」
 昇は、さなの隣で、鞄を膝に抱いて身を縮めていた。乗りなれない車で落ち着かないらしい。
「あの。普通……日本では飛んできませんよね、矢とか鉄砲とかは……」
「こういう車ってさ、マンガじゃ大抵、ヤのつく人が乗ってるよね!」
 一般人はこんな車、必要ないだろう。そう思って首を傾げた昇に、さらりと、さなが言った
「…………」
 知り合いから借りたとあっさり言ったジュジュの人脈について、昇は深く考えるのは止めにした。
 丈夫さでは折り紙付きの車だけあって、今度は順調だった。
 穂積は相変わらず、自転車で後ろからついて来ている。トラブルが起きた場合、外から処理に回ってもらうためだ。
 赤信号で停まったベンツの横に、穂積の乗った自転車が並んで停まった。
 さなと昇が、窓越しに穂積に手を振る。
 その時、後ろから隣の車線に出てきた車が、停車線を越えて斜め前に停まった。
 通勤ラッシュ前で、交差点に停まっている車は、ジュジュたちの車とその車と、たった二台。
 何故か、同じ、黒塗りのベンツだ。
 その、もう一台のベンツの窓が開いた。
 隙間から現われたのは、サイレンサーのついた、頭でっかちの。
「!」
 ハンドルを握るジュジュの手が強張った。
 バシ、と音がして、フロントガラスに蜘蛛の巣状のヒビが走った。至近距離で食らった。防弾ガラスでなければ、間違いなく弾丸が車内に飛び込んでいたところだ。 
 信号が青に変わった瞬間、ジュジュはアクセルを深く踏み込んだ。
「うわわわ! 何!? ……わっ!」
 運転席に顔を出したさなが、二発目の着弾に驚いて首を竦めた。
 つかず離れずの速度で前方を行く相手方のベンツからは、いかにもヤのつくご職業な面構えの男たちが身を乗り出して、今や銃を隠しもせず、ひたすら乱射してくる。
 ガラスの蜘蛛の巣模様は、見る間に増えた。
「ハンドル、頼んだヨ!」
 さなにハンドルを支えさせ、ジュジュは窓を開けた。
 こぼれ出た紅い髪を見たヤクザたちの顔に、動揺が走った。恐らく、車の本来の持ち主を襲ったつもりだったのだろう。弾丸の雨が途切れた。
「気の毒な人違いしたネエ」
 呟いて、ジュジュは外に顔を出た。手には、拡声器。
 それを口許に当て、ジュジュは彼女の能力を発動させた。
「ヘイ! ユーたち、己の不運を呪いながら死ぬが良いネ!」
 ジュジュの声が向こうに届いた途端に、ヤクザを満載したベンツの挙動がおかしくなる。彼女の使役するデーモン、テレフォン・セックスを、声に乗せて相手方の運転手に憑依させたのだ。
 ヤクザを満載したベンツは、ブレーキを踏む気配もなく、けっこうなスピードのまま民家の塀に激突して停まった。
 それは良かったのだが、後部座席から乗り出した不安定な体勢のさなが、満足にハンドルをさばけるはずもなく。
「ぶつかる!!」
 さなの悲鳴を聞いて、ジュジュはブレーキを踏み込んだが、遅かった。
 今度はジュジュたちの乗ったベンツが電柱に激突した。
 短いカーチェイスは、双方の車が大破して終わった。
 中身の人間が無事だったのは、さすがベンツというところ。怪我一つないジュジュたちに対し、ヤクザたちの方は気を失っている風なのは、出していたスピードの差であろう。
「だ、大丈夫か!?」
 煙の出ているベンツから脱出した三人の前に、穂積が自転車を停めた。
「……この車の持ち主と間違えられたみたいネ。こんな時に、運が悪いヨ」
 息を吐いて、ジュジュは乱れて目にかかる髪を払いのけた。
「よく考えたら、一緒に乗ってる僕が昇クンの不運を引き受けても、あんまり意味ないよね」
 あはは、と笑ったのは、さなだ。さほど驚いた様子もないのは、芸能界で培われた度胸故か、それともトラブル慣れしているのか。車から出るのがやっとで、すっかり腰を抜かしている昇とは対照的である。
「皆無事でよかったよ」
 穂積はポケットから携帯を出した。プッシュするのは、119番である。
「えーっと、じゃ、とりあえず、救急車はあっちの怖いおじさんたちのぶんだけで良いかな」

------<奥の手発動>--------------------------------------


 警察への説明その他諸々は、現場に残してきたヤのつく人たちに任せてしまうことにして、四人は現場を後にした。
 家を出るときにはまだ薄暗かったが、今はもうすっかり明るい。
 時刻は、いつの間にやらもう7時。
「普通なら、ここから歩いて行ったって余裕だけど。この調子じゃ、わかんないなあ」
 携帯の時計を見て、穂積は呟いた。
「だね」
 腰を抜かしている昇に肩を貸しながら、さなが同意する。
 そんな彼らの頭上に、バラバラバラバラ……と、プロペラ音が近付いてきた。
「来たネ」
 大きな機体が、朝日を遮ってジュジュの顔に影を落とす。ベンツが駄目になった時、早急に手配したのだ。
「こうなったら、奥の手ヨ」
 ジュジュの視線を追って空を見上げた穂積たちの髪を、プロペラの起こす風が舞い上げた。
「ヘリコプター!?」
 穂積たちは絶句している。
「受けた依頼は、金の足が出ようと、プライドかけて成功させるネ」
 車二台、プラスヘリ一機。足は出まくりだが、ジュジュにそんなことを構う気はない。
 ヘリから降りてきた縄梯子に片足を掛け、ジュジュは昇に手を差し伸べた。
「ヘイ! これに乗って行くヨ! いくらなんでも、空まで不運は追いかけてこないネ!」
「…………!!」
 さなの肩に凭れかかりながら、昇は必死で首を横に振っている。
 縄梯子に掴まって、空を飛ぶ。普通のセンスを持つ高校生としては、それは怖すぎるようだ。
「歩きましょう! 走りましょう! ね、そのほうがいいですよね、葉室くん! Sanaさんっ!」
 昇は穂積の袖を引き、さなの肩にしがみついた。
 しかし。
「ヘリなら会場まで10分ヨ!」
「わぁああああああっ!!」
 ジュジュは昇の腕を掴んだ。大空へと、昇の悲鳴が長く尾を引いた。
 空の旅は流石に邪魔が入ることもなく、順調だった。
 後方の地上では、二人乗りの自転車で、穂積とさなが追って来ているのが見える。
 試験会場に近付くに連れ、眼下には畑が増え始めた(大学のキャンパスというものは、大抵田舎にあるものである)。
「もうすぐネ。学校の裏で目立たないように降ろすヨ」
「あ、ありがとうございます」
 ジュジュの言葉に、昇が頷いた時。
 ヘリのエンジン音に、異音が混じった。ジュジュが眉を寄せた。
「ユーの不運は、まだ尽きてなかったようネ」
「ええっ!?」
 失速したヘリは高度を落とし、畑の中に不時着した。

------<体が資本>--------------------------------------

「いいです。もう、僕、今年は諦めます……」
 畑の真ん中で、昇はべそべそ泣いている。
「皆さんにここまでしていただいても、ダメなもんはダメなんですから……」
 ヘリまで動員したというのに、結局到着直前でエンジントラブル。
 しかも、不時着時に、上手く着地できなかった昇を庇って、ジュジュが足を負傷した。
「おまけに、僕の運の悪いのに、皆さんを巻き込んでしまって……」
 しゃくりあげた昇の手を、穂積が引いた。
「ダメだって! ほら、自転車の後ろに乗せてあげるからさ、行こう。ここで昇が諦めたら、おれたちが何の為についてきたのかわかんないよ!」
「でも……」
 ぐずぐずしている昇を追い越して、さなが道に上がって手招く。
「ほら、行こう。僕も運は悪いけど、土壇場まで諦めないよ。諦めたらそこで試合終了だって、安西先生も言ってるよ!」
「ううっ、でも……!」
 挫いたか、悪ければヒビくらいは入ったかもしれない足を庇いながら、ジュジュが立ち上がった。
「そうヨ。ユーが諦めたら、ミーたちがしたことも無駄になるヨ」
「でも…………」
 昇は、涙を拭き、鼻をすすった。
 四人は今畑の中に立っていたが、田園風景の向こうには、試験会場である大学の校舎が、もう見えている。
 今までは、一教科目が終わるか終わらないかの時間に、やっとたどり着くのがせいぜいだった。
「そういえば、試験開始前に会場を見られたのなんて、初めてです」
 昇は腕時計を見た。まだ、8時にもなっていない。
「折角、皆さんにここまで連れて来てもらえたのに。ここで諦めちゃ、バチが当たりますね」
 荷物を持ち直し、ぺこりと礼をして踵を返した昇に、ジュジュが拡声器を向けた。ヤのつく人たちを撃退した時に持っていたものだ。
「今日一日、ユーの実力を出し切って来るヨ!」
 拡大された声が、昇の背中に届くや否や。
 フラついていた昇の足取りが、いきなり確かになり、そして次には、異様に元気に走り出した。
「ミーのデーモン、テレフォン・セックス。声を媒体に憑依させて、相手を意のままに操る」
 目を丸くした穂積に、ジュジュは説明した。
「他にも、体内のホルモン分泌量をちょっといじったりもできるネ。さっき、ノルアドレナリンを抑えて、エンドルフィンの分泌を増やしてやったヨ。つまり、リラックスしつつ集中力が上がってる状態にしたネ」
「へえー。つまり、試験を受けるには最高の状態ってこと?」
「そういうことネ。ミーは大丈夫だから、ユーたちは依頼人を最後まで送り届けるヨ」
 見れば、さなはもう昇と共に、大学の校門へと続く道を走っている。
 畑の脇に放り出していた自転車を起こして、穂積も急いで彼らを追った。
「……ミーの仕事は終わりネ」
 小さくなってゆく背中を見送りながら、小さく、ジュジュは呟いた。 

------<受験の心得>--------------------------------------

「合格おめでとーう!」
 数日後、草間興信所にクラッカーの音が鳴り響いた。
 色とりどりの紙テープを浴びたのは、事後報告にやってきた昇である。
「ありがとうございますっ。皆さんのおかげです!」
 草間と、集まった面々に向かって、昇は深々と頭を下げた。
「ね、諦めなくて良かったよね!」
 草間の後ろから、さながぴょこりと顔を出した。
「ミーは仕事を全力でこなしただけヨ。合格したのはユーが出した成果ネ」
 その隣で、ジュジュが満足げに笑っている。
「色々あって大変だったけど、貴重な経験できたよ。うん」
 穂積はさっさとクラッカーの殻を放り出して、拍手していたのだが、ふと手を止めて、昇に訊ねた。
「ところで、来年の参考のために聞いときたいんだけど」
「僕で答えられることなら」
「受験に一番大事なことって、何かな?」
 少し考えて、昇は答える。
「何があっても諦めないことと、全力を出しきることと、動じない心を持つこと!」
 Sanaさんと、ジュジュさんと、葉室くんみたいにね、と付け足して、昇は朗らかに笑った。


END

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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【0585/ジュジュ・ミュージー(ジュジュ・ミュージー)/21歳/女性/デーモン使いの何でも屋(特に暗殺)】
【2640/山口・さな(やまぐち・さな)/32歳/男性/ベーシストSana】
【4188/葉室・穂積(はむろ・ほづみ)/17歳/男性/高校生】


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          ライター通信         
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 いつもお世話になっております。担当させていただきました、ライターの階アトリです。
 毎度ながら期日ギリギリ納品で申し訳ありません。

 今回、6名様にご参加申し込みいただいて、3名様ずつに分けて納品させて頂いております。

>ジュジュ・ミュージー様
 このOP、どうやってトラブル起こそうか……と悩んでいたので、山あり谷ありのプレイングをいただけて、とても書きやすかったです。
 最初のほうで、今回の依頼人のような普通の高校生には、ジュジュさんは、魅力的だけどちょっと怖いお姉さん、になるかな…と思って描写させて頂いているのですが、イメージにそぐわない部分などありましたら申し訳ありません。

 毎回、皆様のプレイングに助けていただいて、お話ができています。
 今回も、PC様たちの個性溢れる出来となったと思っています。
 楽しんでいただけたら幸いなのですが……。
 ご意見、ご不満などございましたら、是非ファンメールなどにてお知らせください。
 今後の参考にさせて頂きます。では。