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<東京怪談・PCゲームノベル>


□■□■ まっしろなおはなし   −本日結成&即日解散・お花見し隊!− ■□■□


「だらッしゃ――――ッ!!」

 ずがしゃーん!!
 しゅたたたたた!!
 おおー!!

 高峯燎が引っ繰り返した卓袱台に乗っていた食器を、床に落ちる僅かな間に光の速さで回収した高峯弧呂丸の腕捌きに、喜多見楽が無邪気な様子で手を叩く。
 現在位置は燎の部屋。それほど広くは無いスペースで男三人が集まっている姿は、正直むさくる……もとい、暑苦しいものだった。しかも一人が鼻息も荒い状態で激昂しているのだから、体感温度は三割増。ベランダから入ってくる穏やかな春の陽光ですら、どこか悪意の篭った光線のように思えた。

 ふぅッと溜息を付いた弧呂丸は、楽が戻した卓袱台の上に食器を並べながらこの半日の事を回想する。

 双子の兄である燎を尋ねる機会はままあったのだが、今日は当たりだったのか外れだったのか、丁度出掛ける寸前の所で行き会った。曰く、花見に行く、とのこと。良い場所を見付けてから面子を集めて連絡を取ると言うので手伝っていたのだが、やはり時候柄か、めぼしい場所の殆どが押さえられている状態だった。
 短気に火が点き掛けたところで知人である楽に行き会い、彼の運があれば見付かるかと更に二時間ほど探索を続けるも、やはり見付からず――結果、部屋に舞い戻ってこの状態である。

「むしろ燎、ダイニングテーブルがあるのにどうして卓袱台まであるんだ? 無駄遣いはするなといつも言ってるだろうが」
「ああ、パチンコの景品だ! けちけちすんなコロ助、どーせ俺の金だッつーの。それにこうやってガンテツ親父ごっこも出来るんだしな」
「おー、すっげー無意味ー! でもでも、八つ物に当たったって仕方ないと思うし? 俺が居るのに良い感じの場所が見付からなかったのって結構謎なんだけどー……最近捨てわんことか捨てにゃんことか構いすぎたかなー」

 捨てられている動物が持っている不運を見ると引っぺがさずにはいられない。運を司る能力を持ちながらもいつも微妙に不幸な少年として日々を過ごす楽は、むーっと軽く唸った。傍らの弧呂丸がそんな彼の頭をぽむぽむと撫でる、弟のように可愛がってくれるのはいつもの慣れ親しんだ行動だった。それにへらりと笑みを向けて、楽はむぅッと吐息を漏らした。
 四半日、運が向くには充分な時間を一緒に過ごしているはずなのだが、どうにも気配が無い。今は運が枯渇しているわけでもないのだから、何かあっても良いはずなのに。

 ぴるる、と燎の携帯電話が鳴る。

「んぁあ、もしもし……コロ助? ああ、いるけど。代われって? 携帯電話忘れてる? 何なんだよ……仕事ってどんな? へ?」

 燎は一瞬呆けた顔を見せ。
 それから、激しいまでに悪のオーラの発せられる笑みを、浮かべて見せた。

■□■□■

「しかしまた、随分な大荷物だねぇ、犬尾ちゃん」
「は、はひ……来る最中の電車で睨まれまくりッスよ〜、もう」
「あはは、奇遇だね〜? 僕も来る途中はずーっと睨まれっぱなしだったんだよねぇ、信貴ちゃんに」
「ちゃん言うなやソコ!!」

 きしゃー!
 あっはっは。
 はぅぅ……。

 山の麓のバス停近く。巨大なリュックサックを担いだ犬尾延義と、それなりに動きやすそうなジーンズルックの相良千尋。そして、彼に首根っこを掴まれてぶちぶちと文句を漏らしている尾上信貴の姿が、そこにはあった。

 花見の場所を探していた燎から連絡のメールが入ったのは、一週間前のことだった。その五分前には、『どこも混んでてやってらんねー!(#−Д−)ノノTT』という卓袱台返しのメールがあっただけに、次の異常なまでの上機嫌さには不信があった。延義は深い溜息を吐いて、視線を上げる。一応地図の上で都内に引っ掛かっている、名も無い小ぢんまりとした山――その上には、微かな薄紅色が見えていた。
 確かに、穴場ではあるだろう、が。

「中々に綺麗だよねぇ、良かったねぇ信貴ちゃん? お花見って良いよー、ただ飯も食えて一石二鳥ってやつだと思うよねぇ? ま、色々とリスクは付くけれど、ご愛嬌ってモンでしょお?」
「だからちゃん言うなっちゅーに! ッつーか、俺は風邪引いてんねや、あんま遠出したくないねん。やのに問答無用で連れて来よって、挙句山登りで除霊……卓袱台引っ繰り返したいんはこっちやっちゅーの」
「卓袱台は流石に持ってきてないしー? まあまあそうそう気にしちゃいけないって、ね!」

 貰ったメールに寄れば、何でも弧呂丸に寄せられたあやかし退治の出先がここであるらしい。呪禁師として稼業に就いている彼には数々の心霊的な依頼が寄せられるのだと、以前に聞いた記憶がある。あれは確か無理矢理店に連れ込んだときだっただろうか、適当に考えながら、千尋は脚を進めていた。
 花は人の心に干渉するものゆえに、化生の類にも好かれやすい。それが過ぎれば、人には害悪ともなる。目の前の山にも、山頂の満開桜につられた浮遊霊の類が登山客の邪魔をしているとのことらしい。その連絡を偶然に受けた燎が、花見に最適と調伏を引き受けた――のだ、が。

「大体、なんで『頂上目指してチキチキレース☆景品持って来いよてめーら!』になっちゃうんスか……うー、ビンボなフリーターを何だと思ってー!」
「そのビンボなフリーターがえらいでっかい荷物持ってんな? 何持ってきたん、あんた」
「ひ、秘密ですッ! これには俺の命が入ってんスから、信貴さんも触っちゃだめっすよ!?」
「それはええけど……ッくし! うい、ずび……突如拉致られた俺は兎も角、あんた何で背広で登山に来たんよ?」
「だって仕事中ですもん……」
「生真面目だなぁ、あっはっは? ああ、楽君達居たねぇ? おーい!」

 千尋が手を振る、気付いた高峯兄弟と楽がぶんぶんと大手を振っていた。



■一合目■

「…………ずび」

 本当なら今時間、そろそろ病院の診察を終わって薬を貰い、マクドにでも寄って飯を食いついでに薬を飲み、ごろりと部屋で布団の中に転がっている予定だった――信貴は霞む頭でぼんやりとそんな事を考えながら、空を見上げた。
 鬱蒼と生い茂る森の木々、いっぱいに枝を伸ばし葉を陽光に晒す、その隙間から覗く空は晴天の青。春の日差しは暖かく世界を照らし、ここにも平等な陽気と妖気を与えている。爽やかな情景に木魂するのは、ずびびッと鼻を啜る音、ばかり。

 …………。
 風情、微妙ッ。

「大体ー……強引過ぎるんねや、千尋は。ちゅーか、初めての土地で一人ほっぽり出されるってどないなのん、これ……しかも一位争奪とか張り切っとるの燎だけやん」

 俺が一番乗りしてやるぜぃ! 言って真っ先にダッシュして行った燎の後ろにぴったりとくっ付いていた千尋の姿を思い出し、むぅ、と信貴は顔を顰める。
 大体にして、連れて来た奴が巻き添えの人間を置いて行くとはどういうことだ。普通は引率して然るべきだろう。ハイキングコース、と書かれた看板に従ってのそのそ進んでいるのだから迷うことは無いのだろうが、それにしたって一人での山登りなど微妙以外の何物でもない。元々山登り自体、それほど好きではない。遠足は海だろ、海――違う、思考がずれている。

 体調の状態が思わしくない時の外出を避けるのは基本だが、ただでさえ特殊体質の持ち主である彼にはそれが尚のことだった。先ほどからくしゃみを出すたびに、ぱりぱりと辺りの空気に軽い放電を起こしている。霊的な存在にも雷電は作用するので、辺りを漂っているらしい浮遊霊が襲ってこないのは便利だったが――ッくし、と一つくしゃみがまた漏れる。靴が、地面が滑った。

 身体が傾ぐと、湿った土によって簡単にバランス感覚が失われる。熱っぽい身体は平衡感覚が完全に鈍っている状態で、どうにもならない。むーむーと軽く唸り、たまに、くしゃみ。

「ちゅーか……どーにかせなあかんッて、これ……うー、服に穴が開くやんかー……さくッと帰ったろかな、もー、山登りとかしとる場合、や……ぶぇくしッ!!」

 ずるり。
 ずるり?

 ぬかるんでいた道、土が滑って身体が傾ぐ。何かに掴まろうと反射的に出した手は空を掴む、どころか、反作用で身体のバランスは更に崩れた。見れば脇には川が流れている、浅く流れも穏やかだが、この状態ではなんとも――致命的? イエス、致命的。
 巨大な水飛沫を立てて、信貴は川に特攻した。



■二合目■

「ッわー、わーわーわー、コロコロ! コロコロ、これなに、なになにっ?」
「ああ、ヒガシカワトンボですね。少し紫がかっているでしょう? 羽根に色が付いているのがオス、付いていないのがメスです。まれに羽根が透明なオスもいるんですよ」
「……、……よしッ、捕まえたー!!」
「はいはい、良く出来ましたね、楽くん」

 ぽむぽむ、と弧呂丸は楽の頭を撫でる。蝶々を思わせる柔らかな金髪は、同時に太陽も連想させて、薄暗い森の中でも明るさを錯覚させる。無邪気に昆虫を見つけては虫かごに詰め込んでいる楽の様子を微笑ましく思いながら、彼は自分の肩に手を伸ばしてきた浮遊霊の手に札を貼り付けた。
 どうやらそれほど深刻な状況になっている霊の気配は無いらしいと、山に来た時には判っていた。春の陽気と樹齢を重ねた木の花に誘われて少し浮かれている霊が集まっているだけならば、これといって複雑な符術も必要は無いだろう。札に妖気を吸わせて片付けて行くだけで、充分である。

 春と言うのは良い季節だ、眠っていた昆虫や植物、動物が動き出す。穏やかな空気も気持ちが良い、そんな中で散策と言うのは、中々に贅沢なことなのかもしれない。排気ガスのニオイが気にならない場所に出たのは随分久し振りだった。それに、山を登り切れば花見と言う楽しみもある。友人知人と和気藹々の時間を過ごすというのは、魅力的なことだった。季節も何も無く、家業に従事していた時間の方が、成人してからは多かったのだし。
 弟のような友人との散策は、ひどく、憧憬染みた空気で楽しいものだった。

「楽君、虫取りも程ほどにして……さ、早く行かないといけませんからね」
「あれ、コロコロってばもしかして一番狙い? 景品欲しいの? そーいや燎はなんかでっかいの持ってたよなっ?」
「あれに負けるのが癪なだけですよ。景品にはそれほど興味も……どーせ絶対確実にろくなものじゃ有りませんからね、センスありませんから」

 兄が持っていた巨大な風呂敷を思い浮かべつつ、彼は溜息を吐く。昔からセンスのない男だったのだから、どうせ今回もただ邪魔なものを持って来ただけだろう。下手にレースに勝つと帰りの荷物が多くなるかもしれないが、それでもあの兄に負けるのは、何処か癪に触る。一位にはならないように、それでも兄より早く頂上に着きたいのだが――ぺしぺしッと辺りの幽鬼を札で叩き、その妖気を吸いながら、彼は進む。

「ああ、ムラサキシジミが飛んでいますね。もう春も深い――と、楽君?」

 不意に気配が無いのに気付き、彼は後ろを振り返る。
 お日様色の楽の姿は、どこにも無い。
 少し早く歩いてはいたが、考え事をしていた所為なのか――

「楽君? 楽君、何処です、楽君!?」

 弧呂丸は声を張り上げ、楽を呼んだ。



■三合目■

「さー再びコーナーが見えて参りました、相も変わらずダッシュを仕掛けながら抜けて行く、スピードは落とさないままだが前には『崖注意』の看板が! 銀のナイフを振り翳し、巨大な風呂敷包みをゆさゆさ揺らす、唐草模様の風呂敷男・高峯燎、今地獄のカーブを抜けました! 一路頂上目指し、現在三合目を爆走中です!」
「…………」
「寡黙ながらも確実に、前に立ち塞がる浮遊霊をぶった切る! おっと腕に絡みついたのは女性の霊だ、妙齢のご婦人に対して手を上げるのを見過ごせないレポーター、ここは敢えて石を投げさせてもらいます! 脳天クリーンヒット! 退魔用の銀のナイフが翻される、切り裂いた悪霊は最早十数を超えています! さてルートも半分を来た所でインタビューをしてみましょう、高峯さん、コメントをどうぞ!」
「お前は何やってんだよ!!」

 びっしィ!!

 幽鬼に対抗出来る銀のナイフを千尋に向けながら、燎は思いっきりに突っ込んだ。

 山登りはレース形式にして、持ち寄った景品を優勝者に渡すことにしよう。言い出した彼は勿論、優勝する気満々だった。元々勝負事には熱くなる性格をしているのだし、半分は仕事で来ているのだから、やる気は出しておかなければならないだろう。いわば、馬の前に吊るす人参の要領だった。
 自分で吊るした人参に向かって走ると言うのは冷静に考えるとあほらしいのだが、それでも誰が勝つか判らないというギャンブル感は楽しめる。競馬のように他人頼りなのではなく自分が進んでいるのだと言うことも、同じように楽しめる要素の一つだった。
 のだ、が。

「えー、ただ楽しく実況中継してるだけなんだけどねぇ……ほら、プロレスにも野球にもレポーターは必須でしょ? 臨場感を出すためには、やっぱりさぁ」
「『やっぱりさぁ』で石を投げるな、石を!! 大体死んでる相手に男も女もあるか……ッて、はッ! こんなところでたらたらしてる間にコロ助に追い付かれたら元も子もねぇえ!!」
「ッと絶叫がてらに再び走り出しました高峯燎、風呂敷がゆっさゆっさとダイレクトに揺れています! っと言うわけでインタビュー続きなんだけれど、その巨大な風呂敷は何入れてるわけなの? むしろ唐草模様が古典的なまでに怪しくてかなり素敵なんだけどさぁ」
「ああ、これか? 風呂敷はコロ助に実家から手頃なの持って来させた、何でも中身の重さが無くなるイロモノ――もとい、業物らしい。お陰で軽い軽い」

 ゆっさゆっさと巨大な風呂敷を揺らしながら燎は手に持ったナイフを凪いだ。目の前で虚ろな顔をしていた浮遊霊の姿が掻き消える。
 触れた金属の形を変えて武器にするのはいつものやり方だが、こと相手が悪霊などの霊的な存在の場合は、単純な物理攻撃では効かない場合が多い。今回は銀、魔物に対しては絶大な効果を持つものにしておいて正解だった。思いながら燎は進んで行く。たまに森を突っ切りながら道を破壊しつつ進むのだが、後ろにはぴったりと千尋が付いてきて離れない。どんな脚捌きをしているのかは多少気になるが、今はとにかく振り切ることを先決にせねばなるまい――ゴール目前ぶ追い越されては堪らないのだし。

「さてさてそちらの幽霊さんにでもインタビューしておきましょうか、お幾つ? 二十二歳、大学生、食べごろだねぇ? あっはっは、そう照れないで……ああ、殺されたの? ゼミの友達? あー、山の中に遺棄されたのか、大変だねぇ?」
「軽快に生臭いトークをしながら走って付いて来るなよお前は!!」
「そーそー世知辛いこと言わないでさぁ燎ちゃん、この子可愛い顔してるよ? ソバージュがちょっと乱れてるのは抵抗した所為だって、健気だよね、お兄さんは涙が――」
「泣きたいのはこっちだ!!」

 燎、突っ込み三昧。

「もー、煩い人だよねぇ、ごめんね騒がせちゃって……人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られるってのに、ちょっとした会話も許してくれないなんて、どこまでイケズなのか――」
「ヒヒーン……」
「そう、ヒヒーンと馬が、え?」
「ヒヒン、ヒヒーン!!」

 だばだばだばだば。
 小脇に浮遊霊のお嬢さん方を抱えつつ燎の後ろにぴったりとくっ付いていた千尋は、耳の奥に届いたその鳴き声に足を止めた。と同時に、地面が揺れる。斜面のぬかるんだ土が脚を捉えて僅かに身体が傾ぐのを、近くの木に手を付くことで押さえた。異変に気付いた燎も、足を止める。
 そして二人は、ほぼ同時に、後ろを振り向いた。

 馬が、泣きながら斜面を登って迫って来ていた。

「……ぁぇ?」
「って言うか、ここに居ると轢かれるよねぇ?」
「…………に、逃げろぉおぉおおぉおおぉお!!」



■四合目■

「う、うぇ、えっく……ひぃいッく」

 べしょべしょ、ずーりずーり。

 延義は半泣きになりながら、ハイキングの上級者コースを歩いていた。
 その背中には巨大なリュックサックが背負われ、腕にはやはり巨大な風呂敷包みが下げられている。四角いそれには重箱が包まれ、良いニオイを発しているのだが、現状では荷物以外の何でもない。ただでさえ最近はひもじい暮らしをしていたのだから、そのニオイは拷問のようにさえ思えた。
 反対の手には長い刀を持っているが、ただの杖と化している。ハードな道のり、空を見上げ、彼は巨大な溜息を吐いた。

 麓に全員が集合するなり、燎はにっこりと胡散臭いまでに爽やかな笑顔の元、彼に重箱の風呂敷を渡した。曰く、頂上で食べるお弁当だとのこと。どうして自分が持つのかと訊ねれば、お前は馬だからハンデがなきゃ不公平だろうが! と、的を得ているようでライバルの足を引っ張るつもり満々の答えが返ってきた。
 そして当たり前のように出発も最後尾に廻され、ハイキングの上級者コースを決定付けられたのでは、正直やっていられない。それほど標高のある山ではないながらも、大荷物を抱えているし、挙句に――

 ぞくッと背中に走った悪寒に、延義は辺りを見回した。すると案の定、前方の林の中に白い影が見える。慌てて身体を手近な木の陰に隠してやり過ごそうとするが、どうにも荷物が邪魔になる。とにかく気付かれないように、頭隠してなんとやらの状態でいると――気配が、消える。ほぅっと息を吐いて、彼は再び道を歩き始めた。

 花見だって別に命を賭けてどうしても行きたい、と思ったわけでは、ない。誰だって花見のために命は賭けないだろう、彼だってそうだったのだ。一週間前、花見に行くか、との燎のメールに気軽な返事をしたのがいけなかったのかもしれない――思えば、それが悪夢の始まりだった。のろのろと重い足取りで俯きながら、彼は思考する。
 都内の近場で良い場所が見付かったら自分も混ざって花を愛でたい、そのぐらいの気持ちだったのに、気が付けばチキチキお花見レースに強制参加。悪さをする霊の退治はもっともだし、ついでに花見と言うのも、まあ、もっともだろう。だが、レースはどうなのか。ビンボなフリーターに何の景品を用意しろと言うのか。いぢめですか、そうですか。小学生よりも性質の悪いいぢめじゃありませんか、これは。

「ってか……スーツで登山ッて、自殺行為ッス、よねぇ……えく、冬物だから尚更ッス……春物、買いたいけど、それよりご飯が食べたいし……も、もう、パンの耳生活なんて嫌っすよ……」

 説明しよう!
 定職に就けない時空間異邦人である犬尾延義は、ビンボなフリーター君だ! ごはんも質素に、一日一合、お供はふりかけだけと決めていたりいなかったりする! そんな彼には今回の優勝商品なんて出せっこない! 彼は自分の食費を切り詰め、お米十キロを持参したのだ!

「ご、ご飯我慢してパンの耳生活してたのに、その上でこんなハードワーク……俺が一体何したって言うのすか、霄壌丸は霄壌丸で相変わらずいぢめてくるしッ、お、俺が何したってぇッ――へ?」

 不意に背筋を撫でた冷気に、延義は俯いていた顔を上げる。
 彼の周りには白い影の壁が、形成されていた。

 ネガティブオーラを自分が発しすぎていて、霊達の後ろ向きウェーブに気付かなかったらしい。見れば後ろも横も、完全に囲まれている。じめじめぺしょぺしょの延義の心は、霊達に同属意識を感じさせるものだったらしい――影達は危害を加えるどころか同情的に視線を向けていたが、囲まれているという事態に混乱している延義にはそれも判らない。

「こ、こんな時は、霄壌丸ッ!!」

 言って彼は刀を鞘から抜き放つ、が、

「なんでにゃんにゃん棒なんすかぁああ!! ちょ、待って、マジに待って……」

 主を選ぶ霊刀は、鞘を抜けると同時ににゃんにゃん棒に変化していた。あくまでも協力するつもりが無いらしい、どこまでも彼を主と認めないらしい、こんな状況でまで。どうする、どうする――ぐるぐると頭の中が、回る。疲労感と空腹感が思考を鈍らせる。
 と同時に、霊達で出来た白い防壁の一部が黒く焦げる。

「おぃ、誰かおるのんか――」
「あ、ぁは」
「んぁ?」

 びしょびしょの男。
 どざえもんさん?
 ぷつッと、延義の頭のどこかで何かが切れる音がした。


■五合目■

「おー、コレなら俺も知ってるッ、クマバチ……ッてか危なッ!! うわーうわー、もーコロコロ、ちゃんと教えて、よ……あれ?」

 虫を捕まえながらてぽてぽと脚を進めていた楽は、ハッと辺りを見回し、自分が一人なのにようやく気が付いた。
 手に持った虫かごの中には、捕まえた雑多な昆虫が一杯に詰められている。トンボや蝶々の類が多いと、春が来たのだと実感出来て、楽しい気持ちになれると思ったのだ。草の類も入れながら、ざくざくと茂みの中に脚を突っ込んで。

 ふと気付いたら、ぽっつーん。
 周囲には、誰の姿もない。
 一瞬呆けてから、楽はさぁッと蒼褪めた。

「ッど、どどどどどど、どーしよッ!! コロコロ、コロコロが迷子! いや、俺が迷子!? や、やばいよ確かオバケが出るって言ってたのに、こんな、うわーうわーうわー!!」

 彼が弧呂丸と行動していた理由は、何も弧呂丸に懐いているからと言うだけではない。確かに面倒見の良い弧呂丸の事は兄のように思って懐いているし、何があっても強くは怒らない性質に甘えたりもしているが――この場所が、霊的なフィールドだからという理由も、あったのだ。燎はさっさと先に行ってしまうし、千尋もその後ろをストーキング。延義はいじめられ、帯電している信貴は危なっかしい。それに、弧呂丸は、こういった霊障に関しては、生業として暮らせる程度に慣れている。

 対して、楽。
 運に関してはプロ。
 以上。

 結論、現状、激ヤバイ。

「お、落ち着けどーどー、人類はまだ負けたわけではない! この一週間はあんまり捨てにゃんことか捨てわんことかに運分けてない気分だから、きっとコロコロが俺の事を見付けてくれる、きっとそう! で、でもでも、見付けてくれなかったら、えーッと……は、春先だから凍死はしないだろう、けど……」

 取り敢えず、幽霊に怯えながら取り殺されるなんて嫌な死に方ランキングの上位に確実に食い込んでくる。ゴリラの腕の中で肋骨を粉砕する熱い抱擁を受けて吐血しながら逝くよりも確実に嫌だ。大体食糧もなく手ぶらで来ているのが更に悪条件として重なっている、いつもならお菓子ぐらい持っているのに、今日はお弁当を美味しく食べたかったから――

「だ、だってコロコロが楽しみにしてなさいねーって言ったんだ、お屋敷のお抱え料理人さんに作らせたお弁当だから美味しいよーって……だ、だから、お菓子とか持ってこなかったのにー! コロコロのばかー、俺もコロ助って呼んじゃうんだから!! っつーかお弁当食べたかったのに!! ッて、あ」

 のぉおぉぉお! と頭を抱え、楽はあわあわ挙動不審に辺りを見回す。他人の運を可視化させる以外に視覚的な能力はないので、そこらにいるのだろう幽鬼が見えないのは幸いだった。つまり、誰かの姿が見えるとしたら、それは生身であって――ぱ、ッと楽は顔をほころばせる。そこに、生きた物を見つけたからだった。

「リス! リスリスー! うわーうわー、初めて見たし! ほ、他にも動物いるのかな、鹿とか象とかッ! カバとか居ないかなー!? 、ッと?」

 ここは日本で都内で山中だという突っ込みはどこからも入らない。代わりに響いてきた音に、楽はぴたりと身体の動きを止めた。手に持った虫かごの中で、ばさばさと暴れている様々な昆虫の羽音と――それを掻き消す、地面を揺らすような、音。
 どっちから聞こえてくるのか、視線を巡らす。ばきばきと木の枝を粉砕する音が響くのは麓側の方らしい、首を傾げ、視線を向ける。
 馬が、走って来ていた。

「や、野次馬!? じゃなくて、野生馬!?」
「おうッて、その髪は楽か!? あ、危ないで、おぃッ!」
「あ、信貴さん、ッて、うっひゃあぁぁ!!」

 ばりばりばり! と轟音を立てて突進してくる馬――もとい延義を避け損ない、楽は体勢を崩す。反射的に手を伸ばし縋ったのは、延義の尻尾だった。トカゲではない故に切り離させない、弱い部分にぶら下がった、荷物――ただでさえ暴走気味だった身体が、尚更に暴れだす。
 よじよじと必死で掴まりながら、楽は先にしがみ付いていた信貴の顔を見た。何故かびしょ濡れで。顔色も悪い。そして近くがパリパリと帯電している。

「ちょ、い、一体何事!? 取り敢えず何で濡れてんの!?」
「や、川に落ちてしもて……そしたら雷電の制御が出来ひんようになって、とにかくもう帰ろう思たんよ。そしたら何や霊に囲まれてるこいつがおって、声掛けたら突然馬になってこの様……」
「……は! お弁当、お弁当は!? 確か燎が延義さんに持たせてた!」
「荷物は全部首に引っ掛かっとる、外れそうなんは取り敢えず俺が持っといてるけど、ちゅーか、もう、なんやねんやなぁああ!?」
「俺に聞かれても――ッて、あ」

 楽の声に信貴が視線を前に向ける。
 そこには、千尋と燎の姿があった。

■頂上■

「……で?」

 呟いた弧呂丸の前には、札が並んでいた。上下左右に八枚が綺麗な円形を作り、結界の符陣を作っている。結界とは言っても大規模なものではなく、敢えて言うなら、そこに透明な壁を出現させるというものだ。悪しきもの、あやかしの類を自分の目前で食い止める、盾の術。
 そこに、兄を筆頭とした今回の同行者五人が、張り付いている。

 楽の事だから、恐らくは迷っても目的地である頂上に辿り着くだろうと弧呂丸が思い至ったのは、麓まで戻って聞き込みを粗方終わらせた後だった。どうにも慌て過ぎて状況の判断が追い付かなかったらしい、慌てて山を登り、頂上が見えて来たところで、背後からの轟音に気付く。見れば、同行者一同が約一名動物化しつつ全力疾走してくるのが見えた。

 ので。
 止めてみた。
 結構力尽くで。

「そ、そんな感じで、ちょっとパニックを起こしたんすよぅ……」

 ビニールシートを被りながら説明する延義が語り終えるのを弁当突付きつつ聞いていた千尋が、くっくと笑って信貴を見る。

「つまり、助けてみた信貴ちゃんがずぶ濡れでバチバチしてたもんだから、もう疲れやひもじさで意識朦朧してた延義ちゃんは大混乱しちゃったわけか……挙句しがみ付かれたら更に放電浴びちゃうもんねぇ、そりゃ暴れたくもなるって」
「うッさいなー、こっちかて川に落ちたりブン廻されたりで豪い目に遭うてんねで?」
「それでも弁当死守してるとこは偉いけどな。あー、実家の味がんまんま。楽! そのだし巻き卵は俺のだ!」
「えー、良いじゃん燎のけちー! ッて言うか、結局勝敗はどーすんの?」

 ひらひらと舞い散る桜を見上げながら、一同は視線を逸らす。
 いやー、空が青い。
 桜とのコントラストも綺麗だ。
 春って良いねぇ、素晴らしい。

「……殆ど同着みたいなものですしね……そもそも燎がレースなんて言い出さなきゃ、延義さんもご飯切り詰めて暴走なんてしなかったんだしな。持ち寄った景品でプレゼント交換形式、と言うのが妥当な所でしょうね」
「おー、もれなく物が貰えるっ! コロコロあったまいー!!」
「小学生の徒競走か、ビリが可哀想だから全員同着って!! 勝手に仕切ってんじゃねぇぞこのコロ助!」
「つーか俺、何も持ってきてへんで? 千尋が勝手に連れてきたんやしな」
「電気一週間分とかで良いんじゃない? いやー、やっぱ桜は人混みで見るよりこーゆー所で見た方が綺麗だよねぇ……そっちのお嬢さん達もいらっしゃーい?」
「ふ、浮遊霊を呼ばないで下さいっすよ、もー!!」
「良いじゃない、ねるとんでも開催しとこうか? みんな若い男に飢えてるらしいからねぇ、ほらほら、並んで並んでー?」



くじ引きによるプレゼント交換結果−−−−−−−

高峯燎   ■ 高峯弧呂丸持参・ありがたい藁人形
        (刺さっている五寸釘を抜く時に願いを言いましょう、きっと叶います)
高峯弧呂丸 ■ 喜多見楽持参・虫かご
        (山で捕まえた色んな昆虫が入ってるんだよ!)
喜多見楽  ■ 相良千尋持参・ママのお楽しみ券
        (ショーハウスのママにお化粧してもらえる…って、女の子居なかったっけ?)
相良千尋  ■ 尾上信貴特産・電気一週間分
        (まあ、帯電しとるから、資源の無駄になるよりはマシやろ)
尾上信貴  ■ 犬尾延義持参・お米十キロ
        (俺の命のお米っす…!!)


 そして――。

「わー、燎さんの荷物すっげーでっかいっすね……なんっすかね、期待しちゃうっす。もしかして一番良いモノだったんすかね……って、なんすかこの優勝達磨はー!!」
「あーあ、俺が目ぇ入れたかったのになー。ったく、コロ助の所為で祝杯が塩辛ぇぜ。オマケに藁人形かよ、センス皆無だな」
「お前こそあんなものを持って来て、延義さんが哀れだと思わないのか。弁当だのなんだの持たせて、まったく、酷い男だな」
「お化粧券かー、ねーちゃんにあげたら喜ぶかな? 取り敢えず達磨当たらなくて良かったかもー、あー楽しかったーっ☆」
「じゃ、今日からウチのショーハウスでネオン管と戯れてもらうからね、信貴ちゃん。大丈夫、みーんなこの上なく優しくしてくれるって」
「…………ずび。なんやもう、突っ込む気力もないわ……」
「う、ううッ……あ、あんまりっす……」


AND THAT’S ALL??


■□■□■ 参加PL一覧 ■□■□■

4584 / 高峯燎   / 二十三歳 / 男性 / 銀職人・ショップオーナー
4578 / 喜多見楽  /  十五歳 / 男性 / 高校生
4739 / 犬尾延義  /  十九歳 / 男性 / フリーター(異世界からの追跡者)
4583 / 高峯弧呂丸 / 二十三歳 / 男性 / 呪禁師
4629 / 相良千尋  / 二十二歳 / 男性 / ショーハウス従業員
4591 / 尾上信貴  /  十九歳 / 男性 / 大学生兼家庭教師(バイト)

<受付順>


■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 長引きましたが……。
 初めましてこんにちは、ライターの哉色戯琴と申しますっ。このたびは自由シナリオ『まっしろなおはなし』に御参加頂きありがとうございました、早速納品させて頂きますっ。需要があるのか見切り発進のままに放置だったので、ご利用して頂けまして幸いです。
 なにやらお花見と言うよりは途中経過の方がメインの挙句、不幸な方は容赦なく不幸という容赦ない状態となってしまいましたが、少しでもお楽しみ頂けて居ればと思います。それでは失礼をば。