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<東京怪談・PCゲームノベル>


優しい吸血鬼


【0.オープニング】

 郊外の、さほど広くはない雑木林の中にある薄暗い小屋には、一人の優しい吸血鬼が住んでいました。
 彼は昔々に人を愛し、友としたことがあって、それ以来人間の血を口にしないと誓っていました。不味くて栄養価の低い動物の血を啜ることは、吸血鬼にとっては屈辱的で、同胞間では許されることではなかったのですが、それでも彼は友人達のことを考えると幸せだったので、人間の血を吸おうとは思いませんでした。
 常に薄暗いこの小屋を訪れる者はほとんどありませんでしたが、彼は外の村で暮らす友人や、好意を寄せている女のことを考えながら、温かい毎日を過ごしていました。

 ところがある日。新月の晩に彼の小屋の戸をノックする者がありました。彼は久し振りに友人の誰かが訪ねて来たのだろうかと心を躍らせ、そこに誰がいるのかも確認せずに戸を開けたのです。

 ひゅっと喉が細く鋭い音を鳴らしたのが彼の耳にも入りました。

 驚いて相手の顔を見ると、それは全く知らない人物で、怒りと恐怖と興奮とが混ざったような奇妙な表情をしていました。それから両腕が真っ直ぐとこちらに伸びているのが見えました。
 その腕を先へと辿っていくと、上着の胸に刺さる短刀が目に入りました。
 吸血鬼は自分の胸に刺さる短刀を不思議そうに撫で、それからもう一度男の顔を見ました。男が唐突にがたがたと震えだし、何も言わないまま逃げ出そうと踵を返した時。

 男の背中に生温い血飛沫が浴びせられました。

 恐る恐る男は振り返りましたが、それからはもう一歩たりとも動けなくなってしまいました。目の前の吸血鬼が、刺さっていた短刀を、肉が裂けることすら構わず乱暴に弾き抜き、勢い良く血を飛び散らせたまま、自分の血の付いた刃を旨そうに舐めとっていたからです。
 彼の目は赤く、うっとりと細められていました。
 それからみるみるうちに吸血鬼の傷を負った体は再生され、動けないままでいる男の方に2、3歩歩み寄ると、舌なめずりをして、そして――。

 その日彼は、全てを忘れて「高潔な」吸血鬼に戻ったのでした。


【1.発端】

 丁度吸血鬼の噂が住民を騒がせていた頃、もう一つの事件がその街を襲いました。街の外れにある炭鉱では多くの住民が働いているのですが、坑道を爆破する為のダイナマイトの爆薬の量が誤っていた為に、多くの死傷者が出るという惨事に見舞われたのです。
 随分古くから鉱山として開発されていた炭鉱の道は複雑化しており、それが仇となって山の大部分を巻き込んでしまい、とても街にある医療設備だけでは間に合いそうにありませんでした。そこで派遣されたのが赤十字の医療団です。
 智恵美はそうして派遣されて来た医療班員の一人でした。派遣されて数日の間は途切れることの無い苦痛を訴える呻き声に、医療班はまさしく忙殺されていたのですが、一週間ほど経って漸く落ち着きを見せてきたところ――それでも日々眠る時間が5時間を越えない程には忙しかったのですが――奇妙な噂が医療団内にも広まり始めていたのです。
 智恵美がその噂を耳にしたのは、派遣されてから10日目のお昼頃のことでした。備品庫より真新しい包帯の入ったダンボールを抱えて歩いていますと、重傷者用のテントの脇で同僚2人が何やら沈痛な面持ちで、人目を憚るようにして話しているのが見えました。普段なら特に気にも留めずに通り過ぎてしまっているものを、まるで何かに引き寄せられるように智恵美はこっそりと2人に近寄って聞き耳を立てました。
「……やっぱり、吸血鬼の仕業なのかしら……」
「唯の噂じゃない。そんなことあるはずないわ!」
「でもあんな傷跡、他に考えられる?」
「きっと吸血鬼騒ぎに便乗しようとしてる狂人が犯人なのよ……」
 どうやら2人が話しているのは、今朝方テントの前で見つかった失血死していた男性の遺体のことのようでした。智恵美もそのようなことがあったとは聞いていましたが、遺体を見たわけではありません。
「だったらどうして体中の血液が抜けているの!?」
「大声を出さないで!……そんなの私が知るわけないじゃない」
 沈んだ声で告げた一人に、もう一人も黙り込んだまま結局そこで話しは終わってしまったようでした。智恵美は来た時と同じようにそっとその場を離れると、遺体を安置しているテントへと向かいました。
 防腐剤を使用してはいるものの、そこは独特の死臭に包まれていました。智恵美は簡素な棺桶の内の一つを開いて中に入っている遺体を調べました。凝固する血液のない真っ白な遺体の手首に、確かに2つの細い穴が開いています。まるで鋭い牙を通したかのような――。
「……もし本当に吸血鬼の仕業なのだったら……」
 このまま放っておくわけにはいかないと、智恵美は静かに誓ったのでした。


【2.リンク】

 夜半。本来ならば睡眠に宛てている時間を、智恵美はテントの周囲の見回りを行う為に起きていました。勿論許可を取ってやっているわけではありません。悪戯に皆の恐怖を煽るようなまねは智恵美の本意ではないのですから。
 昼間の内に彼女は出来るだけ例の吸血鬼に関する情報を、街の人たちから聞き出していました。その吸血鬼はかなり古くからこの街に住んでいたらしく、丁度3代ほど前の人達とは仲良くしていたようでした。それからはずっと森の奥でひっそりと暮らしていたそうなのですが、それがどういうわけか、最近になって急に人を襲うようになったとかで、街の人々は大いに混乱しているようでした。また、既に被害者が十余名ほど出ていて――医療団での事件を合わせれば5人です――、そろそろ討伐隊が組まれる話も持ち上がっているようでした。
「……獲物か……」
 声のする方を振り返りますと、そこには青年と少女が並んで立っていました。姿こそ普通の街の人々と何ら変わりはありませんでしたが、先ほどの言動と、何よりこのような時間に医療団ではない人間がこの場所にいることから、智恵美は彼らが件の吸血鬼であるだろうということを推察しました。
「初めまして。私は隠岐 智恵美と申します。こちらへは医療班員の一人として……」
「自己紹介はいらないよ?どうせすぐに食べちゃうんだし」
 小首を傾げてロルフィーネがにっこりと笑いました。その手に握られた細いレイピアが、今宵はまだ血の色に染まってないことを確認して、智恵美はひとまずほっと胸を撫で下ろします。ですがそれを隙と見たロルフィーネが間髪を入れずに智恵美に襲い掛かりました。
 バチッという音がして、2人の間に距離が出来ました。ロルフィーネは驚いた風に弾き飛ばされたレイピアを見つめています。
 智恵美は困った風に眉尻を下げました。
「あらあら……ごめんなさいね。びっくりしてしまって力の加減が出来なかったから……」
 申し訳なさそうに謝った智恵美に対して、ロルフィーネはむっと眉間を狭めました。落としてしまったレイピアを再び拾い上げて、起き上がりざまに続けて攻撃を仕掛けようと駆け出したのですが……。
「えぇっ!? 何これ〜!!」
「ごめんなさい。少しお話がしたいの」
 突然現れた結界の中でじたばたと暴れるロルフィーネに、智恵美はますます困った様子で頬に手を当てました。先刻から一歩も動いていない青年吸血鬼の方は、じっと立ち尽くしたまま智恵美の方を睨んでいました。
「ヤダよー出してよー! こんな所で死にたくないよ〜〜!!」
 暴れても出られないということを悟ったロルフィーネはそう言って泣きじゃくり始めました。幼い外見そのままに振舞うロルフィーネに智恵美は苦笑を浮かべつつ、彼女の側へ寄りました。
「私はあなたを殺しに来たわけじゃありません。ただお話がしたいんです――何か、妥協案を出せるかもしれないと思って」
「……こんな場所に閉じ込められてたら、お話なんてできないよ!」
 握った拳を上下に振り回すロルフィーネに智恵美ははっとしてもう1度謝り、ロルフィーネの周囲に張った結界を解きました。ですが――
「へっへーんだ! お話なんて聞かないよ! 動物の血なんて不味いし、ご飯食べられなくなっちゃうのもやだもん!」
 素早く間を取って退路を確保しましたロルフィーネは、長い髪を翻して走り去って行きました。暗闇にその後姿が溶け込むまで見送ると、智恵美はやっと青年吸血鬼の方を振り返ります。
 およそ今の状況は、智恵美には何となくわかっていたことでしたので、その顔に動揺した様子は微塵もありませんでした。
「お話を伺いたいのですけれど」
 微笑を浮かべた智恵美に、吸血鬼は一瞬途方に暮れたような表情を零しました。


【3.約束】

「――私は、どうしていいのかわからなかった……」
 長い告白の末に、吸血鬼は項垂れるようにそう呟きました。裏切られたという想いが、彼を狂気へと走らせていたのでしょう。……いえ、狂気ではありません。吸血鬼としてはこちらが彼の本来あるべき姿――だとすれば、狂ったのは彼の人間への一種の親愛、とでもいいましょうか。
 智恵美は丸まった彼の背中を慰めるようにそっと撫でました。彼が話し出した頃に既に結界は解いてしまっています。何故なら彼女は彼を裁きに来たのではなく、許しに来たのですから。
「あなたがこれを罪だと感じたのなら、私はあなたを責めたりしません」
 長身の吸血鬼は今や地面に蹲っていて、その様子はまるで何かに怯えている子供のようでした。智恵美は彼の背を撫でるのを止め、その両頬を捕えると、真っ直ぐ自分と視線が絡み合うように彼の伏せた顔を持ち上げました。
「……ゆっくりと償っていきましょう。認識はその第一歩です。過ちを犯しても、立ち直ることは出来るんですから――きっと、あなたのお友達も許してくれます」
 優しく笑った智恵美に、吸血鬼は力ない笑みを返して、そしてよろよろと立ちあがりました。
「――約束しよう。それが私の友への償いになるのなら」
 もう間違えない。そう言って吸血鬼は夜明け間近の薄闇へと消えて行きました。
 起こった事、失われた命は最早戻る事はありませんし、彼がその罪を完全に贖いきれるかどうかは誰にもわかりませんが。

 この先、約束が破られることはないのです――。


 >>END



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2390/隠岐・智恵美(おき・ちえみ)/女/46才(参加時30前後)/教会のシスター(参加時notシスター)】<赤十字医療班員
【4936/ロルフィーネ・ヒルデブラント(ろるふぃーね・ひるでぶらんと)/女/183才/吸血魔導士&ヒルデブラント第十二夫人】<同族
(※受付順に記載)


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■         ライター通信          ■
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 初めまして。ライターの燈です。この度は『優しい吸血鬼』へのご参加、どうもありがとうございました!
 今回はえらく難産で……考えに考えた末こうなりましたが、如何でしたでしょうか。
 それぞれPCさんのキャラクター性を少々乱してしまっている部分もありますが(汗)。う〜ん……自分でオープニング書いておいてなんですが、『優しい吸血鬼』は毎度苦労します。綺麗な終わり方が出来ない……。
 ハッピーエンドが好きな人間なもので、特にバッドエンド指定がない限りはどうしても、少しでも幸せにしてやろう!と時間を掛けてしまいます。こんなだから納期ギリギリになったりしてしまうのですが……(滝汗)

 それでは失礼致します。少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
 よろしければ、またの機会に。