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<東京怪談・PCゲームノベル>


優しい吸血鬼


【0.オープニング】

 郊外の、さほど広くはない雑木林の中にある薄暗い小屋には、一人の優しい吸血鬼が住んでいました。
 彼は昔々に人を愛し、友としたことがあって、それ以来人間の血を口にしないと誓っていました。不味くて栄養価の低い動物の血を啜ることは、吸血鬼にとっては屈辱的で、同胞間では許されることではなかったのですが、それでも彼は友人達のことを考えると幸せだったので、人間の血を吸おうとは思いませんでした。
 常に薄暗いこの小屋を訪れる者はほとんどありませんでしたが、彼は外の村で暮らす友人や、好意を寄せている女のことを考えながら、温かい毎日を過ごしていました。

 ところがある日。新月の晩に彼の小屋の戸をノックする者がありました。彼は久し振りに友人の誰かが訪ねて来たのだろうかと心を躍らせ、そこに誰がいるのかも確認せずに戸を開けたのです。

 ひゅっと喉が細く鋭い音を鳴らしたのが彼の耳にも入りました。

 驚いて相手の顔を見ると、それは全く知らない人物で、怒りと恐怖と興奮とが混ざったような奇妙な表情をしていました。それから両腕が真っ直ぐとこちらに伸びているのが見えました。
 その腕を先へと辿っていくと、上着の胸に刺さる短刀が目に入りました。
 吸血鬼は自分の胸に刺さる短刀を不思議そうに撫で、それからもう一度男の顔を見ました。男が唐突にがたがたと震えだし、何も言わないまま逃げ出そうと踵を返した時。

 男の背中に生温い血飛沫が浴びせられました。

 恐る恐る男は振り返りましたが、それからはもう一歩たりとも動けなくなってしまいました。目の前の吸血鬼が、刺さっていた短刀を、肉が裂けることすら構わず乱暴に弾き抜き、勢い良く血を飛び散らせたまま、自分の血の付いた刃を旨そうに舐めとっていたからです。
 彼の目は赤く、うっとりと細められていました。
 それからみるみるうちに吸血鬼の傷を負った体は再生され、動けないままでいる男の方に2、3歩歩み寄ると、舌なめずりをして、そして――。

 その日彼は、全てを忘れて「高潔な」吸血鬼に戻ったのでした。


【1.邂逅】

 今宵出る月は無し――。
 いつもはこの深い森の中にも柔らかな光を投げかけている星でさえ分厚い雲に覆われていて、木々の葉が落とす影がより一層濃い闇の中に、その黒を反映したかのような、美しい黒髪の少女――いえ、彼女は外見こそは少女でしたが、実際は随分と長い年月を生き抜いた老女です――が降り立ちました。彼女――ロルフィーネ・ヒルデブラントは、同じく闇を纏って佇む後姿に子供らしい笑みを浮かべて声を掛けました。
「こんばんわ、はじめまして。……この辺りにみっともない吸血鬼がいるって聞いたんだけど」
 そうでもなかったみたいだね、と声を弾ませたロルフィーネに、後ろを向いていた吸血鬼がゆっくりと振り返りました。
 その手に人の屍を抱いて――。
「ボクね、血を吸うのがへたっぴで、いっつもご飯をぐちゃぐちゃにしちゃうんだー。ね、キミも久し振りなんでしょ? だったらボクと練習しようよ」
 そう言って緩められた瞳は血のように赤く、吸血鬼は懐かしそうに目を細めました。


【2.食事】

「これが今日の晩御飯?」
 手に手に刃物や松明を持って現れた男達に向かって、ロルフィーネは無邪気にそう傍らの吸血鬼に問い掛けました。吸血鬼を退治してやろうと集まった男達は、どう見てもまだ幼い少女の姿に戸惑いを隠し切れていません。けれどもロルフィーネはと言えば、そんなことは気にも留めず、吸血鬼が首を縦に振るのをじっと見つめて待っていました。
 やがて吸血鬼が頷くのと、男達が息の根を絶やすのとはほぼ同時でした。彼らは手にした刃物を振るう暇もなく、ロルフィーネの繰る銀色のレイピアによって急所を切り貫かれ、それぞれ四方に勢い良く血飛沫を飛ばしながら床の上に崩れ落ちて行きました。その様子をこれといった関心も見せずに眺めていた吸血鬼が、微かに眉を顰めて床に転がった一体を抱き上げて言いました。
「まず一つ――血を吸う以前に狩り方が問題だ」
 刃物を使うと血が流れ過ぎる、と吸血鬼は言いました。それから自分は抱き上げたその屍の手首に鋭い犬歯を立て、ぷつりと血管を噛み切りました。滴る血を丁寧に吸血していると、その隣ではロルフィーネが獲物を刃で裂いて、噴き出す血液で服も顔も真っ赤に染めながら食事をしている様子が見えます。吸血鬼は唖然として、思わず自分の食事を中断して彼女に声を掛けました。
「それでは満腹にならないだろう」
「大丈夫だよー、ご飯はいっぱいいるし。そっちこそそんなにちんたらやってると、血が固まったりするんじゃないの?」
 小首を傾げたロルフィーネに、吸血鬼は苦い顔をしてやや俯きました。
「無闇に狩りをするものじゃない」
「どうして? お腹が空いたら食べたい分だけ狩ればいいんじゃないの?」
 まったく何の悪気もなくそう尋ねたロルフィーネに、吸血鬼の表情はより一層険しくなりました。脳裏に昔親しくしていた友人の姿が浮かびます。それから想いを寄せていた、あの赤い目の――
「――狩場を探して来る」
 思い出しかけたことを吹っ切るようにそう言って、吸血鬼は更けたばかりの夜の闇へと向かって行きました。ロルフィーネは不思議そうに彼の後姿を暫く見遣っていましたが、すぐに目の前の食事へと意識が移り、結局深く問うことはしないまま、今宵の晩餐を堪能したのでした。


【3.リンク】

 昨日吸血鬼が探し当てたという宿営所に2人は来ていました。辺り1面に死臭が漂うこの場所は、元気な獲物を狩ることも楽しむロルフィーネには少し物足りなさを感じさせたのですが、食料の数は満足のいくものでした。それにどうやら中には全く弱っていない人間もいるようです。ロルフィーネは早く食事を愉しみたくてうずうずしていましたが、狩場を見つけた吸血鬼に勝手な行動はしないようにと約束させられていたので、我慢して彼の後について行っていました。
 と、急に前を歩いていた吸血鬼が足を止めました。ロルフィーネが前方を覗き込んで見ると、そこには30才ぐらいの女性がこちらを向いて立っていました。
「……獲物か……」
 吸血鬼がそう呟くと、彼女の唇に何故か微笑が浮かぶのが見えました。ロルフィーネは吸血鬼の後ろから横へと移動し、つぶさに女性を観察しました。――どうやら、久し振りに極上の血が手に入りそうです。
「初めまして。私は隠岐 智恵美と申します。こちらへは医療班員の一人として……」
「自己紹介はいらないよ? どうせすぐに食べちゃうんだし」
 小首を傾げてロルフィーネがにっこりと笑いました。その手に握られた細いレイピアが、今宵はまだ血の色に染まってないことを確認して、智恵美はひとまずほっと胸を撫で下ろします。ですがそれを隙と見たロルフィーネが間髪を入れずに智恵美に襲い掛かりました。
 バチッという音がして、2人の間に距離が出来ました。ロルフィーネは驚いた風に弾き飛ばされたレイピアを見つめています。
 智恵美は困った風に眉尻を下げました。
「あらあら……ごめんなさいね。びっくりしてしまって力の加減が出来なかったから……」
 申し訳なさそうに謝った智恵美に対して、ロルフィーネはむっと眉間を狭めました。落としてしまったレイピアを再び拾い上げて、起き上がりざまに続けて攻撃を仕掛けようと駆け出したのですが……。
「えぇっ!? 何これ〜!!」
「ごめんなさい。少しお話がしたいの」
 突然現れた結界の中でじたばたと暴れるロルフィーネに、智恵美はますます困った様子で頬に手を当てました。先刻から一歩も動いていない青年吸血鬼の方は、じっと立ち尽くしたまま智恵美の方を睨んでいました。
「ヤダよー出してよー! こんな所で死にたくないよ〜〜!!」
 暴れても出られないということを悟ったロルフィーネはそう言って泣きじゃくり始めました。幼い外見そのままに振舞うロルフィーネに智恵美は苦笑を浮かべつつ、彼女の側へ寄りました。
「私はあなたを殺しに来たわけじゃありません。ただお話がしたいんです――何か、妥協案を出せるかもしれないと思って」
「……こんな場所に閉じ込められてたら、お話なんてできないよ!」
 握った拳を上下に振り回すロルフィーネに智恵美ははっとしてもう1度謝り、ロルフィーネの周囲に張った結界を解きました。ですが――
「へっへーんだ! お話なんて聞かないよ! 動物の血なんて不味いし、ご飯食べられなくなっちゃうのもやだもん!」
 素早く間を取って退路を確保しましたロルフィーネは、長い髪を翻して走り去りました。極上の血は惜しいものの、それよりも大事なのは自分の命です。こんな所で死んでしまったら、2度と彼女の夫には会えませんし、それは彼女にとって何より辛いことでしたから、逃げる事は少しも苦ではありませんでした。
「あ〜あ……もう、早くお兄ちゃんのところに帰ろっと」
 しゅんと沈んだ表情はすぐさま消して、走る速度を速めたロルフィーネを、夜の空気が攫うようにして隠してしまうのでした。


 >>END



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2390/隠岐・智恵美(おき・ちえみ)/女/46才(参加時30前後)/教会のシスター(参加時notシスター)】<赤十字医療班員
【4936/ロルフィーネ・ヒルデブラント(ろるふぃーね・ひるでぶらんと)/女/183才/吸血魔導士&ヒルデブラント第十二夫人】<同族
(※受付順に記載)


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■         ライター通信          ■
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 初めまして。ライターの燈です。この度は『優しい吸血鬼』へのご参加、どうもありがとうございました!
 今回はえらく難産で……考えに考えた末こうなりましたが、如何でしたでしょうか。
 それぞれPCさんのキャラクター性を少々乱してしまっている部分もありますが(汗)。う〜ん……自分でオープニング書いておいてなんですが、『優しい吸血鬼』は毎度苦労します。綺麗な終わり方が出来ない……。
 ハッピーエンドが好きな人間なもので、特にバッドエンド指定がない限りはどうしても、少しでも幸せにしてやろう!と時間を掛けてしまいます。こんなだから納期ギリギリになったりしてしまうのですが……(滝汗)

 それでは失礼致します。少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
 よろしければ、またの機会に。