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幻想恋歌 〜梅花ひらりと〜
□オープニング
風が吹くように。
水が流れるように。
心はキミへと進んでいく。
気づいた想いは、幻想の中で巡る。
恋を歌うように。
現の世。すべて幻。
それでも人は愛しき人を求める。
手を伸ばして――。
□梅花ひらりと ――萬城目蒼獅
山笑う弥生。里は若緑の敷物に新調され、人々が固く閉ざしていた北窓を開ける季節。春の香りが至るところに流れ、緩やかに過ぎる時間すら、どこか眠たげだ。私は背後から近づいてくる足音に耳を澄ました。
それは目を閉じても分かる人のもの。
密やかに恋焦がれる人のもの。
「蒼獅さん。待ちましたか?」
流暢な日本語。まるで日本人として生まれたかのように、美しい発音の言葉。
「いいえ。私も今来たところですから。それより、ルティスさん今日はどうされたんですか?」
「もしかして着物のこと…です?」
銀の長い髪。いつもは風に揺らしている長い髪。今日はきれいに結い上げられ、黒に梅が描かれた着物を着ていた。私も日頃着物を着ているから分かるが、留学生である彼女がなかなかひとりで着られるものではない。
もしかして…今日のために?
それは都合のよい考えのように思えた。手に持っていた紙袋の緒を握り締める。太陽歴で言うなら、今日は3月の14日。世間一般的にホワイトデーと呼ばれる日。私は先月のことを思い起した。
小さな包み。
甘いチョコレート。
ロシアにはない習慣だというのに、わざわざ用意してくれた贈り物。
同じ大学に通い、ふとしたきっかけで出会ったルティスさんはロシアからの留学生だった。孤独な瞳に第一印象から心惹かれた。笑わせてみたいと思うのに時間はかからなかった。今は仲の良い友達――以上ではあると、こちらが勝手に解釈している。
彼女は最初心を開いてくれなかった。私個人のみという訳ではなく、どの学友に対しても同じ態度だった。遊びに誘っても断わられるともっぱらの噂で、私も彼女の繊細な部分を知る機会がなければ、今の関係はなかったかもしれない。今ではルティスさんが、私にだけ特別な表情を見せてくれているのだと分かり、それが自慢ですらあった。近寄り難い雰囲気の持ち主。しかし、白慈の肌に薄紫の瞳を持つ美しい人と、学友の誰しもが本当は近しくなりたいと思っていたのだから。
私の家業は傀儡師。ただの人形使いではなく、次元を超越したもの。血が流れる裏の仕事も請け負わねばならない身だ。私は裏暗い場所を傷つけた人血の香を感じながら歩くことなど好きではない――いや、嫌悪に近かった。けれど、扱う人形が嫌いというわけではなく、むしろ好きだ。子供を集めて、よく神社の境内などで人形劇を見せてやったりしていた。
初めて見た笑顔に、一瞬で心を奪われた。
私の操る人形をうっとりとながめ、固く結ばれていた彼女の唇が緩く開く。霊糸を繰りながら私の目は動けなくなっていた。外すことの出来ない視線。綻んでいく花の如く、美しく咲き誇る花顔。その笑顔。
私達は人形を通して、急速に仲良くなった。ふたりで勉強しお茶を飲んだ。ランチを毎日一緒に取り、様々な出来事を語り合う。日々を繰り返す中で育っていくのは蕾。私の中に芽を出し、深く暖かな色に染まっていく恋の花弁。胸に秘め、抱え切れないほどの想いはついに大輪となった。しかし、もうルティスさんを想う気持ちを抑えることはできない。私はバレンタインにチョコレートをもらった時、この愛を告げる日を3月14日と決めた。告白することで今の関係を失うことは恐ろしい。けれど――。
けれど、私はあなたのことが……。
「――獅さん、蒼獅さん?」
「え? あ、ごめんなさい……。ちょっとぼんやりしていました」
見惚れていたと言いたい。でも、それは自分の想いをきちんと伝えてから。ルティスさんは一瞬不思議そうな顔をした後、私に尋ねた。
「お話して下さった梅の花が綺麗な神社って、ここから近いのですか?」
「ええ、すぐ近くですから。今は、『朧梅花』と言う名のお祭りが開催されているんですよ」
「お祭り…初めて」
ルティスさんの背に軽く手を添えながら、高鳴っていく鼓動。促して歩き出した。
+
「綺麗……」
言葉をなくして、美しい人が咲き誇る梅の花を見つめている。私はその傍らに立って、梅と彼女を見つめていた。
白い花弁。
薄桃色の花弁。
散り際なのだろう。花吹雪。春風に乗って、たくさんの花びらが幻想的に舞っていた。
「いったい、どのくらいの梅の木があるんでしょうか」
彼女が呟く。ゆっくりと梅花を見て歩くと、石畳の両側には縁日のように屋台が並んでいる。人々は花よりダンゴらしく、通りに添って歩いているようだった。
「すごい本数ですね。私も知ってはいたんですが、来るのは初めてですよ。……あ、神輿が出るみたいですね」
人々の波が沿道に押し寄せてきた。私は彼女の手をひいて、梅林の中へと入った。彼女が騒がしいのを好きでないことくらい知っているから。
通りから一歩入るとそこは別世界だった。見渡す限りの梅花。桜に比べ樹木が低いため視界が完全に遮断されている。歓声が遠く聞こえるだけで人々の姿は見ることができない。舞い散る花びらは数を増し、まさに夢の如き風景だった。
私は再び手に持っていた紙袋の緒を握り締めた。今、言わずしていつ言えるだろう。
「ル、ルティスさん…これを」
「え? わ、わたしに……ですか?」
「バレンタインの日に贈り物を頂いたお礼です」
彼女は嬉しそうに微笑んで、開けて良いかと私に尋ねた。頷くと、ルティスさんは紙袋から小さな包みを取り出した。
「綺麗……色んな色に変化するペンダントですね」
「七宝焼きです。様々に変化する色彩が好きなんです。でも、きっとあなたには負けるでしょうけれど……」
私の言葉に白い頬が朱に染まる。彼女の好物である和菓子もあることを伝えると、珍しく嬉しそうに体を弾ませた。
「まぁ、柚餅ですか? わたし以前から食べてみたかったものです」
柔らかな笑顔。私はたまらず彼女の手のひらを握り締めた。ルティスさんの手から、紙袋が花びらの上に落ちた。構わず、私は想いを言葉にした。
「これはただのお礼の品ではないんです……。今日は男性から女性へ想いを伝える日。どうか私の想いを聞いて頂けますか?」
「蒼獅…さん……」
ルティスさんが一瞬戸惑った後、意味を理解して顔を赤くして小さく頷いた。下ろされていたもうひとつの手も取り、胸の前で両手を握り締めた。鼓動が伝わってしまうほどに激しい。きっと私の手の震えも伝わっているに違いなかった。
「私の歩む道を照らす光に――いえ、ずっと私の傍で……共に道を歩んで頂けませんか? ……私は、貴女の事が……好きです」
言い終えたら、一気に顔が熱くなった。きっと彼女から見たら激しく赤面していることだろう。私は息をするのも忘れて、返答を待った。
もし答えが願いと違っていても、あなたを支えていく気持ちは変わらない。
けれど、どうかこの想いが届きますように。
天に祈る。彼女の唇が動くまで、私は時間の感覚を失っていた。握り締めた手に額をつけて、彼女の顔を見ることができないでいた。
「……蒼獅さん」
「はっ、はいっ!」
慌てて顔を上げた。ぶつかる薄紫の瞳。こんな間近に見たのは初めてかもしれない。彼女が少し俯き加減で話し始めた。息を飲み込む。一字一句聞き逃すことのないように。
「……わたしは日本に来てとても孤独だった。ロシアに残してきた家族のために頑張らなければ――その思いだけで、学校に通っていました。人と関わり合うことを避け、勉学に打ち込まなければと」
「ルティスさん……」
「それは蒼獅さんもご存知ですよね……。友達なんて必要ないと思っていました。……でも、本当は淋しかった。必要ないと思い込もうとしていただけだったんです」
彼女の視線が青空に舞う花びらに向けられた。哀しげに眉を寄せたが、それは一瞬。緩く口元が綻み、しっかりと視線を合わせ見つめられた。
「そんなわたしに気づいてくれたのはあなただけ。蒼獅さん、あなたはわたしに光になって欲しいと言いました。でも、最初に暖かな光をくれたのは蒼獅さんなんですよ」
「ルティスさん……私は――」
「わたしの光こそ、蒼獅さん…あなたなんですから。わたし、蒼獅さんと同じ道を歩んでいいですか? 本当はずっと好きだと伝えたかった。でも、恐かったから……」
胸が痛くなる。辛さではなく嬉しさで。彼女もまた同じ想いを持ってくれていたことへの感謝と喜び。打ち震える心。私は優しく華奢な身体を抱き寄せた。暖かな体温が伝わる。腕の中でルティスさんの吐息を感じる。時が止まることを思わず祈りたくなる瞬間。
「もちろん答えは決まっています。ルティスさん……これからずっと、一緒に歩んで下さい」
私は答える。永久の恋人に。
囁いて見つめると、彼女の瞳が潤んでいた。そっと頬に手を添える。優しく口づけると、柔らかな唇が答えてくれた。
交わし合う想い。
通じ合う心。
彼女が誰よりも幸せであるように。
その幸せを作り出す者が私であるように。
手をたずさえ、永久に歩くふたりであるように。
重ね合う唇に誓った。梅の花びらが降り注ぐ、春の日に。
□END□
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
+ 4169 / 萬城目・蒼獅(まんじょうめ・あおし)/ 男 / 20 / 傀儡師
+ NPC / ルティス・セリンシスカ / 女 / 19 / ロシア留学生
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■ ライター通信 ■
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ありがとうございます! ライターの杜野天音です♪
お相手にルティスを選んで下さり、本当にありがとうございます。唯一今まで一度も相手がいなかった子なので、嬉しかったです。しかも蒼獅さん素敵な方なので、優しい心に包まれて淋しかったルティスの心も穏やかになったと思います。希望のラブ度になっていましたでしょうか? もっと甘〜くもできるのですが、告白した時には無理かなぁと。続きを書いてみたくなるカップリングでした(>v<)""
気に入ってもらえたなら幸いです。今回は蒼獅さんにとって、初めての納品物となるようでとても緊張しました。イメージと違っていないことを祈ります。ご参加ありがとうございました!!
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