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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


フタリのアクマ


■→!

「デッド・エンド……ここまでですね、人買いさん?」
 さながら、エクソシストの風体である。ずれてもいない眼鏡を神経質そうに正しながら、八重咲悠は眼前に追いつめた『犯人』に向かいそう曰った。
「悪事のツケは、いつか必ず自分が払うことになるんですよ……それが人外のモノとの契約であるなら、なおさらです」
 四肢を八重咲の魔術に拘束され、身動きひとつとれなくなった『犯人』は唸る。それまでに両手に余るほどの人数を悪魔との契約のために贄としてきたそれは、すでに人としての人格を持たない。八重咲の言葉の意を汲んでいるのか否か、ただ憎々しげに八重咲を睨め付けることしかできなかった。
「依頼主からは、あなたの処遇についての指示を受けていません。要するに、『煮るなり焼くなり好きにしろ』ってことなんだと思うんですけど――――」
 猛る『犯人』の前で、もったいぶった仕草で八重咲は黙示録を捲っている。
 対象を、己の身を汚さずして刻む法。
 対象を、無に帰す法。
 対象を、時空の狭間に篭め置く法。
 どれも魅力的だと八重咲は思う。
「安心してください。私はそこらへんの常識人よりもずっと常識感に満ちた人間です。あなたの身体を操っている人外のみを、砕いて差し上げます」
 人を裁く法のみは、彼の持つ黙示録には記されてはいない。
 と云うことは、己には『犯人』を裁く権利はないのだと八重咲は考える。
「憎むべきは、悪の本質です。あなたを突き動かしたその本質を、今から私が――――」
 と。
 そのときである。
「いやあああッ! よけてよけてよけてよけてぇっ!!」
 遠く、八重咲の後方から、高い女の悲鳴がした。
「え」
 とっさにふり返った八重咲の視界を、漆黒の何かが阻んでいる。
「ごめんなさいごめんなさいっ、どうか成仏してくださいねえぇぇっ――――」
『ごめんなさいで済むか、この馬鹿者ッ!』
 己の視界を広く阻んでいた漆黒が、得体のしれぬミサイルか何かの形をしている――――そう八重咲が悟ったとき、

 彼と『犯人』を中心にした、直径約1キロに――――巨大な火球が爆ぜた。
 八重咲の身体は、すんでのところで彼の身を包んだ光の結界により庇護され――――数刻後、幻のようにかき消えた炎の球の、ほぼ中心に近いところでぐったりと倒れ込んでいるのを発見されることとなる。
 悲鳴の持ち主であった天樹燐と、彼女がその身に宿している破術刀の白帝によって。


□→?

 とっさに白帝が張った結界の力によって、爆心地の青年は一命をとりとめたようだった。むしろ、彼には傷痕ひとつ残っていない。
「ああああああああ、良かったぁ……!」
 10t爆弾、グランドスラム。
 どうせやるなら派手にやれ、ということで、天樹はどういうコネクションからか仕入れてきた前世紀の偉大なる遺物によって『犯人』を仕留めてやろうと試みたのだった。
「良かったも何もないですからっ! 死にますよ、普通の人間で普通の状況だったらっ!」
 青年は八重咲悠と名乗った。どうやら、天樹と依頼主は同一だったようである。
「『犯人』は木っ端みじん、『犯人』を操っていた人外の存在も行方知れず……なんて破天荒な人だ、あなたは!」
「だって、依頼の中に『犯人』をどうしろっていう指示は無かったし……」
 もごもごと天樹は口ごもり、八重咲の顔を上目にみやった。どう考えても、先だってグランドスラムをぶっ放した豪毅さを持つ人間だとは思えぬ仕草である。
「それにしても……」
 なおも言い募ろうとする八重咲の言葉を、『人ならぬモノ』が静かに制する。
『これの暴走は、今に始まったことではない。八重咲殿、燐に変わり私が詫びよう』
「……………む」
 天樹の手にした抜き身の日本刀が、八重咲に語る。伝播する精神のような波動で自分に語りかけてくる『それ』を、八重咲は興味の募った眼差しでじっと凝視すると、天樹の顔とそれを見比べた。
「あ……白帝、と云います。この子、しゃべるんですよ。変でしょう?」
 元来、必要なことしか話さぬ存在である。変、と表現されれば白帝は押し黙った。
「……これは、ただの刀では――――ないみたいですよ、ねえ……」
「ええ。私の中に棲んでいる刀です。本当はグランドスラムで、半径3キロメートルくらいはイケた筈だったんですけど……この子があなたを巻き込んだことを知って、炎を留めてくれたみたいです」
「……そーです……か……」
 がっくり、と八重咲は肩を落とした。さきほどの爆発は夢や幻などではなく、眼前で屈託のない笑みを浮かべている天樹という女性は殺意なき殺意で『犯人ごと』八重咲をぶっ飛ばそうとしていたのだ。
 恐ろしい女性、否――――能力、である。
「……天樹さん」
 ずず、と八重咲は身を乗り出し、天樹の顔をまじまじと見つめた。
「私は、あなたとお近づきになりたい」
「……え?」
 天樹が、笑顔のままで短く問い返した。戸惑いの色こそ現れはいなかったが、ひとりの女性として正しい反応のひとつであったと云えようか。
「私は、あなたに魅せられてしまいました。あなたに夢中です」
 一方、八重咲は、己の言葉表現の欠如に気がついてはいない。
 彼が魅せられ、夢中になったのは、天樹そのものではなく、天樹の中に眠っている不思議な力――――そして、白帝である。
「八重咲……さん……?」
「いま、私にはあなたしか見えません。いまこの瞬間、『犯人』のことも依頼のことも、どうでもよくなってしまった……私は、もっとあなたを知りたい」
 ずずず、と、八重咲は有無を言わさぬ様子で天樹に迫った。その両手が天樹の肩に触れようとしたその刹那、
「いやだ、八重咲さんたら……尚早にすぎましてよ、ふふ」
 ひらりと立ち退いた天樹の手の中で、白帝が閃光を発した。
「ぅわぁッ」
 白帝の切っ先が八重咲の鼻を掠め、ぴたりと彼の動きを戒めてしまう。
「ごきげんよう、八重咲さん。またお会いできる日を楽しみにしています!」
 そのまま、身の重さを感じさせぬ軽やかな足取りで、微笑むまま天樹は姿を消していく。
「天樹さん! あなたはなんて思わせぶりな人だ!」
 いまだに己の言葉の欠如に気がつかぬままで、八重咲は天樹の消えた夜空に吠えた。
 あとに残されたのは、八重咲と彼の黙示録、それに半径500メートルにも及ぶ巨大なクレーターのみであった。

 ひとつの依頼を、ふたりの人間が追いかけていたことに関しての責任の有無。
 そのお陰で、自らの能力が思う存分奮えなかったことに対しての愚痴。
 それらを一手に引受けて、天樹と八重咲に仕事を依頼した某が、天樹に詰られ都下のカフェでケーキセットを強請られたことは、また別の話し、である。

(了)

■□■今までのご愛顧、本当にありがとうございました。 森田桃子■□■