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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


関羽100キロ行


■序■

 神聖都学園の裏庭にで、大仰な工事が行われているのを見止めたのは、物見鷲悟であった。2ヶ月ぶりに神聖都学園から仕事が来たため、物見は何も事情を知らぬ。
 物好きな物見は裏庭に向かい、そこで、なつめ色の軍神を見た。
「……ほう。これはまた、立派なものだな」
「そうなんですよ。理事長も喜んじゃって、専用の台座を作ることになったんです」
 物見は、自分よりもはるかに大きな軍神像を見上げた。
 それは、有り難い霊木を彫ってつくられた関羽像だった。古いもののようだが、表面にはつやがあり、跨っている赤兎馬の掘り込みも細かく、まるでその息吹が伝わってきそうなほどだ。関羽は長い髭を撫で、青竜刀を携えて、天を睨んでいる。
「理事長に三国志の趣味があったかな」
「いえ、お世話になった方の形見なんだそうですよ。最近亡くなったらしいんです。中華街の大金持ちだったとか」
「……なるほど。しかし、大きいな。ほとんど等身大じゃないか」
 記録の上では、関羽の身長は9尺。その上馬に乗っているのだから、やはり、大きい。台座工事はとても1日では終わらなかった。
 そして結局、永遠に終わらなかった。

 学園に居残って仕事をしていた物見の耳に、深夜、大音響が飛び込んだ。
 音は裏庭からだった。
 嫌な予感がした物見は、裏庭まで赴き、そして――吹っ飛んでいた。
『この関雲長の武、魂、義は、我が主のもののみなれば! 御免!』
 吹っ飛んだのは何も物見だけではない。裏庭の様子を見に来た教諭や、部活動で居残っていた生徒、用務員数名も、揃って仲良くぶっ飛ばされていた。関羽の関節がぎしぎしと軋む音は、確かに、木が軋む音であった。動き出した関羽は、あくまで、木製だ。
 しかしその青竜刀は確かに、作りかけの台座をひと薙ぎで打ち壊し、神聖都学園の門を叩き壊していた。
 ぱからっ、ぱからっ、ぱからっ、ぱからっ――
 ああ、赤兎は一日千里を駆ける。その蹄の音は、最早遠い。
 そうして、その遠くから、タイヤがたたらを踏むけたたましい音と、金属の塊が潰れる無残な音もやってきた。
「霊木などで神を彫るからだ……」
 5メートル吹っ飛ばされた物見だが、まったくかすり傷ひとつ負わずに、けろりとした表情で立ち上がっていた。
 だが、あくまで、物見鷲悟は、ともかく。
 木製の武将が通ったあとには、草木一本、アスファルト一片残ってはいない――。
「参ったな。力ずくで止められるものならいいんだが。しかし……関羽はあんな横暴な武将じゃなかったはずだ……あれでは呂布じゃないか。何か事情があるな」
 呟いた物見は、とりあえず、学園のパソコンからゴーストネットOFFにアクセスした――。


■貴重品発見の報告あり!■

 街が妙に騒がしいことには、誰もが気づいている。もちろん、光月羽澄もだ。怒涛のような轟音が街を駆け抜け、赤い風が道を切り開いていく――その様を、光月羽澄は、まさに見た。
「わっっ!」
 調達屋『胡弓堂』の得意先から出た途端の羽澄は、わけもわからないまま暴風に吹き飛ばされ、荷物をばらまき、きりもみ回転していた。
『まかり通る! どうか許されい!』
 風の中から、豪胆な『声』が聞こえてきた。
「な……なに? なんだったの?」
 さすがの羽澄も、乱れた髪を撫でつけることも忘れて、呆然と座りこんでいた。手首が軽くなっていることに気がついたのは、ようやく髪をかき上げたときだ。
 肌身離さず、の覚悟とともに身につけていた親友からの贈り物――ブレスレットが壊れていた。ついていたはずの鈴がなくなっていたのだ。
 ちり……ん。
 音はすでに遠く、はるか彼方まで飛んでいってしまっている。


■誰か救援を■

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 緊急  投稿者:ザ・タワー 投稿日:2月24日(木)20時20分12秒

 神聖都学園より緊急連絡。換羽が動いて東京の街中を猛進中。彼をとめてくれ

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「タワーさんがこんな短いカキコ、めずらしー。……しかも換羽って……もしかして誤字かな……タワーさんがこんなに慌てるなんて、よっぽどだよ」
 そう思っていたのは、ゴーストネットOFF管理人だけではなかった。
 短い救援要請に動いたのは、二人だ。
 田中緋玻と友峨谷涼香は、それぞれ、別々の場所で携帯電話を懐から抜き放つ。


 ゴーストネットOFFの掲示板に書きこみを終えると、携帯電話を取り出しながらコンピュータ室を急いで出た物見は、廊下を走ってきた少女に激突され、無言で吹っ飛んでいた。吹っ飛びながら物見は、「二度あることは三度以上ある」という格言を捏造した。
「あー! ごめんなさーい!」
 長身な物見(とは言っても菜箸のように痩せているのだが)をぶっとばしたのは、彼よりもはるかに小柄な少女なのだった。霧杜ひびきという、この神聖都学園高等部の生徒だ。
 ――あ、あれ……。あんまり見かけない人だけど、先生だよね……。うん、ガッコにいる大人は先生って、お約束だよね!
「すいません、先生! 大丈夫でした?」
「ああ、大丈夫」
 黒縁眼鏡を直しながら立ち上がった物見は、無傷だった。
「……そのパワーを見込んでひとつ頼みたいことがあるのだが、急いでいるかな」
「え? あ、はい! な、なんか裏庭からなんか飛び出してなんかなったらしいじゃないですか、見に行くんです!」
「ああ、私はきみに、その何かを何とかしてほしいのだ。私はことの顛末を見届けたい」
 物見は静かに微笑した。
「他にも応援は呼んでおいたが……とにかく、出よう」
「はい!」
「問題は足なのだが」
「はい?」


 今日は久し振りに負けた。
 大負けではなかったが、負けは負け。
 微妙な気分で、新座は競馬場を出ていた。テンションも横ばいの彼の前を、ごうっ、と景気のいい豪風が走り抜けていった。風のあとに届いてきたのは、
 ぱからっ、ぱからっ、ぱからっ、
 ……つい先ほどまで新座クレイボーンが聞いていた、馴染み深い音だ。
「お……おおおー?」
 隻眼を細め、手をかざし、音の主の背を見届ける。銀の目がとらえたのは、巨大な馬だ。赤く、つやがあり、木製だ。おまけに体格のいい騎手を乗せていた。
「あんなデカい騎手乗せてあの速さ……ん、あの蹄の飾り……うぉー! 赤兎馬じゃん! ……木で出来てるみたいだけど」
 ぶるるる、と新座は本性に戻りかけた。彼のうちに眠る、走りへの欲望が首をもたげている。
「走りてー! 体格差で負けるけど走りてー!」
「あ、ちょっと、あなた、新座じゃないの? ちょうどよかっ……えー? なにー? よく聞こえないわよ!」
 熱く燃える新座の横に、携帯で誰かと連絡を取りながら現れた女が立った。
 新座は女を見た――不機嫌そうな冷めた蒼の目、長い黒髪、新座が知っている女だった。
「あれ、緋玻か。なんかつい最近会ったよな」
「何よ、チャージ4でぶっ飛ばせって? 隙が大きい? ……あのね、あたしが相手にするのはそっちの関羽じゃないの! だからさっきから話がかみ合わなかったのね。無理なら射落とせって……もういいわ、ありがと!」
 握り潰さんばかりの勢いで通話を切った鬼女は、紛れもなく、田中緋玻であった。彼女はすさまじい形相で新座に迫る。
「で、美髯公はどっち行ったの?」
「ビゼンコー? そんな馬聞いたことないぞ。あぁ、赤兎馬ならあっち行っ……」
 新座は、宙を舞っていた。
 緋玻がその腕を掴み、時速60キロはかたい速さで走り始めたからだ。
「物見鷲悟! ハンドルはザ・タワー! 覚えてる?!」
「ああががががががが」
「彼からまた要請があってね! 赤兎乗った関羽が東京突っ走ってるって! 甥っ子に攻略法聞いたあたしも莫迦だったわ。なんであいつに聞いたりしたのかしら!」
「ぶぶぶひひひひひひぃ」
「ともかく、高速乗られたりしたら玉突き事故より大変なことになるわ!」
「緋玻ー! 緋玻ー! 前! 前! ぶるるるるる!」
 緋玻と新座は、宙を舞っていた。
 けたたましいブレーキ音と、ガラの悪い罵声が響き渡る。
 鬼と神馬をはねたのは、カリカリにチューンされたイカしてるモンスター・バイクだった。
「コルァ――――――ッ!! どこ見とんじゃアアア! 前と横と後ろ見ながら走らんかい! こっちゃ急いでんねん!」
 バイクからひらりと飛び降りたのは、粋でいなせな関西弁の女性だ。手には抜き身の赤き刀、巻き舌でなおも鬼と神馬を責め立てる彼女は、走る銃刀法違反者にしてたったいま道路交通法をも犯した剛の者よ。
「……ちょっとあなた、鬼轢いといてその言い草はなに?! 名乗りなさい! 閻魔帳書き換え申請出しておくわ!」
「馬も轢いたぞこいつ。痛え」
「上等じゃコラァ! 友峨谷涼香や! 関帝聖君追っとんのじゃアア!」
「――え?」
 もしや目的は同じかと、緋玻が涼香に尋ねようとした――そのとき。
「関羽逃すまじ! ちょっと借りまーす!」
 涼香のバイクにひらりと飛び乗り、爆音をたて、一人の少女が一足先に出陣していった。
「あー!」
 と新座が言う間に、最高時速300キロを誇るバイクは、視界の中の点に成り果てた。涼香などは、目を点にして立ち尽くしていた。
 しかし、3人の目にはっきりと焼きついていたのは――バイクが起こす風にたなびく、銀の髪であった。
「まさか、今の……」
「あいつとも、つい最近会ったなー」
「うちのバイク……」
「彼女……『関羽逃すまじ』って言ってたわね」
 3人は顔を見合わせる。
 目的は、皆一緒なのだ。


■戦闘開始■

「おお、集まっていたのか」
 ききっ、と呑気なブレーキ音。
 はるか遠方では、悲鳴と衝突音。
 そんな危機的状況の中だというのに、物見鷲悟と霧杜ひびきは、颯爽とシティサイクルに乗って現れた。緋玻と涼香と新座とは、点だった目を線にした。
「……遅いわよ」
「しかも自転車かいな」
「私も霧杜くんも免許を持っていないから」
「タクシーとか使えばいいだろ」
「貧乏なんだ、すまない」
 不毛な会話のBGMは、パトカーと救急車のサイレン、そして衝突音。一行の視線は一方向に集まった。
「障害物が多すぎて、赤兎馬もすんなり進めてないみたいだな」
「1800年前の中国しか知らないんでしょ、彼。その頃の中国なんて何にもない平原ばっかりだったんだから、無理ないわ」
「しっかしなあ……関帝聖君やろ」
 涼香が腕を組む。
「むちゃ豪傑やん。正面からぶっかっても怪我するだけやで」
「豪傑だが、野獣ではなかった」
 物見は静かに言った。
「何か理由があるのだと思う」
「ほな、そこ突こか。……問題はどうやって追いつくかやわ」
「自転車より速くて、お金がかからなければいいんだね。じゃやっぱり馬かな!」
「……そーなるか? 結論。そーなるのか?」
 異議がないわけでもない新座をさて置き、ひびきは自転車の籠に入れていた鞄を引き寄せて、中に手を突っ込んだ。一見、教科書やノートが入っているだけの、種も仕掛けもなさそうな普通の鞄だった……。
「馬ー、馬ー、うまー、出るかな出るかなー、どるァ!!」
「ぅわ!」
 ばぇん! と、ひびきの鞄の中からラメ混じりの煙が突如生じ、新座が何かにぶつかってよろめいた。
 キラキラ輝く煙の中から現れたのは……、無表情な男と、ぴくりとも動かぬ馬。
 男男男男男馬馬馬馬。男×60くらいと馬×3。
「な、何だこりゃ。人形じゃん」
「……兵馬俑だわ、これ……」
「動けへんやん!」
「あっちゃー……やっぱり無理だったぁ……」
 ずらりと並列する兵馬俑(しっかり東を向いて歩道を塞いでいる)を前にして、ひびきが頭をかいた。どこからでも何でも取り出せる彼女だが、重いものや大きいものは例外だった。兵馬俑は大きさこそ実寸大だったが、けして動きはしない。
「仮に兵卒なんか何千人居たって役に立たないんじゃないかしら」
「お!」
 立ち並ぶ兵馬俑の中に、めざとく、新座が異なるものを見出していた。ひときわ大きな、馬の銅像だ。
「これ、大井競馬場にあるやつじゃん! すげーな、ハイセイコーだぞ」
「動けへんって、だから」
「動かしゃいいんだよ。な、それちょっと貸して」
 貸して、と言ったときにはすでに、新座は涼香の手から退魔刀を強奪していた。
「あっ、ちょ、何すんね……」
 涼香のみならず、その場の誰もが目を疑った。新座が……。


■一方、■

 ゴ―――――――――ン!! 関羽、機動隊包囲網突破!!

 木っ端のように吹き飛ぶ機動隊員を巧みにかわしながら、大型バイクを駆り(借り)、羽澄は動く彫像を追う。物見が人を集めて追ってきてくれるはずだと、彼女は期待していた。バイクを盗……借りる前に、モバイルでゴーストネットOFFにアクセスし、ザ・タワーの書きこみを見た。彼女もまた、タワーのように、救援を要請するつもりでアクセスしていたのだ。
 速度制限など無視して突っ走る羽澄だが、吹っ飛んでいる最中の警察は、彼女を捕らえるどころの騒ぎではない。
 のわー!
 ぬワー!
 うわー!
 妙に棒読みな悲鳴の向こうに、霊木製の青竜偃月刀を振るう武神の姿が――ようやく見えた!
 鈴の音は、関羽が引き連れている。
「待って!」
 羽澄は声を張り上げた。
「関雲長さん、待ってッ!」
 木製の関羽は、振り向いた――しかし、ぎっ、と眉をひそめると、赤兎馬の腹に蹴りを入れた。赤兎馬は後足で立ち上がって高くいななき、速度を上げてしまった。
「あ……!」
 羽澄は関羽の背を見てから、自分の背後に目をやった。
 兵卒たちだ。
 土色の雑兵がときの声をあげて車道を走っている。その中に、ひときわ大きな3つの姿!
「光月さん! 独りで、出すぎよ!」
 銅のハイセイコーに乗って羽澄を叱咤したのは、確かに、田中緋玻だった。その緋玻にしがみついて青い顔をしているのは、新座クレイボーンではないか。
「うぇー……なんか……気分悪ィぞ……」
「そら、出血多量にもなるわ」
 新座の血で染まった退魔刀を引っさげるは、友峨谷涼香。土色の馬に乗っている。
「新座くんは血で物体に命を吹き込むことが出来るそうだ」
 後ろに霧杜ひびきを乗せて、冷静に解説役にまわる物見まで、何故か馬に乗っている。ひびきは後ろで、ごそごそ鞄の中身をあさっていた。
「新座さんに肉まん肉まん……」
「霧杜さん、ちよっと弓と矢出してくれる?」
「あ、はーい」
 回復薬は爽やかに後回しにし、ひびきは鞄から弓矢を取り出した。ついでにハンディカムもだ。
「あたしの甥っ子も姑息な攻略方法知ってるもんだわ」
「そりゃテクやで! 気づかれん距離から射殺すんは! よっしゃ、援護したる。新座ん、兵卒持ってくで!」
 涼香はすうと大きく息を吸い込むと、馬について走っている焼けた土塊の雑兵たちに向かって、大声を張り上げた。
「兵は神速を尊ぶ! うちに続きな!」
 アスファルトや灰色のビルを震わせる、兵士たちのときの声が、涼香に応えていた。


■竜虎相打つ■

「関羽―――ッ!!」
 声の大きさは彼女の超常能力のひとつと言って差し支えはない。足音や爆音にも負けず、その声は関羽をとらえた。関羽は鈴の音とともに振り向いた――羽澄の鈴は、関羽像の肩当てに引っ掛かっていた。
「待たんかい! 腰落ち着けて話さんか!」
『邪魔立て致すか!』
「こんな周りに迷惑かけといてんやで、邪魔もしたくなるわ!」
『無理は承知の上! 拙者は、何があろうと決し……』
 涼香の目の前で、関羽がばすっと落馬した。彼の後頭部に矢が突き刺さっていたのを、涼香は見逃さなかった。
 赤兎馬はそこに急停止し、落馬した関羽像に、兵卒が殺到する。矢は、馬上の緋玻が放ったものだった。
「生流鏑馬、がっちり抑えましたァーッ! まさに伝統の対決! 大陸対島国! カッコいーい!」
 ハンディカムを構えたひびきが、緋玻に熱い声援と実況を送った。弓を下ろした緋玻は苦い顔だ。
「男がするものなんだけどね……」
「見事だが、田中くん」
「なに?」
「新座くんが見当たらない」
「うそ」
 緋玻にかろうじてしがみついていた瀕死の新座の姿は消えていた。物見がにべもなく後方を指差す。
「きみが弓を引くのと同時に落ちるのを見た」
「見てるだけってどういうこと?!」
「私は馬に乗るので精一杯なんだ……」
 一応ばつの悪い顔をする物見が、あ、と声を上げた。
 彼の横に、ラプトルと見紛うほどに大きい、白いメカ恐竜が並んだのだ。
「ぐぉらあぁー、タワーッ!! あんた、おれが助けろっつってんのに見てただけだったなーッ!!」
 竜の背にしがみついているのは、まさに今安否を気遣われていた新座だった。恐ろしい形相で物見(=ザ・タワー)を怒鳴りつけた彼は、次の瞬間、ころりと上機嫌になっていた。
「よっ、緋玻! ハイセイコー速いだろ!」
「まあ、遅れない程度にはね。……で……あたしが撃ち落とした関羽はどこ?」
 緋玻の問いに、羽澄が鈴の音を追おうとした――。

 ゴ―――――――――ン!!
『わー』『のあー』『うあー』×20
「あいたーッ!」

 兵卒がまるでゴミのようだ!
(涼香も巻き込まれて吹っ飛んでいたが、木っ端微塵になっている兵卒のインパクトのほうが強すぎた)
 陶器の雑兵の首や手や足が飛び散り、爆発の中心に関羽像の姿があった。探すまでもない。9尺の長身は仁王立ち、その姿はまさに戦神、鬼神、破壊神。
『我が魂、常に主とともに!』
 青竜刀を振り上げ、関羽像は吠えた。かちどきは意識の中に直接響く、音ならざるものだった。
「ひょー、カッコいーい!」
 呆気に取られる一行の中、ひびきが最も冷静だ。
「関羽、20人撃破!」
 大喜びで実況までしている。
「『関帝聖君』じゃないんだわ……」
 緋玻の呟きに、羽澄と物見が頷いた。
「彼は、ただの『関羽の像』でしかないのね」
「あー、神様が降りてるってわけじゃないのな」
「そっちの方が有り難いけど」
「まー、でも、あのヒゲがまた馬乗ったら面倒だよな。おれ、赤兎馬押さえるから、残りのやつらでフクロにしちまおうぜ」
「賛成。皆吹っ飛ばされないようにね」
「私、後ろから援護するね! 何か要るものあったらどんどん言って!」

 ときの声は、再び上がった。
 倒れ、頭を抑えて唸っていた涼香に、関羽は青竜刀を振りかぶったが――ニスでつややかに輝く関羽の顔は、ぎ、と新たな軍団に向けられた。
「――どこ見とん! あんたの相手ェ、そっちだけやないで!」
 後頭部の鈍い痛みを無理矢理無視し、涼香は関羽像の背に、退魔刀・紅蓮の一閃を浴びせかけた。彼女の愛刀には、新座の血が呼んだ奇蹟かはたまた彼女の怒りによるものか、赤紫のオーラと焔が宿っていた。
『なんの―――――ッ!! 吠えよ青竜――――ッ!!』
「あいた―――ッ!!」
「ちょっ……」
「ヒゲ―――ッ!!」
「わ―――ッ!!」
「あぶな―――い!!」
「おっとっと」
『うわー』×40
 嵐のような捨て身の攻撃に、兵卒もろとも、一同は吹っ飛ばされていた。全員が揃って落馬し(新座は落竜、羽澄は落バイク)、兵馬俑はこれで全滅した。
「うーむ、『ただの』関羽像ではないようだ、光月くん。霧杜くん、大丈夫かね」
「あいたたた……すりむいた……アザできた……物見先生、丈夫ですね……」
「ああ、そういう体質でね」
「じゃ、遠慮なく」
 黒髪を振り乱し、蒼の目に怒りをたぎらせた緋玻が、呑気な物見の後ろ襟を掴んだ。
「真正面から猛将にぶつかる気はないわ! どるァーッ!!」
「ああっ、これはひどいだろ田中く……!」
『おお、莫迦な!』
 緋玻に投げ飛ばされた物見の痩身は、曲がった鉄砲玉のやうな勢いで関羽像を目指した。さすがに虚を突かれた関羽はまともに物見を食らい、どう、と倒れていた。
 その隙を逃すはずもない、一行は関羽像に飛びかかって、青竜刀を奪い、ヒゲを引っ張り、押さえつけて、像の動きを制した。


■100キロ行■

「おっさんさー、ホラ、後ろとか見てみろよ」
 赤兎馬に乗った新座が、座り込む関羽像に声をかけ、かれが進んできた道を指差した。パトランプと瓦礫が続いている。おまけに、土色の兵士たちのバラバラになった四肢も転がっていた。
「おれたち丈夫だからいいけど、ありゃ何人か死んでるかもだぞ。そんな急いで、どこ行くつもりだったんだ?」
『主のもとだ』
 関羽の答えに、緋玻は頷いた。
「義兄弟のもと、じゃないのね。このまままっすぐ行ったら……」
 一行の頭上に、青色の案内標識があった。
「横浜……」
「像の持ち主は、中華街の富豪だったな」
 物見が呟いた。
 関羽像はぎしぎしとあちこちを軋ませながら立ち上がったが、最早得物を構えることもない。意識に呼びかける不可思議な声で、滔々と話した。
『べらぼうな高値のために、20余年売れ残っていた拙者を、主は値切りもせずに買い上げたのだ。関帝は商いの神である、利益があるにちがいないと。あくまで彫像たる拙者にそのような力はなかったが、その恩義に報いようとした。今は太平の世なれば、拙者は、……主に、富を運ぶことで義を尽くそうと』

『拙者は、忘恩の徒にはなれぬ……』


 ぱっかぽっこと蹄の音がゆっくり響く。
 背後には、じりじりと続くパトカーの群れ。
 しかし、ぴりぴりしているのはパトカーの中の人間たちだけだ。関羽像について馬を進める一行は、ともすれば、和気藹々としている。
「なー、やっぱ後ろ大騒ぎなんだけど、大丈夫か? スクープされないか?」
「IO2と高峰くんが何とかしてくれるだろう」
「こういうときは都合のいい組織よね」
「大丈夫、真実は私がちゃんと押さえてるから!」
「霧杜さんたら、こんな何でもない光景映しても……」
「何でもなくないやろ。充分、とんでもない光景やで」
 涼香が苦笑して、コツコツと馬の頭を叩いた。
「ああ、忘れてたわ」
 涼香のバイクを奪ったままだった羽澄は、今さらになって気がついた。
 関羽と赤兎馬は木製で、新座が乗っているのはメカ恐竜、緋玻たちが乗っているのは馬俑なのだ。ちっとも何でもない光景ではない。
「でも……どうするの? 持ち主……死んでるんでしょ」
「彼の好きにさせてやろうじゃないか。また大暴れされてもかなわないだろう?」
 関帝廟通りを行く一行の目に入ったのは、ひときわ大きなビルだった。
 関羽像は、ぎし、とビルに向かって軍礼をした――
『ただいま、帰り申した。拙者は、最早、この地を離れることはない。――動くことも御座らぬ。我が魂は、主のものよ!』
 ぶるるる、と赤兎馬が首を振った。
 一行は固唾を呑んで見守り続けたが、
 関羽像は、それきり動くことはなかった。
 羽澄が手を伸ばし、彼の肩当てにずっと引っ掛かっていた鈴を取り返した。

 よっこら、と緋玻が関羽像(赤兎馬つき)を持ち上げて、像が礼をしていたビルの入り口前にどかりと据え置いた。
「ふう。ま、関帝廟通りだし、マッチしてるんじゃないかしら」
「ここ歩道やで……」
「明日あたり、IO2か高峰くんあたりから連絡が行くだろうから」
「こういうときは役に立つことにされますね……IO2……」
「あ! まだやってるお店ある! 私おなかすいちゃった」
「タワーの奢りだな! おれ今日負けたし!」
「よっしゃ! 肉まんと老酒で打ち上げや!」
「打ち上げだー! おつかれー!」
「ゴチになるでー!」
 新座と涼香は肩を組み、すでに酔っているようなテンションだ。物見は無言で懐に手をやったが、出てきたのは1535円しか入っていない財布だけだった。

「……肉まんだけなら、奢れそうかな」




<了>

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【1282/光月・羽澄/女/18/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【2240/田中・緋玻/女/900/翻訳家】
【3014/友峨谷・涼香/女/27/居酒屋の看板娘兼退魔師】
【3022/霧杜・ひびき/女/17/高校生】
【3060/新座・クレイボーン/男/14/ユニサス・競馬予想師・艦隊所属】

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               ライター通信
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 モロクっちであります。『関羽100キロ行』をお届けします。
 書いてみると意外としっとりまとまってしまいましたが(笑)、楽しく書かせていただきました。内容は激しいはずなのに大人しいギャグ依頼です。皆さん何回も吹っ飛ばされてます(笑)。叫び声及び「!」も大量放出! 楽しんでいただけたら幸いです。
 中華料理大好きなので、一度横浜中華街に行ってみたいものですが……行きたいところがまたひとつ増えました。関帝廟、見てみたいものです。

 それでは、また。
 皆の者大儀であった! 次の戦までゆるりと休らうが良い!