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<東京怪談・PCゲームノベル>


『Blue Butterfly』〜第二夜、楠木家〜


 ☆プレイヤー選択  
 
  → 桐生 暁
  → 梶原 冬弥

 ☆モード
  → 学者モード ON Hard →Normal Easy
  → 戦闘モード ON →Hard Normal Easy
→ 牧師モード ON  Hard Normal →Easy


□■□■□■ 【Start】 ■□■□■□


 ヒラリヒラリと舞う蝶々
 青い麟粉舞う蝶々
 フワリフワリと舞う蝶々
 光の粉と舞う蝶々
 フラリフラリと彷徨い歩く
 青の月の下
 ヌラリヌラリと染め上げられ
 白い浴衣の袖が揺れ
 聞こえてくるは死者達の声
 見えるは過去の念
 感じるは禁断の儀式
 誰が殺め
 誰が殺められ
 貴方と私
 どちらがどちらとも
 皆目見当がつかぬ・・・。
 ヒラリヒラリと舞う蝶々
 青い麟粉舞う蝶々
 彷徨い歩くは外よりの訪問者・・・。


□ scene T

 相も変らぬ青の色彩。
 降り立ったそこは光る水底。
 濡れる月はおぼろげで、頼りなく舞うは青の麟粉。
 「よぉ、また来たか暁。」
 そう言って、片手を上げる長身の男。その髪は、燃えるように赤い。
 青の水底浮かぶ赤。
 異質なものに、目を奪われる。
 「ひっさしぶり〜冬弥ちゃん。」
 「あぁ。つっても、そんなに久しぶりって程じゃねぇけどな。」
 肩をすくめる冬弥の、顔に浮かぶは苦笑い。
 小さく暁の肩を叩き、引き連れ行くは村の入り口。
 入り口に鎮座する地蔵の目は笑い。外からの訪問者を中へと呼び寄せる。
 『ようこそ、ようこそ、望月村へ』
 『久しいのぉ、久しいのぉ、暁や暁。』
 『久しいとは言うても、まるで昨日の事のようじゃ。』
 『いやいや、それはそのはず、なにせ昨日の事なのじゃからのぉ』 
 『そうじゃった、そうじゃった。昨日の事よ、昨日の事よ!』
 『暁や暁、昨日ぶりじゃ、昨日ぶりじゃ!』
 甲高く、笑う地蔵の声高く。青の月を揺らし揺さぶる。
 「おい、うるせーぞ!毎回毎回・・・その甲高けぇ声、なんとかならねぇのかっ!」
 『これはこれは、冬弥がいるとは知らなんで。』
 『それなら話は早い早い。』
 「・・・なんでいっつもテメェラは俺が見えねぇんだよ・・・。」
 口から零れるため息も、望月村では青のため息。
 ユルリユルリと村を漂い、やがて消えるは青のため息。
 『暁や暁、今回もこれに着替えなされ。』
 『前回同様、これに着替えなされ。』
 動く地蔵の下からは、白い浴衣が見え隠れする。
 その白さですらも、望月村では青の白さ。
 揺れる月光、青の輝き。
 『暁や暁、これを持って行くが良い。着物の袖元入れなされ。』
 甲高く、笑う地蔵の下からは、セルリアンブルーの短剣一つ。
 「短剣・・?」
 『そうさそうさ、それを持て行けば、なぁんら心配はない。』
 『さぁさぁ、それに着替えなされ。』
 『冬弥もあちらで着替えなされ。』
 冬弥と暁は、別々の茂みに入りその身体に白の青を着込んだ。
 真っ白な着物に包まれて、それでも染まる青の色彩。
 暁はするりと短剣を袖元に入れ、その手を放した。
 「・・行くか。」
 「あぁ。」
 村の入り口地蔵の出迎え、それを抜ければ村の内部。
 飛び交う青蝶、歓迎の舞いを。
 消え行く背中に地蔵は語る。
 『安全なのも今夜で終い。』
 『望月村が、青のなのも今夜で終い。』
 『生きて帰れる保障も・・今夜で終い。』
 ケタケタと、笑う地蔵の声高く。
 それを聞くは、青の月とBlue Butterfly・・・。


■ scene U

 真っ直ぐ進むは望月村。
 青の蝶々に導かれ、果て無く進むは望月村。

 目の前にそびえる大きな豪邸に、青の月明かりが反射する。
 ゆっくりと近づく玄関が、触れもしないで開く様は、まるで彼らを待っていたかのよう・・・。
 中に入るとそこは大きな空間。
 1つだけ付けられた窓からは、青の色彩斜めに入る。
 『ようこそいらっしゃいまして、お客様方。』
 そう言って、微笑む少女の外見は、一夜に見た浮世とそっくりで・・・。
 「あれ?あんた・・。」
 『初めまして。浮音(うきね)と申します。』
 ゆっくりとお辞儀をする、浮音の肩から零れ落ちる、漆黒の髪が目に痛く。
 「浮世じゃねぇのか・・?」
 『浮世は蕪木家に仕える者。わたくしは、楠木家に仕える者ですわ。』
 微笑む浮音の瞳の奥、黒く沈むそこだけは、微笑み忘れて真顔で微笑む。
 『其、同のようで異なる者。異なるようで同なる者。』
 「え、なに・・・?」
 「なんだって・・?」
 『さぁ、お客様方。地蔵から渡されたものをお出しくださいませ。』
 暁は軽く頷くと、袖元から短剣を出した。
 ヌラリと光るそれは、ここに来る者の証の一つ。
 即ち、志の一つ・・・。
 『断ちし者は、剣強く。祈りの刃は魂の浄化。』
 詠うように零れる言葉達。
 グラリと揺らぐ視線の中で、少女は僅かに口の端をあげた。
 その顔は、祝福か蔑みか。
 『行ってらっしゃいませ、お客様方。そして・・ようこそいらっしゃいました。楠木邸へ。』


 グラリと揺れる視界が定まった頃、暁と冬弥は長く続く廊下にいた。
 果てなく続く、廊下の先は地平と混じり、手前にぽつんと扉があるのみ。
 「・・なんじゃこりゃぁ。こんなに長げぇ廊下なのに、部屋数一つかよ!」
 「なんかあんのかな・・?とりあえず、どっかに入ろう。」
 手前にある、豪奢な扉に触れる前に扉は勝手に奥へと開いた。
 それは歓迎か罠なのか。
 甘美なまでの罠なら怖く、艶なる祝福ならば誰が歓迎していると言うのか。
 暁と冬弥は無言で入った。
 入った途端に扉は閉まる。
 固く・・・固く・・・。
 「罠だったら・・どうする?冬弥ちゃん?」
 「その場合、遠慮なくぶっ壊させていただくさ。」
 「乱暴・・。」
 「馬鹿言え。ここでのたれ死ぬのは真っ平ゴメンだからな。」
 「俺も・・・その意見には賛成だな。」
 長く続く、畳の向こうに見えるのは、ほのかに光る人の影。
 「・・あそこに誰かいるな・・。」
 「どうせ死んじまったヤツか・・イカレちまったヤツか、どっちかだろ?」
 「随分じゃん。」
 「悪りぃが、ここに来たのは1度2度じゃないんでね。」
 「え?どう言う事??」
 「美麗が言ってなかったか?禁断の儀式をし続けている村だって。儀式の度にこうやって外から人を呼ぶんだよ。」
 「ふ〜ん。それで・・その、外から来た人って言うのは今は?」
 「・・・覚えてねぇな。」
 冬弥は僅かに藍の色を発した瞳をそっと伏せると、目の前でほのかに光る影へと視線を送った。
 「それよりほら、行くぞ。」
 「・・わかった。」
 進む先、ほのかに光る人の影。それは少女の形をしていた。
 まだ幼い瞳に映るのは、どこか悟りきっているような死者の輝き・・・。
 『貴方達、誰?どうしてこんな所に来ているの?』
 焦点の合わない瞳が映すのは、どこか別の空間。
 「俺は、桐生 暁・・。」
 「俺は梶原 冬弥。んで、名前は?」
 『私は雪花(せっか)三つ幼子の・・雪花。“生まれ”の雪花よ・・。』
 「“生まれ”・・って?」
 『さぁ。よくは知らない。ただ、幼子達の割り振りだけは知ってるわ。託された言葉。富に関わる、重要な言葉・・・。』
 「もったいぶってねぇで、話せや。」
 『せっかちね。・・でも、そうね。私にも時間が無いの。幼子だけで良いなら教えてあげるわ。』
 雪花はそう言うと、じっと宙を見つめて詠うように言葉を紡いだ。

 『一つ幼子“同じ年”
  二つ幼子“月日に”
  三つ幼子“生まれ”』

 「・・なんだそりゃぁ・・。」
 『望月村の、最重要文献・・そこに書かれていた、儀式の内容。全ての贄の言葉が揃った時・・儀式は始まるわ。望月の赤。それは、富への階段・・・。』
 「雪花ちゃん・・?」
 『蕪木の子達は、贄である事を拒んでいたわ。最後まで・・・。暁さん達も、見てきたでしょう?蕪木家の中に倒れていた贄達を・・・。』
 「あの子供達の事か?」
 『そう。最期まで、生へ執着した・・可哀想な贄。』
 「雪花ちゃんは違うって言うのか・・?」
 『・・・そうね、生に執着したい気持ちもある。でもね、目の前で誰かに死なれるよりは、私が死んだほうがいくらかまし。私が死んだって、私の心は傷つかない。』
 「・・・・・。」
 ふいと天井を見つめる雪花の、口元に光る笑み。
 暁は俯くと、ぎゅっと瞳に力を込めた。
 雪花の言う言葉にはどこか自分と繋がった所があり・・ふっと気を許してしまえばその渦の中に飲まれてしまいそうだったから・・。
 『・・暁さん、冬弥さん・・逃げて・・。』
 キュに雪花はそう言うと、その場に倒れこんだ。
 「えっ・・雪花ちゃん・・??」
 グニャリと視界が歪み、目の前に真っ白な着物を着た女の人が現れた。
 それは丁度雪花の背中から出現し、暁の目の前に血のついた鎌を振り下ろした。
 「な・・・!?」
 「おい!?暁!?大丈夫か!?」
 「だ・・いじょうぶ・・。」
 『誓いし言葉はあてもなく。ただこの村を彷徨い泳ぐ。』
 「なにわかんねぇ事・・。」
 冬弥が苦々しく呟き、咄嗟に暁を庇おうとする。
 振り下ろされる鎌の刃先が暁にあたらないように、自分がその間に身をていした時・・冬弥の顔が僅かに歪んだ。
 「っつ・・・。」
 「冬弥!?」
 右腕につーっと一本の赤い筋が引かれ、段々と膨らんで行き・・やがで腕を滑り落ちた。
 「大丈夫だ。ちょっとかすっただけだ。」
 かーっと、頭に血が上るのが分かった。
 冷静にならなければいけないと必死に訴えかける理性を押しのけて、目の前の事実を整理しきれない煮詰まった感情がどす黒い怒りを押し上げる。
 暁は袖に仕込んであった短剣を手に取ると、右に左に下ろされる鎌を避けた。
 『コレも全ては古よりの定め。蝶によって決められた、定め以外の何物にもあらず。』
 暁は何も言わずに短剣で女性のわき腹を裂いた。そこから白い光がこぼれだす。
 丁度雪の花のような・・・。
 暁は無心に女性を切り刻んだ。
 痛みを知らない女性は、ただ虚ろな笑顔で暁を見つめている。
 それが更に暁の目の前を真っ赤に染め上げ・・・。
 「暁!暁っ!!!」
 グっと右手をつかまれ、短剣を手から落とす。
 「・・っ冬弥ちゃん・・?」
 「馬鹿、もう良いだろ!?」
 「・・・ごめん・・。」
 眉をしかめて諌めるような表情をする冬弥に、素直に謝罪の言葉を述べる。
 彼女は虚ろな瞳のまま、唇だけをゆるゆると動かす・・・。
 『いずれ分かるのは、これが決められたものだと言う事。全てはあの、蝶の時より・・・』
 真っ白な花光りにつつまれて、女性の姿が掻き消える・・。
 暁は僅かに荒れた息を整えると、ふいと視線を下ろした。
 なにか白いものが視線をよぎる・・・。


 『一つ女子は毒をあおり
  二つ女子は首をつり
  三つ女子は血を流す』

  『Bのメモ』を入手。

 「これ・・・。」
 「前と同じようなヤツだな。」
 暁は頷くと、ゴソゴソと袖元を探った。
 『Cのメモ』を取り出す。

 『一つ男子は氷となり
  二つ男子は火となり
  三つ男子は形となる』

 「ほとんど一緒だな。なんてぇか、書き方とか・・・。」
 「あぁ・・なんだろうな・・。」
 「どーせ、ろくでもねー事だろ?わかんねー事は、悩むだけ無駄。情報がそもそもねぇんだから、まずはそれを探さないことには頭のひねりようがねぇ。」
 「そうだね・・・」
 頷く暁の視界の端に、小さな日本人形が見えた。
 真っ赤な振袖を着て、すましながら台座の上に座る少女の人形。その髪は、台座の下まで伸びている・・・。
 「そう言えば、蕪木家の雛壇があった部屋・・覚えてるか?」
 「んあ?あの気味の悪い人形が置いてあった部屋か?鏡台があって・・。」
 「そう。その人形達って、もしかして・・・贄の子達と三木家の子達を示したものじゃないか?」
 「どう言う事だ?」
 「つまり、1段目の人形達が三木家の子達で・・その下3段は9人の贄の子達を示したもの・・。その贄の子が死亡すると人形が染まって倒れるんじゃないか?」
 「・・・かも知れねぇ。でも、そう考えるとすると・・贄の命は人形と同じって事か?」
 冬弥はそう言うと、ついと下を向いた。
 何かを考え込むように視線を宙に彷徨わせた後で、暁の肩をぽんと押した。
 「行こうぜ。考えても、どうしたって楽しい話になりそうもねぇからな。」
 「・・あぁ。」
 暁は頷くと、短剣を拾い上げ・・冬弥と共に部屋を後にした。


 廊下に出た時、数メートル先に突如扉が現れた。
 ・・違う、現れたのではない。最初からそこにあったかのように部屋から出た時にはそこにあったのだ。
 「まじかよ・・。またこんな変な・・。」
 暁はふと、後を振り返った。
 先ほど出てきた扉は最初から無かったかのように、そこにはただの壁があった。
 「・・暁、もう気にするな。するだけ無駄だ、ココは。つまり、そー言う所なんだよ。」
 冬弥は1人納得顔でため息をつくと、先に行ってしまった。
 暁はしばらく消えた扉を見つめた後で、その後を追った。振り向きざまに、フイと視界の端に雪のようなものが見えた気がした。


□ scene V


 部屋に入るとそこは眩しいまでにオレンジ色の世界だった。
 多分、普通の“東京”で見たのならばそれほど眩しいとは思わなかったかもしれない。雪洞から発せられる程度の淡い光だ。
 しかし・・息苦しいまでに青に支配されたこの世界から見れば、それは目を瞑りたくなるほどにまぶしい光だった。
 暁は目を細めながら室内を見渡した。
 光の届かない場所は、青の影が落ちている。
 すーっと移動していた視線が、ある場所でハタリと止まった。
 右半身をオレンジ色に染め上げて、心ここにあらずな様子で外を見つめる1人の女性の姿・・・。
 「あれは・・。」
 冬弥が隣で小さく呟く。
 段々と光に慣れ始めてくる瞳は、直ぐに視界を広げた。
 真っ白な浴衣を青とオレンジに染め上げながら、じっと外を見つめる女性・・。
 暁と冬弥は視線を合わせた後で、女性のもとへと歩み寄った。
 「あの・・。」
 『青の光は、好き。だって・・赤く染まったら怖いんですもの・・。だから、青が良いの。でも、青って・・暗いでしょう?だからね、雪洞に火を入れるの。』
 女性はそう言うと、オレンジ色に光る瞳をこちらに向けた。
 実際の瞳はオレンジ色ではないかもしれない。しかし、雪洞の光に当てられてその色は確かにオレンジ色に見えた。
 『貴方達、誰?』
 「俺は桐生・・」
 『違うわ。ここでは名前なんて関係ないの。ココで関係してくるのは、自分がなんなのかよ。』
 「なんなのかって・・?」
 『蝶か贄か魂か。ここではそれさえ分れば名前なんていらないの。名乗る場合は一つ幼子の贄だとか、そう言うのよ。』
 「アンタは何だ?」
 『私は三つ女子の贄。って言っても、もうその役目は終わったわ。』
 「つまり・・」
 『もう死んでるから。』
 「じゃぁ、本名くらい名乗っても良いだろう?その・・三つ女子の贄だったか?覚え難ぃんだよ。」
 『私の名前は・・月下(げっか)。貴方達、雪花に会ったの?』
 「雪花ちゃんを知ってる・・?」
 『知ってるも何も、雪花は私の妹だわ。雪花と月下。名前からして似てるじゃない。』
 月下はそう言うと、窓から手を放した。
 白着物の袖から覗く手は、青白く細かった。
 『雪花は幼子の言葉を貴方達に託したのでしょう?』
 「幼子の言葉ってなに・・?」
 『幼子が亡くなった時、その近くの場所に浮き出る言葉。贄に与えられる言葉よ。雪花から聞かなかったの?』
 「もしかして・・同じ年とかって言う・・」
 『その先はもう良いわ。そう、それよ。貴方達、蕪木で子供の遺体を見なかった?』
 「見たけど・・あっ・・!」
 『その近くにあったでしょう?言葉が。それよ。私は女子の言葉しか知らないけど、教えてあげる。』

 『一つ女子“し三木”
  二つ女子“の子魂”
  三つ女子“全12の”』

 「同じ年月日に生まれし三木の子魂全12の・・?」
 「もう少しで見えてきそうだが・・しっかしわっけわかんねぇなぁ・・。」
 『それと、はいこれ。あげるわ。』
 月下はそう言うと、袖元から小さくたたまれた紙をついと差し出した。
 それを広げてみる・・・。

 『子は蝶を
  華は赤を
  胡は富を』

 『Eのメモ』を入手。

 「なに・・?」
 『・・貴方達は、分らなくて良い。なるべくなら、係わり合いになってほしくない。それでも、望んでいるのはこの村だから・・私に、とめる権利は無いから・・。』
 「どうして・・協力してくれるんだ?月下ちゃんも、雪花ちゃんも・・・。」
 『・・儀式をやった所で、今となっては誰も幸せになんかなれないから。村の全員が、儀式を拒んでも・・村が、月が、蝶が・・ソレを許さないから。』
 「どう言う・・事・・なんだ?」
 『蝶は何度でも蘇るの。一番最初の儀式の時から、何度でも、何度でも・・。』
 「月下ちゃ・・」
 『二夜目が終われば、蝶は再びこの村に降り立つの。私と・・雪花はもういない。だから、赤を見ないで済む。けれど、貴方達は・・だから、逃げて。』
 そう言った月下の身体から、淡い黄色の光が零れ落ちる。
 それは月光よりも淡く、柔らかく辺りを包み込んだ。
 『蝶が胡に降り立つ前に・・第三夜が始まる前に・・この村から・・・』
 最後まで言葉を紡がずに、月の光は掻き消えた。
 辺りを照らすは雪洞の光。月の光よりも強い・・オレンジの光。
 「どう言う事だ?蝶は何度でも蘇る。。?蝶が降り立つ・・?蝶にまるで・・・。」

 “まるで意思があるかのようではないか・・!!”

 「蝶って、なんなんだろう・・?」
 「さぁな・・。」
 暁と冬弥は窓の外へと視線を向けた。
 暗く落ち込む青の世界に、終ぞ蝶の姿は見えなかった。
 しばし雪洞の灯りを見つめた後で、消し・・・・・・・カタリと、背後で音がなった。
 振り返ってみて気付く、異形のものの気配・・・。
 それは確実に暁を見つめていた。
 “キシャシャシャ・・”
 まるで硝子を引っかくかのような甲高い笑い声。
 それは不快な音以外の何物でもなかった。
 「・・冬弥ちゃ・・。」
 直ぐ近くにいたはずの冬弥に呼びかけようとして・・・はっとソレに気付いた。
 直ぐ背後に潜む“何者かの息遣い”・・・!!!!!
 “終わりのない中進みましょう”
 歌声はどこか神秘的で、冷たく・・残酷な声だった。
 暁は緊張感を高めた。
 目の前にいる異形、そして背後にいる・・女性の気配。
 どちらもこの世のものではない。
 “キシャシャシャ・・・”
 “見えぬのならば、それは闇夜のせい”
 “キシャシャシャ・・・!!”
 “この世界は全てが繋がり”
 ・・気配が近づく。
 前からも、後からも・・そして横からもっ・・!!!
 暁は歯を食いしばると、短剣を・・・。
 ボワリと音がして、雪洞の中で炎が燃え上がった。
 「暁!?大丈夫か・・?」
 「・・っ・・冬弥ちゃん、今の・・見た?」
 「あ?何がだ・・?」
 見ていない・・。
 冬弥には見えていなかったのだ。いや、違う。
 冬弥は“引き込まれなかった”のだ・・!!!
 オレンジに照らされる部屋の中、異形の姿も女性の気配もない。
 ただ、冷たく背を滑る冷や汗だけがリアルだった。
 「なんだか顔色が悪いな・・。」
 「大丈夫だよ。行こう。」


 再び現れては消える扉。それは段々と廊下の端の方へ近づいてきている。
 斜めに現れては消える扉。
 まるでえさをぶら提げながら導くように、廊下の端へと・・・。


 『終わりのない中進みましょう
  終わりがないから進みましょう
  見えぬのならば、それは闇夜のせい
  暗く落ち込む闇夜のせい
  光が無いのは終わりのないせい
  この世界は全てが繋がり
  始めは終わりへ
  終わりは始めへ
  無限に繋がる世界の中
  何処へとも知れず、進みましょう』



■ scene W

 部屋に入ると、そこは真っ青な世界だった。
 窓から入り込んでくる月明かりが、この部屋だけ異常な程に強い・・・。
 まるで海の中の様な青さだった。
 そして・・先ほど同様にその真ん中に佇む少年の姿があった。感情の浮かばない瞳を天井へと向けている・・。
 「あ・・」
 『僕の名前は海歌(みか)。海の歌って書いて、ミカ。女の子みたいな名前だけど・・仕方がないんだ。末っ子だから。』
 そう言って、振り向く顔は月下に似ていた。・・いや違う、雪花に・・?
 「月下ちゃんと雪花ちゃんの・・」
 『弟。お兄さん達、月下姉さんと雪花姉さんに会ってきたんでしょう?分るよ、だって血を分けた姉弟だもの。死んじゃってからは、なおさらね。テレパシーみたいだ。』
 海歌はそう言うと、袖から一枚の紙を取り出した。
 白い紙・・なのだろうか?青にしか見えないほどに、窓からの光は濃い。
 暁はそれを開いた。

 『一つ幼子胸を突き
  二つ幼子水を飲み
  三つ幼子寝入り行く』

 『Aのメモ』を入手。

 『これで全部のメモが揃ったね。おめでとう。おめでとうついでに僕からのお祝いの言葉・・・。』

 『一つ男子“の道を”
  二つ男子“へて赤”
  三つ男子“となす”』

 「同じ年月日に生まれし三木の子魂全12の道をへて赤となす・・?」
 『そう。同じ年、月日に生まれし三木の子魂。全12の道をへて赤となす。』
 「なに・・これ・・?」
 『儀式の内容だよ。』
 海歌はそう言うと、少しだけ微笑んだ。
 感情の伴わない、形だけの笑みは・・あまりにも心に痛く響いてきた。
 『三木家の“子”は蝶を纏い、三木家の“華”は赤く染める、三木家の“胡”は富を築く。儀式によって生み出されるのは望月の“赤”。真紅の富・・。』
 スラスラとそらんじる海歌の瞳はどこか穏やかな輝きがあった。
 それこそ、その名同様に・・穏やかに凪ぐ海のような・・。
 「月下が、蝶が降り立つって言ってたんだが・・ソレは何だ?外にいる蝶とは違うんだろう?」
 『・・もうそこまで知ってるの・・?月下姉さん、そんなに先まで話したんだ。そう、それならこの村の昔話をしてあげるよ。』
 海歌はそう言うと、しばし目を伏せ物思いにふけった。
 やがて、ゆるりゆるりとつむぎ出される言葉・・それは、ただの昔話か否か・・。

 『三木家は最初は一つの家だったんだ。昔この村を支配していたのは、立木家の当主だった。
  昔は一夫多妻制が認められていたから、当然当主達には何人もの妻がいたわけだけど・・。
  それは昔。とある当主の時。
  その当主には3人の妻がいた。1人は正妻で2人はただの妻だったわけだけど・・。
  その2人は我が強く、立木の正妻の座を狙っていたんだ。子供さえ出来てしまえば、立木家の全権力はその子供に行くから。
  でも・・やっぱり神様は見ているね。その2人よりも早く正妻の女の人に子供が出来たんだ。可愛らしい三つ子で・・。
  当主は喜んだ。一気に3人も可愛らしい子供が出来たんだからね。しかし、その日夢の中で子供が殺される夢を見たんだ。
  2人の妻達が嫉妬のあまり、3人の子供に手をかける場面をね。
  それはあまりにもリアルで・・当主は正妻を呼ぶと事情を話して2人の子供を手放すように言ったんだ。
  3人のうち2人を妻達に分け与え・・蕪木家と楠木家と言う家を建てあげれば夢を回避できると言ってね・・。
  当然、正妻は拒否した。可愛い子供をどうして人様にあげることなど出来ましょうか・・とね。
  けれども当主はなんとか正妻をなだめすかして2人の子供を妻達に分け与えたんだ。
  それが、三木家の始まり・・。』

 「それで、それが昔話ってワケか?」
 『まさか。これはこの村の事実だよ。昔話はここからだよ。』

 『その子供達が丁度十になる頃・・望月村は急に貧しくなっていったんだ。
  作物は取れなくなり、伝染病が蔓延し・・お祓いを頼んだりしたけれども全てダメで、当主は最後の望みを託して占い師の所に駆け込んだんだ。
  占い師はこれは全て呪のせいだと言ったんだ。生まれた三つ子が事の発端だと。
  あの時に見た夢は、危険を回避するための一番良い方法だったんだと。
  当主はすぐに子供達を打つように命じた。でも、占い師は言ったんだ。
  今子供達を打てば全ての災いが村に降り注ぎ、村は途絶えましょうとね。
  当主は必死になって解決方法を聞いた。
  解決方法は唯一つ。“真紅の富の儀式”のみだと占い師は言ったんだ。
  最初に順番通りに9人の贄を捧げ、次に18人の魂を捧げる。そして・・血の繋がった当主達の血を捧げる。
  贄の命は誰が断っても良い事になっているけれども、魂の命は三木家の当主達が断たねばならない。
  贄9つ、魂18つが手に入ったら・・今度は立木家の当主が蕪木家、楠木家の当主の命を断ち・・。
  自らの命を自らの手で絶つ。それが・・儀式の仕来りだ。
  当主は村のためだと言い・・子供達の手に刃物を持たせた。
  自身は何のためらいもなく贄9人を捧げ・・子供達は泣く泣く魂18つを捧げた。』

 海歌はそこまで言うと、何かを言いたげに視線を上げた。
 しかし直ぐに瞳を伏せると続きを紡いだ。
  
 『そして、当主の命令どおり・・立木の子供はその手を真紅に染めた。
  自分の、血の繋がった姉妹を手にかけたんだ。
  自分の命を絶つ時、立木の当主は高らかに宣言した。“二度とこの村には光が届かぬ”と。
  “未来永劫、いつまでも何度でも、蘇りこの儀式を続け続ける”と。
  実際その後望月村は富を手に入れた疫病も無くなり、作物だって育った。その代わり・・朝が来なくなった。空は厚い雲に覆われ、いつでも夜のごとき暗さだった。
  いつしか村全体は夜の闇に染まり、どこからかやってきた青い蝶々と青い月が支配する世界へと変わって行った。
  そして・・ある一定の周期で蕪木家と楠木家には子供が出来なくなる時が来るんだ。
  そんな時は必ず立木家に三つ子が生まれる。
  儀式をすれば、望月村は莫大な富を得る。蕪木家と楠木家にも、その後子供が必ず出来る。
  安いものなんだ、望月村から見れば、贄9つ、魂18つ、蝶3つの命なんて。
  でも・・もう富は望めない。
  この世界は現実から逸脱してしまった。“真紅の富の儀式”はそもそも禁断の儀式なんだ。
  命を富に換えるという、禁断の儀式・・・。
  そう、ココまできて始めて立木家の当主の胡の願いは叶ったんだ。
  なんの意味も無く、殺戮だけを繰り返さなければいけない。それは胡の呪だから。』

 「胡の呪だって・・?」
 『そう、大人達は古の時のように莫大な利益が得られると思っている。だからなんの躊躇も無く子供達の命を差し出す。』
 「それが呪だって言うのか?」
 『儀式に関わらない人々は、狂ったように儀式を待ち望む。普段は優しい使用人も、斧を片手に仕え先の子供を殺すんだ。呪以外に言いようがない。』
 海歌はそう言うと、少しだけ肩をすくめた。
 それは諦めを含んでいるようにさえ見える・・・。
 『お兄さん達に教えてあげる。お兄さん達は“魂”なんだよ。贄は村の人と決まっているから。』
 海歌の身体がほのかに光る。
 その色はなに色だか分らない・・それほどまでに、窓から差し込む光は青色だった・・。
 『村が赤く染まる前に逃げて。第三夜目は・・来ちゃ駄目だ。』
 「なんで・・そうやって・・・逃がそうとするんだ・・?色々教えてくれてまで・・。」
 『僕達の話を真剣になって聞いてくれたから。こうなっちゃうと、誰も僕達の話なんて聞いてくれないのに・・お兄さん達は最後まで聞いてくれた。』
 「たったそれだけ・・?」
 『誰だって、目の前で誰かが死んでいく姿は見たくないんだよ。この儀式を終わらせて欲しいとは思う・・でも、そのためにお兄さん達が危険な目にあうのは駄目だ。』
 海歌はにっこりと微笑むと、小さく手を振った。
 『生きてるんだから、最後まで生きてよ。もう、月下姉さんと雪花姉さんの所に行かなくちゃ。・・話を聞いてくれて、ありがとう。』
 消える・・泡のように立ち上る光は青色だった。
 海歌から手渡された紙をぎゅっと握る。もう二度と返らない微笑を胸に抱きながら、強く、強く・・。
 暁は目を伏せた。
 海歌の言葉が、ズシリと重く痛く、心の底に落ちる。
 “生きてるんだから、最後まで生きてよ。”
 それは、生を失った人にしか言えない言葉・・・。
 「それにしても・・もし、さっきの話が本当だとすれば・・蕪木、楠木、立木の当主達は三つ子って事になるな。」
 「そうだな。」
 暁は一度だけ小さく頷くと、その部屋を後にした。


□ Last scene
 
 一番突き当たりに出現した扉の隙間からは、眩暈がするほどに甘い香の香りが漂ってきていた。
 蕪木家の中で嗅いだものよりも、更に芳しく官能的な香の香り・・。
 暁は少しだけその香りに全身系を集中させた後で、扉を開いた。
 『お客様方、お待ち申し上げておりましたわ。』
 中から聞こえる、凛とした美しい声・・。
 夢の中で聞いた声と、あの蕪木家で聞いた声と・・まったく同じ声・・。
 『望月村の謎が粗方解けたからとて、なにも良いことは御座いません。お客様方がすべき事は唯一つ。第三夜の呼びかけに答えぬことですわ。』
 部屋の中には、これでもかと言うほどに無数の蝶々が犇めき合っていた。
 そこここの壁にとまる蝶々の姿は、さながら悪夢そのものだった。
 『お帰りなさいませお客様方。Blue Butterfly・・この名を残していった彼のようにはなってはなりません。もう、ここへは参りなさいますな。』
 そう言うと、傍らにおいてあった小さなベルのようなものを2度3度叩いた。
 「あんた・・名前は・・?」
 『わたくしは蝶華でございます。楠木蝶華・・。』
 華・・・。
 その時後ろの扉がすっと開いた。そこには三つ指を突いて頭を下げる浮音の姿があった。
 『さぁ、お客様方。お帰りの御支度を・・。』
 「最後に・・その、Blue Butterflyの言葉を残していった彼って誰なんだ・・?」
 『外からの訪問者・・。それは、わたくしよりもそちらの殿方の方が知っておられるはずですが?』
 蝶華は冬弥を指してそう言うと、にこやかに微笑んだ。
 『さぁ、お客様方。こちらへ・・。最後の贄の命が消える前に・・・。』
 扉が閉まる瞬間、壁に止まっていた一匹の蝶が赤く染まった気がした。


 「冬弥ちゃん、あれってどう言う事なんだ?冬弥ちゃんの方が知っているって・・?」
 冬弥はしばし暁から視線をはずすと、口を引き結んだ。
 何かに耐えるように強い光を発する視線の先には、望月村が広がっている。
 『冬弥は前の儀式の時にも来なすった。』
 『若い男を連れて来なすった。』
 『その男、一人で中に入って終ぞ帰って来なかった。』
 「うるせぇっ!余計な事言うんじゃねぇっ!!」
 「・・どういう事なんだ?」
 『魂として、連れて行かれてしまったからに。』
 『儀式の犠牲者、そうにきまっとる。』
 『冬弥も冬弥で気にしすぎで・・。』
 「うるせぇっつてんのが聞こえねーのかよっ!」
 『おぉ怖い怖い。』
 『これじゃから最近の若者は。』
 『すぐにキレルからおっかない。』
 「冬弥ちゃん・・?」
 「暁、次に夢で呼ばれても、来るな。絶対に。」
 グラリと揺れる視界の中、望月村が赤に染まっていくのが見えた。
 しかし・・それが本当なのかただの幻なのかは分らなかった。
 聞こえてくるのは地蔵達の甲高い声。
 『次は最後の第三夜。』
 『儀式が始まり、血が流れる。』
 『染まった剣を降りながら。』
 『当主達は何を思うか。』
 『それは誰にも分らん分らん。』
 『もう今宵は眠りなされ。』
 『何も考えずに眠りなされ。』
 『次に起きた時には朝日の中。』
 『穏やかな光に包まれて。』
 『何も心配せずに起きなされ。』

 地蔵達の言葉どおり、暁の頭の中は真っ白に染まった。
 そしてそのまま・・・。




 『愛しているから染め上げて
  憎んでいるから染め上げて
  何も変わらぬと知りながら
  それでも止められぬは運命
  絶望のふちに追いやられて
  悲しみの底に堕とされても
  それでも信じようとした心
  全ては間違いだったと思い
  何もかもを消し去ってでも
  拭えぬ罪は数え切れぬほど
  残された道は一つしかなく
  それは時を越えた罪の継続』





   〈第二夜、終〉


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 ■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

  4782/桐生 暁/男性/17歳/高校生兼吸血鬼

  NPC/梶原 冬弥/男性/19歳/夢の世界の案内人兼ボディーガード

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 ■         ライター通信          ■
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  第一夜に続きまして、第二夜にまでご参加いただきありがとう御座いました!
  ライターの宮瀬です。
  第一夜よりも、更に甘美な世界にしようと思い執筆いたしましたが、如何でしたでしょうか?
  今回は“青”“白”“黄”“橙”“赤”を基本として作り上げました。
  特に、青と赤は第三夜でもメインの色になっていくと思います。
  第二夜では今度は『Blue Butterfly』と残していった青年が新たに浮かび上がりました。
  そうです・・残して“いって”しまったんです。
  もし宜しければ、第三夜にもご参加下さい。

  それでは、またお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。