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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


人喰い【第二部】


 暗闇に沈んだ公園の真ん中に、幻想的な白い光が広がっていた。宙に走る光線は蛍の光のような小さな光球を上下に飛ばしながら、五芒星を描いている。
 その中心で、マンティコアは傷付いた羽を畳み、ぐったりと横たわっていた。
「今はまだ、結界を張ったときの衝撃で気絶しているけど、すぐに暴れだすよ。覚悟しててね」
 そう言った水嶋・未葛(みずしま・みくず)は、胸を押さえながら苦しそうに息を吐いている。それを後ろから佐々公彦(ささ・きみひこ)が心配そうに見ていた。
「未葛」
「判ってる。あたしの結界は長くは持たない。でも強度だけは抜群だから、思う存分暴れてきていいよ」
 未葛の言葉に、集まった能力者たちが力強く頷いた。
「後はキミたちに任せた!」
 未葛が深呼吸をして明るく言い放った直後、マンティコアの甲高い叫び声が響いた。



 マンティコアの叫び声で目を覚ました天城・凰華(あまぎ・おうか)は、まだ気だるさの残る身体を無理矢理起こすと、ぶるりと頭を振った。
「大丈夫ですか?」
「ああ、すまない。大丈夫だ」
 近づいて来たモーリス・ラジアルに礼を言って、凰華が立ち上がる。
「あまり無理をしないで下さい。あれだけ強力な毒を食らって動き続けたんですから。だいぶ身体が疲弊しているはずです」
「そうも言ってられないだろう。結界が切れれば戦い難くなる」
 そう言ってしっかりと歩いてくる凰華に、未葛が頷きを返した。
「持って一時間。これが今のあたしの限界。その間に倒してくれるのがベストだね」
「万が一のときは僕が結界を維持します。でも僕もこれだけの結界を維持するとなると一時間、いや五十分程度が限界かと……」
「全部合わせて一時間五十分。ちょっと厳しいけど、何とかなるでしょう」
 未葛を支える空木崎・辰一(うつぎざき・しんいち)の言葉に、犀刃・リノック(さいふぁ・―)が難しい顔をして軽く溜息を吐く。
「それに……」
 ぽつりと呟いた水上・操(みなかみ・みさお)に、全員が振り向いた。操は結界の中で立ち上がろうとするマンティコアをじっと見つめていた。
「哀れな魂を、早く解放してあげなければなりません」
「……そうですね」
 操にモーリスが答えると、操は手首につけたブレスレットを外しつつ結界へ向かう。それに続いてリノックも結界に向かうと、公彦と凰華も後を追った。最後に、モーリスが未葛に笑いかけて、結界へ入っていく。
「頼みます、皆さん……高天原に神留坐す皇が親神漏岐命……」
 皆を見送りながら、空木崎は懐から符を取り出して精神を集中させる。紡がれる言葉に乗って、結界の光が強まった。その横で胸を抑えながらも意識を保っている未葛の目に、結界の中で戦闘が始まったのが映った。


「まずは防御面の強化ってことで」
 言って、リノックがふわりと手を動かすと、周囲の空気の流れが変わったのが判った。まるで結界に入る人間を保護するが如く、身体の周りの空気が濃くなる。
「バリアみたいなものです。一定期間を置いたり強い攻撃を受けたりするとまた張り直さなきゃならなくなりますけど。そのときは挙手して下さいねー」
 にっこりと笑って冗談なのかそうでないのか判らない言葉を言うリノックに、凰華が肩を竦めた。そして己の武器である槍を取り出し、ひゅるりと風を切って構える。
「行くぞ」
 瞬間、凰華の姿が消えてマンティコアの頭上に現れた。槍が青い残像を残しながらマンティコアの頭部を狙う。だがその一瞬先にマンティコアは横に跳躍しており、槍は柔らかい土を抉った。
「さっさと……」
 横に飛んだマンティコアに、公彦が迫る。両手の間に作った気の球体を二刀の小太刀に変化させ、マンティコアの足を狙った。刃が飛び上がったマンティコアの足を掠るが、次の瞬間、公彦の顔面に毒針が迫ってくる。
「危ないっ!」
 ガシャンッと音がして、毒針がモーリスの作り出した檻に弾かれた。公彦を守るように作られた檻に弾かれた毒針は一瞬無防備になり、それを見逃さなかった凰華の槍に切り落とされる。青の光と、赤の血が宙を舞い、毒針の尾が地面にぼとりと沈んだ。
「一気に行きますよ!」
 リノックが両手で風を切る仕草をする。すると、凝固した風の塊がマンティコアを襲い、マンティコアが焦って飛び上がった。操がそれに近づき、短刀の後鬼で前足の腱を切断し、長刀の前鬼で後足を切り落とす。
 甲高い叫び声を上げてマンティコアが地面に落ちた。その後に続いて後足も落ちてきて、それを視界に入れたマンティコアが赤い目をカッと見開く。
 瞬間、マンティコアの背中から巨大な羽が生え、大きく羽ばたいた。羽から繰り出された風は重く、近くにいた凰華と操を吹き飛ばす。リノックが地面を柔らかく状態変化させて二人を受け止めるが、重い風は結界内を縦横無尽に襲い掛かり、結界を軋ませた。
「未葛さん!」
 がくりと地面に膝をついた未葛に、空木崎が駆け寄る。汗を流す未葛は息も絶え絶えで、空木崎は符を持つ手に力を込めた。
「……後は僕に任せて下さい。甚五郎、定吉、未葛さんを頼む」
 言って、空木崎は目を瞑り、精神を集中させる。すると、結界を補助していた五つの符が光り輝き、歪み始めていた結界が元に戻る。それを霞む目で確認した未葛は、いつの間にか現れた白黒のブチ猫に傾ぐ身体を支えられた。
「嬢ちゃん、張り切るのはええけど、無茶はあかんで。そのために旦那や仲間がおるんやから」
 ブチ猫に言われて、未葛はにこりと微笑む。その手に擦り寄る茶虎の子猫の頭を撫でると、未葛は結界へと目を戻した。
「さっさと倒れろよ!」
 結界の外で未葛が膝をついているのを目にした公彦はぎりっと奥歯を噛み締め、跳躍する。だが、羽を出して飛び上がったマンティコアには少し届かない。それにリノックが風を状態変化させた塊を公彦に投げつける。塊は公彦の身体に当たり、その身体を高く押し出した。
 マンティコアの背中に回った公彦が、両手の小太刀で羽を切り落とす。
 地面に落ちていくマンティコアを狙って、操が後鬼でマンティコアの身体をズタズタに引き裂いた。そして力の入らないマンティコアの下から、モーリスの檻に守られた凰華が槍を突き出す。槍はマンティコアの身体を突きぬけ、マンティコアは声を上げることもなく地面に倒れた。
 もう動かないマンティコアに操が近づき、前鬼でその首を落とす。浄化の符を落とし、マンティコアの身体に火をかけた。
 ゴウッと燃える炎の中で、マンティコアの身体が黒煤となって崩れていく。
「終った……のかな?」
 ふとリノックが呟いて、マンティコアに一歩近づいた。瞬間、ぱんっと頭の中に見たことのない風景が広がる。真っ白な屋敷の壁。白衣の男。降り注ぐ茶色い土。そして明るすぎる光と、黒服の男。
「どうしました?」
「え? ……いや、何でもありませんよ」
 モーリスの心配そうな顔に首を振って、リノックは崩れ落ちていくマンティコアを見つめる。その顔は無表情で、何を考えているのか判らない。
「人によって歪められた哀れな御魂に、今度こそ永久の安息を……」
 祈る操の後ろから、結界が少しずつ消えていった。


「で、結局、マンティコアが生き返った理由は判ったんですか?」
「いや……それは随時調査中とのことだ」
 草間興信所で零の出してくれたお茶を啜りながらのリノックの質問に、草間・武彦(くさま・たけひこ)は肩を竦めながら答えた。
「もしかしたらそのことでもう一度手を借りるかもしれない、とは言っていたがな」
「そうか……」
 草間の言葉に、壁に背を預けていた凰華が呟く。
「何にせよ、未葛さんが元気そうで良かったです」
「ああ。一晩寝れば回復するんだとよ。全く、心配損だぜ」
 そう言って笑う空木崎に、報酬を持ってきた未葛の元気ハツラツな笑顔を思い出して草間は溜息を吐いた。モーリスも気になっていたようで、安心したような笑みを浮かべている。
「もう、こういったことがなければいいのですけれど……」
 湯気の立ち上る湯飲みを持って、操が窓の外を見る。
「そうだな……」
 それに草間も、他の皆も、同じように窓の外を振り返り、明るい太陽を見上げた。


 同時刻。あの日、人間の生死をかけた戦闘が行われた公園で、何も知らない子供たちがボールを追いかけて笑っていた。戦いの痕跡など何もなく、今公園では穏やかな時間が流れている。
 その中に一人、暖かい季節だと言うのに真っ黒のコートを着て、真っ黒の帽子を被った、黒尽くめの男がいた。黒尽くめの男は公園の真ん中まで来ると、ゆっくりとしゃがみ込む。そこはあの日、五芒星の結界が張られた場所の真ん中で、マンティコアが崩れていった場所だった。
 男はしゃがみ込んだ先で黒い手袋をした指で地面を撫でる。そしてそこに残っていた小さな黒煤を指先に取り、にやりと笑った。
 ざあっと強い風が吹く。遊んでいた子供たちが、皆一斉に風から目を守るために目を閉じた。そして次に目を開けたとき、黒尽くめの男の姿はどこにもいなかった。しかし、そのことを気にする者は誰もいない。
 ただ、明るい太陽だけが、それを見下ろしていた。





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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2029/空木崎・辰一/男性/28歳/溜息坂神社宮司】
【3461/水上・操/女性/18歳/神社の巫女さん兼退魔師】
【2318/モーリス・ラジアル/男性/527歳/ガードナー・医師・調和者】
【1565/犀刃・リノック/男性/18歳/魔導学生】
【4634/天城・凰華/女性/20歳/生物学者・退魔師】



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           ライター通信         
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こんにちわ、作者の緑奈緑で御座います。今回はご参加有難う御座いました。
そして……遅延、まことに申し訳ありませんでした!
ホントにもう、土下座致します。すみませんでした!今後は無きように致したいと思います。思います、じゃないや。今後は遅延しません!
そういった決意の現れも込めまして、今回もかなり気合を込めさせて頂きました。ので、楽しんで頂けましたら幸いです。
しかも何だか続いているような感じで終ってます。実は続いてます。すみません。一応この話自体は全二部で終っているんですが、これを踏まえた別の話を考えています。ええ、あの謎の男です。それはいつになるかはまだ判っていないのですが、もし興味がおありでしたらまた参加下さると嬉しいです。