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<東京怪談・PCゲームノベル>


闇風草紙 〜決意編〜

□オープニング□

 激しい金属音を響かせ、机上の蜀台が大理石の床に転がった。薙ぎ払ったのは男の腕。血の気の失せた顔。噛み締めた唇から血が滲んでいた。
「やはり、私が行かねばならないのですね…未刀、お前は私に手間ばかりかけさせる!!」
 テーブルに打ちつけられる拳。凍れる闘気。透視媒介としていた紫の布が床の上で燃えている。燻っている黒い塊から、煙が立ち昇った。
「天鬼を封印し、力をつけたつもりでしょう。ですが、私とて衣蒼の長子。その粋がった頭を平伏させてみせます」
 排煙装置の作動音が響く。
 仁船の脳裏に刻まれた父親の言葉。繰り返し、神経を傷つける。

『力ある者のみ衣蒼の子ぞ!
 母が恋しければ未刀を連れ戻せ。
 仁船、私の役に立つのだ!    』

 失った者、失ったモノ。
 奪った弟を忿恨する。自分に与えられるはずだった全てに。
 未刀の部屋へと向かう。絵で隠されていた血染めの壁を虎視した。忘却を許さない過去の記憶。
「あなたはここへ帰るべきなのです……力を失って…ね…フフフ」
 衣蒼の後継ぎにだけ継承される血の業。封門を開くその能力。忌まわしき歴史の連鎖を、仁船は望んでいた。叶わぬ夢と知っているからこそ。


□闇を拭う者 ――天薙撫子

 雨が降っていた。それは段々と強くなって、庭は白く煙ってしまうほど。
「未刀様」
「ん……。そこに置いておいてくれていい」
 わたくしは運んできた温かいお茶を、縁側に置いた。座して、雨立つ庭を見据えている未刀様。そっと隣に膝を落す。わずかに身じろいだ彼の黒髪が、わたくしの肩に下りた。
「ごめん。置いていくよ、撫子」
「承知しません…と申しましたら、どうされるのですか……?」
 未刀様の頭が柔らかくわたくしの肩に乗せられている。心地よい重み。こんなにも素直に寄り添わせてくれる大切な人。雨の音が遠くなる。目を閉じた。
「来て欲しくないんだ」
「なぜです? わたくしが危険な目に遭うと? そうでないことくらいご存知なのではありませんか? ……どれだけ一緒にいたとお思いですか」
「……わかっている。けど、理屈じゃないんだ」
 肩から重みが消えた。未刀様はお茶を口に運んで困ったように笑った。
 
 ――夜半。
 わたくしは布団を仕舞い、身支度を始めた。着なれた和装。とりわけ動きやすい物を選んだ。
「な、撫子……。ダメだ、連れては行けない」
 驚いた顔が月明かりに照らされて浮かんで見える。庭の敷き石の向こう。未刀様が立っていた。わたしくは草履を履き、彼の傍に歩み寄った。
「前にも申しました。あなたの側にいますと。あなたの背負うものを共に背負わせて下さい。一人で重荷でも二人で分けあえばその分軽くなります」
「撫子。ごめん」
「謝ってばかりですのね、未刀様は。大丈夫ですわ。わたくしはずっと前から決めていましたから」
 真剣な眼差しはどこまで届くだろう。あなたの決意はわたくしの決意。
「同じ道を歩いて行くと、信じておりますもの」
 微笑むと、未刀様の頬が緩んだ。心が通じているのを感じる。どんなことがあっても、きっと変わらない。同じ景色を見ていたいから。強く願うから――。

 額には鉢巻。邪魔になるであろう長い袖は襷がけに。手には御神刀『神斬』と髪や懐に多数の妖斬鋼糸。苦笑する未刀様と一緒に、わたくしは屋敷の門を閉じた。
 長い道行き。雨上り特有の匂いが風に流されていく。到着する頃には夜が明けているだろう。交通機関を利用しないのは、やはり先日戦った楽斗とのことがあるから。人通りの少ない路地を通っていく。こんなにも近い場所に彼の生家があるとは思わずにいた。灯台下暗し、という言葉がぴったりくる。
 道中、今まで遠慮して聞けなかった未刀様の家族について尋ねた。困惑の表情を浮かべたけれど、ゆっくりと口を開いてくれた。
「母上は僕を産んだ時に死んだ。父上はその頃から力のみを欲する人間だった。もちろん今も変わってはいないはずだ」
「仁船様の言葉です…か?」
「あいつは父上の言葉しか耳に入らない。そんな風にしてしまったのは父上だ」
 初めて彼の口から聞く事情。わたくしは横に並んで歩きながら頷いた。
「そして、僕も同じだ……。ずっと同じだった」
「今は違う…そうですわね」
 未刀様はひとつ息を吐いて立ち止まった。わたくしの肩に両手を置く。青い瞳がまっすぐにわたくしを見つめた。
「知っていて欲しいことがある。楽斗は自分の母親が僕のために犠牲になったと言った。そのことは僕も知らなかったことだ。けど――」
 わずかに言いあぐねて、未刀様は月の輝く空を見上げた。
「僕が知ってることもある。僕は人を封じた。手を差し伸べてくれた人をこの手で封じてしまったんだ」
 わたくしは息を飲んだ。今、ようやく楽斗の『トモダチ』『紅魔』という言葉が結び付く。まとまらない思考を抱えて、二人肩を並べて歩き続けた。
 想いを言葉にしようとした。
「わたくしは――」
「ここだ、もう迎える準備は整っているようだ」
 わたくしの声を遮って、未刀様が大きな門を虎視する。朝靄のかかる世界に、門の開く音が響いた。

          +

 どのくらいの時間が経過したのだろう。空は曇天。雲は早い。
 待ち構えていた仁船が紫の布を巧みに操って、未刀様を攻撃している。わたくしは必死に軌道を制する場所へと、妖斬鋼糸を張り巡らせていた。強固な糸も激しい戦いによって切られてしまう。未刀様のふるう光の剣が、兄のすぐ横を擦り抜けていく。
「いい加減にしたらどうなのですかっ! 父上には会わせませんよ!」
「僕には会わなければならない理由がある! 退けろっ!」
 力量は同等。次期当主たる所以は封魔にあり、一瞬の判断力では兄の方が上。わたくしは柄を握り締めた。未刀様が跪くのが見えた。その気を仁船が逃すはずもなく、無数の刃と化した紫布が未刀様を襲った。
「未刀様っ!! 仁船様、やめて下さい」
「な、撫子――」
 苛烈な刃がわたくしの頬を掠めた。未刀様だけは守り抜かけなればならない。ずっと傷ついてきた人だからこそ、身を挺して守りたかった。あなたを守るのはわたくし。そう誓ったから。
 恐ろしさを胸の奥に仕舞い込み、わたくしは睥睨する青い瞳を見つめた。
「なぜ兄弟で戦わねばならないのです!? ……仁船様、わたくしは信じています。未刀様と同じ血が貴方に流れているのは事実。ならば、必ず分かり合えます。亡くなったお母様もこんなことを喜んでらっしゃるはずがありません!!」
 わたくしの一喝に仁船は動きを止めた。風に揺らぐ布も彼の動きと連動して消えた。
「母上の死を、何故お前が知っている? 何故ゆえ、私を信じるというのですか」
「貴方は貴方自身なのです。他の誰でもない。お父様に従っているのでは人形と同じではありませんか」
「私が人形だと!?」
 わたくしは大きく頷いた。背後で未刀様が息を飲む音がした。初めて見た仁船の目は狂気に満ちていた。けれど、それだけが彼の本当であるはずがない。
「私が人形……。父上の考えはどこにあるというですか」
 兄の問いには弟が答える。
「真意は分からない。けれど、僕は後悔したくないんだ。あの時のように」
「あの時とは、暮石を封魔した時のこと……」
「もう誰の血もみたくない。だから、僕は家を出たんだ」
 先ほどまでの戦いが嘘のように鎮まる。
 誰一人として、仁船に父親に従わなくて良いのだと言ったことがないのだろう。いや、言うはずもない。恐れられて敬愛されている人の子供。ましてや、封魔の力を持たずして、跡を継げぬ人に。

 未刀様が立ち上がった。わたくしも横に並んで立つ。仁船が自分の手のひらを見つめている。
 静けさは、怒声によって打ち消された。
「おめおめと戻るとはな、未刀っ!」
 主然とする和装の男性。わたくしは一目で、あれが未刀様の父親なのだと悟った。

□END□

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

+ 0323 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ) / 女 / 18 / 大学生(巫女)

+ NPC / 衣蒼・未刀(いそう・みたち) / 男 / 17 / 封魔屋(逃亡中)
+ NPC / 衣蒼・仁船(いそう・にふね) / 男 / 22 / 衣蒼家長男

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■         ライター通信          ■
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長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。ライターの杜野天音です。
未刀に同行するまでの部分がどうしても長くなり、未刀と仁船の戦いは割愛状態になってしまいました。もしかして楽しみにして下さってたら、ごめんなさい。
如何だったでしょうか? 撫子さんの言葉で仁船にも変化が訪れました。彼を信じてくれる人など、きっと周囲にはいなかったでしょうから。かなり仁船とっては衝撃的だったと思います。
では、かなり受注数が減少してしまいますが、どうぞこれからもよろしくお願いします。
今回本当にありがとうございました!!