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<白銀の姫・PCクエストノベル>


D_OR_A

≫≫OPEN『D_OR_A』

「命がけのゲーム、やってみない?」
 兵装都市ジャンゴ、勇者の泉。
 この世界の情報を集める為に、勇者達が訪れる酒場――ゲームの基本と言えば、基本行動第一歩目の場所。
 そこに現れた漆黒の衣装に身を包んだ少年が、ふらりとそんな話題を口に上らせた。
「あんた達も現実世界からやって来たなら分かるだろ。俺達はこの世界では死ぬことはない――いや、死んでも必ず蘇ることが出来る。それがココの仕組みだからね」
 乱暴に椅子を引き、音もなく腰を下ろす。店の奥に向って軽く手を上げると、給仕の少女が気泡を湛えた蛍光色のドリンクを持ってくる。
「現実では決して体験する事の出来ないスリルってのを味わうにはぴったりだし。あとはそうだな……ほら、この世界に慣れるのにも結構楽しいゲームだと思うけど」
 そういいながら、少年はコートのポケットから腕に装着するタイプらしい小型のハンディコンピュータを取り出し、テーブルの上に放り投げた。そして出されたドリンクを一気に煽る。
「ルールは簡単。まずは二人一組でパーティを組む。で、その二人で街から少しはなれた渓谷に住むトーチハウンドを一頭狩ってその尾を回収。そしてまた街に戻ってきて、機骸市場にいる薬草売りのルチルアを探し出して、回復薬を購入してまたここに戻ってくる」
 な、簡単だろ。
 微笑んだ少年は、放り投げたハンディコンピュータの一つを自分の腕に取り付け、電源をONにする。ぱっと10cm四方の超薄型ディスプレイに明りが灯った。
「こいつにはこの近辺の地図と、これを持つ勇者の居場所が示されるようになってる。つまり、他の連中が今どこにいるか分かるようになってるわけ。迷う心配もないし、便利だろ」
 淡い光、立体で浮かび上がる兵装都市ジャンゴを中心としたホログラフ地図。今は中心に青い光が数点浮かんでいた。
「その点が黄色くなったら重傷、赤くなったら死亡。目安にちょうどいいだろ――さ、興味のある奴がいたら、これを取ってくれ。ゲームの勝者にはこいつをプレゼントだ」
 モンスターのデータベースや、マッピング機能もついてるんだぜ、と自慢げに笑う少年。確かに、これからの冒険に所持していれば役立つ場面もあるかもしれない。
「さ、ゲームを始めようぜ。俺の名前はGK(ゲートキーパー)、たまには生死をかけてみるのもいいんじゃないか?」
 まずはトーチハウンド探しだよね、と笑い「だけど忘れんなよ、これは『命がけ』のゲームだってことを」と付け加え、GKと名乗った少年はにやりと唇を歪めた。


「よ、おひさしぶり♪」
 向けられた笑顔には屈託がなく、シュラインは自分が幻を見ているのだろうか、とさえ一瞬思った。
「あら、ユゲくん。今回は何を企んでいるのかしら?」
 しかし内心の動揺など微塵も滲ませず、面に刻んだのは隙のない微笑。
 ゲームへの誘いをかけてきたのが彼でなければ、純粋に『楽しもう』という意志でこの場に立てたかもしれない。けれど、それはあくまで仮定の話であり、現実は既に幕を上げている。
「アンタはなんでこっちに来ちゃったわけ? あー、言わなくてもなんとなーく想像つくけど――って、ひょっとして『ユゲ』って俺のこと!?」
 くるくると楽しげに変化する表情。だがその合間合間にひっそりと忍ばされた『裏』を自分は知っているから。
 脳裏に蘇るのは激しい憎悪に歪められたその顔。その感情の矛先は――数年先の彼自身の姿へ。
「そう、ユゲくん。ゲートキーパーだなんて長ったらしいし、ジーピーなんて言ったらロボットみたいでしょ」
「そんならいっそ、本名で呼べばいいのに。知ってるだろ、もう」
 ニヤリ、と少年の口の端が意味ありげに釣り上げられる。それは明らかな挑発の意図を含んでいた。
「遠慮しておくわ。だって、ユゲ君の方が超能力者みたいでかっこいいでしょ」
 再び、さらりと躱す。
「超能力者ぁ? ひょっとしてあんたってTVに向ってスプーン曲げとかやってたクチ?」
「あら。若いわりに古いこと知ってるじゃない」
 腹を抱えて笑い出したGKに、シュラインは平然とした態度を崩さぬまま、自然な会話を繋ぎ続ける。
 この少年の事は嫌いではない。
 恨む気持ちがない、と言えば嘘になるかもしれないが、憎しみや嫌悪の対象ではなかった。彼が成長した先の姿を知っているからかもしれないし、それ以外の理由もあるのかもしれない。
 しかし『呪われたゲーム』とされる此方の世界でまで顔を会わせる事になったのは、少々予想外ではあった。全く、縁とは思わぬ所で結ばれているものだ。
 繋がっているからこそ――見出せる答えもあるはずだ。
「……何、考えてるの?」
 漆黒の衣装に身を包んだ少年が、わざわざシュラインの眼下に潜り込んで、その青い瞳を興味深げに覗き込む。視線がぶつかる音が、カチリと硬質な響きを伴うような錯覚。それほどに無機質さを帯びた、硝子球のような濃い紫の瞳。
「彼と貴方は別人だなぁってしみじみ感じていたのよ」
 いつも通りきっちりと引かれた真紅のルージュが、不敵な笑みを形作る。この眼前の少年が『誰の命』を賭けているのか、それを思うと一抹の不安が胸を過ぎるけれど。そんな姿を、彼に見せるわけにはいかない。
「確かに、あんなのと一緒にされちゃ俺自身たまったもんじゃねーけどな」
 マナナーンの髪飾りが不可思議な藍色に染まっている。
 現実世界では、夜の帳が降りた頃か。
「ま、せっかくのゲームなんだから楽しんでくれよ。俺たちは決して死ぬことはねーんだからさ」


Section1『接触』

「あら? 参加者は5人だったんじゃないの?」
 ふわり、と花弁を連想させる紅のコートのような衣装を翻し、シュライン・エマはテーブルの周囲に集った面々の顔をゆっくりと見渡した。
「言われてみれば……そうですね」
 一人は弟のように気兼ねのない付き合いをしている斎・悠也(いつき・ゆうや)。おそらくこの世界に来る時に変換されたのだろう漆黒の衣装が、とてもよく似合っていた。背中の翼も、彼の元の能力を考えるとそれとなく想像がつく。
「椅子が一つ足りませんね――あぁ、ありがとうございます」
 一団に気付いた定員が慌てて椅子を持って来たのに、麗しい笑顔を向けるのは友人のセレスティー・カーニンガム。相変わらずの美貌は外の世界にいる時と寸部として違えることなく。ただ彼の身を包んでいるのは普段の仕立ての良いスーツではなく、どこか民族衣装を連想させる服装。それが彼をどことなくいつもよりアクティヴに見せている。
 ここまでは、彼女にとってよく見知った顔ぶれである。
 そして更に視線を巡らせれば。
「以前、お会いしたことはありますわよね。宜しくお願い致します」
 たおやかな日本女性の楚々とした雰囲気とは裏腹な、過激なビスチェタイプの軽鎧。そしてその背には赤いフランベルジュ。
 まさにゲームの世界そのまま、といった容貌の鹿沼・デルフェス(かぬま・―)は礼儀正しく一礼すると、真意を読み取る事の出来ない笑みを浮かべたままのGK(ゲートキーパー)の隣に優雅に腰を下ろした。
「そういや、僕も会ったことあるんだよな」
 その隣には相沢・久遠(あいざわ・くおん)。草間興信所に出入りしていなくとも、少しでもファッションなどに興味を持ってさえいれば、雑誌やTVで一度くらいは彼の事を見た事があるに違いない。
 この世界に来たから何かが変化した、というわけではないらしいいつも通りのラフな恰好が、彼のセンスの良さを逆に強調する。
 そして、最後の一人。
「あー! 象さんの人!」
 周囲にも聞こえる声でそう呼ばれ、思わずシュラインの肩ががくりと崩れ落ちた。
「確か……柳月・流(りゅうげつ・ながれ)くんだったかしら」
「そうそう。気楽に『流』って呼んでな」
「象さん?」
 悠也のいぶかしむ雰囲気を含んだ疑問を片手で制し、シュラインは気を取り直して目の前の小柄な少年に明るい笑顔を返す。彼とは先日、とある人物の家で出会ったばかりだ。
 彼もまた、久遠と同じくこの世界に舞い降りた事による外見上の変化はない。身の内に孕んだ風のような印象も、そのまま此方へ引き継がれている。
「で、どうする気かしら?」
 再び視線をスタート地点に戻すシュライン。そこには悪びれた様子など全く見せず、ゆったりと椅子に腰掛けた状態のGKの姿。このメンバーの中では名実共に最年少になるはずなのだが、一番態度が大きく見えるのは気のせいではないだろう。
「やー、作りかけのゲームの世界って怖いよなぁ。思わぬバグってやつ?」
 ケタケタと声を上げて笑う姿は、年相応の少年にしか見えない。事実、シュライン以外、彼の誘いの言葉に不審を抱いた者はいなかった。
「ま、いいんじゃん? 俺が参加するとちょっとばかしチームの力量に差が出過ぎちまうかもしれないしな♪」
 本当は、ただ単純に彼の気紛れなのだが。
 それを「ゲームのバグ」とかワケの分からない理由をつけて、自分の所業を棚に上げる。シュライン以外の面々も、その様子だけはそれとなく読み取ったらしい。流にいたっては「行き当たりばったりなやつー」と声を上げて笑い出す始末。
 しかしそれでもGKは動じた様子をチラとも見せず、「勝者が最初から決まっちまうのは面白くねぇしな」と唇の端を釣り上げ笑った。
 シュラインは一度目撃した事があるのだが――あまり良い思い出ではないので、記憶の引き出しの中に仕舞っておきたいのだが――GKには『空間を自由に渡る』能力がある。その力がこの地にまで引き継がれていたら、実際反則どころの騒ぎではない。ゲーム開始の前に一筆書かせておく必要があるだろう。勿論、それに本当に従うかどうかは甚だ怪しいところなのだが。
「って、はいはい。余計な話はこの辺でお終い。さ、さっそくチーム分けに入ろうか。誰か自分はコイツと組みたいって希望のあるヤツはいる?」
 ポケットの中から爪先サイズの立方体を取り出し、テーブルの上に転がす。それは何、と誰かが問う前に、パァっと明るいA4サイズ大の光の用紙がテーブルの上10cm付近に浮かび上がった。
「俺はシュラインさんと組ませてもらいたいです」
「そうね、私も悠也くんと一緒がいいわ」
 軽い挙手に続き、二人の宣言。他は『誰』という希望はないらしく、互いの顔を見合わせる。
「了解。じゃ4人でチームわけね」
 『4人』
 そうGKが言葉を発した瞬間、ホログラフの用紙に4本の縦線と、その間を不規則に走る無数の横線が現れた。縦線の終着地点にはそれぞれ「●」と「■」の記号がそれぞれ2つ。どうやらそれが組み合わせを決定するマークのようだ。
「すっげー! これ面白いじゃん」
「………無駄にハイテクなアミダマシンだな」
 冷静な久遠の呟きと、流の歓喜の声。対照的な二人の反応に、デルフェスとセレスティは揃って喉の奥でクスリと笑う。
「さぁさ4人様、自分がこれだって思う線を選んで」
 GKが空中に出現したアミダ籤を指差す。真っ先に反応した流が「俺はここ」と左から2番目の線に触れると、その線自体がポウっと淡く発光し、アミダのスタート地点に彼の名前が自動で浮かび上がった。
「本当に……なんでもありだな、こりゃ」
「でも、こういうのも面白いと思いますわ、わたくし」
 流に倣い、次々と線に触れる久遠とデルフェス。最後に残ったセレスティは「日本には残り物に福があるという諺がありましたね」と微笑みながら、残された一本にそろりと指を這わせた。
 4地点に全てにそれぞれの名前が記される。
 流れ出す、光のライン。
 セレスティの線は水色に、デルフェスの線は紅に、久遠の線は白に、流の線は緑に。帰結する答えは――
「あら……宜しくお願いしますわね」
「此方こそ。美しい女性とご一緒できて私も嬉しいですよ」
 『●』に当ったのはセレスティとデルフェス。先ほどから同じペースで周囲を見守っていた二人は、すぐに意気投合で軽く互いの手を取った。
 そして残りは当然。
「……足、ひっぱんなよ」
「それは僕の台詞だ」
 僅かに走る緊張感。互いの勘が、何かを読み取ったのかもしれない――獣の性を。無論、穏やかに握手が交わされることはないが、案外とテンション自体は方向性は違えど似通っているようにも見える。
 そして、この結果に腹を抱えて笑い出す人物が一人。
「うわー! おもしれぇっ!! なんでこうも綺麗に分かれるかなっ!! まさに運命ってヤツ? そういうこと? いやー、俺参加しなくて良かったわ!!」
 アミダ籤生成マシンを再びポケットに戻しながら、笑い転げてテーブルを容赦なく叩く。
「何がそんなの可笑しいのですか?」
 それまで無言で事態を見守っていた悠也が、ちらりとGKの表情を覗き込む。どこか似た印象を他人に与える二人の金と紫の視線が、中空でカチリと絡み合う。
「アンタにも、わかんじゃねぇ? ま、いいか。ってことで勝手にチーム名を決定するぞ。シュラインと悠也のチームが『普通っぽチーム』。流と久遠が『動物さんチーム』。セレスティとデルフェスが『人外魔境チーム』。センス悪いとかそういう苦情は受付ねぇから――よし、準備完了!」
 ばらりと配られた6つのナビゲーションマシン。それらには既に勝手な命名によるチーム名がインプットされていた。
 チーム名の由来をなんとなく察した悠也は、小さく苦笑いしながらもそれを受け取る。まさに名は体を――いや、彼らの本質を表わす、と言った所とだろう。
「それじゃ、ゲーム開始! 最初にココに戻ってきたチームを勝者とするからな」
 GKが腕を振り上げた瞬間、各人の手へと渡ったナビゲーションマシンが、まるで意志を持ったかのように彼らの腕へと装着された。
 その感触は、どこか人肌の温もりを湛えている。
「忘れるなよ、このゲームが『命懸け』だってことを!」

 賽は投げられた。後は結果を待つのみ、だ。


Section2『誤算』

「シュラインさん、どうかしましたか?」
 勇者の泉を出た直後、並ぶシュラインの表情がどこか沈んでいる事に気付き、悠也は足を止めた。
 石畳にカツリと堅い音が響く。
「……杞憂、ならいいんだけど」
 足元に落としていた視線を上げ、意を決したようにシュラインが悠也を見る。その瞳には隠しきれない不安の色。
「あの子……私は個人的にユゲ君って呼ぶようにしてるんだけど。彼がなぜこのゲームを企画したのかって考えると――ちょっとね」
 口元に手を運ぶ。
 『俺達は死ぬ事はない』
 『命懸けのゲーム』
 そう強調されたことが、非常に気に掛かる。GKとしての彼ならば、何か裏があると考える方が恐らく妥当ではないか?
 『彼』をよく知るシュラインだからこそ、到達する結論。
「そうですか? 単純にこの世界に慣れるため、という考えも出来ると思いますが。それに彼、人が労する姿を見て楽しむ、という側面もあると思うんですが」
 シュラインの言葉を受け、悠也は軽く首を捻った。一度現実世界で遭遇したことがあるGK、その振る舞いや気紛れ加減からは、今回のこのゲーム主催も彼のそんな一面の一環のような気がする。
 しかし、自分より彼と面識のあるシュラインの言葉。「考えすぎですよ」と流せるはずもない。
「そう、なのよね。確かに『彼』には人がやってる事を外から見て楽しむっていう悪趣味もあるんだけど」
 実感が込められた深い溜息。ちなみに、この時シュラインの脳裏にGKだけではなく、もう一人の『彼』の姿が浮かんでいた事を、悠也は知らない。
「ごめんなさい。ちょっとタイムロスかもしれないけれど、このまんまじゃオチオチゲームに参戦してる場合じゃないんじゃないかしらって思っちゃうから、少し時間頂戴」
 言うとシュラインは、妖精の花飾りから伸びる蔦の一本を、腕に装着されたナビゲーションマシンに触れさせる。
 すると、シュラインの意志を汲み取ったかのように蔦はナビゲーションマシンにするっと巻きつき、接触面を音もなく融合させた。
「便利、ですね」
「インターフェース不要ってのは助かるわ」
 ここはシュラインに任せた方が良いのだろう、そう判断した悠也は、横に立ったまま彼女の動向を静かに見守る。
 活気溢れる街の中、入り乱れる人種に人々の思惑。現実世界とさほど変わらぬ様に見えるその光景は、見上げる空の澄み過ぎた青とは少し不釣合いに思えた。
 と、その時。小さな声が隣で上がる。
「……――ッ」
 ナビゲーションマシンにインプットされた一帯の地図。そして髪飾りに宿った能力の効果により、街中の人間全ての状態をスキャンしながら、シュラインは一度に流れ込んでくる膨大な情報量に眉根を寄せた。
 人間の脳の情報処理能力にも限界はある。許容量オーバーを目前に、自己防衛本能が警鐘をかき鳴らす。襲い来るのは眩暈と頭痛――それでも、シュラインは限界までの調査を試みる。自分たちが動く事によって、第三者に被害を及ぼす事になどならないように。
「シュラインさんっ!?」
 ふつふつと額に浮かび上がる汗に、傍らの悠也が焦りの声を上げた。
 ぐらり、と傾ぐシュラインの体。
「シュラインさんっ!」
 遠のきかけた意識。体を支えることを放棄したシュラインの体を、慌てて悠也の腕が支える。
「……大丈夫、よ」
 ナビゲーションマシンに接続されていた蔦がしゅるりと解けた。未だ苦痛の余韻を残しながらも、シュラインは自分を支える悠也の腕に自分の腕を重ねて、不敵に微笑む。
「無茶をした甲斐はあった……よう、ですね」
「勿論よ。これくらいでヘバっていたら先には進めないもの」
 気遣う色を隠さぬ悠也に、シュラインは明るく笑うと自分の足でしっかりと立つ。僅かに視界が揺らぎかけたが、額に浮かんだ汗を一気に拭い背筋に力を込める。
「大丈夫、この街の中に彼が何らかの罠をしかけたような痕跡は見つからなかったわ」
 ぐるりと周囲を見渡し、爽快に笑う。
 これなら存分にゲームを楽しむ事が出来そうだ。
 そんなシュラインの様子に、悠也もようやく安堵の表情を浮かべ歩き始める。ただし、シュラインの状態を考えて、いつもよりゆっくりとした歩調で。
「それじゃ、さっさと狩ってさっさと戻ってきましょうか。やはりゲームは勝たないと面白みが半減ですからね――シュラインさん?」
 気を取り直して再スタート、そう行きかけた時、今度は何かに驚いたように目を見開き固まったシュライン。
 その様子に、再び悠也の顔が曇る。
「いえ、なんでもないわ。さぁ、早く行きましょう。ゲームは勝たないと、ね」
 名前を呼ばれ、即座に我を取り戻したシュラインは、悠也の背を叩き歩き出した。
 彼女の視線が向けられていた先には、ただの人ごみと飲食店が並ぶ界隈。
 そこに彼女を驚かせる何かがあったのか? そう疑問を抱きつつ、振り切ったように先を進むシュラインを、悠也は追いかけ早足でその場を後にした。

   ***   ***

「……ごめんなさい、私のせいね」
「いえ、違いますから。思ったより体が上手く動かないのが悪いんです――やはりこの世界に慣れていないからでしょう」
 曰くつきのスタートになってから暫く。シュラインと悠也は再び面倒な事態に遭遇していた。
 彼らの当初の予定は、翼のある悠也がシュラインを抱えそのまま渓谷まで飛ぶ、というもの。けれど、それは直後に『体力』という問題の壁にぶつかった。
 現在の悠也は速度を重視するように装備など――現実世界的に言うと『データ』の書き換え――が成されていた。それが運悪く裏目に出てしまったのだ。
 翼での飛行、それが彼自身のみであったならば問題はなかっただろう。しかしもう一人いるのだ、抱えて飛ばなければならない存在が。
 かくしてシュラインの謝罪の言葉に繋がる。彼女の名誉の為に付記しておくが、彼女の重量は、彼女の身長からすれば軽い部類だ。
 しかし、それでも。自分以外の人間を抱えるとなっては、無理が生じても仕方のないこと。
「ねぇ――それなら、こうしないかしら?」
 事態打開の為に、シュラインが一計を講じる。
「私はこのまま地上を行くわ。悠也くんは空から安全な道を選んでくれないかしら? そして同時にトーチハウンドのいそうな場所を探す、と」
 今のシュラインも体力に自信が持てる状態ではないが、ある意味気兼ねをする必要がないので、其方の方が精神的にも楽かもしれない。
 そんな思惑が入り混じったかどうかは本人しか分からないが、現状において最良と思われる提案に悠也も納得の頷きを返す。
「そうですね。それじゃお互いの状況が確認できる程度の高度を俺が先行することにします。たまに見えなくなったら、周囲を調べている時だって思って、その場から動かないでくださいね?」
「了解よ。何かあったら教えて頂戴。この子の出番だし」
 シュラインが髪飾りをそっと撫でる。先ほどは過剰な情報量に圧倒されかけたが、こういうときこそ本領を発揮するアイテムだ。ただの装飾品で終わらせる気は毛頭ありはしない。
 そんなシュラインの様子に、悠也もにこりと笑い明るい空を見上げた。相変わらずの快晴、視界を阻む物がほとんどない――絶好の飛翔日和だ。
「分かりました。それじゃ、行きますね」
 漆黒と藍色の翼が軽やかに宙へと飛び去る。
 それを眺め、シュラインは小さく溜息をついた。
「……別に私が重いわけじゃないのよ」
 やはり、気になっていたらしい。

 無理をしながらでも稼いだ距離はそれなり。
 目的の渓谷までの距離は、残り三分の一ほど。
 他のチームの現在地を示す光点は、一チームは彼らよりやや遅れた所に、そしてもう一チームは未だ兵装都市の中にあった。


Section3『蒼嵐』

「ここからおおよそ100m前方と、その右斜めの林。あとはもうちょっと先になるんだけど、背の高い草の密生地。そこら辺にちらちら影が見えますね」
「了解、ちょっと待ってて」
 空と地上と、二手に分かれた行軍はスムーズに進み、シュラインと悠也は目的地である渓谷に辿りついていた。
 先行して飛翔していた悠也が、一帯の情報をシュラインへと渡す。
 それを頼りに、シュラインは再び妖精の花飾り・マナナーンの祝福を腕のナビゲーションマシンと融合させる。
 ちらりと視界に入った他のチームの動きは、1チームが物凄い速度であらぬ方向へ移動中、そしてもう1チームは街から出て彼女達とは反対の方向へ向っていた。
「……何か、抜け道でもあったかしら」
 頭に流れ込んでくるのは地形データと、悠也からもたらされたトーチハウンドの居場所。さらに妖精の花飾りの能力により収集された一帯の情報が合算され、シュラインの頭の中で次々に処理されていく。
 めまぐるしく流れていくそれらを意識の支配下に置きながら、シュラインは別の思考を割り込ませる。
 GKに言われるがまま、トーチハウンド狩りの場所としてここまで足を伸ばしたが、そうでなくても良かったのかもしれない。もっと街から近い場所にも――
「途中迂回して進んだ方が良いかもしれないけれど、草の密生地のトーチハウンドが一番良さそうね。周囲に他の影は見当たらないし、私達の視界が効くのも捨て難いわ」
 頭を過ぎった別の選択肢は既に過去の事。そう切り替え、シュラインはサーチの結果を悠也へと伝達する。
 手前の林は、複数の気配が拭い切れない。それに悠也の飛行能力を考えると、木々は邪魔になる。それならば、と弾き出された結論。
「了解です。それじゃ、もう少し進みましょう。手前の連中に気付かれないようにするには?」
「左の川沿いに進むのが良さそうね」
「なるほど。それじゃ俺は先に行って状態を自分の目で確かめてきます」
 再び羽ばたく黒と藍色の翼。シュラインの頬を撫でるように風が巻き起こったのは一瞬、その直後には悠也の姿は既に遥か上空。
「翼ってのは、便利だったかもしれないわね」
 ナビゲーションマシンに融合させていた蔓を巻き取り、シュラインも小走りに駆け出す。ここまでの距離の分、早いところトーチハウンドを仕留めてしまわねばならなそうだ。


「シュラインさんにはほんの少しも触れさせはしませんよ」
 大きく振りかぶられた金と銀の双頭の鎌。そこから生み出された無数の風の刃が、草の中を疾走するトーチハウンドの足元を討つ。薙ぎ払われる草、姿を隠すものがなくなり、低い唸りを上げる獣。
「悠也くん、来るわ!」
 彼らからやや離れた場所に立つシュラインが、声を上げる。
 四本の牙が生えた口が、悠也のいる天を仰いで大きく開く。僅かな溜めの直後、膨大な熱量を伴った一条の白光が解き放たれた。
 しかし、それが上空に到達する頃には、そこに悠也の姿はない。
 新たに位置を変え、続けざまに突き進む蒼い風の刃。
 先ほどまでは魔法の力で身の内側に封じていた武器を軽やかに操り、宙を舞う悠也はトーチハウンドの意識がシュラインに向かないように休まず攻撃を繰り出す。
 その様は、まさに天空の騎士のごとく。
 しかし、同行するのは守られるだけの姫ではない。
『石になりなさい!』
 聞く事の出来るモノにならば、その時シュラインの口から発せられた超高音域のメロディーが示した意味をそう解しただろう。
 再び悠也めがけて熱光線を放とうと大口を開けたトーチハウンドは、獣の能力ゆえにその言葉を拾ってしまい、ピクリと身を強張らせた。
 指示された通り、石に成り始めようとする自分の身体に向って必死の抵抗を試みる。
 芽生える隙に、悠也が双頭の鎌を構えて急降下。シュラインの『言葉』の特殊効果への抵抗にようやく成功したトーチハウンドの脇腹付近を一気に凪ぐ。
 だがしかし、それは分厚い脂肪によって微かに体表に傷をつけるだけに終わってしまう。
 さらに、反動で繰り出される前足が悠也に襲い掛かった。
「――っ! 鈍そうな身体の割にっ」
 寸前で堅い爪を鎌の柄で受け止め、悠也は一気に背後へと飛び退る。勿論、シュラインのいない方向を選んで。
「……長引けば、あまり楽しくないことになりそうですね」
 受け流しきれなかった力技に、悠也の息がわずかに上がる。見れば彼らの移動にあわせて走るシュラインも、肩で息をしているようだ。
 風の刃の魔法だけでは、息の根を止めるほどの効果は期待できない。そうなると狙うのは一瞬で生命活動を強制的に停止させる魔法だが――今の悠也の魔力では、より強固な魔法構成を築き上げる必要がある。
 つまりは、発動までにかかる時間が長くなる、ということ。
 瞬きの間にも及ばぬ逡巡と決意。
 もう一度足止めのための風の刃を放ち、悠也はシュラインの元へと戻った。
「暫くの間、時間稼ぎをお願いしてもいいですか?」
 攻撃向きではない彼女にそれを願い出るのは酷だと分かっている。しかしハンデとして己に課した『使用能力は風の魔法と蝶の使役に限定』という誓約を破るのも面白くない。
「私なら構わないわよ。案外効果あるみたいだし」
 くるりと方向を転換し、シュラインと悠也を視界に捕らえたトーチハウンドが、巨体を揺らしながら二人目掛けて距離をつめる。
『麻痺しなさい!』
 常人の耳には届かぬ音域に、トーチハウンドの動きが鈍る。それから暫くの後、巨体を支える右前足ががくりと崩れた。
「ほら、こんな風に大丈夫だから。さぁ、早く!」
「分かりました」
 シュラインに背中を押され、悠也の翼が風を孕む。より安全に詠唱を終わらせる為、地上の様子が点になるほどの高みへ駆け上がる。
 ここならば、熱光線さえ届かぬであろう。
 そして地上では、前足一本の自由を奪われたままのトーチハウンドが、それに対する不満を訴えるように高らかな咆哮を上げていた。
 大気を震わせながら自分を的に絞った力。それをぎりぎりで躱して、シュラインは緑の大地に片手を着く。
「全く……あの口、あの口さえ封じちゃえばいいんだけど」
 攻撃を仕掛ける間際、必ず大きく開かれる口。ならばそのタイミングでそれそのものを狙えれば良いのだ――しかし、彼女にはその術がない。
 分かっていて音にした言葉は、単に気を紛らわせるもの。こうなったら悠也の魔法が完成するまで、全ての力を使い切る覚悟で挑むだけだ。勿論、そんなことになる前に彼が戻ってくるであろうと予測して。
『眠りなさい!』
 動かぬままの足を引き摺り、ゆっくりと動き出したトーチハウンドに向けてそう発し、シュラインは走り出す。
「えーっとえーっと――『混乱しなさい』っ!」
 身体を前に倒し、低い姿勢を保ちながら、思いつくだけの指令を飛ばす。怒りに精神力が増しているトーチハウンドにどこまで通じるか不安を抱きながら。
「あー、もう! 飛び道具は反則よ!」
 ちりりと髪の焼ける匂いに、身を転じて反らした熱光線の行方を知る。直接鼓膜を振るわせる音が、敵の接近をシュラインに教えていた。
「いい加減にしなさい――『終わりなさい』っ!」
 たまりかねてそう叫ぶ。
 その瞬間、凍て付く蒼い風が周囲を無音に閉じ込めた。
 何が起こったのかと振り返れば、静かに沈みこんでいくトーチハウンドの姿。それから――
「間に合ったようで良かったです。ありがとうございました」
 足先が視界に入ったかと思ったら、微笑む悠也の顔が目の前に出現する。
「サイレントキル、ちゃんと効いたようで良かったです」
 あぁ、彼の魔法だったのだ。
 予想以上に長く感じられたトーチハウンドとの一対一の時間から解放されたシュラインが、そう理解するのにはほんの少しのタイムラグがあった。
「……大丈夫ですか?」
 触れられた額にはびっしりの汗。
 何はともあれ無事に終わったのだ。後は尾を回収し、兵装都市ジャンゴに戻るのみである。


Section4『到達』

「おい、アンタもっと速く走れねぇのかよ!」
「五月蝿い、速度は同じだろうがっ」
 一陣の風が荒地を駆け抜ける。真っ直ぐ、兵装都市ジャンゴへ向けて。
「あーっ、もう1チームは帰り着いてるじゃないかっ!」
「もう一方ももうすぐだな」
 久遠と流は、それぞれの腕にあるナビゲーションマシンに視線を落とし、叫びに近い声を上げる。しかし足が止まる様子は微塵もない。
 彼らの街までの距離は、トーチハウンド狩りで目的地としていた渓谷から三分の一ほど街に近い程度の場所。他のチームからすればまだまだ遠い距離に思えるが、彼ら二人にしてみれば、これでかなり移動したことになる。
「これはもう間に合わないんだろうな……」
「いや、僕は最後まで諦めない!」
「つかアンタが大暴走するのが悪いんだろっ! 諦めるとか諦めないとかそれ以前の問題だろっ!」
「口を動かす前に足を動かす! 人間、諦めたらそこまでだって言葉知ってるか?」
「諦めちゃいねぇけど、俺ら人間と違うし――って、あー、もー! 他のチームが方向音痴でルチルアってのを探し出せないのを祈るぜ!!」
 半ば自棄を起こしながら四本足で疾走する鼬のような獣の姿の流、その横には耳と尻尾が生えた妖狐姿の久遠。
 通常の『人間』としての肉体の所持者であれば、決して出しえぬスピードで爆走を続ける二人。まさに『獣さんチーム』と称されるに相応しい状況だ。時折すれ違う別の勇者たちが「何事か?」と目を丸くするのも仕方ないだろう。
「僕が見た限り、残りの四人は迷子になってウロウロするようなタイプには思えないが」
「って、アンター! それじゃ俺らの勝利は有り得ないっつーことだろーがっ! 冷静に分析してんじゃねぇよ!!」
 流の悲痛な叫びは虚しく、久遠の読みは非常に的確であった。

   ***   ***

「マズイですね。もう一チームもそろそろ街の中に入って来るようです」
 悠也がナビゲーションマシンにチラリと目をやり、そう一人呟く。彼の隣ではシュラインが無言のまま立ち尽くしている。
「……薬売り……ルチルア………」
 まるで彫像か何かになってしまったようにピクリとも動かないシュライン。けれど無駄に足踏みをしているわけではない。彼女は『音』を拾っているのだ。
 機骸市場の中に響く声――その中から、薬売りらしき少女の声や、その彼女の名を呼ぶ声を。闇雲に探してすれ違っている余裕はない、ならば事前に居場所に当りをつける方が断然早いに決まっている。勿論、それが出来る力を持っているから、だが。
「……いたわ」
 アーケードの入り口で、じっと立つだけだったシュラインが表情を動かす。
 雑踏の中から漏れ聞こえた誰かの声、それが確かに『ルチルア』と名を呼んだ。どこかで聞き覚えのある声が。
「アーケードを結構進んで、一本小道に入ったような所……だと思うわ」
「分かった」
 シュラインの言葉を受け、悠也の手から幾羽かの蝶が放たれた。ひらりひらりと優雅に舞いながら、混雑する人波の中へ消えていくのは悠也の手足同然の存在。
「誘導を、そして違える事無く彼女を見つけろ」
 蝶の後を追い、悠也とシュラインも咽返る様な人で溢れる機骸市場の中へと姿を消した。


「既にかなり接近しているチームがありますね。急ぎましょう」
「えぇ、そうですわね」
 そして一方、セレスティとデルフェスはシュライン達とは反対側のアーケード入り口に差し掛かっていた。
 彼らの腕に装着されたナビゲーションマシンには、ゲーム参加者を示す光点以外にもう一つ銀の光点があった。それは占い師の少女により与えられた情報。
「あちらのチームがこういう風に移動している、ということは」
「えぇ、間違いなくルチルア様の居場所を示しているのですわね」
 言葉での答えは与えられなかった、銀の光点の示すものの正体。それが自分達の推測に間違いないことを、他のチームの動きで強く確信し、セレスティ達も人波の中へと身を投じた。
 雑多な店舗が思い思いの様式で構え、ありとあらゆる物の売買が行われる機骸市場。それだけに、ここを訪れる人々の姿形や胸に抱いた思いは種々多様。
 だから、というわけでもないかもしれないが。かきわけて進むのはかなりの労力を必要とした。特にあまり体の強くないセレスティには大きな問題を投げかける。それまでの疲労も重なって、思うように前に進めない。
「セレスティ様、わたくしが先に――」
「いえ、大丈夫ですよ。気を遣わせてしまってすいません」
 どんな状況でもふわりと柔らかい微笑は絶やさずに。それでも負けん気の強さを前面へと押し出して。
 と、その時。
「あ、あのお嬢さんたちでしょうか!!」
 デルフェスが歓声を上げる。ナビゲーションマシンの銀の光点を追いかけ、道に迷う事無く進んだ先。そこには二人仲良くお喋りしながら、行き交う人々に呼び掛けを行っている少女達の姿。
「お薬、要りませんか? とってもお役にたちますよぅ」
「お花もあるんです。いかがですか?」
 小さな手篭を持った少女が二人。一人は金の髪で、一人は白の髪。
「貴女がルチルア様ですか?」
 逸早く彼女達の元まで辿り着いたデルフェスが、「お薬」と言っていた金の髪の少女に問いかける。
「はい! ルチルアちゃんです。お姉さん、ルチルアちゃんのお薬が必要ですかぁ?」
「ルチルアちゃん、ずるいんです。えーっと、お姉さん私のお花もどうでしょう?」
「アッシュちゃーん、お姉さんはルチルアちゃんのお客さんだよぅ」
「それじゃぁ、アッシュさんから私がお花を買いましょう」
 急ぐ彼らの様子などお構いなしの二人に、追いついたセレスティがすかさず状況打開の策を打つ。興味が二つに分かれた少女達は、それぞれのお客様に向って満面の笑顔を振りまく。
 しかし、そこへ更に。
「あ、蝶々さんです!」
 上がったのはアッシュの声。デルフェスに薬を渡しかけていたルチルアも、アッシュの声に手を止める。
「ごめんね、俺たちにもお薬売ってもらえるかな?」
 新たに現れたのは、当然シュラインと悠也。
 最初、酒場で別れて以来の再会に、四人の間に微妙な緊張感が走り抜けた。
「うわぁい、お客さんいっぱい増えてルチルアちゃん嬉しいです♪」
「あー、象さんのお姉さんも一緒です!!」
 既に収拾のつかなくなり始めた少女達を、一方はセレスティが、一方は面識のあるシュラインがアッシュの気を引き付けることで、なんとか買い物にこぎつける。
 残りは釣り銭を貰うだけだったはずのデルフェスは、先に悠也へ物を渡すこと優先しようとするルチルアに、「お釣りは要りませんから」と言ってはみたのだが、それに納得しなかったらしい金の髪の少女に腕を掴まれる始末。
 子供の相手は難しいから。
 そうどこかで笑うGKの姿が想像できて、一同の顔に苦い笑いが浮かぶ。
「はーい、ありがとうございましたぁ」
「ありがとうございました、なんです!」
 それぞれの目的の品が手に渡り、再び走り出そうとする四人。残る距離は全く同じ――ならば勝敗の行方は五分と五分。
 そう悠也以外の誰もが思った瞬間。
「シュラインさん、ちょっと我慢してくださいね」
「え? えっ!?」
 悠也の背中の翼が狭い空間に大きく広がった。彼はそのまま、シュラインを抱えてアーケードの天井すれすれを飛んで駆ける。
 地上の混雑の影響を全く受けない、そして通路という概念さえ無視して悠也の翼が勇者の泉に向って大きく羽ばたく。
「………これはやられましたね」
「翼というのは、こういう場合に有利ですわ」
 空を翔ける彼らを追い、人ごみを抜け出したセレスティとデルフェスが、既に遠くなってしまった悠也とシュラインの影にため息を零す。
 翼が高度を落す、おそらく勇者の泉に辿り着いたのだ。
「今回は残念ながら、とうことでしょうね」
「本当にあと少しでしたのに」
 その時、まるで全身を焼き尽くさんばかりの熱が、セレスティとデルフェスを襲った――熱源はナビゲーションマシン。

   ***   ***

 同刻、小規模な焦土が広がる大地にて。
「うわっ――これっ!」
「っち」
 久遠と流にも、セレスティとデルフェスの身に起こった事と同じ事が起きていた。


CLOSE『D_O_A』≪≪

「……さてさて……どうなる、かな」
 くつくつと、密やかに殺された笑い声が酒場の一角に静かに響く。
 少し広めのテーブルに、たった一人の少年。彼の手元には硝子の砂時計。上から下へ、止め処なく零れ落ちるのは電子の輝き。
 少年の指が、絶妙なバランスを保ったまま、それを前後に揺り動かす。
「もう、すぐ」
 物思いにふけるように伏せられていた瞼が、そろりと押し上げられる。焦点を成す、紫の瞳。口の端に浮かぶのは、罪の意識を抱かぬ残虐な微笑み。
「俺は、最初にちゃーんと言ったから。嘘はついてない」
 命懸けのゲームをしないか?
 それが誘い文句。
 決して『死ぬ』ことのない世界だからこそ味わえる、ぎりぎりの緊張感とスリル。
 死なないと分かっているから、その危険の中に身を投じることが出来る――否、誰も自分が死ぬなどときっと思ってなどいないから。
「そう、俺は嘘はつかない。まぁ、時と場合によるけど」
 自分の言葉を、即座に自分で訂正し。誰に聞かせるわけでもなく、少年は独り言を紡ぎ続ける。それは、ギャラリーのいない手品の種明かし。
 死なないのではない。
 死んでなお、蘇るのだ――この世界では。繰り返し繰り返し、何度でも。本人が飽きて止めてしまわぬ限り。
 砂時計を弄んでいた少年の指が、ついっと離れる。
 零れ落ちる電子の砂は残り僅か。
 ぎしりと椅子を軋ませ、もたれた背を僅かに捻った。少年の視線が向けられたのは、酒場の入り口。
 来る、もうすぐ。
 その刻が。
 賭けていたのは、文字通り『自分の命』。
 少年――GKの面に張り付いた笑みが、いっそう深くなる。
 ただ純粋に、ただ単純に。彼は楽しんでいるのだ、この現状を。勝敗が決する瞬間を。
「俺が参加しなかったってのは、正解だった、よな」
 一度くらい、死んでみるのも愉快かと思ってはいたけれど。やはり痛い思いをするのは、趣味じゃない。終焉を垣間見ることには、少しの興味が残るけれど。
 勝つことで、得られる物、失う物。
 負けることで、失う物、得られる物。
 果たしてどちらが大きいのだろう? 体の傷と心の傷、どちらが深いものになるのだろう?
 りーんっ
 甲高い鈴の音に似た音を立て、硝子の砂時計が内側から弾け飛んだ。それと同時に、酒場の扉が開き、陽光が店内へと差し込んでくる。
「ゲームセット」
 くつくつくつ、くすくすくす。
 誰にも聞こえない笑い声を残し、GKはその姿を虚空へ消した。
 残されたのは、テーブルの上に広がった蛍光色に輝く無数の粒子。それは木製のテーブルの上に、ゲームの結果を描き出していた。

 『勝者:普通っぽチーム』


 勝利の証は、腕に装着されたままのナビゲーションマシン。
 悠也とシュラインがスタート地点である『勇者の泉』に戻った時には、すでにGKの姿はそこにはなかった。
 彼がほんの直前まで座っていただろうテーブルに残された文字が、気紛れな少年からの伝言。そしてゲーム終了の合図。
 見えきれない結果に少しの不安を抱きつつ、悠也に別れの挨拶を告げたシュラインは、ゲーム中のスピードを持続したまま駆けた。
 目指す先は、この街を離れる時に目にした飲食店街。
 伸ばした視線の先に偶然飛び込んできたのは、現実世界で馴染みのある姿――いや、正確には『馴染みのあった』その人影。
 多くの人間が此方の世界へやって来ている。膨張した異界現象、ならばこの白銀の姫の世界が、彼の封じられた世界に接触していてもおかしくはない。
 どことなく覚束なかった足取り、まるで空腹感に耐えているような。ならば片っ端から飲食店を当るまでだ。
「京師さん!」
 辿り着いた目的地、一縷の望みをかけて声を上げる。しかしざわめく人の波にシュラインの声は虚しく掻き消された。
「京師さ――」
 久し振りに呼ぶその名。しかし二度目は途中で遮られた。不意にどこからともなくシュラインの眼前に現れた少年の姿によって。
「ざーんねん。ここから先は通行止め♪」
 にこりと笑う少年――GKが無邪気に笑う。例えて言うなら、まるで子供が通せんぼをして遊んでいるような、そんな軽やかさで。
 それに「何故?」とは問わず、シュラインは深々と溜息をついた。
 彼がシュラインの邪魔をするということは、つまりこの先に『彼』がいるということ。別世界に封じられたはずの彼が、この世界にいま間違いなく存在しているということ。
「はい、正解。だからアンタをここから先に進ませるわけにはいかない」
 くしゃりとGKの表情が歪む。剥き出しになる、少年の本性。
「なんで? って聞いてはダメかしら?」
「さぁ? 想像してみたら」
 わざとの質問に、GKも意地悪い笑顔を頬に刻む。それから不意に何を思ったか、シュラインの肩をそっと抱き寄せた。
 こそりと耳に直接ささやきかけられる、吐息だけでの言葉。
「アンタ達が勝利したおかげで、他の連中は一回あの世送りになったぜ。俺、ちゃんと言ったろ。命懸けのゲームだって♪ それに余計な他人は巻き込みはしないさ、面倒だからな」
「――なっ!」
 乗せられた手を払い除け、半歩距離を取る。
 が、追いかけてきた手に腕を囚われた。
「ってわけで、今日のところはこれにてお引取り願いましょうかね。正直、困んだよ、アンタの存在は『俺』にとってね」
 何かが歪む――そう気配で知る。慌てて翻そうとした身体は、次の瞬間には何もない丘の上に放り出されていた。当然、GKの姿はない。
 強引に空間を渡らされたのだ。
「……やられたわね」
 溜息をもう一度。腕に装着されたままのナビゲーションマシンで現在地を確認すると、兵装都市は遠く南。
 迷う心配はないが、敵を気にしながら戻れば、おそらく辿り付く頃には日が落ちていることだろう。
「全く、やっと帰ったばっかりだったっていうのに。こんなトコまで飛ばさなくったっていいでしょう」
 少なくとも収穫はあった。
 このまま冒険を続けていれば、どこかで出会う事もあるだろう。
 それよりも、今日競った人々の安否を確認する方が先かもしれない――死にはしない世界だから、無事だとは思うけれど。
 様々な事を胸に思い描きつつ、シュラインは再び歩き出した。
 ゲームに参加することで始った長い一日は、まだ当分終わりそうにない。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名】
  ≫≫性別 / 年齢 / 職業
   ≫≫≫【関係者相関度 / 構成レベル】

【0086 / シュライン・エマ】
  ≫≫女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
   ≫≫≫【鉄太+1 緑子+2 アッシュ+2 GK+3 紫胤+2/ A】

【0164 / 斎・悠也 (いつき・ゆうや)】
  ≫≫男 / 21 / 大学生・バイトでホスト
   ≫≫≫【紫胤+1 鉄太+1 GK+1 / NON】

【1883 / セレスティ・カーニンガム】
  ≫≫男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い
   ≫≫≫【アッシュ+1 GK+1 / E】

【2181 / 鹿沼・デルフェス (かぬま・でるふぇす)】
  ≫≫女 / 463 / アンティークショップ・レンの店員
   ≫≫≫【緑子+1 / F】

【2648 / 相沢・久遠 (あいざわ・くおん)】
  ≫≫男 / 25 / フリーのモデル
   ≫≫≫【― / F】

【4780 / 柳月・流 (りゅうげつ・ながれ)】
  ≫≫男 / 136 / フリーター兼何でも屋
   ≫≫≫【鉄太+1 アッシュ+2 / F】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。ライターの観空ハツキです。
 この度は『D_O_A』にご参加下さいましてありがとうございました。そして……本当に毎度毎度の陳謝の言葉なので、今回は省略の方向で(待)。いえ、はい、ギリギリまでお待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。これも観空の習性と、諦めて頂けると幸いです(がくり)。

 というわけで、改めて『D_O_A』へのご参加ありがとうございました。タイトルはお気付きかと思いますが「DEAD OR ALIVE」の頭文字になっておりました。そのようなわけで……えーっと……はい。展開にご不満を抱かれましたら……すいません(汗)。最初からこういう事になる予定でした。
 そして、今回は『勝負』という形式を取らせて頂きましたので、能力値配分と行動の内容(戦闘方法・探索方法・その他諸々)から『判定』を行い、執筆をさせて頂きました。ですので場合により使用した魔法や技などが思った通りの効果を発揮していないケースもあります。ご了承頂けますようお願い申し上げます。

 シュライン・エマさま
 毎回のご参加、本当にありがとうございます(ぺこり)。そして今回は……色々とGKが意地悪(?)をしてしまい申し訳ございませんでした。
 異界のこっそりSS(?)に反応して頂け、嬉しかったです。今回はご相伴に預かる事は出来ませんでしたが……いつか必ず!(笑)
 そして……作中で女性に対して禁句的発言(?)をしてしまい、申し訳ございませんでした(平謝)。
 今回『魔女の瞳』というアイテムがお手元に渡っておりますが、これは『白銀の姫』限定のアイテムとなります。予めご了承下さい。

 誤字脱字等には注意はしておりますが、お目汚しの部分残っておりましたら申し訳ございません。
 ご意見、ご要望などございましたらクリエーターズルームやテラコンからお気軽にお送り頂けますと幸いです。
 それでは今回は本当にありがとうございました。