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<白銀の姫・PCクエストノベル>


D_OR_A

≫≫OPEN『D_OR_A』

「命がけのゲーム、やってみない?」
 兵装都市ジャンゴ、勇者の泉。
 この世界の情報を集める為に、勇者達が訪れる酒場――ゲームの基本と言えば、基本行動第一歩目の場所。
 そこに現れた漆黒の衣装に身を包んだ少年が、ふらりとそんな話題を口に上らせた。
「あんた達も現実世界からやって来たなら分かるだろ。俺達はこの世界では死ぬことはない――いや、死んでも必ず蘇ることが出来る。それがココの仕組みだからね」
 乱暴に椅子を引き、音もなく腰を下ろす。店の奥に向って軽く手を上げると、給仕の少女が気泡を湛えた蛍光色のドリンクを持ってくる。
「現実では決して体験する事の出来ないスリルってのを味わうにはぴったりだし。あとはそうだな……ほら、この世界に慣れるのにも結構楽しいゲームだと思うけど」
 そういいながら、少年はコートのポケットから腕に装着するタイプらしい小型のハンディコンピュータを取り出し、テーブルの上に放り投げた。そして出されたドリンクを一気に煽る。
「ルールは簡単。まずは二人一組でパーティを組む。で、その二人で街から少しはなれた渓谷に住むトーチハウンドを一頭狩ってその尾を回収。そしてまた街に戻ってきて、機骸市場にいる薬草売りのルチルアを探し出して、回復薬を購入してまたここに戻ってくる」
 な、簡単だろ。
 微笑んだ少年は、放り投げたハンディコンピュータの一つを自分の腕に取り付け、電源をONにする。ぱっと10cm四方の超薄型ディスプレイに明りが灯った。
「こいつにはこの近辺の地図と、これを持つ勇者の居場所が示されるようになってる。つまり、他の連中が今どこにいるか分かるようになってるわけ。迷う心配もないし、便利だろ」
 淡い光、立体で浮かび上がる兵装都市ジャンゴを中心としたホログラフ地図。今は中心に青い光が数点浮かんでいた。
「その点が黄色くなったら重傷、赤くなったら死亡。目安にちょうどいいだろ――さ、興味のある奴がいたら、これを取ってくれ。ゲームの勝者にはこいつをプレゼントだ」
 モンスターのデータベースや、マッピング機能もついてるんだぜ、と自慢げに笑う少年。確かに、これからの冒険に所持していれば役立つ場面もあるかもしれない。
「さ、ゲームを始めようぜ。俺の名前はGK(ゲートキーパー)、たまには生死をかけてみるのもいいんじゃないか?」
 まずはトーチハウンド探しだよね、と笑い「だけど忘れんなよ、これは『命がけ』のゲームだってことを」と付け加え、GKと名乗った少年はにやりと唇を歪めた。


「…………時代は進化したもんだ」
 突然放り出された雑踏。
 『人混み』というだけなら、日常茶飯事だが――今は、その状況が全く違う。
 毛並の色合いはさておいて。なんというか、だ。言うなれば、ライブ前のコンサート会場近辺、もしくはズバリコスプレイヤーの集う場所。
 幾ら先進的かつ様々な人権が認められるようになった現代日本とはいえ、この光景は明らかに異様。一歩間違うと犯罪を誘発しそうだとお縄になりそうなほどの薄着の女性から、いったい何キロあるんだよ、と疑ってかかりたくなりそうな大剣を担いで歩く男まで。
「感触は、ある。嗅覚も――五感は正常、と」
 公園らしい広場の噴水の縁に腰をかけ、流は両手を開いたり握ったりを数度繰り返す。不意にかかった水飛沫は冷たいし、鼻先を擽るのはいつもより濃密な緑の匂い。
「ったく……最近の人間は信じられねぇもの作るもんだ」
 見上げた空はどこまでも青い。流がこの世に生を受けた頃を彷彿させる、その色。しかしそこに混じるのは、明らかな異質。『現代』と呼ばれる時代にあってなお、百年は先を思わせる不可思議な建造物と、その突端からたなびく蒸気の白煙。
「これは……こう、やっぱテレビの中にある世界だよな」
 溜息を一つ。
 けれど、胸の内側にあるのは期待感の方が断然大きい。
 今、眼前に広がるのは『ゲーム』と称される世界においては、ごくありきたりとも思える場所。案外そういうものも大好きだったりするので、馴染みがあると言っても過言ではないだろう――無論、自分自身の感覚で触れるのは初めてのことだけれど。
 切欠は仕事仲間から聞いた『呪われたゲーム』の噂。退屈しらずの流の日常に舞い込んだ、一つの偶然――否、必然だったのかもしれない。
 幸運にも辿りついた『白銀の姫』と高らかに歌われたサイト。しかしそれを認識できたのは一瞬の事。理性より先に走る興味心が、躊躇なんて言葉をかなぐり捨ててマウスをワンクリック。
「で、現在に至る」
 立ち上がる。
 体には特に変化があった様子はない。むしろ、ここでは日頃感じる重力に引かれる感覚――つまりは『重さ』が鈍く、逆に体が軽やかに感じられた。
 自分の置かれた状況を、事の発端から辿りなおした流は、改めて周囲の様子に視線を馳せる。
 悪くない、こういうのも。
 いや、むしろ。
 真紅の瞳が、抜かりなく煌く。導き出される結論は――
「こーゆーのは、楽しむより他はないっつーことだろ!」
 年代を感じさせる石畳に力強く両足を踏み下ろし、両手を天に向って大きく広げる。
 思い切り吸い込んだ空気は、肺の奥までも一気に満たし膨れ上がる。それは流の心の様子と全く同じに。
 銀の髪を照らし出す陽の光は間違うかたなき鮮烈な黄金。
 溜息なんかついている場合ではない。
 走り出さねば損をする。


Section1『接触』

「あら? 参加者は5人だったんじゃないの?」
 ふわり、と花弁を連想させる紅のコートのような衣装を翻し、シュライン・エマはテーブルの周囲に集った面々の顔をゆっくりと見渡した。
「言われてみれば……そうですね」
 一人は弟のように気兼ねのない付き合いをしている斎・悠也(いつき・ゆうや)。おそらくこの世界に来る時に変換されたのだろう漆黒の衣装が、とてもよく似合っていた。背中の翼も、彼の元の能力を考えるとそれとなく想像がつく。
「椅子が一つ足りませんね――あぁ、ありがとうございます」
 一団に気付いた定員が慌てて椅子を持って来たのに、麗しい笑顔を向けるのは友人のセレスティー・カーニンガム。相変わらずの美貌は外の世界にいる時と寸部として違えることなく。ただ彼の身を包んでいるのは普段の仕立ての良いスーツではなく、どこか民族衣装を連想させる服装。それが彼をどことなくいつもよりアクティヴに見せている。
 ここまでは、彼女にとってよく見知った顔ぶれである。
 そして更に視線を巡らせれば。
「以前、お会いしたことはありますわよね。宜しくお願い致します」
 たおやかな日本女性の楚々とした雰囲気とは裏腹な、過激なビスチェタイプの軽鎧。そしてその背には赤いフランベルジュ。
 まさにゲームの世界そのまま、といった容貌の鹿沼・デルフェス(かぬま・―)は礼儀正しく一礼すると、真意を読み取る事の出来ない笑みを浮かべたままのGK(ゲートキーパー)の隣に優雅に腰を下ろした。
「そういや、僕も会ったことあるんだよな」
 その隣には相沢・久遠(あいざわ・くおん)。草間興信所に出入りしていなくとも、少しでもファッションなどに興味を持ってさえいれば、雑誌やTVで一度くらいは彼の事を見た事があるに違いない。
 この世界に来たから何かが変化した、というわけではないらしいいつも通りのラフな恰好が、彼のセンスの良さを逆に強調する。
 そして、最後の一人。
「あー! 象さんの人!」
 周囲にも聞こえる声でそう呼ばれ、思わずシュラインの肩ががくりと崩れ落ちた。
「確か……柳月・流(りゅうげつ・ながれ)くんだったかしら」
「そうそう。気楽に『流』って呼んでな」
「象さん?」
 悠也のいぶかしむ雰囲気を含んだ疑問を片手で制し、シュラインは気を取り直して目の前の小柄な少年に明るい笑顔を返す。彼とは先日、とある人物の家で出会ったばかりだ。
 彼もまた、久遠と同じくこの世界に舞い降りた事による外見上の変化はない。身の内に孕んだ風のような印象も、そのまま此方へ引き継がれている。
「で、どうする気かしら?」
 再び視線をスタート地点に戻すシュライン。そこには悪びれた様子など全く見せず、ゆったりと椅子に腰掛けた状態のGKの姿。このメンバーの中では名実共に最年少になるはずなのだが、一番態度が大きく見えるのは気のせいではないだろう。
「やー、作りかけのゲームの世界って怖いよなぁ。思わぬバグってやつ?」
 ケタケタと声を上げて笑う姿は、年相応の少年にしか見えない。事実、シュライン以外、彼の誘いの言葉に不審を抱いた者はいなかった。
「ま、いいんじゃん? 俺が参加するとちょっとばかしチームの力量に差が出過ぎちまうかもしれないしな♪」
 本当は、ただ単純に彼の気紛れなのだが。
 それを「ゲームのバグ」とかワケの分からない理由をつけて、自分の所業を棚に上げる。シュライン以外の面々も、その様子だけはそれとなく読み取ったらしい。流にいたっては「行き当たりばったりなやつー」と声を上げて笑い出す始末。
 しかしそれでもGKは動じた様子をチラとも見せず、「勝者が最初から決まっちまうのは面白くねぇしな」と唇の端を釣り上げ笑った。
 シュラインは一度目撃した事があるのだが――あまり良い思い出ではないので、記憶の引き出しの中に仕舞っておきたいのだが――GKには『空間を自由に渡る』能力がある。その力がこの地にまで引き継がれていたら、実際反則どころの騒ぎではない。ゲーム開始の前に一筆書かせておく必要があるだろう。勿論、それに本当に従うかどうかは甚だ怪しいところなのだが。
「って、はいはい。余計な話はこの辺でお終い。さ、さっそくチーム分けに入ろうか。誰か自分はコイツと組みたいって希望のあるヤツはいる?」
 ポケットの中から爪先サイズの立方体を取り出し、テーブルの上に転がす。それは何、と誰かが問う前に、パァっと明るいA4サイズ大の光の用紙がテーブルの上10cm付近に浮かび上がった。
「俺はシュラインさんと組ませてもらいたいです」
「そうね、私も悠也くんと一緒がいいわ」
 軽い挙手に続き、二人の宣言。他は『誰』という希望はないらしく、互いの顔を見合わせる。
「了解。じゃ4人でチームわけね」
 『4人』
 そうGKが言葉を発した瞬間、ホログラフの用紙に4本の縦線と、その間を不規則に走る無数の横線が現れた。縦線の終着地点にはそれぞれ「●」と「■」の記号がそれぞれ2つ。どうやらそれが組み合わせを決定するマークのようだ。
「すっげー! これ面白いじゃん」
「………無駄にハイテクなアミダマシンだな」
 冷静な久遠の呟きと、流の歓喜の声。対照的な二人の反応に、デルフェスとセレスティは揃って喉の奥でクスリと笑う。
「さぁさ4人様、自分がこれだって思う線を選んで」
 GKが空中に出現したアミダ籤を指差す。真っ先に反応した流が「俺はここ」と左から2番目の線に触れると、その線自体がポウっと淡く発光し、アミダのスタート地点に彼の名前が自動で浮かび上がった。
「本当に……なんでもありだな、こりゃ」
「でも、こういうのも面白いと思いますわ、わたくし」
 流に倣い、次々と線に触れる久遠とデルフェス。最後に残ったセレスティは「日本には残り物に福があるという諺がありましたね」と微笑みながら、残された一本にそろりと指を這わせた。
 4地点に全てにそれぞれの名前が記される。
 流れ出す、光のライン。
 セレスティの線は水色に、デルフェスの線は紅に、久遠の線は白に、流の線は緑に。帰結する答えは――
「あら……宜しくお願いしますわね」
「此方こそ。美しい女性とご一緒できて私も嬉しいですよ」
 『●』に当ったのはセレスティとデルフェス。先ほどから同じペースで周囲を見守っていた二人は、すぐに意気投合で軽く互いの手を取った。
 そして残りは当然。
「……足、ひっぱんなよ」
「それは僕の台詞だ」
 僅かに走る緊張感。互いの勘が、何かを読み取ったのかもしれない――獣の性を。無論、穏やかに握手が交わされることはないが、案外とテンション自体は方向性は違えど似通っているようにも見える。
 そして、この結果に腹を抱えて笑い出す人物が一人。
「うわー! おもしれぇっ!! なんでこうも綺麗に分かれるかなっ!! まさに運命ってヤツ? そういうこと? いやー、俺参加しなくて良かったわ!!」
 アミダ籤生成マシンを再びポケットに戻しながら、笑い転げてテーブルを容赦なく叩く。
「何がそんなの可笑しいのですか?」
 それまで無言で事態を見守っていた悠也が、ちらりとGKの表情を覗き込む。どこか似た印象を他人に与える二人の金と紫の視線が、中空でカチリと絡み合う。
「アンタにも、わかんじゃねぇ? ま、いいか。ってことで勝手にチーム名を決定するぞ。シュラインと悠也のチームが『普通っぽチーム』。流と久遠が『動物さんチーム』。セレスティとデルフェスが『人外魔境チーム』。センス悪いとかそういう苦情は受付ねぇから――よし、準備完了!」
 ばらりと配られた6つのナビゲーションマシン。それらには既に勝手な命名によるチーム名がインプットされていた。
 チーム名の由来をなんとなく察した悠也は、小さく苦笑いしながらもそれを受け取る。まさに名は体を――いや、彼らの本質を表わす、と言った所とだろう。
「それじゃ、ゲーム開始! 最初にココに戻ってきたチームを勝者とするからな」
 GKが腕を振り上げた瞬間、各人の手へと渡ったナビゲーションマシンが、まるで意志を持ったかのように彼らの腕へと装着された。
 その感触は、どこか人肌の温もりを湛えている。
「忘れるなよ、このゲームが『命懸け』だってことを!」

 賽は投げられた。後は結果を待つのみ、だ。


Section2『迷走』

「しかし、時代は進化したもんだよなぁ」
「それは確かに言えてるな」
「全く現実と同じような感じだし。つか、この感覚は一、二昔前って言った方がいいのか?」
「うん、確かにそれもそうだ」
 僅かに垣間見える空は果てしなく青く、辺りに茂る緑は非常に濃い。遠く離れて聞こえる水音は、小川のせせらぎだろうか。
 鬱蒼とした深い森の中、内容だけ聞くとほのぼの感を漂わせている青年が二人。外見のわりに、喋っている内容にただならぬ歴史感を覚えるのは、彼らの実年齢のせいだ。
 片や齢1000年を越える妖狐。
 片や、妖狐と比較すると短い気がするが――根本的に比較対照が間違っている――それでも人間の寿命ではほぼありえない130歳を越える鼬系の動物。
 今でこそ、二人とも人の形を成してはいるものの、元はれっきとした『獣』である。それがこのチームが『動物さんチーム』と命名された所以。
「……なんだ、お前案外話わかるヤツじゃん」
「お前もな」
 人は――微妙に『人』ではないが――命の危機に瀕したとき、その本能で傍にいる相手に惹かれるという。自分の命が失われても、子孫が続いていくように、と。
 が、彼らの間に子供が出来ることはない――というか、そもそも論、そうなることだけはありえなさそうだが。しかし、奇妙な連帯感が生まれたのは事実のようだ。
「あのさ、これで方角あってるよな」
「あぁ、確実に進んでると思うぞ」
 流の不安に、久遠が即答を返す。彼らの現在地を示す光点は、間違いなく彼らが目指している方向へと向って移動を続けていた。
 そう、一直線に。
 事の発端をどちらが言い出したのかは分からない。否、相談することさえなかったのに、彼らが本能的に選んだ道が同じだったというべきか。
 兵装都市ジャンゴの城壁を出て、彼らは迷うことなく最短距離を選んだ。都合よく、彼らの腕には地形図が装着されている。多少の高低差はあるようだが、それも自分――恐らくこの段階ではパートナーの事は頭に入っていない――の運動神経ならどうにかなるはずだ、と信じて。
 これがどちらかの言葉により、現在の状況に陥っていたのなら、先ほどまでに輪をかけまくった険悪ムードが漂っていたに違いない。
 怪我の功名、禍転んで福となる、もしくは雨降って地固まる。
 それが彼らの現在状況。
 繰り返すが、彼らの周囲には鬱蒼とした森が広がっていた。いや、どっちかと言うと深い深い広大な森の中を、彼らが方角だけを頼りに突き進んでいる、と言った方がより正しい表現だろう。
 普通の人間だったら、例えナビゲーションしてくれるアイテムがあったとしても、方向感覚を失い、自分達の位置を見失ってしまうに違いない。それがそうならないのは、やはり彼らの本性ゆえか。
 燻り出す、野生。
 不意に流が足を止めた。
「どうした?」
「んー……なんか変な気配」
 真紅の瞳にやや剣呑な輝きを浮かべ、流が周囲の気配に注意を配る。道に迷うことを気にしすぎていて、今までは気付かなかったが――何かに囲まれる、そんな無言のプレッシャー。
「なぁ……ゲームだと、森の中とかって真昼間でも強いモンスターが出るってのが定番だよな?」
「お、現代にもしっかり馴染んでるじゃないか、若人よ」
 嘯くように返す久遠も、気付く。
 そう、ここは『ゲームの世界』。酒場が情報収集場所の基本であるのと同じように、森と言えば放っておいても頻繁にエンカウントが発生する特性を持つのがお約束。
「――囲まれてる?」
「九割九分確定ってとこだろう」
「なんだよ、ソレ。ほぼ100パーセントってことだろ」
「でも接触さえしなければ逃げ切れるのがセオリーだ」
「………逃げるのか?」
「まさか」
 流の確認に、久遠の顔に不敵な笑みが浮かぶ。
 狙いはトーチハウンドだが、軽くウォーミングアップをしておくのも悪くはない。
 微かに差し込んでくる陽の光が、久遠の茶の瞳を金に近い色へと染め上げた。
「言っとくが、俺は防御専門家だからなっ!」
「上等上等。攻撃は僕に任せとけ」
 第一波――前方の木から唐突に放たれた細い光の帯を、流が久遠の前に展開させたシールドで四散させる。
 それが合図。
 いつの間に集っていたのか、体の一部が機械化された中型サイズの動物から作られたと思われるモンスター達が揃って姿を現した。
 中にはご丁寧に重火器を所持したものまでいる。
「360度、フル展開かよ!」
 辺り一帯のモンスターの数に、流が不機嫌さを隠さず小さく舌打ちした。同時に、彼の両手に淡い光が宿り、それが徐々に広がり彼と久遠の姿を包み込む。
「危ないって思ったら、この中に戻って来い。前線に出る時は、土壇場で目の前に壁つくってやる」
「そんだけやってもらえれば充分、だね。それじゃ、後はよろしく」
 久遠が駆け出す。
 届く光さえ少ない薄暗い森の中、薫風が走る――自分たち以外の『敵』を屍に変える為に。
「まずは――1つ!」
 いつもどこかに忍ばせている呪符を取り出し、疾走する姿勢のまま印を切る。発動された力が、目前に迫った猿タイプのモンスターを内側から弾け飛ばす。
「次、2つ目!」
 新たな符が、久遠の手から放たれた瞬間、木陰に隠れた先ほどと同じタイプのモンスターを火矢となって襲う。
 知り合いのジャーナリストに騙されるような感じでこの世界にやってきた久遠だが、既にそんなことは忘れ去ってしまっているかのごとき動き。恐らく、日頃『常識』の中で縛られている事に対する発散になっているのだろう。
「……うわー…楽しそー」
 タイミングを計りながら、久遠への攻撃を防ぎ続ける流も、その華麗な舞いにも似た動きに、感嘆の溜息を零す。少々スプラッターな感じもするが、ゲームの世界がリアルになったらきっとこんな感じなのだろうと思うと、それはそれでと思考も切り替わる。
 敵のレベルは思ったより高くはないらしい。久遠の攻撃の前に散っていくモンスター達。
 けれど――世界はそこまで甘くなかった
「あーっ! くそっ!!」
 どれほどの数を屠ったのか、もう覚えていない。
 しかし、戦闘の騒ぎを聞きつけたらしく、集ってくるモンスター達に際限はない――つまり、どれだけ倒そうと、彼ら二人がモンスターの囲みを脱する事は出来なかった。
「………冗談じゃ、ないぞ」
 流の元まで戻った久遠も、上がった息を整えるべく片膝をついた姿勢で幾度かの深呼吸を繰り返す。
「弱い連中が、次から次に仲間を呼ぶっていうのもお約束、だよな」
「――全部吹き飛ばせば、同じ事」
 ずっとシールドを張り続け、久遠と同様疲労が顔に浮かんできた流の呟きに、不穏な言葉が返る。
「そうだよな……そう、全部、吹き飛ばしちまえばいいんだ」
「は? えぇっ!?」
 久遠が――切れた。
 流が呆然と見守る中、久遠の姿が遷ろう。
 漆黒の髪が、長い銀の髪に。薄茶の瞳が、血の赤に。そうして――耳と尾が姿を現す。
 妖狐の降臨。
 絶大なる力の解放の予兆。
「消えろ、僕の目の前から」
「おっ――おい、ちょっと待てよ!!」
 振り上げられた久遠の手。微細な温度の変化を感じ、流が自分たちを囲うシールドの強度を、最大まで高める。
 その数秒後、辺り一帯を脅威の妖火が襲った――残されたのは、半径20mほどの視界の開かれた焦土。
 流のシールドが間に合わなければ、彼ら自身も少なくないダメージを余波で被っていただろう。
「最初っからこすれば良かったんだよな。さー、次々行くぜ」
「ってアンター! ちょっとは遠慮しろよな、遠慮ーっ!」

 目的の渓谷までの距離は、残り半分弱。
 他のチームの現在地を示す光点は、一チームは彼らよりやや進んだ所に、そしてもう一チームは未だ兵装都市の中にあった。


Section3『爆走』

「アンタ、絶対考えなしだろう! そうだろう、そうに違いない!!」
「五月蝿いぞ、小動物!!」
「小動物って何だよ! 小動物って!!」
「人の頭に陣取ってるヤツを小動物って言って何が悪い! 間違いなく小動物だろうがっ!!」
「アンタが手当たり次第ぶっ放してるからこうなっちまったんだろうがっ!」
「手当たり次第じゃない、発見次第だ。それに因果がわからんぞ!」
「シールド強化するためだっつってんだよ!」
「それでもお前が俺の頭上を占拠してる事には変わりはないだろうがっ!」
「だからそれもアンタがだなっ!!」
 動物は気紛れである。
 それに二人――いや、この場合『二匹』なのだろうか?――とも所謂「妖怪」である、人を騙すのなんてお手の物のなんて生態だ。
 だから何か、と言うと。つい先ほどまで見解の一致をみて、共に手を携えたように見えた二人の関係はすでにどこにもない、と言うのも仕方ないだろう、という事。
 ところで、なぜ再び二人の仲が拗れてしまったかというと。
 簡単に説明するとこんな風になる。

 @まず、直進状態から深い森の中で敵にどっと囲まれた(この段階で仲良しに)。
 A二人して窮地を打開しようと、奮戦(仲良し継続中)。
 B流、防衛。久遠、攻撃担当。数の多さに久遠がぶっち切れて妖狐の姿になる(流唖然。久遠暴走開始)。
 C久遠、楽し気に妖火を操りまくって小規模な焦土を次から次へと作る。流、おっかけながら身の安全を確保すべくシールド張り続ける(流、続・呆然。久遠、実に爽快)。
 D戦闘の騒音に敵はどんどん集う。集うから久遠は焦土を作る(流、ぷち切れ寸前。久遠、なおも颯爽と走り続ける)。
 E「D」をしばらく繰り返す。
 Fいつの間にか目的地到着(流、ナビゲーションマシンで確認しちょっと安堵。でも状況は変わらない。久遠、以下略)。
 Gトーチハウンド出現!(ぴろりろりん。流、構える。久遠、嬉々として焦土準備)。
 Hトーチハウンド、また出現!(ぴろりろりん。流、冷や汗。久遠、ちょっと驚く)。
 Iトーチハウンド、またまた出現!(ぴろりろりん。流、シールド強化するために原型に戻る。なぜかナビゲーションマシンも一緒に小型化。久遠、妖火の攻撃を最初に現れたトーチハウンドに吸収され驚き)。

 で、現在。
 彼らは5頭のトーチハウンドに追いかけながら、ひたすら走り続けている。
 ちなみに久遠が比較的体力があったので、なんとか逃げ延びられている状態だ。体力の若干劣る流が、狐耳にしがみつきながら、久遠の頭上にポジションを取っているのもそれが理由(懐に入らなかったのは彼のプライドだろう)。
「畜生、あの分厚い脂肪が厄介だな。熱にも耐性あるみたいだしっ」
「あぶねぇっ! 右、右!!」
 自分達の置かれた状況を、ようやく冷静に分析し始めた久遠の頭上で流が吼える。人型であったときより俄然強度を増したシールドが二人の後方に出現し、右の背後から襲い掛かった超高温の熱線を寸前で防ぐ。
 すさまじい力の衝撃に、大気は音を立てて振るえ、巻き起こる粉塵が一瞬視界を閉ざす。
「邪魔だっ! 人がせっかく打開策を練ってるって時に!!」
「だからアンタが暴走しなきゃ良かったって話だろうがっ!!」
 流の起こした風が、二人の視界を回復させる。トーチハウンドに包囲されない方向を選んで駆け出した久遠は、頭上の流を振り落とさないように片手で押さえ込む。
 ほとんど休む間を与えられぬ緊張感の連続。これを先ほどから小一時間ほど続けているのだ、二人の精神が崩壊していない事の方が奇跡に近い。
 いや、ただの喧嘩のような言い合いこそが、互いの理性を繋ぎとめる要因。絶妙な連携は、いまなお継続中ということらしい。
 だからといって、窮地を脱することが出来るわけでもないが。
「おい、小動物」
「だからなんでそんな呼び方!」
 少しでも見晴らしが良いところを、と草原を選んで走り続ける久遠は、着かず離れずの距離を追いかけ続けてくるトーチハウンドの位置を感覚で捉えつつ、苦い笑いを秀麗さを増した顔に深く刻む。
 狩りをする性質を生まれながらに持っているからこそ分かる事。
 連中は、自分たちを追いかけることを――追い詰めることを楽しんでいる。
「小動物には変わりないだろうが。ところで相談なんだが」
「あーっ!? って、またーっ!!」
 タイミングを計ったのだろう、急所をわざと外す狙いで一度に5本の熱光線が二人めがけて放たれた。
 叫びにも似た咆哮を上げる流。喉が枯れるほどの能力の解放が、ぎりぎりのところで熱光線を遮断する。しかし力に押され、無敵を誇るはずのシールドが展開地点からの後退を余儀なくされた。ぎりぎりの鬩ぎ合い、流の気力が萎えたとしたら、それは二人が熱光線に灼かれる瞬間を意味する。
「おい、大丈夫かよ? 小動物」
「だからその呼び方はやめろっつってんだろ!」
 頭上から聞こえる息遣いは荒い。支える腕に力を込め、久遠は空いた方の手で、幾つかのアイテムを懐から取り出した。
「流、シールドは360度展開可能だったよな?」
「あぁー? 出来るに決まってる。さっきやっただろ」
 たまに遠くに見える他の勇者達が唖然とした様子で、トーチハウンド5頭に追いかけられる彼らを眺めている。中には救援に入ろうとする者もいるようだが、彼らの移動速度が尋常ではないため、着いてくる事さえ出来ないようだ。
「ここに、効果のほどがいまいちよく分からんアイテムが幾つかある」
「なんだ脈絡もなく!」
「あー、いいから最後まで黙って聞け、小動物!」
「だから小動物って言うなって!」
 駆ける速度を保ったまま、久遠は掌中のアイテムをくるくると弄ぶ。此方の世界に来て、最初に立ち寄った怪しげなジャンクショップで購入したのだ。店員は攻撃用のアイテムだとか言っていた記憶がある。
 アイテム同士の触れ合う金属音に、なんとなく事を察した流は僅かに身じろいだ。
「……一応、聞いておく。値段は?」
「これだけで有名リゾートホテルに一ヶ月は連泊できる」
「…………」
 なんでそんな金持ってんだよ! とツッコミかけたが止めておく。久遠の顔なら流でも雑誌などで見たことがある。そういう人間は、この世界にやってきてもそれなりに金を所持しているという事なのだろう――真実は、偶然ポケットに入っていた石ころがこっちの世界で価値があるものだった、ということなだけなのだが。
 とにかく、アイテムの効果は金額に比例すると言っても過言ではない。ことごとく普通のゲームと同じセオリーを踏んでいるこの世界ならなおのこと。
「一気にぶちまける。合図するから思いっきりシールド頼む。この際だ、お前の命の保証は要らん」
「そーゆー時は『俺の命は』だろうがっ! あーもー、分かったよ、分かりました!!」
 憎まれ口をたたきながらも、しっかりと自分の身が振り落とされないように捕まえていてくれる腕を信じ、流も意を決する。
 このままでは遅かれ早かれ、絶体絶命の窮地に立たされるのは間違いないのだから。
 久遠の瞳の赤が鮮やかさを増していく。高揚する心に、体を動かす熱量が加速度を上げて限界近くまで駆け上がる。
「タイミング、外すなよ! イタチ様!!」
「うるせぇ! お狐さまこそな!!」
 久遠の操る妖火に煽られ、正体不明のアイテムがトーチハウンドの一団まで吹き飛ばされた。
 暫しの静寂――そして全身を灼き尽くさんばかりの白い烈光。
 コンマ数秒の誤差で大地を揺るがす爆音が轟いた。
 それから、無限にも似た無音。

「結果オーライだな」
 久遠の満足そうな言葉。
 鼬姿のままの流の前足が、ずたずたに引き裂かれた大地に押し潰され動かなくなったトーチハウンドの尻尾をくいっと引っ張る。
「……確かに、って同意していいか激しく悩む」
「そんなこと言ってないで、さっさとぶっちぎってサクサク戻るぞ! 小動物」
 チラリとナビゲーションマシンに目を落す。
 いつの間にか兵装都市は遠い彼方となっていた。


Section4『到達』

「おい、アンタもっと速く走れねぇのかよ!」
「五月蝿い、速度は同じだろうがっ」
 一陣の風が荒地を駆け抜ける。真っ直ぐ、兵装都市ジャンゴへ向けて。
「あーっ、もう1チームは帰り着いてるじゃないかっ!」
「もう一方ももうすぐだな」
 久遠と流は、それぞれの腕にあるナビゲーションマシンに視線を落とし、叫びに近い声を上げる。しかし足が止まる様子は微塵もない。
 彼らの街までの距離は、トーチハウンド狩りで目的地としていた渓谷から三分の一ほど街に近い程度の場所。他のチームからすればまだまだ遠い距離に思えるが、彼ら二人にしてみれば、これでかなり移動したことになる。
「これはもう間に合わないんだろうな……」
「いや、僕は最後まで諦めない!」
「つかアンタが大暴走するのが悪いんだろっ! 諦めるとか諦めないとかそれ以前の問題だろっ!」
「口を動かす前に足を動かす! 人間、諦めたらそこまでだって言葉知ってるか?」
「諦めちゃいねぇけど、俺ら人間と違うし――って、あー、もー! 他のチームが方向音痴でルチルアってのを探し出せないのを祈るぜ!!」
 半ば自棄を起こしながら四本足で疾走する鼬のような獣の姿の流、その横には耳と尻尾が生えた妖狐姿の久遠。
 通常の『人間』としての肉体の所持者であれば、決して出しえぬスピードで爆走を続ける二人。まさに『獣さんチーム』と称されるに相応しい状況だ。時折すれ違う別の勇者たちが「何事か?」と目を丸くするのも仕方ないだろう。
「僕が見た限り、残りの四人は迷子になってウロウロするようなタイプには思えないが」
「って、アンター! それじゃ俺らの勝利は有り得ないっつーことだろーがっ! 冷静に分析してんじゃねぇよ!!」
 流の悲痛な叫びは虚しく、久遠の読みは非常に的確であった。

   ***   ***

「マズイですね。もう一チームもそろそろ街の中に入って来るようです」
 悠也がナビゲーションマシンにチラリと目をやり、そう一人呟く。彼の隣ではシュラインが無言のまま立ち尽くしている。
「……薬売り……ルチルア………」
 まるで彫像か何かになってしまったようにピクリとも動かないシュライン。けれど無駄に足踏みをしているわけではない。彼女は『音』を拾っているのだ。
 機骸市場の中に響く声――その中から、薬売りらしき少女の声や、その彼女の名を呼ぶ声を。闇雲に探してすれ違っている余裕はない、ならば事前に居場所に当りをつける方が断然早いに決まっている。勿論、それが出来る力を持っているから、だが。
「……いたわ」
 アーケードの入り口で、じっと立つだけだったシュラインが表情を動かす。
 雑踏の中から漏れ聞こえた誰かの声、それが確かに『ルチルア』と名を呼んだ。どこかで聞き覚えのある声が。
「アーケードを結構進んで、一本小道に入ったような所……だと思うわ」
「分かった」
 シュラインの言葉を受け、悠也の手から幾羽かの蝶が放たれた。ひらりひらりと優雅に舞いながら、混雑する人波の中へ消えていくのは悠也の手足同然の存在。
「誘導を、そして違える事無く彼女を見つけろ」
 蝶の後を追い、悠也とシュラインも咽返る様な人で溢れる機骸市場の中へと姿を消した。


「既にかなり接近しているチームがありますね。急ぎましょう」
「えぇ、そうですわね」
 そして一方、セレスティとデルフェスはシュライン達とは反対側のアーケード入り口に差し掛かっていた。
 彼らの腕に装着されたナビゲーションマシンには、ゲーム参加者を示す光点以外にもう一つ銀の光点があった。それは占い師の少女により与えられた情報。
「あちらのチームがこういう風に移動している、ということは」
「えぇ、間違いなくルチルア様の居場所を示しているのですわね」
 言葉での答えは与えられなかった、銀の光点の示すものの正体。それが自分達の推測に間違いないことを、他のチームの動きで強く確信し、セレスティ達も人波の中へと身を投じた。
 雑多な店舗が思い思いの様式で構え、ありとあらゆる物の売買が行われる機骸市場。それだけに、ここを訪れる人々の姿形や胸に抱いた思いは種々多様。
 だから、というわけでもないかもしれないが。かきわけて進むのはかなりの労力を必要とした。特にあまり体の強くないセレスティには大きな問題を投げかける。それまでの疲労も重なって、思うように前に進めない。
「セレスティ様、わたくしが先に――」
「いえ、大丈夫ですよ。気を遣わせてしまってすいません」
 どんな状況でもふわりと柔らかい微笑は絶やさずに。それでも負けん気の強さを前面へと押し出して。
 と、その時。
「あ、あのお嬢さんたちでしょうか!!」
 デルフェスが歓声を上げる。ナビゲーションマシンの銀の光点を追いかけ、道に迷う事無く進んだ先。そこには二人仲良くお喋りしながら、行き交う人々に呼び掛けを行っている少女達の姿。
「お薬、要りませんか? とってもお役にたちますよぅ」
「お花もあるんです。いかがですか?」
 小さな手篭を持った少女が二人。一人は金の髪で、一人は白の髪。
「貴女がルチルア様ですか?」
 逸早く彼女達の元まで辿り着いたデルフェスが、「お薬」と言っていた金の髪の少女に問いかける。
「はい! ルチルアちゃんです。お姉さん、ルチルアちゃんのお薬が必要ですかぁ?」
「ルチルアちゃん、ずるいんです。えーっと、お姉さん私のお花もどうでしょう?」
「アッシュちゃーん、お姉さんはルチルアちゃんのお客さんだよぅ」
「それじゃぁ、アッシュさんから私がお花を買いましょう」
 急ぐ彼らの様子などお構いなしの二人に、追いついたセレスティがすかさず状況打開の策を打つ。興味が二つに分かれた少女達は、それぞれのお客様に向って満面の笑顔を振りまく。
 しかし、そこへ更に。
「あ、蝶々さんです!」
 上がったのはアッシュの声。デルフェスに薬を渡しかけていたルチルアも、アッシュの声に手を止める。
「ごめんね、俺たちにもお薬売ってもらえるかな?」
 新たに現れたのは、当然シュラインと悠也。
 最初、酒場で別れて以来の再会に、四人の間に微妙な緊張感が走り抜けた。
「うわぁい、お客さんいっぱい増えてルチルアちゃん嬉しいです♪」
「あー、象さんのお姉さんも一緒です!!」
 既に収拾のつかなくなり始めた少女達を、一方はセレスティが、一方は面識のあるシュラインがアッシュの気を引き付けることで、なんとか買い物にこぎつける。
 残りは釣り銭を貰うだけだったはずのデルフェスは、先に悠也へ物を渡すこと優先しようとするルチルアに、「お釣りは要りませんから」と言ってはみたのだが、それに納得しなかったらしい金の髪の少女に腕を掴まれる始末。
 子供の相手は難しいから。
 そうどこかで笑うGKの姿が想像できて、一同の顔に苦い笑いが浮かぶ。
「はーい、ありがとうございましたぁ」
「ありがとうございました、なんです!」
 それぞれの目的の品が手に渡り、再び走り出そうとする四人。残る距離は全く同じ――ならば勝敗の行方は五分と五分。
 そう悠也以外の誰もが思った瞬間。
「シュラインさん、ちょっと我慢してくださいね」
「え? えっ!?」
 悠也の背中の翼が狭い空間に大きく広がった。彼はそのまま、シュラインを抱えてアーケードの天井すれすれを飛んで駆ける。
 地上の混雑の影響を全く受けない、そして通路という概念さえ無視して悠也の翼が勇者の泉に向って大きく羽ばたく。
「………これはやられましたね」
「翼というのは、こういう場合に有利ですわ」
 空を翔ける彼らを追い、人ごみを抜け出したセレスティとデルフェスが、既に遠くなってしまった悠也とシュラインの影にため息を零す。
 翼が高度を落す、おそらく勇者の泉に辿り着いたのだ。
「今回は残念ながら、とうことでしょうね」
「本当にあと少しでしたのに」
 その時、まるで全身を焼き尽くさんばかりの熱が、セレスティとデルフェスを襲った――熱源はナビゲーションマシン。

   ***   ***

 同刻、小規模な焦土が広がる大地にて。
「うわっ――これっ!」
「っち」
 久遠と流にも、セレスティとデルフェスの身に起こった事と同じ事が起きていた。


CLOSE『D_O_A』≪≪

「……さてさて……どうなる、かな」
 くつくつと、密やかに殺された笑い声が酒場の一角に静かに響く。
 少し広めのテーブルに、たった一人の少年。彼の手元には硝子の砂時計。上から下へ、止め処なく零れ落ちるのは電子の輝き。
 少年の指が、絶妙なバランスを保ったまま、それを前後に揺り動かす。
「もう、すぐ」
 物思いにふけるように伏せられていた瞼が、そろりと押し上げられる。焦点を成す、紫の瞳。口の端に浮かぶのは、罪の意識を抱かぬ残虐な微笑み。
「俺は、最初にちゃーんと言ったから。嘘はついてない」
 命懸けのゲームをしないか?
 それが誘い文句。
 決して『死ぬ』ことのない世界だからこそ味わえる、ぎりぎりの緊張感とスリル。
 死なないと分かっているから、その危険の中に身を投じることが出来る――否、誰も自分が死ぬなどときっと思ってなどいないから。
「そう、俺は嘘はつかない。まぁ、時と場合によるけど」
 自分の言葉を、即座に自分で訂正し。誰に聞かせるわけでもなく、少年は独り言を紡ぎ続ける。それは、ギャラリーのいない手品の種明かし。
 死なないのではない。
 死んでなお、蘇るのだ――この世界では。繰り返し繰り返し、何度でも。本人が飽きて止めてしまわぬ限り。
 砂時計を弄んでいた少年の指が、ついっと離れる。
 零れ落ちる電子の砂は残り僅か。
 ぎしりと椅子を軋ませ、もたれた背を僅かに捻った。少年の視線が向けられたのは、酒場の入り口。
 来る、もうすぐ。
 その刻が。
 賭けていたのは、文字通り『自分の命』。
 少年――GKの面に張り付いた笑みが、いっそう深くなる。
 ただ純粋に、ただ単純に。彼は楽しんでいるのだ、この現状を。勝敗が決する瞬間を。
「俺が参加しなかったってのは、正解だった、よな」
 一度くらい、死んでみるのも愉快かと思ってはいたけれど。やはり痛い思いをするのは、趣味じゃない。終焉を垣間見ることには、少しの興味が残るけれど。
 勝つことで、得られる物、失う物。
 負けることで、失う物、得られる物。
 果たしてどちらが大きいのだろう? 体の傷と心の傷、どちらが深いものになるのだろう?
 りーんっ
 甲高い鈴の音に似た音を立て、硝子の砂時計が内側から弾け飛んだ。それと同時に、酒場の扉が開き、陽光が店内へと差し込んでくる。
「ゲームセット」
 くつくつくつ、くすくすくす。
 誰にも聞こえない笑い声を残し、GKはその姿を虚空へ消した。
 残されたのは、テーブルの上に広がった蛍光色に輝く無数の粒子。それは木製のテーブルの上に、ゲームの結果を描き出していた。

 『勝者:普通っぽチーム』


「ちっくしょー……散々だったぜ」
 場所は兵装都市ジャンゴ、機骸市場の一画。
 両手をポケットにつっこみふてくされながら、有象無象にあふれる人間の波をかき分け進む少年の姿――言わずもがなの流だ。
 怒涛の快進撃に巻き込まれ、いざ声高らかに帰還しよう、そう残りの体力振り絞って走っていた最中。突如腕を襲った高熱。いや、それと認識する余裕さえ持てないまま、真っ白に染め上げられた視界と――己の『死』の瞬間。
 駄目だ。
 そう思ったのが最後の記憶。そうして気が付けば、いつの間にか再びこの場所にいた。まさしく『リセット』状態である。
「どーせなら、記憶自体も飛んでてくれりゃ良かったのに」
 あまり思い出したくない感覚に、背中がぞわりと短い震えを起こす。ゲームのプレイヤーは自分が『リセット』状態になったことを認識する事が出来る、それをわざわざ引き継いでいるというのか?
 考え方によっては便利だが、非常に悪趣味とも言えるだろう。勿論、ゲームを開発した者がこんな事態を想像していたはずはないが。
「あー……回復系もおぼえておくかなぁ」
「あ! ピンク色のウサギさん!!」
 げっそりとした呟きが、黄色い歓声にかき消される。
 聞き覚えのある声、ふりかえればそこには真っ白なワンピースに身を包んだ見覚えのある少女と、見知らぬ少女の姿。
「アッシュ! なんだ、こっち来てたのか!」
 某所にて出会った少女との偶然の再会に、それまでの鬱屈としていた気分が一気に吹き飛ぶ。勢い余って抱きしめたら、ふわりと鼻をくすぐるのは日向の匂い。
「え? こっちって何ですか? アッシュはずーっとここでお花売りをしてるんです。ね、ルチルアちゃん」
「そうだよー。アッシュちゃんはルチルアちゃんと一緒なんだよぅ♪ ところで、お兄さんはだぁれ?」
 ぽむぽむと流の背中を叩くアッシュ。間近で見つめた瞳の色は、一点の曇りのない紫。それに、アッシュが嘘を言っている様子はないと判断した流は、彼女がこの世界に『一般人』として取り込まれていることを知る。
「ルチルアちゃん、こっちは流さん。前ね、私に色んな遊びを教えてくれたお兄さんなんだよ」
「へぇー、アッシュちゃんの仲良しさんなんだねぇ。じゃ、ルチルアちゃんもちょっぴりオマケしてあげようかなぁ?」
 少女達の会話は普通に繋がっていた。アッシュはルチルアという少女と「一緒」と言いながら、流と雪の中で遊んだ記憶も平行して持ち合わせているらしい。
 なんとも奇妙な感覚だ――いや、これもまた誰かの『意図』なのだろうか?
 つきかけた溜息を、目の前の少女達を不安にさせたくなくて寸前で飲み込む。抱きしめていた腕を解けば、アッシュはルチルアと楽し気に手をとりあってくるりと回った。
「流ちゃんって言うんだぁ。何か薬草いる?」
「あ、アッシュのお花も綺麗なんです」
 この世界のからくりに対する複雑な想いと、少女たちを目の前にして癒される心地。その交差地点に立ちながら、流はふっと空を見上げた。
 茜色に染まり始めた空の端、それさえも現実世界をそのまま模倣していて。
「流さん?」
「流ちゃん〜?」
 二人の少女が揃って見上げる。
 その愛らしさに、流は堪らず破顔した。
「よっしゃ、まずはアッシュから花も貰おうかな。んでもってルチルアからは――」
 考えなくてはいけないことが少なくないようだが、取り敢えず今は癒される事を優先しよう。
 全く、本当に退屈しらずの世の中だ。
 心の中でそう呟きながら、流はルチルアの持つ籠の中を覗き込んだ。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名】
  ≫≫性別 / 年齢 / 職業
   ≫≫≫【関係者相関度 / 構成レベル】

【0086 / シュライン・エマ】
  ≫≫女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
   ≫≫≫【鉄太+1 緑子+2 アッシュ+2 GK+3 紫胤+2/ A】

【0164 / 斎・悠也 (いつき・ゆうや)】
  ≫≫男 / 21 / 大学生・バイトでホスト
   ≫≫≫【紫胤+1 鉄太+1 GK+1 / NON】

【1883 / セレスティ・カーニンガム】
  ≫≫男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い
   ≫≫≫【アッシュ+1 GK+1 / E】

【2181 / 鹿沼・デルフェス (かぬま・でるふぇす)】
  ≫≫女 / 463 / アンティークショップ・レンの店員
   ≫≫≫【緑子+1 / F】

【2648 / 相沢・久遠 (あいざわ・くおん)】
  ≫≫男 / 25 / フリーのモデル
   ≫≫≫【― / F】

【4780 / 柳月・流 (りゅうげつ・ながれ)】
  ≫≫男 / 136 / フリーター兼何でも屋
   ≫≫≫【鉄太+1 アッシュ+2 / F】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。ライターの観空ハツキです。
 この度は『D_O_A』にご参加下さいましてありがとうございました。そして……本当に毎度毎度の陳謝の言葉なので、今回は省略の方向で(待)。いえ、はい、ギリギリまでお待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。これも観空の習性と、諦めて頂けると幸いです(がくり)。

 というわけで、改めて『D_O_A』へのご参加ありがとうございました。タイトルはお気付きかと思いますが「DEAD OR ALIVE」の頭文字になっておりました。そのようなわけで……えーっと……はい。展開にご不満を抱かれましたら……すいません(汗)。最初からこういう事になる予定でした。
 そして、今回は『勝負』という形式を取らせて頂きましたので、能力値配分と行動の内容(戦闘方法・探索方法・その他諸々)から『判定』を行い、執筆をさせて頂きました。ですので場合により使用した魔法や技などが思った通りの効果を発揮していないケースもあります。ご了承頂けますようお願い申し上げます。

 柳月・流さま
 またまたのご参加、ありがとうございました。
 今回は「お任せ」とさせて頂きました点に関しましては……チームの相性もあり、なんだか物凄い勢いで暴走(?)させてしまい、申し訳ありませんでした。書いていた本人は非常に楽しかったのですが、PLさまがお持ちになっている印象と違ったのではないか、と今になって冷や汗だらだら状態でございます。
 さらには「小動物」連呼、本当に失礼致しました。あと美和との接触は、彼女が特殊環境下にあるため、今回は不可能となってしまいました、申し訳ありません。
 何はともあれ。少しでも楽しんで頂けた部分があることを、現在祈るばかりです。

 誤字脱字等には注意はしておりますが、お目汚しの部分残っておりましたら申し訳ございません。
 ご意見、ご要望などございましたらクリエーターズルームやテラコンからお気軽にお送り頂けますと幸いです。
 それでは今回は本当にありがとうございました。