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<白銀の姫・PCクエストノベル>


D_OR_A

≫≫OPEN『D_OR_A』

「命がけのゲーム、やってみない?」
 兵装都市ジャンゴ、勇者の泉。
 この世界の情報を集める為に、勇者達が訪れる酒場――ゲームの基本と言えば、基本行動第一歩目の場所。
 そこに現れた漆黒の衣装に身を包んだ少年が、ふらりとそんな話題を口に上らせた。
「あんた達も現実世界からやって来たなら分かるだろ。俺達はこの世界では死ぬことはない――いや、死んでも必ず蘇ることが出来る。それがココの仕組みだからね」
 乱暴に椅子を引き、音もなく腰を下ろす。店の奥に向って軽く手を上げると、給仕の少女が気泡を湛えた蛍光色のドリンクを持ってくる。
「現実では決して体験する事の出来ないスリルってのを味わうにはぴったりだし。あとはそうだな……ほら、この世界に慣れるのにも結構楽しいゲームだと思うけど」
 そういいながら、少年はコートのポケットから腕に装着するタイプらしい小型のハンディコンピュータを取り出し、テーブルの上に放り投げた。そして出されたドリンクを一気に煽る。
「ルールは簡単。まずは二人一組でパーティを組む。で、その二人で街から少しはなれた渓谷に住むトーチハウンドを一頭狩ってその尾を回収。そしてまた街に戻ってきて、機骸市場にいる薬草売りのルチルアを探し出して、回復薬を購入してまたここに戻ってくる」
 な、簡単だろ。
 微笑んだ少年は、放り投げたハンディコンピュータの一つを自分の腕に取り付け、電源をONにする。ぱっと10cm四方の超薄型ディスプレイに明りが灯った。
「こいつにはこの近辺の地図と、これを持つ勇者の居場所が示されるようになってる。つまり、他の連中が今どこにいるか分かるようになってるわけ。迷う心配もないし、便利だろ」
 淡い光、立体で浮かび上がる兵装都市ジャンゴを中心としたホログラフ地図。今は中心に青い光が数点浮かんでいた。
「その点が黄色くなったら重傷、赤くなったら死亡。目安にちょうどいいだろ――さ、興味のある奴がいたら、これを取ってくれ。ゲームの勝者にはこいつをプレゼントだ」
 モンスターのデータベースや、マッピング機能もついてるんだぜ、と自慢げに笑う少年。確かに、これからの冒険に所持していれば役立つ場面もあるかもしれない。
「さ、ゲームを始めようぜ。俺の名前はGK(ゲートキーパー)、たまには生死をかけてみるのもいいんじゃないか?」
 まずはトーチハウンド探しだよね、と笑い「だけど忘れんなよ、これは『命がけ』のゲームだってことを」と付け加え、GKと名乗った少年はにやりと唇を歪めた。


 最初の出会いは――アンリロッドのコピー、つまり『アリア』。
 アンティークショップ・レンで働くデルフェスが彼女と出会うのは偶然でもなんでもなく、必然の出来事だったと言えるだろう。
 しかし、ここからは全て偶然の連続だ。
 『外界』つまりはデルフェスにとっての現実世界。そしてアリア――アンリロッドにとっての現実=『白銀の姫』の世界。
 常識という観念から考えれば、激しく常軌を逸していることは確かだが、あのアンティークショップ・レンの『店員』を勤めるデルフェスにとって、この手の事はほぼ日常茶飯事にも等しく。
 だからこそ、未知への恐怖よりも興味が先にたった。
 まぁ、考えようによらなくても、彼女自身が『未知』の存在なのだから、こうなる事も必然であったのかもしれないが。
 異なる二つの世界の『壁』を超えてなお叶えたい望みがある。
 その真摯な気持ちに打たれ、彼女に協力しようと心に決め、デルフェスは異界へと渡る決心をし、件のURLを入力した。
「雰囲気としましては、どことなくわたくしの生まれた時代に似ておりますのね」
 きわどい紫のクロスラインボンテージ――もとい、ビスチェタイプの軽鎧を装備した女性が雑踏の中を颯爽と歩く。
 先ほどから、すれ違う男たちが目の色を変えて彼女に熱い視線を送っているのだが、彼女自身はそれに対し頓着する様子は皆無。
 中には意を決して声をかけようとする者もいるようなのだが、寸での所で踏み止まる。それは彼女自身の持つ優美な雰囲気と、それと相反する『武器』の存在。背に負われた具現化された炎の剣、フランベルジュ。まろやかな曲線を描くそれは、彼女――デルフェスが持つに相応しくありながら、どことなく異質な匂いを漂わせ、蜜に群がろうとする蟻を跳ね除ける効果を発揮していた。
「三下様だけでは確かに心許ないのも仕方ありませんわ」
 呟きが零れる。
 彼女は今、4柱の女神が一人、モリガンに仕える戦士としてこの世界で日々を過ごしていた。
 それは偶然。
 アリアの想いに共感してこの世界に渡ったはずのデルフェスだったが、そこで出会ったモリガンの美しさに魅了されてしまった。
 『美しさは罪である』
 なんて言葉、誰が言ったか定かではないが、やはり『美貌』というのは絶大な効果を発揮するらしい。現在のデルフェスの置かれた状態も、その確かさを物語っている。
 そのような必然と偶然の折り重なり合いの結果が、デルフェスの現在。
「まずは酒場で情報収集、というのがセオリーですわよね」
 モリガンの望みを叶えるべく、情報を集め始めたデルフェスがそこで何かと出会うのも、偶然か必然か。
 濃い緑の香りを乗せた風が、彼女の美しい漆黒の髪を揺らした。


Section1『接触』

「あら? 参加者は5人だったんじゃないの?」
 ふわり、と花弁を連想させる紅のコートのような衣装を翻し、シュライン・エマはテーブルの周囲に集った面々の顔をゆっくりと見渡した。
「言われてみれば……そうですね」
 一人は弟のように気兼ねのない付き合いをしている斎・悠也(いつき・ゆうや)。おそらくこの世界に来る時に変換されたのだろう漆黒の衣装が、とてもよく似合っていた。背中の翼も、彼の元の能力を考えるとそれとなく想像がつく。
「椅子が一つ足りませんね――あぁ、ありがとうございます」
 一団に気付いた定員が慌てて椅子を持って来たのに、麗しい笑顔を向けるのは友人のセレスティー・カーニンガム。相変わらずの美貌は外の世界にいる時と寸部として違えることなく。ただ彼の身を包んでいるのは普段の仕立ての良いスーツではなく、どこか民族衣装を連想させる服装。それが彼をどことなくいつもよりアクティヴに見せている。
 ここまでは、彼女にとってよく見知った顔ぶれである。
 そして更に視線を巡らせれば。
「以前、お会いしたことはありますわよね。宜しくお願い致します」
 たおやかな日本女性の楚々とした雰囲気とは裏腹な、過激なビスチェタイプの軽鎧。そしてその背には赤いフランベルジュ。
 まさにゲームの世界そのまま、といった容貌の鹿沼・デルフェス(かぬま・―)は礼儀正しく一礼すると、真意を読み取る事の出来ない笑みを浮かべたままのGK(ゲートキーパー)の隣に優雅に腰を下ろした。
「そういや、僕も会ったことあるんだよな」
 その隣には相沢・久遠(あいざわ・くおん)。草間興信所に出入りしていなくとも、少しでもファッションなどに興味を持ってさえいれば、雑誌やTVで一度くらいは彼の事を見た事があるに違いない。
 この世界に来たから何かが変化した、というわけではないらしいいつも通りのラフな恰好が、彼のセンスの良さを逆に強調する。
 そして、最後の一人。
「あー! 象さんの人!」
 周囲にも聞こえる声でそう呼ばれ、思わずシュラインの肩ががくりと崩れ落ちた。
「確か……柳月・流(りゅうげつ・ながれ)くんだったかしら」
「そうそう。気楽に『流』って呼んでな」
「象さん?」
 悠也のいぶかしむ雰囲気を含んだ疑問を片手で制し、シュラインは気を取り直して目の前の小柄な少年に明るい笑顔を返す。彼とは先日、とある人物の家で出会ったばかりだ。
 彼もまた、久遠と同じくこの世界に舞い降りた事による外見上の変化はない。身の内に孕んだ風のような印象も、そのまま此方へ引き継がれている。
「で、どうする気かしら?」
 再び視線をスタート地点に戻すシュライン。そこには悪びれた様子など全く見せず、ゆったりと椅子に腰掛けた状態のGKの姿。このメンバーの中では名実共に最年少になるはずなのだが、一番態度が大きく見えるのは気のせいではないだろう。
「やー、作りかけのゲームの世界って怖いよなぁ。思わぬバグってやつ?」
 ケタケタと声を上げて笑う姿は、年相応の少年にしか見えない。事実、シュライン以外、彼の誘いの言葉に不審を抱いた者はいなかった。
「ま、いいんじゃん? 俺が参加するとちょっとばかしチームの力量に差が出過ぎちまうかもしれないしな♪」
 本当は、ただ単純に彼の気紛れなのだが。
 それを「ゲームのバグ」とかワケの分からない理由をつけて、自分の所業を棚に上げる。シュライン以外の面々も、その様子だけはそれとなく読み取ったらしい。流にいたっては「行き当たりばったりなやつー」と声を上げて笑い出す始末。
 しかしそれでもGKは動じた様子をチラとも見せず、「勝者が最初から決まっちまうのは面白くねぇしな」と唇の端を釣り上げ笑った。
 シュラインは一度目撃した事があるのだが――あまり良い思い出ではないので、記憶の引き出しの中に仕舞っておきたいのだが――GKには『空間を自由に渡る』能力がある。その力がこの地にまで引き継がれていたら、実際反則どころの騒ぎではない。ゲーム開始の前に一筆書かせておく必要があるだろう。勿論、それに本当に従うかどうかは甚だ怪しいところなのだが。
「って、はいはい。余計な話はこの辺でお終い。さ、さっそくチーム分けに入ろうか。誰か自分はコイツと組みたいって希望のあるヤツはいる?」
 ポケットの中から爪先サイズの立方体を取り出し、テーブルの上に転がす。それは何、と誰かが問う前に、パァっと明るいA4サイズ大の光の用紙がテーブルの上10cm付近に浮かび上がった。
「俺はシュラインさんと組ませてもらいたいです」
「そうね、私も悠也くんと一緒がいいわ」
 軽い挙手に続き、二人の宣言。他は『誰』という希望はないらしく、互いの顔を見合わせる。
「了解。じゃ4人でチームわけね」
 『4人』
 そうGKが言葉を発した瞬間、ホログラフの用紙に4本の縦線と、その間を不規則に走る無数の横線が現れた。縦線の終着地点にはそれぞれ「●」と「■」の記号がそれぞれ2つ。どうやらそれが組み合わせを決定するマークのようだ。
「すっげー! これ面白いじゃん」
「………無駄にハイテクなアミダマシンだな」
 冷静な久遠の呟きと、流の歓喜の声。対照的な二人の反応に、デルフェスとセレスティは揃って喉の奥でクスリと笑う。
「さぁさ4人様、自分がこれだって思う線を選んで」
 GKが空中に出現したアミダ籤を指差す。真っ先に反応した流が「俺はここ」と左から2番目の線に触れると、その線自体がポウっと淡く発光し、アミダのスタート地点に彼の名前が自動で浮かび上がった。
「本当に……なんでもありだな、こりゃ」
「でも、こういうのも面白いと思いますわ、わたくし」
 流に倣い、次々と線に触れる久遠とデルフェス。最後に残ったセレスティは「日本には残り物に福があるという諺がありましたね」と微笑みながら、残された一本にそろりと指を這わせた。
 4地点に全てにそれぞれの名前が記される。
 流れ出す、光のライン。
 セレスティの線は水色に、デルフェスの線は紅に、久遠の線は白に、流の線は緑に。帰結する答えは――
「あら……宜しくお願いしますわね」
「此方こそ。美しい女性とご一緒できて私も嬉しいですよ」
 『●』に当ったのはセレスティとデルフェス。先ほどから同じペースで周囲を見守っていた二人は、すぐに意気投合で軽く互いの手を取った。
 そして残りは当然。
「……足、ひっぱんなよ」
「それは僕の台詞だ」
 僅かに走る緊張感。互いの勘が、何かを読み取ったのかもしれない――獣の性を。無論、穏やかに握手が交わされることはないが、案外とテンション自体は方向性は違えど似通っているようにも見える。
 そして、この結果に腹を抱えて笑い出す人物が一人。
「うわー! おもしれぇっ!! なんでこうも綺麗に分かれるかなっ!! まさに運命ってヤツ? そういうこと? いやー、俺参加しなくて良かったわ!!」
 アミダ籤生成マシンを再びポケットに戻しながら、笑い転げてテーブルを容赦なく叩く。
「何がそんなの可笑しいのですか?」
 それまで無言で事態を見守っていた悠也が、ちらりとGKの表情を覗き込む。どこか似た印象を他人に与える二人の金と紫の視線が、中空でカチリと絡み合う。
「アンタにも、わかんじゃねぇ? ま、いいか。ってことで勝手にチーム名を決定するぞ。シュラインと悠也のチームが『普通っぽチーム』。流と久遠が『動物さんチーム』。セレスティとデルフェスが『人外魔境チーム』。センス悪いとかそういう苦情は受付ねぇから――よし、準備完了!」
 ばらりと配られた6つのナビゲーションマシン。それらには既に勝手な命名によるチーム名がインプットされていた。
 チーム名の由来をなんとなく察した悠也は、小さく苦笑いしながらもそれを受け取る。まさに名は体を――いや、彼らの本質を表わす、と言った所とだろう。
「それじゃ、ゲーム開始! 最初にココに戻ってきたチームを勝者とするからな」
 GKが腕を振り上げた瞬間、各人の手へと渡ったナビゲーションマシンが、まるで意志を持ったかのように彼らの腕へと装着された。
 その感触は、どこか人肌の温もりを湛えている。
「忘れるなよ、このゲームが『命懸け』だってことを!」

 賽は投げられた。後は結果を待つのみ、だ。


Section2『深淵』

「で、どうするのかしら?」
 『人外魔境チーム』――そう命名されたセレスティとデルフェスは、ゲーム開始から十数分経過した現在も、未だ最初の勇者の泉の中にいた。
 異なるのは、二人が対している人物。
「私は『占い師』なんて知らないわ。でも……そうね、貴方達が『彼女』の居場所に相当する何かを私に提供してくれるのであれば、話は別かもしれないけれど」
 先ほどまでいた大きなテーブルとは違い、一人座るのがやっとのこじんまりしたテーブル。しかも場所はひどく奥まった部分に、ひっそりと。
 この世界にやって来て、4柱の女神が一人モリガンの為に活動をしていたデルフェスには、耳にしていたことがあった。
 この兵装都市の中に、何もかもを見通してしまうという奇跡の占い師の噂を。そして『彼女』の居場所を知る数少ない人物の一人がここ、勇者の泉に『情報屋』の看板をかかげて姿を見せる事を。
 セレスティと行動を共にしているデルフェスが、一番最初に相談を持ちかけたのは、この占い師を探そうということだった。
 二人の力だけで狩るべきトーチハウンドを探すのも悪くはなかったが、どうせなら『自分達の力で確実に倒せる』『一頭』を占ってもらおう、と考えたからだ。
 近隣のマップが格納されているナビゲーションマシンを所持しているからといって、それにはトーチハウンドの居場所が表示されるわけではない。当然、渓谷までへの移動だって時間が掛かる。そして万一、自分達の手に負えない事態に遭遇してしまっては得られるかもしれない『勝利』という言葉を、自ら縁遠いものにしてしまいかねない。
 ならば――この都市の中で安全に情報を入手してから動く方が吉。
「確かに、急がば回れという諺もありますからね」
 刻々と移動する残り2チームの光点を見つめながら、セレスティはデルフェスの提案に暫し考えた後、そう答を返した。
 普段は優しげな色を湛えている水の瞳が、そのとき強い光を帯びていた事を、デルフェスは気付いていない――負けず嫌いなのだ、セレスティも。
 自分の能力と、パートナーとなったデルフェスの能力。彼女の力量加減は外見による判断――勿論、それでも常人の判断力とは雲泥の差がある――だが、彼ら『人外魔境チーム』は決定的な攻撃力に欠けている事が推測された。
 腹部の前で軽く重ねた自分の両手。軽いリズムを刻みながら右の人差し指で、左の甲を弾きながら到達した結論が、デルフェスの意見への賛同。
「さぁ、私もあまり時間はないわ。さっさと決めて頂戴。当然、提供するものがあれば、だけれど」
 両者の意向が水面下で合致し、二人は『緑子』と名乗る情報屋の前に立った。勿論、彼女が『占い師』へと繋がる扉を知っていることは、先ほど占い師を『彼女』と形容した事から、想像ではなく真実である事が明白。
 本当に知らないのであれば、『彼』なのか『彼女』なのか、分かるはずがない。
 狭いスペースに蠢く3人の思惑。座ることなく立ち尽くしたままの2人の『勇者』を見上げ、情報屋の女は意味深な笑みを面に刻みつけ挑戦的に問い掛ける。
「対価、というわけですか……しかし、私達はここに来て日もそんなに経っていませんし」
「何もないのかしら? なら私も探し出すことは出来ないわね」
 口元に手を運び、考え込む姿勢のセレスティ。少し首を傾げるたびに、流れるように踊る銀糸の髪を悠然と眺めながら、緑子はくつりと笑う。
 彼女の目に映っているのは、自分から情報を引き出すことなどできはしない勇者――のはずだった。
「これでは如何でしょう? 正真正銘のミスリルです。此方でも希少なものだと思いますが」
 不意に差し出された極めて細い金属の束。ちょうど人間の髪を一束軽く握って、10cmほど切った程度の。
 パラパラと軽やかな音をたてテーブルの上に広がったそれを見て、緑子の目が大きく見開かれる。セレスティも、隣に立つたおやかな女性然としたデルフェスを、驚きの瞳で見つめた。
 簡単なナイフ程度なら作れてしまいそうな量のそれらは、間違いなく本物のミスリル。当然、この世界でも――いや、この世界だからこそより価値が跳ね上がる金属。
「……これ、どこから?」
 軽装のデルフェスが、こんなものを所持していた様子はなかった。魔法を使われた気配もなかったのに、と穏やかな笑みを崩さぬ女性の全身を一瞥して、緑子は得心行ったように一度瞼を落す。
 デルフェスから失われていたのは、長く美しい漆黒の髪の一房。本体から切り離されたそれは、元の性質へと一瞬で姿を変えた――彼女の本性が過去の高度な技術の結晶である事の証。
「良いわ。これなら、対価として認められるわ」
 緑子が立ち上がる。
 ――どうやら、占い師の下まで案内してくれる。そういうこと、らしい。

   ***   ***

「……望みは、何でしょう?」
 暗い室内、唯一の光源は小さな燭台に立てられた、桜色の蝋燭が一本。風もないのにゆらゆらと揺れるそれは、ドーム型をしているらしい室内に、不可思議な影を刻んでいた。
「トーチハウンドの居場所を知りたいのです。わたくしと、彼で安全に倒すことの出来る」
 案内されたのは、兵装都市のちょうど中心部。現代社会に映しかえるなら、巨大な教育機関のような場所の地下深く。
「……それだけ、で良い、と?」
 どうやら実質『導き役』を勤めているらしい緑子に連れられ、セレスティとデルフェスは見えぬはずのエレベーターに乗り込み、この場を訪れた。
 その緑子も今は隣の部屋に控え、ここには3人のみ――のはずだが、何かざわめく複数の気配が、チリチリとセレスティの感覚を刺激する。
 水の気配ではないが、それに限りなく似たそれらが、この室内には満ちていた。そしておそらくそれこそが、目の前の小柄な少女の『占い師』としての才覚に繋がっているのだろう。
 デルフェスと『占い師』のやり取りを少し距離を置いて見守りながら、セレスティは冷たい無機質な壁に静かに背中を預けた。
 別段、無理をしているつもりはないが、休める時に休んでおかねばトーチハウンドと見える前に、体力が底をついてしまいかねない。
「えぇ、それだけで。別段わたくし達は多くを望んでいるわけではありませんから」
 何かを含んだ様子もないデルフェスの表情に、占い師が小さく首を傾げる。どうやらこれまで彼女が占ってきたものと、毛色を異にしているらしい――そう感じ取り、デルフェスは更に言葉を募らせた。
「何に価値があるのか、それは人それぞれですわ。今のわたくし達が求める情報は、それだけで良いのです。でも、わたくし達にとってはとてもとても重要なことなんです」
 折角参加したゲーム。やはり勝ちたいと思うのが人の心。
 些細な事かもしれないが、参加した者にとってはそれこそが唯一無二の真理。そしておそらく、このゲーム世界へと『勇者』として訪れた殆どの者が、必ず通る道でもあるだろう。
「……分かり、ました――」
 無表情のままの少女が、デルフェスの手を静かに取る。触れ合う繊細な指先と指先。
「お二方に安全に倒すことの出来る、トーチハウンドの位置――は」
 肌すれすれの表層を、するりと撫でられるような感覚がデルフェスの腕を襲う。ぞわりと泡立つ背筋に、デルフェスは仄かな艶を含ませ眉根を微かに寄せた。
「……お二人の道は、既に成されました――後は……」
 くるり、と占い師の少女が身を翻す。
 ふと見れば、デルフェスの腕のナビゲーションマシンに新たな光点が二つ芽生えていた。
「……二つ?」
 デルフェスの疑問符に、セレスティも自分の腕のマシンに視線を移す。確かにそこには黒い光点が都市から少し離れた所に一つと、白銀の光点が都市内に一つ。
「これは?」
「――いずれ、同じ延長線で」
 返された応えは、要領を得ず。しかし、再び問う前に、占い師の姿は虚空の闇へと消えていた。
 残されたのは、先ほどから全く長さを変えない蝋燭の灯火だけ。
「黒い点の方が、トーチハウンドと思って良いのですよね?」
「恐らくそうでしょう。では早速」
 今日、幾度目かになる顔見合わせ。2人は互いに頷きを返しあう。
 他のチームの光点は、既に渓谷へと向けてかなりの距離を進んでいるようだ。
「でも――確かにここに来て正解だったようですね」
 もたれかけさせていた背をすっきりと正し、そう一人ごちたのはセレスティ。
 黒い光点は、他のチームが向っている方向とは真逆であり――そして当初の目的だったはずの渓谷からは、遥かに街に近い場所だった。


Section3『連携』

 空はどこまでも青く、野を渡る風は花の香りにあふれ心地よい。
 時折耳を擽るのは小鳥の囀り。
「なんともほのぼのしておりますわね」
「本当にそうですね。街の外に出たら即モンスターと遭遇、なんてことも考えていたので少々驚きです」
 これでお弁当でも携えていたら、まさにピクニック状態である。未知の世界をのんびり探索というのも楽しいが、この展開はセレスティにとってもデルフェスにとっても、予想外であった。
 あまりの緊張感のなさに、睡魔さえ忍び寄って来そうな勢いだ。
「これも占い師さんのおかげ、なのでしょうか?」
「おそらくそうなのでしょう。確かに『安全』であることに間違いはないようです」
 まるでエンカウント発生防止の魔法でもかけられているような感覚に、デルフェスは小さく首を傾げ、セレスティはくすくすと笑いを漏らす。対価として緑子に渡ったミスリルは、相当の効果をあげているらしい。
 緩やかな勾配の丘を越え、丸太の橋が架けられた小川を渡る。現代社会においてはTVの映像でしかお目にかかれないような澄んだ水に、小さな魚が銀の鱗を煌かせながら泳ぐ。
 どこまでも美しい光景に、セレスティは目を細める。どことなく懐かしささえ感じる風景――けれど、それらがどう足掻こうと『造り物』であることは、感覚的に分かってしまえた。
「セレスティ様? どうかなさいましたか?」
 視線を遠く馳せるセレスティを、デルフェスがやや不安そうな面持ちで見上げる。赤い瞳には相手を気遣う優しい色。人の手により産み出された彼女には、間違いなく命の色がある。
 この世界には、それが酷く希薄で――ここが全てロジックで構成されているという事は頭で理解しながらも、触れられる『現実』に一抹の寂しさを感じてしまう。
 美しければ美しいほど。
 命は自らの力で輝いてこそ。己の意志で笑って泣いて――
「セレスティ様、そろそろですわよ」
 ふっと現実世界の『彼女』に思いを馳せていたセレスティの袖を、デルフェスが遠慮がちに軽く引く。
 長い眠りから目覚めたばかりのデルフェスだが、人の手によって創り出されながら確固たる自己を持つ彼女には、なぜだかセレスティの気持ちが感じ取れた。
 命の源に最も近いセレスティ、その対極にいるデルフェス。交差するのは反対側の視点からの心。
「あぁ、失礼しました。そうですね、本当にそろそろのようですが――肝心のトーチハウンドは?」
 2人で一度足を止め、ナビゲーションマシンで付近の様子を確認する。
 『人外魔境チーム』の現在地を示す光点と、トーチハウンドの位置を示す黒点との距離はほとんどない。
 トーチハウンドの攻撃範囲は広い。迂闊に近付いては先制攻撃を喰らう事になる。正直、それはありがたくない。
 だが、変わらず世界は安寧の色。
「おかしい――ですわね?」
 デルフェスが予断なく周囲に注意を払う。
 唐突に襲い来る無音。互いの呼吸さえ、大きく響くような。
 そして次の瞬間。
 近くにあった納屋のような建物から、獣の咆哮が上がった。


「わたくしが出ます!」
 一呼吸置く間さえなく、デルフェスが背中のフランベルジュを鞘から抜き払いながら走り出す。
 波を描く刃が陽光に閃き輝く。
 狙うは重い鎖に動きを『封じられ』つつも建物を吹き飛ばしたトーチハウンド。製作段階における失敗か、左半身が必要以上に醜く融け出している。そのグロテスクな容貌に、デルフェスは一気に間合いを詰めながら眉を潜めた。
「――哀れな」
 口をついて零れたのは悲哀の言葉。
 おそらくこのトーチハウンドは『使い物にならない』と判断され、この場所に封じられていたのだろう。ひょっとすると『眠って』いたのかもしれない。それが自分達の接近により、モンスターとしての本能を揺り動かしたのだとしたら。
「ゲームではこういうイベントもあるようですよ。迷ってはいけません」
 出来損ないの外見とは裏腹に、放たれる熱光線の威力は事前に入手していたデータに遜色ない。
 僅かに躊躇いを見せるデルフェスの剣の切っ先に、充分に間合いをとったままのセレスティが叫んだ。
 鎖による戒めは四肢を拘束するのみ。自由に動く首はありとあらゆる方向へ、脅威の熱光線を射掛ける。
 直線状に放たれる白い破壊の光。それに身を灼かれれば、ただでは済まされないことは一目瞭然。
「どうせなら、終わらせて差し上げましょう。戒められ自由のない獣の命を」
 思うままに身体を動かせない敵に対して攻撃を仕掛けるのは、良識のある者ならば誰でも躊躇いを覚える。
「そう――ですわね」
 与えられた滅す理由に、デルフェスの敏捷性が上がった。もともと速度を重視した仕様だった彼女に、羽のような軽やかさが加わる。
「囮はわたくしが。その隙に何か魔法を!」
 刹那、切り付ける。
 分厚い脂肪は、デルフェスのフランベルジュに傷を受ける様子は全くない。しかし『攻撃を与えられた』という感覚に、トーチハウンドが首をもたげて新た烈光を放つ。
 しかし、それはデルフェスの髪にさえ掠らず、遠い空へと吸収された。
 一息に距離を詰め、一撃を加えると同時に、即座に離脱する。
 その後、角度を変えて再び攻めに転じ、また距離を保つ。
 まるで羽虫に纏わりつれるような苛立ちを誘う、華麗なヒットアンドアウェイ。威力に乏しいゆえダメージには繋がらなくとも、トーチハウンドの意識はデルフェスにのみ集中されていく。
「さて、どうしたものですかね」
 デルフェスの見事な動きを、やや離れた所で眺めながら、セレスティは小さく溜息を零した。
「私は攻撃魔法、というのはあまり得意な方ではないのですけれどね」
 言いながらも、その顔に刻まれるのは余裕の微笑。例え事態が彼らに圧倒的に不利な状況であろうと、セレスティは今と同じような態度を崩す事はなかっただろう。
 逃げる、などとはもっての他――負ける事は好きではない。
 デルフェスを目掛けているはずが、結果的に周囲の自然を灼くことになっている熱光線。例え造られたものであろうと、美しいものが損なわれていくのは忍びなく、水の結界を広範囲に展開する。
 外界から遮断された熱は、白い蒸気の煙となって空へ昇った。
「外側からの攻撃は無駄――となると、内側から、ですよね」
 デルフェスがトーチハウンドの気を引き付けてくれていることに感謝しながら、少し長めの詠唱に入る。
 狙うのはただ一つ。
「デルフェスさん離れて!――水よ、踊りなさい」
 それが発動の合図。
 セレスティの言葉に、トーチハウンドとの間を余計に取ったデルフェスの目の前で、その大きな巨体が心臓の辺りを中心に砂のように崩れていく。
「良かった。此方の『水』もちゃんと従ってくれるのですね」
 生物の身体は、そのほとんどが水で構成されている。言い換えれば、その水を制御できれば、相手の命運は掌中にあるということ。
 認識する間さえなく、体内の水分を蒸発させられたトーチハウンドは、微かな断末魔を上げて徐々に姿を消していく。
 残されるのは、無機物で構成された重火器と骨格。
「あぶないですわっ!」
 その大半が消失したトーチハウンドの尾に、慌ててデルフェスが駆け寄り一刀の元に切断する。
 本体から切り離されたそれは、寸でのところで消え逝く定めから救い出された。
「証拠がなくなってしまっては大変ですもの」
「あぁ、少しばかり失念していました」
 大事そうにそれを抱え戻ってきたデルフェスを、セレスティは明るく笑って「お疲れ様」と出迎える。
 腕のナビゲーションマシンからは既に黒点は消えていた。
 残っているのは自分たちを示す光点と、街近くまで戻っている別のチームを表わす光点と、街の中にある銀の光点。残りのもう1チームは、どうやら画面に収まりきらない距離にいるらしい。
「……これ、ひょっとしたらルチルア様という方の居場所を示しているのではないでしょうか?」
 恐らくそうだろう。
 そう思っていたセレスティも、デルフェスの推理に力強い頷きを返す。
 体力はまだまだ充分、街までは走って戻れそうであった。


Section4『到達』

「おい、アンタもっと速く走れねぇのかよ!」
「五月蝿い、速度は同じだろうがっ」
 一陣の風が荒地を駆け抜ける。真っ直ぐ、兵装都市ジャンゴへ向けて。
「あーっ、もう1チームは帰り着いてるじゃないかっ!」
「もう一方ももうすぐだな」
 久遠と流は、それぞれの腕にあるナビゲーションマシンに視線を落とし、叫びに近い声を上げる。しかし足が止まる様子は微塵もない。
 彼らの街までの距離は、トーチハウンド狩りで目的地としていた渓谷から三分の一ほど街に近い程度の場所。他のチームからすればまだまだ遠い距離に思えるが、彼ら二人にしてみれば、これでかなり移動したことになる。
「これはもう間に合わないんだろうな……」
「いや、僕は最後まで諦めない!」
「つかアンタが大暴走するのが悪いんだろっ! 諦めるとか諦めないとかそれ以前の問題だろっ!」
「口を動かす前に足を動かす! 人間、諦めたらそこまでだって言葉知ってるか?」
「諦めちゃいねぇけど、俺ら人間と違うし――って、あー、もー! 他のチームが方向音痴でルチルアってのを探し出せないのを祈るぜ!!」
 半ば自棄を起こしながら四本足で疾走する鼬のような獣の姿の流、その横には耳と尻尾が生えた妖狐姿の久遠。
 通常の『人間』としての肉体の所持者であれば、決して出しえぬスピードで爆走を続ける二人。まさに『獣さんチーム』と称されるに相応しい状況だ。時折すれ違う別の勇者たちが「何事か?」と目を丸くするのも仕方ないだろう。
「僕が見た限り、残りの四人は迷子になってウロウロするようなタイプには思えないが」
「って、アンター! それじゃ俺らの勝利は有り得ないっつーことだろーがっ! 冷静に分析してんじゃねぇよ!!」
 流の悲痛な叫びは虚しく、久遠の読みは非常に的確であった。

   ***   ***

「マズイですね。もう一チームもそろそろ街の中に入って来るようです」
 悠也がナビゲーションマシンにチラリと目をやり、そう一人呟く。彼の隣ではシュラインが無言のまま立ち尽くしている。
「……薬売り……ルチルア………」
 まるで彫像か何かになってしまったようにピクリとも動かないシュライン。けれど無駄に足踏みをしているわけではない。彼女は『音』を拾っているのだ。
 機骸市場の中に響く声――その中から、薬売りらしき少女の声や、その彼女の名を呼ぶ声を。闇雲に探してすれ違っている余裕はない、ならば事前に居場所に当りをつける方が断然早いに決まっている。勿論、それが出来る力を持っているから、だが。
「……いたわ」
 アーケードの入り口で、じっと立つだけだったシュラインが表情を動かす。
 雑踏の中から漏れ聞こえた誰かの声、それが確かに『ルチルア』と名を呼んだ。どこかで聞き覚えのある声が。
「アーケードを結構進んで、一本小道に入ったような所……だと思うわ」
「分かった」
 シュラインの言葉を受け、悠也の手から幾羽かの蝶が放たれた。ひらりひらりと優雅に舞いながら、混雑する人波の中へ消えていくのは悠也の手足同然の存在。
「誘導を、そして違える事無く彼女を見つけろ」
 蝶の後を追い、悠也とシュラインも咽返る様な人で溢れる機骸市場の中へと姿を消した。


「既にかなり接近しているチームがありますね。急ぎましょう」
「えぇ、そうですわね」
 そして一方、セレスティとデルフェスはシュライン達とは反対側のアーケード入り口に差し掛かっていた。
 彼らの腕に装着されたナビゲーションマシンには、ゲーム参加者を示す光点以外にもう一つ銀の光点があった。それは占い師の少女により与えられた情報。
「あちらのチームがこういう風に移動している、ということは」
「えぇ、間違いなくルチルア様の居場所を示しているのですわね」
 言葉での答えは与えられなかった、銀の光点の示すものの正体。それが自分達の推測に間違いないことを、他のチームの動きで強く確信し、セレスティ達も人波の中へと身を投じた。
 雑多な店舗が思い思いの様式で構え、ありとあらゆる物の売買が行われる機骸市場。それだけに、ここを訪れる人々の姿形や胸に抱いた思いは種々多様。
 だから、というわけでもないかもしれないが。かきわけて進むのはかなりの労力を必要とした。特にあまり体の強くないセレスティには大きな問題を投げかける。それまでの疲労も重なって、思うように前に進めない。
「セレスティ様、わたくしが先に――」
「いえ、大丈夫ですよ。気を遣わせてしまってすいません」
 どんな状況でもふわりと柔らかい微笑は絶やさずに。それでも負けん気の強さを前面へと押し出して。
 と、その時。
「あ、あのお嬢さんたちでしょうか!!」
 デルフェスが歓声を上げる。ナビゲーションマシンの銀の光点を追いかけ、道に迷う事無く進んだ先。そこには二人仲良くお喋りしながら、行き交う人々に呼び掛けを行っている少女達の姿。
「お薬、要りませんか? とってもお役にたちますよぅ」
「お花もあるんです。いかがですか?」
 小さな手篭を持った少女が二人。一人は金の髪で、一人は白の髪。
「貴女がルチルア様ですか?」
 逸早く彼女達の元まで辿り着いたデルフェスが、「お薬」と言っていた金の髪の少女に問いかける。
「はい! ルチルアちゃんです。お姉さん、ルチルアちゃんのお薬が必要ですかぁ?」
「ルチルアちゃん、ずるいんです。えーっと、お姉さん私のお花もどうでしょう?」
「アッシュちゃーん、お姉さんはルチルアちゃんのお客さんだよぅ」
「それじゃぁ、アッシュさんから私がお花を買いましょう」
 急ぐ彼らの様子などお構いなしの二人に、追いついたセレスティがすかさず状況打開の策を打つ。興味が二つに分かれた少女達は、それぞれのお客様に向って満面の笑顔を振りまく。
 しかし、そこへ更に。
「あ、蝶々さんです!」
 上がったのはアッシュの声。デルフェスに薬を渡しかけていたルチルアも、アッシュの声に手を止める。
「ごめんね、俺たちにもお薬売ってもらえるかな?」
 新たに現れたのは、当然シュラインと悠也。
 最初、酒場で別れて以来の再会に、四人の間に微妙な緊張感が走り抜けた。
「うわぁい、お客さんいっぱい増えてルチルアちゃん嬉しいです♪」
「あー、象さんのお姉さんも一緒です!!」
 既に収拾のつかなくなり始めた少女達を、一方はセレスティが、一方は面識のあるシュラインがアッシュの気を引き付けることで、なんとか買い物にこぎつける。
 残りは釣り銭を貰うだけだったはずのデルフェスは、先に悠也へ物を渡すこと優先しようとするルチルアに、「お釣りは要りませんから」と言ってはみたのだが、それに納得しなかったらしい金の髪の少女に腕を掴まれる始末。
 子供の相手は難しいから。
 そうどこかで笑うGKの姿が想像できて、一同の顔に苦い笑いが浮かぶ。
「はーい、ありがとうございましたぁ」
「ありがとうございました、なんです!」
 それぞれの目的の品が手に渡り、再び走り出そうとする四人。残る距離は全く同じ――ならば勝敗の行方は五分と五分。
 そう悠也以外の誰もが思った瞬間。
「シュラインさん、ちょっと我慢してくださいね」
「え? えっ!?」
 悠也の背中の翼が狭い空間に大きく広がった。彼はそのまま、シュラインを抱えてアーケードの天井すれすれを飛んで駆ける。
 地上の混雑の影響を全く受けない、そして通路という概念さえ無視して悠也の翼が勇者の泉に向って大きく羽ばたく。
「………これはやられましたね」
「翼というのは、こういう場合に有利ですわ」
 空を翔ける彼らを追い、人ごみを抜け出したセレスティとデルフェスが、既に遠くなってしまった悠也とシュラインの影にため息を零す。
 翼が高度を落す、おそらく勇者の泉に辿り着いたのだ。
「今回は残念ながら、とうことでしょうね」
「本当にあと少しでしたのに」
 その時、まるで全身を焼き尽くさんばかりの熱が、セレスティとデルフェスを襲った――熱源はナビゲーションマシン。

   ***   ***

 同刻、小規模な焦土が広がる大地にて。
「うわっ――これっ!」
「っち」
 久遠と流にも、セレスティとデルフェスの身に起こった事と同じ事が起きていた。


CLOSE『D_O_A』≪≪

「……さてさて……どうなる、かな」
 くつくつと、密やかに殺された笑い声が酒場の一角に静かに響く。
 少し広めのテーブルに、たった一人の少年。彼の手元には硝子の砂時計。上から下へ、止め処なく零れ落ちるのは電子の輝き。
 少年の指が、絶妙なバランスを保ったまま、それを前後に揺り動かす。
「もう、すぐ」
 物思いにふけるように伏せられていた瞼が、そろりと押し上げられる。焦点を成す、紫の瞳。口の端に浮かぶのは、罪の意識を抱かぬ残虐な微笑み。
「俺は、最初にちゃーんと言ったから。嘘はついてない」
 命懸けのゲームをしないか?
 それが誘い文句。
 決して『死ぬ』ことのない世界だからこそ味わえる、ぎりぎりの緊張感とスリル。
 死なないと分かっているから、その危険の中に身を投じることが出来る――否、誰も自分が死ぬなどときっと思ってなどいないから。
「そう、俺は嘘はつかない。まぁ、時と場合によるけど」
 自分の言葉を、即座に自分で訂正し。誰に聞かせるわけでもなく、少年は独り言を紡ぎ続ける。それは、ギャラリーのいない手品の種明かし。
 死なないのではない。
 死んでなお、蘇るのだ――この世界では。繰り返し繰り返し、何度でも。本人が飽きて止めてしまわぬ限り。
 砂時計を弄んでいた少年の指が、ついっと離れる。
 零れ落ちる電子の砂は残り僅か。
 ぎしりと椅子を軋ませ、もたれた背を僅かに捻った。少年の視線が向けられたのは、酒場の入り口。
 来る、もうすぐ。
 その刻が。
 賭けていたのは、文字通り『自分の命』。
 少年――GKの面に張り付いた笑みが、いっそう深くなる。
 ただ純粋に、ただ単純に。彼は楽しんでいるのだ、この現状を。勝敗が決する瞬間を。
「俺が参加しなかったってのは、正解だった、よな」
 一度くらい、死んでみるのも愉快かと思ってはいたけれど。やはり痛い思いをするのは、趣味じゃない。終焉を垣間見ることには、少しの興味が残るけれど。
 勝つことで、得られる物、失う物。
 負けることで、失う物、得られる物。
 果たしてどちらが大きいのだろう? 体の傷と心の傷、どちらが深いものになるのだろう?
 りーんっ
 甲高い鈴の音に似た音を立て、硝子の砂時計が内側から弾け飛んだ。それと同時に、酒場の扉が開き、陽光が店内へと差し込んでくる。
「ゲームセット」
 くつくつくつ、くすくすくす。
 誰にも聞こえない笑い声を残し、GKはその姿を虚空へ消した。
 残されたのは、テーブルの上に広がった蛍光色に輝く無数の粒子。それは木製のテーブルの上に、ゲームの結果を描き出していた。

 『勝者:普通っぽチーム』


「惜しかったわね」
 最期の記憶、それは街中で自分の意識が弾け飛ぶ瞬間。
 これまでの永い生の中、一度足りとて味わったことのないその感触は、決して心地よいものではなかった。
 何がどうなって自分が『破壊』されたのか、デルフェスの記憶にはない。気が付いた時には、何事もなかったかのように立ち尽くす自分がいた。
 自分は長い白昼夢でも見ていたのだろうか?
 頭をもたげた疑問に、答えを見出したくなり、そして彼女が向かったのは今日のスタートポイント『勇者の泉』。
 扉を軋ませ中に足を踏み入れた瞬間、デルフェスを待っていたかのように壁際に立っていた女性が声をかけてきた。
「緑子さん」
 見覚えのある顔、また相手も『鹿沼・デルフェス』を認識しているらしく、軽い会釈と同時に歩み寄ってくる。
「占いは、外れなかったでしょ?」
 悪戯っぽく笑いながら、デルフェスの腕を取る緑子。そのまま彼女の了承を待つことなく、事前に予約していたらしいテーブルへと導いた。
 椅子に座ると同時に、タイミングよく運ばれてきたのは琥珀色の液体。
「ノンアルコールだから気にしないで。今日はお疲れ様ってところよ」
 華奢な足の長いグラスは、デルフェスが指を伸ばしただけで、その振動を中の液体へと伝える。小さな液面に、不可思議な波紋がゆるりと広がった。
「……これは『現実』なのですわね」
 グラスに唇を寄せ、ことさらゆっくりと最初の一口を含む。ふわりと広がるのは品の良い甘さと、心地よい冷たさ。
 『生きていること』を実感させるその感覚が、改めてさきほどまでの出来事を『実際に起こった』ことであることをデルフェスに深く実感させていた。
「占いは確かに当たっておりました。けれど残念ながら勝負には負けてしまいましたわ」
 優雅な仕草で細い指を顎に当て、デルフェスはほんの少しの苦さを含んだ笑みを浮かべる。せっかくだから勝ちたかった、その想いは今も変わりはない――結果は既に出てしまったけれど。
 そこまで考えて、不意に思い当たる。
「ひょっとして、あの占い師さまにはわたくし達の勝負の結果も見えてらっしゃいましたのかしら?」
 グラスをテーブルの上に戻し、デルフェスは軽く頬杖をつく。癖のない髪が、さらりと木目の上に紋を描き上げる。
「見えてなかったと思うわよ。貴女がそれを望んでいなかったから。稀代の占い師といえど、誰にも望まれないものは見ることができない――そういうものよ、占いなんて」
 緑子の慰めを滲ませない真直ぐな言葉に、デルフェスは知らず入っていた肩の力を抜く。
 望まぬものは、見ることができない。望まなければ、何も始まらないのと同じで。望むことから、全ては始まるのだ。
 デルフェスが、アリアの気持ちに同感しこの世界に舞い降りたのと同様に。
「ところで、その占い師から預かり物」
 唐突に、乾いた音が響く。
 それが緑子がポケットから取り出した薄絹に包まれた何かによって、齎されたものだと気付く。どうやら、デルフェスに対する贈り物らしい、と気付くのはさらにそれから暫し。
「開けて、宜しいのでしょうか?」
「私の手を離れた瞬間、それはもう貴女のものだから。だから貴女のご自由に」
 テーブルの上で両手をクロスさせ、意味ありげに笑う緑の瞳。それに促されるように、そっと引き寄せる。
 馴染む感触。まるで自分の片割れのような。
「まぁ」
「刃は潰してあるから武器としては使えないわ。それ以外の使い道は、自分で確かめてみて」
 それはシンプルなデザインのミスリルナイフだった。恐らく元はデルフェスの髪だったであろうもの。
「それでは対価は――?」
「応えうる人は、それだけで価値があるのよ。じゃ、機会があったらまた会いましょう」
 にこりと笑い、緑子が席を立つ。
 座ったままそれを見送り、デルフェスはミスリルナイフの柄の部分に埋め込まれた、まるで瞳のような金の宝玉を撫でた。
 勝負に負けはしたけれど、悪くはない一日を過ごした気がする。
 そんな想いで胸を満たしながら。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名】
  ≫≫性別 / 年齢 / 職業
   ≫≫≫【関係者相関度 / 構成レベル】

【0086 / シュライン・エマ】
  ≫≫女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
   ≫≫≫【鉄太+1 緑子+2 アッシュ+2 GK+3 紫胤+2/ A】

【0164 / 斎・悠也 (いつき・ゆうや)】
  ≫≫男 / 21 / 大学生・バイトでホスト
   ≫≫≫【紫胤+1 鉄太+1 GK+1 / NON】

【1883 / セレスティ・カーニンガム】
  ≫≫男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い
   ≫≫≫【アッシュ+1 GK+1 / E】

【2181 / 鹿沼・デルフェス (かぬま・でるふぇす)】
  ≫≫女 / 463 / アンティークショップ・レンの店員
   ≫≫≫【緑子+1 / F】

【2648 / 相沢・久遠 (あいざわ・くおん)】
  ≫≫男 / 25 / フリーのモデル
   ≫≫≫【― / F】

【4780 / 柳月・流 (りゅうげつ・ながれ)】
  ≫≫男 / 136 / フリーター兼何でも屋
   ≫≫≫【鉄太+1 アッシュ+2 / F】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。ライターの観空ハツキです。
 この度は『D_O_A』にご参加下さいましてありがとうございました。そして……本当に毎度毎度の陳謝の言葉なので、今回は省略の方向で(待)。いえ、はい、ギリギリまでお待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。これも観空の習性と、諦めて頂けると幸いです(がくり)。

 というわけで、改めて『D_O_A』へのご参加ありがとうございました。タイトルはお気付きかと思いますが「DEAD OR ALIVE」の頭文字になっておりました。そのようなわけで……えーっと……はい。展開にご不満を抱かれましたら……すいません(汗)。最初からこういう事になる予定でした。
 そして、今回は『勝負』という形式を取らせて頂きましたので、能力値配分と行動の内容(戦闘方法・探索方法・その他諸々)から『判定』を行い、執筆をさせて頂きました。ですので場合により使用した魔法や技などが思った通りの効果を発揮していないケースもあります。ご了承頂けますようお願い申し上げます。

 鹿沼・デルフェス様
 初めまして。この度はご参加ありがとうございました。
 デルフェスさんのコンバート全身図、執筆期間後半に拝見致しました。既に書き進んでいた為、作中では発注文にご指定頂きました内容で書かせて頂きましたが、デザイン等の美しさに惚れまくり、反映できない自分に涙をのんでおりました。
 また異界情報からの各NPCへの接触、ありがとうございました。あと一歩及ばず、という結果になってしまいましたが、私としてはとても嬉しかったです。
 今回『真実の瞳』というアイテムがお手元に渡っておりますが、これは『白銀の姫』限定のアイテムとなります。予めご了承下さい。

 誤字脱字等には注意はしておりますが、お目汚しの部分残っておりましたら申し訳ございません。
 ご意見、ご要望などございましたらクリエーターズルームやテラコンからお気軽にお送り頂けますと幸いです。
 それでは今回は本当にありがとうございました。