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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


門番との接触

 IO2本部。
「状況が変わった、調査の途中でも良いから今まで解った事だけでも報告してくれ」
 虚無の境界が動いたからだろう、他にも不安要素は探せば幾らでも出てくる時期である。
 中途半端な報告はあまり好きではないが仕方ない。
「聞かれる心配は?」
 内容にいくらかの機密にしておきたい事がある。少なくとも通路でしていい話では無い筈だ。
「平気だ、聞けないように混線させとくからな、一カ所にいるより移動しながらの方がやりやすいんだ」
 狩人の言葉に納得してから話を続ける。
 この組織でディテクターとして動いていた仕事の一つに、異界の状況とその所在地の調査を依頼が有った。
「現在確認した異界は規模も活動中や休止中問わずにすべて含めて327程度」
「確実に増えてるな……で、何か気付いた事は?」
 調査だけなら本部とてやっている、それをわざわざディテクターに頼んだのには理由があったと言う事だ。
「気付いた事?」
「なんでもいい、なんかあるだろ?」
「……感に過ぎないかも知れないが……異界の根底にある物は願望や、欲求、本能その物だ」
 異界とは何かを問われればまだ解らない事が多すぎる。
 発生方法、法則性。
 日々増えて行っているデータを後からまとめる事は出来ても、事前に予測する事は難しい。
「そう、まさにそれだ。欲の具現化だからこそ、異界の発生は止める事も出来ず、広がる事を阻止できない」
「……?」
「逆に言えば、欲や願いを予想する事なら可能だと思う筈だ」
「待て、何を言っているのかよく……」
 会話が勝手に飛んで進むのは、親子そっくりだ。
「悪い、簡単に言えば……条件さえ揃えば、異界は人の手で作れるものだと考えている」
「確かに高峯温泉も条件や制約は付いていたが……冗談じゃない」
 望む異界を作るために要した犠牲あまりにも大きい。
「そうだ、だが今の不安定な時期なら違う。最低でも必要なのは、強い力と不安定な場所と核だ。場が安定していた昔よりはずっと作りやすくなってる」
「簡単に言うな」
 眉を潜め、タバコの煙を吐き出したディテクターに一言。
「じゃあ、予測を固めるために調査に行って貰おうか、これが最近見つかった異界の一つだ。ここにいって、出来るなら核を持って帰ってきてくれ」
 ふと、厄介な仕事になりそうな予感が……確信に変わる。
 渡されたノートパソコンのメールに表示された内容を見れば、誰だって同じ反応をした筈だ。

【異界名:まがった男の家
 所在地:元ジャック・ホーナーの研究所。
 外観は和風家屋。
 内部は一歩踏み込めば迷路のようになっており、目的を持って移動する事は非常に困難である。
 次の部屋に進むには入ってきた扉を閉めなければならない。
 入ってきた扉を開けても同じ場所に出るとは限らない。
 玄関以外から外へ出る事は不可能。
 壁を破壊しても、何処に通じているか不明なのは同じ】

 そして、以下に続く。

【聞いてない!!!
 どうしてここに来るように言ったか至急説明を請う。
 以上、質問が有ればどうぞ。】

 書いた人間はそれぞれ別だろう。
 解りやすい感情と遠回しな嫌味、それを咎めない冷静さを装った文章だ。
 それぞれに怒りの感情が込められているのは明らかである。
「これ………」
「りょうとナハトと夜倉木だな」
「何してここまで怒らせたんだ?」
「……詳しい説明無しで行かせたからな、あの中だと偶に好き嫌い問わずに記憶に残ってる場所がでるってよ」
 この反応だとどうやらハズレだったみたいだなと平然と呟く狩人に、帰ってきたら喧嘩になるだろう光景は容易く浮かんだ。
「まあそれはいいとして。俺が急ぐ理由は虚無の境界が動いたからだけじゃない、向こうに触媒能力者が居たからだ」
「なるほど、な」
 狩人は触媒能力絡みになると必要以上の神経質さを見せる。
「まあ、虚無の境界はこっちで抑えとくから、向こうは頼む」
「……解った」
 とにかく、向かえに行く事が先決だ。

■守崎啓斗

 ディテクター経由で今回の件の連絡を受け、急ぎ向かおうとした啓斗は携帯を閉じながら北斗に声をかける。
 ただでさえ迷いそうな場所であるのなら、人手が多いほうがいいのは直ぐに浮かぶ事だったし、直感めいた行動でもあったのだと気付いたのは後になってからだった。
「北斗、北斗!」
「どうしたんだ、兄貴?」
 戸を開き顔を覗かせた北斗が問いかける。
「ああ、そこにいたのか。今依頼が入ったから久々に一緒に行くかと思って?」
「依頼? めずらしいじゃん」
「人手が多いほうが良さそうだし、変わった状態だったから俺より北斗向きだと思って」
「へえ、どんな?」
 詳しく話を聞き、北斗がなる程なと頷く。
「救出に行くのか」
「正確には異界の核を持ち帰るのも目的だそうだ」
「へぇー」
 何か言いたげな北斗の様子に啓斗が眉を寄せる。
「言いたい事があるなら言ったらどうだ?」
「べーつに? 俺は何も不服はねぇよ、二人で言ったら依頼料二倍だしな」
 ニッと笑う様子は何時も通りの北斗そのままだった。
 多少引っかかりが有るような無いような曖昧な反応だったが、今は横に置いておく事にする。
 こういった受け答えをし始めてしまえば、聞き出すには時間がかかりすぎる、依頼を前に時間を惜しい状況でそれは控えるべきだ。
「まあいいか」
 溜息を一つ。
 上手くいったと笑う北斗が思いついたように啓斗に尋ねた。
「そう言えば何で俺向きだって思ったんだ?」
「……? ああ、俺だと考えが固いらしいから、北斗の方が一瞬のひらめきで行動してるからむいてると思ったし」
 大真面目に答える啓斗に、北斗は半眼で一言。
「それ、褒められてる……のか?」
 取りようによっては褒めているのか何というか……何とも微妙な線である。



 ■IO2

 用意されていた会議室に集まり説明を受ける。
 念のため、狩人からの頼みで妨害をかけているほかに部屋にも結界をしっかりと張ってあった。
「長期戦も考えて色々と支度しておいた方が良さそうですね」
 ここに来る前に支度はしてきたが、一人が持てる量は限られている。流石に短時間で人数分を用意するには至らなかった汐耶が話を持ちかけたのだ。
「わかった、それは出る前までに用意しておく」
 どこかに連絡をしてから改めて話を始める。
「今回は移動しないでだからな、不自然にならないように出来るか?」
「可能です」
 悠也が頷き、壁に札を貼り付けていく。
「もし聞かれていても話しているようにしておきました」
 ちょっとした式神の応用だ。
 誰かが聞いていても、ここに集まったメンバーの声で会話しているように聞こえるように調整してある。
 もちろん内容はこれから話す事とはまったく別の内容だ。
「助かる。さてと……」
 集まったのはディテクター経由で呼ばれたのがシュラインと啓斗と北斗、狩人経由で呼ばれた羽澄と裕也と汐耶。
 計8人がこの場にいる事になる。
 適当に用意した椅子にそれぞれが腰掛けるのを待ってから、狩人が全員を見渡し説明を始めた。
「まあ大筋はザッと説明した通りだが、これからするのはあいつらにした説明。そして質問があった事だ」
 りょう達にした説明は場所と中の状況、そして核を持ち帰ってくると言う説明。
「本当に手短ね」
 ずさんとも取られかねない穴だらけの説明に、不思議に思ったシュラインが首を傾げる。
「向こう行って調べたら解るだろ。そんなに物理的に危険はない場所だしな。何事も練習だ」
「練習って……」
「だから怒ったのか」
「まあ何処の家庭でもある事だな」
 当然のように言ってのけた言葉に、どんな家庭なのかと啓斗と北斗が沈黙する。
 それに物理的に……と言う下りは微妙に気になる所だ。
「りょう達が怒ってた理由ってそれね?」
「そう、あの中だと何かを『見る』事があるんだ」
「ここに来る前に尋ねたんですが、りょうさんが見てしまう確率を下げたかったそうですよ」
 見るかも知れないと言われていれば、何かを見てしまうのは道理のようなもの。
 心理的な効果を考えての事だったのだろうが……。
「結果は薄かったようですね」
 結局見てしまっている分、知らないまま何かを見るより多少心構えがあった方が……良いか悪いかは見る物次第だ。
「で、次は……異界だな」
 異界が人の手で作れるか否かである。
「私は可能だと思うわ」
 羽澄の言葉に狩人ははっきりと頷く。
「ここだけの話な、理論上では作る方法がない訳じゃないんだ」
「異界を?」
 想像していた段階から、ある程度どうにか出来る明確な方法が進んでいたという事だろうか?
「言うなれば遺伝子操作って所だな」
 科学の力で細胞に手を加え、生まれてくる物や成長の結果を変化させるのだ。
「異界の核に力を送り込んで、どうにかして操作して、誕生する異界を好きなように作り替える」
 効果は異界の中だけの物と考えれば下地として望むのは広い土地である。
 これから行く異界のように迷路のような土地と設定すれば話は別だが、何か別の目的やらがあった場合幾つも設定するのは力の消費が大きくなると考えても不自然ではない。
「幾つもやりたい事を詰め込んだら、かえって何も出来なくなる可能性が高いですから」
「そうね、それこそ破綻しかねないでしょうし」
 汐耶とシュラインの結う通りだ。
 これは異界に関する事だけではなくすべてに共通する、現段階で試作段階な事を突然完璧にこなせる訳がない。
「……それに、人の欲や願いを利用なんてさせる訳に行かないわ」
「もちろん、それは俺も同じだからな」
 頷き返され、再度尋ねる。
「核を取りに行く理由って何?」
 ストレートな羽澄の問に、狩人がニッと笑う。
「ここからは一番上に隠しときたい事だ。黙っててくれよ」
 頷いたのを確認してから後を続ける。
「上には虚無の境界が同じ事を考え、異界を作った対策だと言ってある。だが……俺が探しているのは核を壊さずに異界をデリートする方法だ」
「上も、異界を利用しようとするだろうから」
 補足のようにディテクターが告げた言葉は、まさに懸念していた事だった。
 事件の裏で組織が何かやっている事は薄々感じていたが……。
「……大丈夫なのか?」
「こんな所でもないと困るからな、それは俺が何とかしとくから安心して核を持ち帰ってくれ」
 ふと何かに気付いたように北斗か尋ねる。
「持ち帰る? 連れて帰れじゃないんだな?」
 些細な言い回しに意外そうに目を見開く。
「………まあ、それは行ったら解るだろうさ、実際に見て確かめてくれ、困った事があっても何とかなるだろうし」
 苦笑しながら送り出され、ディテクターの運転で一同は異界へ向かう事になった。



 ■同時刻・異界内

 幾つかの部屋を回った頃の事だった。
「あら」
 どちらがともなく声を発する。
 和風の縁側のように開けた場所で、のんびりとしていた智恵美と、扉の一つを開いたばかりの魅月姫がばったりと出くわしたのだ。
「こんにちは、ここの方ですか?」
 イヤホンを外し、片づけながら智恵美が尋ねて微笑みかける。
「いいえ、通りかかっただけです」
「奇遇ですね、私もです」
 迷路のような屋敷の中で動じもせずにこの会話なのだから、ただ迷い込んだだけではないと言うことは明白だ。
 最も、相手を見て隠す必要はないとまで考えての事である。
 暖かい日差しと心地よい温度。
 細かく言えばシスターと吸血鬼の始祖である二人は、厄介な事になりかねない筈なのに何処かのんびりとしていた。
「お急ぎでなければ隣に如何ですか?」
「何かの縁ですからね」
 微笑みながらの智恵美の誘いに、戸を閉めそばに行くと紅茶とケーキのセットに気付く。
「ご一緒にいかがですか?」
「……いただきます」
 ティーセットを間に起き縁側に腰掛ける魅月姫。
「持ってこられたんですか?」
「いいえ、ここにあったんです」
「そうだったんですか、では戴きます」
 縁側で楽しむ洋風のティータイムは、何とも不思議な光景だった。
「変わった所ですね、ここ」
「そうですね、どれぐらい迷ってたんですか?」
「まだ一時間ぐらいでしょうか。ここに来る一つ前の部屋にティーセットが置いてあって、ご自由にと言うことでしたので、休憩しようと思いまして」
 御伽噺のアリスを思い浮かべはしたが、大丈夫だと『解った』のだ。
 何かあるかもと思わせて置いて何もない。
 それもまた曲がっているの内にはいるのだろう。
 紅茶を啜りつつ魅月姫が空を見上げる。
 このまま垣根から外に出てしまえそうだが、それでも別の部屋に行くだけで同じ事なのだ。
「いい天気ですね」
「そうですね」
 気配の元を探そうにも、その中心の気配ががこの家の気配と混じり合ってしまっているのだ。
 この家その物が主の気配といっても良い。
 それに、焦る必要もない。
 答えが見つからないまま動かずとも構わないだろう。
 動き回るのも、休憩するのも同じ事だ。
 何らかの切っ掛けを見つけるか、何か進展してから動いても遅くはない。
「それにしても困りました」
「……?」
「どうすれば出られるのでしょう?」
「そうですね」
 頬を抑えながら言う智恵美も魅月姫も、あまり困ったようには思えなかった。
 これから誰かが来る事だろう事と、中に既にいる事は知っているのだ死、その気になれば何と出るのだから。
 今はのんびりとしていればいいのだ。
「他にどんな部屋があるんでしょうか」
 コトとティーカップを受け皿に置いた魅月姫にのんびりとした答えが返される。
「そうですね。私も誰か居ないか探しているので、ご一緒しましょうか」
 そうして二人はしばらくの間、行動を共にする事になった。



 ■曲がった男の家

 最初に見えた玄関から以外にも入り口や変わった所はないかと、家の外から見て回り始める。
 結果最初に見えた玄関に、裏口。
 そして幾つか見える窓。
 家を前にして、一つにまとまって動かずとも良いという結論にいたり、別行動を取るに至った訳である。
 啓斗と北斗の二人は家の前を周り、手頃な窓から中へとはいる事にした。
 流石に窓からくるとは思っていなかったのだろうか、鍵はかかっていた物の北斗があっさりとそれを開く。
「……これ」
「………」
 中を覗き、確かにここは異界なのだと思い知らされる。
 家の外観等からは構造上有り得ない様な広さの部屋……はっきり言ってしまえばまるでどこかの食堂のような場所に繋がっていたのだから。
「とにかく入ろうぜ」
「そうだな」
 ここにいても何かが解決する訳ではない。
 先に中へと足を踏み入れた北斗に続き、啓斗も中へと足を踏み入れる。
「確認な。兄貴、窓開けといて」
 窓を開けたまま他の扉へ向かい扉を開けようと試すが……確かに動く気配すら見えなかった。
「本当に締めるしかなさそうだな」
「まあ仕方ねぇか」
「じゃあ締めるぞ」
 先に進むには、来た道を閉じなければならい。
 その法則に従い、啓斗は入ってきた窓を締めしっかりと鍵をかけた。

 ここは家。
 曲がった男が住んでいる。
 ねじれて曲がって、色んな物を引っかき回して、ひねくれ続けて出来た家。

 中から連絡を取ってきたと言うことは、ここからでも連絡は出来るのだろう。
「俺が調べるから、連絡頼む」
「解った」
 携帯を受け取り、連絡を取る。
 返事はすぐに帰ってきた。
『啓斗? どうか……』
「悪かったな、俺で」
 誰かを向こうも気付いたのだろうが、何事もなかったように言葉を返される。
『なにか変わった事でも?』
「入ったばっかりだ」
 視線を啓斗の方へ向けるとちょうど何かを調べる事に集中しているようだった。
 軽く頭をかいてから、北斗も何事もなかったように会話を続ける。
「今最初の部屋で兄貴が調べてる」
『現在は何処に?』
「食堂みたいだ……あ、そっか通りで」
 何か手がかりにないかと周りを見渡すがそう上手く地名が書いてある訳でもない。
 同時に違和感にも気付く。
 人が居て当然の場所に、誰もいない事は違和感としか感じられなかったのだ。
『何か?』
「誰もいないからおかしいと思って」
『ここは異界だからでしょう』
「なるほど……」
 双六で言えば何もないコマだろうかとそんな事を考える。
『それと通った部屋には印を残してますから』
「解った、それも伝えとく」
「ん、何か解ったのか?」
 呟いたのが聞こえた啓斗が壁ぎわから手を離し振り返った。
「ああ、人が居ない理由とかそんな所」
「理由?」
「色々繋がってるように見えても、異界だから人が居ないんだろって」
「ああ、なるほど」
 詳しく説明できるほどの会話はまだ交わしていない。
「………」
 そもそも微妙に会話しづらい相手なのだ。
「北斗?」
『どうかしたんですか?』
 このまま代わってしまおうかとも思ったが、それもなにかおかしい気がする。
 どうしてこんな何とも言えない状況にならなければならないのだろうか、かといって直ぐに切るのも気が引ける。
 微妙な状況の中ポツリと呟いた。
「なんか伝言とかあるか?」
 一瞬の沈黙の後、答えはほぼ同じタイミングでかえされる。
「別に?」
『そっちがなければ』
 ひねくれ者と言う言葉を必死で飲み込む。
『それでは、よろしくお願いします』
 切れた電話を啓斗にかえしながら、北斗は小さく呟いた。
「そんな事、言われなくても解ってる」



 幾つかの部屋を通りながら、ここに来る前に聞いた説明を頭の中で反芻する。
 ここは、何かを見る場所だと言う事。
 言われた説明は正しいのだろう。
 見ると言われてしまったら、確かに何かを見てしまうような気がする。
 否、きっと……見てしまう。
 忘れた事なんて無かった。
 あの時の光景は何時だって啓斗を捉え続けているのだから。
 どうしようもなく気分を重くさせるのは、隣に北斗がいるという事。
 一緒に見てしまう事になる。
 その時……どうなってしまうのだろうか。
 進むたびに口数が減っていき、それに反比例するように北斗が色々と話し掛けてくる。
 ほっとする同時に、酷く辛い気分にさせられた。
「……次の部屋だ」
 開いた扉から、風に乗って桜の花びらが流れ込んでくる。
「―――っ!」
 こうなる事は、解っていたのだ。
 見たくないと、思い続けていた光景なのだから。
 桜のあやかしとの戦い。
 父の死の瞬間。
 魂すらも消え果てる、その瞬間を。
「やっ、やめ……」
 これは、啓斗だけの記憶だったのだ。
 一人で背負っていかなければならない筈の記憶であるのだと解っているのに、目の前の光景は傷をかきむしられているような痛みと苦痛を与える。
「見たくないっ! 見せるなっ!!」
 絞り出すような声で叫ぶのに、目を閉じる事も手で隠す事も出来なかった。
「こんな………っ」
 足下から崩れ落ちそうになる体を支えられ、腕で目の前の光景から守るように覆い隠される。
「………北斗?」
 なんと言われるのだろうか、同じくこの光景を見ただろう北斗はどう思ったのだろう。
「兄貴」
「―――っ!」
 ぞっとするような事ばかりが頭をかけ巡り、ほんの一言名前を呼ばれるだけですらビクリと体を跳ねさせた。
 目の前にある袖に触れるか迷い宙をかく手がどこかへとたどり着くよりも先に、ゆっくりとした口調で北斗の声が耳へと届く。
「兄貴はもう十分に見た」
「……え?」
「これは、俺が見る為に用意された光景だ」
「………北斗が?」
 僅かに視線を横にそらし北斗をの方を見留と、真っ直ぐに目の前で起こっている光景を微動だもせずに見つめている。
「俺も何時か知らなきゃならねぇ事だったんだから、心配ねーよ」
「それでも……っ」
「兄弟だろ」
 ポンと頭に触れる手に、ほんの少しだけ軽くなった気がした。
「ああ……そうだな、北斗」
 静かに目を閉じる。
 目を閉じても触れる手は確かにあるのだと解る。
 今は、これで大丈夫。
 ちゃんと、立っていられる。
「これは……これは、過去だ」
 今はもう干渉できる事ではないのだ。
 真実よりも残酷な、変えようのない事実。
「お前まで見る事無かったのに」
「腹くくる時が俺にもきたって事だ」
「……ああ」
 ゆっくりと腕が降ろされる。
 目の前にある景色は、何もないさら地へと変化していた。
「今までみてーには出来ねぇかもだよな」
「そう……かもな」
「難儀な事だよな、本当に」
「そうだな……」
 静かに苦笑し扉を閉めた。


 いつくかの部屋を周り、そこで先ほど電話で聞いていた印を見つける事があった。
「通った部屋みたいだな」
「……それにしては筆跡が違う気も」
 少なくとも二つは残されているのだ。
 はたと気づく。
「解った、他に通った誰かも残してるんだ」
「なるほど」
「………」
 そうしておけば良かったと思ったのは、今さらの事だった。
 何しろ次の部屋を空けた時に、その必要が無くなってしまったのである。
「あ……」
「ここって」
 中にいるメンバーとばっちり目が合う。
 何故ここに留まるかの理由は、部屋を見ればそれだけで納得が出来てしまった。
 この部屋が草間興信所そのままなのである。
 集まるのに、これ以上適した部屋はここ以外にないと言えた。



 ■曲り道

 興信所そっくりのこの部屋は、居心地の良さはある物のずっと居る訳には行かないのは当然の事。
 だが集まって状況整理をするにはちょうどいい場所だと言えた。
 調査をするためにここに来たメンバーと、ここにいたという人もいるのだから。
 調査で来たのはシュラインに汐耶にディテクター、羽澄に悠也に悠と也、啓斗に北斗の9人。
 一足に来ていたのがりょうとナハトと夜倉木の3人。
 迷い込んだと言っているの魅月姫と智恵美の二人。
 ひとまずこの家にいるのは、どこかで見ている誰か以外はこれで全員だ。
「どこからまとめるか?」
 これだけの人数だ、何があったかをきっちり話をするのは後でいい。
「今必要な事というと……核、だな」
 何処にあるか、もしくはどうやって見つけるかだ。
「核……中心でしたらここの部屋がそうと言う事になりますね」
「この部屋外界の中心なんです、核は傍にあるのは解るんですが、中にいる状態ですからこれと特定が出来ない状態なんです」
 力の存在を特定しようとした魅月姫を悠也が補足し説明する。
「結局は何かしら答えを見つけるかしかないってことね」
 これまでの部屋で解決出来る糸口を見つける事が出来ていればいいのだが。
「ゲーム要素が高いですから、何かしら切っ掛けはあると思います」
「入ってから解った事でいいと思うわ」
 異界の中心に合う方法と、見つけたヒント。
 それから何か法則性が関係しているのではないかと、起きた事を簡単にまとめる。
 シュラインと汐耶とディテクターが解ったのはこの異界が名前からマザーグースに関係しているのではないかと言う事。
 それを踏まえて調べたら、一致していたようでコインを手に入れたのだ。
 ゲーム的要素が強いのは、かつてこの地で一部の命を落としたジャック・ホーナーが関わっているのではないかという可能性を踏まえて考えると上手くはまる気がする。
「この異界の核がジャック・ホーナ?」
「それは、どうだろう」
 死んだ事は変えようのない事実だ。
「ゲームのように残されたものだとも考えられますが、そうすると気配の説明が付かなくなりますね」
「私も本人ではないと思うわ」
 羽澄曰く、この異界は意志が確かにあると感じたというのだ。
 生きていたのなら、もっと状況が悪い事になっていたはず。
「そーだよな、こっちに反応してるみたいな気はしたし」
「記憶を読んだっていのうのか?」
 ムッとした表情の啓斗も北斗も何かを見たらしい。
 異界によってはただ反射的に反応をかえす事も出来るのかも知れないが、ここはそれとも何か違う気がする。
「例えば、ですが……感じた感情を動力源にしているのではないでしょうか?」
「栄養ってことか……」
 悠也の説明を、当たっているのかどうなのかよく解らない解釈で一纏めにして呻くりょう。
 当たらずとも遠からずなのかも知れないが、色々と見せられた方にはどう言葉を返していいか解らないのだ。
 この中で何かを見たのは先に来ていたりょう、夜倉木、ナハト。
 そして羽澄に悠也に啓斗に北斗。
 半数が見たと言うことになるが、これはこの家の構造と同じく気まぐれなのだろう。
「後は……」
 他に何か意見を求めた所で羽澄が軽く手を上げる。
「感情や意志に左右されるなら、そっちの方から何か出来ない?」
「呼ぶとか?」
「それも手だと思うけど、意志の力でどうにか出来るならそれも関係してると思うの」
 何かをつかみかけたらしく、あっとシュラインが小さく声を上げた。
「それはあるわね、この家がひねくれてるのは確かだしね」
「例えば……そうですね、待ってるからこないとか」
 汐耶の事気に軽く沈黙が落ちる。
 もしそうなのだとすれば、探していてはずっと見つからない事になってしまう。
「探すのをやめるのですか?」
「そうするとここから出られなくなるのでは?」
 それも困った事である。
 既にこの家に入ってから数時間。
 ここから外に出ればまた何処か違う部屋にでてしまうし、興信所に似ているからと言ってもずっと居たい場所ではない。
「2度目は出て来てくれないみたいですね」
「残念ながらね」
 既に似たような手を試した汐耶とシュラインが小さく溜息を付く。
 何か、別の手を考えないとならないようだ。
 中には実力行使できないこともないメンバーがいたが、出来る事なら平穏にすませたい。
 何しろこの異界は多少何かしら見せられた物の、悪意を持って接している訳ではないのだから。
 あくまでもそれは最後の手段にしておくべきだ。
「………」
 他に何かと考え、ふと思いついたように智恵美がりょうに尋ねる。
「先ほどから思っていたのですが、その目はどうなさったのですか?」
「………?」
 目の回りにくっきりと残るアザ。
 気付いていない訳ではない。
 ただ本人があまりにも気にしていなかった為に、他の事が優先されていただけの事である。
「ああ、コレな、俺も見たからな色々。で、そん時に夜倉木に裏拳を」
「止めてやったんだ」
「……そのわりには、かなりすごい音がしたが」
「なっ、そうだよな、なんか絶対憎しみこもってるって! お陰でコンタクトもなくなったし」
 口げんかは普段の事だから置いておく。
「直した方が良いんじゃない?」
「大丈夫だって」
 羽澄の言葉にニカッと笑い手を振る。
 青紫色に変色しきっているアザの何処が大丈夫なのかはさっぱり解らなかった。
「いたそうですー☆」
「くっきりついてますよー♪」
 心配そうな悠と也の言葉に、何故か驚いたように目を見開く。
 不思議な反応に怪訝そうに眉を寄せる啓斗。
「痛くないのか?」
「……? いてーけど……え?」
 この反応ではそれほど痛くはないのかも知れない。
「……もしかして」
 思いついたようにシュラインが手鏡を取り出しりょうに見せる。
「うわーーー、なにこれ!?」
 鏡を覗き込み声を上げた。
「ああ、なるほど」
「解ってなかったのか」
 鈍すぎる反応に汐耶と北斗が溜息を付く、怪我という物は自覚しなければこういう事もある物なのである。
「手当てした方が良いのでは?」
「そうする……ああ、なんか痛くなってきた」
 今のやりとりで気が抜けてしまったような巻はある、とにかく横道に逸れてしまった話を軌道修正するべきだろう。
「皆さん。まだ時間はありますから、お茶にしませんか?」
「………」
 一連のやりとりを見ていた魅月姫が動きを止め、彼女のほうに視線を移す。
「やった、喉渇いてて……?」
 お盆をテーブルの上に起き、ティーカップやらを配り始める。
「そうですね……?」
「私も……え?」
 一同の視線がぴたりと一カ所に集中し、それぞれの頭に疑問符が飛び交うた。
 お茶を持ってきたのは、ここで話していた誰でもない人物。
 あまりにも違和感がなかったが、直ぐに気付いた。
「どうしました?」
 間違っても、ここにいるはずがないのだから。
「お茶、冷めますよ」
 お盆を手に、零はニコリと微笑んだ。

 一瞬の沈黙。

 止まりかけた時が動き出したのは、ほんの瞬きをするかし無いか程度の頃だった。
「ニセ者だ!」
「核を持ってます」
 一斉に立ち上がりかけた者に対し、零の姿をした何かは軽く手を挙げ制止する。
「おっと、ちょっといいかな」
 隠す気もないらしい誰かは、一同を見渡し目的の相手の方へと歩き出す。
「そこの眼鏡のお姉さん」
「私ですか?」
 まさか呼び止められるとは思っていなかったのだろう、意外そうな汐耶。
「前は門を閉めるのを手伝ってくれてありがとう。お陰で仕事が楽に終わった」
「前、扉……まさか?」
 記憶の糸を探り、今度こそ驚いたように顔を上げる。
「じゃ、それだけだから」
 問には答えず、パチリと指を鳴らした途端に開いた窓から軽い動作で飛び出していく。
「ま、まて!」
 ディテクターを先頭にして数人が追いかけ始めた。
「何か解ったの?」
 同じく走る前に、手身近にシュラインが尋ねる。
「この場所で、私が関係している事と言えばそう多くはありませんから」
 以前ジャック・ホーナーが開きかけた扉を閉じたのは、汐耶なのだ。
「あの誰かが『門番』ですよ」
「大当たり! ありがとねーー!」
 くるりと体を回転させ、零の姿から全身に包帯を巻き付けた仮面を付けた姿へと変化する。
「待て、逃げるな! どうしてあの姿に……」
 ディテクターの言葉に当然のように笑う。
「ちょっとからかっただけだって、あの場所に違和感ないだろうと思ったんだ。そろそろ迷路も飽きてきたし……アザも気になったし」
 すぐばれると解った上でやっているのだから、相当いい性格をしている。
 窓から外はもちろん興信所から見える所では無く、延々と垣根の続いた石造りの道。
 風景から考えるとイギリス辺りだろう、この辺りもマザーグースが適応されているようだ。
「じゃあ、ジャックホーナーは無関係?」
 まだすべてが解った訳ではないようだ。
 窓から外に出る汐耶に続き、シュラインも外へでる。
「それも直接聞ければいいけど……1マイル走らされたりするのかしら」
「走れない距離じゃないですけどね」
 窓の外を見つめ、今からでも遅くはないと追いかけ始めた。

 ■道

 まるで猫と鼠のようだと思ったのはここだけの話。
 現実問題として逃げるのを追うのに集中していたのである。
 流石に異界の名かだけあって、門番が逃げるのに優位すぎるのだ。
 どこかへと続く石畳も、垣根に不自然に点いている扉もすべて門番の自由に繋げられるのだから。
「また逃げた!」
「今度は何処!?」
「ええと……あーー、あの三つ先の建物の影に入った!」
 追いかけようと走り出した啓斗と北斗に、ある事に感づいた羽澄が待ったをかける。
「待って二人とも!」
「え?」
 声を揃えてブレーキをかける二人。
「追いかけたら逆効果じゃない?」
「……確かに」
 追いかけられたら逃げたくなる真理はよく解る。
「でもどうするんだ、このままじゃ」
 相手から来させるのが一番なのだが……逃げる事にヒートアップしてしまっている以上それも難しいだろう。
「悠、也、遊んでてあげてください」
「はーい☆」
「鬼ごっこですーー♪」
 楽しく遊んでいると感じているのは何も門番だけではない、悠と也の二人が楽しそうに追いかけている。
「無理にと言う雰囲気ではないようですね」
 遊んでいるだけなのだ、このままでは正攻法として捕まえる事になるが……それを考えると溜息の一つでも尽きたくなる所だ。
「このままではお話は出来ませんね」
 ジッと魅月姫が門番の方を見て何かをしようとしたのは気配で解った。
「待ってください」
「すぐに終わりますから」
「ではこうしませんか」
 何か手があるのかと見ている全員の前で、智恵美が呼びかける。
「門番さん、少しお話があるのですが」
 手を挙げかけた魅月姫を制止したのは、のほほんと微笑んでいる智恵美。
「え?」
 振り返り、悠と也の二人から逃げつつどうしたものかと考え込み始める。
「悠、也、待ってあげてください」
「はーい、待ちますー♪」
「タイムですー☆」
 確かに相手から来てもらえばいいというのは一番の手なのだが……どうやって?
 そんな疑問を余所に智恵美がのんびりと続けた。
「伝言です、遊ぶのは程々にしておくようにと」
「………ええー」
「あまりごねるないでくださいと言ってましたよ」
「……くそう」
 脈絡なく上を仰いでから、門番は深々と溜息を付いた。
「隠岐さん?」
「一体……」
 ただ紛れ込んだだけではない事は感づいている者もいたが、やはり彼女も関係者と言うことなのだろう。
「皆さん揃ったようですから、話の続きを聞きましょうか」
「……じゃあ、こっちで」
 集まったのを確認してから、門番が上へと続く扉を開いた。

 ■家

 長い階段を上がり、たどり着いたのは何もない部屋。
 全員が集まっても尚、十分に余裕のある広い場所だった。
「いつもはここにいるんだ、人が来ないと出る意味がないから」
 部屋の中心に立ち、キーワードめいた言葉を口にする。
 ゆっくりと体から引き抜いたのは、丁寧に毛布にくるまれた子供の体だった。
「預かっていたものだよ、持っていくといい」
「……物」
 子供の亡骸を物と言ってしまったのだろうかと北斗は口ごもった。
「魂はもうここにはないから、だそうだ」
 もっと帰ってくれと言われていたから、連れてくる事は出来ない『物』だと思っていただけに……確かに間違ってはいないのだろう。
 連れてくる事は、出来ないのだから。
「狩人の息子さん、どうぞ」
「んっ」
 受け取ったりょうは小さく軽いなと呟く。
「他に質問は? 狩人は説明とか省くだろうから変わりにどうぞ」
 その前にと最初に手を上げたのは悠也だった。
「隠そうとしている事を聞いても良いんですか?」
 事実を知るべき事はあるにはあるが、答えるのが本人でない以上プライバシーに関わってくる事もあるだろう。
 ここに来るまでになにかをみたからこそ、余計に気になる事だった。
「それなら気にしなくていいよ、どうせ僕が答えられる程度の事はプライバシーにも入らないだろうし」
 やや拗ねたような言い方に不安を感じるが、そこを智恵美が携帯を片手に持ちつつ補足する。
「迷惑かけてるから、構わないそうですよ」
 納得はした、だが話をする前に一つ。
「関係者ですね」
「はい、私も頼まれてここに来たんです。色々な角度から、見てみたかったそうですよ」
 色々と思う所はある物の、質問する事に問題はないと言うことにしておこう。
「この子は誰なんだ?」
「核だった子だよ」
「そうじゃなくて……」
「ああ、関係が気になるのかな?」
「それだ」
「親子じゃないよ」
「………」
 言いたい事が上手く伝えられないのは、りょう本人すらも何が聞きたいのか良く解っていないからだろう。
「好きな質問をどうぞ、僕は尋ねられた事だけに答える」
 相手から何もかも聞けると言うことではないらしい、問い掛ける方も考える必要がありそうだ。
「核だったというのは?」
 何事も尋ねない事には始まらない、シュラインにあっさりと答えは返される。
「今この世界を保つ権限は、僕が所有してるからだよ」
「譲ったと言うことですか?」
「そう、それで間違いない。その子はもう自由だ」
 何かを尋ね、答えるたびに疑問も増えていく。
 決して出し惜しみをしているのではなく、会話その物を楽しんでいるようだった。
 だからこそ、気にかかる。
「その子はって、あなたは?」
 ゆっくりと壁をなぞってから、羽澄の方へと振り返った。
「ずっとここにいるんだ。門番だから、門の前に」
 門番であるから門の前と言うことか、だとしたらこの家はどういう事なのだろう。
「この家はどういう事なんだ? どうして見せたんだ」
 見てしまった事に対してではなく、何故そんな事をしたのかはっきりさせてほしいという啓斗の問は扱く当然の疑問だった。
「簡単に言えば仕様かな、ここは色々な所と扉一枚隔てた場所だから。それに……」
 少し考えてから、ポンと手を叩く。
「ええと、説明すると今この姿でいるのにも器と接点が必要なんだ。何も着ないで出たら力が固定出来なくなってしまう」
「そう言う事でしたか」
 気配を探り確かめた魅月姫が理解し頷く。
「どういう事?」
「彼は……すべての門の門番。つまり、あの世とこの世を繋ぐ門番でもあるんです」
 その下りは先ほどの汐耶の封印の辺りでもはっきりとしている。
 つまり何が言いたいかというと。
「こうしてここにいるために、何か媒介が必要だと言うことですよ。門番程の方を受け入れ、死の気配を隠す事の出来る器が」
 りょうの腕でにあるの子供の体。
 門番は確かに脱いだと言った。
 ならは、今門番が入っている体は……?
「仮面を取って戴いても構いませんか?」
「どうぞ」
 外された仮面の下にあるのは、ジャック・ホーナーの顔だった。
「だからこの異界はこの形をしていたんですね」
 マザーグースを下地にしてゲームのような行動を取るのは、まさにそれ。
「入って直ぐは元の体の性格に引きずられるから、何かを見たのは歪みの所為なんだ。扉を繋げて迷路にしたのは僕の意志だけど」
 仮面を付け直し、ヒラヒラと手を振ってみせる。
「見る人と見ない人が居たのはどうして?」
「それもランダムだから、把握出来ないんだよ。感情に触れるのが好きだから抑えてなかったけど、流石にやりすぎたから息子君のほうにお詫びに見せてあげただろう」
「……だからか」
「悪かったね、ごめんよ」
 良いタイミングだとは思っていたが、と一人ごちる。
 更に詳しく説明するには現世に形作り、人に会うには器が必要なのだと言う。
 その器というのが、死者でなければならないそうだ。
 門番を入れるに耐えうる体。
 上手い具合に中身をしまう事の出来る器。
 その条件に合うのがこの子供であり、ジャック・ホーナーの体だったそうである。
「最も、その子は預かっているだけだったからいずれ返さないとならなかったんだけど」
「……狩人さんの関係者なのよね」
 この問が出れば、考えるのは一緒だった。
「どうして取りに来たのが本人じゃなかったの?」
「それこそ簡単」
 楽しそうに出した答えは、やっぱりひねくれきっていた。
「狩人の必要な物なんだから、それ以外の人が取りに来る事が預かった時の条件だったんだ」
 自信たっぷりな言葉に賛同したのは、二人だけだったと言っておく。



 帰るのは、行きと違ってとても簡単だった。
「そこの扉は狩人のいる所に繋げて置いたから、直ぐに帰れるよ」
「異界の核を持ち帰れと言うことだったんですか?」
「それなら大丈夫、その事僕は別物だから」
「………」
 話も聞いた、核も持ち帰れる。
 これで、ミッションクリアという事で良いのだろうか?
 扉をくぐる。
 そこが、帰る場所。
 扉をくぐる直前に、気になった事を一つ夜倉木に問い掛ける。
 気になってはいたのだ。
 何を見れば、あんな風に不機嫌になったのか、一体……何を見たのか?
「夜倉木は、何を見たんだ」
 不安げな啓斗の頭を軽く叩いてから一言、夜倉木はあっさりと答えてくれた。
「始めて人を殺した時の事ですよ」
「………」
 何を言えば解らなくなった啓斗に続ける。
「これ、嘘か本当か、どっちだとおもいます?」
「………!」
 やっぱり、目の前の相手が一番ひねくれ者ているのに違いないのだ。



 終わり

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0164/斎・悠也/男性/21歳/大学生・バイトでホスト】
【0554/守崎・啓斗/男性/17歳/高校生(忍)】
【0568/守崎・北斗/男性/17歳/高校生(忍)】
【1282/光月・羽澄/女性/18歳/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【1449/綾和泉・汐耶/女性/23歳/司書】
【2390/隠岐・智恵美/女性/46歳/教会のシスター】
【4682/黒榊・魅月姫/女性/999歳/吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】

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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございました、九十九です。
今回の個別部分・流れは以下のようになってます。
・オープニング
IO2と異界内の描写は共通。
・曲がった男の家に入ってからはおおむね別れます。

 ・シュラインさんと汐耶さん
 ・啓斗君と北斗君。
 ・悠也君/魅月姫さんと智恵美さん/羽澄ちゃん

 こんな感じで5分割です。

合流してからは最後までほぼ共通。

他の方のを読む場合。
上のを参考にして読んでいただけると解りやすいかと思われます。

それでは、ありがとうございました。