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<東京怪談・PCゲームノベル>


【---Border---】〜ファイル2、唄う童〜



□発端

 「かごめ、かごめ、かごのなかのとりは。」
 クルクルと手を繋いでまわる。
 少女はなぜ自分がまわっているのか、なぜ『かごめかごめ』を歌っているのか、覚えがなかった。
 そもそも、この真っ暗な空間が何処なのか・・それすらも覚えがなかった。
 「いついつでやる。夜明けの晩につるとかめがすべった。」
 ふと隣を見やると知った顔がいた。
 反対の隣も、知っている顔。
 ちょこりと真ん中にしゃがむ“誰か”を囲みながら、丁度“かごめかごめ”の要領で、クルクルと手を繋いでまわっている。
 「後の正面だぁれ。」
 歌が止み、歩を止める。
 真ん中にしゃがむ人物の背後には、これまた知った顔の少女。
 「・・・クスっ。」
 少女が小さく笑い声を漏らす。
 普段の彼女なら、絶対に漏らさないような笑い声・・。
 ゾクリと背筋が寒くなるのが分かる・・・。
 「華ちゃん。」
 少女の名前を呼び、立ち上がったのは見知らぬお爺さんだった。
 「あ〜たっちゃった。」
 周囲の少女達がそう言って、クスクスと笑い出し・・・。


 「・・っと、大丈夫?萌?萌っ??」
 「えっ・・?」
 はっと目を開くとそこは見慣れない町並みだった。
 ・・そうだ、修学旅行の最中だったんだ・・。
 そして思い出す、この町の事・・。
 「大丈夫、萌?じっと固まって動かなくなっちゃったんだもん。驚いたよ〜!」
 「う・・ん、ごめん。留美。ちょっと夢見てたみたいで・・。」
 「も〜、しっかりしてよ〜!立ったまま夢なんて見るの〜?」
 「そ・・みたい・・。」
 「は〜まったく、萌ってそう言う所がちょっと抜けてるのよね〜!」
 ブツブツと文句を言い、先を歩く留美の背を見つめながらそっと先ほどの事を思い起こす。
 真っ暗な空間、繋いだ手、かごめかごめ、真ん中に据わっていた老人、そして・・隣のクラスの華ちゃん。
 萌はいくらか先を歩く華の姿に目を留めた。
 右に大きな道路、そして・・その先に横断歩道。
 赤信号で止まる華。向こうからは大型トラック・・。
 トンと、誰かがその背中を押した・・・!
 フラリと道路に躍り出る華の姿。
 そして・・・!!!

 『後の正面だぁれ』

 「キャーーーーッ!!!」


 * * * * * * * * * * * * *


 京谷 律(きょうや りつ)は旧友からのSOSのメールを受け取ると、そっと携帯をたたんだ。
 「かごめかごめねぇ。随分昔の歌を・・・。」
 クスリと小さく微笑むと、そっとコンタクトをはずした。
 乾いた瞳に、コンタクトの刺激は強すぎた。
 真っ赤に光る左の瞳と、金に光る右の瞳。
 茶色のカラーコンタクトをゴミ箱に捨て、新しいものを探す。
 「かごめかごめの歌には様々な解釈があるけれども・・これは“間引き”の歌で間違いないかもな。」
 律は新しいコンタクトの箱を手に取ると、クルリと宙を一回転させる。

 「後の正面だぁれ・・・か。」

 律はクスリと小さく微笑むと、その言葉に確かに潜む“Border”を感じた。
 こちら側とあちら側の・・・“Border”
 携帯を開き、メモリーに登録してある番号にかける。

 「もしもし・・京谷 律ですけれども・・。お久しぶりです。明日って、何か予定とかあります??」


 * * * * * * *


 「【---Border---】を体験、読む時の注意事項が書いてあるから、以下をよく読んでね。」


 【---Border---】を体験するまたは読む時の注意事項
  1、体験もしくは読んでいる最中に寒気や悪寒、耳鳴り、その他何かしらを感じた場合“絶対に後を振り向かないで”下さい。
    また、同様に自身の“真上も見ないで”下さい。
  2、何らかの理由で席を立ったり、どうしても後を振り向かなくてはならなくなった場合、体験または読むのを止め、心を落ち着けて深呼吸をしてから振り向いたり、立ち上がったりしてください。


 「え・・?これに何の意味があるのかって?・・・さぁ、ただの注意事項だから、理由なんてないんじゃない?」

 律はそう言って微笑むと、そっとカラーコンタクトを瞳にはめた・・・。



■考察

 律に電話で呼び出された桐生 暁は、夢幻館を訪れていた。
 何時も同様、待っていたかのように夢幻館の扉が開く・・・。
 「いらっしゃいませ、暁さん。律さんに御用・・ですよね?」
 「うん。そう・・。なんか、またBorderがらみだって聞いたんだけど・・。」
 「えぇ。まぁ、俺はよくわからないんですけどね。ただ、被害者が律さんのお友達のお友達だとか・・。」
 沖坂 奏都はそう言うと夢幻館の中を案内し始めた。
 「・・あれ・・?律は自室にいるんじゃないの?」
 「えぇ、自室にいますよ。どうしてです?」
 「だって・・この前来た時はあっちじゃなかった?」
 暁はそう言うと、右の廊下を指差した。確か・・以前来た時は丁度この廊下の突き当りを右に曲がった所が律の部屋だった・・。
 もしかして、部屋を変えたのだろうか?
 「いいえ、今日はこちらです。」
 「ふぅん。そっかぁ。・・・って、今日“は”!?」
 暁が驚くのと、今日の律の部屋に着いたのはほぼ同時だった。
 奏都がコンコンとノックをし・・扉を押し開ける。
 「律さん、暁さんがいらっしゃいましたよ。」
 トテトテとこちら側に走ってくる音がして・・暁よりも幾分か小さい律が飛びついてきた。
 そもそもの体重が軽いため、後に体制を崩す事はなかったが・・・。
 「暁君、久しぶりっ!」
 満面の笑みで暁に抱きつく律の頭を撫ぜる。
 「あぁ、久しぶり〜!」
 暁がヘラリと微笑み、奏都が扉を閉める。
 「それで、今日はどうしたの?」
 「うん・・あのね、暁君は『かごめかごめ』の歌を知っている?」
 「真ん中に誰か1人がしゃがんで、その周りを回る・・・あの、子供の遊びだろう?」
 「そうだよ。」
 律はコクリと頷くと、暁を部屋の中に通した。
 大き目のソファーに座るように目で合図をして・・自分も長方形の小さなテーブルを挟んだ向かい側の席に座る。
 「日本には多くの童歌があるよね。その中でも、わけの分からない言葉が羅列してある童歌は結構あるんだ。」
 「なんか意味のわかんないやつっしょ?急に話が飛んだり・・。」
 「そう、この『かごめかごめ』の歌もその一つなんだ。」
 律はそう言うと、テーブルの片隅に置かれてあった紙を取り、胸ポケットからペンを取り出すと繊細な文字で何かを書きつけた。

 『かごめかごめ かごの中のとりは
  いついつ でやる
  よあけのばんに
  つるとかめが すべった
  うしろのしょうめん だあれ』

 あまりに有名すぎる童歌に、最初の“かごめかごめ”の文字を見ただけで諳んじる。
 「この歌には色々な解釈があるんだ。妊娠した女性説、女郎説、徳川埋蔵金説、霊界との交信説、罪人の歌説、もっと沢山ある。」
 「そんなにあったんだ?」
 「・・そんなにって事は、いくつかは知っていたの?」
 「・・・・いや。」
 暁は曖昧に首を振った。
 確かに、幾つか知らないのはあったがほとんどは知っていたものだった。
 「まず、妊娠した女性説。これは結構有名だね。」

 『かごめかごめ、かごの中のとりは→お腹の中の子供
  いついつでやる→いつ出てくるのか
  夜明けの晩に→夜明け近くで
  つるとかめがすべった→母子が階段から落っこちた
  後の正面だぁれ→突き飛ばしたのはだれ・・?』

 「つまりこれは、突き飛ばしたのはだれ?で姑となるんだ。過激な嫁姑戦争ってわけかな?これは突き飛ばされた母親、ないしお腹の子供の歌だね。」
 そう、あくまで主観は突き飛ばされた方にある。
 「また、鶴と亀を双子の子供だと仮定すると、最後はこうなるんだ。後の正面だぁれで、双子の子供が見ているのだと・・。」
 こちらは主観は母親だ。流産してしまった子供が後で恨めしげに見ていると・・・。
 「次、女郎説。これも有名だね。」

 『かごめかごめ、かごの中のとりは→女郎さん
  いついつでやる→いつ出られるのだろうか
  夜明けの晩に→夜明け近くで
  鶴と亀→遊女とその恋人が
  すべった→転んでしまった
  後の正面だぁれ→遊女を囲っていた男の人がすぐ後まで・・』

 「かごめは、囲うの命令形だと言う説もあるんだ。女郎さんは“かこわれる”と良く言うし・・。つまり、女郎さんが“かこわれて”いた屋敷を抜け出して他の男性と逃げようとした所、転んでしまって・・・って話だね。」
 律は途中で言葉を切ったが・・その先は言わずとも知れた事だった。
 2人の命の行き先なんて、暁にも分かっていた。
 「また、この説では“よあけのばん”を“夜明けの番”とし、見張りがいるとする説もある。」
 どちらにせよ、最後は決まっているのだ。
 後の正面によって・・・。
 「次の徳川埋蔵金説だけど、これは『かごめかごめ』の歌が暗号なっていて・・。これには色々な暗号読解の解釈があるし、今説明する必要もないけど、とにかく東照宮に最後は行き着くんだ。コレと似たような説で、ソロモン王の財宝の隠し場所だとする説もあるね。次は霊界との交信説。」
 律はそこまで言うと、部屋の隅に置いてあったコップをひっくり返すと、ポットから温かい紅茶を注いだ。
 それを一つ、暁の方に差し出し、自分もコクリと一口だけ飲んだ。
 「これも沢山あるんだ。霊界との交信手段を表したものだとか、自分の守護霊を見るためだとか、あとは・・霊感のある子供を見つけるためだとか・・。他には輪廻転生を現しているんだって言う説もある。この説になると宗教が絡んだりして来るんだ。それで、次は・・罪人説だね。これもかなり一般的だね。」

 『かごめかごめ かごの中のとりは→罪人の女の人
  いついつでやる→いつ出てこられるのだろうか
  夜明けの晩に→夜明けが来ない=釈放されない
  つるとかめがすべった→長寿の象徴でもある鶴と亀が滑る=死んでしまう
  (つるりとこうべがつうべった→頭が滑る=斬首された)
  後の正面だぁれ→首を切った役人はだれ?』


 「これは凄くグロテスクだよね。切られた首が転がって、自身の胴を見つめている。すなわち、体からすれば後でも、首からすれば正面。だから後の正面だぁれで、首切り役人と首が向き合うんだ。」
 淡々と話す律に、暁は寒気を覚えた。
 あんなにいつもは儚そうな律が、この時ばかりは酷くしたたかに見える・・・。
 「でも、今回は今まで言ったものじゃない。人が亡くなっている以上、今までの例から行くと『妊娠した女性説』『女郎説』『罪人説』となる。けど、これは主観が違う。」
 「どう言う事なの?」
 「3つの説は、所謂・・殺された人達の歌でしょう?後の正面だぁれは、加害者を指す。つまり、歌った人を殺した人だ。」
 確かにそうだ。
 妊娠した女性を突き飛ばした後の正面は姑、女郎説では“かこって”いた男、罪人説では首切り役人。
 「でも、今回は後の正面だった子が殺されているでしょう?」
 暗闇で行われた『かごめかごめ』。後の正面をあてたお爺さん。お爺さんの後の正面だった女の子・・・。
 「それじゃぁ、他にはないの?後ろの正面が被害者になる歌って・・・。」
 「ある。間引きの歌だよ。」

 『かごめかごめ→囲め囲め
  かごのなかのとりは→村の村長
  いういつでやる→いつ出る事が出来るのか
  夜明けの晩に→ありえない時間に
  鶴と亀が滑った→悪い事の象徴
  後の正面だぁれ→神様に捧げられる子供はだぁれ?』


 「これだと後の正面が被害者になる。けど、他のとは違って物語性がないと思わない?」
 「確かに・・。籠の中の鳥は良いとして、つぎのいついついでやるが、ちょっと繋がってないよね。」
 「多分これは、文脈がおかしいからだよ。一つの話の流れを作るためには・・。」

 『囲め囲め、村の村長を。悪い事の象徴からいつ出る事が出来るのか分からない。だから、神様に誰かを捧げよう。さぁ、その子供は誰?』
 
 「ありえない時間を、分からない時間と置き換えれば・・だけどね。」
 律はそう言うと、すっと微笑んだ。
 「でも、そっか・・。間引きの歌か・・・。って事は、後にいた女の子は間引かれちゃったって事?」
 「うん。この歌にもいくつか解釈があるんだ。さっき言ったのは、間引きでも、生贄だね。後は、飢饉だった時の口減らしの歌だとか・・。どちらにしても、捧げられるのは後の子供だったってわけ。」
 暁はふっと息を吐くと、小さく言った。
 「俺・・この唄嫌い・・・。」
 「かごめかごめ?」
 「そう。俺・・・」
 言いかけて暁は口をつぐんだ。
 それほど昔ではない時。けれど今から考えればまだまだ幼かった昔・・。
 吸血鬼だとばれると、何度も追いかけられて囲まれてきた。化け物だと、罵られ、忌み嫌われ・・それでも遠くの方で同じ年頃の子供達が無邪気に遊んでいた。
 かごめかごめと、唄いながら・・楽しそうに・・。
 「俺は羨ましかったな。この唄が。」
 「羨ましかった・・?」
 「硝子を隔てたすぐ向こう、本当に触れ合えそうな場所で、聞こえてくるんだ。楽しそうな歌声が・・・。」
 かごめかごめ、かごの中の鳥は・・。
 けれど、誰もかこってくれる人なんていなかった。広い部屋で、ただ1人・・・。
 「俺も・・よくバレるまでは一緒にやったな。でも、気がついたら嫌いになってたんだよな・・。」
 「そっか。」
 何がバレるのか、どうしてバレるのか・・何も言わなかった。そして、律も何も聞かなかった。
 「これはあちら側のモノが起こした事件だよ。つまり・・話し合いで解決はありえないんだ。あちら側のモノを消滅させない限り・・。」
 「人にあらざる者・・の、仕業ってわけ?」 
 「うん。きっと・・過去の儀式を未だに続けているあちら側のモノがこちら側に侵食して来たんだよ。」
 「これはまた古風な事で。」
 暁は盛大に皮肉ると、ため息をついた。
 「明日、連絡をくれた子と会う約束をしているんだけど・・。」
 「了解!ここに来れば良いの?」
 「うん。来て。」
 律はそう笑顔で言うと、暁に飛びついた。
 先ほどまでの凛とした強さはもう微塵も感じ取れない。ただ・・・普段どおり、儚く壊れそうな律が微笑んでいた。
 「ねぇ、暁君。」
 「なに?」
 「暁君ってさ、“暁”って書いてあき君って読むんでしょ?」
 「そうだけど?」
 「なんかねぇ、素敵な名前だよね。暁君・・暁君・・。」
 何度も呟く律に、暁は段々と恥ずかしくなっていった・・。愛しい人の名前でも呼ぶように、何度も暁の名を呼ぶ律に・・。
 「ああもう!暁でいーってば。タメなんだし。・・・なんか、君付けされると恥ずい・・・っ・・。」
 ほんの少しだけ頬を染めた暁の顔を、キョトリとした顔で覗き込む。
 そして・・・。
 「うん、分かった!えっとぉ・・暁く・・じゃない・・。・・・・あきぃ・・?」
 少々恥ずかしそうに頬を染めながら、潤んだ瞳で戸惑うように暁の名を呼ぶ律。
 中学生カップルじゃないんだからっ!激しく突っ込みたくなる言葉を、思い切り飲み込んだ・・・。


□捜索

 「んで、どーして暁は毎回毎回毎回毎回・・・俺をご指名なんだ?」
 「なぁに言ってんの!俺らはラブラブ☆カップルじゃん♪」
 「ラブラブじゃねぇっ!!」
 「・・ごめんなさい・・カップルの邪魔を・・・」
 「律も、真に受けんなっ!!!」
 「ほらぁ、冬弥ちゃんもそろそろ素直になんなよぉ〜、ね〜りっちゃん?」
 「その猫撫で声ヤメロ・・。」
 「冬弥・・折角彼女・・・?彼氏・・?彼女・・・が、いるのに、それを認めてあげないのは・・」
 「テメェ、さんざん迷ってたじゃねぇか!何度も言うが、俺と暁の間には友情以外の情はないっ!!!」
 「酷い・・冬弥ちゃんっ・・・。あたしは遊びだったのねーっ!!!」
 わっと泣き出した暁の背を、律が優しく撫ぜる。
 「冬弥っ!いい加減にしろよっ!!」
 キっと冬弥に瞳を向けた律。その顔は・・確実に怒っている・・・。
 「あきぃっ!てめぇ、嘘泣きはやめろ!律が真に受けてるじゃねぇかよっ!!!」
 「嘘泣きじゃないよ!ちゃんと見てみろよ!暁泣かして・・俺、冬弥の事許さないからなっ!大体、男同士が何だよ!そんな事くらいで暁の事彼女じゃないとか言うなよっ!」
 完全に暁の言葉を真に受けてしまった律は、冬弥を責め立てる。
 ・・これではどちらが悪いのか、分かったものではない・・。
 普段は滅多に怒らない律の激しい口調に、冬弥はオロオロとしている。
 これは少しやりすぎちゃったかな〜。“りっちゃんが”可哀想だし。
 暁はそう思うと、律に抱きついた。
 「良いんだよ、りっちゃん。俺・・冬弥の事、信じてるし・・!」
 「暁・・可哀想・・。俺でよければ、いつでも相談して?話を聞いてあげる事くらいしか出来ないけど・・・ね・・?」
 「はぁなぁしぃをぉ勝手に進めるなぁ〜!!!」
 ガクリと肩を落とした冬弥に、暁は微笑んだ。
 冬弥は本当にからかいがいがある。律も・・からかいがいはあるのだが、どうしてか罪悪感がこびりついてしまって・・・。
 同い年なのに酷く子供っぽく見えるからなのだろうか?
 それとも、自分と10cmくらい身長が違うからだろうか・・・
 「冬弥も・・もっと素直になるんだよ・・?」
 「だから、律!常識的に考えろ!俺が、暁と、付き合ってると思う・・」
 「うん。」
 言い終わらないうちの即答に、冬弥がガタリと膝を折る。
 「だって、噂になってるじゃん。最も・・もなからの情報だけど。」
 よりによって一番間違ったヤツからの情報を・・。
 冬弥はそう言うと、頭を抱え込んだ。



 ここは東京の下町・・。
 修学旅行に来ていた律の旧友を襲った『かごめかごめ』の唄の犯人・・すなわち、あちら側のモノを抹殺するためにここに来ていた。
 小さなファミレスでの待ち合わせに、少女は5分遅れて到着した。
 「久しぶり。京谷君・・相変わらずだね。」
 「萌ちゃんは・・ちょっと大人っぽくなったね。」
 律の言葉に、萌は一緒に来ていた2人の女の子を紹介した。
 「私のほかに、華ちゃんを押した手を見たって人・・。こっちが、留美。」
 「初めまして。武藤 留美(むとう るみ)です。」
 ペコリと頭を下げる、ボーイッシュな少女に、こちらも頭を下げる。
 「こっちが有川 芽久実(ありかわ めくみ)。」
 「・・どうも・・。」
 こちらの少女は少々暗い印象を受けた。真っ直ぐな黒髪が、そう見せるのかもしれないが・・。
 3人とも、あちら側の雰囲気を引き連れている・・。つまり、あちら側に少なからず関わっていると言う証拠だ・・。
 「まず、萌ちゃんが見た夢の話をしてくれる?」
 「うん。真っ暗な場所で・・・。」

  皆で輪になって手を繋いで
  唄うの。楽しそうに、かごめかごめを
  真ん中には知らないお爺さんが座ってて
  あとは普通のかごめかごめの遊びと同じ
  後に立った子がクスっと笑って・・・

 「実はさ・・私も見たんだ。まったく同じ夢。萌みたいに白昼夢じゃなかったんだけど・・。」
 留美が苦々しい表情でそう言った。
 「・・私も・・・。」
 芽久実がもそっと留美の言葉に繋げる。
 「と言う事は、3人とも時間はずれていたけれども同じ夢を見ていたって事で良いの?」
 律の問いかけに、3人は戸惑ったように頷いた。
 気まずい沈黙が場を支配し、テーブルの上にちょこりと乗っている水の入ったグラスがカチリと小さな音を立てる。
 中の氷が徐々に溶けて行く・・・。
 「うん。大体分かった。」
 「それじゃぁ、どうにかできるの!?」
 「・・それは結構簡単。だけど、また萌ちゃん達に夢を見てもらわなくちゃ・・。夢を見た、その時なら・・なんとか出来るかも知れない。」
 「そっか。」
 萌はそう言うとほっと息をついた。
 「どう言う事?」
 暁は萌達を気にしながら、律に小声で囁いた。
 それは暁なりの配慮だった。万が一、律を嫌な立場に追い込まないための・・。
 「大丈夫だよ、暁。萌ちゃんは全部知ってるから。・・知ってて、友達でいてくれてるんだ。」
 察した律が小さく微笑んだ。
 「貴方も、不思議な血が混じってる人なんでしょ?」
 萌はそう言うと、暁と冬弥を見比べた。
 女の子女の子した外見とは違い、性格の方はいたってしっかりした子のようだ。
 「今回は、夢がBorderなんだよ。」
 「夢が?」
 「そう。あちら側の世界は、日々どこかで構築され、崩れて行く・・。それは場所を問わないんだ。この世界の空気が流れる場所の近くでなら、あちら側の世界は何処だって出現する。例え夢の中でも・・こちらの世界に属する場所なら・・。」
 「って事は、夢を通ってあちら側の世界に行くって事なのか?」
 「うん。萌ちゃんを始め、3人はあちら側の世界に少なからず侵食されている。もちろん、命に関わるような濃度ではないけれど・・。」
 律は一旦言葉を切ると、すっと瞳を細めた。
 「もし俺の考えが正しく、間引きの唄だった場合・・これはまだまだ続くよ。狙われているのは萌ちゃんの学校の生徒。比較的あちら側の世界に依存できる子を使ってBorderを出現させ、あちら側の世界にこちら側の人を引っ張り込んでいる。」
 こんがらがる頭の中に気がついたのか、律が少しだけ言葉を探すために宙を見やる。
 「Borderって言うのは、こちら側とあちら側の境界線の事でしょう?つまり、必ずしもどこかで接点を持たなくてはBorderはできないわけでしょう?今回はあちら側の世界がこちら側の夢と言う領域に出現したんだ。けれど、夢はこちら側の世界と密接に関わっているものじゃない。つまり、誰かがその夢を見なければ夢はこちら側の世界に引き込まれないんだよ。夢は確かにこちら側の領域だけど、完全にこちら側の領域じゃない。いわば不純物が混じっているこちら側なんだよ。」
 「夢って言うのが、こちら側に属する固体であるって事?」
 「そうだね。こちら側を地面に例えるとすると、地面から数センチ浮いているけれども、地面の上には確かにある固体って感じかな?」
 こちら側という場所から、少しばかり離れた位置に存在する夢の領域。
 しかしそれは確かにこちら側の領域も含んでいて・・・。
 「Borderは明確なあちら側とこちら側の境界だから、浮いている場所ではダメなんだ。だから、夢に現れるあちら側の世界はこちら側の世界との濃いかかわりを持つべく、人にその夢を見せる。人と言うものは、確かに純粋なこちら側の世界のものだから・・・。」
 「あちら側の世界に侵された夢が、こちら側の世界に属する人に見られた時・・確かな接点が現れ、Borderが出現するって事?」
 「そう言う事。」
 暁は納得すると、コップの水を飲んだ。
 冷たいものが食道を通り、胃へと流れ込む・・・。
 「そう言えばさ、“比較的あちら側の世界に依存できる子を使って”って言ってたけど・・それってどういう事?」
 「暁は、適性検査をやったのを覚えてるでしょう?あちら側とのかかわりを持つためには、適性か否かが問われるんだ。あちら側の世界をほんの僅かでも感知できる人は、あちら側の世界からの呼びかけに答える事が出来る。つまり、あちら側を知る事が出来るんだよ。これは理論でも、理屈でもなんでもない。感じるものだから、感じられない人だって沢山いる。むしろ、感じる人の方が少ないんだよ。」
 「って言う事は、この子達もBorderを通ってあちら側に行けるって事?」
 「それはわかんないよ。あちら側を知る事が出来る人と、あちら側に行く事が出来る人は全然違うよ。知る事が出来る人は結構いるかも知れない。それは、いわば本能の問題だからね。でも、行くとなると結構大変なんだ。何度も言うけど、Borderは無方向空間だ。こちら側の世界やあちら側の世界とはまったく違う場所。常に方向に支配されているこの場所からすれば、無の世界なんだ。そこで頼りになるのは魂の強さだよ。魂の弱い人は、Borderの無方向空間に耐えられず、消滅する。」
 律はそう言うと、萌に向き直った。
 「お父さんにお願いできるかな?」
 「京谷君だったら任せられるって、実はもうオッケー貰ってんだ。」
 「ありがとう。」
 「オッケーって何だ?」
 何となく聞いた冬弥が、その後直ぐに固まった。
 「萌ちゃんのお父さんは萌ちゃんの学校の理事長なんだ。それで・・・今日は萌ちゃん達の部屋に泊まるからね。その・・いつあちら側の夢が来ても大丈夫なように・・・。」


■Border

 夜、萌と留美、そして芽久実が寝ている部屋で暁と律、そして冬弥は待機していた。
 寝息を立てる3人の表情が、月明かりに照らされて黄色く光る。
 「でもさ、ちょっと俺わかんないんだけど・・。」
 「なにが?」
 声を抑えながら囁く暁に、律が小さく首をかしげる。
 「この子達はBorderを出現させるための鍵ってわけでしょ?でも、彼女達は確かにあちら側の世界に行ってる・・。それはBorderを通っての事じゃないの?」
 彼女達が見た夢は、あちら側の世界の夢だ。
 あちら側に行くと言う事は、すなわちBorderを通る事ではないのか・・・?
 「Borderって言うのは、世界と世界の明確な境界の事でしょう?つまり、対立する真の世界を繋ぐラインの事。萌ちゃん達が見たのは、真の世界じゃない。あちら側の世界が見せるあちら側の幻想だよ。萌ちゃん達は、自分達がどうしてその場にいるのか分からないって言っていたでしょう?それは真の世界じゃないからだよ。真の世界では、自我は見失わないから。」
 「そっか。」
 「あちら側の世界に行って、自我がなくなるのは2つのケースのみ。1つは、あちら側の世界が見せる幻想の世界の時、もう1つは、あちら側の世界に飲まれようとしている時。」
 飲まれる・・それは、あちら側の世界に属すと言う事。
 「俺も、何度も呼ばれてるんだけどね。」
 自嘲気味な微笑を浮かべ、律はそっと瞳を閉じた。
 「おい・・。なんか変だぞ。」
 じっと3人を見つめていた冬弥が、注意を促す。
 暁は3人を見つめた。・・見つめる先・・3人の枕元・・・見える、確かな歪み。そして感じる、あちら側の空気・・。
 「Borderの出現だよ。・・・行こう。」
 律の言葉に、2人は立ち上がった。
 まず最初に律が入り、そして暁が入る。
 体がバラバラになりそうなほどに、なにもない無の世界・・・。
 抜ければそこはあちら側の真の世界。
 冬弥が直ぐに現れ、3人は真っ暗な中を進んで行った・・・。

□人にあらざる者

 どこからか聞こえてくる『かごめかごめ』の唄は、少女達の声だった。
 『かごめかごめ かごの中のとりは』
 「おい、あそこ・・なんか光ってるぞ。」
 『いついつでやる』
 「輪になって・・・あれ、さっきの子達じゃないか・・?」
 『よあけのばんに』
 「やっぱり、あの真ん中の人物が今回の事を起こした元凶だよ。」
 『つるとかめがすべった』
 律がその人物の真後ろに立つ・・・。
 『後の正面だぁれ』
 少女達の輪が崩れ、律以外には誰も彼の後に立っていない。
 「・・律君。」
 『あ〜たっちゃった。』
 少女達はクスクスと笑い出し・・・。
 「・・っ・・いやぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁあああぁぁぁっ!!!!!」
 律が叫びだし、その場に膝を折る。
 真ん中にいた人物が振り向き、律へと手を・・・。
 「やめろっ!!!」
 冬弥が飛び出し、律を暁の方に突き飛ばす。
 暁はそれを確かに抱きとめると、優しく背中をさすった。
 律の発作・・それは、異界に呼ばれている証拠・・・。
 「大丈夫だよ、俺がついてるから。絶対、律を向こうに行かせなんてしないから・・。」
 「だめぇっ。いや・・ごめんなさい・・ごめんなさいっ・・。やぁぁ・・。俺・・おれ・・・。ヤメテ・・お願い。いやっ・・。」
 「落ち着いて。大丈夫、何もいないから。大丈夫だよ・・・?」 
 「やぁっ・・・。来ないで・・。おねがいっ。」
 暁が強く律を抱きしめる。その向こうでは、冬弥が元凶と対峙していた。
 「ごめんなさいっ・・・ごめん・・・」
 クタリと、律の体から力が抜け、その軽い体重を暁に預ける。
 「暁!!ここはヤバイ・・ひとまず戻れ!」
 「え・・・?冬弥ちゃんはどうするの!?」
 「ここで時間を稼ぐ。お前は律を連れて戻れ・・・。」
 「冬弥ちゃんはどうやって戻ってくるの・・・?」
 「・・・・・・・・・。」
 「自分を犠牲にしようなんて考えてないよね・・?」
 「・・・全滅だけは避けなくちゃいけないんだ。」
 「いつの時代のヒーローだか知らないけど、今時自分を盾にして仲間を逃がすなんて、流行んないよ・・・?」
 「何時の時代だって、ヒーローはヒーローだろ?それに、今の律をこの場所に長い事置いておけば・・また発作を起こす。今度は、律の体力が持たない。」
 腕の中でグッタリと瞳を瞑り、細い喉をさらけ出す律。
 青白い顔が、冬弥の言った事が決して大げさではない事を証明する・・。
 「でも・・」
 「でもも何もねぇ!俺は律に・・・律に憧れてるんだよ!だから、絶対に守るって・・そう誓ったんだ。自分自身に。」
 あの時、冬弥が言っていた言葉。律に対して持つ感情は、決して嫌いと言うものではなく・・けれど、その先は教えてくれなかった。自分で見つけろと。
 暁と同じ気持ち。律に対する、純粋な憧れ。
 「俺も、憧れてるよ。律に・・・。」
 「それなら分かってくれ。」
 けれど冬弥にだって・・・。
 老人とは思えないスピードで、走り来る。それを、冬弥が間一髪の所で避ける。また次の攻撃を避け、次の・・・。
 はっと気がついた時、暁と律は少女達に囲まれていた。
 無表情で、冷たい瞳を暁に向ける。
 『かごめかごめ かごのなかのとりは』
 思いだす、昔の思い出・・。
 『いついつでやる』
 決して良いとは言えない、あの思い出・・。
 『夜明けの晩に』
 聞こえてくる、楽しそうなかごめかごめの唄。
 『つるとかめがすべった』
 「ヤメロ・・・やめっ・・・!!」
 『後の正面だぁれ?』
 暁が声にならない叫び声を上げた。
 それはとても自分の声とは思えなかった。あまりにも恐怖を含みすぎた、恐ろしいまでに切羽詰った声だった。
 「・・あきっ!!!」
 冬弥の声が遠くで聞こえた気がした。
 段々と飲まれ行く意識が、幼いあの日の思い出とダブル。
 『かごめかごめ・・かごのなかのとりは・・いるいるでやる・・よあけのばんに・・つるとかめがすべった・・後ろの正面・・』
 「桐生さん!!!」
 聞き覚えのある少女の声が暁を呼び、そしてその頬に熱い痛みが走る。
 薄く開いた瞳が、くっきりと少女の輪郭を浮かび上がらせる・・・。
 「萌・・ちゃん・・・?」
 暁の頬を叩いたのは、萌だった。酷く心配しきった表情で、暁を見つめる瞳瞳瞳瞳瞳瞳・・。
 そこには芽久実も留美もいた。他の少女達は・・いない。
 「あ・・れ・・?」
 「起きたんです!みんな、元の世界で何か、もしくは誰かによって起こされたんです!!」
 夢は、本体が起きてしまえば終わる。
 夢に引き込むことは、夢の住人ならば可能だ。それも、なにか特別な事をしなければ良いわけではない。呼べば良いのだ、夢と言う、甘美な世界に・・。
 けれどその夢は儚い。
 結局は宙に浮いた不安定な世界だ。強いあちら側、ないしこちら側の世界に呼ばれてしまえば終わってしまう。
 確固たる世界に、不安定な世界は敵わない。
 「私達が京谷君を見てるから、桐生さんは梶原さんの方を・・・。」
 萌の言葉にはっと顔を向けた先、冬弥が苦戦する姿・・。
 「ごめん、お願いっ!」
 暁はそう言って萌に律を預けると、対峙する2人の間に踊り入った。
 腰にさしたナイフを、クルリと回転させて手の中に入れる。
 「さっさと消えてくんない?」
 唇を舐める。それは、妖しくも艶やかな動作だった。
 『間引き・・飢饉が・・・。子供を・・・殺せ・・!殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!!』
 襲い掛かる、あちら側のモノを避ける。
 背後に回り、ナイフでその背を傷つける。それでも、まだモノは立ち上がる。何度でも、その存在が消え散るまで・・・。
 暁はすっと目を細めると、思い切りナイフを振り下ろした。
 肉を切る嫌な感触が伝わる。それでもその感触はどこか虚無だった・・・。所詮はあちら側のモノ。こちら側のものとは違う方向。
 「消えな。童謡の中にね。」
 暁は冷たく言い放つと、ナイフを一気に引き抜いた。
 散る飛沫、飛ぶ赤い雨。赤い、赤い・・・けれどそれはどこか異質な色彩だった。
 方向が違う赤は、こちらでは認識が難しい。赤だけれど赤ではない。反対方向の赤・・・。
 断末魔が闇を切り裂く。
 かごめかごめの唄が、何処からともなく聞こえてくる。

 『かごめかごめ』

 「暁!ヤバイ、世界が壊れるっ!!」

 『籠の中の鳥は』

 「早くここから出ないと、このまま引きずり込まれるぞ!!」

 『いついつでやる』

 「出るってどうやって!?」

 『夜明けの晩に』

 「・・くそっ・・。いつの間にか律達がいねぇ・・。」

 『鶴と亀が滑った』

 「あっちで誰かが引き戻してくれない事には、俺達はこのままこの世界と一緒に消えちまうっ・・!!」

 『後ろの正面・・・』

 「消えるって・・・そんなっ・・・!」

 『だあれ・・・?』

 目の前で光がスパークする。息も出来ないほど激しく、過激に・・。
 それは方向の崩壊だった。
 夢と言う空間に巣食ったあちら側が、主をなくしてこちら側の世界の方向に押しつぶされる。
 方向性の崩壊。それ、即ち、あちら側の世界の消滅・・・。

 「暁さん・・・?冬弥さん??」
 ふっと瞳を開けたそこは、眩しいまでに光り輝く世界だった。
 ・・違う。ただ電気がつけられただけの、あの部屋だった。
 奏都の顔が直ぐ目の前に迫り、その隣には少女と律の顔・・。
 「良かった・・。間に合って・・。」。
 「俺・・・」
 「あちら側の世界の崩壊の前に、沖坂さんが私達全員を起こしてくれたんですよ。」
 だからあの時、いなかったのだ。皆・・。
 「それにしても間に合って良かったです。暁さんと冬弥さん・・・。」
 奏都がにっこりと微笑むと、ほっと胸を撫で下ろした。
 律が真っ青な顔で、暁の胸にしがみ付く・・・。
 「良かった・・。いなくならなくって・・。」
 「律・・?」
 「貧血だ。ったく、発作の後の貧血は辛いって言うのに・・。」
 冬弥がため息混じりに言い、奏都に眉根を寄せる。
 「律さんが拒まれたんですよ。暁さんと冬弥さんが戻ってくるまでは、俺の体の事なんてどうでも良いって・・。」
 暁は小さく律に詫びると、すっと顔の前に手をかざした。
 すぅっと、律の意識が離れ・・・その華奢な身体を暁に預ける。
 ポケットからナイフを取り出し、腕を傷つけると・・律の唇に腕をつけた。
 コクコクと、飲み続ける律の顔を、暁はじっと見つめた。
 モヤモヤとした感情が心の中に渦巻き、思わず唇を噛んだ。
 その様子を、冬弥と奏都、そして萌と留美がじっと見つめていた。
 

■後ろの正面だぁれ?

 「はぁ〜、俺ショック〜。こんな怖い唄だったなんて〜。」
 暁はそう言うと、ソファーに身体をうずめた。
 その様子を律がただクスクスと笑って見つめる。
 無論、そんな事はとっくの昔に知っていた。けれど・・暁はそう言った。わざと・・。
 「他にも色々と怖い童謡あるけど・・ききたい?」
 「いや、遠慮しとくよ。」
 暁はそう言うとヒラヒラと手を振った。
 暖かな昼下がり、出された紅茶は今日も薫り高い。
 「でもさ、童謡は童謡らしく子供達に愛されてれば良いんだよ。それが例え・・どのような成り立ちからだったとしてもね。」
 「俺もそう思うよ。」
 律はそう言うと、僅かに微笑んだ。
 淡い淡い金色の髪が、風に靡く。
 外から吹き込んでくる風は爽やかだ。
 「・・俺ね、1つだけ・・納得できない事があるんだ。今回の事件の事なんだけど・・。」
 「なに?」
 「確かに、夢の中に巣食ったあちら側の世界は人に見てもらう事でしかBorderを出現させられない。Borderがない限りは人を引き込むことが出来ないからね。今回は、萌ちゃん達がその、Borderを出現させる足がかりにされたわけだけど・・。」
 「あちら側の世界を知る事が出来る人だから良かったんじゃないの?」
 「ううん。違うんだ。確かに、萌ちゃん達には素質があった。だから、あちら側の世界とこちら側の世界を繋ぐBorderを出現させる能力を持っていたんだけど・・。・・・それには人を脱した者の介入が必要なんだよ。」
 「どう言う事?」
 「萌ちゃん達くらいの能力で、Borderを出現させるって・・無理なんじゃないかと思って。」
 「って事は?」
 「萌ちゃん達にあの夢を見せた張本人がいるんじゃないかと思って。あちら側の世界と、こちら側の世界を結び付けようとした、どちらの世界にも属している、人を脱した者の存在が・・。幾ら素質を持っていると言っても、純粋なこちら側の世界の人間だからね、萌ちゃん達は。」
 素質があるものには、知る自由が与えられる。けれどそれは所詮自由であり、義務ではない。
 けれど素質だけでは知るものの本質は理解し得ない。そのものの本質を理解する者の介入が必要不可欠になる。
 「人を脱した者がいたって事・・だよね?」
 「そうだと思うんだけど、俺が見た限りでは2人以外に素質のある人はいなかったからなぁ。」
 「萌ちゃんと留美ちゃんでしょ?」
 そう言った時、ツキリと頭が痛んだ。
 ・・なにかが引っかかり・・すっと消えて行く・・。
 「でもま、良いんじゃん?元凶は倒したわけだしさ。」
 「そうだね。」
 律は頷くと、困ったような微笑を見せた。
 



 『かごめかごめ』
 夢幻館からの帰り道、暗い暗い道
 『籠の中の鳥は』
 何かを忘れている・・何か・・いや?・・・誰か・・?
 『いついつでやる』
 その背後に立つ、1人の少女。
 『夜明けの晩に』
 足音もさせずに、ついて行く・・・。
 『鶴と亀が滑った』
 ふっと歩を止め、振り返る。
 『後ろの正面』
 1人の少女と目が合い・・そして、少女が歩き去って行く。
 「あれ?今の子・・知っているような・・・。」

 『後ろの正面だ あ れ ?』


        〈END〉


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 ■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  4782/桐生 暁/男性/17歳/高校生アルバイター、トランスのギター担当


  NPC/京谷 律/男性/17歳/神聖都学園の学生&怪奇探偵
  NPC/梶原 冬弥/男性/19歳/夢の世界の案内人兼ボディーガード
  NPC/沖坂 奏都/男性/23歳/夢幻館の支配人

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 ■         ライター通信          ■
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 この度は『【---Border---】〜ファイル2、唄う童〜』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 最後に出て来た少女は・・作中で急に姿を消してしまったあの女の子です。誰?と思った方は、『捜索』から読み直していただければ・・と思います。
 さて、この度唄う童を執筆するにあたって、かごめかごめの唄について色々と調べました。
 本当に解釈が色々とあり、作中で触れられなかったものも多々あります。有名所は触れてありますが・・・。
 そう言えば、『かごめかごめ』と『とうりゃんせ』って出だしの音が同じように聞こえませんか?
 “か〜ごめ、かごめ”と“と〜りゃんせ、とうりゃんせ”です。とうりゃんせの方は“りゃ”が高くなりますが・・。


 ファイル1、ファイル2と続けてご参加いただきまして、まことにありがとう御座いました。
 この【---Border---】シリーズは1が『人を脱した者』の仕業で、2が『人にあらざる者』の仕業になっています。
 そのため、1は推理が入り、2では戦闘が入っています。
 1話完結物のシリーズですが、今後もゆるりとお付き合い願えればと思います。


 それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。