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鈴のお花見志願
<オープニング>
桜の季節を迎え、世の中はすっかり宴会ムードで一杯。それを羨ましく思った姉、鈴の命により、玲一郎はお花見を催す事になったのですが…。
<シュライン・エマ嬢の場合>
「お花見ねえ」
シュライン・エマは窓の外を見上げ、ふむ、と頷いた。
「いいんじゃない?料理なら、任しといて」
電話の向こうで、嬉しそうな声で言ったのは、天 玲一郎(あまね・れいいちろう)だ。
「人数は?」
「そんなに多くないです。ええと、シュラインさんを入れて6人。後から店の人とか来るかも知れませんけど。彼らも別に何か持ってきますから、気にしないで下さい」
「ああ、コンビニの、ね」
玲一郎が事務所の近くのコンビニでアルバイトをしている事は、つい先日聞いた。場所取りは要らないのかと聞くと、彼は大丈夫です、と言った。
「そう言う事については、今から張り切っている人が居ますから。敷物は僕が店から借りていきますので」
昼前に迎えに行くからと約束して、電話は切れた。
「さてと。何を作るかな」
冷蔵庫の中身を見ながら、呟いた。花見は明後日。少し買い物も必要かも知れない。シュラインはぱたりと冷蔵庫のドアを閉めると、立ち上がった。
「へえ、もう結構人集まってるのねぇ」
重箱を開きながら、シュラインが言った。中には寿司飯の薄焼き卵巻にポテトのハム巻、煮っ転がしに蕗の煮物、茄子田楽に長芋とツナのハンバーグ風などなど、彼女の得意料理が宴会用にアレンジされて綺麗に詰められている。
「そうですね。僕もこういう花見は初めてなので、驚きました」
飲み物の配りながら玲一郎も頷く。昼前にもかかわらず、既に公園は花見客で一杯だった。ピンク色の霞のようにすら見える桜並木の下、あちこちにビニールシードが広げられ、弁当のにおいと桜の仄かな匂いが辺りに充満している。玲一郎たちが車座になったのは、枝垂桜の下だった。
「ほお、これは凄い!」
頭にちょこんと紙帽子を乗せ、シュラインの広げた弁当に声を上げているのは、玲一郎の姉、鈴(すず)だ。朝早くから場所取りをしていたのは何と彼女で、次に着いた黒榊魅月姫(くろさかき・みづき)とはすっかり仲良くなったらしい。真っ白な髪に赤い瞳、髪と同じく白地の着物に身を包んだ鈴と、シックな黒のワンピース、腰まであろうかと言う漆黒の髪に神秘的な赤い瞳の魅月姫が並ぶと、東西のアンティーク人形を並べたような感じだった。魅月姫の隣には貴重な男性客である玖珂冬夜(くが・とうや)。鈴の紙帽子は彼の土産の一つらしい。彼の紙コップにジュースをついでやる玲一郎の横で、ぽおっと桜を眺めているのは、緋井路桜(ひいろ・さくら)。こちらはその名の通り桜色と緋色を重ねた柄の着物姿だ。
「それにしても、珍しい顔が揃ったものね」
メンバーを見回したシュラインが言ったのも無理は無い。どの顔も、バカ騒ぎを好むタイプとは程遠いし、うち2名は完全に未成年だ。
「これで、全部?」
席に戻った玲一郎にシュラインが聞く。
「まあ、そう言う所です。のんびりとしたお花見になりそうですね」
玲一郎は、どこか嬉しそうにそう言った。
「シュラインどのと桜どのには、天逢樹に捕らわれた時に世話になった。礼を言う」
それぞれの紹介が済んだところで、鈴はそう言ってシュラインに酒を注いだ。
「いえいえ。でもまさか、あの中に居たのがお姉さんだったとはねえ」
シュラインが言うと、桜もこくりと頷いた。
「わしも取り込まれた時には驚いた。少々油断しておってのう。不覚じゃった」
と、青海苔を口につけた鈴が酒を飲む。どう見ても5、6歳の彼女が悠然と酒を飲むのはどうかとシュラインは思ったが、あまりに平然と飲み続けるので他の誰も本当の酒だとは思わないらしい。とりあえず、補導はされないだろうと思いなおした。その鈴を桜がぽおっと見上げて、呟く。
「…樹…」
「ああ、天逢樹の事か。桜どののお陰で今は眠りについておる。全ての魂を解放した故、安穏とした良き眠りであろう」
桜が少しほっとした表情を浮かべると、鈴もにっこりと微笑んだ。そして、視線は再びシュラインに戻る。
「シュラインどのには、あの碧珠の件でも世話になったようじゃしのう。玲一郎から話はよう聞いておる」
「それ程でも…偶然って言えば偶然だし。何だか放っておけない感じもしたし」
シュラインはこくりと酒を飲んだ。手元の皿には、とりわけられた桜のちらし寿司がある。中々の味だ。
「にしても、コンビニでバイトしてるなんて思わなかったわ」
シュラインの言葉に微かに頷いたのは、黒榊魅月姫だ。彼女が玲一郎に再会したのも、彼が勤めるコンビニだったと言う。
「あれぇ、喫茶店じゃなかったっけ?」
と、首を傾げたのは玖珂冬夜。玲一郎はあっさりと頷いた。
「コンビニは夕方からだけなんです。冬夜くんは喫茶店のお客さんでしたね」
「あれがお客と呼べるならな」
と辛らつに言ったのは鈴だ。玲一郎がくすっと笑って付け加える。
「いつも窓際の席で、よく寝てらっしゃるんですよ」
どうやら上客ではないらしい。頭をかいた冬夜の小皿には、魅月姫が持参した折り詰めの煮魚と、シュライン特製里芋の煮っ転がし、ポテトのハム巻きが乗っている。手にした飲み物は、桜の持ってきた緑茶だ。
「コンビニに喫茶店ねえ。意外と勤労青年なのね」
シュラインが言うと、玲一郎はそれ程でも、と微笑んだ。
「でも、そんなに稼いでどうする訳?」
「色々じゃ。この東京でまともに暮らすには、何かと物入りであろ?」
鈴の答えに複雑な表情を浮かべつつも、玲一郎も頷いた。
「それに、色々と今の世の中を知るにも役立ちますから。でも、僕よりも姉さんの方が収入は多いですよね」
「へえ、何してるの?」
シュラインが聞くと、鈴はシュライン持参の寿司飯卵巻に箸を伸ばしつつ、
「桃を売っておる」
と言った。
「…行商?」
「みたいなものです。得意先は八百屋さんなんからしいんですけど」
シュラインの問いに答えた玲一郎は、困ったような笑みを浮かべていた。どうやら、彼はこの商売にはあまり賛成ではないらしいが、鈴は全く意に介していない。
「よう売れるぞ。ほれ、玲一郎が以前シュラインどのや桜どのに送った、あの桃じゃ。仙界の桃を移植したものでな、清浄なる気を含んでおる故、味も滋養も逸品ぞ」
「でも、一つ3000円で売るのはそろそろやめた方が良いと思いますけどね」
溜息交じりに呟く玲一郎に、鈴は何を莫迦なと眉根を上げてきっぱりと言った。
「一旦値を下げれば二度と元の値では同じように売れん。それが商売というものよ。もしも高うて売れんようになったら、付加価値をつければ良い」
全く、と頭を抱える玲一郎の横で、シュラインがぼそりと呟いた。
「…事務所に欲しい人材だわ」
その後しばらくは、皆それぞれに寛いで過ごした。桜は空を見上げ(いや、空すら見ていないのかも知れないが)、魅月姫と鈴は意味深な会話を交わしつつワイングラスを傾けている。ワインからワイングラスまで、必要道具の一切を己の影から取り出す彼女に、皆最初は唖然とした物だったが、
「何か?」
と平静な様子で言われては返す言葉もなく、以後深く追及する事は無かった。ちなみに、魅月姫のこの業(?)に一番喜んだのは鈴だ。デザートを用意してきたのはシュラインと桜で、二人とも桃をモチーフにした菓子を作ってきたのには驚いたが、まあ無理も無いのかもしれない。桜の菓子は練りきりで、桜と桃の二種類があった。
「ほお、愛らしいな」
鈴が嬉しそうに覗き込むと、桜が細い声で
「…あの…桃…美味しかった…から…」
と言った。どうやらあの桃の礼らしいと気付いて、玲一郎と鈴が顔を見合わせた。
「嬉しいものじゃな。本来ならばわしらの方が礼をせねばならぬのに」
微笑む鈴に、桜が微かに首を振った。シュラインが持ってきたのは、苺と桃のゼリーだ。
「美味しいです。丁度良く冷えていますね」
一口食べた玲一郎が言った。
「保冷剤入れといて良かったわ。この陽気なら冷えすぎる事はないと思ったけど。どう?桜茶入れようか」
シュラインの提案に、少し嬉しそうな顔をしたのは、桜だ。魅月姫も初めて見るものらしく、興味深げに彼女の手元を見ている。
「浮いてるのは桜の塩漬けよ。だからちょっとしょっぱいけど、桜の匂いがするの」
と言いながら渡すと、魅月姫は鈴と顔を見合わせて頷いた。
「美しい飲み物ですね」
「そうじゃのう。これもまた良し」
と、そこでシュラインは客が一人足りないのに気付いた。
「あの、玲一郎さ…」
と言い掛けたシュラインに、玲一郎がしいっと人差し指を立てる。彼の目線を辿ると、太い桜の枝にもたれるようにして眠る少年の姿があった。玖珂冬夜だ。
「ったく、あんなとこに登って…」
注意しようとしたシュラインの袖を引っ張ったのは、桜だった。
「・・・平…気だか・・・ら」
どうやら、この桜は冬夜を拒んでは居ないと言いたいらしい。
「って言ってもねえ…」
しばらくの逡巡の後、シュラインはふう、と諦めの息をついた。
「まあ、あんたが言うなら、信じるわ」
こくり、と頷いた桜がほんの少し嬉しそうに見えたのは、気のせいだろうか。シュラインは冬夜の分のデザートを取り分けると、持ってきたタッパーに入れてやった。本人は食べずとも、家族への土産にはなるだろう。
「色々と気を使っていただいて、すみませんね」
食べながらも並行しててきぱきと後片付けを済ませていくシュラインを手伝いながら、玲一郎が言った。彼の肩越しには鈴と魅月姫、桜が見える。魅月姫と話す鈴はとても楽しそうで、桜も一応この雰囲気を楽しんでいるらしい。
「しかし、あれが本当にお姉さんだとはね」
シュラインが言うと、玲一郎がふっと笑う。
「間違いなく、姉ですよ。僕は姉が居なければ、多分生きる事すら出来なかった。だから今も頭が上がりません」
一杯になったゴミ袋を持ち上げながら、玲一郎が言う。
「大事な人なのね」
「まあ、そういう事です」
シュラインはくすっと笑って、少しだけ遠くを見て頷いた。
「ま、そんな気持ちって分かる気もするけど。そう言えば、後で店の人が来るとか言ってなかった?」
「ええ、もう少ししたら来るらしいです。彼らはアルコール持参で来ますけど…」
騒がしくなる、と言う事らしい。別に、それは構わなかった。
「良いわよ。丁度良いのあるから」
帰るのは少し遅くなりそうだ。事務所に電話を入れなければと思いつつ、シュラインは任せて、と請合った。皆がデザートを平らげた頃、コンビニの友人達数人(店長含む)が現れ、夜の部が始まる前にと、桜と冬夜を玲一郎が送って行った。後はもう、お決まりの宴会で、シュラインが密かに用意していたロシアン大福は大いに場を盛り上げた。玲一郎は少し呆れ顔ではあったが、それでも姉が喜べばと妥協したらしい。意外だったのは魅月姫がこの場に残った事だった。だが、そう言うと、魅月姫は
「確かに、もう少し静かな方が良いとは思いますけれど…でも」
と、魅月姫は大笑いする鈴をちらりと見やってから、上を見上げた。夜空にくっきりと映える薄桃の花が、ほんの微かに風揺らいでいる。
「夜の桜も、悪くはありませんもの」
「なるほどね」
納得顔で彼女の隣に腰を下ろしたシュラインに、思い出したように魅月姫が言った。
「そう言えば、鈴さんが後でゼリーの作り方を教えて欲しい、と仰ってましたけど」
「ゼリー?…ああ…でも」
「桃が売れなくなった時の用心だそうです」
二の句の告げないシュラインに、玲一郎がすみません、と言いたげに微笑んだ。
終わり。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/ シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1233/ 緋井路 桜(ひいろ さくら)/ 女性 / 11歳 / 学生&気まぐれ情報屋&たまに探偵かも 】
【4682 / 黒榊 魅月姫(くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)・深淵の魔女】
【4680 / 玖珂 冬夜(くが・とうや) / 男性 / 17歳 / 学生・武道家・偶に何でも屋】
<登場NPC>
天 鈴(あまね・すず)
天 玲一郎(あまね・れいいちろう)
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■ ライター通信 ■
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シュライン・エマ様
四度目のご参加、ありがとうございます。ライターのむささびです。今回は少々静かなお花見になりましたが、たまにはこんなのも良いかなとNPCをぞろぞろ出す事もなくおさめさせていただきました。お楽しみいただけたなら幸いです。
シュライン嬢には料理から何からお世話になりっぱなしで申し訳ありません。メニューはどれも美味しそうで、私自身参考にさせていただきたいと思ってしまったものです。ありがとうございました。またいつかお目にかかれる事を願いつつ。
むささび
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