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うばいとれ!
こんにちは、私の名は草間零です。草間興信所で見習いのお仕事をしています。
そうですね、詳しくは……お掃除ですとか、電話番とかでしょうか。探偵のお手伝いは依頼がなくてあまり……あ、お兄さんが向こうで睨んでますからこの辺にしておきますね。
それで、今日はお仕事のご依頼ですか? 怪奇の類ですか?
え? それをお兄さんに言ったら怒られた? ……もう、お兄さんってば。
ごめんなさい、うちが『怪奇探偵』と言われてるの、知ってていらしてくれたんですよね。そうです、当草間興信所は特にそういった依頼がなぜか多くて。お兄さんの手前、あんまり大きな声では言えませんけど、そういったご依頼なら当興信所がどこよりも経験豊富だと思いますよ?
ええ、困っておられるならもちろんお助けいたします。ご用の際は、どうぞお気軽にいらしてくださいね。
はい? ところでその山と積まれた洗濯物はなんなのかって?
これですか、実は……今日ってホワイトデーですよね。それで、私までなんだかそわそわしちゃって落ち着かなくて。お兄さんも今日は朝からあんなだし、私も手を動かしてたら少しはましかな、と思って。
ふふ、そうなんです。私もお兄さんにバレンタインデーにお兄さんにプレゼントをあげたんです。
どんなものかって? それはナイショ、です。そういうことは『もったいない』からあんまり人に言うな、って教えてもらったから。
それで、今日ってそのお返しをもらえる日なんですよね? 私、初めてで。
お兄さんがどんなものをくれるのか、とっても楽しみにしてるんです。
いえ、別に高価なものとか欲しいわけじゃないんです、ただお兄さんからプレゼントってもらったことなかった、って。
そう思うと、なんだかドキドキしちゃって。うふふ、変ですか?
……そういえば、「3倍返し」って言葉知ってますか? ホワイトデーはそれだから期待してろって、って他の人に教えていただいたんですけど。
そうしたら、お兄さんがさっきからその言葉を呟きながら頭を抱えてるんです。あちらでほら、ね?
「その言葉を言いながらプレゼントをあげると余計喜んでもらえる」って教えてもらったから、私手渡す時にそうしたんですけど。
お兄さん、そんなに嬉しかったのかな。
うばいとれ!
「ちょっと出てくる……」
くわえている煙草を今にも飲み込んでしまいそうな表情で、草間武彦はゆらり立ち上がるとそのままふらりと興信所の扉に手をかける。
あまりの顔色に、彼のすぐ傍らで会計簿を開いていたシュライン・エマも立ち上がろうとすると、当の草間によって手で制された。
「お前は来るなって」
「でも」
「……お前にだってお返しやるんだから、付いてこられちゃ困るだろうが」
「ひゅーひゅー、草間さんたまにはイイトコあるじゃん」
そんな草間をはやし立てたのは、ソファにどっかと座っていた羽角悠宇だ。もちろん、彼の傍らには初瀬日和もいる。
と、ひとまずそんな彼をじろり睨んだ草間だったが、すぐに今度は手を逆の方向にと動かした。
「お前はさっさと立て」
「は?」
「お前も来るんだ。……お前だってバレンタイン、なんかもらったんだろ? 俺に付き合ってもらうぞ」
意外な言葉に、悠宇は傍らの日和と視線を見合わせる。
「まあ、それは別に構わないけどさ。どこ行くの?」
「来れば分かる。いいから、さっさと来い」
そして、渋面のまま草間はさらに横へと視線を流し……おんぼろソファの一番端で、静かに日本茶――安物には違いないが、茶を淹れたシュラインの手によってなかなかの味わいに昇華されている――をすし屋の湯のみで飲んでいた、セレスティ・カーニンガムを見やった。
「じゃあ、行ってくるから」
「行ってらっしゃい、草間さん」
音もなく、お茶をこくりと飲んだセレスティは、草間を見てにっこりと微笑んだ。
「ご武運をお祈りしております」
「ああ……無事を祈っててくれ」
そんな二人の会話を可愛らしく小首を傾げ見つめていた零は、にっこりと微笑む。
「兄さんってば、なんだかよっぽどの怪奇事件へ立ち向かいに行くみたい」
あくまでも無邪気なその発言に、ははは、と力ない笑いを漏らす草間。
「俺にとっちゃ似たようなもんだよ……」
■□■
「ちょっと零ちゃん」
ぱたん、と扉が閉まったと同時に、シュラインは零の横へそそくさと駆け寄った。
「ねぇ零ちゃん? 『三倍返し』だなんて、誰に聞いたの?」
「シュラインさん、まあそのようなことは良いではないですか」
と、そんなシュラインを穏やかになだめるセレスティ。
「あら? もしかして心当たりあるのかしら」
「いえ、ありませんが」
「……もしかして、あなたじゃないわよね?」
「とんでもない。私でしたら、もっと上品なことを零さんにお教えしますよ」
表情も変えず、相も変わらぬ淡々とした態度で返すセレスティ。苦笑したシュラインが呟いた『食えない人ね』という言葉が、今の彼を何より表しているようだ。
「お茶、もっといる?」
「ぜひお願いします。あなたが淹れたお茶はそのへんの玉露よりよっぽどおいしい」
「当然ね」
「それにしても……零さん、勇気あるんですね」
そう、ぽつり呟いたのは日和だ。
「私もバレンタインに贈り物しましたけど、そこまで考えてなかったです」
「やっぱり、悠宇さんにですよね?」
零の問いに、かすかに頬を染めて頷く日和。
「……あげる事が出来ただけで、とても嬉しかったですから」
そんな彼女の言葉に、後ろのシュラインとセレスティが声もなく笑っている。
「それでね、零さん。私、その……贈り物って、お返しを期待しながらするものではないと思うんです」
と、日和がふと零をじっと見つめた。
「私、悠宇くんとずっと一緒にいられたらな、なんて思ってるんですけど……零さんも、草間さんのことそういう風に思いませんか?」
うーん、と軽く考えるそぶりをした零は、すぐににっこりと笑う。
「はい。私のお兄さん、すごく優しくて私大好きですから。
ずっとずっと元気でいてほしいな、って。私も、元気にお兄さんのことお手伝い出来ればな、って思います」
その返事に、日和はほっとしたように表情を緩めた。
「そうですよね。……私も、悠宇くんと一緒にいられるだけですごく幸せで。
だからいつまでも悠宇くんの隣で一緒に同じものを見たり、同じことを感じたりして、それでたわいもないことを話したり聞いたり出来れば、それで充分だから、なんて……」
お互いの大事な存在を思い合い、頬を染めあう日和と零。
「もう、二人とも可愛いんだから!」
と、二人の間に入ったシュラインが彼女たちの頭をぽんぽん、と撫でる。
「そうよね、プレゼントが何か、なんてことより、その中に込めてる気持ちが一番よね」
「それにしても、日和さん。悠宇さんに『欲がない』なんて言われませんか?」
セレスティにそう問われた日和は、わずかにはみかみながら頷いた。
「その……やっぱり、私そうですか?」
「いいのいいの、日和ちゃんはそれで。そんな日和ちゃんだからこそ、悠宇くんはメロメロなんだから」
「め、メロメロだなんて、シュラインさん……」
ふふふ、とからかうように笑うシュライン。
「さて。……それより、この積みあがった洗濯物をどうにかしちゃいましょうか。これじゃあ、武彦さんたちが帰ってきても何も出来ないわ。
そうそう、武彦さんたちの苦労を報いてあげるためにも、紅茶や珈琲も入れておいてあげなくちゃね」
そう言いながら俄然張り切りだしたシュラインは、きっと仕事があればあるほど燃える性質なのだろう。
私も手伝います、と日和も彼女に従い動き出し、そしてそんな彼女らをセレステイは頼もしそうに見上げた。
「そうですね。草間さんたちが帰るまで、あと一時間ほどはかかるのではないでしょうか」
「……そういえば、お二人はどこへ行ったんですか?」
日和が尋ねると、セレスティは心得たように一つ頷く。
「私の屋敷ですよ。困っている、というので場所をお貸ししたんです」
「場所?」
「ええ。キッチンを。どうやら手作り品には手作り品を、とお思いになったようですね、草間さんは」
「武彦さんが、料理……?」
聞き捨てならない言葉に、唇に指をあて、思わず考え込んでしまったシュライン。
「それって、えっと、大丈夫なのかしら……」
「まあ、彼の帰還を待ちましょう。それよりも零さん?」
「はい?」
「私は、あなたが草間さんに何を贈ったかの方が気になるのですが」
セレスティの至極当然な問いに、零はなおもかわいらしく小首を傾げて言うのだった。
「それは、お兄さんと私の秘密です」
「そうですか……それならしょうがありませんね」
「でも、噛み付かれたり逃げ出したりして大変だったんですよ。バレンタインって大変なんですね。だからみんな、毎年あんなに大変そうにしてるんですね」
しみじみと、何かを納得したようにそう一人頷いている零。
彼女の言葉に、シュラインと日和は思わず作業の手を止め、その顔を見合わせたのだった。
「おやおや」
そして、セレスティは一人苦笑する。
「どうやら、草間さんの苦悩が垣間見えた気がしましたね」
■□■
「あれ?」
「どうしたの、零ちゃん?」
ぱたぱたと興信所内の整頓を続けていた彼女たち。
草間のデスクの上を水拭きしていた零が、ふとその手を止める。
「あの、シュラインさん?」
「え?」
「……いえ、なんでもないです」
「そう?」
そこに置かれていたメモを目にした零は、こっそりいいなあ、と呟く。
――私にも、こんな人がいてくれたら幸せだろうな。もちろん、お兄さんがいてくれるだけで充分なんだけれど。
机の上に残されていた走り書き。
よほど慌てていたのか、最後の方はかなり文字が崩れている。
●シュラインを家まで送る。その際VDに貰った眼鏡ケースの礼を今度こそ伝える。
誕生日を聞き出す。好きな色は何色か聞く。行きたい場所、欲しいもの
そして、草間が悠宇とともに疲労困憊の態で帰宅した際、その手には石とも岩ともつかない焼け焦げたクッキーがあったことを付け加えておこう……。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【0086 / シュライン・エマ /しゅらいん・えま/ 女 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3525 / 羽角悠宇 /はすみ・ゆう/ 男 / 高校生】
【3524 / 初瀬日和 /はつせ・ひより/ 女 / 高校生】
【1883 / セレスティ・カーニンガム /せれすてぃ・かーにんがむ/ 男 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
(受注順)
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、つなみりょうです。
この度は発注いただき誠にありがとうございました。
なお、今回は予告どおり「うばいとれ!」と「つきつけろ!」の2シナリオを同時進行、とさせていただきました。そのため、展開が一部重なっておりますがご了承下さい。
さて、今回はこじんまりした小品、を目指してみました。
ほのぼのとした、なんのことはない日常のようなものを表現出来ていればな、と本人は思っているのですが、さていかがでしたでしょうか?
シュラインさん、今回もありがとうございます。
今回はあえて草間さんとのからみを書かずに、それでいてお二人の結びつきのようなものが表現出来れば、と思ったのですがさていかがでしたでしょうか?
お二人はお二人で、まだまだ書くべきドラマがありそうな気がします。これからも書かせていただければな、なんて思っております(笑)
感想などありましたらぜひお教えくださいませ。
それでは、つなみりょうでした。
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