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<ホワイトデー・恋人達の物語2005>


つきつけろ!



 俺の名は草間武彦。東京都下の片隅で、小さな興信所を開いている。
 仕事内容は人探しや浮気調査……まあその辺のところと変わらない、ありふれた興信所だよ。困ったことがあったら、ぜひとも当興信所まで来てくれ。悪いようにはしないぜ。
 ――あ? 『怪奇探偵』として有名な草間興信所はここじゃないのかって?
 ししし、知らないな。そこは俺じゃない、断じてここじゃない!
 いいか、もし怪奇現象で困ったことがあっても、ぜひとも当興信所には来ないでくれ。さっきと言ってることが違う? なんのことだか、俺には分からないな。


 ああ、そんなことはどうでもいい。俺は今少しばかり忙しいんだ。仕事の依頼じゃないなら帰ってくれるか。怪奇の類なら、仕事の依頼でも帰ってもらうけどな。
 ――え? 何やってるのかって? その書き込まれてるメモ一覧は何かだと?
 ちっ、見つかったならしょうがない。まあちょうどいい、おいそこ。お前も一枚噛んでもらおうじゃないか。

 
 バレンタインデーは知ってるな? そうだ、あの2月にあったヤツだ。
 俺はその時プレゼントをもらった。まあそれはいい。俺ぐらいになればプレゼントなんてめったにな……じゃなくて、日常茶飯事だからな。嬉しかった、とは言っておく。
 だが、それがただ物じゃないのは俺にでさえ一目で分かった。何というかその、俺には過ぎた物というか、その……だめだ、俺にはアレを形容する事なんか出来ん。

 それでだ。今日は何の日か知ってるか? ……そうだ、ホワイトデーだ。
 俺はそのプレゼントのお返しを用意しなきゃならない。だが何を用意したらいいのかさっぱり見当がつかないんだよ。煙草、酒……ダメだ、俺にはそんなものしか思いつかん。
 ううん、プレゼントを手渡してきた時のあの笑顔が忘れられない。3倍返しって言葉知ってるか? ときたもんだ。しかも満面の笑みだぞ、俺を真っ直ぐに見つめてさらに目は笑ってないんだぞ?!


 参った。他の奴はどんなお返しを用意してるんだ? 
 ケチってると思われるのは心外だが、それにしても……やっかいなイベントだな、これは。





つきつけろ! 



「ちょっと出てくる……」
 くわえている煙草を今にも飲み込んでしまいそうな表情で、草間武彦はゆらり立ち上がるとそのままふらりと興信所の扉に手をかける。
 あまりの顔色に、彼のすぐ傍らで会計簿を開いていたシュライン・エマも立ち上がろうとすると、当の草間によって手で制された。
「お前は来るなって」
「でも」
「……お前にだってお返しやるんだから、付いてこられちゃ困るだろうが」
「ひゅーひゅー、草間さんたまにはイイトコあるじゃん」
 そんな草間をはやし立てたのは、ソファにどっかと座っていた羽角悠宇だ。もちろん、彼の傍らには初瀬日和もいる。
 と、ひとまずそんな彼をじろり睨んだ草間だったが、すぐに今度は手を逆の方向にと動かした。
「お前はさっさと立て」
「は?」
「お前も来るんだ。……お前だってバレンタイン、なんかもらったんだろ? 俺に付き合ってもらうぞ」
 意外な言葉に、悠宇は傍らの日和と視線を見合わせる。
「まあ、それは別に構わないけどさ。どこ行くの?」
「来れば分かる。いいから、さっさと来い」

 そして、渋面のまま草間はさらに横へと視線を流し……おんぼろソファの一番端で、静かに日本茶――安物には違いないが、茶を淹れたシュラインの手によってなかなかの味わいに昇華されている――をすし屋の湯のみで飲んでいた、セレスティ・カーニンガムを見やった。
「じゃあ、行ってくるから」
「行ってらっしゃい、草間さん」
 音もなく、お茶をこくりと飲んだセレスティは、草間を見てにっこりと微笑んだ。
「ご武運をお祈りしております」
「ああ……無事を祈っててくれ」

 そんな二人の会話を可愛らしく小首を傾げ見つめていた零は、にっこりと微笑む。
「兄さんってば、なんだかよっぽどの怪奇事件へ立ち向かいに行くみたい」
 あくまでも無邪気なその発言に、ははは、と力ない笑いを漏らす草間。
「俺にとっちゃ似たようなもんだよ……」



     ■□■
     
     
     
「おい、草間さん」
 興信所を後にそそくさと歩き出した草間の背中を、悠宇は必死に追いかける。
「どこ行くんだよ、それにいいのか? シュラインさん残してきちゃって」
「おまえこそ、日和君を置いてきていいのか」
「俺だけ呼び出したのは草間さんだろ」
「ああ、まあ……それもそうなんだが」
「どうもおかしいなあ、今日の草間さんは」
 どうしたんだよ、と悠宇が探るような目を向けると、草間はぽつりほっとけ、と呟いた。
「俺はな、『3倍返し』のことで頭がいっぱいなんだよ」
「それだけどさあ。……零ちゃんのことだから、ちょっと騙されてるだけだと思うぜ?
別にいいじゃん、だいたい、あんたからのプレゼントってだけで嬉しいと思うんだけどな」
「……全く、青臭いガキが生意気言うな」

 と、草間はそこでようやく笑った。
 ぶっきらぼうな彼の物言いの中に、自分の身をおもんばかる気持ちを察したのだろう。すっかり短くなった煙草を吐き出すと、あらためて胸のポケットからマルボロを一本取り出す。
 それからゆっくりとジッポで火をつけ、悠々とした仕草で吐き出す煙。――それから再び歩き出した時、その歩調は随分と安定したものになっていた。

「それで? お前はどうなんだ」
「何が?」
「お前もアレだろ、日和君に何かもらったんだろ。ちゃんとお返しは用意してあるのか?」
「あったり前じゃん! 鉢植えと……あとは手作りだぜ、手作り!」
「鉢植えってのは花か?」
草間の問いに、にやり笑う悠宇。
「ああ。桜だよ。日和が一番好きなんだ。
ほら、女の子って花を貰うと嬉しがるだろ。でも、せっかくだから枯れたらもったいないし、それで、桜の鉢植えをさ。
なあ、草間さんも花束贈れば? けっこう喜ぶと思うぜ」
「それも、考えたけどな」
「けど?」
「……あのな、零にやらんで、あいつにだけ贈るわけにもいかないだろうが」

 ずれてもいない眼鏡を直す草間。「モテる男はつらいね!」との悠宇の冷やかしも、彼方を見やる事でやりすごす彼だった。


「んで? 手作りってのはなんだ? 」
いささか苦しげに、草間は話題を戻した。
「ああ、髪飾りだよ。桜の造花をあしらった、あいつの長い髪に似合うようなバレッタさ。
せっかくだからあいつに一番似合うの作ってやりたいと思って。
……そんでもって、俺がいない時もそれがお守り代わりになってくれればなって、ちょっとそういう力も込めてみたつもりなんだけど」

 そこまで言ったところで、悠宇が言葉を切る。
「なあ、草間さん」
そして、ふと口調を変えた。わずかに下がった声のトーンに、草間が軽く目を見張る。
「ほら、俺たちってさ。
けっこう危ない事に遭遇することって多いだろ。そういうのって心配じゃねぇ?」
「……あいつのことが、ということか?」
 ああ、と悠宇は小さく頷く。
「俺さ、自分のことはどうでもいいんだけど、日和が危ない目に合うのだけは嫌なんだよな。
だから、あいつのことは絶対守ってやりたいしさ、だから正直あんまりいろんなことに巻き込みたくないな、とか思っちゃうんだよね」
「……俺が、そう思っていないとでも考えていたのか」
 草間のぼそっとした呟きに、悠宇は驚き顔を上げる。
「え! そうなの?」
「なんだ、俺だって別に好き好んで危ない稼業を続けているわけじゃないぞ。怪奇現象なんて、呼んでもないのにあっちから来る始末だしな」
 苦そうに目を細めながら、煙草の煙を長く吐き出した草間。
そして、短く言った。
「だから、傍にいてもらえ」
「え?」
「自分の手の届く範囲が一番安心だからな。……もしお前の傍で日和君が危ない目に合ってたら、何が何でもお前は助けるだろう?」
「当たり前だろ」
 強い語調に、悠宇はまるで怒ったような物言いになる。
「だから、俺たちの傍にいてもらうのが一番ってことさ。目の届く範囲なら守ってやれるんだから。
どうしても手離せない存在なら、そこまで腹をくくるしかしょうがない」


 強く吹いた風は、ずいぶんと温もった春の風。ほこりっぽくも身を切るような冷たさはなく、季節が移りつつあることを確かに知らせていた。
 差し掛かっていた並木道はちょうど桜の木で、――ああ、早く咲かないかな。などと悠宇は思う。
 ――満開に咲いたら、日和は喜ぶだろうな……。



「さすがカッコいいじゃん。人生のセンパイってとこだね」
「目が笑ってるぞ」
「でもさー、正直稼ぎが少ないのはどうかと思うぜ、俺」
「誰が稼ぎが少ないだと?」
 腕を振り上げた草間に、わぁ、勘弁カンベン! と降参のポーズを取った悠宇。

「……あ、ていうかさ。結局、俺たちどこへ向かってるわけ」
「お前、そんなことも分からないのに付いてきたのか」
「なんだよ、言ってくれなかったの草間さんだろ」
「まあ、それもそうか……いや、悪かった」
 我に返ったように、がりがりと頭をかいた草間。
 短くなった煙草を地面に捨て、また新たに取り出そうとした彼だったが、ケースが空になっていたことに気づいて酷く情けない顔をする。
「セレスティの屋敷だよ。ちょっと頼んでおいたんだ」
「え! あの大豪邸?! なんでまた!」
「この俺が事務所で料理するわけにはいかないだろ。
それで、あいつにそう漏らしたら……場所を貸してくれるって言うんでな」
「……あんたが料理ねぇ。ハードボイルドには程遠いね」
「手作り品には手作りで返せとセレスティに説得されたんだよ……まぁ、金もないしな……」
「なーるほどぉ」

 殊勝げな相槌を打ちながらも、可笑しがっている様な声をもらす悠宇を、草間はじろりと睨む。
「お前なあ、『あんな』手作り品もらったら、お前だって悩むぞ! しかもアレだぞ、三倍返しだぞ?!」
「というか草間さん、一体なにもらったんだよ?」

 当然の如くの疑問に、草間はただ頭を抱えることで応えた。
「うう、噛み付かれたり逃げられたりするのはもうたくさんだ……」



 宙を見るその目はうつろで、しみじみと『モテる男はつらいんだなぁ』と思った悠宇だった。
 そして、草間が悠宇とともにセレスティの館で苦労の末作り上げたのは、石とも岩ともつかない焼け焦げたクッキーだったことを付け加えておこう……。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【0086 / シュライン・エマ /しゅらいん・えま/ 女 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3525 / 羽角悠宇 /はすみ・ゆう/ 男 / 高校生】
【3524 / 初瀬日和 /はつせ・ひより/ 女 / 高校生】
【1883 / セレスティ・カーニンガム /せれすてぃ・かーにんがむ/ 男 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】

(受注順)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、つなみりょうです。
この度は発注いただき誠にありがとうございました。
なお、今回は予告どおり「うばいとれ!」と「つきつけろ!」の2シナリオを同時進行、とさせていただきました。そのため、展開が一部重なっておりますがご了承下さい。

さて、今回はこじんまりした小品、を目指してみました。
ほのぼのとした、なんのことはない日常のようなものを表現出来ていればな、と本人は思っているのですが、さていかがでしたでしょうか?


 悠宇さん、今回もありがとうございます。
今回はほのぼのとしながらも、どこか悠宇さんらしい強さのようなものを見せられたらな、と思ったのですがさていかがでしたでしょうか?
悠宇さんのプレゼントに、日和さんはきっと喜んだと思います。今回のお話でその顔を思い浮かべていただけたら、何よりライター冥利につきます。さて、いかがでしたでしょうか?


感想などありましたらぜひお教えくださいませ。
それでは、つなみりょうでした。