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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:冬の終わり、戦いの始まり  〜東京戦国伝〜
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

 ニッポンという国は弱い。
 スポーツが弱いとか軍事力が弱いとか、そういう次元の問題ではない。
 精神的に脆いのだ。
「えらく誤解を招きそうな言い方だな」
 草間武彦が苦笑する。
「でも、事実だと思いませんか?」
 応接テーブルの向かい側に座した男が、すまして言った。
 主体的な意志の弱さこそが、日本国民最大の弱点だ。
 いつの時代でも。
 波風を立てず、上からの命令には逆らわず、孤立しないように。
 簡単にいってしまうと、このような国民性なのである。
「逆に強いともいえないか? 命令されるがままに命まで捨てて特攻かけるんだぜ?」
「いつの時代の話ですか。でも、それは強さだと思いますか?」
 反問。
 降参の手振りで応える探偵。
 第二次大戦中、撃っても撃っても味方の死体を踏み越えて接近してくる日本兵に対して、アメリカ軍はほとんど迷信的な恐怖を感じたという。
 そしてそれは終戦後、アメリカ兵たちの悪夢の温床となった。
「誰かが主導権(ヘゲモニー)を主張すれば、雪崩をうって体勢が傾く。独裁を忌避するなんて言っても、六〇年前は立派な軍事独裁国だったんだしな」
「そうです。アメリカから民主主義がもたらされてから、まだ一世紀も閲していないんです。だからこそ」
「だからこそ、もう一度独裁国に戻る可能性も否定できない、か」
「ご明察」
「褒めたって何にもでねえよ。まあ考えてみれば、民主主義だって戦勝国に押しつけられたもんだしな。自分たちで模索して勝ち取ったわけじゃない」
 草間の認識は苦い。
 こういう国民性だから、自分たちが何とかしなくては、と、考えるものが現れるのかもしれない。
 七条の一党、あるいは、ヴァンパイアロード。
 彼らは改革指向者だったのではないか。
「そしておそらくは、あの男も」
 織田信長。IO2によって再臨した、この国の歴史上唯一の天才。
 日本転覆を目論む、第六天魔王。
「で、また動いたのか? 冬眠の季節も終わりだしな」
「動いたのは北海道です。あの人が東京を訪れますよ。首相と会談するために」
「ほう?」
 ぴくりと草間の眉が動く。
「綾さんと奈菜絵くんがガードについていますが、草間さんの方でも人を出してください」
「報酬は?」
「一人あたま一〇〇〇万」
「‥‥本気だな。稲積」
「おそらく、相手も」
 不吉な予言のように響く言葉。
 午後の日差しが男たちの横顔を照らす。
 冬の終わりをつげるように。






※東京戦国伝です。
 ご参加の際は、これまでの東京戦国伝シリーズの精読をおすすめします。
※特殊なバトルシナリオです。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日にアップされます。
 受付開始は午後9時30分からです。

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冬の終わり、戦いの始まり

 季節は春に向かって着実に歩を進めている。
 沖縄あたりからは花の便りが聞こえ、東京の街を覆う冬空に春の女神の角笛が響くのはもうじきのことだろう。
 うっとうしい外套を脱ぎ捨てるのももうすぐだ。
「それまで生きていればな」
 不機嫌な顔で不機嫌声を出すのは不動修羅。
 人心は、むしろ季節に逆行しているようだ。
 IO2‥‥信長軍団との戦いに、ほぼ最初から参加している若者だ。それだけに、敵の強さもよく知っている。否、思い知らされているというべきか。
 幾度も剣豪たちと戦い勝利を得たが、互角以上の勝負ができたとは思えない。
「小細工で勝っただけだ」
「小細工だろうとなんだろうと、勝ちは勝ちだぜ」
 守崎北斗が反論する。
 不動以上に苦しい戦いを彼は経験しているのだ。
 左の二の腕にある傷は、サンシャイン六〇ビルの戦いで切断されかかった痕だ。
 あのとき、彼と兄の啓斗は三好青海入道と三好伊三入道という二人組の巨漢と対峙した。前回の戦闘での傷が回復しきっていなかった少年たちは、とんでもない戦法によって辛くも勝利を得たのである。
 それは相殺。
 相手の攻撃を回避せず、受けた以上のダメージを与え続ける。
 究極ともいえる消耗戦の結果としての勝利だった。
 北斗は左腕を腱一本残して切断されたし、啓斗は全身を一四カ所に渡って骨折した。回復がもう少し遅れていたら取り返しのつかない事態になっていただろう。
「それでも、きれいに戦って勝てる相手じゃないんだよ」
 双子の弟の肩を叩く啓斗。
 生半可な覚悟では勝てない。
 もちろんその覚悟とは死ぬ覚悟ではない。勝って、生き残る覚悟だ。
「でもあんまり無理はしないでね?」
 心配そうにいうのはシュライン・エマである。
 彼女にとって啓斗も北斗も不動も、年の離れた弟のようなものだ。ぼろぼろに傷ついてゆくのをみるのは正直つらい。
「俺のことは心配してくれないのか? シュライン」
「あんたは綾さんに心配してもらいなさい。ハイジ」
「心配はかけたくねぇけどな。正直なところ」
 肩をすくめる巫灰慈。これはほとんど全員に共通する思いだろう。
 シュラインは夫の草間を、巫は恋人の綾を、啓斗は弟の北斗を、それぞれ心配している。と、同時に、心配される方もまた相手を心配しているのだ。
「それにしても稲積のダンナ、一〇〇〇万とは張り込んだねぇ。七条とやったとき以来じゃねぇか?」
 報酬額のことだ。
 富豪の稲積警視正からの依頼でも千万単位になることは滅多にない。しかも総額でなくひとりあたりの報酬である。これは、巫がいったように、かつて七条家の陰陽師軍団と戦ったとき以来だ。
 あの富士演習場での激闘から、ほぼ二年が経過しようとしている。
「それだけ厳しい戦いになるってことなんだろうけどな」
 啓斗が深刻に呟く。
 彼は陰陽師との戦いには参加していないが、仲間たちから話は聞いていた。
 両軍あわせて千名以上の命が失われた戦い。はっきりいって戦争である。
 あるいは、IO2との戦いも戦争の規模に発展するのだろうか。
「そうなる前に片を付けないとな」
「ああ」
 巫と北斗が会話を交わす。
 それを、やや遠くから眺める男。
「なんで民間人がいるんだ‥‥」
 なにやらぶつぶつ言っている。
 彼の名は葉月政人。警視庁警備部に出向している現職の警察官だ。ちなみに警備部というのは、機動隊を抱え、警察機構最大の戦力を有する部局である。
 今回の仕事は怪奇探偵だけに声がかかったわけではない。首相の護衛を兼ねるということで、警備部や刑事部、公安部などからも猛者が集められたのだ。
 もちろんこちらには稲積からのボーナスは支給されない。公務員なので別口に報酬を受け取るわけにはいかないからだ。
 それに、実際問題として怪奇探偵を含めた護り手たちは警察の戦闘力をあてにしてはいない。七条との戦いでも、邪神との戦いでも、ヴァンパイアロードとの戦いでも、警察はほとんど戦力になっていないのだ。彼らが無能だから、ではむろんない。
 一番の理由は、スタンスである。
 警察でも自衛隊でもいいが、超常現象は専門外だ。
 それが近代国家の公的機関というものであるし、その姿勢で間違っていない。
 もしも国家がオカルトを信奉するようなことになったら、この国の未来は湖に張った薄氷の上でタップダンスを踊るようなものだ。
 科学と証拠主義。
 万民が納得するカタチで行われてこその司法活動である。
 だから、葉月があやしげな怪奇探偵たちに不審の目を向けるのは、むしろ当然だろう。
 ことは警察の威信に関わるのだ。
「お着きのようだ」
 探偵たちのひとり、不動が空を見上げた。
 双発の輸送ヘリが爆音とともに近づいてくる。


 IO2‥‥信長軍団は反魂された者たちだけで構成されているわけではない。
 もともとこの組織にいた人間も含まれているし、織田信長の復活以後に傘下に加わったものも多い。
 もちろん信長のやり方に反発して出て行ったものもいる。
 その代表格が榎本武揚だ。
 決別の理由は、理想とするものの違いであろう。
 中央集権的な支配を目指す信長。
 北海道の地に共和国を築こうとしていた榎本。
 彼ら二人が同一直線上に立てるはずがない。
 はずがないのに榎本を反魂したのは、おそらく信長の異常ともいえる人材収集欲のせいである。
 幕末から明治期にかけての、日本最高の軍師にして軍団経営者。これを幕下に加えることで信長の陣営は著しく強化される。統率力だって無視できない。
 しかし、結局のところ、榎本が信長に協力することはなかった。
 以後、IO2は幕末期の勇者を反魂していない。
 榎本の陣営に走ることが警戒されたからだ。
「ひとつ疑問があるんだ。榎本さん」
「あいつらは反魂しているんだよな? 一度おれたちに倒された剣豪がまた出てきても良いと思うんだが」
 啓斗なかば手を挙げるようにして訊ねる。
「反魂といっても、何もないところに霊を降ろしているわけではないんだ」
 榎本がシニカルな笑みを浮かべた。
「不動くんだったかな。彼のやり方に近いものがある。つまり人間に霊魂を憑依させているんだ」
「‥‥‥‥」
 ぴくりと不動の眉が動く。
 彼には判ってしまったのだ。
 霊を降ろすというのは肉体にかなりの負担をかける。不動のように慣れたものでも一時間くらいが限度だ。にもかかわらず榎本も土方も信長軍団も、ずっと彼らのままだ。
 つまり、
「‥‥死人、か」
「そういうことだ。ちなみに私の身体の持ち主は仁科浩之という。一年半ほど前に行方不明になった埼玉在住の男性だ」
「なんてことを‥‥」
 シュラインがうめいた。
 IO2は誘拐と殺人を犯していることになる。
 いくら激減した護り手を補充するためとはいえ、このような形で一般人を巻き込むとは。
「反魂するには型が適合しなくてはいけないらしい。だから、無限に増えることだけはない」
「一般人を守るために、一般人を犠牲にする、か」
 失笑直前の表情で巫が言った。
 グロテスクきわまるパラドックスだ。
 笑うしかないとはこのような状況だろうか。
 仲間たちも肩をすくめている。
 ひとり憮然としているのが葉月だ。そもそも民間人がIO2の存在を知っているのが気に入らない。閣僚と一部の官僚にしか知られていないというのに。
「あの人がぺらぺら喋ったのか‥‥」
 非友好的な視線を稲積に向ける。
 事情を知らないのだから仕方がないことではある。
 とはいえ、葉月は自分の仕事はきちんとこなすつもりだ。必ず首相は守りきる。榎本と名乗る反魂者がどうなろうと知ったことではないが、首相を失えば国が混乱に陥るのだ。
 それだけは避けなくてはならない。
「‥‥きたようだな」
 壁際にたたずんでいだ男が、すっと動いた。
 反魂者のひとり、土方歳三である。
 手には愛刀の和泉守兼定。
 本物ではなくレプリカである。ちなみに実物は土方歳三資料館に保管されている。
 これは北海道に在住している嘘八百屋が作ってくれたものだ。
「あのときみたいだな」
「じゃあ結果も同じにしたいわね」
 巫とシュラインもそれぞれの得物を手に続く。
 見下ろすのは首相官邸の前庭。
 かつてヴァンパイアロードとの最後の戦いが行われた場所だ。
 奇しくも、とはいえない。
 戦場とは、攻める側と守る側の暗黙の了解の元に決定されるからだ。
 信長軍団は首相官邸に入り込まなくては首相と榎本を暗殺するという目的を達せられない。反対に護り手たちは絶対に敵を建物内に入れてはいけない。
 前庭が決戦の場になるだろうことを、彼らは予想していた。
 おそらくは、敵も。
「いくぞっ!」
 黒装束に身を包んだ啓斗が駆け出す。
 常は慎重な少年だが、このときはやや猪突の感がある。
 両手に持った雌雄一対の剣。
 午後の日差しを受けて輝く。


 春を迎えつつある東京に、剣戟と血の華が咲き誇る。
 狂い咲きだ。
「こいつら‥‥やるっ!」
 忌々しさと賞賛を同時にはき出す巫。
 現在前面に展開しているのは雑魚どもでしかないないはずだが、ひとりひとりが充分な戦闘力を有している。
「破っ!」
「斬っ!」
 土方と、その横で戦う不動‥‥いまは、斉藤一。
「衰えていないな」
「あなたこそ。土方さん」
 会津以来の戦友が、時を越えて邂逅した。
 もちろん久闊を叙している余裕などないが。
「今度は、勝ちましょうね」
 不動の剣が横薙ぎの一撃を放つ。
 護り手たちは善戦していた。
 地の利が彼らにあるというのがひとつの理由だ。
 首相官邸は要塞ではないが、当然、入り口は限定されているので守る方が有利なのだ。
「なんなんだこいつらっ!」
 立て続けに拳銃を咆吼させながら、葉月も吼える。
 信長軍団との戦いの経験が無い彼が混乱するのも当然だろう。なにしろ銃弾すら軌道を読んで回避する敵である。しかも、ちょとでも隙を見せれば日本刀で斬り込まれ、手裏剣が飛んでくる。
 まとっている装甲服もすでにぼろぼろだ。
「軒猿忍軍‥‥」
 啓斗が呟く。
 それは、かつて上杉家に仕えた忍術の開祖といわれる忍者部隊。
 以前に戦った伊賀忍軍とは比較にならない強さだった。
「でも‥‥邪神たちほど厄介じゃないわ」
「ドラキュラに比べれば楽勝だぜっ」
 シュラインのシルフィードと北斗の炸裂弾が、求めて忍者を吹き飛ばす。
 強がり、ではない。
 今以上に苦しい戦いなどいくらでもあった。
 蒼眸の美女などは敵に誘拐されたこともある。
 それに比較すれば‥‥。
「比較すんなよっ!」
 突進した巫がまとめて二人ほど斬り捨てた。
「ナイスタイミングっ ハイジ!」
 綾の声と魔法がその背を追い越し、死と破壊をまき散らした。
「さあ。お出ましだぜ。歓迎会の準備はできてるか?」
 不敵な笑みを浮かべる北斗。
 視線の先には、分厚い防御陣を引き裂かれ本体を露出させた信長軍団。
 そしてその中央部。革製のジャンパーを羽織ったやせ形の男。紹介されるまでもない。あれが織田信長が反魂された姿だろう。
「きたな‥‥」
「きましたね‥‥」
 土方と不動が呟く。
 ふたりの頬と背中を滑り落ちる冷たい汗。
 稀代の剣士たちは感じてしまったのだ。第六天魔王と名乗る男が放つ、異様なまでのプレッシャーを。
「お待たせしましたね。皆さん」
 その信長の前に立った少年、真田幸村が穏やかな微笑を浮かべた。
 前哨戦は終わり、決戦の火蓋が斬って落とされる。


「いくぜっ!」
「おうっ!」
 最も好戦的な巫と北斗が突進し、その後に土方と不動が続く。
 最強のカルテットだ。
 奏でられるものは音符ではなく死の絶叫。
 名も知れぬ剣士たちが、次々と土塊に変わってゆく。
「‥‥‥‥」
 葉月が拳を握りしめる。
 彼は悟った。悟ってしまった。
 命を惜しむような戦いでは、けっして勝てない敵なのだということを。
 これまで戦場に散っていった多くの護り手たちと同じように。
 もし腕を引きちぎられたら、その腕を投げつけてやる。
 もし首を飛ばされたら、頭だけになっても噛みついてやる。
 後ろにだけは、絶対に倒れない。
 背後には、この国と、なにも知らずに平和に暮らす人々がいるのだ。
 欠点だらけの日本。
 政治家は腐敗しているし企業家に倫理はないし犯罪は増えているし不景気だし、とてもではないが理想郷からはほど遠い。
 矛盾も不公正も、一山いくらで売れるほどある。
 だけど、それでも、
「それでもっ! 護るためにっ!!」
 雄叫びと同時の突進。
 意表を突かれた忍者の鳩尾を強烈に突き上げ、浮いた身体に回し蹴りを叩き込む。土塊へと変わってゆく忍者の刀をもぎ取り、背後から接近する敵を斬り伏せる。
 むろん信長軍団の攻撃も間断なく降り注いでいる。
 全身に傷が刻まれてゆく。
 しかし防御などしない。
 なりふりなどかまわない。
 鬼のように。
 羅刹のように。
「どうやら、新しい護り手がひとり誕生したようでございますね」
「落ち着いて見てないでよ。嘘八百屋さん。援護してあげないと死んじゃうわよ。彼」
 矢継ぎ早に不可視の矢を撃ち出しながらシュラインが言う。
 獅子奮迅の働きを見せる葉月だがダメージの蓄積が無視できない。両肩のショルダーガードは切り裂かれ、左腕はありえない方向に曲がり、背中からも足からも絶え間ない出血が続いている。
 放っておけば、まず間違いなく死に至るだろう。
 かといってシュラインも啓斗も自分の担当する区域だけで手一杯であり、とても葉月のフォローにまで手が回らない。
「やれやれ。どんどん人使いが荒くなってまいりますなぁ」
 苦笑した和装の青年の姿が、ふっとかき消える。
 瞬間。
 一陣の風が葉月の周囲を巡り、群がっていた忍者軍団の首をまとめて刎ねた。
 唖然とする青年。
「人使いっていうのかしら? こういうのも」
 シュラインの声が、やけに遠くから聞こえた。
「そらが‥‥あおいな‥‥」
 いつそうしたのか、地面に仰向けに転がった葉月が呟く。
 狭まっていく視界。
 春空の突き抜けるような蒼さが、なぜか目にしみる。


 戦況は、どちらが有利とはいえなかった。
 信長軍団は凸形陣をもって首相官邸に侵入しようとはかり、護り手たちも同じ凸形陣で侵入を阻んでいる。
 力比べのようなものだ。
 信長の本陣を露出させたことで、一度は均衡が護り手たちに傾いたが、精鋭が投入されたことで再び秤がもとに戻ってしまった。
「さすが誰でも知ってるだけの術者ね‥‥」
 戦闘服をぽろぽろに切り刻まれた綾が、巫の肩を借りながら呟く。
「物理魔法と互角に戦えるヤツがいるなんてな」
 彼らふたりが相手にしているのはたった一人だ。
 ただし、並の一人ではない。
 阿倍晴明。
 平安時代の陰陽師である。
 まさに伝説級の相手だ。
 もし綾か巫、単独で戦っていたらとっくに勝敗は決していただろう。
 二対一だからこそ、なんとか互角に戦えているのだ。
『フィンガーフレアボムズっ!!』
 恋人たちの声が重なり、無数の火球が陰陽の大家に降り注ぐ。
「火には水‥‥自明のことだ‥‥」
 対峙する男の懐から数羽の烏が飛び立つ。
 色を持たぬ透明な烏。
 それらが火球とぶつかって、互いに消滅してゆく。
 濛々たる水蒸気を残して。
 即席の霧だ。
 その霧を切り裂き、土方と不動が突き進む。
 彼らの相手も一人。
「せいっ!」
「破っ!」
 左右から打ち込まれた剣は、
「‥‥良い腕だ」
 両手に一本ずつ構えた刀に止められていた。
 宮本武蔵。
 戦国末期から江戸期に異彩を放つ剣豪。二天一流を編み出した最強伝説を築いた男。
 その技倆は、土方歳三、斉藤一という幕末の剣客ふたりを圧倒していた。
「褒めても、何も出ないぞ」
 下段から掬い上げるような一撃を土方が放つ。アスファルトをかすめた切っ先が火花を散らしたほどの速度だ。
 半歩だけ横に移動して回避する宮本武蔵。
 動きを読んだ不動が今度は正眼から鋭く突き込む。
「理にかなった攻撃だ。たが、だからこそ容易に予想がつく」
 声と、乾いた音。
「な‥‥っ!?」
 たたらを踏む不動。
 鍛えられた鋼の日本刀が、半ばほどで斬り飛ばされていた。
 刀で刀を斬る。
「バケモノめ‥‥」
 冷たい汗が少年の頬を伝う。
 しかし冷や汗は、彼の専有物ではなかった。
 北斗は真田幸村と斬り結び、啓斗が相手をしているのは信長の側近の一人、前田利家である。
 人呼んで、槍の又左。
「間合いが取りにくいっ」
 珍しく愚痴などをこぼす啓斗。
 前庭のようにスペースのある場所なら、また、ここまでの乱戦になってくるとたしかに双剣よりも槍の方が有利かもしれない。
 二転三転と蜻蛉を切って射程圏から逃げる。
「そうはいくかっ!」
 すかさず追撃にうつる前田利家。
「くっ!」
 なんとかかわし、受け止めるが、啓斗の身体に無数の小さな傷が作られてゆく。
「おのれちょこまかとっ」
「はいそうですかって正面から打ち合えるかよっ」
 速度ではかろうじて啓斗の方が上らしい。だが一撃一撃の重さがまるでちがう。
「兄貴っ!」
「ははは。他人の心配とは余裕あるじゃないですか」
「ぐ‥‥」
 薙がれる、北斗の脇腹。
 着込んだ鎖帷子で致命傷は免れたが、
「やば‥‥またアバラもってかれた‥‥」
 痛そうな顔を見せないようにして飛びさがる青い目の少年。
 真田幸村のいうとおりだ。
 こいつら相手にはごく些細な油断すら命取りになる。
 それにしても‥‥。
「アンタ軍師じゃなかったのかよ? 軍師のくせに個人戦も強いなんて反則だぜ」
 軽口めかして苦情を申し立ててみる。
「父はもっと強いですよ」
 声と同時に打ち込まれる刀。
「くっ! はっ!」
 ぎりぎりのところで受け止める。
 折れた肋骨が激痛を走らせる。
「ぐ‥‥」
「時間稼ぎですか? 稼いでも有利にはなりませんよ?」
「よけいな‥‥お世話だ‥‥」
「そうですかね?」
 会話を交わす間にも、必殺の威力を秘めた刀が何度も打ち交わされている。
 じりじりと北斗の体力が削られてゆく。
「やばいかな‥‥こいつは‥‥」
 絶望の黒い染みが、少年の内心を蚕食していった。


「滅びの風っ!」
 苦戦する仲間を見かねて、シュラインが大技で援護しようとした。
 しかし、
「うそっ!?」
 音波震動によってすべてを砂に変える最強の矢は彼女の手元から発射されない。
 シルフィードの内蔵魔力が尽きたのである。
 あわててポケットを探る。
 長期戦になることを覚悟していたシュラインだから、あらかじめ嘘八百屋からスペアの魔力ユニットを借りていたのだ。
 だが、さすがに戦闘中に魔力補充などやったことのない彼女である。手間取ってしまう。
 時間にすれば五秒か、一〇秒ほどだろうか。
 ブレスレットに視線を落とし、再びあげたとき、シュラインの目の前には男が立っていた。
 革のジャンパーを羽織った男。
「なっ!」
 とっさにシルフィードを構えるが、
「きゃっ!?」
 蹴り飛ばされる。
「お前が護り手どもの頭脳だな」
 起きあがる暇もあればこそ、胸ぐらを掴まれて引き起こされる蒼眸の美女。
「佳い女だ。殺すには惜しいが」
 舌なめずりするような言葉。
 シュラインはぞっとした。
 目前にいるのは、女子供まで平然と虐殺するような男である。
「殺す前に、すこしは目を楽しませてもらおうか」
 瞬間。
 大きく引き裂かれるシュラインの戦闘服。あらわになる白く豊かな胸。
「くっ!」
 信長を睨みつけるシュライン。
 低劣な行動だ。だが、それが彼女の脳裏に危険信号を点灯させる。
 激戦のさなかに女を犯そうとするような、その程度の馬鹿が敵の総大将なのか。
 然らず。
 その程度の相手なら、こんなに対応に腐心する必要はないのだ。
 であればこれは‥‥。
「てめぇ! おれのシュラインになんてことをっ!!」
 草間が拳銃を構えて走り寄ってくる。
 怪奇探偵だけではない。啓斗と北斗も、巫も、常は冷静な綾も、目前の戦闘を放棄して彼女を助けようと走る。
「だめっ! 武彦さんきちゃだめっ!! 罠よっ!!」
 シュラインが叫ぶ。
 愛する男のために。
 だが、半瞬だけおそかった。
「ぐ‥‥っ」
「感情というのは厄介なものだな。周囲が見えなくなる」
 腹から刀を生やし、崩れ落ちる草間。
 その背後から現れる、真田昌幸。
「うそ‥‥武彦さん‥‥? いや‥‥いやぁぁぁぁっ!!!」
 シュラインの絶叫が、戦場にこだました。
 饗宴は、まだはじまったばかりである。














                 TO BE CONTINUED!!


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0568/ 守崎・北斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・ほくと)
0554/ 守崎・啓斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・けいと)
0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
2592/ 不動・修羅    /男  / 17 / 高校生
  (ふどう・しゅら)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
1855/葉月・政人     /男  / 25 / 警察官
  (はづき・まさと)


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■         ライター通信          ■
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おまたせいたしました。
「冬の終わり、戦いの始まり 〜東京戦国伝〜」お届けします。
続いてしまいますっ。
次回は、今回のラストシーンからスタートになります。
ちなみに現在のところの状況を整理しますと、

草間    真田昌幸に背後を突かれ腹部を突き刺される。瀕死?
綾     巫とともに阿倍清明と戦闘中。軽傷。
土方    宮本武蔵と戦闘中。軽傷。
シュライン 織田信長と対峙中。軽傷。衣服破損。
巫     綾とともに阿倍清明と戦闘中。軽傷。
北斗    真田昌幸と戦闘中。肋骨2本骨折。
啓斗    前田利家と戦闘中。軽傷。
不動    宮本武蔵と戦闘中。軽傷。武器消失。
葉月    現在戦闘から離脱。左上腕部粉砕骨折。他裂傷多数。重傷。

と、こうなりますね。
まあ、みんなまだ戦えますよ☆ きっと☆
楽しんで頂けましたか?
それでは、またお会いできることを祈って。