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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜水華〜



 妙な気配を感じる。
 火宮翔子はバイト帰りだった。自宅へと向かっていたバイクの向きを、変える。
 雨の中でこういう気配を感じるのはよくないことだ。
(こういう空気だと、余計に……ね)



 バイクを止めた翔子はヘルメットを取る。
 雨音の響く中、彼女は見た。
(こんな山奥で……)
 森の木々を切り払う遠逆月乃の姿がそこに在った。
 顔や衣服には無数の切り傷があり、片手には漆黒の巨大なナタを持っている。
 猿に似た憑物がケケケと笑う。大きな目をぐりぐりと動かした。
(あれは憑物!)
 刹那、月乃がニヤリと笑みを浮かべたのが翔子から見える。ゾッとするような笑みだった。
 彼女の手の武器がぐにゃりと変形したと思ったら、弓矢になる。矢を構えてびゅんと放った。
 雨を裂いて飛ぶ矢を避ける間もなく、憑物の額に無残にも突き刺さる。
 ぐらり、とゆっくり傾いて、木の枝にしがみついていたそれが地面に落ちた。
 巻物を広げて封印を終えた月乃は、翔子に気づいて「あ」と小さく呟く。
「翔子さん。どうしたんですか?」
「月乃さん、とにかく雨宿りしましょう」
 翔子の提案に、月乃は自身がずぶ濡れだったことに気づいて「あ、はい」と気のない返事をする。
 手近なバス停留所を発見し、翔子はそこにバイクを押して行く。
「はいタオル」
 翔子からタオルを渡されても、月乃はぼんやりとしている。
「月乃さん?」
「えっ。あ、はい。すみません」
 慌ててタオルで髪や顔を拭く月乃。
「着実に憑物封印ができてるわね」
「はい」
 声に明るさがない。
 翔子は怪訝そうにしてから口を開いた。
「どうしたの? 何か……悩み事かしら?」
「悩み……悩みかもしれ、ません」
「私でよければ相談に乗るわよ」
 翔子の申し出に、月乃は戸惑うように視線を伏せてタオルを降ろす。
「東京は、不思議なところです」
「東京が?」
「人があまりに多いので、私には……少し住み辛いんです」
「そう?」
 そう言ってから、翔子は気づく。
 人間が多いということは、そこにある思いも様々だ。悪意だってその分増える。
「それではいけないと、思ってはいるんですが……」
「そうなの……」
「人が多いのが嫌いというわけでは……ないんです。ただ……どうして憑物封印が東京でなければならないのかが……気になっていて」
「そういえば、東京で封じればって言ってたわね」
 最初に出会った時に、月乃はそう言っていた。
 この地で四十四の憑物を封印し、己の呪いを解く。
(本当に……)
 放っておけない。
「そういうことも、これから一緒に見つけていけばいいわ。私がついてる。元気出して」
 ふ、と笑う翔子が、月乃の髪をくしゃりと撫でた。
「憑物を全部封じれば、そこに答えはおのずと出てくると思うもの」
「……はい。私の考えすぎかもしれないですし……」
 そこで考えを改めたように月乃が翔子を見て笑みを浮かべる。
「……そうですね。杞憂で終われば」
 いいはずです。
 翔子は元気が出たらしい月乃に笑顔を向けた。
「それより、もう遅いし、送っていくわよ」
「送る? どこへですか?」
 きょとんとして首を傾げる月乃が、結構可愛らしい。まるで犬かハムスターだ。
 つい、顔をそむけて笑いを堪える翔子であった。
「ど、どこって……月乃さんの家に決まってるわよ」
「えっ? 私の家ですか?」
 仰天して思わず後退する月乃の反応に、翔子は戸惑う。
「ど、どうしたの?」
「い、いえ……送っていただかなくてもいいですから。お気になさらず」
「そうはいかないわよ。雨だって結構激しいし……夕方でまだ少し明るいけど、じきに暗くなるわよ?」
「…………で、ですけど」
 もじもじする月乃は、いつになく視線をあちこちに移動させた。どうやら自宅には来て欲しくないようだ。
 眺めていた翔子は、目を細める。
(……月乃さんて、どういう生活してるのかしら……)
 質素なイメージしか浮かばない。
(……訊いてみようかしら)
「ねえ月乃さん」
「はい?」
「……学校には行ってないの?」
 こんな時間からウロついているということからも、今日は学校をサボったのだろうか。
 月乃は自身の制服を見下ろしてから首を振った。
「はい。今は行っていません」
「……じゃあ、どうして制服なの? 前の学校のもの?」
「あ、これですか? 一度通ったところの制服なんですけど、気に入ってるんです。布地が丈夫なんですよ」
 笑顔で言われて、翔子が動きを止める。
(……布地が丈夫……? なんだか普通の発言じゃないような気がするけど……)
 大抵は、デザインがかわいい、とか……言うんじゃないの?
(年頃の女の子とは……かなり違うわよね、月乃さんって)
 なんだか心配になってくる。
「実は私……学校が定まらなくて」
「ええっ!? そうなの?」
「はい。家の事情で、どうしても移動することが多かったので」
「……そうなの」
 翔子は遠逆家の特殊さに今さらながら怖さを感じる。
 普通の生活全てを犠牲にするその徹底ぶりが、怖い。
「じゃあ普段はどうやって生活してるの?」
「どうって……普通の生活をしてますよ?」
「…………」
 さらりと言われるが、その『普通』が気になった。
(……どうも質素なイメージしかできないのよね……不思議だわ)
「と、とにかく送るわ」
「…………えっと……」
「そんなに困るの?」
「…………あまり地理を把握してないんです」
 実はとばかりに言い出す月乃の言葉に、翔子は疑問符を浮かべた。
「地理がわからない?」
「……あの、私は移動方法がちょっと特殊なので……」
「……た、確かに鈴の音と共に出てくるわね」
「鈴?」
 翔子の言葉に反応した月乃が、視線を伏せる。
「……同調者にはそう聞こえるんですか……」
「え? なに?」
「なんでもありません。
 あの、ですからちゃんと案内できないと思うんですけど……近くまでならわかります」
「じゃあそれでいいわ」
 翔子はシート下からヘルメットとレインコートを取り出して月乃に渡した。
 受け取った月乃は髪をまとめだす。三つ編みにしていくと、ヘルメットをかぶってレインコートをばさっと着込んだ。
 す、素早い。
「どうですか。これでいいですか?」
 ぽかんとした翔子が吹き出す。
「そんなに急がなくてもいいのよ、月乃さん」
「え? そうなんですか?」
「まあいいわ。準備ができたなら、行きましょう」



 月乃を送る翔子は、月乃の説明通りに進む。
(あ! あそこね。目印のコンビニは)
 コンビニの駐車場に停めた翔子は、ヘルメットを脱ぐ。
「ここでいいかしら」
「はい」
 後ろの月乃がひらりと降りて、ヘルメットを取った。
「この近くに住んでるのね」
「はい」
 ヘルメットを返す月乃。翔子は周囲を見遣る。
 なんだか、まるで怪談に出てくるような場所だ。
 ぽつんとあるコンビニだけがやけに明るくて、ほかは暗い。
 こんな場所でも昼間は違うのだろうが、夜のここがあまりにも孤独すぎた。
(なんだか……田舎の夜みたいだわ)
 遠くで犬の咆えた音。
 うー、わんわん。
「…………」
 無言になってしまう翔子に、月乃は不思議そうに見てくる。
「本当に大丈夫? 送っていくわよ?」
「大丈夫ですよ。すぐ近くですから」
「で、でも、最近物騒だし」
 そう言ってから、月乃が普通の少女ではないことを思い出す。悪漢が出ても彼女なら容赦なく叩きのめすだろう。
「じゃ、じゃあコンビニで何か飲み物奢ってあげるわ。少し寒いしね」
「え? いいですよ、べつに」
 驚いて手を振る月乃だったが、翔子はバイクから降りてしまう。
「さ、行きましょう」

 無言でコンビニの中を見ている月乃は、紅茶を手に取った。
「紅茶? ストレートでいいの?」
「……別になんでもいいんですが」
「私はお茶にするわ」
「お茶ですか。それもいいですね」
 二人で並んでお茶のペットボトルを眺める。
 どれがいいかと悩む翔子を横目で見て、月乃は小さく微笑んだ。
「これに決めた!」
「え? どれですか?」
「これよ、これ」
 ペットボトルを取る翔子が、月乃の前に掲げた。
「最近よくCMで観るのよ。かわいいマスコットが踊ってるの」
「かわいい……? そうなんですか?」
「あら? 観てないの?」
 月乃は照れ臭そうに顔を引きつらせる。
「いえ……部屋にテレビはないので」
「ええーっ!」
 仰天する翔子は慌てて口をおさえた。コンビニの店員が不審そうにこちらを見ている。店内に他に客がいなくて助かった。
「テレビないの?」
「ないです。どうせ憑物封印でほとんどの時間を費やしますし……電気代もかかりますから。狭いですし、部屋」
「…………」
 実家にもなかったら、どうしよう。そう翔子に不安がよぎった。
(やりかねないわね、遠逆家だと)
 そう考えていると、月乃が尋ねてくる。
「マスコットって、どういうのですか?」
「え? あのね、タヌキに似てるのよ。太ったタヌキかしら、一番近いのは」
「タヌキ……」
 月乃も翔子と同じペットボトルを取る。
「じゃあ私も同じものにします。せっかくですから、翔子さんのおすすめを飲んでみたいです」
「おすすめって……まあ不味くはないわね」
 月乃からペットボトルを取り上げて、翔子はウィンクをしてみせた。
「じゃあ会計を済ませてくるわ。外で待ってて」

「ありがとうございましたー」
 店員の声に押されるように翔子は外に出る。
 三つ編みをほどいた月乃が空を見上げていた。雨はすっかりやんでいる。
 雲の間から覗く月を見て、月乃は不愉快そうな顔をした。
「月乃さん?」
「あ、翔子さん」
 翔子に気づいて振り向いた月乃が、笑顔を浮かべる。
「ありがとうございます、お茶」
「こんなのいいわよ」
 月乃に渡すと、彼女は嬉しそうにペットボトルで冷えた手を温めた。
「最近は本当に便利ですよね。暖かい飲み物がすぐに手に入りますし」
「そうね」
「……ふつうの生活をしているみんなは、そういうのが当たり前なんですよね」
「すぐにできるわよ。憑物さえ封じれば、月乃さんも普通の生活ができるでしょ?」
「……そうですよね」
 彼女はペットボトルを強く握りしめる。べこ、と側面が凹んだ。
「とにかく、憑物を封じなければ……」
「そうよ。あと何体なの?」
「それは……」
 二人はお茶を片手に、しばらくその場で話し込んだ。そんな二人を見ていたのは、暗い空から覗く月だけだ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3974/火宮・翔子(ひのみや・しょうこ)/女/23/ハンター】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご依頼ありがとうございます火宮様。ライターのともやいずみです。
 少しずつ距離が近づく二人は、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 月乃の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!