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Calling 〜水華〜
妙な気配を感じる。
火宮翔子はバイト帰りだった。自宅へと向かっていたバイクの向きを、変える。
雨の中でこういう気配を感じるのはよくないことだ。
(こういう空気だと、余計に……ね)
*
バイクを止めた翔子はヘルメットを取る。
雨音の響く中、彼女は見た。
(こんな山奥で……)
森の木々を切り払う遠逆月乃の姿がそこに在った。
顔や衣服には無数の切り傷があり、片手には漆黒の巨大なナタを持っている。
猿に似た憑物がケケケと笑う。大きな目をぐりぐりと動かした。
(あれは憑物!)
刹那、月乃がニヤリと笑みを浮かべたのが翔子から見える。ゾッとするような笑みだった。
彼女の手の武器がぐにゃりと変形したと思ったら、弓矢になる。矢を構えてびゅんと放った。
雨を裂いて飛ぶ矢を避ける間もなく、憑物の額に無残にも突き刺さる。
ぐらり、とゆっくり傾いて、木の枝にしがみついていたそれが地面に落ちた。
巻物を広げて封印を終えた月乃は、翔子に気づいて「あ」と小さく呟く。
「翔子さん。どうしたんですか?」
「月乃さん、とにかく雨宿りしましょう」
翔子の提案に、月乃は自身がずぶ濡れだったことに気づいて「あ、はい」と気のない返事をする。
手近なバス停留所を発見し、翔子はそこにバイクを押して行く。
「はいタオル」
翔子からタオルを渡されても、月乃はぼんやりとしている。
「月乃さん?」
「えっ。あ、はい。すみません」
慌ててタオルで髪や顔を拭く月乃。
「着実に憑物封印ができてるわね」
「はい」
声に明るさがない。
翔子は怪訝そうにしてから口を開いた。
「どうしたの? 何か……悩み事かしら?」
「悩み……悩みかもしれ、ません」
「私でよければ相談に乗るわよ」
翔子の申し出に、月乃は戸惑うように視線を伏せてタオルを降ろす。
「東京は、不思議なところです」
「東京が?」
「人があまりに多いので、私には……少し住み辛いんです」
「そう?」
そう言ってから、翔子は気づく。
人間が多いということは、そこにある思いも様々だ。悪意だってその分増える。
「それではいけないと、思ってはいるんですが……」
「そうなの……」
「人が多いのが嫌いというわけでは……ないんです。ただ……どうして憑物封印が東京でなければならないのかが……気になっていて」
「そういえば、東京で封じればって言ってたわね」
最初に出会った時に、月乃はそう言っていた。
この地で四十四の憑物を封印し、己の呪いを解く。
(本当に……)
放っておけない。
「そういうことも、これから一緒に見つけていけばいいわ。私がついてる。元気出して」
ふ、と笑う翔子が、月乃の髪をくしゃりと撫でた。
「憑物を全部封じれば、そこに答えはおのずと出てくると思うもの」
「……はい。私の考えすぎかもしれないですし……」
そこで考えを改めたように月乃が翔子を見て笑みを浮かべる。
「……そうですね。杞憂で終われば」
いいはずです。
翔子は元気が出たらしい月乃に笑顔を向けた。
「それより、もう遅いし、送っていくわよ」
「送る? どこへですか?」
きょとんとして首を傾げる月乃が、結構可愛らしい。まるで犬かハムスターだ。
つい、顔をそむけて笑いを堪える翔子であった。
「ど、どこって……月乃さんの家に決まってるわよ」
「えっ? 私の家ですか?」
仰天して思わず後退する月乃の反応に、翔子は戸惑う。
「ど、どうしたの?」
「い、いえ……送っていただかなくてもいいですから。お気になさらず」
「そうはいかないわよ。雨だって結構激しいし……夕方でまだ少し明るいけど、じきに暗くなるわよ?」
「…………で、ですけど」
もじもじする月乃は、いつになく視線をあちこちに移動させた。どうやら自宅には来て欲しくないようだ。
眺めていた翔子は、目を細める。
(……月乃さんて、どういう生活してるのかしら……)
質素なイメージしか浮かばない。
(……訊いてみようかしら)
「ねえ月乃さん」
「はい?」
「……学校には行ってないの?」
こんな時間からウロついているということからも、今日は学校をサボったのだろうか。
月乃は自身の制服を見下ろしてから首を振った。
「はい。今は行っていません」
「……じゃあ、どうして制服なの? 前の学校のもの?」
「あ、これですか? 一度通ったところの制服なんですけど、気に入ってるんです。布地が丈夫なんですよ」
笑顔で言われて、翔子が動きを止める。
(……布地が丈夫……? なんだか普通の発言じゃないような気がするけど……)
大抵は、デザインがかわいい、とか……言うんじゃないの?
(年頃の女の子とは……かなり違うわよね、月乃さんって)
なんだか心配になってくる。
「実は私……学校が定まらなくて」
「ええっ!? そうなの?」
「はい。家の事情で、どうしても移動することが多かったので」
「……そうなの」
翔子は遠逆家の特殊さに今さらながら怖さを感じる。
普通の生活全てを犠牲にするその徹底ぶりが、怖い。
「じゃあ普段はどうやって生活してるの?」
「どうって……普通の生活をしてますよ?」
「…………」
さらりと言われるが、その『普通』が気になった。
(……どうも質素なイメージしかできないのよね……不思議だわ)
「と、とにかく送るわ」
「…………えっと……」
「そんなに困るの?」
「…………あまり地理を把握してないんです」
実はとばかりに言い出す月乃の言葉に、翔子は疑問符を浮かべた。
「地理がわからない?」
「……あの、私は移動方法がちょっと特殊なので……」
「……た、確かに鈴の音と共に出てくるわね」
「鈴?」
翔子の言葉に反応した月乃が、視線を伏せる。
「……同調者にはそう聞こえるんですか……」
「え? なに?」
「なんでもありません。
あの、ですからちゃんと案内できないと思うんですけど……近くまでならわかります」
「じゃあそれでいいわ」
翔子はシート下からヘルメットとレインコートを取り出して月乃に渡した。
受け取った月乃は髪をまとめだす。三つ編みにしていくと、ヘルメットをかぶってレインコートをばさっと着込んだ。
す、素早い。
「どうですか。これでいいですか?」
ぽかんとした翔子が吹き出す。
「そんなに急がなくてもいいのよ、月乃さん」
「え? そうなんですか?」
「まあいいわ。準備ができたなら、行きましょう」
*
月乃を送る翔子は、月乃の説明通りに進む。
(あ! あそこね。目印のコンビニは)
コンビニの駐車場に停めた翔子は、ヘルメットを脱ぐ。
「ここでいいかしら」
「はい」
後ろの月乃がひらりと降りて、ヘルメットを取った。
「この近くに住んでるのね」
「はい」
ヘルメットを返す月乃。翔子は周囲を見遣る。
なんだか、まるで怪談に出てくるような場所だ。
ぽつんとあるコンビニだけがやけに明るくて、ほかは暗い。
こんな場所でも昼間は違うのだろうが、夜のここがあまりにも孤独すぎた。
(なんだか……田舎の夜みたいだわ)
遠くで犬の咆えた音。
うー、わんわん。
「…………」
無言になってしまう翔子に、月乃は不思議そうに見てくる。
「本当に大丈夫? 送っていくわよ?」
「大丈夫ですよ。すぐ近くですから」
「で、でも、最近物騒だし」
そう言ってから、月乃が普通の少女ではないことを思い出す。悪漢が出ても彼女なら容赦なく叩きのめすだろう。
「じゃ、じゃあコンビニで何か飲み物奢ってあげるわ。少し寒いしね」
「え? いいですよ、べつに」
驚いて手を振る月乃だったが、翔子はバイクから降りてしまう。
「さ、行きましょう」
無言でコンビニの中を見ている月乃は、紅茶を手に取った。
「紅茶? ストレートでいいの?」
「……別になんでもいいんですが」
「私はお茶にするわ」
「お茶ですか。それもいいですね」
二人で並んでお茶のペットボトルを眺める。
どれがいいかと悩む翔子を横目で見て、月乃は小さく微笑んだ。
「これに決めた!」
「え? どれですか?」
「これよ、これ」
ペットボトルを取る翔子が、月乃の前に掲げた。
「最近よくCMで観るのよ。かわいいマスコットが踊ってるの」
「かわいい……? そうなんですか?」
「あら? 観てないの?」
月乃は照れ臭そうに顔を引きつらせる。
「いえ……部屋にテレビはないので」
「ええーっ!」
仰天する翔子は慌てて口をおさえた。コンビニの店員が不審そうにこちらを見ている。店内に他に客がいなくて助かった。
「テレビないの?」
「ないです。どうせ憑物封印でほとんどの時間を費やしますし……電気代もかかりますから。狭いですし、部屋」
「…………」
実家にもなかったら、どうしよう。そう翔子に不安がよぎった。
(やりかねないわね、遠逆家だと)
そう考えていると、月乃が尋ねてくる。
「マスコットって、どういうのですか?」
「え? あのね、タヌキに似てるのよ。太ったタヌキかしら、一番近いのは」
「タヌキ……」
月乃も翔子と同じペットボトルを取る。
「じゃあ私も同じものにします。せっかくですから、翔子さんのおすすめを飲んでみたいです」
「おすすめって……まあ不味くはないわね」
月乃からペットボトルを取り上げて、翔子はウィンクをしてみせた。
「じゃあ会計を済ませてくるわ。外で待ってて」
「ありがとうございましたー」
店員の声に押されるように翔子は外に出る。
三つ編みをほどいた月乃が空を見上げていた。雨はすっかりやんでいる。
雲の間から覗く月を見て、月乃は不愉快そうな顔をした。
「月乃さん?」
「あ、翔子さん」
翔子に気づいて振り向いた月乃が、笑顔を浮かべる。
「ありがとうございます、お茶」
「こんなのいいわよ」
月乃に渡すと、彼女は嬉しそうにペットボトルで冷えた手を温めた。
「最近は本当に便利ですよね。暖かい飲み物がすぐに手に入りますし」
「そうね」
「……ふつうの生活をしているみんなは、そういうのが当たり前なんですよね」
「すぐにできるわよ。憑物さえ封じれば、月乃さんも普通の生活ができるでしょ?」
「……そうですよね」
彼女はペットボトルを強く握りしめる。べこ、と側面が凹んだ。
「とにかく、憑物を封じなければ……」
「そうよ。あと何体なの?」
「それは……」
二人はお茶を片手に、しばらくその場で話し込んだ。そんな二人を見ていたのは、暗い空から覗く月だけだ。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【3974/火宮・翔子(ひのみや・しょうこ)/女/23/ハンター】
NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご依頼ありがとうございます火宮様。ライターのともやいずみです。
少しずつ距離が近づく二人は、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
月乃の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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