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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


Calling me.... 〜哲学者の人形〜

【ビスクドールの語りかけ】

<・・・わたしのなまえをよんで・・・>

 その人形は口を動かさず、男に語りかけてきた。
 見るところ制作者も出所も分からない、球体関節人形(ビスクドール)。
 瞳が青く、白磁のような肌に、金髪の髪、そして―

 ―腕に『ルネ・デカルト』とフランス語で書かれている。

「ああ、あんたそれ≠ノ興味があるのかい?」 
アンティークショップ・レンの店主である碧摩・蓮が蠱惑的な声で男に尋ねた。
「それ・・・?」
「そいつは17世紀の哲学者デカルトの娘を象ったレプリカらしいんだけど・・・どうも変でねえ」
「デカルト・・・?<我思う故に我あり>のか?」
「そうだよ。言い伝えによれば、亡くなった娘の代わりに娘の人形を大切にしてたそうだけど。それは、当時のデカルトの人形じゃないのは見ても明らか。かといってただの人形でもない。何か特別なもの≠ェ入ってるようだね」
蓮はキセルから紫煙を燻らせながら人形を指してもの≠ニ言った。
 男はもう一度球体関節人形を見る。
(哲学者の人形か・・・)
「これを少し借りてもいいかな?」
「いいけど。あたしはどうなっても責任は持てないよ。ま、話には興味あるけどさ」
「ありがとう、レンさん」
男はそう言うと、人形を持ち出し、店を後にした。
「ふぅ・・・大丈夫かねぇ・・」

【セレスティ別邸】

リンスター財閥の総帥が所有する別邸。
 木々に囲まれた森閑とした丘の上にその洋館は建てられていた。
 丘に向かって一本の道が伸び、それに沿って走る車がある。
 轍のあるその道は決して悪路ではないが、舗装はされていなかった。
 丘に向かう道は上下の差が緩やかで、見えたり隠れたりしつつも、黒塗りの塗装された車は丘の上に立てられた洋館へとたどり着いた。
「いらっしゃいませ。ようこそ、お客様」
洋館の使用人の女性が車の前で慇懃にお辞儀をする。
 車の中から男が降りると被っていた中折りの帽子を胸に当てて挨拶をした。
 そして小脇にバッグを抱えながら扉の前に立った。
「セレスティ様は中でお待ちです。どうぞ」
男は女性の使用人に案内されて、洋館の扉をくぐった。
 
【セレスティ別邸書斎】

男は書斎に入ると、僅かに湿り気≠感じた。少し鳥肌が立ち、脇を締めた。
 暗い部屋の中は淡い青色に包まれていて、まるで水の中にいるような錯覚を覚えた。
「やあ、これはこれは珍しいお客さんですね。有名美術コレクタの方が何故私のような道楽者に鑑定を依頼するのか不思議ですが」
 セレスティ――リンスター財閥の総帥である彼は透き通るような声でそう言った。
「貴方のご高名は業界でも耳にしてます。セレスティ・カーニンガムさん」
 彼は車椅子に座り、読みかけの本を閉じて、男に向き直った。そして、
「それは光栄ですね」
 と言って微笑んだ。 
「この屋敷も立派です。私にとってはため息が出るようなアンティークばかりですよ」
「物の価値は、値段で決まるものではありません。貴方もそう思ってるのでしょう?」
「私はしがない美術屋ですよ。審美眼は持っていても、物の存在そのものは分かりま―」
「―しかし、貴方はその存在≠ノ気付いて私の所へ訪れた。違いますか?」
セレスティは男の言葉を遮って、男の双眸を注視するように見た。青い瞳はまるで硝子細工で出来ているように綺麗だった。
「・・・流石です。お気づきでしたか」
「いいえ、私の所へ訪れる人々は皆そうですから。別に不思議なことではありません。どうか気を楽にしてください」
セレスティは片手を手を伸ばして椅子を指し示した。
 男はそれに従い椅子に座り、バッグを膝の上に置いた。
「物と一概に括りますが、様々な物があります。例えば」
 セレスティはそう言って先ほど閉じたの本を持ち上げた。
「この本には幾多の情報が書き込まれています。しかし通常はこれは読み物だと認識します。貴方も読まれるでしょう?」
「ええ。私も蔵書漁りが趣味でして。本の虫などと揶揄されることもしばしばです」
「それはとても善いことです。人は情報を得る本能を持って生きてるのですから。ですが、情報にも善いものと悪いものがあります」
「悪いものですか?」
「ええ。故に、人は情報を隔離する本能も持っています。何でも食べてしまえばいつか悪いものにあたってお腹を壊してしまいます。情報も然り、善いものと悪いものがあります。情報を得ることで感受性が豊かな方は、その能力、ここで言うなら免疫です。その免疫能力が低い、しかし、それも悪いことではない」
「ほう・・・」
「情報は流れと考えれば、人はそれに対して負荷を持つことになる。電気もそうです。電流負荷が大きければ大きいほど電球は強い光を放つことができる。それに従えば、感受性豊かな方は情報に対する免疫が低く外部から得る情報の流れも強い。そして流れに対する感受性負荷が高いことになる。だから、芸術は悩める人にとって昇華されるものなのです。光のように負荷が高ければ高いほど、輝くのです」
「なるほど。いや、素晴らしい。芸術はそのように創られるとは考えたこともありませんでした」
「ええ、ですが情報を伝えるためには自らエネルギィがなければ観測されません。E=mc2という式はご存知ですか?」
「有名なアインシュタイン博士のものですね」
「そうです。エネルギィは物質と等しいとこの式は表してます。物質にはエネルギィがあり、私の定義ではエネルギィは情報です。かの哲学者もこう言っています。現象は自らを示しつつ、自らを隠すものである≠ニ。人々は全てのエネルギィを汲み取れることができてしまったら、体を壊してしまいます。食べたものでさえ、完全に消化できず、排泄しなければ死んでしまいますし、常に情報に気を配り注意するのはとても労力がいります」
「確かに我々は日頃あまり周りに気を配っては生きてませんね。私が鈍感なだけかもしれませんが・・・・」
「いえいえ、それは至極普通なのですよ。普段生活する上ではある程度『隠れて』見えた方が都合がいいのです。全て見えてしまうことはとても恐ろしいことです」
「恐ろしいもの・・・?」

「貴方の膝の上にありますでしょう」

 セレスティは男の膝の上に置かれているバッグを指し示した。
男が持っているそれは確かに人形≠フ入ったバッグだった。
 そして彼はまた話を続ける。
「人々は全てのエネルギィではなく、そのごく僅かなエネルギィを必要としています。太陽から来るエネルギィ、その僅かなエネルギィを専門的に低エントロピーと呼ぶのですが、それによって、人々は自己を維持します。少しでも太陽が大きかったり、逆に小さかったりすれば、それを育てる草木が絶えて、動物も死に、人間もすぐ死んでしまいます。人間の思考や認識もその低エントロピーによって組織化されてます。よって、エネルギィと情報は深い関係にあります」
「・・・あ、ああ・・・素晴らしい。セレスティさんは物理にもお詳しいのですね」
「ええ、私も本の虫ですから」
 と言ってセレスティはまた微笑んだ。
「しかし、この部屋は薄暗いですね。セレスティさんも少し陽にあたられてはどうでしょうか。でなければ、貴方の言う通り体が弱ってしまいますよ」

「私の場合は違うのです」

「違うとは?」
「ええ、太陽ではなく水≠ナす」
 そう言ってセレスティは本を置き、人差し指を上に向けた。
「私にとって本来のエネルギィは水です。故に、貴方達とは少し別の情報の見方≠しているようです。貴方はそれを知って私を訪ねたのでしょう」
セレスティはそう言って暫く黙った。
 男は人差し指を注視した。すると、少しずつ柔らかい、青い光が集まりだした。
やがてその青い光は球状の水になり、そのままセレスティの指の上で形状を維持し球体の水玉になった。
「まあ、これくらいにしておきます。そろそろ仕事にの話に入りましょう」
そう言うと、セレスティの指先で宙に浮いていた水の球体がぱっと弾け、霧散した。

【魔殿飛鳥博士の登場。そして・・・】

「人形の解析終わりましたっ。セレスティさ・・・あっ・・」
書斎の回廊へ続く扉とは別の扉から白衣を着た銀髪の女性が―
 ―白衣の裾を踏み、転びつつセレスティの目の前に現れた。
「いったぁ・・・」
 その女性は絨毯の上でへたり込み、落とした眼鏡を必死に探していた。
 魔殿飛鳥は一見背が低く子供・・・にも見えるが立派な大人で若くして時空間研究の研究者をしている。
「大丈夫ですか?飛鳥女史」
「え・・ええ!あった・・・眼鏡・・・。ええ、そうそう!と〜〜っても興味深かったですよっ、情報とエネルギィの話」
「女史の受け売りですよ。聞いてたのですか?」
「はいっ、ばっちし。私はエネルギィの話はしましたが、情報の話まではしてません。それはセレスティ様の才能です。それに貴方は情報を読み取る力を持っているのですから・・・いたたた・・・」
「本当に大丈夫でしょうか・・・?」
「はいっ・・・慣れてますから」
 飛鳥は立ち上がると、慌ただしくタイトスカートの裾を払い、またズレ落ちそうな眼鏡を押し上げる。
 そして彼女はファイルを取り出し、深呼吸した。
「ええっと、おほん・・・データの再現性を取るのに少々時間はかかりましたが。セレスティ様のご指摘の通り!人形の周りに僅かな時空間の歪みが見られました。数値結果ご覧になりますか?」
「いえ。続けてください」
「それとは別にどうやら、あの人形は電磁場にも影響を与えてるようです。近づく人間の脳のパルス、つまり強い感情を維持し続けてるみたいですね。それも指摘通りでした。それにしても、人形の材質は陶器そのもの・・・不思議ですね・・・」
「その人形は?」
「機材の方で一緒に・・・」
 書斎の扉の方でぎぃっと物音がした。
飛鳥女史はそれに気付いたのか言葉をはっと呑み込んだ。
「どうやら―」
 セレスティは飛鳥の背後を見た。
回廊の方の扉が少しずつ開いていく。
「―来てしまったようですね」

【人形の夢】

驚いて飛鳥も振り向く。

<・・・わたしのなまえをよんで・・・・>

 少女の人形。
 その人形が書斎の扉の前で立っている。
次の瞬間。
視界がぶれた。
 耳をつんざくようなハウリングが書斎部屋を包み込む。
 窓を軋ませ、轟き渡るノイズが部屋中を振動させ、空間が歪んだ。
 飛鳥女史もセレスティもあまりの音に耳を塞ぐ。
 そして人形が歩み寄ってきた。
 セレスティは直ぐさま水性の幕を張り防御に備えようとするが―
―花。
 人形の足下から一輪の花が咲いた。
そう認識できたのも束の間。
 それに続いて円を描くように花が勢いよく絨毯から溢れ出し・・・・・。
 書斎を消し去った。
気が付くと―
―そこはセレスティの書斎ではなかった。
 一面の花畑。
黄や白の蝶がひらひらと舞い、色とりどりの花が咲き乱れている。
まるで夢の世界に迷い込んだように。
「すごい・・・これは夢ですか・・・・?」
と飛鳥は感歎の声をあげてそう言った。
セレスティは空を見上げると、太陽はなかった。その代わりに空はオレンジ、ブルー、オレンジ、ダークブルーへとグラデーションのように昼と夜が入り交じっていた。
 僅かな夜を占める空には月と星があり、まるでハリボテのような空。
「彼女が誘ったようですね。この空間に。もしかすると私の能力に反応してしまったのかもしれません」
「反応・・・ですか?」
 
「・・・きて・・・こっちに・・・」

人形は二人を手招きして、花畑の畦道を歩いていく。
「失礼ですが、車椅子を押して頂けませんか?飛鳥さん」
「はいっ」
飛鳥は手押しで車椅子を畦道へ移動させ、二人は人形の後を付いていく。
蝶が花びらのように踊り舞う。
 畦道の並木もどこか作り物めいている。
しばらくすると畦道の進路に木造の扉が立っているのが見えた。
 不自然な扉。
 人形は構わずそれをあどけない手つきで取っ手を回すと、部屋の中が微かに覗き見えた。
 そして少女の人形は扉の開けたまま中に入った。
「招かれてるようですね」
 と飛鳥はぽつりと言った。
「そのようです。入りましょう」
 飛鳥はセレスティの返事を聞くと車椅子を押して、扉を潜った。

【人形の裁判】

扉を潜ると、見知らぬ存在達のどよめきが沸いた。
 飛鳥は知らず知らずセレスティの車椅子を押していたが、扉の先のその場があまりにも突飛なため、驚いて、
「何・・・ここ・・・・裁判所・・・?」
と狼狽の声を漏らした。
 セレスティと飛鳥は裁判所中央の―
―そう被告席の場所にいた。
 傍聴席から子供の抑揚のない声でどよめきが沸き起こっている。
「せーしゅくに、せーしゅくに」
一番高い位置に着いている、裁判官の格好をした人形が木槌を叩いた。
「えーほんじつはおひがらもよくみなさまにおあつまりいただいて―」
傍聴席から一気にブーイングがあがった。裁判官はあどけない声でまたせーしゅくにと繰り返し、木槌を神経質に何度も叩いた。
セレスティは傍聴席を振り返ると、そこには大小様々な人形達がいた。ライオンやクマ、ウサギ、ネズミ、トラ、サル、ロボットやウマ、奇妙な人形まで。
「どうやら人形達の裁判のようですね」
「そ・・・それって・・・私たちが何か≠オたってことですか?」
「分かりません」
 セレスティは肩を竦めて、返事をした。
「ええい、ざいじょうをよみあげろ」
 裁判官がそう叱咤すると検事らしき人形が紙を持って、前に出た。
「ひこくにん、にんげんどもがおかしたしょしょのつみのうたがい。われわれにんぎょうのあつかいについてさいばんをおこなう」
「ひこくにん!きりつ!」
セレスティは起立を求められ、車椅子に差してあった杖を持ち、立ち上がった。
「裁判長。弁護人は?」
とセレスティは裁判官へ向かいそう告げた。
「べんごにんっ。まえへっ」
セレスティの横からよちよちとあるく人形がセレスティの前に立ち、鳥のような声で咽せ払いをした。
 その人形は髭を生やしており、後ろ手を組み胸を張るように反り返った。
「おほん。にんげんたちのつみはゆるしがたいものであーるが、しかし―」
「ぶーーーーぶーーーひっこめーーー」
 傍聴席からまたブーイングがあがる。
 弁護人に向かって物を投げる人形までいた。
 よく見るとそれはあめ玉やチョコレートのようなお菓子の類だけだった。
「せーしゅくにっ!せーーーーーしゅくにっ!」
裁判官の制止も効果がなく傍聴席の人形達はざわつき好き勝手に罵声を浴びせる。
人形の弁護人は物を投げつけられてなおも話を続けようとしていた。
「し・・しかーしである。にんげんはわれわれをつくったおやなのであーる。そこのところをかんがえてみたまえ、なのであーる」
「にんげんなんかきらいだー!」
「そうだそうだー!」
傍聴席のブーイングは止まずボルテージがどんどん上がっているように見えた。
 物を投げられる度に、飛鳥は、
「もぐ・・・あ、これ可愛いビスケット」
 と言って拾い上げてつまみ食いをしている。
「しかし、にんげんはわれわれをむげにあつかい、また、さんざんあそび、かざったあげく、ごみばこにすてるではないか」
 と検事が弁護人に反論した。
随分幼稚な裁判だと思い、セレスティは半ば呆れて、検事と弁護人のやりとりを眺める。
「うるさいっ。なんどいったらわかる!にんげんはわれわれのおやだっ!それにはむかうなどと・・・」
「おやだからといってすてていいのか、ばかっ」
「ばかっていうなっばかっ」
「おまえがばかだっ」
次第に検事と弁護人はポコスカと殴り合い、転倒してつかみ合いの喧嘩になった。
それに乗じて傍聴席の人形達はその争いを煽りだし、辺りは騒然となる。
「せーーーーーーーーーーーーーしゅくにっ!せーーーーーーーーげほっげほっ・・・」

【オモチャ騒ぎ】

「そのひとたちはわるくないの!」

 その声がすると辺りは急にしんと静まりかえった。
 人形達全員がその声の主に注目する。
セレスティ達も視線を向けた。
 そこにはあの少女の人形が立っている。
 裁判所の入り口から、あどけない足取りで証言席に移動した。
「みなさん、きいてください。そのひとたちはわるくありません。わたしをたすけてくれたのです」
「・・・たすけただって・・・?・・・・」
「そうです。わたしのほんとうのこえをきいてくれました。あのひとが―」
人形はセレスティを指さした。
「セレスティさん。あの子に何か≠オたんですか?」
飛鳥はセレスティの顔を覗き見るように言った。
「・・・・犯罪みたいな言い方しないでください・・・・」
とセレスティは呆れ顔をし、額に手を当てて答えた。
「だから、そのひとたちはわるくないんです。おねがい、はなしてあげて」
 少女は懇願するように人形達にそう告げた。
「せーーーしゅくに!これより、ばいしんいんのさいけつがでたのでけっかをよみあげる!」
と叫び、裁判官が木槌を叩いた。
「随分早い裁判ですね、セレスティさん」
飛鳥はセレスティに向かってそう言った。まだお菓子を食べてるようだった。
「ええ、八百長の可能性が高いですよ」
かんかんと木槌が叩かれる音がしてその場の全員が裁判官に注目した。
「おほん・・・・・ひこくにんりょうめい。にんぎょうぶじょくざいにおいてしけいをしょする!」
 その裁判結果を聞いた人形達がワーワーと喝采をあげた。
「死刑!?そんな・・・やっぱり八百長・・・」
 飛鳥は集めていたお菓子を落として、落胆の声を漏らした。
「えいへい!えいへーーーい!ひこくにんをつれていけっ!」
 裁判官がそう叱咤すると、裁判所の入り口からブリキの兵隊達がリズムよく歩いて来る。
 そしてブリキの兵隊達が飛鳥に群がると、身体を強引に押し出そうとした。
「きゃ・・・何するんですかっ・・やめてください」
「さっさとあるけ!にんげん!」
 それに見かねてセレスティは水霊を呼び出した。
 変幻自在に操れる水霊はセレスティの能力。そして水のエネルギィ。
 セレスティは水霊を変化させ、水のドラゴンをイメージした。不定型な水の塊は次第におどろおどろしいドラゴンの形になり、それを見ていた人形達は、
「わっ、まほうつかいだっ」
 とどよめいた。
 ブリキの兵隊達は水を見るや否や蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げていった。
「みずだーさびてしまうーーー!」
 そのドラゴンの形相があまりにも恐ろしかったため傍聴席の人形達も裁判官達もパニックに陥り、逃げ惑い、お互いをお互いつぶし合い、転倒し、我よ我よと出口に向かってすし詰め状態になった。
そしてしばらくすると―
がらんとした裁判所。
―誰もいなくなった。
 二人と一体の人形を残して。
セレスティは水霊を元に戻して、消し去った。
 すると、証言席と被告席だけにスポットライトが当てられ、辺りは暗くなった。
「・・・ごめんなさい。わたしたち、とてもおそれているの・・・」
「何を恐れてるの?」
飛鳥は問い返すと、少女の人形は悲しそうな表情を浮かべて俯いた。
 すると少女の人形の上に一本のロープが降りてきた。少女の人形はそれを引っ張ると、裁判所は瓦解し始めた。裁判所はまるで劇場のセットのように、壁が倒れ、椅子や裁判席が沈み始めて、ついに―
 ―裁判所がフェードアウトした。

【我思う故に・・・】

「ここは・・・」
消え去った裁判所。
巨大なドームの中。
一筋の光。
 セレスティは声を漏らすとその声が伽藍の巨大空洞に響き渡った。辺りを見渡すと競技場ほどの広い空間になっており、壁はコンクリートのように灰色で、天上に向かってそびえ立っている。どこを見ても同じ距離。
 この空間はとてつもなく大きな円形の空間のようだった。
 その中央に半径2メートル程の大きさの円形の光の影が射し込んでいる。
 セレスティは天上を仰ぐと遙か彼方に大きな光の入り口が見えた。
「スポットじゃよ」
セレスティ達の向こう、円形の光を挟んだ反対側から声がした。天上から射し込む日差しが強く二人はその姿形のシルエットだけを確認した。
人。
 この世界に招き入れられ初めて見る人間だった。
「スポットとは何でしょうか?ご老人」
「彷徨える存在の行き着く最後の場所。この巨大なダストシュートに全て放り込まれるんじゃ。あらゆる存在はその他の存在を気付かないうちに否定している。お主達も見たじゃろう?人形達の嘆きを」
「あの人形達が・・・否定された存在なのですか?」
 飛鳥は老人に聞き返した。
「そうじゃ。17世紀の哲学者デカルトはこう言った。コギト・エルゴ・スム。我思う故に我在り、とな。しかし、その存在証明は他の存在を否定することになる。思う≠アとができない存在、それはオッカムの命題に従い切り捨てられる」
「オッカム・・・オッカムの剃刀のことですね?」
「オッカムって?」
飛鳥が何のことか分からずセレスティに疑問の声を発した。
「14世紀のスコラ哲学者のことですよ。無闇に存在者を増やしてはならないという鉄則のことです」
「左様。不要な存在はその剃刀によって切り捨てられ、物事はなるべくシンプルに考えられる。しかし、世の中は知らぬ間に様々な情報、声、叫びが溢れ、それに気付かず人々は生活している。それはお主も分かることじゃろう?」
「・・・・・そうですね。確かにそうです」
老人はかつかつと軽快な足音を立てて、光が差すスポットの中央にその姿を露わにした。
燕尾服とベストを着た老人。シルクハットを被り、スペクタクルをかけている。
 老人は胸から懐中時計をとりだし、
「時間じゃ」
と答え天上を見上げた。
 セレスティと飛鳥も老人の視線の先を注視した。
 巨大な光の入り口。
 そこから何かが降りてくる。
 それは子供だった。
 光のカーテンに包まれながらゆっくりと老人の許に降下してきた。
老人は降りてきた子供を抱きかかえると、セレスティと飛鳥に向かってウィンクした。
「あの人形じゃよ」
 老人に抱きかかえられた少女はまるで生きているようだった。
 青い瞳と金髪の髪。そしてすやすやと寝息を立てて眠っている。
「その子があの・・・・?」
 飛鳥が何かを尋ねようとすると、天上から鐘の音が鳴り響いた。
 その鐘の音は光の外から聞こえてくるようだった。
「この人形の夢も終わりじゃ。また醒めることがあればいずれ会うことがあるかもしれん」
セレスティはしばらく考えてから思いついたように老人に微笑んだ。
「何か・・・・そう、不可思議な事象等の調査にはお会いする事もあるかもしれませんね」
老人は満足そうに頷くと、手を挙げて、

「グッドラック」

 と言った。

【おかえり】

 気が付くとセレスティと飛鳥は書斎にいた。
「あれ、おはようございます。セレスティさん・・・・」
飛鳥は書斎の絨毯の上から起きあがると、セレスティの前で手をあてて欠伸をした。
「えーと・・・夢・・・ですか?」
「そうかもしれませんね。随分と楽しい夢でしたよ」
「えっ・・・セレスティさんも見たんですか・・・?人形の・・・・」
「どうでしょう?」
セレスティはそう答えると、膝の上にある、球体間接人形に目を移した。
青い瞳と金髪の髪の毛。陶磁器で出来た肌は白く、夢で会った少女そのものだった。
「その人形、私買い取ります」
 飛鳥はセレスティの膝の上で横たわる人形を見てそう言った。
「ええ、いいと思いますよ。恐らくお金もいらないでしょう。」
「え、どうしてですか?」
「依頼人はもういません。それに蓮さんなら、この出来事を話せば承諾してくれるはずです」
「・・・どういうことですかっ?セレスティさん」
飛鳥は訳が分からず、セレスティに問い質した。
 セレスティは少し微笑んで飛鳥にウィンクした。

「あの老人と依頼人の男は同一人物、ということです」

【END】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【5031/魔殿・飛鳥/女性/28歳/研究者】

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■         ライター通信          ■
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セレスティ様。飛鳥様。この度はご指名して頂き誠にありがとうございますっ・・・。まだ登録して一ヶ月も経っていないヒヨッコライターでありますが、必死に書かせて頂きましたです・・・。プレイングに沿って書いたつもりですが、今回は初の受注となり、まだどう書いていいのか分からず、文字数が増えに増えてしまいました。また、訳の分からない専門用語ばっかり出てきてしまって、すみませんでした。一応解説します。

デカルト:フランスの哲学者で「我思う故に我在り」という言葉で有名な方です。

我思う故に我在り:デカルトの行った存在証明です。現代ではその証明法に誤謬があると言われていて、当初デカルトが意図したような、世界全てを規定するほどの抗力はありません。ただ、その証明は間違いであっても弱められただけであり、『弱い人間原理』(ホーキングとかの宇宙の話に出てくる)と同じ証明構造を持っていると考えられます。

アインシュタイン:相対性理論等の発見でノーベル賞を受賞した科学者です。

E=mc2:質量はエネルギィと等価であるということを表した式なのですが、ボクは理系ではないので詳しいことは分かりません・・・。

『現象は自らを示しつつ、自らを隠すものである』:ドイツ哲学者のハイデガーの言葉です。

エネルギィ:エネルギー(そのまんま( ̄ロ ̄lll))

負荷:アウトプット(出力)を生み出す抵抗のことです。電流と電球の関係で電球が負荷になります。情報をエネルギィの流れと定義するならば、この話では人がそれに対する負荷と喩えられています。

エントロピー:エントロピーとは熱力学の概念で、乱雑さ≠表します。エントロピーが高いほど、その乱雑さが大きく、低いほど、秩序だって見えます。一般的にエントロピーは低い方から高い方へ移行します。これをエントロピーの矢と言います(積み木を低エントロピーとすると崩した状態が高エントロピーです)人間は、太陽から来る低エントロピーで自己組織化するシステムと言われる時があります。

オッカム:イギリスの神学者でありながらスコラ哲学者でもあるウィリアム・オッカム。オッカムの剃刀と言われる命題があり、現代の科学に近い概念を表しています。仮説はよりシンプル(整合性)をもって説明できるほうが好ましい、存在者はなるべく少ない方がいい、ということです。

以上です。
また、どこかでお会いできる日を願って(by witch)