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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ハナフルトリイノ ソノムコウ

■オープニング

「信じらんないかも知れないけどぉ…でも、ホントなんだからね?」
 依頼人として草間の許を訪れた少女は、そう云ってわずかに口を尖らせた。
「信じてないわけじゃないんだが…」
 一方の草間はこころなしか苦い顔で、くわえていた煙草のフィルターを噛み潰す。
 そして心の中では、盛大に溜息を洩らしていた。
(また「そっち」系の依頼か……)

 依頼人の話によると、参拝者を拒む神社があると云うのである。
 それも、社そのものが。

 とある姫君を祀ったその神社は、近年縁結びのご利益があると噂になり、恋に悩む少女達が多く訪れるようになっていたのだが――
「まぁ、あたしもビックリだったけどねー。だって、お参りしようと思って鳥居をくぐったら、そのまま気が遠くなって……それで気がついたら敷地の外なんだもん。でもホント、ホントなんだからね?」
 草間の微妙な表情の原因が何処にあるのかは知りもせず、依頼人は身を乗り出してその時の事を再度説明する。
 そして、「怪奇探偵」の称号を全身全霊で否定したい草間にとって、この上なくグサリと来る一言を切り出した。
「ここって、こーいう事件専門の探偵さんなんでしょ? だからお願い。桃辺神社にお参りできるように、何とかして?」


■コウショウ

「参拝者を拒む神社? …単に祀られてる姫さんとやらが機嫌損ねちまっただけじゃねぇのか?」
 さして面白い事とは思えない――御崎・月斗(みさき・つきと)の放った言葉には、そんな響きがこめられていた。
 そして実際、依頼内容に関する考察はあっさりとそれだけで切り上げて、「それより」と草間を見る。
「自分が引き受けた依頼を人に任せる以上、オッサン、あんたが俺の依頼人だからな? 依頼料はキッチリ『相応額』払ってくれよ?」
 声音が真剣だ。
 発言の一部が強調されているあたり、仮に本来の依頼人からの支払額が彼の云う「相応額」に満たなかった場合は、残りを草間が支払えと、つまりそういう事なのだろう。
 この発言に、草間の表情が凍りついた。
「小学生が金の話とは感心できんな…」
「あんたが感心するしないは関係ねぇよ。こっちだって生活かかってるんだ――新学期になりゃノート代だって必要だし、弟達の靴が小さくなってきたから、新しいの買ってやらないと」
 相手がどんな反応を見せようと、月斗の主張は変わらない。己の収入ひとつで弟ふたりを養わなければならない身としては、妥協の余地など無いらしい。
「嫌ならあんたが自分で行くかい? その、明らかに怪奇現象が発生してる神社とやらに」
 押しの一手で進める交渉の合間に、ニヤリと笑みがひとつ。
 草間が行きたがるわけなど無い事を見越した上での笑みなのだから、何とも腹黒いものだ。
「それは…」
 案の定、それだけはしたくない草間の顔が、最初より更に凍りつく。
「だったら、こっちの事情に配慮してくれるのがオトナってもんだぜ」
 一方の月斗は完全に勝利を確信している。
「ってわけで……宜しくな?」
 ニヤリ。
 ふたつ目の笑みと共に放たれた言葉が、草間の抵抗を完全に封じ込んだ。


■モモノベ

 成る程、そこは確かに「桃の辺」であった。
 鳥居の連なる道の両側には可憐な花を開かせた桃の木が、甘い香を漂わせながら立ち並んでいる。
 鳥居の入り口に立ち、そんな光景を見詰めているのは四人の男女だった。
「巫女さんとか、居ないんだね」
 いささかがっかりした面持ちで呟いたのは、相生・葵(そうじょう・あおい)だ。
 落胆の理由が何処にあるか――それは問わぬが華だろう。
「巫女さんどころか、ここは無人の神社なんだそうですよ。管理も自治体がしているそうです」
 くすりと微かな笑みをこぼしながら、モーリス・ラジアルが葵に語った。どうやら、神社そのものについて下調べをしてから来たらしい。「残念ですね」と続くところを見ると、葵の胸中はしっかりお見通しらしい。
 そしてもうひとり、苦笑と共に葵を見たのがシュライン・エマだった。
「でも、芸事上達の神様で芸者さんがお参りに来る事があるそうだから、待ってたら綺麗な人が通りかかるかもしれないわよ?」
「――え?」
 心底意外そうな声があがる。
 だが、その声は長身の葵のものではなく、むしろシュラインよりも低い位置から発せられたものだった。
「芸事? 縁結びじゃなかったのか?」
 三人の大人に挟まれる格好で、小柄な少年が大きな黒目がちの目を丸くしている。
 月斗だ。
「図書館で調べたんだけど、祀られている姫君――桃辺姫と云うそうよ――が琵琶の名手で、それで芸事上達の神社とされてるんですって。無人の神社になって随分たつから、地元の人でも知らない人が多いみたいだけど」
「そう云えば私が話を聞いてきた役所の方も、由来はご存知なかったようですが…成る程、本来のご利益は違っていたのですね」
 これは意外な報告であったらしく、モーリスも月斗と同様に、戸惑い気味の表情を浮かべる。
 よくよく見れば、社の由来などが判るような物は一切存在していない。これでは知らぬ者が多いとしても当然だろう。
 シンプルな疑問をシンプルに切り出したのは葵だった。
「だったらどうして縁結びなんて噂がたったのかな?」
 何かきっかけがあったのだろうが、それが一体何であるのか。
 答えを求め、三対の視線がシュラインへと動く。そこまで調べてきたのなら、当然この点についても明らかなのだろうと期待をこめて。
「はっきり『これだ』っていうものは判らなかったんだけど…」
 そう肩をすくめつつも、やはり彼女は一定の成果を得ているようであった。花の香を乗せて吹いた風に髪を押さえながら、ある方角を指で示す。
「あっち――近くに女子高があってね、発端はそこみたいよ。たまたまこの神社に縁結びを祈願して成就した例があって、その話が後輩達に受け継がれたんだって」
 真相は定かではないが、それが最も有力な説となってるらしい。
「今回の依頼人もその学校の生徒さんだしね」
「芸事の神様に縁結び祈願って……最近の連中は何考えてんだよまったく」
 一気にしかめ面となった月斗の口元から、盛大な溜息がもれて出た。
 年寄りじみた発言だが、ちなみに彼は小学生――彼の云う「最近の連中」より更に若い。若いどころか、ぶっちゃけ「お子様」。
 そんな彼の口から出たこの言葉には、誰もが苦笑を禁じ得なかった。
「まぁ、地元の人でも知らないような由来を、若い人が知らないとしても仕方ありませんが」
 知らないどころか気にすらしない者も居るのだろう。モーリスは肩をすくめた。
「女の子にとって、恋の悩みは何より重大だからね。なりふり構わず、誰でもいいからすがってみたい気持ちだったんだよきっと――可愛い勘違いじゃない」
 一方の葵はにこにことしていた。むしろ微笑ましい話を聞いたと云わんばかりである。
「勘違いで専門外の頼み事される方にしてみりゃ、迷惑以外の何でもないぞ」
 月斗は渋面のままだった。根が苦労性の彼としては、前向き解釈は出来ないのだろう。
「あ、そうそう」
 そんな彼を置き去りに、思い出したかのように葵が声を上げた。
「お参りに来た人が社の外に放り出される現象だけど、起こり始めたのはつい最近の事だと思うよ」
「おや、調べてきたんですか?」
「アトラスの編集部に寄って来たのさ。誰もそんな話は知らないって」
 成る程。
 もしも以前からの現象であれば、あの編集長の耳に届いていない筈が無いだろう。
 状況証拠だけの推量だが、誰もがそんな気がした。
 皆がそれぞれに頷いたその時、上空をふわりと白いものがよぎる。月斗が探査のために放った式神だ。
「この社に何か居るのは確実みたいだぜ」
 式神の報告を聞き終えた月斗が、大人達に告げる。
「姿は見えなかったけど、『気』を感じたって――社と、それから桃の木に。ただし邪気みたいなのじゃなくて、むしろ神気らしいな」
「桃辺姫のものかしら?」
「でも、社だけでなく木からの感じたという事は、気の数は複数なんですよね?」
 ひとつは桃辺姫と仮定して、ならば残りは……
「どういう事でしょうね?」
 淡い黄金の前髪の下で、モーリスがついと眉をひそめた。この疑問に対して現時点で答えの出せる者は居ない。
「行けばわかるよ」
 葵の思考はのほほんとシンプルだった。
「桃辺姫に会えば、多分全部わかると思うよ。どんな姫君なんだろうね? 楽器が上手だなんて、きっと雅な姫君なんだろうなぁ」
 ほわん。
 うっとりと、葵の視線が宙を漂う。まだ見ぬ姫君の想像図が脳内で鮮やかに描き出されている事は、誰の目にも明白だ。
「予想は覆されるためにある……『前例』があるのを忘れてるみたいですね」
 含みのある呟き共にシュラインへ視線を送り、モーリスがくすりと笑った。


■センコウ

 常人の目で視認する事は出来ないが、社全体が、今は巨大な檻の中にあった。
 モーリスが作り出した物だ。
「結界代わりと思って下さい。もしも社が私達を弾き出そうとしても、我々も既に檻の中に居るのですから、外へ放り出す事は出来ない筈です」
 それから彼は更にもうひとつ、自分達の周囲だけを囲む檻を防壁代わりに作ろうとするが、それは月斗によって押し留められた。
「何かしらの攻撃があるかも知れませんよ? 念のため防壁はあった方が良いのでは…」
「そりゃ檻の中に居りゃ安全かも知れねぇけど、逆にこっちからも手出しできなくなるんだろ? 動きにくいし…必要ねぇよ」
「月斗くん、まさか桃辺姫を攻撃するつもり?」
 切れ長のシュラインの目が、わずかに丸くなる。「場合によってはな」と、月斗のいらえはあっさりしていた。
「もしも向こうに俺達を追い返す以上の害意があるなら、神様相手だろうが遠慮の必要は無ぇだろ――ま、最初からケンカ腰になる気も無ぇけどな」
 少年陰陽師の瞳に、一瞬だけちらりと獣のような鋭さが浮かぶ。だが、それはすぐになりを潜め、直後に彼が見せたのは、おどけたような笑顔だった。
「とにかく行こうぜ?」
「――そうね」
 そして四人は、連なる鳥居の内へと足を踏み入れる。
 一歩。
 二歩。
 そして、三歩…
「何も、起こらないねぇ?」
 踏み込んだ途端に異変があるのではないかと思っていただけに、これは拍子抜けだ。葵が首を捻りながら、きょろきょろと四方へ目を向ける。シュラインも意外そうな顔をしていたが、月斗とモーリスの反応は違っていた。
「でも、空気が変わりましたね」
「居る事は居るみたいだな…」
 左右を埋める桃の木へ投げる視線が鋭くなる。式神の報告にあった複数の神気――それがゆっくりと自分達の周囲へ集ってくるのを感じたのだ。
「桃辺姫かな?」
「それにしては団体様というのが気になりますね」
「追い出されるかしら…?」
「さぁて…今のところ、敵意は感じねぇけど」
 しかし、それが急変しないとも限らない。
 いつでも符が放てるようにと、集い来る気の様子を窺いながら月斗は身構える。
「桃辺姫なの?」
 語りかけたのはシュラインだった。
 ぐるりと周囲を見回しながら、目に見えぬ存在に向けて彼女は呼びかける。相手が本当に桃辺姫なのかはわからぬままだったが、無闇に警戒させぬよう、その口調は静かで穏やかなものだった。
「悪気があって来たわけじゃないの。ただ、あなたに話を聞かせてもらいたくて…だから追い返そうとしないでちょうだい」
 その言葉をどう受け取ったのだろうか。つと緩やかな風が吹き、さわさわと花を揺らす。
「うん、話がしたいだけなんだよ本当に。女の子を苛めるような趣味は僕には無いからね」
 葵もまた敵意の無い事を強調した。
 しかし何の変化も起こらない。
 即座に追い返そうとせぬ代わりに、こちらの呼びかけにも応じないとなると――
「やはり防壁を用意した方がいいでしょうか…」
 檻を作っても構わないか――モーリスが横目で月斗に問う。
「そうだな…こいつはちょっとヤバイかも…」
 袖口に仕込んだ符を抜き出しながら、月斗が頷きかけたその時……

 パアァァァァ…ン!!

「――!?」
 不意に、白い閃光が四人の体を包み込んだ。


■トオセンボ

 突然の閃光。
 その光の強さには、誰もが思わず目を閉じてしまう程だった。
 ややあって、ようやく目を開けてみると――
「……ここは?」
 彼らは深い霧の中に立っていた。
 鳥居や桃の木など、さいぜんまで目の前にあった筈の物が今は見当たらない。取り巻くのはただ霧ばかり。それどころか、足元にある筈の地面の感触すら伝わってこない。
「何だか妙な所に送られちゃったみたいだね」
 通常の空間ではない事は明らかだ。
 だが、それ以上の詮索をするいとまは無かった。霧に煙った視界の中へ、突然幾つもの影が飛び出してきたからである。
『お前達、何しに来たー』
『何しに来たー』
 そしてたどたどしい輪唱が投げかけられる。
『姫を困らせに来たのかー』
『来たのかー』
 前方にずらりと横並びになり、明らかな警戒を浮かべた目でこちらを睨んでいるのは、大人の膝丈ほどしか無い、小さな童子達だった。全員が揃いの白い装束を身に纏い、両手を広げて「通せんぼ」の姿勢を取っている。
「……あなた達は?」
 先ほど自分達の周囲に集い来た気の正体は彼らだろうか――同じ事を考えたらしく、四人の視線がちらりと見交わされた。
『俺達はこの社の番人ー』
『番人ー』
『姫を困らせる奴が来ないように守ってるー』
『守ってるー』
『困らせる奴は追い返すー』
『追い返すー』
 中央のひとりが言葉を発すると、残る全員が一呼吸置いて同じ言葉を繰り返す。その間も、通せんぼの姿勢は変わらない。
「じゃあ、参拝に来た奴が社の外へ放り出されたのは、もしかしてお前達の仕業なのか?」
 月斗の低い問いかけに、童子達は一斉に頷いた。ずいとこちらへ一歩詰め寄り、そして再び言葉を放つ。
『あいつらは姫を困らせようとしたー』
『したー』
『お前達も姫を困らせる気かー』
『気かー』
『何しに来たー』
『来たー』
 ――振り出しに戻ってしまった。
 彼らのこの喋り方では、知りたい事を全て聞き出すのに相当の時間がかかるだろう。質問は後回しにして、まずは警戒を解く努力をした方がいいかもしれない。
 スッと、シュラインが童子達の方へ踏み出した。
「さっきも云ったけど――私達は桃辺姫に話を聞かせてもらいたくて来ただけ。何もしないわ。増してや困らせるなんて事は絶対にしないから……信じてもらえないかしらね?」
 軽く首を傾げ、静かな笑みを交えながら語りかける。
 そんな彼女を暫しまじまじと見上げた後、そろーり、と、童子達は互いの顔を見合わせた。判断に迷っているのだろう。
「困らせる奴が来るから追い返すって事は…つまり、姫さんには現在困ってる事があるんだな?」
 月斗の指摘はドンピシャだった。
『……』
 明確な答えは無かったものの、童子達の顔に瞬間浮かんだ動揺がそれを物語っている。
 そういう事なら――
「女の子が困っているなんて、それは放っておけないな」
 何処までも女性基準な葵が、ここで突然真顔になった。
「そうですね――別に女性に限らずとも――誰かが困っているのは基本的に良くない事です」
 モーリスも彼の発言に(一部ニュアンスは違っているものの)頷く。
「俺達で良ければ力になれる事があるかも知れねぇし、姫さんに会わせてもらえないか?」
「そうね。困ってるなんて聞いちゃった以上、放ってはおけないもの」
 月斗とシュラインの言葉が続くと、童子達はもう一度互いの意思を確認しあうかのように顔を見合わせ、それから――
『姫の力になってくれるならー』
『くれるならー』
 ――一斉にこっくりと頷いた。
『最近姫の元気が無いー』
『無いー』
『俺達も心配ー』
『心配ー』
 何が起こっているのかはわからない。だが、自分達には対処できぬ事態を前に、恐らく彼らも心細かったのだろう。警戒の解けたその後は、四人に向ける目がすがるようなものに変わる。
「女性のためなら木に登るどころか空だって飛んでしまいそうな人がここに居ますし……大丈夫、きっと何とかなりますよ」
 苦笑混じりの視線をちらと葵の方に向け、モーリスが童子達に頷いた。
 確かに彼ならそのぐらいやりかねない。
 にこにこと笑っているところを見ると、葵自身もそのぐらいはやってみせるつもりなのだろう。
「…飛びすぎて大気圏突破しないように気を付けろよ」
 月斗の冷静なツッコミに、シュラインがぷっと吹き出した。


■タメイキ

 まるで最初からそんな物は無かったかのように、瞬く間に霧が晴れる。
 そこにあったのは、元通りの桃に囲まれた鳥居の道だった。
『姫は社。ついて来るー』
『来るー』
 わらわらと、童子達が先に立って歩き出す。
 案内された社は、古くはあったが手入れの行き届いたものだった。モーリスの話では自治体が管理しているとの事だったが、恐らく定期的に改修や清掃がされているのだろう。
 格子扉の前で待つようにと言い残し、童子達は四人の来訪を桃辺姫に伝えるため、てけてけと社の中へ入ってゆく。
「ようやく姫君に会えるんだね。楽しみだなぁ」
 ほわん。
 これまでさんざっぱら桃辺姫の想像図を脳内で量産し、期待に胸を弾ませていた葵は、もう満面至福状態だ。日頃売れっ子ホストとして多くの女性に囲まれているような美青年がやにさがる図というのは、正直ちょっと情けない。
「丸顔三頭身でない事を祈っておきましょう」
 一体何を思い出してか、モーリスがそっと呟いた。
「――来たみたいね」
 格子扉の向こうに、人影が立つ。
 微かにきしんだ音と共に扉が開き、そしてついに社の主が四人の前へと姿を現した。
「あんたが桃辺姫か?」
「ええ――私に用だそうだけど…何かしら?」
 高く澄んだ声に合わせ、「やった」と葵が小さく歓声をあげる。ちらりと一瞬だけそちらを見れば、ぐっと勝利の拳まで握っていた。
 しかし、その反応も当然であろう。
 彼らの前に現れた桃辺姫なる人物は、鮮やかな十二単の背に長い黒髪をたらし、白い肌と上品な面差しをした、本当に美しい少女だったのだから。
 だが、表情は沈みがちだ。やはり何事か気塞ぎとなっているものがあるのだろう。
「さっきあの童子達に聞いたんだけど、何か困ってる事があるんですってね? もし良かったら相談に乗らせてもらいたいんだけど」
 濡れ縁に腰を下ろした桃辺姫の隣に座ると、シュラインが話の口火を切る。
「それは…」
 口ごもる少女に対して、核心を突いたのは月斗だった。
「この神社に縁結びの祈願に来る奴らが関係してるんじゃねぇのか?」
 刹那、はっと息を呑むような音。
 それから暫しの沈黙があり、
「だって……私には何も出来ないんだもの」
 ややあって切り出されたいらえの言葉は、俯きながらのものであった。一瞬だけ頭をもたげ四人の顔を順に見回してから、桃辺姫は更に続きを語りだす。
「今までに何人もの女の子が、好きな人の事を私に話しに来たわ。私にお願いしたら想いが叶ったって、そうお礼を云いに来てくれた子も……私、何もしてないのに。『頑張ってね』って、そう云ってあげる事しか出来なかったのに…」
 小さな溜息。
 何となく事情が飲み込めてきた気がしたが、四人はあえて言葉をはさまず、ただ黙って彼女が全て語り終えるのを待った。
「好きな人と両思いになれたのは、その子が勇気を出して告白したから――つまりその子自身の行動の結果よ。何もしてない私なんかにお礼を云う事無いのに。そんな事がある度に、私、申し訳なくて…」
 今度は深く、苦しげな溜息が吐き出される。
「成る程ね…それでこれ以上縁結びのお願いをする人が来ないように、童子達はお参りに来た人を追い返していたんだね」
「彼らはあなたが元気の無い事が、相当に心配だったみたいですからね」
 彼女を案じる心が強引な方法を取らせたとしても仕方あるまい。葵とモーリスが小さな笑みを浮かべて理解を示した。
「でも、追い返すだけじゃ根本的な解決にはならねぇよな」
 確かに。
「ここが縁結びの神社ではないという事を、皆さんにわかって頂く必要がありますね」
 無人の神社で参拝客の対応をする者が居ない事、また、由来や御利益に関する案内が敷地内の何処にも無い事などが、本来とは違う噂を定着させる要因になったのではないかとモーリスが指摘する。
「自治体管理なんですから、役所にかけあえばそのあたりは改善できるかもしれないわね――後でちょっと寄ってみましょう」
 ここまで来たのだから、もう一手間かけるぐらいは同じだろう。シュラインの提案に異を唱える者は居なかった。
「まぁ、一度広がっちまった噂が消えるまでには少し時間がかかるだろうし、それまではやっぱり願掛けに来る奴は居るだろうけど…」
「……そうね」
 即効性のある方法は無い――月斗の言葉からそれを理解できてか、桃辺姫の唇から三度目の溜息が零れ落ちる。
「それでも、追い返したりせずに迎え入れてあげてくれないかな?」
 静かに語りかけたのは葵だった。
 ふわりと目元を綻ばせ、彼は更にこう続ける。
「恋に悩んでる女の子ってね、誰か味方がほしいんだよ。そして味方が居るだけで、何十倍も強くなれるんだ――そんな彼女達がここへ来たのは、きっと君に味方になってほしかったからなんだよ。たとえ具体的に何かをしてくれるんじゃなくても、誰か居てくれるのは本当に心強いのさ」
 全ての女性に惜しみない愛情と理解を注ぐ葵らしく、その言葉は誰の耳にもかなり正確なところを捉えているように聞こえた。
「ここに来た女の子が好きな人に告白できたのは、あなたが味方になってくれたんだから大丈夫って…そう思ったからなのかもしれないわね」
「そうだとしたら――あなた自身は何もしてないつもりでも、ここにあなたが居るという事そのものが、勇気の源になっていたのでしょうね。増してあなたは『頑張って』と、彼女達を応援していたのでしょう? だったら、彼女達にとっては充分味方です」
 シュラインとモーリスの示した仮説に、葵は嬉しげに「そうそう」と頷く。
「申し訳ないなんて思う事はないんだよ。それに、いくら勘違いから広まった噂でも、悩みを抱えた女の子を門前払いなんて可哀相だし――」
 だから、もしそうした女の子がここへ来たら、話だけでも聞いてあげてほしい――そう云われ、おずおずと桃辺姫は顔を上げた。
「それだけで…いいの? 他の事、私何もしてあげられないけど…」
「いいんじゃねぇか? それだけで充分だって事みたいだし」
 月斗が頷く。
 いかんせんまだ小学生のため、恋愛だの女性心理などというものはとんと理解できぬ彼であったが、支えとなる存在の大切さは実感している。その部分から、今の大人達の言葉に彼なりの納得をしているらしかった。
「他人の恋愛話なんぞ延々聞かされりゃ、そりゃ嫌気もさすだろうけどさ。誤解が解けるまでだ。もうちょっとだけ、付き合ってやれよ」
「そう…ね」
 ニッと向けられた笑みに、つられるように桃辺姫もくすりと微笑む。
 彼らの前に現れてから初めて見せたその笑顔に、誰より安堵したのは葵だった。
「ああ、やっと笑ってくれたね。憂い顔も綺麗だったけど、女の子はやっぱりそうやって笑ってる方が断然可愛いよ」
「女の子、とは呼べない年齢の女性の場合は、どうなのかしら?」
 すかさずシュラインが混ぜっ返す。
「勿論、笑顔がいいに決まってるさ」
「つまり女性は全員笑顔がいいというわけですね」
「だったら『女の子』なんて限定しないで、初手からそう云えよ」
 満開の花に囲まれた社に、男女問わずの笑顔が綻んだ。


■エンディング

 その日、草間興信所を訪れた依頼人の表情は、何故だか明るく弾んでいた。
「まさかホントのご利益が違うなんて思わなかったから、『困らせてゴメンね』って、ここ来る前に神社に謝りに行ってきたの。そしたらさ、あそこ桃の花がすっごいキレイじゃん? 見てる内に何か励まされたみたいな気になっちゃってさ――だから今から彼にコクってくるね」
 成る程、そういう事であったのか。
「あ、うん。あそこが縁結びの神社じゃないのは、友達とかにもちゃんと教えとくから大丈夫だよ。じゃあもう行くから――ホントにありがとね。バイバイっ」
 殆ど一方的にまくし立てると、依頼人は笑顔のまま、慌しく去ってゆく。
 そして、想いを伝える決心をした相手の元へと……
「やれやれ…」
 苦笑混じりにその背中を見送ると、草間は受け取ったばかりの謝礼の袋を手に取った。
「……」
 中を覗くなり、何故かフリーズ。
「――どうしたの?」
 四人もまた、袋の中を覗き込んだ。

「…………」

 沈黙の五重奏。
「まぁ…高校生のお小遣いですからね」
 いつもの微笑をわずかに乾かせながら呟いたのはモーリスである。
「桃辺姫もあの子も笑ってくれたし。女性の笑顔が僕にとっては最大の謝礼――って事にしておくよ」
 葵はひょいと肩をすくめ、
「ま、たまにはこういう依頼もありよね――ホラ、武彦さんもそんな顔しないの」
 シュラインがぽんぽんと草間の肩を叩いた。
「最初にも云っといたけど――」
 月斗の大きな瞳が、妙にシビアな光を浮かべて草間へと向けられる。
「依頼人からあんたへの報酬が幾らであれ、俺の依頼人はあんただって事……まさか忘れてないよな?」
 ニヤリ。
 無慈悲な笑顔と共に、開いた右手がずいと突き出された。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0778 / 御崎・月斗 / 男 / 12 / 陰陽師】
【1072 / 相生・葵 / 男 / 22 / ホスト】
【2318 / モーリス・ラジアル / 男 / 527 / ガードナー・医師・調和者】

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■         ライター通信          ■
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すっかり桜の季節となった今頃に、桃の依頼でこんにちは(遠い目)。
季節外れもいいとこ過ぎて青ざめている朝倉経也です。
この度はご参加ありがとうございました。
そして、長らくお待たせしてしまい、本当に申し訳ありませんでした…。

季節外れの上に報酬が……
怪談では、いつもそんな依頼ばかり出しているような気がします。
もういっその事、とことんまでこの路線でひた走ってやろうかなんてササヤキが、何処か遠くの方から聞こえる事もあったり無かったり。
たまにはこんなライターが居てもいいだろうという事で、笑ってご容赦頂ければと思います。

「可愛らしい話を書いてみたい」という願望から、今回の依頼となったわけですが。
……恋愛なんてものには縁遠い性格のため、書いてて照れました。非常に。
「お前が照れてどうする」と、執筆中は念仏のように唱えていたという…(笑)。
少しでもお楽しみ頂けたなら幸いです。

それでは、これにて。
またお会いできる機会があります事を、心より願っております。